「フィリア！フィリア！どこですのッ！返事をして下さいまし！」 シーマは再び叫んだ。…あたりは静まり返ったままだ。ずきずき痛む頭を押える。 俯いた彼女は、足元に筒状のものが落ちているのに気づいた。 「これは・・・・・枕？」 余りにも異常な状況下で遭遇したあまりにも一般的な事物にくらくらしながらそれを手に取ろうと身を屈めた彼女はこちらを窺う人のオーラを察知した。１，２、・・・・４人！そのうち一人が動く気配をみせた。 「そこッ！」 身を起こしつつ呪文を唱え、手のひらを突き出し気弾をそちらに放出する。ウッ！とうめき声があがり、人が倒れる気配がした。 大丈夫か？しっかりしろ！ うわ～直撃ですぅ～ 凄い、ど真ん中だ ・・・・・・なんだか微妙にこの場にそぐわない言葉が発せられる。 「そこに居る輩！私は逃げも隠れもしませんわッ！・・・・・今のは手加減ですわよ。体に穴を開けられたり燃やし尽くされたいというのなら別ですけれど、そうでないのならさっさと出て来なさい！」 凄い迫力ですぅ～ さすがご友人だけのことはあります！ なんだかツボ振りお竜さんの啖呵に似てるな！ シーマがこのわけのわからない反応をする連中に次に何を叫ぼうか迷っているうちに、部屋の明かりがつけられた。その眩しさに目が眩まぬようにとっさに片手を顔の前にかざし、しかし隙をつくることなく次の呪文詠唱を始めたとき・・・・ 「おお！もう目が覚めたのであるか！もう少し休んでいて欲しかったのである！」 この爽やかで突き抜けていて尊大な響きを持ったセリフを吐く男は・・・シーマは毒気を抜かれて、紫紺の服に身を固め、室内ながらはたはたと紫紺のマントをはためかせている超絶美形の青年をぽかんと見つめた。ジンベエは近寄ってきてだらんと下げられているシーマの手を握って握手する。 「シーマ＝オーカー総帥。よくぞ我が艦にいらした。歓待するぞ！」 そしてもう一方の手で枕を小脇に抱える。 「・・・・・・富士安眠枕工房の技術の結晶とはいえ、レディーメードの製品は眠りの深さがさほどでもないのであるな・・・・歓迎会の準備が整うまで、シーマ＝オーカー総帥には死にも等しい安らかな眠りを提供するつもりでいたのであるがｖ」 ・・・・・・言い方が怖いよ、ジンベエ。 「時にシーマ＝オーカー総帥。こちらにはどのような用事で？我が心の永遠の憧れなる可憐な少女は一緒ではないようだが？」 気が抜けたようになっていたシーマははっと我に返って至近距離からジンベエを怒鳴りつけた。 「フィリアはどこにおりますのッ！」 ジンベエは白い絹手袋のはまった手で前髪をサラ、と掻き揚げた。 「フィリア・・・・・・おお！私が“オトシマエ”をいつの日にかつけねばならぬ娘ごのことであるな！・・・・・・もしやこのたびの貴公の訪問、あの“オトシマエ”の件についてのことであるのか！だが、幸か不幸か彼の娘ごはここには到着してはおらん。・・・・・・・・どこかの曲がり角を逆に曲がってしまったとかそういうことではないのか。」 ・・・・・・それはどこの曲がり角だ・・・・ 「私たちは“空間渡り”という魔法でここまで来たのですわッ！私一人では残念ながらここまで飛べなかったのでフィリアの“調停者”としての力を使って。だからフィリアがここに居ないわけはないのですわッ！・・・・何か異変がおこったのではないかしら、あああああああッ！私のせい？そうだわ、私が無理にフィリアの力を放出させてッ！ああッ！フィリア！きっと、どこかで、さっきの私のように床に転がされていたりするのですわッ！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ・・・・・読者は知っている通り、フィリアは清潔な医務室のベッドに寝かされていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「今頃、何か不可思議で凶悪なものに襲われているのかもしれないのですわッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 丁度そのころ、フィリアは非常に楽しくブルーと格闘技対決をしていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「あああああああ！フィリアッ！あの人、中身はともかく（←・・・・それは失礼だと思います）とっても可愛いではありませんの！無力かされていたらあんなことやこんなことをされていたり、もしかしてアレっぽいことやソレっぽいことまで!?（あのぉ・・・・何を考えていらっしゃるので・・・？）