水島大学、旧学生会館跡地・・・・その地下にあるとある空間への扉が大きな音をたてて開かれた。 地下にいた３人の人間がはっとして階上を見上げる。逆光に細身の男のシルエットが浮かび上がる。その背後からは彼に付き従う大きな影 コツコツとブーツの音が響く。 「ジンベエ！」 「ジンちゃん！」 「久しぶりだな！慎一！くるみ！それから・・・・・」 白衣を身に纏った中年の男が大げさにこけた。彼こそがこの地下基地“地球防衛軍水島支部（本部はひとまずまだない）”の長官、吉岡教授、いや、もといあっちの世界でヨーシ・オーカーと呼ばれていた男である。 「ジンベエ！散々世話になっておいて、わしの名を忘れたか！」 ジンベエは絹の白手袋のはまった指を顎にあて、小さく笑った。 「忘れたわけではない。ただ、ちょーかん、ちょーかんとばかり呼んでいたので少しばかり躊躇してみただけだ。」 ・・・・・普通それを忘れた、というんだぞ。 「それより本当に久しいな！元気でいたか！私はもちろん健勝であったぞ！」 ジンベエは右腕で慎一、左腕でくるみを抱擁する。抱かれた二人は面食らいながらもジンベエのペースというものを思い出し、彼にとってはコレが普通なのだと抱き返した。が、彼の肩越しにぬっと立っているブルーに気づいてギョッとする。 「ああ、初対面であったな。これは私の副官のブルーだ。そこそこに有能だぞ。なんといっても私がスカウトしたのだからな！」 ブルーが礼儀正しく会釈する。その様子から３人は彼が“ジンベエの副官を務めて尚、その性格に染まっていない極めて有能な人物”と瞬時に理解した。早速教授が名刺を差し出す。 「こちらこそよろしく、ブルーさん。ああ、でも本当に久しぶりね！ジンちゃんの星のことは無事に片付いたの？」 ジンベエはうむ、と頷き目を閉じた。 「当然だろう。私に不可能なことなどない。」 ブルーの顔がひきつっているあたり、かなり怪しい。無事でないか、片付いていないか、その両方かであることは明白だ。 「それはそうと、予想より私の来訪を驚かなかったようだな。」 慎一がソファーの横の銀色に輝く大きな箱を示した。 「あれが届いたので、そろそろ来る頃だと思っていたんだ。」 「おお、荷はこの部屋の座標に間違いなく着いたのだな。それにしても贈り主が私だとよくわかった。」 ・・・・銀色の合金製の箱はやたら重く、シャークスコッチ家の家紋が四隅に散らされ、蓋の中央には大輪の薔薇のレリーフが施されている。これを見て、ジンベエ以外が贈り主だと思う輩がいるだろうか。いや、いない。 ジンベエは皆に座るよう言うと、ブルーに蓋を開錠するよう命じ、自ら箱の傍に跪いて中の物を取り出し始めた。 「いや、これはちょっとした土産なのだ。」 初めに取り出したのは30ｃｍほどの棒にタコ糸で吊るされた提灯のようなもの。目が描かれ、尾とおぼしきものが付いている。 ブルーが小声で付け足す。 「ジン様は先ごろ“みちのく観光、バスで行く東北一週”ツアーにお一人で参加なさったのです。」 「うむ。これは金魚の張子というものだそうだ。実に面白いフォルムではないか！そして、これがねぶたというものの模型だ。実物大のものが欲しかったのだが流石にそれは無理であった。この太鼓は花巻という場所でししが叩いていたものを特別に譲ってもらったのだぞ。鹿とかいてししと読むのだ。このボトルは龍泉洞の地底湖の水なのだ。なかなかにうまい。」 次から次へとみやげ物が出てきて山を築く。 教授は古びた大きな桶を取り上げた。どう転んでもみやげ物には見えない 「何ぢゃ？この桶は？」 ジンベエはしゃがんだままの姿勢で腕を組んだ。 「うむ。それは戦利品なのだ。」 「戦利品ぢゃと？」 