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前置き バクロマン（続編）も今回でいよいよおしまいです。（・・・・・っていうほどの話でもないんですが・・・・・・） しかし・・・・・・・・・・ 光ちゃんの幸せなウエディングドレス姿が見たいのッ！ という方は、即座に回れ右してご退出下さい。なんか妙な話になっちゃいました。 いえ、別にジンベエのドレス姿が見られるとかそういうことではないんですが・・・・・・ ああああああ許して下さいッ！（逃走ッ！） |
「・・・・・・・」 シーマはしっかりと目を閉じ、念をその両掌に集めた。形のよい唇はずっと呪文の詠唱を続けている。それは総帥といわれる実力者の彼女にとっても容易ではない仕事なのだろう。人々は息をする音が洩れるのさえもはばかって、この美貌の魔術師を固唾を飲んで見守っている。 「・・・・・・・・・・！」 シーマが目をかっと見開き、気合とともに腕を前へと差し伸べる。空間そのものがエネルギーを保持したかのように輝きはじめる。 青い・・・・・球形をした海の色の結界がその小部屋の中央に生成した。空中に茫洋と浮かんだその直径５ｍはあろうかという結界の中に、傷つき意識の無い白金が胸の上で手を組み横たわった姿勢でたゆたっている。彼の端正な顔立ちが、まるでデスマスクのように見える、と光太郎は思い、そんな自分の考えにぞくりと肩をそびやかす。 ふら、とよろけたシーマをフィリアが素早く受け止めて支えた。 「・・・・・あとは待つしかありません。もしも運命が味方してくれるのなら、ファルは目覚めてくれるでしょう。」 部屋の四隅には魔道士が陣取り呪文の詠唱を始めた。結界は永続的なものではない。本来この世界にはない空間なのだから。それを保持するために、１６人の魔道士が交代でこの場で詠唱を続けるのだ。 フィリアはじっと白金を見つめていた。 ふだんの彼（今のところはまだ彼でいいだろう）が浮かべている、口の端だけで笑う笑みは今の彼にはない。まっすぐな鋭い瞳は瞼を固く閉じた白金の白い顔を睨み・・・・・だが深い心配を湛えていた。彼は白金の血で汚れた白衣を身につけ、あの魔剣・・・・強力無比だが青白い刃身を振るうたびに剣士の命を吸うという剣を腰に佩いていた。その姿は顔かたちこそ違えど白金そのものといってもよかった。彼は白金に代わって戦う意志を固めているのだ。 フィリアの腕から離れて立ったシーマは心配そうにフィリアを見た。 「・・・・・無理は禁物ですわ。あなたもひどく傷ついていたのですから。気持ちはあたくしにも痛いほどわかります。ですけれど・・・・・！」 フィリアは首を横に振った。 「・・・・・彼に借りた命だから・・・・・捨てるようなことはしません。・・・・・でも、戦いは待ってはくれない。」 そしてすらりと剣を抜く。 光太郎がフィリアの手にそっと触れた。 「これは白金先輩用の武器だろ。他人が使って大丈夫なのかい？例えばもの凄く命を削られるようなことは？それにその白衣だってシーマさんが先輩用に・・・・・」 シーマはさっと顔色を変えた。 「それは大丈夫ですわ。・・・・・・・フィリアとファルは長く共に戦ってきた盟友なのですから！・・・・・と、フィルス、あなたは使ってはいけませんわよ。」 「え？」 「・・・・・・あなたはこの世界で暮らした月日が短いのですから、フィリアとは条件が違います。あなたが心配したように、その剣を使えばむやみに命が削られてしまいますわよッ！」 僕には使えないのか・・・・・・ なんとなく複雑な表情をしていたのだろうか。フィリアがぽん、と光太郎の頭を一つ叩いた。 「ファルのことは魔道士たちに任せよう。・・・・・俺たちがここに居てもなにもできない。それよりもこれからのことを考えよう。奴は傷ついている。あの強大な魔力の前に為すすべがなかったが、回復する前に叩ければ勝機はあるかもしれん。・・・・・それでは頼みます」 シーマに一礼し、フィリアはくるりと背を向けた。光太郎は白金に向かって一度祈りをささげてからフィリアのあとを追う。 シーマは二人を見送って呟いた。 「本当に・・・・・・・無理を・・・・してはいけませんわよ。・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「それでは、奴の正体はわかっているというのか!?」 ベッドの上で上体だけ起こした姿勢でジンベエはやってきたフィリアと光太郎に頷いた。大魔法を使ったせいで少しやつれているように見えるがことばの調子はいつもの通りだった。・・・・つい数時間前まで意識がなかった男にしては脅威の回復力だ。 「・・・・・うむ。確証はないのだがな。信頼区間９０％といったところか。・・・・・・同族はな、わかるのだよ。あのセンスのかけらもないただただ破壊をもたらす様な浅ましい魔法を使う輩がわがシャークスコッチ家に繋がる者であると認めるのはなかなかに苦しいことではあるが。しかし！認め難いことを認めるのもまた我が信条・・・・・・」 そして顔の前に下がってきたナイトキャップの毛糸のポンポンを芝居かかった動作で払いのける。 「・・・・して、ジン様、彼は一体誰なのでしょう。」 このままでは核心に入るまで長時間要するかもしれぬと判断した副官が穏やかな声で訪ねた。 「おお、そうであった。お主らにはわからぬことであったな。ブルーよ。私がまだ幼少の頃であったが、魔術で人心を操りクーデターを起こそうとした男がいたであろう。死刑を宣告され、しかし執行人の心を操り刑場から逃亡した者が。」 「はい。・・・・・たしかウィルスコッチ一族の者でした。彼の者は飛行艇を奪取し、そのまま行方しれ・・・・・・まさか！その者がここに！？考え難いことです！」 ジンベエは軽く首を傾げた。 「いや、考えられることだ。この世界は我々の住む世界・・・・・光太郎や私の宇宙とは時間や空間が異なっている。しかし私たちはこうしてここに来ているではないか。そして、この世界では召還術が発達している。つまりは、他の世界と繋がりやすい場所なのだ。・・・・・・追い詰められた謀反人が半端な魔力で“転移”を試みたとき、この世界が異世界からの訪問者を受け入れたとしてもおかしくはない。もっとも彼の者は自ら選んでここに来たわけではなかったようだが。それが証拠に、彼は「元居た場所に帰る」と言った。大方復讐でもする気なのであろう。あのような輩に復讐されてしまうほどシャークスコッチ家は軟弱ではないが・・・・。それが魔獣を野に放つとか、魔樹を掌握することと具体的にどうかかわるのかは不明だ。」 そこまで一気にしゃべるとふう、とタメイキのように息をつく。 「大丈夫？ジンベエ。少し休んだほうが・・・・」 気遣う光太郎の手をひし、と握り、ジンベエは笑った。 「おお、私を心配してくれるのか！・・・・・やはり光太郎の心には金に輝く天使の羽がついているのだな！・・・・・案ずるにはおよばぬ。このような疲労、羊羹の２、３本ですぐに回復する。」 黙って聞いていたフィリアが頷く。 「有り難い。・・・・私、いや、俺たちではあいつの追跡は雲をつかむような話だ。すぐにあの場所に戻り手がかりを捜そう。」 これには光太郎も驚いた。 「ファラム、いや、フィリア！ジンベエは疲れているんだよ！」 「・・・・・誰もが疲れている。しかし、手遅れになってから後悔したくはないだろう。」 「でも！ブルーさん！あなたも何か言って下さい！」 しかし副官はフィリアに向かって深く頷いた。 「フィリア殿、あなたのおっしゃるとおりです。ジン様の補佐は私がします故、あなたがよろしければすぐに出発しましょう。」 「ブルーさん！」 ジンベエはきょとんとして張り詰めた表情の三人を代わる代わる見ていた。 「・・・・・・・何をケンカしている？ケンカは美しくないぞ。だから言っているであろう。羊羹の２、３本で大丈夫だ、と・・・・・・・うむ。まあ・・・・・・確かに・・・・・疲労は激しい・・・・一度言ったことを翻すようで悪いのだが。」 なんなんだ、というようにフィリアが覗き込む 「羊羹４本は必要かもしれんな。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 結局羊羹３本＋砂糖が７杯入ったコーヒーを３杯（実に砂糖２１杯だ・・・・）を飲食したジンベエは、ふらつくものの自力でしっかりと歩けるまでに瞬時に回復した。出発を促すフィリアに、白い絹のハンカチで口を拭いたジンベエは制止するように片手をあげた。 