自分に向けられた優しい瞳。その色は空の青。いつも膝の上から見上げていたキラキラした目。 アリーナはゆっくりと立ちあがった。胸のあたりが切なくて、泣き出してしまいそうで棒立ちになったままになってしまう。 「お母様？これは夢？」 王妃はゆっくりと首を横に振った。 「え、でも・・・・・そうしたら・・・・・お母様がいらっしゃるのならここは昔のサントハイム？」 王妃はまたゆっくりと首を横に振った。そしてゆっくりと口を開いた。透き通った懐かしい声がアリーナの耳に届いた。 （アリーナ。ここはあなたからすれば未来のサントハイムにあたるの。・・・・私も初めて来たのですよ。ここはあまり変わっていませんね。新しくつくられたものも、無くなった花壇もあるけれど、私の一番のお気に入りの花壇だけは変わりなくここにある。） 桜草の花をいとおしげに見つめる王妃にアリーナは頷いた。 「だってそれはお母様が大好きな花ですもの。お父様も時々手入れをお手伝いするのよ。」 （まあ、ライルが。） 父の名前を言われてアリーナはどきっとした。父は母が亡くなって以来、自分の名前を呼ばれたことがあるのだろうか。「陛下」「お父様」それは名前ではない。 （ライルはよく笑っていました。朝、髪を結う前に私がここに来てあちらこちらへはしゃいだように飛びまわっていると、まるで年端のいかない少女のようだと、笑いながら抱きしめてくれましたっけ。アリーナ、あなたが生まれてからはあなたも一緒に。） 王妃は少しだけアリーナに近づいて歩みを止めた。 （少し落ちついた？足の震えは止まった？） アリーナは頷いた。懐かしい母親。とびついていきたくて仕方がないのに、足は動いてくれない。 「お母様。お母様はどうしてここに？」 王妃は微笑んだ。 （アリーナ。ここが未来なら、私は人間ではなくもう魂だけの存在になっているのだとわかりますね。） アリーナが頷くと王妃はさびしげに視線を落とした。 （いつも私はあなたと一緒だけど、このようにお話したりできるのは特別のときだけなの。・・・・今日はね、私が死んでしまった年齢をこの世界のあなたが越した日なの。天寿をまっとうできなかった者に子供がいたとき、自分の命が引き継がれて行った様子を見ることができる。・・・・そういう約束事があちらの世界にはあるのです。） 王妃が亡くなったのは二十一のとき。彼女は二十一になったアリーナに会いにやってきたのだ。 （小さなアリーナ。どうしたの。そんなに怖がって。） 声をかけられてはっとする。 「どうして怖がっているってわかるの？お母様。」 王妃は微笑む。 （私はあなたのお母さんですもの。） アリーナはうん、と頷いた。 「私は世界一強くなりたい。魔物と戦って、世界中の強い人達と手合わせしてもらって武闘の腕を磨いていきたいの！それが私の夢！・・・・でも、わかって貰えない。王位継承者だから、女だからってなんだかんだいわれて！私は戦っているときが一番好き！そして私の力を生かせるのも武闘だと思うのに。・・・・この城の中には3年後の私がいるのでしょう。私がどんな私になってしまったか怖い。私は夢をあきらめてしまったのかなって。・・・・閉じこもってうじうじしてたら・・・・って、それどころかお父様やじいやクリフトのいうように誰かと結婚させられて夢なんか忘れてしまっているのかもしれない。」 王妃はくすっと声をたてて笑った。 （何をいうかと思ったら。あなたのことですよ。無理やり結婚させられそうになったら相手の頭に飛び蹴りを食らわせることなんて朝飯まえでしょう。それに、あなたが好きでもなんでもない人と結婚したいといったら、お父様もブライさんもクリフトさんも猛反対するはずですよ。・・・・あなたは何もわかっていない。夢っていうのはね。ずっと思っているから夢なの。途中で無くしたり捨てたりしてしまったものは夢と勘違いしていたものですよ。そしてね・・・・夢はかなうものなの。・・・・私の夢もかなったし、これからかなう夢もあるわ。） 「お母様の・・・夢？」 （私が病気で、この世界からあちらの世界に行くとき、小さなあなたは泣きじゃくりながら私の左手を握っていたでしょう。あのとき、私はあなたに夢を託したの。） 「私に夢を？」 （ええ、私は欲張りだから3つもね。そのうち２つはもうかなったの。・・・・一つはアリーナが丈夫に育つように。