きゃッ！きゃああああああああああああああ！そんなことになっていたら私生きてはいられませんわッ！」 とにかく不穏極まりない想像をして騒いでいるシーマを見、ジンベエは顎のあたりに指をあて、首を傾げた。 「道に迷ったのであれば、少し遅れて着くであろ？・・・・・・うーむ。それとも今我が艦に起こっている不可思議な事象と何か関連があるのであるか？」 「な、なんですのッ！はやく！はやくおっしゃいなさいッ！」 ジンベエの胸倉を掴んだシーマを見、宇宙戦艦ギャラクティックジョーズの乗員達は怯えて小さくキャッ！と叫んだ。つかまれているジンベエは少しも慌てず言った。 「現在我が艦は空間の歪みにより、私達が現在居る最後部とその他の部分が隔絶状態にある。この部屋がまさに切断点なのであるが。うん！今までにいろいろなものを見てきたが、この黒い“無”そのもので切り取られたような空間は、『河口湖と富士山風穴めぐり』で案内に立ってくれたものが、懐中電灯を洞窟で消した時の感覚によく似ているな・・・」 シーマはジンベエから手を放して改めてあたりを見回した。・・・・・その先には何もないような空間・・・・・・・・確かに・・・・・・そのつもりで意識を集中してみれば、異空間をわたる魔法力を持たないシーマにもこの状況はよくわかる。 （でも・・・・わかりませんわッ！一体どうしたらいいのですッ！ああ、こんなときに誰を頼れば・・・・） そこでハタと気づいたシーマは一度小さく息を吸い込んでから言った。 「あ、“あの方”はどちらにいらっしゃいますの？」 「あの方？・・・・シーマ＝オーカー総帥。指示語は時として対象がわからぬことがあるものだ。食卓についているときには“アレをとって欲しいのだ”ではなく、“醤油をとって欲しいのだ”というべきだとどこかで習わなかったか？」 「ッ！そんなことは習う以前に私が親父サマに対して教育したことですわッ！私が“あの方”と言いましたら、それはあなたの副官の事に決まっているではないですのッ！」 ・・・・・・・・っていってもジンベエにわかるわけないと思いますが・・・・ ジンベエは端正な顔を少し歪めて眉間に皺を寄せた。 「まだ“頭狩り”をしたいとな？」 ・・・・・・・・日本語訳しない方が妥当かと思いますが（ヘッドハンティングです）。 「以前にも言った。それは諦めてほしいのである！ブルーは有能な部下であるが、まだまだ至らぬ部分も多い。私は司令官としてブルーを“宇宙最高の副官”になるべく教育せねばならんのだ。・・・・・・・どちらにせよ、ブルーはここにはいない。前半分に乗り組んでいたのでな。残念であったなｖ」 シーマは肩を落とした。何か最悪の事態が起こっている気がする。 「それで！この事態をどう処理しようとなさっているのですの!?」 ジンベエはわっはっはと笑った。 「調査をしてみたのだが、このジンベエ=フォン=シャークスコッチにもまだわからぬことがあったのかと驚嘆していたところであるのだ。世の中は広いものだ！・・・・いや、調査してかなり疲れたのでな、今は・・・・」 「今は！？」 「何もやってはおらんのだｖう～ん、これから何が起こるのであろうな？」 ・・・・・・ジンベエ、あんたは台風が接近してくる時、雨戸を板で打ちつけたり、電気が止まって電気炊飯器や蛍光灯が使えなくなるのに備えてお握り握ったりろうそくを用意したりするときにとってもワクワクして嬉しい奴に違いないですね・・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そのあとシーマから発せられた言葉は“ここに居る人間を全員ここに集めなさいッ！”というものだった。ジンベエは面白がって、部下たちに“客人の指示に従うよう。これは至上命令であるｖ”と全艦（といっても後部だけだが）放送を入れた。・・・・そして早速集まった部下たちはシーマの前に不動で立っていた。整列の訓練を日ごろから受けているのか、はたまた眼光鋭いシーマの様子にびびったのか、縦横びしぃッ！ときっちり四角にならんで後ろに手を組んでいる。 「こ、これで全部ですの!?」 乗組員は３0名足らず。がらんとしたホールの一角しか埋まっていない。 「ひとまずあなた方の所属と持っている技能を仰いなさいッ！」 そう叫ぶと横合いからジンベエが面白そうに“紹介ならば私がしようｖ”と言った。 端の乗組員が一歩前に出る。 「うむ、彼はこの間金沢から帰艦したばかりでな。蒔絵技法を身に着けてきたのだｖ」 隣の乗組員が前に出る。 「うむ、彼はカルメ焼きの名手なのだ。