「出発の前に連絡を取っておいた方が良いだろう。・・・・・・あ奴、魔力だけは悔しいほどに強力であるからな。シールドが張れる私はともかく光太郎たちはもっと強力な防御手段がなければ戦えまい。・・・・光太郎、手を。」 言われるままに手を差し出すと、両手でぎゅううとまるで音がしてもおかしくないほどに強く握られた。 「・・・・・思念を送るにはあちらの世界への思い入れの強い者が仲介となると楽なのだｖ」 ・・・・・・或いは手を握りたかっただけかもしれないが。 ぱぁぁと二人をオーラが包んだ。そしてジンベエが笑った。 「え？もう終わったの？」 「ああ・・・・・あまり細かいことはやりとりできないのだ。とにかく魔法防御力を高めるアイテムを申請しておいたからな！あの３人のことだ。速攻で作ってくれることであろう。あとは待つしかない。」 （３人・・・・・っていうか、くるみはデザインだけだと思うんだけど） さて、行くか、とブルーに捧げ持たれたマントを慣れた手つきで纏うジンベエの横で、先ほどから静かに若者達を見守っていたミレイラがフィリアの前に立った。 「・・・・・フィリア。焦ってはいけません。互いに背を守りあうと誓ったファルがあんなことになって心が騒いでしまうのはいたしかたないことです。でも、もしもファルが話すことができたなら、きっと冷静になれと諭したでしょう。・・・・・・・無事で・・・・・ファルが目を覚ましたときにあなたが倒れていたら、あの子はきっと怒りますよ。」 そして優しくフィリアを抱擁した。が、ミレイラは驚いたようにフィリアを凝視する。 その耳にフィリアはそっと囁いた。 （皆には言わないで下さい。これ以上心配事を増やして皆の心を乱したくありません。） そして、何事もなかったかのようにフィリアは一礼して出発を宣言する。 ・・・・・ファルが動けない今、白き衣の勇者を継承するのはフィリア以外に今はいないのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「間違いありませんね。」 ブルーは彼の上司に向かって言った。指はコンピュータのコンソールの上を軽やかに舞っている。 「コイツが生きていて幸いでした。これが奪取された飛行艇であることはもちろん、この日誌から彼がウィルスコッチであることも証明されました。ただし、現在の彼の居場所を予測させるような手がかりは何もありません。」 満足げに頷くジンベエはコクピットのナビゲーター席に座っている。・・・・あのあと魔道士達がここに来ていろいろと調べていったが、テクノロジーの結晶たる飛行艇は、この魔法世界の住人達には理解不能なものであるらしく、今、ブルーとジンベエがやってきて初めていろいろと明らかになった。 今、彼が操作して吐き出させた情報もその一つだ。航海日誌には、シャークスコッチ家に対する恨みの言葉が幾百と重ねられていた。ただし、彼が何をしようとしていたのかは全く分からなかった。 「・・・・・うむ。」 ジンベエはこつんと自分の額をこぶしで一つ打った。 「思念トレースも途中までしか効かんぞ・・・・」 おお、ただのうのうと座っていただけではなかったのか！ フィリアがジンベエの肩に手を置く。 「あ、すまん。おとしまえをつける話については誠意をもって善処するつもりではあるのだが・・・・」 フィリアは少し脱力したようだった。 「そんなことではない！・・・・・・途中まででもいい。どちらに向かっている？」 「・・・・・・思念が相当乱れているからな。私の魔法の直撃を食らって、さらに白金の斬撃を足に受けている。・・・・・・・乱れているというか・・・・・相当弱っている。ここからだとこの飛行艇が向いている向きに向かっているようだ。」 それは王都がある方角であった。 と、フィリアが何かにはじかれたようにぴくりと肩を動かした。ジンベエも頷く。 「・・・・何か・・・・胸騒ぎがする・・・・・ただの杞憂ならばよいのだが・・・・・」 フィリアが眉間にしわを刻んで言った。 「いや、杞憂ではないだろう。何か妙な感触を私も受け取ったぞ！」 「・・・・・行かねば！俺は行く！・・・・・東だな。商業都市ミザレだろう。」 光太郎はしっかとフィリアの腕を掴んだ。 「俺、じゃないでしょ！俺達でしょ！」 フィリアはやわらかく笑った。 「ああ、そうだな。」 調査にあたっていた魔道士たちがやってきて転移は任せろと請けあってくれた。フィリアはあとの三人と共に奇妙な気配を感じた街へとジャンプした。 「!?」 光太郎は目を疑った。街は炎に包まれていた。 「一体これは・・・・・・」 と、炎の本流が襲い掛かる。ケルベロスとは段違いの灼熱地獄だ。 「サラマンダー！」 フィリアが叫ぶ。ひら、と白衣の裾をひるがえして前に出た彼は、魔剣を鞘から抜く。普段使い慣れない得物であるため多少ぎこちなさはあったものの見事に一刀のもとに火蜥蜴を両断し雲散霧消させた。 「何故だ！街を焼いても彼の得にはならないだろうに！」 魔獣の咆哮、逃げ惑う市民達。フィリアは一つ目の巨人の前に躍り出て剣で膝を粉砕した。巨体が大地に倒され、まだ燃えていない建物の陰に隠れていた人々が喝采する。 「ファル様だ！」 「白き衣の勇者様だ！」 考えてみれば一般の市民はファルのことを知っているわけではない。民が魔獣に襲われたときに現れること、そしてこの世界では珍しい形の白衣を纏っていることだけだ。であるから、目の前にいるフィリアは彼らにとってはファルに間違いないのだ。 燃えている家の中に取り残された子供を一度転移してフィリアが救出して母親の元に届けたとき、すべてを諦めていたような人々の瞳が輝きだした。 「よーし、俺も・・・・・」 （ちょっと恥ずかしいけど・・・・・） 連載終了間近のこの期に及んで何をいうとるか！誇りを持ってたたかうのぢゃ！（お、なんだか教授が混ざってきてしまいましたぞ。） 「チェーンジ！リアクションスタートッ！」 そして次の瞬間には化学戦士が燃え盛る紅蓮の炎を背景にして立っていた。教授が泣いて喜ぶような構図である。 「早く！燃えていない方へ！魔獣は俺達がなんとかしますから！ 人々はさすがに顎を落としている暇はなく、光太郎の誘導に従って避難する。冷たい霧が吹き荒れて炎が消えていくのはジンベエの魔法だろうか。魔獣はそれほど強力なものはいなかったがなにぶん数が前にも増して多かった。幾度マグネシウムソードを振るったろう。幾度呪文を唱えただろう。すべてのアイテム、すべての呪文を使って魔獣を退散させたとき、もう時間は真夜中となっていた。 街の焼け残った部分に、人々が集まっていた。報せをうけたシーマたちが手配して怪我人の救護にあたり、また、炊き出しが賑やかに始まっていた。街の半分以上は焼けてしまったが、人的な被害は奇妙ではあったが幸いなことに軽微であった。 「・・・・・食事だぞ。」 建物の壁に寄りかかり座り込んだ光太郎にフィリアがパンとスープを運んできた。 「ああ・・・・うん・・・・・」 素直に受け取り食べはじめたが何か思いつめているような光太郎の隣にフィリアはどっかと腰を下ろす。 「何がどうなっているんだろう。あいつがジンベエたちの星に帰りたがっているのはわかるけど、それが魔獣を放つこととどう関係があるのかな、って。」 「・・・・・・おいおいわかるさ。いや、突き止めてみせる。・・・・・・今は少し休もう・・・・・・奴が飛行艇の前で言っていた言葉・・・・あとは魔樹が何本かあればいい、と。現在すべての魔樹はシーマ オーカー総帥の力でこちらに掌握された。何をするつもりかわからないが、奴の言葉が本当ならば、魔樹がなければそうそう酷いことにはならぬと思う。・・・・」 光太郎はフィリアの横顔を見ていたがふう、と息をついた。 「どうした？」 「フィリアは強いな。さすがに先輩の戦友だよね。・・・・・・使い慣れない剣も見事に操ってたし。白金先輩と重なってみえたよ。」 「・・・・剣の修行も一応はしてたからな・・・・・・」 なおも光太郎は見つめている。 「な・・・・・なんだ？」 「・・・・・・いや、ヤキモチかもしれない。」 「はあ？」 あっけにとられるフィリアの前で光太郎はひらひらとごまかすように手を振った。 「そ、そういうのじゃなくって！・・・・・フィリアと先輩って、心がよほど心が通じ合ってたんだな、って。だからあの魔剣も使えるんだよね。・・・・・・先輩と一番近い位置に居るのはフィリアなんだよね。俺が知らないときにもずっと一緒に戦ってたんだものね。