「・・・・あれは男鹿という土地でツアーの皆さんと大広間で夕食をとっていた時であった。突然照明が消え、怖ろしいうなり声が聞こえたかと思うと、異形の怪物が忽然と現れ、大きな包丁を振りかざし我々に対して狼藉に及ぼうとしたのだ。」 ジンベエは宇宙を見るような遠い目をした。 「なかなかに手強い相手であった。・・・・あの異形のものは・・・・そう、ナマハゲとかいったな。」 ・・・・・あんた、一体何をした。 ３人は顎を落とし、ブルーは額に滲んできた汗を手の甲で拭った。 そういえば、と慎一は思った。確か“田沢湖でタッシー出現!?”という見出しがスポーツ紙を賑わせていたっけ。そして、尾去沢鉱山観光洞で謎の落盤、というのもつい数日前にニュースで流れていた。目の前にしゃがみ、はたはたとマントを控えめになびかせているこの男に思い切り関係があるような気がする。 「おお！そうだった！虎屋の羊羹も持ってきたのだ！積もる話は茶を飲みながらしようではないか！」 大きな小倉羊羹をぎゅっと右手に掴み、ジンベエはとろけるような笑顔を見せた。慎一は湯飲み茶碗を用意し、くるみは急須を手にする。」 「茶は生協の無農薬ほうじ茶がいい。この間の滞在の時、あれが一番美味であったからな！」 もう包装紙は解かれ、教授と向かい合うようにソファーにしゅたっと腰掛けたジンベエはどこから取り出したか果物ナイフで羊羹を切り始める。 「・・・しかしジンベエよ。みやげを届けるためだけにここまできたのではあるまい？お前さんの母星から何故地球に？司令官のお前さんがここでのんびりしていていいのか？」 ジンベエは一度ナイフを机に置いた。羊羹の５等分は難しい。 「うむ。・・・・・この度、この星、このエリアの文化を総合的・長期的に研究しようというプロジェクトを立ち上げたのだ。ギャラクティックジョーズの乗員は、保守要員を残し、各地に散った。ブルー、皆さんに説明を・・・・」 ブルーは頷き胸ポケットから手帳を取り出す。 「乗員のうち、１８名は四国エリアにとび、四国霊場８８ヶ所巡りに出立しました。特に霊感に優れた女性乗員２名を恐山に派遣、志望者を募り、信楽、伊万里、輪島、西陣などに住み込みでの修行を開始。そして・・・・航法士一名を“富士安眠枕工房”に派遣。」 「・・・・そ、そりゃまた凄いプロジェクトじゃな・・・・あの戦艦は何処に。」 「青木ヶ原樹海という場所だ。さっき連絡を入れてみたが、返信はなかった。便りがないのはいい便りというではないか。心配には及ばぬ。」 ・・・・・思い切り心配だぞ、それ。 「ところで・・・・」 今気づいたように、ジンベエは机に広げられていた地図に目をやった。水島大学キャンパスとその周辺の詳細な地図で、赤と青の×印が特定の場所に固まって付けられている。 「これは何だ？・・・・・貴公らのやや浮かない顔と関係があるのか？」 教授は頷き、茶を入れ終わった慎一とくるみはジンベエを挟むようにして座った。ブルーはジンベエの後ろで静かに様子を見ている。 「そうぢゃな。お前さんには聞くだけの理由と権利があるな・・・・赤い印は、この２ヶ月の間に物体消失が起こった場所。そして青い印はこの世界のものとはちいっとばかし違った姿の生き物の死骸が見つかった場所なのぢゃ。」 黒い犬・・・・今はもう地面から頭までの高さが１メートルにもなるほどに大きく成長したケルビーが話の内容をわかっているかのようにクゥーンと鳴いて慎一の膝に鼻面を擦り付けた。 「見ての通り、青い印はわりかし散らばっておるのぢゃが、赤い印は密集しておる。・・・・・ここにおる慎一君の部屋、慎一君のアパートから大学に向かうまでの道、水島大学生協食堂、売店、薬学部、理学部、そして大学内では教育学部棟が一番多い。