この間浅草寺で見たあの妙技が忘れられなくてな！派遣してから十日で師匠から太鼓判を押されたという逸材であるのだぞ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「うむ!!彼こそが宇宙随一のガーデニングマイスター、我が艦が誇る奇跡の庭師、ゴン爺なのである!!その指は緑の指と呼ばれ、花園では開花する蕾たちがこぞって彼に感謝の褒め歌を歌うというそれは素晴らしい・・・・どうしたのか？シーマ＝オーカー総帥。長旅で疲れたのであるか？」 ・・・・・・シーマは疲労困憊していた。・・・・・・一体このエリアにはどんな人間が結集していたのだろうか。使えそうなのは、物資管理担当部長と紹介された（いや、ジンベエは“黒猫ペリカンカンガルー、はては飛脚からの荷までをも的確に処理する”と言ったのだが）実直そうな人物と、航路計算と計器整備担当と紹介された航法士。しかし、この航法士は・・・・ 「そこのあなたッ！何を覇気なく真っ赤な目をしていらっしゃいますのッ！」 航法士はびくっとしながらも訴えた。 「は、はい、私の部屋は前方にあったのです。・・・・・・枕が変わって・・・・・昨日から眠れなくて・・・・・・・」 ぴきぃッ！とシーマの頭の中で何かが切れた。 「眠れない？上等ですわッ！そうしたらあなたはずっと計器にはりついていなさい！いいですこと？眠ったら私がじきじきに起こして差し上げますことよッ！４人ほど一緒に連れていきなさい！あなた一人では頼りになりませんわッ！」 寝不足で目が赤い上に恐怖で目を潤ませる航法士は、サポートしてくれそうな同僚を引き連れて出ていった。 「物資管理をしているあなた！こっちに来て下さらないこと？OK？あとの方々はあなたたちの司令官の指示に従いなさい。でも所在ははっきりさせておきなさい！いつ召集がかかっても３分以内にここに集合できるように身構えておくこと！いいですわね！あとから各自の成すべきことをこちらから指示させていただきますわ！」 ジンベエが『では我らはメインホールにいくのぞ！』と陽気にいい、残りの部下たちはマントをなびかせる彼らの司令官について行った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・・・・・・・・」 シーマは宇宙船の平面図を見、言葉に詰まった。宇宙船そのものを見たのが初めてという戸惑いもあったが、この後部、操縦部もなければ動力部もない、あるのは居住場所といくつかの環境管理部門、そしてホールだ。物資管理部長が小さな部屋２つを指した。 「ここが非常用倉庫です。医薬品、食料、酸素マスクなど、がそろえられています。今ここに隔離された人数なら、節約しなくても２ヶ月は持たせることができるでしょう。」 「結構。・・・・・しかし・・・・あなたがたの言う“空間のゆがみを測ることが出来る機械”はここには1つしかなく、その機械も今回の異変にはほとんど役にたっていないのですわね・・・・・・」 「はい。」 シーマは尚も平面図を見つめた。 「・・・・・・・この空間は？」 「あ、そこは司令官殿の“秘密倉庫”です。」 ぴき あ、シーマさん、こめかみに青筋浮いてます・・・ 「ひみつ倉庫!?あの男、何をここに入れていると申しますの!？」 「ヒミツ倉庫の中身を教えてしまったらヒミツでなくなってしまうではないかｖ」 朗らかにジンベエが入って来、物資管理担当部長は敬礼し、シーマは冷ややかな視線を浴びせた。 「何しに来ましたのッ！」 「あ、いや、歓迎会の準備が整ったのでなｖ迎えに来たのだ。」 物資管理担当部長は苦笑した。苦笑して“ジン様は強引な方ですからどうぞ抵抗なさらぬように”と小さな声で言った。 シーマが大ホールの中に入っていくと、部下たちがならんで拍手をした。壁面には折り紙で作った環飾りが張り巡らされている。そして・・・・ホール中央には何の木かはわからぬが大木が大きな葉を茂らせていた。 「これは・・・・・・・・」 見上げるシーマにジンベエは自慢げに言った。 「これは柏の木というものなのだ。」 柏の大木のそこここにはいくつもの鯉のぼりが下げられていた。 「あの布で出来た魚は・・・・？」 「うむ、少し時期を逸してしまったのだが、（すみません、それは更新が遅れた管理人の責任です）これは古くから伝わる端午の節句の行事の一つでな。ああして鯉をぶら下げておくと、坂田の金時という武将が熊にまたがってやってきて子供たちのために中に柏餅を入れてくれるのだ。