ヤキモチっていうと語弊があるかな。うらやましいっていったらいいのかな。・・・・・先輩のこと嫌いじゃないけど・・・・・変なふうには好きじゃない。・・・・・とっても大切な人だけど・・・・・・。大切だから近くに居たいんだ。・・・・・今は無理だけれど。俺、いっそ男のままでもいいかな、なんて思うんだ。フィリアが女になるんなら、俺、フィリアの代わりに先輩の背中を守りたい。」 フィリアは微笑んだ。 「ファルもきっとそうだと思う。婚約なんて政略上に決められたことだからね。男にせよ女にせよ、ファルにとっては光太郎が大切なんだよ。・・・・・・将来どうなろうと、今はかけがえのない友だ。」 「・・・・・友達というにはどうにも俺、一方的に保護されている感じがしてるんだけど？」 「そりゃ、光太郎の性格がまっすぐすぎてあぶなっかしくて・・・・それに女顔だし・・・・」 「ファラム！じゃないフィリア！」 事実だろ、とうそぶくフィリアに光太郎はぶーたれた。 「とにかくファルにとっては二人とも大切なんだ。どっちが上なんてないんだろう。・・・・・光太郎、頭、切ったな。ちょっと俺の膝に頭のせろ。」 光太郎を膝枕し、戦いの間についてしまったらしい後頭部の傷にフィリアは優しく手を触れた。 「フィリアの魔法、染みていくみたいに優しいね。」 「そうか？」 「・・・・フィリアじゃないみたいだ・・・・・」 「・・・・・・殴るぞ。・・・・・・・・・ん？寝てしまったのか？・・・・・」 すうすうと寝息をたてる光太郎の髪をフィリアは優しく梳いていたが、彼もいつしか眠りにおちていった。 「!?」 何かの気配を感じて光太郎は飛び起きた。 まだ空には星が輝いている。ぐっしょりと汗をかき、鼓動は２倍ほどの速さで打っている。思い出せないが何か悪い夢をみたのだろう。また目を閉じようとして、彼は傍らにいたフィリアがいなくなっていることに気づいた。 見張りについていた魔道士に聞いたが知らないと答えられ、光太郎はのろのろと座った。 「フィルス！ここにいましたの！昨日はご苦労様！」 「島岡総帥・・・・あなた自らがどうしてここに？」 「視察ですわッ！（・・・・・それからちょっとだけあの方のご様子を見にｖ）」 ああ・・・・瞳に星が煌いてしまっている・・・・・ 「それよりさっきからちょっと見てましたけど、あっちにうろうろこっちにうろうろ、フィルス、あなたどうなさったんですの？おなかでも壊しました？」 「ち、違う！・・・・フィリアがいなくって・・・・」 にこやかだったシーマの表情が凍りつく。 「王都ですわッ！・・・・・・あのお馬鹿さん、自分ひとりで背負い込んでどうするつもりですのッ！フィルス！参りますわよ！・・・・・・彼は決着をつけるつもりなのですわ・・・・・・・」 「？？？？」 何が何だか事態を把握できないまま、光太郎はシーマに腕を掴まれてジャンプさせられた。 そこは白い柱がたった回廊だった。大きな泉水が設けられた中庭は見事であったが、青い月の光で妙に寒々しく見えた。 「ここ・・・・・俺、知っている。」 「言葉には助詞をつけなさいませ。・・・・・・知っていて当然ですわ。ここは王宮。あなたが小さな頃に暮らしていた場所の一角です。・・・・・しかしこんなに簡単に入れるとは・・・・結界で進入を阻まれるかと思いましたのに・・・・・・」 「島岡総帥、ここにフィリアが？」 「・・・・ええ、きっと。いないならいないでよいのです。いた場合が問題なのですから。・・・・・さあ、思い出しなさい。小さな頃、隠し通路でよく遊んでいたとファルから聞いていますわ。王の寝所に通じる道はどこなのです？例え今は違う部屋になっていても、深奥部へと入っていくことができますわ。」 光太郎はおぼろになっている記憶を掘り起こした。たしかに自分はぱたぱたと城中を走り回っていた。白金の兄たちにいじめられると秘密の通路に逃げ込んだ。白金やファラムと一緒に探検したこともあったっけ。・・・・・・・ 「泉水の近くのあの魚の像・・・・・」 総帥が走っていって像が載せられている柱を調べると果たして一部が動かせるようになっていた。シーマが力任せに蹴り付けると、泉水がスライドして地下への階段が現れた。 二人は駆け込んだ。 「さあ、フィルス、次はどっちですのッ！」 「そんなこと言われても・・・・・・」 「泣き言をいわないでくださいましッ！あのお馬鹿さんは皇帝のところに乗り込むつもりですわよッ！わからなければあの大馬鹿の精神波を捕まえなさいッ！あなた、あのド阿呆が死んでもいいとお思いですのッ！」 大迫力でシーマに迫られて光太郎は目を閉じ、自分がよく知っている精神波を捕まえようとした。・・・・・・しかし・・・・・・ 「フィリアかどうかわからないけれど、なんだか憎悪の念が・・・・・・」 「それですわッ！」 通路は暗闇であったが、シーマのつくった光球で昼のように照らされた。右へ、左へ。忘れていたはずだったのに、走るにつれて光太郎は今どこにいるのかが徐々にわかってきた。もう少し、あのかどを曲がったらすぐだ！ そしてどす黒い憎悪の念も色濃くなってきた。 フィリアはすっと腰の魔剣を抜いた。 大剣を手にした皇帝はにやと笑う。 黒い髪には白いものが混ざってはいたが、鋭すぎる目と歪んだような口元を除けば彼は驚くほど白金によく似ていた。 「白衣の勇者か。よくここまで来たな。わざわざ殺されにきたとは手間がはぶけてちょうどいい。」 その言葉を聞き、フィリアは泣いたような笑ったような顔になる。 「お前は何もわからなくなっているのか。白衣の勇者はお前の息子だ。彼の髪は黒い。そしてここに居る俺は青い髪だ。・・・・・・・・お前には目の前の人間が自分の息子かそうでないかも分からないのか。」 皇帝はにたりと笑い、大剣を構えた。 「そのようなことは重要ではない。重要なのは今度こそお前を殺すということだ。この男は都合がいいので何かと利用させてもらったが、体に入るのははじめてだ。記憶までは把握しきれんよ。」 「・・・・・・・お前・・・皇帝ではないのか・・・ならば何の躊躇もない！行くぞ！ 魔剣をすらりと抜いたフィリアは用心深く構える。と、皇帝は剣を手にしていながら素早く右手で印を結んだ。 飛行艇で遭遇したのと同じ黒き魔法がフィリアを襲ったが魔剣はいとも容易く魔法をはじいてしまった。 「確かに皇帝も魔法の使い手ではあったが・・・・・本来のお前に比べれば格段に力の低い術者だ。手に入れてまだ間もない体ではなじむまい。」 皇帝はぴく、と頬をひきつらせ、次の呪文を放つのをやめ、大剣を改めて正眼に構えた。 皇帝の剣もまた魔力をおびているらしく、赤黒いオーラがゆら、と上り立つ。切り結び、飛びのく、そしてまた切り結び・・・・・・普通の状態ならばフィリアの勝ちであったろう。しかし、フィリアは疲れすぎていた。剣を飛ばされ、壁際まで追い詰められ・・・・・ 「フィリアーッ！」 文字通り間に入った光太郎はマグネシウムソードを掲げていたが、皇帝の剣はソードを砕き更にデフェンシヴ・フォームをとっていたはずの光太郎の肩をざっくりと切った。 「光太郎！」 「早く剣を拾いなさいな！あたくし、こういう接近戦は性に合いませんことよッ！」 シールドを皇帝との間に張った島岡総帥が叫ぶ！皇帝はギラリと目を光らせ、シーマに向き直る。奇妙な感覚がシーマを襲ったが彼女は不敵に笑った。 「あたくしの体を手に入れようとなすっても不可能ですわよ！、父祖伝来の“守護”の魔力がこもったアイテムで護られておりますから。それにあなたのような下衆に体を使って欲しくなどありませんわッ！」 その間にフィリアは魔剣を拾い、肩を押さえてうずくまる光太郎の前に立った。 「・・・・・・護ってみせる。もう誰も傷つけさせない・・・・・！」 数回切り結んだ後、フィリアは横一文字に刀を構え、走り抜けるように突撃した。 脇腹を深く裂かれた皇帝はその場に崩れ落ちた。そこから灰色の霧のようなものが立ち上る。シーマはそれを封印しようとしたが、すんでのところで霧は窓の隙間から外へと逃れていってしまった。 「・・・・・・ファラムか・・・・・・」 皇帝はフィリアに呼びかけた。その瞳は光を失い、もう死がすぐそこまで迫っているのは確かなことであった。フィリアは膝をつくと皇帝を支えた。 「ファルは・・・・生きているのか。」 「・・・死んではいない。・・・・・正気に戻ったのか。」 「・・・・ああ、あの男なら今私から離れて行ったぞ。そうか。生きているのか。悪運の強い奴だ。・・・・・」 フィリアは静かな声で言った。 