バクロマントップに戻る <(_ _)>今回の話は最後の最後まで基本が「バカ」です。すみません・・・<(_ _)>
帰の巻
シーマがやってきたときには、データ解析をする航法士たちの横に既にジンベエが立っていた。スクリーン上を踊るように上下動する流入エネルギーレベルに目を釘付けにしている。シーマも覗き込むが、こういった機械のことはさっぱりわからない。ただ、極端に変動する“力”の大きさを漠然と捕捉することしか・・・ 「ジン様、反応炉が壊れたのでしょうか。」 「いや・・・・反応炉というものはな、壊れるときにはドーン、と華々しく壊れるのだ。過去、私がちょっとばかり壊した時にはそうであったぞ。」 ・・・・・いつ、どうやって、壊した・・・・・？？ 振り向いた航法士の顔をそう言いながらちらりと見たが、ジンベエは視線をスクリーンに戻した。と、それまでおとなしくたらん、と下がっていた彼のマントがはたはたとはためき出した。 「おお、うむ。おそらくはそうであるな！・・・・・レベル−2から＋2をオミットせよ。コードＡ−２を適用！」 「は、はい！コードＡ−２、適用します！」 エネルギーレベルの中間値を抜いた値が時間軸を横軸にし、投影される。それは目で見る限りはただの分断された図形にしか見えないが、知識を持つものには、汎用の通信コードに従っているとわかる。ジンベエは満足げに笑った。 「さすがは我が部下である！残された手段を有効活用する。日ごろの教授のたまものであるな！」 ・・・・・・・教育・・・・してるんですか・・・・・？いつ？ そんなジンベエの横でシーマは鋭く航法士に言った。 「暗号ですのねッ！早く解読なさい！」 「は、は、は、はいッ！アネさん！」 これが平時なら、航法士の脳天に電撃魔法が落ちているところであるが、こういった状況でたかが“アネさん”という呼称に反応している暇はない。 「暗号解読します！」 「復唱はもうよくってよ！早く解読しなさいッ！」 「は、はははい!!・・・え、えっと・・・」 「何を手間取っていらっしゃいますのッ！」 「あ、あ、私は本来オペレーター職ではなくってあの・・・・すみません！」 「謝っても状況はかわらなくってよッ！」 航法士の目がこれ以上ないほどに真っ赤なのは寝不足のせいばかりでもないようである・・・・・・・彼はえぐえぐいいながら必死でコンソールを叩いた。 「か、解読しました！“こちらギャラクティックジョーズ艦橋。メッセージを受け取っていたら応答せよ。”・・・・それが繰り返されています！」 シーマはぎッ！と航法士を睨む。 「だったら応答なさい！」 「どどどどどどどどうやって!?こちらに反応炉はありません。艦橋に向かってエネルギーを送ることは不可能です。」 シーマはふん、と鼻で笑った。 「あなたの頭は何のためについていらっしゃいますの？使わないのならば吹っ飛ばしてさしあげてよ？送ることができないのなら、向こうからくるのを阻んでしまいなさいませ！あなたがたの規則に則った阻み方をすれば通信になりますことよ？」 航法士とその仲間達は、あ！という顔をしたが、すぐに情けない顔になった。 「お言葉ですが、そんなことをするとこちらのエネルギー循環系統に負荷がかかって下手をすると爆発が・・・・」 シーマは動じない。ふふ、と笑う。 「だったら爆発する寸前でおやめなさいな。あちらが応答せよ、といっているのですわ。少し無理しても応答しなくてはいけませんわッ！それ以外に方法があればそちらを使えばよろしいけれど？どうですの？・・・・・ほーら、代案はないじゃないですのッ！いいこと？私があちらに居るはずのフィリアと話をしなかったら、私たちは永久にこのままだということをおわかり？爆発の危険がどうのこうのといっている場合ではありませんわ。」 ジンベエはわっはっはと笑った。 「おお、今回はシーマ＝オーカー総帥の勝ちであるのだ！エネルギー流入をシャットダウン、艦橋側がそれに気づいたところで、シャットダウン一時解除、その後断続的にシャットダウンし、Ａ−２コードでシーマ＝オーカー総帥のメッセージを送るのだ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「副官殿！後部がメッセージを受け取ったようです。」 「後部のエネルギーシャットダウンされました。こちらのエネルギー流出量を通常時の５％に抑え、後部からの送信を待ちます。」 