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「おお、肝腎なことを忘れていた！」 ジンベエは光太郎の体に回していた腕を放すと目を閉じて胸の前で球をつくるように手をかざし、何事かを念じた。ぼうっと彼の手の間が仄かに光り、バトルスーツの３Ｄ映像が浮かび上がる。 「これは？」 「うむ。新しいスーツなのだ。慎一によれば防御と素早さを強化したそうだ。もっとも、この２つを増強している間は戦闘力が半減してしまうそうだが・・・・“デフェンシヴフォーム”と叫ぶと やっぱ叫ぶんかい。 「スーツのラインの内側にもう一本蛍光ピンクのラインが浮かび上がり防御が増強される。“スピーディーフォーム”と叫ぶと素早さ増強で蛍光ブルーだとくるみが言っていたぞ。くるみの自信作らしい。」 ・・・・・・そのド派手な蛍光カラーのラインは必要なものなのだろうか。・・・・いや、そんなはずはない・・・・光太郎はちょっと脱力し、ついでにくるみをちょっと恨んだ。 「身を守るのに必要なものだ。受け取るといいぞ。」 「・・・・受け取るって・・・・・どうやって・・・・？」 ジンベエは紫紺の瞳を細めた。 「受け取りたいと望めばいい。そうすれば次に変身するときにそれを纏うことができるだろう。」 光太郎が小さく頷き目を閉じて念じると、映像はすうっと溶けるように流れて光太郎の胸のあたりに吸い込まれていった。 「それから・・・・ブルー。」 彼の忠実な副官がかなり大きな紙箱を差し出す。 「これは直にくるみから受け取ったのだ。戦うための道具ではないらしいが。」 不審に思いながらも光太郎がフタをあけると、白い布地がぎゅっと詰め込まれていた。 「？」 ひょいと摘み上げると・・・・・それはスカートの部分で、なんというかおもむろに「私はウェディングドレスですぅｖ」というものであった。しかもやけに可愛い系だ。花ゆめではなく、りぼんでもなく、なかよしですらない。これは・・・・ちゃおだ。花一杯ｖフリル一杯ｖキラキラ一杯ｖそして光太郎によく似合ってしまいそうなところが怖かったりする。くらくらとめまいがしてくる光太郎であったと、ひら、とカードが足元に落ちた。光太郎はドレスを左腕で抱えたまま右手で拾い上げる。そこにはくるみの、丸い字でこう書かれていた。 “元気？ジンちゃんに光太郎君のドレスを託しちゃったｖくるみ渾身の力を込めた自信作よｖ吉岡長官から光太郎くんが女の子になるかもって聞いて、もう、これは絶対縫うしかないって思っちゃったわけ！あ、胸はどのくらい大きくなるかわからないから適当につくったわ。あたしとしてはスレンダーなままの光太郎君でも十分可愛いと思うんだけどな。縫い代多めにとっといたからきつくなっちゃったらあとで直してねｖじゃッ！いろいろ大変みたいだけど、すべてが終わったらこのドレスを着て幸せな花嫁さんになってね!!” 光太郎、思い切りこける。 ひとまずくるみの字のあとに“まだ女になるって決まっていないんだろ？くるみの奴の暴走を止められなくてすまん。直接話はできないが、ジンベエを通してお前を間接的に支援するからな。”という慎一の几帳面な文字を認めてやっと気持ちが落ち着いた光太郎である。ふと横を見るとジンベエがキラキラと目を輝かせていた。・・・・嫌な予感・・・・ 「ジンベエッ！いっとくけど、俺、ジンベエのお嫁さんになるつもりはないからね！」 自分で言った言葉に真っ赤になる光太郎の前でジンベエはさしてショックをうけた風でもなく腕を組んでうんうんと頷いた。 「うむ、光太郎は先の王の一人子であったな。王宮の複雑な事情は私にもよくわかるぞ。案ずるな。私が婿になればいいだけの話で・・・」 「違うッ！」 そこへすうっとすべるように島岡総帥がやってきた。 「おお、確かシーマ殿と言われたな。私に何か用か？」 「・・・・・・私はシーマ オーカーと申します。この世界では名前というのは非常に大切なものです。どうか正確にお呼び下さいませ。」 ジンベエは素直に頭を下げた。 「そうか。すまぬ。ここでの慣わしはよくわからないのだ。ならば私の名も知っておいて貰わねばならぬな。一応日常的にはジンベエ・フォン・シャークスコッチが私の名だが、実は本当の名はもっともっと長いのだ。・・・・・・ううむ、久しぶりだな、我が名をフルで発声するのも。実は私の名は、ジンベエ・・・・」 ゆうに３分経過・・・・・ 「・・・・・・シャークスコッチ、とまあ、このような名なのだ。」 ・・・・・あんたの名前、寿限無かい？ 島岡総帥は眉根にしわを寄せる。 