さらにこの、一般人が絶対に知るはずのないこの秘密基地からも物体は消失しておる・・・・初めは怪現象を解析するためだけにとっておったデータぢゃが、ある結論を出さずにはいられん。・・・・これは光太郎の活動域と完全に一致する。どういうことなのかわからんが、光太郎がこの件に絡んでおるのぢゃ。」 「何ッ！」 ジンベエが立ち上がり、彼のマントの端がぴく、と動いた。 「あの可憐な乙女（ひとまず今は男だが）の身に何が！」 長官は手振りで彼を座らせる。 「何が起こっておるかわかれば苦労はせん。ただ、不思議な生き物の死骸のこともある。決して良いことではないと思う。・・・・・物体や死骸が時空移動しているためにあっちの世界とこっちの世界を結ぶ“道”はかなりクリアに観察できる。わしの技術力と魔力でな。多分、行こうとすればわしの魔力くらいでも空間渡りが今ならかのうじゃろう。・・・・しかしな。行って何か支援できるかどうか。わしがあっちに行ってしまうとあっちでの戦いに必要なテクノロジーは供給できなくなる。こことの連絡もとれなくなる。わしは空間渡りのアンカーとしてこの場に残っていることが必要なんじゃ。だからといって慎一君やくるみ君は魔力を持たないのであっちにはいけない。それで・・・・どうしたものかと・・・」 間 長官も慎一もくるみもじいっとジンベエを見ていた。 いくら性格が奇矯でも、根のふか〜い部分は相当マトモであるし、こいつは絶対に能力無駄遣いしてると自信をもっていえるほどの強力な魔力の持ち主・・・・・ 「な？なんだ？私の顔に何かついているのか？それより私が光太郎の為にできることはないのか？あったら何でもいってくれ！」 ３人はがっしりとジンベエの手を握った。 「よくぞ言うた！お前さんこそが希望の光ぢゃ！・・・・行ってくれ！向こうの世界に！そしてこちらからの支援を光太郎に伝える役目をして欲しいのぢゃ！」 「お願い！ジンちゃん！光太郎、きっとピンチなのよ！あたしのデザインした新しいスーツを届けてあげて！」 「俺からも頼む！まだ研究開発中だが必殺武器ができた暁に転送させてくれ！」 ジンベエはきょとんとしていたが、紫紺の瞳を大きく開くと満面の笑みを浮かべた。 「あの可憐な光太郎の所に行けるというのだな！どうして断るはずがある！光太郎と私は運命の糸で結ばれているのだぞ！・・・・・今すぐにか！支度なら光の速さで終わらせて見せよう！」 「いや。今すぐには無理ぢゃ。お前さんの精神波に同調した転送機を作り上げるまで待ってくれ。そして、こちらから能動的に跳ぶのはわしのテクノロジーでもできん。あちらからの働きかけがあったとき、“道”は太く大きくなる。そこを逃さずに跳ぶ。それでいいか。」 「ああ、いいぞ！支援ならいくらでもする！私の魔獣もきっと役にたててみせるぞ！」 ・・・・それが一番心配だったり。 ブルーは深くタメイキをついた。この司令官は一度やると決めたら一歩も引かない。 「それではジン様・・・・あとのことはこのブルーにお任せ下さい。お帰りを待ち、ギャラクティックジョーズを守っております。」 ジンベエはふっ、と笑う。 「何をいうのだ、ブルー。今度は文化収集の旅とは訳が違うのだぞ。お前は私の副官。敵の待ち受ける未知の領域に踏み込むときに司令官の傍にいないでどうする？我が愛する艦は有能な乗員に守られて平穏無事で何年でも過ごせるはずだ。さあ！ぐずぐずしてはいられない。愛しの光太郎のため、できることは今から何でも準備するのだ！・・・・そして光太郎を救い・・・（ぽッｖ）」 ブルーは顎を落とした。 