「ファルはあなたを憎んでいる。」 「・・・・・当然だな・・・・・・・」 「・・・・・・・権力の為に悪鬼の如く振舞ったあなたを嫌悪し、しかし、父親としてのあなたを否定しきれず・・・・・・二つの想いにはさまれ、その苦痛であなたを憎んでいる。」 「・・・・・・・・・伝えてくれ。私は徹頭徹尾ファルを憎んでいたと・・・・・・そうすればあれの心も少しは軽くなる・・・・・・・だろう・・・・・・・」 それきり皇帝は呼吸を止めた。 王であった兄を殺し権力の座に就いた簒奪者は今その命を終えた。フィリアは何事かを考えるように死体の傍に跪いていたが、死体の目を閉じ、小さく祈った。 「フィリア・・・・・間に合ってよかった。」 光太郎に声をかけられ、フィリアはあわてて光太郎の傷を塞ぎにかかった。 「すまない！」 「・・・・・・まったくだよ。言ってくれてたら、こんな怪我しなくてすんだかもね。でも、結果としてはよかったのかな。」 島岡総帥は首を振る。 「あいつの本体は消滅しておりませんわ。すぐに脅威になることはありませんけれどね。強力な術者ですけれど、魔力の強い体をのっとらない限りは私たちの敵ではありません。ひとまず魔道士たちには外出するときには護符を身につけるよう徹底させます。私たちの本部には防護障壁が張り巡らされていますからあそこにいる分には安全です。・・・・・・それにしても！」 光太郎が驚いたことにシーマは泣き出した。大きな暗赤色の瞳からぽたぽたと地面に涙が零れ落ちる。 「あなたは本当に大馬鹿者ですわ！・・・・・・王宮に特攻をかけるなど！今まで危険だといって乗り込むことを避けてきましたのに！あなたという人は!!馬鹿ですわ、馬鹿ですわッ！」 そのまま、光太郎の手当てをするフィリアの横に座り込み、フィリアの肩にすがりつく。フィリアは一方の腕で光太郎、もう一方でシーマを抱いて苦笑する。 「馬鹿馬鹿と連呼してくれるな。自分が馬鹿だということは十分承知している。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 皇帝の崩御にともない、暫定的にミレイラが政の頂点に立った。民たちは彼女を歓迎したが、権力志向の貴族たちの駆け引きは相変わらず続き、そして魔獣は相変わらず各地に出没していた。民たちは白き衣の勇者こそが次の王になるべきだと叫んだが、彼が民の前に現れることはなかった。・・・・・・最も必要とされているときに調停者のリーダー格の青年は結界の中に体を横たえていたのだ。 フィリアが、光太郎が、そしてジンベエやブルーも魔獣を屠って回ったが、人々の不安は収まりはしなかった。 「・・・・・・・・・」 シーマいうところの“世界防衛本部”の一室で唇をぐっと噛み締めて瞑想していたジンベエの表情が緩んだ。 「済まぬな。何も掴めぬ。奴がこの近くにはいないということしか言えぬ。」 光太郎、フィリア、シーマ、そして副官とミレイラそして幾人かの頼りになる協力者たち・・・・政務で疲れ果て、目の下にくまを作ったミレイラが切なそうに頷く。 「そのウィルスコッチという人はこの世界をどうしようというのでしょう・・・・・いつか彼は動き出すでしょうが、その時に誰も傷つかないようにするには、どうすれば・・・・・」 「！」 フィリアがかけていた椅子から急に立ち上がった。シーマが目を大きく開く。 「目を覚ましましたのねッ！」 それと同時に白金の結界を維持していた魔道士の一人が駆け込んできた。 「シーマ オーカー総帥！ファルさまがお気づきになられました！」 フィリアは一人で走っていった。あとから全速力で追った光太郎が結界の部屋で見たのは、白金がフィリアとしっかりと抱き合っている姿だった。フィリアは泣きじゃくっていた。皮肉屋のフィリアが声をあげて子供のように泣いている。・・・・・・そういえば白金が斃れている間はあのどこか斜めに物を見ているような物言いは一言も聞かれなかったっけ。 光太郎に気づいた白金は微笑んだが咽喉を押さえた。 「・・・・・・こいつ、声が出ないんだと。ま、一時的なモンだろうから、あんまり心配しなくていいぞ。さてと、」 掛け声をかけるなり、フィリアは白金を横抱きに抱えた。白金は抗議するように手を動かしたがフィリアは平然としていた。 「こんな時でもなきゃ、お前にこんなことできないからな。心配するなって。いくら女になるからっていってもまだ筋力は衰えちゃないから途中で落としたりしないぜ。」 フィリアに抱かれた白金はやつれて一回り小さくなってしまったように見えた。白金は光太郎の脇を通り過ぎるときに目配せをしたが、しっかりとフィリアに身をよせている彼にはなんと声をかけてよいのかわからなかった。シーマもフィリアと一緒に行ってしまい、なんとなく取り残された光太郎は、ミレイラに呼び止められた。 「フィルス。ファルはあなたには弱いところを見せたくないのだと思いますよ。こんなときでも、ね。」 一夜明けた朝、白金は回復直後にも拘わらず、剣の素振りをしていた。 昨夜遅く、王都の傍に魔獣が出没したという知らせが入り、白金は無理を押して出撃し、魔剣を振るって魔獣たちを殲滅させた。人々に熱狂的に迎えられたことはいうまでもない。 体調が不完全、睡眠も不足している状態であるのに鍛錬を続ける白金はまるで生き急いでいるようであった。 「先輩？」 ひょっこり顔を覗かせた光太郎に、白金は微笑んだ。 「おはよう。」 小さく少し掠れていたが久しぶりに聞く白金の声であった。いつもと同じように白衣を纏い、魔剣を佩き・・・・・・いつもと違っているのは、白衣の下にかっちりとした革製のジャケットを身に着けていることと、咽喉に幅の広い意匠の凝らされた金属のバンドを巻いていることであった。 「ああ、これか・・・・・シーマ殿が萎えた体を護るためにと呪いをほどこして誂えてくれたのだ。」 「もう少し休養をとった方が・・・・」 「いや・・・・私は人々の前に出ていかねばならない。それが愚かにも政争を続ける貴族どもへの牽制にもなるし、何より人々に少しでも安心感を届けられるだろう。・・・・それに腕もなまってしまったからな。」 「でも・・・・」 ぐいと腕をつかんだ光太郎の手を白金は振り解く。 「やめろ！・・・・・・あ、すまん。少し気がたっていた。」 光太郎の方は掴んだ腕の細さにぎょっとした。・・・・・・無理も無い。結界の中では食物もなにも摂っていなかったのだ・・・・・・・ 「・・・・・・不本意であるが、奴が再び行動を起こすのを待つしかないのだろうな・・・・・・・」 そこに、一人の魔道士が飛び込んできた！ 「大変です！お二人ともすぐにいらしてください！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ シーマは壁の鏡に映った部下からの報告を腕組みしながら聞いていた。 「とにかく、想像を絶する破壊力なのです！王都の城壁の一部が消し飛んだのですから！」 若き総帥はぎり、と奥歯を噛み締める。 「あの者が新しい体を手にいれたようですわね。・・・・・それで、いったいどこの誰ですの。あの者に体を乗っ取られた馬鹿者の魔道士は！外出する際にはあれほど護符を身に付けろといいましたのに！」 鏡の中の魔道士がぶんぶんと首を振る。 「魔道士ではありません。ちらりとしか見えませんでしたが、我々とは少し違った奇妙な衣服をつけておりました！」 「何をたわけたことを言っておりますのッ！それほどの魔力を持つ者、魔道士でなくてどうします！」 「と、とにかく奴は魔樹を奴に譲り渡すよう要求しています！」 シーマが気色ばむ。 「その男の姿、なんとかして映しなさい！」 がた、と音がし、鏡に映った映像が揺れた。王都配属の魔道士が鏡を運んでいるのだろう。空が映り、塔が映り・・・・・そして映像が止まった時、そこにはメタリックブルーの軍服を身につけたブルーが不敵に笑っていた。 「な、なんであの方が・・・・・！」 フィリアが頭を抱える。 「そういや、あの人どういうわけか潜在魔力バリバリだったよな・・・・・」 ジンベエが映像を見ながら首を捻る。 「・・・・・ブルーは冗談が嫌いな男なのだが、一体何をやっているのだ？街へは底をついた物資の補給に出たはずだが。」 フィリアがぐいとジンベエの胸倉を掴む。 「護符を渡さなかったのか!?」 「何故に渡す必要がある。私の副官は武人であって魔道士ではない。第一、我が星で魔法を使えるのは異星の出身で魔道の力を持っていた母の血をひく私ひとりのはずだ。