やっと気づいてくれたか、とブルーは安堵した。それを表情には出さず、オペレーターに報告を促す。 「後部循環系へのダメージシュミレート開始。イエローゾーン突入時に３％に流出量を絞り、レッドゾーン突入で一時流出停止。オートモードと手動随時切り替え可能状態に固定。」 「解読モード準備に移行。」 ブルーは艦橋で計器を調整するオペレーター達に頷いてみせた。天井の高い空間には30名の人員が配置され、副官の命令のもと、一糸乱れぬ連携で対処している。 「話せるのか？」 ブルーの横でフィリアが彼を見上げる。ブルーは頷いた。 「オペレーターが確認をとれれば。音声で言って下されば、彼らがコードに変換して送信します。」 ほどなく一人のオペレーターが声をあげた。 「副官殿！後部よりのメッセージ捕捉。『シーマはここに居る。フィリアはいるか。』以上です。」 「さ、どうぞ。」 フィリアは言った。 「シーマ。俺だ。フィリアだ。無事なようで嬉しい。わかっていると思うが、俺の不完全な空間渡りで時空が歪みこの大きな船を分断し、異空間に捕らえられてしまった。ただ、俺はシーマのオーラを感じ取ることがかすかだができた。俺たちの魔力が空間を歪ませたのなら、二人が完全に魔力を同調させれば復旧させることは可能かもしれない。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ フィリアの言葉はコードに変換され、後部の航法士が解読してメッセージを読み上げた。シーマはフィリアの無事を喜んだが、美しい眉は顰められていた。 「わかりましたわ。でも具体的にどうやって？私はあなたのオーラを感じ取ることはできませんでしたわ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・それは精神同調とタイミングの問題だと思う。空間が分断されている場所で、完全に精神を同調し、同じ時間に魔力を放出してくれれば俺がシーマの存在を魔力を頼りに“掴む”ことができると思う。今はこのエネルギーとかいうものを介して“繋がり”ができている。ここで精神同調を試み、あとはタイミングを見計らって決行だ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「ええ、そうね。・・・・・今はあなたのオーラを感じられますものね。あなたがそういうのなら。具体的にどうしたらよろしくって？」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 艦橋にオペレーターの声が響いた。 「レッドゾーンに突入しました！このままでは後部循環系にダメージが行きます！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 同じ頃、航法士も真っ赤な目をして悲鳴を上げていた。 「すみません！でもこれ以上続けたら爆発してしまいます！」 「謝るのはおよしなさいッ、無駄なことですわ！なんとかなりませんのッ！？継続してコンタクトしませんと、精神の同調などできませんわ！一時休止しても同じこと！持ちこたえなさいッ！」 「アネさん！相手は機械です！そんなこと無理です！」 「根性で持ちこたえろと機械に命令しないさいッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「完全にシャットダウン。一時中断する！」 副官の声が響くのと同時にフィリアは駆け出し、オペレーター席のモニターにぺたりと右手の掌をあてていた。・・・・・エネルギーラインと繋がっているわけでもないただのモニターであるが、フィリアにはこの機械こそが後部のシーマと繋がっているように思えたのだ・・・・・・フィリアたちの住む世界では“思考”はエネルギーの一種である。そしてそれは私達の住む世界の法則とは全く異なった振る舞いをする。・・・・・・・シーマと精神同調しなければ、というフィリアの想いはモニターという科学的には全く役にたたないはずのものを媒介としてシーマの元へと進んでいった。シーマもまた航法士が目を釘付けにしているモニターに走り寄ると掌をそっとあてた。 （わかるか、シーマ、俺だ） （ええ、わかりますことよ、フィリア） （一度精神同調すればそうそう切れるものじゃない。