四国霊場８８ヶ所巡りにつき合わされるかもしれないという危険性は何度も考えてみたが、異界へのジャンプをさせられるとは思ってもみなかった。 彼はまだ知らない。 あちらの世界で更なる不幸が彼、ブルーを待ち受けていることを・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「アイストルネード!!」 光太郎の手のひらから鋭く尖った氷の粒の嵐が吹き荒れる・・・・はずだったのだが、白くタメイキのようなダイヤモンドダストができただけでしーんと静まり返った。 「もうっ！何度いったらわかりますのッ！」 ここは魔道士達がその魔法の腕を磨くために特別仕様で作られた部屋である。 偉大なる魔道士の長、オーカー一族の末裔にして“世界防衛軍“総帥、シーマ・オーカーはその美しい眉をしかめ、大仰に肩をそびやかした。そしてぴしいっと光太郎を指差す。 「あたくし、伊達や酔狂であなたをしごいているのではありませんことよ！魔力の漏出を防ぐシールドはすぐに覚えたあなたが、攻撃魔法ができないはずはなくってよ！さあ！がんばるのです！これも世界平和の為ならばこそですわ！どうしてあたくしの言った通りにしてくれませんの!?」 「ですがシーマ様・・・・・」 シーマの顔が更に険しくなる。・・・・ま、この人の場合、どんな表情でもぞっとするほど艶かしくて美しいのだが。 「ほら、それですわ！この世界の言葉にはすべて“言霊（ことだま）”が息づいているとお教えしましたでしょう？特に固有名詞は重要なのです。省略などせず、しっかりはっきり“シーマ・オーカー総帥”とお呼びなさい！」 ・・・・総帥を落としてもいけないらしい。 しかし、呼びにくいのだ。撥音便が2箇所にあるせいか、普通に会話しているときにフルネーム（総帥付き）で呼ぼうとすると、いらいらしてくる。 待て、吉岡教授は怒らなかった。何故だ？無論性格ということもあるが。 一応試してみよう。 「はい、島岡総帥。」 今度は怒られない。伸ばすか伸ばさないかについてはオーカー一族は寛容らしい。 「そうそう、そういう具合にお呼び下さいまし。・・・・魔法の名前も人の名と同じこと。言霊が篭っているのです。ですから大魔法になればなるほど、言霊を発動させるために、」 「・・・・大声出さなきゃいけないんですよね・・・・」 「もうッ！わかってますのになんでやらないんですの！あなたには魔道音声学を基礎からやり直す時間はありませんのよッ！さあッ！もう一度、ですわ！」 ああ、やっぱりオーカー一族はオーカー一族なのだ。テクノロジー信奉の吉岡長官、魔道を極めた島岡総帥、理論は違っても言うことは全く同じ。恐るべし。血の絆。 「アイストルネード!!」 自棄になって怒鳴ると、今度は氷の嵐が吹き荒れた。島岡がパチパチと拍手する。 「さすがは国王様のお子様！魔力の強さはあたくしが睨んだ通り。・・・・・でもね、光太郎。敵は強力な魔獣をどんどん放って参りますのよ。・・・・・もっともっと強くならなくてはね。」 すっとシーマの顔が引き締まる。何かの気配を感じたらしい。 「ひとまずここまで。お客様がいらっしゃいましたわ。」 シーマが光太郎を伴って会議室に入ると、そこには茶の髪を美しく結い上げた上品な中年の婦人が座っていた。彼女は光太郎を見ると立ち上がり、微笑んだ。 「フィルスですね！ああ、なんとなく面影があります。よく生きて！」 彼女はミレイラ。暗殺された先王の実の姉、光太郎は先王の子供であるから彼女は伯母である。兄を殺して今は王位に納まっている暗殺者は彼女の弟ということになる。極めて微妙な立場に彼女はいるが、今は反乱軍の象徴的な存在として心の拠り所となっている。