特殊能力を持つものはいるが、それは超能力と分類されている。」 「御託はいい!とにかくあいつをどうにかしないと！」 シーマは既に装備を整えていた。 「・・・・・これを最後の決戦にしなければ！・・・・・・私も魔道士総帥としての力を注ぎますわッ！皆さん！参りますわよ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 王都は異常なまでに静まり返っていた。ブルーの陣取る教会の尖塔をとりまくように三十人ほどの魔道士が不安げに取り囲んでいる以外に人影はない。 そこにシーマたちが転移して現れた。彼女は配下の魔道士たちを少し下がらせ、さらにファルやジンベエにもその場にいるよう声をかけてから大きく前に出る。見下ろしているブルーの顔を見つめた彼女は哀しそうに瞳をくもらせた。 （あの方にこんな残忍な表情をさせるとは） しかし、次の瞬間には強い力を視線にのせてキッと見据える。この男は外見はブルーであって、中身は彼女たちの敵だ。 「あたくしは魔道士総帥のシーマ オーカーですわ。・・・・・魔樹を護っているのはこのあたくし。・・・・・・何故あなたは魔樹を必要となさいますの！その理由をうかがってから返答させていただきますわ。」 ブルーは面白そうにシーマを眺めた。 「理由、か。私は元いた世界に戻りたいだけだ。しかし、時空に穴を穿つには私の力では不足でね。魔樹が溜め込んでいる魔力を一気に使うことが必要なのだ。」 「それは不可能ですわ。魔樹は魔力の源なれど、本来、この世界に溢れる魔力の量を調整する役目を負っているのですわ。もしも空間に満ちる魔力が薄くなれば、魔樹はその体から魔力を吐き出し、バランスを保つ・・・・・・それに、あなたは以前魔樹を掌握していたはずではありませんか！なぜ、今になって！」 ブルーの顔をしたウィルスコッチはふっと笑うような息をついた。 「まだ時が満ちていなかったのだ。時空の壁が乱れた今こそあの木の力が必要なのだよ。・・・・・長かったよ。壁を脆弱にするためには不本意ながら君たちの力を借りねばいけなかった。ご協力有難う。総帥殿、調停者殿。」 シーマは暗赤色の瞳をこれ以上はないというほどに大きく見開いた。 「誰があなたに協力しましたというの！あッ！・・・・・・・」 合点のいかない光太郎たちの前で、シーマは唇を噛み締める。 「時空の壁を脆弱にするには・・・・・魔獣を召還し、送還すること・・・・そして、この世界の魔力のバランスを乱すこと・・・・・・」 「おお、総帥殿はおわかりになったようだな。私は魔獣を召還することはできたが、送還術はこの身に宿すことをできなかった。しかし、ここから他の世界へと旅立つには送還術こそが重要だったのだ。・・・・・君たちがやってくれたのだよ。私のかわりにね。そして、魔獣と戦う為に、この世界の魔力のバランスを乱すほどに大魔法を使い続けてくれた。難しかったよ、手を抜いて攻撃を加えるというのはな。被害を大きくしすぎれば、君らは戦う気力をなくしてしまったかもしれん。礼をせねばならんな。・・・・・さあ、魔樹を渡してくれ。私はこの世界を征服しようというのではないのだ。・・・・・静かに出ていきたいだけなのだよ。しかし・・・君らが拒否すれば、この世界を破壊しつくすことに目的を変えよう。」 下を向いて考え込んでいたシーマはばっと顔を上げ、高らかに笑った。 「おーほっほ！嘘、嘘、嘘ですわッ！そんな言葉にだまくらかされると思われたなんて、このシーマ オーカー、軽く見られたものですわねッ！自力で空間渡りもできない輩が無責任に壁に穴を穿ったが最後、ありとあらゆる魔獣が召還されもしないのに流入して参りますわ。つまりは、あなたが破壊しなくとも、この世界は壊れていってしまうのです。故にッ！」 シーマはびしいッ！っと人差し指をブルーに突きつける。 「あたくしたちのなすべきは、あなたの殲滅！それのみ！」 「・・・・・いいのかな？私が体を借りている人間は私とはなんら関係がないのだが？」 「笑止！この世界の命運がかかっているのですわ！その方には犠牲になって花と散っていただきますわッ！」 （無理してるよ・・・・） （ああ、無理無理だな・・・・・） 配下の魔道士たちが囁き合ったが、ひとまず聞こえていない。 「折角手に入れた体なのだ。そうそう散らせるわけにはいかん・・・・・・・それでは、魔樹は力づくでも手に入れさせて貰うぞ！」 ブルーが天に向かって片手を上げると雷鳴と共に蝙蝠の翼を背に生やした悪魔が現れた。そしてブルーの両脇には彼を護るように２頭の小竜が・・・・ 「・・・・・アークデーモン・・・・・・悪魔を召還するとは・・・・」 シーマが叫ぶ。 「魔道士達！王都を囲んで結界を貼りなさい。アレを外に逃がしてはなりません！今こそ魔道士生命全てを賭する時がきたのですわッ！・・・・・・・ファル！フィリア！光太郎！デーモンは任せます！あたくしたちは・・・・・あの方を排除しますッ！」 魔道士達は結界をはり、じわじわとあとずさる。王都全域が巨大な闘技場のように外部とは閉ざされた空間を形成する。 ファルは魔剣をすらりと抜いた。 「私たちが調停者として生まれたのは魔を倒す為・・・・・・光太郎！フィリア！行くぞ！」 瞬間的に変身を完了した光太郎が叫ぶ。 「テイク・オフ！」 デーモンの頭上まで飛び上がり、漆黒の姿を見下ろす。続けて攻撃魔法を使おうと近づいたが、デーモンの発する“気”が彼の胸を強く圧迫した。 「サンダー・ハリケーン！」 不完全な姿勢で繰り出した技は敵の肩を掠めたが、僅かな傷しか負わせられない。 ファルの声が耳の奥でする。 （止めを刺すのは私の役目だ。二人とも陽動を頼む。光太郎。攻撃を援護してくれ。フィリア、傷ついたら回復を頼む！） ファルはもう一本の剣を捨てた。デーモン相手には通常の剣は用を成さない。 頭の上を飛ぶ光太郎を手でなぎ払おうとしているデーモンの足に魔剣で切りかかる。 「！」 彼は何が起こったか、即座には理解できなかった。飛ばされ、体を建物の壁に打ち付けられ・・・・・ 「ファル！」 フィリアに抱き起こされて、初めてデーモンの翼の巻き起こした風魔法に巻き込まれたと判ったファルは、直ぐに立ち上がると、デーモンの側面に転移し、魔剣で切りつけた。 踏み潰そうとするデーモンに光太郎がマグネシウムソード・改で切りつける。 デーモンは短く何事かを唱えると体全体が怪しく暗い色に光った。体を突き刺すような痛みが襲い掛かる。 「気をつけろ！召還されたとはいえ、相手はデーモンだ。並みの魔力ではない!!」 苦戦する三人からは離れた場所で、シーマたちも戦っていた。 ・・・・・・というより、シーマとジンベエは二人して必死にシールドを張っていた。二人の強力なシールドは、ウィルスコッチの魔法も小竜の物理攻撃も見事に弾いている。 「・・・・・・どうすればいいのです・・・・・・・」 シールドを解いて、彼女のすべてをかけた攻撃魔法を使えばあるいはウィルスコッチを倒せるかもしれない。・・・・しかし。・・・・・・だが、やらねばなるまい・・・・・・彼女は総帥なのだから。そして彼女はこの世界を愛しているのだから。 と、隣でシールドを張っていたジンベエがはあ、とタメイキを一つついた。 「部下の不祥事は上官の責任だからな。それに今回のことはブルー本人が悪いのではない。私がなんとかしよう。・・・・シーマ オーカー殿。私が我が副官を押さえ込んでみるので、その隙に貴殿はブルーの中に入っている輩を封じて欲しい。」 「何を言ってますのッ！今、あの方はあたくしたちに攻撃をしているではありませんか。あなたのこともわかっていないのですわッ！シールドを解いたらあなたは魔法で・・・・」 ジンベエはふっ、と笑う。 「言ったではないか。ブルーは私の副官なのだ。上官が部下を見捨ててどうする。・・・・・・シーマ殿、私は我侭なのだよ。私はこうしたいのだ。もしも私が生きながらえればそれでよし、もしもうまくいかなくても、そのときに私はこの世の者ではないのであるから、後悔することもない。なので・・・・・」 シーマは必死でシールドを貼りながら叫ぶ。 「馬鹿ですわねッ！あたくしはあなたのことなどどーでもいいのですわッ！でも・・・もしもあなたが死んで、あの方が助かった時、真面目なあの方がそのままでいられると思いましてッ！あたしは悲しむあの方を見るのはゼッタイに嫌ですからッ！その案は却下ですわ！・・・・・・何か・・・・・何かあの魔法を弱めるアイテムでもあれば・・・・・・」 ジンベエは眉根に皺をよせた。 