「そ、そういうお名前ですの・・・・ジンベエ・・・・」 また３分間経過・・・・ 「・・・・・シャークスコッチ様、とおっしゃるのですねッ！」 博覧強記とはこのようなことを言うのだろう。一字一句間違えず、ジンベエの名を言い切った彼女はだがしかしよく見ないでも、ぜーっぜーっと肩で息をしていた。ジンベエは紫紺の瞳を大きく見開きほおっと賛嘆のタメイキを漏らした。 「初対面で私の名を違えずに呼んでくれたのは、シーマ・オーカー総帥が初めてだぞ。・・・・そこにいるブルーでさえ、３回も間違えたのだからな！おお、ここでお会いしたのも何かの運命だろう。」 ジンベエはがっし、と島岡総帥の手を握った。 「ギャラクティックジョーズに乗り、私と共に宇宙を翔ばないか？君が欲しいのだ。」 これはジンベエが彼の宇宙戦艦に新人をスカウトするときのお決まりの文句（老若男女関係なし）なのだが、男性にまったく免疫のない島岡総帥はそうは思わなかったようだ。 ちゅどーん！ 大きな火球がジンベエを襲ったが、ジンベエはあっさりとシールドして避けた。総帥が切れると怖いことを知っている魔道士たちはとっさに遠くに逃げ、白金は逆に走り寄って光太郎の前でシールドを張った。 「な！な！なんであたくしがあなたの所有物にならなければいけませんのッ！失礼ですわッ！私にも好みというものがございましてよッ！あたくしは地味で真面目な方が好きなのですッ！あなたではなくあなたの副官をしていらっしゃる方のようなッ！」 あんたの視線の先にいたのは副官だったのか・・・・ 「おお、ブルーは確かに有能な男だ。・・・・・しかし、彼は私の副官だぞ。シーマ・オーカー総帥に譲る気はないからな！」 「そうではございませんのッ！・・・・・あたくし、一目惚れなどという非論理的な事象に自らが翻弄されるなどと今日まで思ってもいませんでした。いいえ、そもそも恋などというものは愚かなものだと目を背けていたのですわッ！・・・・・研究に没頭する生活力のまるでない父の世話を焼いて十数年・・・・少女らしい感情など持ったことなどありませんでした。そして、そのぐうたらな父がこの世界を捨ててどこかにオサラバしてしまったときに私は誓ったのですわ！魔道を極めると！この世界の歴史が始まって以来の魔道士と呼ばれるようになると！でも・・・・・ああ、あの戦いの場での勇ましいお姿・・・・・私はあのとき・・・・・恋というものに落ちてしまったのですわ。」 ブルー、顎を落とす。 「ああ・・・・あたくしったら・・・・こんなこと、あの方には聞かせられませんわッ！恋心を人前に晒すなどとふしだらな女と思われてしまいます。」 ・・・・・聞かれてるって・・・・・・ 島岡総帥は男に対して免疫がないようだが、ブルーはそれ以上に免疫がなかった。彼の上官は曲がりなりにも第四皇太子で、夜会でも開かれればそれこそ水の上を船が滑る如く軽やかに舞うという評判の踊り手で、女性から特別な目で見られた回数星の数であった（そう。話さえしなければ、ジンベエは舞踏会の星である）が、ブルーは仕官学校時代はもちろん、今の職に就いてからも女性関係はさっぱりだ。・・・・・某司令官の巻き起こす騒動の始末をしていて暇など全くなかったせいもある。好きとか嫌いとかいった感情をシーマに対してもってはいないが、絶世の肉感的な美女から意思表示されては心乱すなという方が無理である。 「とにかく。」 ジンベエはびしいっと島岡総帥に人差し指を突きつける。 「いくらシーマ・オーカー殿がブルーを慕って下さろうと、私は、ブルーを渡す気はないからな。」 ・・・・・あんた全然わかってないでしょう。 「な、ブルー。」 ジンベエがシーマの背後にいるブルーに呼びかけ、シーマはおそるおそる振り向く。 目が合う。 上気したシーマの顔は、普段の大人びた表情とは違い、可愛らしくて、まるで少女のようで・・・・ 銀の髪の魔道士総帥は手で口を一瞬覆い、しかし、できるだけ落ち着いた声で言った。 「あ、あたくし、あなた様の武器を見せていただきたいのですッ！」 「え？私の武器？」 反射的に腰のヒートガンを差し出す。 「少しお借りしますわ！」 ひったくるように掴んでだーっと走り去るシーマ。それを見送りながらジンベエは言った。 「・・・・・ブルー。お前はいつまでも私と一緒だからな・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「はあ、びっくりした。・・・・・シーマさんって、いつもあんな調子なの？」 光太郎、白金、ファラムは隣室へと脱出していた。ファラムが青い髪を掻きあげる。 「まあな。いつもより少しパワーアップしていたが。