戦う力は持たず、小さな治癒魔法を唱えられるだけの彼女であるが、民衆は彼女がファルと共に自分たちを今の圧政から救ってくれると信じている。 「ごめんなさい。もっと早くに来るつもりだったのですけれど。」 彼女は光太郎を抱擁した。光太郎は彼女を覚えてはいなかったが、優しい暖かな気持ちが抱きしめる腕からゆっくりと伝わってきた。彼女は腕を緩め、少し離れてシーマを見、そして光太郎を再び見た。 「戦は益々苛烈になって、います。正直にいうと、反乱軍のまとめ役としてあなたの参戦は願ってもないこと。しかし、伯母としてはあなたを戦場になど立たせたくない。あなたのお父さまもお母様もそんなことのためにあなたを育てたのではないはずだもの・・・・」 シーマがそっと口を挟む。 「おおよその連絡は魔道通信で受けていますが・・・・ミレイラ様自らがここにおいでになるということはいよいよ本腰をいれる時になったということですのね？」 「ええ・・・・・敵の目的がまだ分からない以上不用意な行動はさけるべきですが・・・・弟・・・・いえ、王は私たちに加担した者として２0人の市民を見せしめのために王都で処刑すると発表しました。」 「！！」 「・・・・・実際には彼らは私たちの協力者ではありません。これは明らかに罠です。しかし、助けにいかなければ確実に王は彼らを殺すでしょう。そして、王の放った魔獣たちと戦おうと決意し集まってくれた反乱軍の意気は急速に低下するでしょう。・・・・・罠と知りつつ行かなくてはなりません。そして助けねばいけないのです。」 「わかりましたわ。心配ご無用ですわ！オーカー家の末裔、このシーマ・オーカーが大魔法を決めてみせましょう！２0人の転移など恐れるものなし！ですわッ！それに、光太郎の魔法も発動すれば中々ですのよッ！私が呪文を完成させる間くらい盾になってくれますわッ！そしてあのくるくるよく動く蹴飛ばし屋のファラムもまた結構お役立ちですわ！・・・・・それに・・・・」 シーマが嫣然と微笑む。 「魔獣が市民を襲う時には必ずファルが現れます。今度もきっと彼は来ますわ。」 そうなのだ。ファルこと白金は光太郎たちのもとには姿を見せていないが、王・・・・彼の父が放った魔獣と連日のように戦っているらしいという報告を受けている。常に白い衣に身を包み、白銀に輝く細身の魔剣を携えて魔を屠り風の様に去っていく。 彼こそまさに伝説の勇者、「調停者」としての活躍を続けていた。 「彼が来てくれれば、もし光太郎とファラムが倒れてもなんとかなりましてよッ！安心なすって！」 おーほっほっ、と高笑いするシーマにどんな反応をしてよいのか悩むミレイラと光太郎であった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そして、処刑日と告知された日はあっという間にやってきた。 広場に引き出された市民たちは、土を固めて作られた舞台の上の大きな檻の中に入れられた。不安におののく彼らのそばにごろごろと鉄の台車がやってくる。その上には筵のかかった別の檻が・・・・・執行人が筵をよけると、３つの首を持った巨大な蛇が５匹鎌首をもたげていた。思わず悲鳴があがる。 一般市民の間に混ざって（といっても無茶苦茶派手でしっかり目立っていたが）見上げていたシーマが呟く。 「まずいですわね。」 「え？」 シーマとファラムに挟まれていた光太郎が声を出すとシーマはゴツンと拳骨で彼の頭を殴り、舞台を指差した。 「あなたは調停者なのに、あの魔力のオーラが目にはいりませんの？」 言われてみれば、舞台の四方から青いキラキラした何かが発散しているのが見えた。 「結界ですわッ。あたくしの力で破れないことはありませんわ。