「アイテムはないが、魔力を弱めることはできなくも・・・・・」 と、ブルーが叫んだ。 「どうした！耐えているのが精一杯か？お前たちの力などそんなものだ。さあ、もっと楽しませてくれ！もう終わりか！あと、何が残っているのだ！」 シーマはきっとして見上げる。 「ほざいていなさい！代々魔道士総帥たるオーカー家には最後の伝家の宝刀があるのですわ！」 「ほう、なんだ、それは。」 「ド根性ですわッ！」 いきりたつシーマの横で、くい、とジンベエが彼女のケープを引いた。 「何ですのッ！こんな非常時に！」 「方法を見つけた。あの者を魔力の薄い世界に送還してしまえばよい。」 「・・・・・・あの・・・・・あいつはこの世界から出たがっていて、それができなくてこんなことをしているのですわよッ！魔獣の送還はできても人間の送還などできるわけが・・・・・」 「・・・・・やってみる価値はある。」 ジンベエはシーマの答えを聞かずにすっと瞬間移動をし、光太郎の腰をぐっと引き寄せた。 「ちょっと借りるぞ！」 バカヤロウというフィリアの声が背中から聞こえたが、ジンベエはシーマのつくるシールド内に光太郎ごと戻ってきた。 「な、何やってるのさ！ジンベエ！」 「・・・・・・・あの子竜を送還して欲しい。お願いだ・・・・・・おそらく私から光太郎への最後の願いだ。」 何か言い返そうとした光太郎だが、いつにないジンベエの真剣さにゆっくりと頷く。 「わかった。あの子竜を送還する・・・・・」 光太郎の口が呪文を紡ぎだす。ジンベエの頭の中にはいろいろな思いが渦巻いていた。 光太郎が送還をするとき、細いが“道”ができる。そうすれば・・・・・・・ そして彼はとあるところに思念を送った。 「送還！」 光太郎の呪文完成と同時にジンベエは飛び出すとブルーの所まで転移して送還されていく子竜と共に送還の門に飛び込んだ。人間が排除されずに送還の門に飛びこむなどという事態を目にしたシーマは驚愕しながらも自ら彼らの後を追い、門に飛び込む。・・・・・ 光太郎は消えてしまった３人を気遣う間もなく振り向く。 「ジンベエ・・・・・・ブルーさんのこと、頼んだよ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「な！！なんですのッ！」 シーマは暗い送還の門からぽっかりと明るい空間に投げ出されて叫んだ。・・・・・飛ばされている。しかも異世界だ。空は同じように青いが、眼下にはやたらとごみごみした街が広がっている。灰色の四角い建物が立ち並び、なんだか細長くて煙を吐いているものがにょっきり生えて・・・・と、ジンベエが彼女の二の腕をしっかりと手で握った。マントがこれ以上ないほどにはたはたとはためいている（←落下途中だ。あたりまえ） 「おお、成功だ。シーマ オーカー総帥、この世界は魔力が薄いゆえ、貴殿にとっては魔法の使い勝手が悪いと思われる。心して欲しい。・・・・・・・時に、貴殿はどこに落ちたい？」 「あなたとはどこにも落ちたくありませんわッ！」 結局、旧学館の前にブルーと対峙するように降り立った。二人である。そして、地下の秘密基地から教授たちが駆け上がってくる。 「なんじゃい！急に、“そっちにいくから”などという思念を寄越しおって。光太郎はどうしたのぢゃ？」 そしてそこにシーマの姿を見てぎくうっと硬直する教授であった。くるみはといえば、“わあ、綺麗な人、あの人だったらあーんなコスプレやこーんなコスプレも似合いそうｖ！”と目をハートにしている。そしてこうのたもうた。 「ねえ、ジンちゃん。もしかしてこの方、ジンちゃんのコ・イ・ビ・ト？」 「な、なんでそういうことになりますのッ！」 ・・・・・・非常時でも言わねばならぬことはきっぱりというシーマであった。 慎一は静かに傍観していた。緊迫感がないなどといってはいけない。教授達にはジンベエとブルーがシーマを連れてこちらにやってきたとしか考えられないのだから。しかし、それはブルーが役に立たなくなった子竜の死骸を踏み潰し、ジンベエに向かって魔法を放ったことによって崩れた。ジンベエはすかさずシールドを張る。 「な、何が起こったんぢゃ？お前さんの副官はいったいどうしてしまったんぢゃ！」 「うむ・・・・・ちょいとばかり悪い奴に取り付かれてしまってな。向こうは魔力が世界に溢れていて手がつけられないのでこちらで戦おうと・・・・・」 「馬鹿者っ！水島大学内で魔法戦をやるつもりか！」 「・・・・・仕方ないだろう。おお、思ったとおり、先ほどと比べ魔法力が衰えているな。・・・・・うむ・・・・・しかし・・・・・・私の魔法力も予測以上に減じてしまったようだ。教授よ。何かよい考えはないか。」 「・・・・・・勝手にこっちに来おって！なんぢゃ、その言い草は！」 シールドに手を貸しながらシーマが怒鳴る。 「親父様！泣き言をいうのはお止しなさいませッ！目の前をよく見て下さいな。とにかく何かしなければこの世界の存亡にかかわりますことよ！」 教授はこくこくと頷く。よほどシーマが怖いらしい。 「・・・・・・とにかく私が押さえ込んでみせる。司令官の名にかけてな。」 「・・・・・・それならあたくしが防護シールドを張りますわ。親父様！あなたがたで副官様の注意を逸らして下さいませ。あの紫色の魔法男が副官様のところに辿り着くまで・・・・・」 シーマのシールドの後ろで教授とくるみと慎一は顔を見合わせた。 「・・・・・といっても・・・・・・長官、俺たち、光太郎のための武器はいろいろと開発しましたけど、自分たちで戦うためのものって・・・・・」 教授、腕組みをする。 「そうよね・・・・・あ、ケルビーは？」 「あいつはでかくなったけどこっちじゃただの犬だぞ。あんな魔法の前に出たら一発で・・・・」 教授、深く頷く。 「いっそのこと慎ちゃんが変身したら・・・・」 「無理言うな。俺ができるわけないだろう。」 教授、ふか〜く頷く。 「光太郎が変身してあれだけの力を出せたのは、あっちの世界の生まれだってことがあったからだ。魔力のない人間にはあのバトルスーツは今はまだ使いこなせないよ。」 教授ふかくふかーく。・・・・・・ん？ 「魔力があれば俺にも使えたかもしれないけど。」 ぴく。 そーか。そーか。致し方ない。うんうん♪ （な、なんだ。その♪は・・・・・） 「ちぇんじ！リアクションスタート・・・・ぢゃｖ！」 そして、そこには・・・・・・ロマンスグレーの化学戦士が立っていた。スカーフがたなびきハーフミラーのバイザーがキラリと陽光に輝く！シーマは顎を豪快に落とし、泣きそうになって叫ぶ。 「・・・・・・・・切りますわ！親子の縁を即刻お切り致しますわッ！」 それが聞こえなかったのだろう。気持ちよく見得をきった教授はオーバーアクションをしながら大声で叫ぶ！ 「テイク・オフ！」 光太郎のために魔法防護を極限まで高めたスーツは、ウィルスコッチの魔法が当たってもびくともしなかった。にやりと笑った教授は空中に浮かんだまま大げさにアクションし、 「サンダーハリケーン・・・・ぢゃ！！」 おお！流石に昔は黒森の賢者と言われただけのことはある！電磁の嵐が檻となってブルーを麻痺させる！ 「ジンベエ！早くせい！わしゃ、光太郎とは違ってなにぶんシルバーだからな。３分持つかどうかわからんぞ！」 あんた、ウルト〇マンか？ ジンベエは静かに副官のところにやってきた。 「ブルーよ。どうしたら正気に戻ってくれるのだ？・・・・・・・ううむ・・・・・・ならば、私の呼ぶ魔獣にすべてを託そう。私の魔獣は心を操る能力を秘めている・・・・・・頼むぞ！魔獣！ 「メザメーロ！」 ・・・・・・なんだか目覚まし時計によく似た魔獣が召還されたが・・・・・ ブルーはふっと意識を戻した。何だろう・・・・なぜかどこかに押し込められている。この体は自分の物なのに、何かが入り込んでいて。いや・・・・・この体の主は私だ・・・・・ほら、いつもの素晴らしすぎるネーミングセンスに顎を落としているのは紛れも無く私ではないか。 「ブルー！」 懐かしい司令官の声がし、ついで紫紺のマントが頭からばさりと被せられて揺さぶられた。何だか心地よい・・・・・・・そうだ・・・・なんと懐かしい・・・・・・ 「ジンベエ・・・・様・・・・・・・」 「おおおおおおお！」 正気に戻った副官をジンベエはゆさゆさと揺さぶった。 「お前なのだな！お前はお前に戻ったのだな！」 「はい。ご迷惑をお掛けいたしました。」 「いや、きっと。」 ジンベエはぱさりとマントを翻す。 「我が母が我らを護ってくれたのだ。