・・・・これはもう、物凄い勢いでかなったわ。丈夫過ぎて城の皆さんが振り回されて、ブライさんの血圧は上がるし、可哀想な神官さんはずっと引き摺りまわされるし。壁は蹴破るし、魔物は素手でぶちのめすし・・・） 悪戯っぽい笑顔はアリーナのそれととても良く似ている。 「お母様っ！」 （だって、その通りでしょう。・・・・二つ目は、アリーナを沢山の人達が愛してくれますように・・・・これもかなったわ。ライルはもちろんアレクさん、マーニャさん、ミネアさん、トルネコさん、ライアンさん、そして城の人達、もちろんブライさんもクリフトさんもあなたのことを心から愛してくれている・・・・・三つ目の夢だけはまだかなっていないけれど。・・・・・） アリーナは首を傾げる。 「それは・・・・？」 （あなたが愛すること。） アリーナはいやいやをするように首を振る。 「嫌よ！結婚なんか絶対しないんだから！」 王妃は少しだけ厳しい顔になった。 （なぜ、そんなことしか考えないの？あなたが愛されたように愛すればいいのに。・・・・・私にも少し責任があります。小さなあなたを置いていってしまったから。あなたはいつだって置いて行かれることを恐れるようになってしまった。いつも振り向いてそこに誰かが居てくれないと耐えられない子になってしまった。・・・・あなたが貰った多くのものから少しお返しすればよいだけなのに。振り向いたときにあなたがいるだけで、安心してくれる人が居るわ。あなたの体は小さいけれど腕を大きく広げれば、どんな人でも抱きしめられる。拒絶が怖いの？それとも愛した人がいつかはいなくなってしまうことを考えているの？・・・・あなたはそんなに弱い子？心配をかけて、必要以上に子供のように振舞って、構ってもらわないと安心できない子なの？） わかっている。そんなことはわかっている。わかっていたけどできなかった。アレク達と旅をしているときは無我夢中で一直線に突き進むだけだったけれど、立ち止まって考えることができるようになった今、新しい一歩を踏み出すことが難しくなって、大人になるのが怖くなって・・・・ 王妃は表情を和らげた。 （アリーナ。私は、今のあなたの歳にあなたを授かったの。生まれたあなたを抱きしめるときに私はとても幸せだった。難しく考えないで。愛することって幸せなことなのよ。・・・・・あなたが結婚しなくてもいい。それがあなたの選択ならば。でも、愛することは止めないで。私はあなたに幸せになってほしいの。） 王妃は両手を広げた。 （いらっしゃい。私のアリーナ。） 優しく呼ばれて、その言葉で魔法が解けたようにアリーナの足が動くようになった。 次の瞬間、もう年齢もそうは変わらない良く似た母子はしっかりと抱き合っていた。 「お母様！お母様ぁ！」 泣きじゃくるアリーナの背を優しくなでながら王妃は囁いた。 （本当にあなたはまだまだ甘えん坊ね。まだそんな甘えん坊さんを続けるつもりなら、抱きとめてくれる胸をみつけなさい。私はもう抱いてあげられないのですもの。） アリーナが泣き止み、涙を拭い、ハシバミ色の大きな瞳を王妃にむけてにっこり笑うと王妃は呆れたように笑った。 （ほんとうにあなたは見ていて飽きないわ。） 「泣いている私なんて私じゃないもの！泣いている暇があったら武闘の稽古の一つでもするわ。」 ぐいっと肘を曲げて力瘤を作ってみせる。 「私の夢は世界一強くなることなんだもの！」 だが、王妃は首を振った。 （うそつきね。） 「え？嘘じゃないわ！お母様に嘘なんかつかない。」 （よく考えて御覧なさい。あなたにはもっと大きな夢があるじゃない。） そして王妃はそれをそっと優しく囁いた。 アリーナはぽかんとし、それから笑った。 「そうね！そうだわ！なぁんだ。それだったらお父様やブライやクリフトと喧嘩することもないわ。」 （がんばりなさい。） 「はい！」 ところで、と、王妃はあたりをぐるっと見渡した。空間の一部に歪みが生じ、青くうねる旅の扉が出現しようとしていた。 （もう帰る時間ですね。・・・・・あなたが望むなら、今のサントハイムの様子を教えてあげますよ。） アリーナは視線を宙にさ迷わせた。自分と父親はうまくやっているだろうか。ブライは元気だろうか。クリフトは巡礼の旅に出かけてしまっただろうか。そして、自分は？まだ自由闊達に暴れまわっているのか？