今頑張るぞ・・・魔力が空になりそうだけどな。） （そうですわね。・・・・・倒れる寸前まで頑張りますことよ！さあ！） 艦橋でも、後部でも、モニターに手をつけたまま微動だにしないで何かを念じている二人を見守るしかなかった。 （弱音を・・・・・はくわけじゃありませんけど、・・・・・・・かなり苦しいですわね・・・・） 自分自身に向かってそう呟いたシーマの左手がちょんちょんとつつかれた。飛びそうになる意識でつつかれた方を見ると、ジンベエが満面に笑みをたたえて立っていた。 「我がマントを一時貸そうではないか!!」 何を言っているんですのッ、この能天気が！ とシーマは脂汗を流しながら思ったが、ふぁさっとマントが肩からかけられると、強大な魔力が一気に流れ込んでくるのを感じた。意識はしっかりとし、流れ込んでくるフィリアの精神がはっきりと捕捉された。 一方のフィリアは、弱くなっていたシーマの精神がいきなりクリアなものになったのに驚いたが、彼女自身の意識を保つのに精一杯で何が起こったのか推測する余裕はなかった。 （倒れちゃ・・・・ダメだ。俺は帰るんだから・・・・・・帰って、ファルの奴の背中、守らなきゃいけないんだ。ファルの背中を光太郎が守ってくれるのなら・・・・俺は二人の側面を守らなきゃいけないんだ・・・・・絶対に帰る、帰るんだッ！） 彼女は朦朧としながら、心配そうに見守るオペレーター達、そしてそばまでやってきたブルーを見た。そして急に何かを思い出したようなはっとした表情になると、ぎゅっとブルーの手を左手で握った。 「ごめん・・・・・力・・・・・・貸してくれ・・・・・」 確かこの副官は潜在的に大きな魔力を持っていた。それは何故だかわからないけれど、帰るためなら、何によってもたらされている力でもよいから利用させてほしかった。いきなり手を握られ、驚くブルーの手から青白い光となった魔力がフィリアの手から体へと流入していく。 （・・・・・・・・こいつの魔力は・・・・・・・・随分優しい魔力なんだな・・・・・・） 朦朧としながらそんなことを考える。少しずつはっきりしてきた意識で、フィリアはシーマの精神を捕捉した。魔道士総帥と調停者の娘は、互いの精神を認め、絡みつかせ、強靭な“糸”を紡ぎ、魔方陣をその糸で空間に描くことで揺ぎ無いものとした。魔方陣に最後の文字を描き終わった時、二人は意識を失って倒れていった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ シーマはゴン爺さんの温室を訪れていた。 「お嬢さん、もう体の方はいいのかの？」 薔薇の剪定をしているゴン爺の傍らにシーマは無造作に腰を下ろした。 「ええ。睡眠ならばゆっくりとりましたから。正直、逃げ出してきましたのよ。『アネさん、アネさん』と私に熱視線を送ってくる謎な集団や、怪しげな大送別会を企画しているあなたたちの司令官は、見ているだけで疲労を覚えますの！・・・・半日後には私のお友達と元の世界へと帰還する予定ですのよ。無駄なことに体力を使いたくはありませんわッ！」 ゴン爺は笑った。そして、ポケットを探ると親指の爪の大きさほどの種を５粒差し出した。 「なんですの？」 「薔薇の種じゃ。・・・・普通薔薇は苗でふやすもんじゃが、こうして実も結ぶ。よかったら持っていくがいい。前にお嬢さんに見てもらったオレンジに近い赤薔薇の種じゃよ。・・・・・」 シーマはぱあっと顔を輝かせた。 「嬉しいですわッ！・・・・・・・・・・この艦でまともなのは、物資管理担当の方とあなたくらいのものですわね！」 ゴン爺は剪定ばさみをケースにしまい、シーマの横に腰を下ろした。 「物資管理担当のあやつは、この船の乗員としては珍しく、何か訳ありで重火器の訓練を拒否しおって、別の場所から更迭されてやってきたはずじゃ。そして、わしときたら、戦艦の中じゃというのに庭師をやっておる。・・・・・わしらがここにいられるのは皆ジンベエのお陰じゃよ・・・・・今はこっち側にいない、前の方に乗っていた連中も似たようなもんじゃ。ま、中には士官学校から正規ルートでやってきた者もおるがな。」 「あの方ですのねッ！」 ゴン爺はシーマの瞳の中にハートが浮いているのに気づき、やれやれ、とため息をついた。・・・・・・あの物静かで浮いた噂ひとつない実直な男がこの娘の強烈なアタックを受けて幸せな顔をするだろうか・・・・・いや、困るだけだろう・・・・それにどう考えてもこのド派手な娘はあの坊やの好みとは・・・・ 「ご老人、少し聞いて下さいませッ！