母は強大な魔力の持ち主であったからな！」 教授は尚も上空にたゆたっていたが、ブルーの体を離れたどす黒い思念が上がってきたのに気づき、手のひらに捕まえると強く念じた。再び手を開くとそこには黒い球が載っていた。 「こいつの処理はジンベエに任せるとして・・・・」 地上に降り立ち変身を解いた教授は首を傾げる。 「光太郎の方は何事もないのか？？」 ジンベエがポンと手をうつ。 「おお。忘れていた。そうだ。大変なのだ！相手はデーモンでかなりの魔力を持っている！」 「それを先に言え！！・・・・・・交戦中だとするとスーツを転送しても意味がないか。よし！護符の形にして送・・・・・・ちょっと待てぃ！ジンベエ、わしゃ、おぬしの思念をターゲットにして向こうに送るつもりでおったんじゃぞ！今、道はおぬしたちが通ったせいで開かれておるが、向こうの世界のどこに出るかは不確実じゃ！シーマ！お前さんがいくら転移魔法が使えても未知の場所に出てしまっては辿り着くまでに時間が・・」 その教授の背をつん、とつついたものがあった。 「ケルビー！」 慎一が黒犬の頭を撫でる。 「行ってくれるのか？」 ケルビーはこくり、と頷いた。 「・・・・・・・・頼むぞ！あ、ちょっと待て。」 慎一は教授から護符を受け取りケルビーの首に下げると地下室にとって返して手近にあったものをひっつかみそれも一緒にくくりつけた。 「無事で行けよ。光太郎のこと頼んだぞ！」 ケルビーは鼻面を一度慎一の肩に擦りつけ、ジンベエたちがやってきた“道”を感知して異空間へとつっこんでいった。・・・・・・一度通った道。以前は強制送還された道。今は自分の意志で辿る道。幽かに出口の感触を察知し、黒犬は躍り出た。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 戦いは硬直していた。いや、光太郎たちの旗色が悪い。結界を張る魔道士たちの疲労も大きい。デーモンは底なしの魔力で魔法を使い、三人の調停者達は果敢に戦うものの、このままでは自分たちの負けだと感じていた。 「いちかばちか・・・・・・突撃する・・・・・・」 ファルの言葉に光太郎が首を振る。 「それって共倒れを狙うってことでしょう！俺は許しませんから！もうダメってとき以外、それをやっちゃいけません。それに・・・・・やるときは俺もフィリアも一緒ですよ！」 光太郎に強く言われてファルも頷く。 と、空間にぽっかりと穴が開き、何かが躍り出た。 「！」 光太郎は息を飲む。ケルベロスだ。しかし、なんて大きい！（きっと餌が良かったに違いない）そしてそれ以上に光太郎を驚かせたのは、ケルベロスの首にくくりつけられているタオルだった。・・・・・・・・・でかでかとマジックで書かれた文字は・・・・・“石黒 慎一” 「慎一！」 ケルベロスは光太郎の前にしゅたっと降り立ち、じっと彼を見つめた。間違いない。この人間は以前自分を瀕死の状態に追い込んだ奴だが、教授の部屋の壁にかけられていた恥ずかしいほどド派手な格好をした化学戦士と同じ装束だ。ケルビーはぐい、と首を下げた。 「乗れっていうの？」 頷くケルビーの背に光太郎は跨る。こちらの世界の魔力で馬よりも大きくなったケルビーはそのままデーモンへと向かって疾走する。デーモンの魔法がケルビーの黒い毛皮に放たれるが、首にかけられた護符が体に届く前に魔法を雲散霧消させる。 「凄い！ケルベロス！頼む！かく乱してくれ！ファルが、白金先輩が思う存分剣を振るえるように！」 ケルビーは風のように駆けた。自分の愛する主人が護ってくれと願ったこの背の上の人間の為に。背後からの魔法が護符の守りを破って彼の体を傷つけたが怯まずに向き直り、地獄の業火をデーモンに浴びせる。いや、天上の業火だ。異世界・・・・・魔力の薄い世界で育てられたケルビーは本来のケルベロスが持たない力をその身につけていた。 そして光太郎もケルビーの上から魔法を放つ。フィリアは叫んだ。 「ファル！行け！俺が途中までシールドしてやる！」 白金はフィリアにシールドされデーモンの足元まで進んだ。ケルビーに翻弄されていたデーモンが視線を下に落とす。そして右手で印を結び魔法を投げつけようとした。 「先輩！」 光太郎がケルビーの首から護符をとって白金に投げる。白金は受け取り白衣の胸ポケットにすっと収める。デーモンの魔法は白金に届かず消えた。 「消えうせろ！」 白金は魔剣を振りかぶった。 彼の魂の力を極限まで込めた魔剣はデーモンの体を切り裂いた。 デーモンがその巨体を横たえた時、ケルビーはゆっくりと頭を下げて、来た時と同じようにどこへともなく去っていった。 誰もが皆、終わったのだと思っていた。 しかし・・・・・ 「おい・・・・・・」 フィリアが光太郎に注意を促した。 「いかん・・・・・・デーモンの奴、この世界を巻き込んで消滅するつもりだ。」 デーモンの体は黒い小さな粒子になり、竜巻のように回り始めた。 フィリアは魔剣によりかかり肩で息をしているファルを見、光太郎の肩をばん、と叩いた。 「しゃーない。二人でやるかぁ？」 「ん・・・・・・・そうだね。」 二人の調停者は魔法を使って竜巻を封じるように結界を張った。そして、竜巻が膨張しようと舞い上がった時、結界は縮んで行き・・・・・・光が弾けたと思った瞬間、竜巻は消えていた。二人の調停者と共に・・・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「帰ってしまうんですか？」 戻ってきて体をこすりつけるケルビーを撫でてやりながら慎一はシーマに言った。 「ええ。私には空間渡りの力は今のところありませんが、そちらの黒いワンちゃんが“道”を行き来してくれたおかげて今なら戻れそうですわ。・・・・・・・いろいろと心残りはございますけれど・・・・」 視線は副官の方を向いている。 「でも、あたくし、どこかのだれかさんのような無責任すっとこどっこいではございませんから！あたくしにはあちらの世界で総帥としての勤めがあるのですわッ！」 ・・・・・・・気のせいか教授は二周りほど縮んで見えた。 「あの・・・・・・・」 くるみが呼びかける。 「光ちゃんと白金先輩に、元気で、って伝えて下さい・・・・」 「ええ。ファルもフィルスもこちらでいいお友達に恵まれていたようですわねッ。あたくしも、どこかのすっとこどっこいさえ父親でありませんでしたら、同年代のお友達がたくさんいたでしょうに・・・・・・」 ・・・・・気のせいか更に教授が縮んで見えた。しかし、シーマが帰ってしまうという段になって初めて娘に声をかける。 「あー、その、なんだ。元気で暮らすのじゃぞ・・・・・・」 シーマはにやりと笑う。 「あなたなどに言われなくとも大丈夫ですわ。・・・・・総帥などという仕事、よほどのすっとこどっこいでなくては務まりませんの。あたくしは遺伝的に向いているようですから。では・・・・・・親父様・・・・・・親父様もご健勝で・・・・・・」 言いたかった言葉がある人物には何も告げずに手だけを振ってシーマは故郷へと帰っていく・・・・これでいいのだ、と自分に言い聞かせながら・・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「暑いねー。」 「言うなー！益々暑くなるー！」 デーモンを見事に封じた二人であったが、どこともしれぬ荒野へと飛ばされ、いまはゆっくりと帰還の旅についていた。転移魔法で一気に帰りたいところであるが、調停者としての役目が終わったためか、二人からは大きな魔法の力が失せてしまっていた。 「フィリア、そんなに暑いなら脱いでたら？」 言った途端に光太郎は後頭部をとび蹴りされた。一度地面に倒されてからゆっくり起き上がると胸の前で腕を組んでいるフィリアの怒り顔にぶつかる。 「あのね、俺、女なの！脱ぐと支障あるわけ！わかったか？」 ・・・・・・・・この一ヶ月ほど一緒に旅しているうち、フィリアは本当に女っぽくなってきた。誰も外見からは以前の彼（いや、彼女か）は思い出せまい。声も綺麗なソプラノなのだが、口調と行動でぶち壊しなのはいうまでもない。 「・・・・・・・それよりかさ。光太郎、お前は男になるのと違うか？」 光太郎、固まる。 「や、やっぱり・・・・・？」 自分でも心持ち声が低くなった気がする。それに、筋肉のつき方とかが微妙に以前と違っているような・・・・・ 「ふーん。自覚はあったんだ・・・・・無理も無い。あんだけ攻撃魔法つかったしな。何を情けない顔してんだよ。