しかし、あの人にもやっと春が来たんだなあ。めでたい、といってあげたいが。」 白金は静かに笑っている。 「おい、それよりファル。折角フィルスと再会できたんだ。何かもうちょっといってやってもいいんじゃないか。」 白金はファラムの額を拳でゴン、と叩いた。 そして光太郎に向き直る。 「父・・・・現在の皇帝は徐々に力をつけている・・・・軍備ではなく、魔獣召喚の力だ。・・・・王都での戦いの際、ヒポグリフを見ただろう。あのような強力な魔獣を召喚できるのは、私たち調停者の血筋のものか、シーマ殿のような強力な魔術師だけだった・・・・それが、さして力のない魔術師がやすやすと召喚した・・・・捕虜にした彼の魔術師を調べたところ、魔力を増強する護符を身につけていた。とても嫌な予感がする。この世界の魔力のバランスが崩れていくような、そんな予感だ。・・・・魔力の乱れを感じる場所に行き、そこに何があるのか確かめようと思う。・・・・・・しかし、この世界は広い。私一人では間に合わないかもしれない。・・・光太郎。ファラムたちと一緒に探索に出てくれるか？君たち二人は私ほど魔力の乱れに敏感ではないが、二人の調停者としての力をあわせればきっと道はひらけるだろう。」 光太郎は一度ぱち、と瞬きをして白金を見上げた。 「それがこの世界のためになるのなら。・・・・ここは俺の故郷なんだもの。」 「そうか・・・・そうだな。・・・・ファラム！ミレイラ伯母上にすべては話してある。あとのことをよろしく。」 青い髪の白金の親友は片方の眉を上げた。 「また一人で行くのか？」 「ああ、私は身軽に動ける方がいい。ではな。」 白金は光太郎の手を軽く握るとその場から消えた。ファラムがむっとする。 「相変わらず素直じゃない奴だな。フィルスを一度抱きしめてやるとかなんとかすればいいのに。なあフィルス。」 光太郎は握られた手をもう一方の手で押さえて少し赤くなっていた。 「おいおい、女になるのはまだ先にしといてくれよ！分化したら魔力は半減しちまうんだからな！！」 「わかってるよ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「しかし、この世界は魔力に満ち溢れているな！」 はたはたとマントをなびかせながら上機嫌で荒野を行くジンベエをファラムは少々うんざりしたような顔で眺めた。２人で出発しようとしたファラムと光太郎に“想い人を守る為には共になくてはいかんのだ！と割り込んできて・・・・・芸術と美について語ること語ること・・・・辛抱強く聞いて相槌をうつ光太郎の隣でファラムは爆発しかけていた。 「・・・・・そうか？俺はここで生まれ育ったから他の世界に比べてどう、という感覚がない。」 「ああ、見たまえ。マントもこんなによくはためいている。」 なんだ、それは。というファラムにジンベエは頷く。 「このマントは、亡くなったわが母が魔力と想いを込めて作成したものなのだ。母の血筋をひくものが身に着けると、着用者の魔力の量に比例してはためく。ここへきて私の魔力があがってきているのではためき方も盛大なのだ。おお？」 ジンベエは歩みを止めた。 「ジン様、どうなさいました？」 ブルーが尋ねると、ジンベエは前髪を一房とって右斜め前の方角を指した。 「なんとなくあちらに前髪が引かれるような気がするのだが。」 魔力の乱れをそちらの方から感じていたファラムはひゅうと口笛を吹いた。この男も自分と同じような魔力感知の力を持っている。 「・・・・そして・・・・・光太郎！避けろ！」 いつものゆったりとした話方と違った硬質な叫びがジンベエの口から放たれる。真空の刃がその場をなぎ払い、光太郎を庇ったジンベエの二の腕から血飛沫が散る。四人の周囲には“生きている剣”がぐるりと取り巻いていた。そして剣そのものではなく、高速で動き回ることによって生み出されるかまいたちが襲い掛かってきていた。傷つきながらもシールドを張るジンベエをブルーが支える。ファラムは歯噛みする。接近戦が身上の彼にとって相性が悪すぎる。隣では素早く変身を終えた光太郎がファラムと背を併せて呟く。 「送還かな。」 「ああ・・・・・だが、隙をつくると一瞬で首を飛ばされるぞ・・・・・印を結んでいるとやられる。ジンベエがシールドを解いた一瞬に一方向に集められていればまとめて対処できるだろうが・・・・・」 「わかった！・・・・スピーディーフォーム！」 蛍光ブルーのラインがスーツに現れる。（くるみ、これ、やっぱりちょっと派手すぎるぞ！）と思いながら光太郎はジンベエのシールド内から躍り出た！ 「さあ！