でも・・・・かなり厄介なモノですわよ。」 ドラムロールがなりわたり、魔獣の檻が市民の檻に横付けされる。 「いいさ・・・・俺もそろそろ暴れたいと思っていたところだからな・・・・・」 魔獣の檻の扉を、魔法で仮初の命を吹き込まれた石人形達が持ち上げる。囚われ人たちは身をよせあって、扉から一番離れた場所に移動する。 と、 青白い光が一閃し、石人形は白銀の剣で胴をなぎ払われていた。次の瞬間、粉砕されて消えうせる。 「ファル様だ！」 「白き衣のファル様だ！」 確かにそれは懐かしい白金だった。すらりとした姿。女性とも見まごうばかりの美しい顔。ゆるく結んだ黒い髪が動きにあわせてさら、となびく。二体目の石人形も彼に粉砕されて消えた。 市民たちは熱狂し、光太郎も嬉しさに胸が熱くなったが、口を半開きにもしていた。 確かにあれは白い衣だ。白い。衣・・・・っていうかもろに白衣だ。大学で実験のときに着ていた白衣そのものだ。動きやすいようにか背縫いは腰のところまで解かれており、帯剣するためにベルトもつけられていたが、・・・・昔と同じように胸のポケットには赤黒２色のボールペンまで刺さっている。 しかし、そんなことで呆けている暇はなかった。罠は発動し、舞台の上の白金には空とぶ魔物が襲い掛かってきたのだ！ 「ファル！」 ファラムが叫び、ふっと土舞台まで空間転移し、ファルと背中合わせになった。 「久しぶりだな、ファル！」 「・・・ファラムか！」 「ああ。耳には入っているだろうがフィルスもそこに居るぞ。」 「！」 視線を飛ばして光太郎の存在に気づいた白金は剣を構えなおした。 「・・・こんなところに連れてくるな！」 「しかたなかろうが。大切な戦力だ。」 「・・・・・・怪我でもさせてみろ・・・・そのときは・・・・」 「はいはい、責任とって俺が嫁に貰ってやっから！」 無駄口をたたきながら二人して魔獣を屠る。その間にシーマは、隠れていた仲間の魔道士と共に呪文を唱え始める。檻の中の２０人と付近の市民の空間転移。結界を押さえつけての大魔法の完成にはまだまだ時間がかかりそうだった。と、舞台にいた大毒蛾が急に向きを変えてシーマの方へと突っ込んできた。 「！」 やっぱり・・・・やるしかないだろう。 「チェンジ！リアクションスタート！」 そしてそこには化学戦士が立っていた。守ってもらう側の一般市民の顎も総落ちである。なんといってもこっちの世界には仮面ライダーも宇宙刑事も秘密戦隊も何もないのだ！いきなりこんなにド派手な恥ずかしいものを見せられればいくら非常事態だといっても・・・ 「だからっ！俺だって恥ずかしいんだってば！」 白金は舞台の上で苦笑する。 「まだあの姿で戦っているのか・・・・」 毒蛾には流石に羞恥の感情のなんたるかはわからず、顎も落とさず（そもそも蛾に顎はない）一直線にやってくる。 （・・・・毒蛾・・・・・たしかリンプンにも毒があるんだよな。俺一人ならともかくここにはまだ普通の人たちがいる・・・・・送還するか・・・・） ファラムとシーマに教えられたとおりの紋様を空中に描き門を開く。毒蛾はあっさりと吸い込まれてくれた。と、上空が黒くなった。ベルセブブではない。もっと大きな空飛ぶ魔獣が召還されてきている。それが人ほどもある巨大こうもりだとわかって光太郎は顔色を変えた。 「島岡総帥！早く！」 シーマの白い項に汗が伝う。 「・・・・・・この世を統べる自然の理よ。我、シーマ・オーカーは汝の主となり命ずる。我の握りし空間を汝の定めし場所から動かせ！」 どぉん！と音がし、市民たちは一瞬にして消えていた。シーマに魔法力を貸していた魔道士達がその場に昏倒する。 「危ない！」 