・・・・・・・・・・・大丈夫だって。何も俺をヨメに貰ってくれとはいわんから。・・・・・・ジンベエよりは百万倍ほどいいが・・・・・・・ああ、しかし奴におとしまえをつけさせずに終わってしまった・・・・・返す返すも迂闊・・・・・ほれほれ、固まってないで歩くぞ！歩かないと近づかないからな！」 妙に楽しそうにフィリアは大またでぐんぐんと歩き始めた。 二人はシーマたち世界防衛本部の人々とミレイラに迎えられた。すっかり女性になったフィリアはとびつくようにミレイラに抱きつき、シーマになにやら耳打ちした。シーマはくすっと笑った。 「さあ、光太郎！これからが大変ですわよ！何と言ってもあなたは先王の遺児なのですからね！でも、まずはしばしの休息を。部屋で休んでいてくださいな。宴の準備ができたら呼びにやらせますから。」 与えられた部屋の椅子に光太郎は腰掛けていた。これから自分に降りかかってくるという様々なことは確かに気になったが、それより気になったのは、出迎えの人々の中に白金がいないことだった。シーマに聞いたところ、あのあと、疲労の為、何日も眠り続け、今も療養中らしい。 と、こつこつとノックの音がし、ひょいとフィリアが顔をのぞかせた。シーマの玩具にされたらしく、うっすらと化粧し、空色のドレスがよく似合う彼女は、だがしかし、ぼりぼりと青い髪を掻き毟った。 「おっと、俺の格好については何も言うなよ。言ったら殴るからな。さっき、ファルに呼ばれて奴のとこにいってきたんだけどさ。大丈夫、結構元気そうだったぞ。」 「・・・・・・ファルのところ？」 「お前もいってこいや。喜ばれるから。あ、お前が男になることもちゃんといっておいた。でも、お前からもちゃんと報告しろよ。・・・・・・・俺はこのけったくそ悪い化粧を洗い落としてくっから。」 光太郎に何も言わせずドアは閉まってしまった。光太郎はのろのろと立ち上がる。なんだか気が重かった。 光太郎が部屋の戸をノックすると、いつものように落ち着いた白金の声が返ってきた。 「開いている。」 かちゃりと小さく音をたてて扉をあけると、白金は窓辺で外を眺めていた姿勢から振り向いた。逆光の中に浮かび上がったシルエットは細かった。だがすべてが終わったからであろうか。表情は輝くばかりの笑顔だった。 「先輩、起きてて大丈夫なんですか！」 窓辺へと駆け寄り、向かい合って立つ。 白金はくすくすと笑った。 「皆、心配性なのだ。体の方はもう復調した。」 「・・・・・・でも随分やつれちゃったみたいですよ？」 「・・・・・そうか？・・・・・・そうかもしれない。でも、やることはこれからたくさんあるからな。」 光太郎は頷いた。 「あ、先輩、俺、男になるらしいです。だから、政治的なことが複雑になっちゃうと思う。・・・この世界って女が政治の頂点に立つことってなかったですよね。・・・・・俺自身は、先輩に国のことを託したいけど・・・・・皆、それを望んでると思う。・・・・・・・」 白金は表情を変えずに頷く。 「・・・・・・別に光太郎が男になろうが女になろうが光太郎であることにはかわりない。政治のことはともかく、私にとってはお前が無事で帰ってきたことがひとまず嬉しい。・・・・光太郎は男になったことが不服なのか？政に関わるのが不安か？」 光太郎は頭をぽり、と掻いた。 「不安はとても大きいです。ただ、不服なんてことはなくて・・・・・あの・・・・・・ただ、ちょっと残念だったかな、なんて。・・・・・・・男になるってわかった今だからいいますけど、女になったら先輩のお嫁というの、よかったかな、なんて。あはは・・・・・・」 照れて笑う光太郎に白金はクスクス笑いを返す。 「私は・・・・・・残念なことはないのだが。」 「え？」 きょとんとする光太郎の前で、白金は咽喉に巻いた金属のバンドを外して窓の桟にかけた。白衣を脱ぎ、革でできたかっちりとしたジャケットも体から外す。 光太郎は目を見開き、口をぱくぱくさせた。白いシャツに包まれた双丘は見間違えようも無く豊かに膨らんでいた。 形のよい唇から流れ出た言葉は深いコントラルトの・・・・・・紛れも無い女性の声。 「・・・・・・・全く気づかなかったのか？」 少し拗ねたように言う白金の前で光太郎は大混乱していた。 「え？え？え？だって・・・・・・声だって変わってなかったし・・・・・・な、なんで・・・・？」 「・・・・・・始めにウィルスコッチと戦った時、私の体とフィリアの精神は瀕死の状態だった。光太郎、お前一人に調停者としての責務を負わせたくはなかった。・・・・・フィリアには悪かったが、私はフィリアの体を借り、フィリアの精神を私の傷ついた体に押し込めたのだ。」 フィリアは何が行われたか知っていたのだ。白金が結界から目覚めた時、再びフィリアの心と体も一つになり、記憶も共有され、白金が自分の父親を殺したことや、その他の事を知って、だからあんなふうに抱き合って泣いたのだ。 「・・・・・女性になりかけのフィリアの体に入っていたし、光太郎、お前を癒すために回復魔法を何度も使った。・・・・・・・元の体に戻った時、私は女性に分化すると自分で判ったが、私が女になるとあの時点で他の者に知られてしまったら政敵たちが動き始めるのが目に見えていたので、シーマ殿に頼んで咽喉に巻いて声音を変える魔法の道具を作ってもらったのだ。フィリアとシーマ殿と私だけの秘密・・・・もっとも後から伯母上にも知れてしまったが・・・・・光太郎、黙っていてすまなかった。騙すつもりはなかったのだ。」 光太郎、固まる。 「・・・・・・何を黙っている。」 「あ、あ、あ、俺、何言っていいのかわからなくてッ！」 白金は随分長くのびた黒髪をそっとなでつけ、やわらかく笑った。 「こういうときには口説くものだぞ。」 光太郎ははっとした。こちらを向いて微笑む白金は本当に美しく・・・・そして可愛らしかった。 「俺なんかが口説いていいんですか？」 白金は小さく頷き、だが、一つ条件がある、といった。 「・・・・・・何かの折、私の心が弱くなってしまうようなことがあったとき、お前に少しだけ甘えていいだろうか。・・・・・そうすればきっとまた強くなれる・・・・・」 光太郎もやっと自然に微笑んだ。 「そんなことだったらいつでもどうぞ・・・・・俺で役に立てるなら。」 「・・・・・それは・・・・とても助かる・・・・・・」 そう言って光太郎の肩に頭をもたせかけようとした白金ははっとしたように顔を上げた。白磁の肌の頬にはさっと朱がさしている。 「・・・あの、光太郎、私はこういうことが全くの初めてだからッ！」 困ったようにはにかんだ様に訴える白金に光太郎は反射的に答える。 「だ、大丈夫です！俺だって、初めてですからッ！」 ややあってから、白金が疑わしそうに光太郎を見つめた。 「・・・・・・それは全くのところ大丈夫ということはないのではないか。」 たっぷり数瞬たってから二人はどちらからとも無く声をあげて笑った。 「ファル・・・・・・。」 「・・・・・・光太郎、私は女になったのだからもうファルではなくフィルだ。ファルはお前の方だぞ・・・・・・・といってもなんだか変だな。・・・・・・・・二人のときには私のことは光太郎が育った世界での名前で呼んでいい。私もそうするから。」 「・・・・・・じゃ、ハルカさん・・・・・これからもよろしくお願いしますね。」 白金は微笑んで目を閉じる。光太郎は彼女の肩に手を置き・・・・ 「ファル！光太郎！宴の用意がそろそろ整いましてよッ！」 叫びながら戸をあけたシーマは二人の姿を見たような気がしたが、次の瞬間薄紅色のスイートピーが多量に湧いて出て視界が遮ぎられた。シーマはやれやれというように、だがにっこりと笑った。宴に主人は出なくてはならないし、そのあとたしかに仕事は山積みだが、すぐにやらなくてはならないことではない。それに・・・・ファルは少し時間をかけて、他人に頼ることを覚えなくてはいけない。一人で何でも背負い込む、不器用であぶなっかしい彼女の幼い頃からの友人は人よりずっと幸せになる資格があるのだ。・・・・・・それは総帥としてではなくシーマ個人の想いであった。 （少し休んだらバリバリ仕事をなさって下さいいましね！そして平和な世界を作るのですわッ！・・・・・・あたくし、そう長くは待てませんことよ！総帥としての仕事に区切りをつけたら、あの方のいる世界へと行かねばなりませんから！不可能といわれようが、なんだろうが、必ず成功させてみせます！） そこから遠く離れた世界で、誰かがくしゃみをしたのはまた別のお話・・・・ |