俺が相手だ！」 生きている剣が繰り出すかまいたちを素早い動きで避け、彼らの傍を突破する。円形の布陣が崩れ、光太郎を追う。マグネシウムソードでいなし、すっと視線をファラムに戻すと、彼は大きく頷いていた。 「ジンベエッ！」 光太郎の声にジンベエがシールドを解く！ 「送還の門よ開け！」 ファラムの声が響き、剣が吸い込まれていく。そこから逃れた剣にはジンベエが投げつけた光の帯が、ブルーのヒートガンが襲い掛かった。 駄目押しにファラムがそれらを逃れてこちらまできた剣を蹴り付け、その場から存在を消すとやっと一同は息をついた。そして、呑気なジンベエの声が響いた。 「・・・・・止まらぬな。」 見れば腕の傷からだらだらと血が流れ続けている。光太郎が慌てて圧迫止血する。 「何のんびりしてるんだよ！出血多量で死ぬぞ！顔色青いじゃないか。」 「いや、このように血が出ることは初めてなのだ。嬉しいぞ、光太郎。私を気遣ってくれるのだな。しかし・・・・そういえば、くらくらしてきたような・・・・・・」 そのまま地面に崩れるように倒れたジンベエの傍にファラムはしゃがみ、口の中で何事か呟くと傷に手のひらをあてた。ぽう、と仄かな光が現れ傷を包む。暖かな感触にそっと傷を抑えていた指をはずすと、血は完全に止まっていた。いや、傷そのものが消えていっていた。 「あんまり回復魔法は使いたくないんだが・・・・・非常時だ、しかたない。よし、あっちの木のところまで行くか。」 倒れた上官を横抱きに抱えるブルーを挟んでファラムと光太郎は会話した。 「あんな魔獣俺も初めてだ。・・・・トラップだな。ここに来るものを排除するための。」 「ということはこの先に何かがあるのかな。」 「ああ。おそらくはあたりだろう・・・・って・・・・また何か来たぞ！」 上空から鳥が突っ込んでくる。ただの鳥ではない。女の顔を持った怪鳥だ。 「ハーピーだ！気をつけろ！あいつの爪には猛毒があるぞ！」 魔法を放つ準備をした光太郎だったが、その必要はなかった。そっとジンベエを大地に下ろしたブルーが放ったヒートガンはすべてハーピーの眉間を打ち抜き、雲散霧消させた。 ブルーが驚いて銃口を見つめた。彼は優秀なスナイパーでもあるが、こうもうまく的にあたるとは・・・・ファラムが気づいて笑う。 「総帥の魔力が注ぎ込まれているせいだよ。あの人、あんたのことが本気で好きになったようだからな。狙いを外さないのも、当たった敵がその場で消えるのも、その武器が魔法の武器となったからだ。・・・・ついでに言わせてもらうと、エネルギーカセットとかいうものが空になってもあんたの魔力を変換して敵を撃てるようになっているはずだ。」 「私の魔力？そんな。私は魔力などというものは・・・・」 ファラムは目を大きく見開いた。 「あんた気づいていないのか!?あんたの潜在魔力、並大抵のものじゃないぞ！」 「・・・・・と言われましても、私は・・・・」 ファラムは、ま、いいか、と笑い、一同は再び移動を開始した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「だ〜か〜ら〜、どうしてそんなに怪我をしてくれるんだッ！」 あれからもう５日が過ぎた。石の上に腰掛け、手袋を脱いで傷ついた手の甲を差し出すジンベエにファラムは怒鳴った。 「好きで怪我をしているわけではないが？」 たしかにそうだ。そして、この４人の中では、魔法のシールドを張らない限りはジンベエが一番防御力に欠ける。・・・・・そして、それなのに何かが襲ってくるとまっさきに光太郎と敵の間に入って守ろうとするために怪我をしがちだった。初めの大きな怪我でふらついているところだったので、大きな怪我になったことも３度ほどある。自慢の絹の手袋や紫紺の服が破れても“想い人が無事なことの方が大切なのだ”と光太郎を見て幸せそうに微笑む・・・・ そして、怪我を治す方のファラムは治す回数が増えるに従っていらついていた。 「できれば治して欲しいのだが・・・・・」 光太郎も咳払いする。 「どうして躊躇するの？ジンベエは仲間じゃないか。」 ファラムは恨めしそうに光太郎を見る。 「お前が攻撃魔法からでなく回復魔法を初めにマスターしていたらこういうことにはならなかったんだぞ！・・・・・日に２度も３度も回復魔法を使っている俺の身になってみろ！」 光太郎、少し心配そうな顔になる。 「ファラム、回復魔法ってそんなに疲れるの？」 「そうじゃ・・・・ない。確かに疲れはするがそうじゃない・・・・・ああ、わかったわかった！治してやる！」 かなり投げやりな口調で呪文を唱える。