実はですね・・・・私、あの方に・・・・キャッ！・・・・あら、何を言わせるんですの？？」 ・・・・・・ゴン爺はそれからきっかり２時間、総帥の熱烈片思いトークに付き合わされる羽目になったのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ フィリアは、初めに倒れていたホールの中に居た。もう少ししたら、シーマとの約束の時間になる。帰り支度、ということで、彼女はリボン付きひらひらの水色ワンピースを再び着込んでいた。・・・・・・このドレスを着て帰らなかったらシーマにまたどやされてしまう。レースのリボンはまたもやバンダナ結びだったりするが・・・・・ 体育座りをし、ほとんどの照明をおとし、黒く切り取られた空間を見つめる蒼の瞳は真剣そのものだった。 「ここにいたのですか。」 入ってきた副官にフィリアは頷いて見せた。 「ランデヴーにはまだ間があるはずです。まだ休憩していた方が。」 フィリアは手をひらひらと振った。 「もう十分に休んだから大丈夫・・・・・・って、すまなかったな、倒れちまって。また運んでくれたんだって？申し訳ない。」 ブルーはふう、と息をついた。しかたないではないか。フィリアは強引に掴んだ彼の腕を意識を失ってからも放してくれなかったのだから。腕の掴まれ加減でいわゆるお姫様抱っこと言う奴をせざるを得なくなり、あまつさえ寝台に運んでからも離してくれなかったので、この妙なところが無闇に控えめな副官は、彼女の手が緩むまでずっと寝台のそばでジッとしていたりしたのであった。 彼は盛大にため息をついてから言った。 「いや、あれは不測の事態でしたから。・・・・・・・どうしてこちらに？ランデヴーに不安でも？」 フィリアはぽり、と蒼い髪をかきあげた。 「少しは不安だな。だが、俺はここまで自力で飛んだ。勝算はある。・・・・・・・なあ、あなたはどうしてあの司令官の下で働いてるんだ？・・・・あなたは軍人だから、上からの命令が全てなのか。今の役目で幸せか？」 いきなりの質問だったがブルーは彼女の真剣な眼差しに気づき、よく考えて真面目に返答した。 「確かにここに私がいるのはここに配属されたからですね。軍に入らなければ私の居場所はありませんでした。命令がすべてだというわけではありませんが、軍とはそのような場所だということは理解しています。一人が命令を無視すれば、思いもよらないような害がどこかで起こるかもしれない場所でもあるのです。幸せかということについては・・・・・」 ブルーは薔薇のトゲを抜いている自分や、司令官のとてつもないネーミングセンスに顎を落としている自分、そしてなんだかんだであちこちで司令官の起こした騒ぎの火消し役をしている自分などを大きなため息とともに回顧した。正直、何度配属を変えてもらいたいと思ったことか・・・・・いや、実際のところ、今でもちょくちょくそう思う。 ブルーのため息の音が耳にはいったのか、フィリアはくすっと笑った。 「俺は一般人だから安心しなよ。あなたがいくらため息をついたからって誰かに告げ口なんてしない。それにどっちみちここからすぐに出て行くしな。・・・俺はファルのそばにいたい。・・・・・あいつはすぐに無理をする。・・・・・・・その負担を少し軽くしてやることができるのが俺は嬉しい。・・・・俺は調停者として生まれたけれど、調停者の家系を残すような人間じゃない。じゃ、なぜ調停者として生まれたか・・・・・それはきっとファルたちを守るためなんだろう・・・・・改めてそう思った。・・・・・だから・・・・あなたが何を守ろうとしているのか、少しだけ気になった。あなたはいい奴だからな。俺は幸せだな。ファルは守るに値する奴だ。」 ブルーは白い長衣を身に着けた黒髪の剣士の姿を脳裏に浮かべた。そしてその横にわっはっはと笑っている自分の上官の姿を・・・・・どちらも美形であるが、ある意味対極である気がする。 ブルーが大きな顔で手を覆ったのを見、フィリアは笑った。 「あ、でも俺はあなたが羨ましいんだぞ。・・・ファルは俺がいなくともきっと立派にやっていく。俺はファルのオマケみたいなもんなんだ。・・・・・でもあなたは確実に必要とされている。あなたの上官にも部下にも。それだけのものをあなたはもっているんだ。