少しふらつくシーマを庇い、光太郎は叫んだ。 「サンダーハリケーン！」 コウモリが落ちる。そこをすかさず 「アイストルネード！」 そして 「マグネシウムソード！」 ここに来てから魔力を注ぎ込むことに成功したマグネシウムソード・改は、コウモリの羽を引き裂くと同時に魔物の肉体を雲散霧消させた。 舞台では白金とファラムが絶妙の連係プレーで檻を破って出てきた蛇の魔物を屠っていた。しかし・・・・ コウモリはあとからあとから沸いて出てキリがない。ベルゼブブのときよりも酷い。今は送還の門を開く余裕が全くないのだ。送還術に一番長けているのはシーマだが、頼みの彼女は大魔法のあとでかなり消耗している。それでも彼女は印を結んだ。 「いいこと？あたくし、邪魔がはいると気が散るタイプですの。ですから忌々しい化け物をなるべく近づけないように・・・・・・でも数回ひっかかれたくらいじゃオーカー家の名にかけて倒れはしませんことよッ！」 魔獣を操る人間を潰せば勝利は容易く手に入るのだが・・・・ コウモリが四方から襲い掛かる。光太郎はシーマを守ろうとし・・・・ 「おおっ！愛しき人よ！すぐに再会できるとは！何かを送還か召還かしたのだな！」 光太郎はぎゅっと後ろから抱きしめられていた。視界の端でマントがはたはたとはためいているのが見える。 「ジ、ジジジジンベエッ！？」 ジンベエは左腕で光太郎を抱え、余裕の表情で周囲を見た。 「再会の喜びを邪魔するとは何という無粋な・・・・・・」 彼は右手一本でシールドを張り、コウモリの攻撃をすべて跳ね返していた。 彼は目でブルーに合図し、シールドを消す。メタリックブルーの軍服に身を包んだ副官は右手でヒートガンを乱射し、左手でランチャーを撃った。 彼が銃口を下げると、そこには魔獣の死骸が山をなしていた。 ぽかんと様子を見守るシーマに光太郎は遅れてやってきたコウモリと戦いながら叫ぶ。 「島岡総帥！早く送還を！」 送還の門が開く！次々にコウモリは吸い込まれていく。 と、時計台の上でローブ姿の男が手を大きく振り上げた。 ライオンの胴体をした鷲が数羽空間から躍り出る。 「ヒポグリフか！」 最強の部類に入る魔獣だ。 ジンベエはゆっくりと前に出た。 「この世界、なんと魔法力に満ち溢れているのだろう。愛しい人よ。心配無用。このジンベエ・フォン・シャークスコッチ、ここでは魔法の連続使用など容易いことだ！」 わっはっは！と笑いながら高らかに叫ぶ。 「出でよ！魔獣 こ、今度は何を出す!？ 「ジコケンオー！」 黒くて大きなものが出現する。それは・・・・巨人の姿だった。目のところだけが抜けたように明るく、そいつはにやりといやらしく笑った。目からビームが射出され、その場にいた者すべて・・・・敵味方関係なく光線を浴びる。 ヒポグリフが落ちる。・・・・・・どうやら魔獣も自己嫌悪するらしく、地面の上でじたばたしながら大きな翼で頭を覆っている。 時計台の上の男もうずくまっている。・・・・・魔獣の攻撃に耐えられるだけのしっかりした自我をもっていなかったらしい。 そして・・・・・下っ端の味方魔道士たちも頭を抱えていた。いや、ファラムも白金も光太郎も辛うじて身を起こしているのがやっとだ。 「お・・・・？強力すぎたのか・・・・？ここでの魔力の度合いがわからなくてな。すまん。」 有り体に言って、普通の状態でいたのはジンベエとブルーとシーマの三人だけであった。ブルーについてはいちいち自己嫌悪していては生きていけないような職（つまりはジンベエの副官）に長年あって耐性がついたのだと考えられたが、あとの二人については推して知るべしである。 いや、シーマは普通ではいたが、いつもとは違った。