しかし、傷の方はしっかりと塞がってくれた。 「おお、相変わらず見事な治癒魔法だな。感謝するぞ。」 ごそごそとポケットをさぐり、ファラムに一口羊羹を差し出す。 「疲れには甘いものが一番だぞ！」 「うるさい！・・・・・いいか、これ以上怪我はするな！・・・・」 更に歩くこと二日。ファラムとジンベエの感じる魔力の乱れは更に大きいものとなった。 そして・・・・・スコープで辺りを調べていたブルーは、山の裾野に灰色の物体を確認した。どうみてもこの世界のものではない・・・・・そう、それは飛行艇によく似ていた。 「どうする？」 バトルスーツにマグネシウムソードを携えた状態で光太郎がファラムに聞く。 「仕切り直しだな。・・・・俺たちは疲弊している。この場に標識となるようなアイテムを残しておけば、ジャンプして本拠地から直接くることができるだろう。」 ファラムは島岡総帥から渡されたらしいキラキラと七色に輝く宝玉を地面に埋め、呪文を唱えた。 「さあ、帰るぞ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 帰還した４人を、島岡総帥、ミレイラ、白金が出迎えた。ファラムは自分以外に３人も転移させたということで疲れきっており（ジンベエの転移魔法は方向音痴のためリスクをおかしたくなかったのだ。）、すぐに休養室へと運ばれた。 「それが異世界からのものだとすると、ますます混迷の度合いは深まってきますね。」 話し合いの場でミレイラが言うと白金が頷いた。 「父がそれにどう関与しているのか。そして、魔力の乱れはどのようにして引き起こされたのか・・・・・・やはりここは行くしかないのでしょう。報告された地点には確か“魔樹”があったはずです。関係があるかもしれません。」 魔樹とは樹齢500年を超えるトネリコの大木で、地中深くに下ろした根から大地のマナを吸い上げて木全体が魔力を帯びている植物だ。平和な時代は魔道士たちが木を守っていたが、魔獣が跋扈する今は当然木の守人は撤退していた。 ミレイラは温和な顔を曇らせた。 「ええ、しかし、誰が行くのです？フィルスの話を聞く限り、周囲には凶暴な魔獣がいるようです。普通の人間では歯が立たないでしょう。」 白金は頷く。 「ええ・・・・・伯母上、今度は私も行きます。調停者は一つの時代には一人しか生まれないもの。それが３人いるということは、時代が私たちを必要としているのでしょう。私とファラムとフィルス・・・・３人の調停者がそこに・・・・・いいね、光太郎。」 光太郎は頷き、ジンベエが胸を張る。 「サポートは私達に任せておけ。」 横合いから島岡総帥も口を挟む。 「あたくしもご一緒いたしますわ！」 しかし白金は首を振った。 「今度が最後の戦いではないのかもしれません。・・・・・私達があちらに行っている間、凶悪な魔獣が現れたときに頼りにできるのは、シーマ・オーカー総帥、あなただけです。もしものことが起こった場合のため、あなたはこちらで待っていてください。」 総帥はちら、とブルーに目をやってから小さく頷いた。 「ファラムが回復したらすぐに出発しよう。」 そのファラムだが、急激な発熱のため、完全にダウンしていた。見舞いに行ったミレイラの前で無理して起き上がってみせたものの、見事に倒れて逆に心配されることになってしまった。 「ミレイラ様に心を砕いていただき申し訳ないです。・・・・・全く自分としても不甲斐ない！」 「いいのですよ。あなたはよくやってくれています。お家と絶縁状態になってまで、私達、いえ、世界のために働いて下さっている。・・・・本当に感謝しておりますわ。」 「勿体無い言葉です。・・・・せめてファルの背中を守ってやりたい、それだけで行動してきたんです。正直、世界がどうの、なんてあまり認識していなかったんですよ。」 ミレイラは目を細めてベッドに横になったファラムの額に手をあてた。 「このような時代に誰か一人を守りたいと思ったら、みんなを守っているのと同じことですよ。あまり助けにはならないかもしれませんが、回復魔法をかけておきましょう。・・・・懐かしいですね。あなたに回復魔法を教えたのは他でもない私でしたものね。」 かざした手から治癒の光がファラムの全身にいきわたる。・・・・と、ミレイラが何かを感じ、おや、という表情をした。 「あの、ファラム。・・・・・・よく聞いて下さいね。気を確かに持って！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 発熱してダウンしているはずのファラムが、優雅にコーヒーを飲んでいるジンベエの元に走りこんできたのはその直後だった。