・・・・シーマが一目ぼれってのをする理由、わかった気がする。あああ、俺、あの司令官は苦手だけど、俺が後部に出て、シーマがこっちに来た方がシーマにとっては良かったよなぁ・・・・・・・」 いや、シーマ殿が来なくてよかった、とブルーは思ったが口には出さなかった。 「ほんっと、シーマはいい奴だよ？お勧めだよ？今度またきっと来ることになるだろうけど、そのときには付き合ってやってくれないかな？」 ブルーは硬直していた。・・・・・正直、シーマに関する思い出というと・・・・自分の前でのもじもじした不可思議な行動と、高笑いと、ド派手な衣装と・・・そのくらいしかないのだ。 「あ・・・・・・できれば・・・・・・ここに再び来るとしても、それは無限遠の未来にして欲しいのだが・・・・・」 フィリアはくすくすと笑った。 「気持ちはわからないでもない。・・・・・そうだな。俺が協力しなけりゃシーマ一人じゃ来られないんだし・・・・半年くらいは間を置くよ。シーマ、諦めるにしても、あなたの口から直に返事を聞かなきゃ納得しそうにないから、来ないってわけにはいかないだろうし・・・・・俺も仕切りなおしでここに来たい。」 「は？仕切りなおし？」 フィリアは頷いた。 「ああ・・・・・・さっきふと思ったんだが、俺、こっちに実体化したときに腹殴られて昏倒させられた。アレ、あんただろ？それから、そのあと俺と勝負したとき、やっぱり少し手、抜いていたのじゃないか？」 「あ、確かにそれは・・・・」 相手は女性であるという意識が働かなかったといえば嘘だ。 「あれは俺としては不本意だ。・・・・久しぶりに好敵手を見つけたと思ったら手加減されていた。・・・・このままじゃ収まりがつかない。正直言って、あんたは強いよ。・・・・ファルも強いが、それは剣を持っての話で、丸腰では俺の敵じゃない。」 「だが、それを言うならフィリア殿は魔法を使わなかった。魔法を使ったら私よりも遥かに・・・・」 「だーッ！それを言うなら、あなたは銃って奴を使わなかっただろ？・・・・・今度シーマを連れてきたときに、勝負してくれよ。・・・・・手加減なんて全然なしでさ。・・・・・別に試合でなくてもいい。どちらか相手に気づかれず、首の後ろに手刀叩き込んだ方が勝ち・・・とか。♪」 年頃の娘が楽しそうにいうセリフではないと思うのだが・・・ 「ま、それは冗談だが。・・・・・また手合わせしたいというのは嘘じゃない。」 フィリアは手を差し出した。その手をブルーはじっと見つめた。 「何だってんだ？握手だろ、握手！握手したことがないのか？」 「あ、そのようなことは・・・・しかし女性と握手したことは・・・」 フィリアはがりがりと頭を掻いた。 「だっから分化なんざしたくなかったんだ。女になったら友人って奴にはなれないわけか？あんた、そういう差別をする奴なのか？」 言われて見ればフィリアの言うことは筋が通っている。ブルーは軽く握手をした。 「そうそう、握手くらいで身構えてくれるなよ。あ、そうだ・・・・・・・今度確実にここに来られるように・・・・・・・」 フィリアは自分の髪の毛を人差し指にくるくると絡めるとぎゅっと引いた。ぶちっという音がし、フィリアの目に涙が浮かんだ。・・・・・・彼女の手には５0本以上はあろうかというつややかな蒼い髪の束があった。環にしてくいっと結び、副官に差し出す。 「俺、今度はこれを目当てにして飛ぶからさ。・・・・自分の体の一部ってのはいい目標になるんだ。今度はいつ来るか知らせることはできないわけだから肌身離さず持っててくれよ。」 ブルーの胸ポケットにぐいっと押し込む。ブルーはぼけっとフィリアの頭を見ていた。 「な、何だぁ？」 「・・・・・・今、髪を抜いたところが・・・・・・いわゆる・・・・・ハゲになっているのですが・・・・・」 フィリアはからからと笑った。 「どうりで痛かったはずだぜ！大丈夫大丈夫！病気で抜けたわけでなし、んなものすぐに生えてくるってば。少なくとも俺は気にしない！」 「あー、少しは気にした方が良いかと・・・・・・・」 どうしてあの世界の女性というのは極端から極端なのだろう。この目の前の格闘大好き娘とあの魔道士総帥を足して二で割れば標準的な女性になる・・・・・・・・・はずもないか・・・・ともかく・・・・・ 副官はバンダナ結びされていたリボンを解いてヘアバンドにし、ハゲを隠してやった。 「有難うな！約束だぞ。