・・・・・・大きな真鯉には漉しあん、緋鯉には粒あん、そして小さな真鯉には・・・・・ ここでジンベエは声を落とした 「・・・・・・・小さな真鯉にはみそあんを入れてくれるのだそうだ。・・・・・・・残念ながら吹流しには柏餅は入らない・・・・・・しかし、柏餅を得られぬ吹流しをも律儀に飾るところに美があるのだ！さて、皆！シーマ＝オーカー総帥の歓迎会を開催することを私はここに宣言するぞ！」 ジンベエが指を鳴らすと、ホールのあちこちから銀色に光った円柱が競りあがってきた。 「な、なんですの!?」 「・・・・・・・ふふふふ、これこそがつい先日導入した新兵器・・・・・・・・電磁波を利用した最新鋭物件・・・・・・あの上で・・・・・・」 シーマがごくりとつばを飲む。 「電磁の力で『鍋』ができるのだッ！」 こけるシーマをよそに、部下たちが東北名物「きりたんぽ鍋」の準備を始める。 「土鍋をあたためられぬのは残念であるが・・・・・・・・おお、早く座るのである！きりたんぽは初めてであろ？先に東北を旅行した折、買い求めてヒミツ倉庫に格納しておいたのだ。むろん野菜、根菜、だし汁の準備までぬかりはないッ！」 このあとどう行動するにしても食事は必要である。シーマは席に着いた。すると、柏の木の前に作られた小さなステージに３人の男たちが上がった。 「彼らは旧ロシア南東部に派遣されていた者たちである。」 音楽が鳴り出し・・・・・彼らはしゃがみ、足を交互に前へ、横へと延ばし、軽快にステップを踏む。・・・・・・・人、それをコサックダンスという。確かに凄い技ではあるが。 『何なんですのッ！この方たちはいったい何なんですのッ！』 シーマの心の叫びは誰にも伝わっていぬようである。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 歓迎会が終わり、ジンベエは仏頂面のシーマを伴って廊下を歩いていた。 「シーマ＝オーカー総帥、何か不満でもあるのか？」 「別に・・・・・・・・・あなた、あなたはここの最高責任者ではありませんのッ！もっと緊迫感というものをお持ちなさいませッ！」 凄い形相で睨まれたが、ジンベエはわからないな、というように目をぱちぱちさせた。 「やれることはやりつくした。この状態で緊迫感を持続して持っていても何も良いことはないと思うのだが？・・・・・・」 シーマは危うくそれに同意しそうになっている自分を感じたが、プイと横を向いた。自分は魔道士総帥としていつも全力を尽くしてきた。部下に指示を出し、休むことなく、規範となるように、時には（というより異常にしばしば）カリスマで押さえつけて魔道士の結束を維持してきたのだ。 「友人が迷子では不安というのもわかる。・・・・・少し力を抜いた方がいい。故にッ！まだ部下には公開していないのだが、珍しいものをお見せしようと思う。・・・・ここだ。」 その場所は物資管理担当部長が『秘密倉庫』と言った部屋だった。網膜キーでID照合するとシュン！と音をたてて扉が横にスライドする。そこはかなり大きな部屋で、ちょっと見にはよくわからないものが並び、冷凍庫らしい箱が壁際にいくつも設置されていた。その中のひとつ、ウィィィィンという電気音がするかなり古びた箱の前にジンベエは立った。そして箱の上のガラス戸の取っ手を引き、中に入ったものを自慢げに指差した。 「熱心に頼んだところ、この冷蔵装置ごと譲ってくれたのである。・・・・・どれでも好きなものを1つとるがよいぞ。」 シーマがおそるおそるよく冷えている袋をつまみあげるとジンベエは頷いた。 「それはアイス最中なのだ♪。中にチョコが入っている種類なのだが、なかなか美味なのである。」 は？アイス？最中？チョコ？意味不明の単語続出で混乱する中、ジンベエはとくとくとして説明を続行する。 「こちらは氷の粒が入っている爽やかな口当たりのものなのである！若干甘味が弱いのではないかと、それが残念。あちらは餅の中にアイスが入っているのだ！低温なのに餅が固くならないとはなんという不思議なことであろうか！氷雪の女神に感謝を！あちらは卵アイスという。ゴムの匂いが気になるという小学生もいたが、私はそうは思わぬ！こちらは先を切って吸い込むタイプであるな！ちゅうちゅうと吸ってばかりいると、甘味が先に出てしまい、最後は氷だけになってしまうので、食す時に技術が必要なのだ。そして！これこそが！」 棒のついた四角柱の形のアイスを取り出してジンベエは振り回した。 「これが『アタリが出たらもう一本！』という魅惑的以外の何者でもない・・・・・ッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 結局シーマは最初に掴んだチョコアイス最中を持ったままそこを辞した。