（ファラムの耳にダバダ〜♪というジンベエの歌声が聞こえたが、ここでは関係ない） 「どうしたのだ？もう気分はいいのか？ならば出撃だな！」 ファラムはキッとジンベエを見据え、ちょっと泣きそうな声で怒鳴った。 「お前のせいだ！お前のせいだぞ！・・・・・・お前が俺に治癒魔法をがんがん使わせるから！この落とし前、どうつけてくれるんだ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「あれ？ジンベエ、どうしたの？」 一人で魔法の練習に励んでいた光太郎の前にふらり、と現れたジンベエの顔には困惑の表情が浮かんでいた。 「光太郎。『落とし前をつける』とはどういう意味なのだ？我が母星にはそのような言い回しがなかったのだが・・・・・」 藪から棒にとは思ったが、光太郎はちょっと考えてから言った。 「ファラムから言われたんでしょう？そうだね。『責任を取れ』ということなんじゃないかな。」 「うむ・・・・そうか・・・・・」 ふらり、と揺らぐように出て行ったジンベエが向かったのは島岡総帥の所だった。 「？どうなさいましたのッ！ジンベエ・・・・・・ またまた３分・・・・・島岡総帥、律儀な人である。 「うむ、シーマ・オーカー総帥。こういったことはやはり女性の方がいいと思ってな。実は・・・・ファラムのことなのだが・・・・」 ファラムのことをついさっきミレイラから聞いていた島岡総帥はふう、とため息をついた。 「ファラムのことなら知っていますわ。」 「おお、そうか。ならば話は早い！・・・・・・実は私が女にしてしまったのだが、ファラムは責任を取れといっているのだ。・・・・・どうしたら責任をとれるのか、私にはわからなかったので、貴公に相談を・・・・・・」 シーマ、目、まんまる。 思いっきり誤解なのだが、彼女には刺激の強すぎる発言だった。 「そ、それは・・・・・・あ、あなたいつの間にそういうことをなさったんですの!?彼、いえ、彼女からそう言ってきたということは・・・・責任の取り方は一つしかありませんわッ！」 島岡にアドバイスされてファラムのところに戻ったジンベエは、睨み付けるファラムの前で深々と一礼した。 「・・・・・すまない。反省している。シーマ殿に諭されてしまった。女にするということはだいそれたことなのだな。・・・・ああ・・・・光太郎、許してくれ。君が私の想い人であることには変わりがないのだ。心臓の血をもって誓いの文を書いてもよい！だが、だがしかし」 天を見上げ、慟哭するジンベエ・・・・・ 「しかし私もシャークスコッチの名を戴くもの！責任を逃れることはできない・・・・ファラム、君が望むのなら・・・・私の妻に・・・・・」 「どこからそういう発想が出るんだッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・そう・・・・回復魔法を使うと女の子になり易いんだね。だから使いたがらなかったんだ。」 ファラムの枕元でりんごによく似た果物の皮を剥きながら光太郎は小さな声で言った。隣の白金は無言である。ファラムは半身を起こしている。 「ああ、でもま、しかたねえか。奴にだけ回復魔法を使っていたわけじゃないし、俺が使わなかったら死人がでていただろうし。あああ、しかし、参ったな。完全に分化するのはもうちょっと先だが、それまでに戦いを終結させないと、魔力が半減するぞ。ファルの奴だってタイムリミットが近いって話だから・・・・・あ、そういうことを考えていたらまた腹がたってきやがった。もしもジンベエが居なかったらこうはなっていなかったかも。」 「ジンベエがいなかったら、きっと俺がもっと怪我してたよ。・・・・それより、女の子になるんだったら少し言葉遣い考えなきゃ。」 ファラムはでん、と仰向けに寝て、ため息をついた。 「あああ、男になった自分は想像しつくしたが、よりによって女ねえ・・・・」 「ああ・・・・・私も想像していなかった。よりによってお前が・・・」 殴ろうとして振り回されたファラムの腕は白金に避けられた。 光太郎は果物を皿に盛り、フォークを添えて出す。 「ファラムはきっと綺麗になるよ。・・・・・ジンベエとお似合いかも。」 光太郎は枕をぶつけられた。 「あいつの話はやめろ！・・・・・ま、なっちまうもんは仕方ない。先に行って待っているからな。フィルス、お前が女になったら大親友になろうや。」 「うん。ファラム。」 「おっと。・・・・ファラムというのは男名前だ。俺はもうファルでなくフィルの方なんだからな。