どういう結果になるにせよ、シーマのこと、真面目に考えてやってくれよな。そして、俺とも手合わせしてくれ。」 フィリアはファルによくそうしているように・・・ブルーは少しばかり背が高すぎるので飛びつくような形になってしまったが・・・抱擁し腕をまわして片手でバンバンとその大きな背中を叩き・・・・副官は・・・彼は・・・昏倒した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「一応謝っておくけど・・・・・なんで貧血なんか起こしたんだ？」 心配そうに、だがあっけんからんとフィリアに言われブルーはげんなりした様子で天を仰いだ。倒れ、後頭部を打ち、フィリアに脇を抱きかかえられて医務室へと運ばれていく副官の姿は多くの乗員に目撃されてしまった。 「・・・・・・・貧血ではない！逆だ！・・・・・」 「逆ってなんだよ？？確かに鼻血出てたけど・・・・・もしかして血管弱いのか？」」 まさにランデヴーの時間はすぐそこであった。フィリアの周囲には見送りの乗員たちが集まっていた。一人の士官がマイクロフィルムと読み取り機をフィリアに渡した。読み取り機のエネルギーが切れるまでにはすべてのマイクロフィルムのデータは取り出せるはずだ・・・・歴史、科学、哲学・・・・直接何かの役に立たないにしても交流は新たな何かを生み出すものなのだ。そしてエネルギーが切れてしまっても彼らには“魔法”の力がある。何らかの方法できっとフィルムは読み取られるだろうことを、フィリアと話した技術者は確信していた。 「有難うな・・・・・迷惑かけた上に贈り物まで貰ってしまって・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 丁度その頃、シーマも後部乗務員達に囲まれていた。彼らは手に手に『またのご来訪を！』と書かれた小旗を持ち、少し涙ぐんでシーマを見つめている。ハンカチを出して鼻をかんでいる者までいる。 シーマが話し出そうと前に一歩出るとパチパチパチという拍手が起こった。 「それでは皆様、ご迷惑をおかけしましたが、私、元の世界に帰還いたしますわッ！」 アネさん！という声がかかる。どうやらかなりの人数の乗員が彼女のカリスマの虜になってしまったらしい。 「私はまた参りますわッ！今度は切り取られてはいないこの船に！それまで一時の別れですわ。」 うわぁぁぁ・・・・という泣き声があがった。何人かがシーマの元に走り寄る。彼らはシーマに試作品の蒔絵コースターだの、組みひも細工だの、とっておきの食玩のスペシャルフィギュアだの、「ゆっくり走ろうハルウララ」と書かれた交通安全のお守りだのを押し付けていった。そのあとからジンベエはやってきて部下たちを見渡すと言った。 「そう無分別に押し付けてはシーマ＝オーカー総帥の手が塞がってしまうではないか。」 ・・・・・・文字通りシーマの両手は思い切り塞がっていた。 ジンベエはマントの隠しに手をやるとばさっと大きな正方形の紫紺の布地を取り出した。白でギャラクティックジョーズの姿が染め抜かれている。 「おお、シーマ＝オーカー殿、これは“風呂敷”というのだ。先日、とあるカルチャースクールにて結び方を習得してきたのである！」 てきぱきと物品を受け取り、テキパキと風呂敷の上に並べる。そして発泡スチロール製の小さな四角い容器を最後にジンベエは置いた。 「ゴン爺によれば、アイスを気に入って貰えたようであるので、ここに入れておく。半日は融けぬであろう。・・・・・・・あ！」 何かに気づいたようにジンベエは端正な顔を歪めた。 「な、なにかありましたの？」 「・・・・・・・・失念していたが・・・・この中に入っている棒つきアイスがもしも“アタリ”であった場合には棒を捨てずに持っていて欲しい。今度シーマ＝オーカー総帥が来訪された折に必ず棒と引き換えにアイスを渡す故。」 シーマはこけそうになった。・・・・・・まったく、こんなのによく部下がついていっているものですわッ！・・・・・そう思いながら。ジンベエは巧みな風呂敷さばきで包みあげるとシーマに渡す。シーマは苦笑しながらそれを受け取った。 ランデヴーの時間は近づいた。目を真っ赤にした航法士がシーマにぺこりと一礼した。シーマはにっと笑った。 「あなたはまあまあよくやりましてよ！自分の枕で何日でもゆっくりお休みなさいな！」 おおおおお、あいつ、アネさんからお言葉を直に頂いたぞ！