それともちんまりと王宮の中に父親の勧めた男とそれなりに仲睦まじく収まっているのか、それとも・・・・ 「お母様、教えて。私は夢をあきらめていない？夢をあきらめないで自分の足でしっかり歩こうとしている？」 王妃はゆっくりとしっかり頷いた。 「よかった！お母様、じゃ、アリーナはもう行きます！」 片手を軽く上げ、もう大きくなった旅の扉に飛びこもうとしてアリーナはにこっと笑った。 「有難う、お母様。・・・・お母様が私をここに呼んでくれたんでしょう。さすがお母様。ブライやクリフトのお説教よりずうっとよく効いたわ！あんまり心配しないで。どうにかやってみるから！」 王妃は微笑んで手を振った。 それに見送られて姫は1,2,の３で勢いつけて旅の扉に飛びこんだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「お前さんはまだいい。わしなどもう先の見えた老人じゃ。いつまで姫様をお守りできるか。それまでになんとか落ちついて頂きたいのじゃが・・・・あれでは婿殿も寄りつかん。姫さまの幸せを見届けたいというのは無理な注文なのじゃろうか。」 「私とて同じです。先程も申し上げた通り、私のような胡乱な男がいつまでも相談役などすることは正しくはありません。ですが、このままで巡礼の旅に出られるかというと・・・・姫さまはどうにも危なっかしくて」 ブライもクリフトもいいたいことを言ってくれるじゃない、とアリーナは思った。 そしてぴょんと飛び起きると腰に手をやって二人をじろっと見た。旅の扉の祠はいつもの通りのたたずまいだった。 「おお、姫様お目覚めですか。」 「大丈夫ですか？旅の扉で酷く酔いましたか？回復呪文をかけますか？」 アリーナは悪戯っぽく笑った。 「じい、クリフト、私の夢、ちょっと訂正するわ。」 王宮魔術師と神官は顔を見合わせた。 「いきなり何ですか・・・・・して、どのように？」 「あのね、一番の夢はね。・・・・この世界の人々をみんな幸せにすること！」 ブライは杖を取り落とした。 「・・・・・大き過ぎではありませんか？？」 「あら、世界って言葉にはサントハイムも含まれてるのよ。王女に相応しい夢でしょう？」 クリフトは頭を掻く。 「それはそうですが、そのようなこと、神の手にもあまりそうなことです。」 「ん。神様の手からこぼれるなら、こぼれた分だけをどうにかすればいいわね。・・・・・大きすぎるのはわかってる。だから、夢の実現の為に、一先ず世界一強くなるということでいってみるわ！」 変わらんじゃないか。とブライは大きく息をついた。スケールが大きくなった分過激さが増すかもしれない。 と、アリーナがきっと祠の外を睨んだ。クリフトが盾を構える。 3人が走り出ると、強暴な魔物の群れが祠を取り囲んでいた。アリーナが走りでる。 「姫様！全滅はいけませんぞ！泳がせて奴らの巣を見つけるのです！」 「わかったわ！じい！」 魔物の群れに向かって突き進みながらアリーナは二人の供の様子を窺う。氷結呪文を唱えるブライ。アリーナに不可視の盾の呪文をかけるクリフト。 （お母様、どうしてもアリーナは二人に甘えてしまいます。振り向いてそこに居ることを確かめないとやっぱり不安。もうこれは癖だわ。） いつか二人は自分の後ろからいなくなるかもしれない。 （でも、大丈夫。誰もいなくなっていても・・・・私は皆から守られているってわかっているから。お母様が私を守ってくれているように。そして戦うわ。強くなるためじゃない。いくら大きい夢だってかなうから。叶えてみせるから。・・・・・そして、お母様の夢も叶えてみせる。王女としてつとめを果たしてお母様の愛したサントハイムを愛してみせる。） サントハイムの姫は炎の爪を大きく振りかぶった。 （でも、もうちょっとだけ、待っててね。） |
|||
| まとまらない文で申し訳ありません。 アリーナが抱えている悩みや焦りをわかってやれるのは やはり同性同士だと思います。こればっかりはクリフトが 裏返っても無理だと思います。 おそらくこのあとブライの予想通りアリーナはますます 暴れまくります。 さて・・・・・今回神官と魔術師の出番が極度に少なかったのでオマケをかいていましたら 無茶苦茶どうしようもないものができあがりました。それでも読んで下さる奇特な方は下のボタンをクリックしてやって下さい。
|
ドラクエTOPへ