さっきミレイラ様に名づけていただいた。これからはフィリアと呼んでくれ。・・・・あ、そういや俺、ファルの婚約者だったよな。ファル、一応俺女になるんだが、考えてみないか。」 にや、と笑うフィリアに白金は苦笑する。 「お前のような嫁はいらん。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「なるほど・・・・・」 フィリアの熱が下がり、白金を加えた一同は、シーマの呪文によって宝玉を埋めた地点まで転移した。白金はブルーにスコープを返し、腕を組んだ。白衣の裾がジンベエのマントに負けずはたはたとはためく。 「・・・・・この世界のものではないな。それに光太郎が育った世界のものとも違う。・・・・ジンベエ、確か君の世界のものに似ていると言っていたな。」 真新しい装束（ブルーが何着か背負ってきたんだろうなあ）に身を固めたジンベエはうむ、と頷く。 「ああいった飛行艇は私たちの世界では汎用タイプだ。だが、どんな星系でもそれは同じこと。機能を追い求めれば自然と同じ形になる。こういったことについてはブルー、お前の方が詳しいだろう。」 上官に言われ、ブルーは話をひきとって続ける。 「あれは大気圏内飛行型の艇に違いありません。そこが不思議なのです。宇宙から飛来したのならともかく、どうしてあのようなものがあるのか。・・・・この世界の誰かによって召還されたのでしょうか。」 ずん、という地響きがした。５人の体が揺れる。光太郎は素早く変身する。 「み・・・・ミノタウロス!!」 牛頭の巨人がこちらに突進してくる。大きな槌を振り上げ、魔獣はまずブルーとジンベエを襲った。副官がジンベエを抱えて転がって槌の一撃をかわす。・・・・・ミノタウロスが再び槌を振り上げたとき、大地には大きな穴が開いていた。凄まじい破壊力だ。 「デフェンシヴ フォーム！」 魔剣を振りかぶった白金の前に光太郎は出、片腕で槌を受け止め押し返す。その間に背後からからフィリアが飛び上がり、首に蹴りを入れる。 「何無茶なことをする！」 「その剣の一振りは白金さんの命一分にあたるんでしょう！・・・・一分だけでも大切だから。一分あったら伝えられること、たくさんあるから！だから！」 マグネシウムソード・改がミノタウロスの指を一本切断し、魔獣は悲鳴をあげた。 「それを使うのは止めをさす時に！」 白金は頷き、ミノタウロスの動きを目で追う。巨体の魔獣はフィリアの素早い動きに翻弄され、足の運びが乱れている。 「はあッ！」 掛け声と共に跳んだ白金の魔剣が、前傾してフィリアと光太郎を捕まえようとしているミノタウロスに振り下ろされる。身長５メートルは越える魔獣は、文字通り左右に切断され、そして剣の魔力によってその存在を消した。 そのときには、ジンベエとブルーが雑魚魔獣に始末をつけていた。 「おお、無事だな！こちらも無傷だぞ！」 ・・・・・濃密な魔獣の襲来の中、彼らは飛行艇の場所まで進んだ。 「とてつもなく嫌な気配がするぞ。」 灰色の飛行艇を木の間から見、ジンベエは呟いた。飛行艇の隣には魔樹。木からは透明な魔力を感じるが、飛行艇が発散するのは濁った灰色魔力・・・・魔力には違いない。 と、飛行艇のハッチが開いた。そこから一人の男が出てきた。不健康そうな灰色の肌、白い髪、瞳は薄い水色で、遠目には表情がつかめない。青年ではないが、中年とまではいかないかもしれない。抑揚のない声が響く。直接頭の中に語りかけているようだ。 「生体レーダーくらいの玩具は搭載してある。出てきたまえ。隠れていても無駄だ。私の視線の先に君らはいるのだろう。」 その通りであったが５人は動かなかった。 「・・・・訪問者はまず挨拶するのが筋だと思うのだがな。無礼な奴にはこんな挨拶はどうだ？」 男が軽く手をふると、虚空から多くの動物をつぎはぎしたような魔獣が現れた。 「キメラ！」 フィリアが小声で叫ぶ。その様子からして強力な魔獣であることは確かだ。キメラは５人の隠れ場所に向かって炎を吐いた。やむ無く飛び出していく。だがしかし、戦闘はあっけなくけりがついた。光太郎は強敵を相手にして白金の剣の技が遺憾なく発揮されるのを目の当たりにし、息をつく。この人こそが調停者だ。この人だからこの世界の人々の希望になれる。 蛇の尾、ヤギの頭、獅子の頭、を切断した魔剣から血糊を振り落とし、白金は飛行艇に近づく。白髪の男はぴく、と頬を痙攣させる。 「おや、つまらない・・・・もう少し魔力を使った戦闘を楽しませて貰えると思っていたのですがね。・・・・・・あなたたちは私が召還した魔獣とよく戦ってくれました。感謝していますよ。