という声があちこちであがった。航法士もまんざらではないようで、頬を目と同じくらい赤くしてもじもじとしていた。 時間が来た。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「それでは皆さん」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「時間になった。それじゃ・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「また近いうちにお会いしましょう。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「そこそこ時間がたってからまた来るから」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「よいですことッ！皆様『あの方』に迷惑をかけてはいけませんわよッ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「健勝で。軍属じゃない俺にはあまり何もいえないが、あんたらが血を流さずに済むことを祈ってる。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 黒く切り取られた空間に向かって手をかざし、以前に二人で描いた魔方陣に意識を集中する。切断された場をあるべき連続体へ・・・・・そして私たちを元の世界に・・・・・ 「シーマ＝オーカー総帥！部下にとって善き上官となるのだぞッｖ」 シーマは最後にジンベエの能天気な声を聞いた気がした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 目の前がかすむ様な感覚が一同を襲い・・・・次の瞬間には後部乗員は前半部乗員と向き合っていた。ジンベエがうんうんと頷きゆっくり歩み出るとばん、とブルーの肩を叩いた。 「おお、皆無事であるか？」 「はい。そちらはいかがでしたでしょうか。」 司令官は胸をはった。マントがはたはたとはためく。 「こちらには私がいたのだぞ。無事でないはずがないではないか！さっそくだが、積もる話もあろう。今夜は再会の宴を催すぞ！さあ、準備をしなくては！」 ジンベエが指を鳴らすと、レクリエーション担当グループがさっと進み出た。 「あの・・・・ジン様、それよりも艦内点検を・・・・・・」 言いかけてブルーは苦笑した。艦内点検はジンベエの仕事ではない。自分の仕事だ。・・・・・・・居合わせた何人かのチーフに命令を出し、艦橋に戻ろうとすると、直属の部下が三人ほど意味ありげにブルーの顔を覗き込むようにしていた。 「何だ？」 「あ、いえ。僭越ながら、落ち込まれていらっしゃるのではないかと思いまして・・・・」 「？どういうことだろうか？」 「はッ！あの優れた戦闘能力をお持ちのお嬢さんと副官殿は、その・・・・なんといいますか“いい雰囲気”に見えたのですが・・・・」 ブルーは咳き込んだ。そして、フィリアは根本的には女性というより男性だとかなんとか自分がどう説明しようと、部下たちは納得してはくれないのだろうと自分を覗き込む興味しんしんの瞳を見て悟っていた。・・・・・・・・また1つの不幸を抱え込んだ気がする・・・・・ できるなら、できるならもう来てくれるな・・・・・・ 副官は心底そう思った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一方、本来の世界に戻ったフィリアとシーマは抱き合って再会を喜んだ。事情を知らず、いきなり消えてしまった二人を探し回っていた魔道士達、そしてファルと光太郎も喜んだ。が、 「少しは考えるのだな。シーマ。」 フィリアとシーマ、そして光太郎とファル。四人だけで再会祝いに中庭で茶を飲みながらファルは厳しい顔で友人を睨んだ。 「・・・恋は盲目とよく言ったものだが・・・今回の行動はいくら無分別といっても足りない・・・・」 シーマはしゅんとなった。 「わかってますわ！・・・でも、あなたの言うとおり、恋って言うものは本当に目を曇らせるものなんですのよッ！・・・・・・ファル、あなただって光太郎がどこか遠くに行ってしまったら、少しばかり他に迷惑がかかっても会いにいきたいと思いませんこと？」 