妙に目がきらきらしている。 「素敵な・・・・・方・・・・・・」 彼女の視線の先にいた人物が今後いかなる運命をたどるのか、まだ知らない。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 王都での戦いのあと、白金はシーマたちと共に地下基地へとやってきていた。 「何故、来たんだ！」 白金はかなり厳しい声で光太郎に言った。 光太郎はひるまない。 「俺のことを思って言ってくれてるんでしょ？だったら大丈夫。俺、自分で決めてきたんだから。白金先輩の為に来たわけじゃない。それもあるかもしれないけれど、俺はここに来たかったから来て、戦わなくちゃいけないと思ったからそうしたんだ。」 横で聞いていたファラムが笑う。 「ははは〜、ファル、お前の負けだな。」 白金は素直な黒髪をぐしゃっと一回かき回した。 「そ、それより先輩、その白衣・・・・・」 白金は上着を脱ぐと襟のタグを光太郎に見せた。大学生協“COOP”と刺繍してある。 「そんなもんが防御の役に立つんですか!?」 「光太郎。ここはお前が育った世界とは違う。・・・・・物理的な強さより、想いの強さが勝る世界だ。・・・・・私はこの服を６年弱着ていた。思い入れの強さは大きいし、ある意味皮膚の一部のように思えるときもある。私のその思いを魔力に変換し、シーマ・オーカー総帥に強化していただいたのだ。」 あれは私としてもいい仕事でしたわ、とシーマが頷く。 「・・・この剣も鍛えていただいたのだ。」 青白く輝く刀身は戦場で見たのと同じ光で、光太郎を何故か不安にさせた。 「こういう剣って物語の中じゃ凄く強いんだけど、持ち主の魂を削ったりするんですよね。」 白金は微笑む。 「・・・よくわかったな。」 「え・・・・ええっ！笑顔でそんなこと言わないで下さい！」 シーマがひらひらと手を振る。 「なんてことありませんのよ。試算しましたら一振りで寿命が一分縮む程度ですの。この剣を使わずに戦ったときの危険性を考えたら断然使う方がお得ですわよッ。」 頭の中で、一万回振ったら何日縮むんだろうと暗算し始めて、途中でこんがらがった光太郎は首をふった。 「それでも、確実に寿命が縮む物を使ってほしくない・・・・」 白金は昔よくそうしたように、光太郎の髪を優しく撫でた。 「そういうな。それこそ私は私で考えてこういうことをしている。」 と、ジンベエが副官を従えてその場に入ってきた。急にシーマが居住まいを正す。 「おお、白金か！さっきはすまなかった。ここでは私の魔力は異常増強されるらしい。・・・・そうでなければ私の魔獣の威力も何時も通り適正であったはずなのだ。」 ・・・・・そうかぁ？ 「光太郎！あらためて言わせてくれ！君はやはり私の運命の人なのだ・・・・・君は初めて出会ったときも今も変わりなく・・・・可憐だ・・・・」 また抱きつかれてじたばたする光太郎をその場に残し、白金はファラムを部屋の隅に連れて行って静かに言った。 「私に何かあったらフィルスのことを頼む。」 ファラムはにや、と笑う。 「お断りだ。貰うときは正々堂々と勝負させてもらう。・・・・・・いくら戦況が厳しくとも弱音を吐くな。・・・・・・お前は単独行動をしているが、お前が倒れたら反乱軍も倒れる。・・・・・」 「そうか・・・・・そうだな・・・・・」 「これからはこっちから攻め込むという話だが。」 「・・・・・君の力も貸してもらう。」 「言われるまでもない。」 敵の意図がわからぬまま、戦は新たな局面を迎えようとしていた。 |
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