あなた方が戦ってくれなかったら私の目的は達成されなかったのですから。・・・・・でも、もうそろそろいいようです。」 男は傍らの魔樹を見上げた。 「あとはあなた方が何もしなくても、この木が何本かあればいい。」 「何をする気なのだ！」 叫び、魔剣を構える白金に向かって男はにや、と笑った。 「帰るだけですよ。元居た場所に・・・・・おやおや、私を殺そうというのですか。物騒な人たちですね。殺すのも面倒だと思っていましたが、これじゃ殺さざるを得ない。」 男は軽く掌を突き出した。黒い渦が発生し５人に襲い掛かる。誰も動けなかった。ジンベエはシールドを彼とブルーの前に張るのがやっとだった。光太郎はやっとのことでデフェンシヴフォームをとったが、割れるような頭の痛みと、体を突き刺すような苦痛に立っていることができなかった。 「うわぁあああああ！」 光太郎の視線の先でフィリアが頭を抱えて転げまわっていた。必死で這いより抱きかかえる。まだこうしている方が体の痛みは和らぐ。 動いていられたのは白金だけだった。彼は歯を食いしばり、タラップを一歩ずつ上り男に肉薄する。 男のこめかみがぴくりと痙攣した。 「お前は化け物か！何故私の魔法の中で動ける！脳細胞を破壊し、体に苦痛を与える私の技が何故効かない！」 白金が剣を振り下ろす。それはタラップ上の男のくるぶしを傷つけた。 「おのれ！」 男はもう一方の掌を突き出す。無数の気弾が飛び出し、白金の体全体に打撃を与える。ごぼ、と彼の口から赤いものが吐き出される。 （限界だな・・・・・） 倒れた彼はタラップの上から下を見た。ジンベエとブルーはシールドの中、フィリアはなんとか光太郎に守られている。 （みんな・・・・・・） 直接精神に語りかけるだけの力は残っていなかったが、白金は皆の“心”を感じようとした。が、フィリアの心だけは掴めなかった。白金の親友の心はまさに黒き魔法により破壊されようとしていたのだ。 （・・・・・・光太郎・・・・・このままでは君が唯一の調停者になってしまう!!） 必死で魔力のシールドを張っていたジンベエはのほほんとブルーに言った。 「ブルーよ。私はちょっとした大魔法を使ってみようかと思う・・・・今までは我が体に魔力を溜め、放出していたが・・・・この魔力満ち溢れる世界においては溜める必要などないのかもしれない。私は私の体に魔力を通過させ、増幅させてみるぞ。」 「え？・・・・・そんなことをするのは初めてではないですか？無謀なことはおやめ下さい。」 「うむ・・・・・・だが、せねばならぬのだ・・・・・ブルーよ、シールドを消すが少しの間耐えてくれ。そしてそのあともしも私が倒れたら・・・・・きっと倒れるが、よろしく頼む。」 そこからは声を荒げて叫ぶ。 「・・・・・・。おい！そこの者！私はお前の正体を知っているぞ！」 「何をたわけたことを！」 「・・・・・魔力の質でわかる。私はお前の同族だ。ジンベエ・フォン・シャークスコッチ、スコッチ一族の名折れを排除する！」 ジンベエはシールドを消した。魔法で肩にざっくりと傷が走ったが構わず両手で印を結ぶ。紫紺の光が彼の周りを取り巻き、ふわり、と光と同じ色の彼の髪をなびかせる。光はやがて明るさを増し、まるでジンベエが光の柱となったように輝き始めた。そして、光は鋭い閃光となり黒き魔法をつんざいて白髪の男に襲い掛かる！ 「ぐはあっ！」 男は目を剥き膝を折った。だが、次の瞬間にはどこかに転移してしまった。 「逃がしてしまった・・・・・か・・・・・・」 それだけ言うとジンベエはブルーの腕の中にこと、と倒れた。 「先輩！」 光太郎が駆け寄った時、白金は死んだように倒れていた。白磁の肌はいつもより白く、口元には吐いた血がこびりついている。呼吸はしているが、手首をとると脈はよわよわしくしか打っていない。 「・・・・どけ。」 フィリアが白金のよこにしゃがみ、回復魔法を唱える。 「・・・・応急手当にはなる。しかし、このままでは確実に彼は死ぬ。内臓破裂や骨折が無数にある。」 「え？そんな！」 「あわてるな！シーマ・オーカー総帥のところに運ぶぞ。・・・・・運がよければ助かる。・・・・・」 フィリアは白金の傍らに落ちていた青白く輝く魔剣を手に取った。 「・・・・・彼が倒れたこと、無駄にはしない。」 幼児のように眠るジンベエを抱え、ブルーがタラップを上がってきた。肩の傷の手当てのために外された紫紺のマントは、今はブルーの肩にかけられ、ごく僅かにそよいでいる。 「いくぞ、光太郎。・・・・・君の魔力を貸してくれ。一人の力では戻れない。戻って・・・・また奴と戦おう！」 |