ファルは横の光太郎をじっと見たが、光太郎は笑った。 「ハルカさんはそんなことじゃ動きませんよ。他に大切なことがあったらそれを蔑ろにしたり絶対にしませんって。」 ファルは複雑な表情をし、長い黒髪を手で梳いた。 「・・・・私は・・・・・そういう風に思われているのか・・・・・」 「？？？？？」 その場を収めるようにフィリアが声を発した。 「ま、今回のことは俺にも責任がある。・・・なにせ空間渡りは初めてだったからな。・・・・・どっちみち、あと一回はいかなきゃならないからな。」 「どういうことですの？」 「ああ。シーマの“あの方”に話しておいたぜ。シーマのこと考えておいてくれって！」 シーマは目をきらきらと輝かせた。 「まあッ！フィリア！なんてあなたってば素敵なお友達なんでしょう！」 上機嫌のシーマの笑顔を見、フィリアは少し考えた。・・・・・この際、徹底的にあの副官を褒めちぎって置くか。・・・・・奴との約束でシーマをすぐに連れて行くわけにはいかないけれど、機嫌の良さを維持させておけば、少しは自分につっかかってくることも少なくなるかもしれない。 「いや、・・・・あいつは凄いよ。シーマが惚れるのも無理ないと思ったよ。うんうん。俺、気ィ抜いたら倒されていたかもしれない。部下の掌握の仕方も見事だ。気配りもな。俺、無理して倒れたんだけど、どうやら奴に発見されて担いで運んでもらったらしい。強いだけじゃなくて手先も器用なんだな。このリボン、奴が結んだんだぜ。おまけに前からわかっていたこととはいえ、あの潜在魔力の大きさ。精神同調のとき、魔力切れしそうになったんだが、奴の手、ぎゅっと引っ掴んで魔力吸い出させて貰った。結局倒れちまったんだが、そんときも抱き上げて運んでくれたらしくて、本当に迷惑のかけっ放しだったな。あ、次に行く時には今度のようなことにはならないからな。何せ俺の髪の毛結構大量に抜いて、あいつに肌身離さず身につけていて貰うように要請しといたから。あれを目標に飛べば間違いない。あ、・・・・・ま、俺も魔力消耗したから今すぐってわけにもいかないけどさ。確実に飛ぶには十分休まなくちゃな。・・・・行かないなんていってるわけじゃないぞ！また行くって約束したから絶対に行かなきゃな。抱擁した上の約束だ。こっちの世界と習慣は違うかもしれないが、奴も俺が真面目に言ってるのはわかってくれてると思う。・・・・ん？な、なんだ、なんだよ！シーマ何をしようってんだよ！」 魔道士総帥の形相に怖いものを感じたフィリアは立ち上がり、飛びのいた。今まで座っていた場所に電撃が落ちる。 「なんで、なんであなたってばそう無神経なんですのッ！フィリアのバカバカ バカッ！」 「うぉッ！理由を言え！理由を！」 「なんであなたがあの方の居る方に出たんですのよ〜ッ！」 「そんなん知るか〜ッ！」 素早く避けるフィリア、涙ぐみながら呪文を連発するシーマ。喚きあう二人は建物の中に入っていった。 「大丈夫かな・・・・・」 「・・・・・・・・・ここで魔法を使われるより、魔法の修行をするための部屋に行ったほうが被害が少ない。・・・・・・あそこは耐魔の材質でできているからな。フィリアはどんな非常時でもそれくらいの配慮はしてくれる。・・・・・しかし何故シーマはあのように怒っているのだ？」 「さあ・・・・・・？」 「“喧嘩するほど仲がよい”とは光太郎の居た世界でよく言われていたが、・・・・それが真実だとすれば・・・・・あの二人は無闇に仲が良いな・・・・」 シーマ＝オーカー、恋する乙女。彼女の恋は茨道・・・・・というより、誰かの前に茨道を提供する。今も、そしてこれからも・・・・・ |
| はい、ラブコメです。といいますか、ラブコメ汎用アイテムをちりばめてみました。「お守り」「病気などで倒れて運んでもらう」「約束」「リボンを結んでもらう」etc. 通常ならば甘い展開が期待されるところですが、フィリアではどうしようもありません。逆に総帥がこのような状況になったら彼女はパラダイスにいてハレルヤを叫んでいることでしょう。 誰かの上に立つものとして総帥、司令官、ファルは三者三様ですね。実際、自分が誰かの部下になるとしたらジンベエのところが一番心安らかかもしれないです。（性格がぶっとんだものになりますが） クスノキさん、内容がないものになってしまってどうもすみません。 そして・・・・・・結局は副官がますます不幸になっていくような気がします。 |