・・・・・ジンベエの傍にいると頭痛がしてきそうだった。 宴会の片付けの済んだホール、柏の木の根元に座り、シーマは息をついた。 （ああ・・・・・・・どうしてこんなことに・・・・・・・ああ・・・・） 気持ちはわかるが・・・・・・・・ （どうしてッ！私とした事がどうしてあの方のいらっしゃる方に出ませんでしたのッ！） そこかいッ！・・・フィリアのことは抜けたんかいッ！ すると柏の根元でなにやら作業していたゴン爺さんが声をかけてきた。 「お客人・・・・・いらいらしておられるな。」 「ええ、いらいらしてますわッ！なんですのよッ！あなた方を束ねるあの男はッ！」 「怒りなさんな。あ奴はそれほど悪い奴ではないのだよ。」 「ど、どこがですのッ！こんなときにあんな奇矯なことをしてッ！」 ゴン爺さんはゆっくりと首をふり柏の木の幹を撫でながら言った。 「ジンベエが殺気だって皆に命令を飛ばす時・・・・・それはきっとこの艦の乗員すべての生死がかかっているときじゃろうて・・・・・お嬢さん、わしらはな、笑っているあ奴が好きなんじゃよ。乗組員達は、あ奴が笑っているうちは自分たちは大丈夫だとわかるし、・・・・・・・なにより奴は本当に心から気持ちよく笑う。それに、短い付き合いではお判りにならんと思うが、あれほど部下を大切にする男もおらん。・・・・・王族だというのが不思議なくらいにな。」 シーマはゴン爺をじっと見た。そしてすぐに思った。この人は凄いオーラを放っている、と。 「ご老人、あなたは不安ではありませんの？司令官があんなので。」 「いいや、別段。あ奴が至らぬ部分はわしや他の人間がカバーするでな。・・・・・副官の坊やがここにいないのは正直言って痛いが。」 眉を下げてそういったゴン爺を見、シーマはホッホッ、と笑った。 「お嬢さん、そんなことより、その手の中のものがとけてしまうぞ。」 慌ててシーマは袋を破り、アイス最中を口に入れた。 「！」 シーマは目を見張って自分の歯並びのよい歯形がついた切断面をまじまじと見た。こんな・・・・・・こんなに美味しい物がこの世に存在したなんてッ！冷たくって甘くって、そしてこの最中ってものですの!?このそこはかとない香ばしさッ！ 「お嬢さん、気に入ったようじゃな。」 「ご老人、こ、これはとても美味しいですわッ！半分召し上がりませんこと！」 最中の溝にそって半分に折ろうとするシーマをゴン爺は押しとどめた。 「前に喰うたことがあるでな。・・・・・・ジンベエは下からそれを運んできた時、真っ先にここに来てわしに差し出しよった。・・・・・確かにうまいがちょいと甘すぎるな。」 「あら、これくらいがちょうどよくってよ？」 「女というものは甘いものが好きじゃのぉ・・・・全部食べてしまいなされ。・・・・・よかったらこれから温室に来なさらんか？お嬢さんにぴったりの薔薇が咲いておるんじゃが。」 「ええッ！拝見いたしますわッ！仕事はそのあとにばりばりと致しますわッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ その翌日、シーマによって作られた「水をももらさぬ鉄壁当番表」に従って炊事当番からトイレ掃除までを全力でこなす乗組員の中、（まだ眠れないのならお仕事を続行なさいませッ！というシーマのありがたいご命令に従ったため）目が白兎状態になっている航法士は、艦内に流れ込んでくるエネルギーレベルの変動に気づいた。非常に不安定でしかし、これは・・・・・ 「シーマさん、報告します！こちら空間歪みの測定当番№２－B です！異常なエネルギーの振動を観測しました。」 ヘッドフォンからはシーマの声が流れてきた。物資管理担当部長から渡された通信機である。 「こちらシーマ＝オーカー。了解しました。すぐにそちらに参りますわッ！それから、私はシーマさん、ではありませんことよッ！シーマ＝オーカー総帥とお呼びなさいッ！」 気合の入ったシーマの声に気圧されて航法士は縮み上がった。 「は、は、はいッ！わ、わかりましたッ！アネさんッ！」 ・・・・・・・・・・・・それがシーマの呼び名が“アネさん”に固定された瞬間であった。 |
| 総帥受難編・・・・というよりも航法士受難編。次回で終わります・・・・・５回以上ひっぱるにはおバカ過ぎます。・・・・・・・・「ラブコメに挑戦して玉砕」という目標・・・・・無理かもしれません・・・ |
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