７　魔族と人間　　　

　サライの頭の中からは、エリシアを追うことなどとうに抜け落ちていた。

　自らの背に生えた、蝙蝠のような魔族の羽……そのびっしりと小さな鱗の生えた羽は体を空中に位置させるために、混乱するサライを余所に無意識のうちにゆったりと空気を掻いている。……まるで未知の生き物が自分の肩に取り付いたように……叫びだしそうになるのをなんとか堪え、彼は地上に視線をおろした。



　サントハイムから共に旅を続けてきた三人は、じっとこちらを凝視している。



　クライスは、口をぽかんと開け、明るいハシバミ色の目を見開き、瞬き一つせず。
　アリシアは、口を両手で押さえ、その深い蒼い瞳に恐怖を浮かべ。

　そして、メイシアは、すっと二人の前に出、剣の柄に手をやった。それは、サントハイムの騎士として、年少の二人を、守るための行動として当たり前のことだった。彼女の空の色をした目はひたすら険しく、そして、完全に抜剣こそしていないが、確かに鞘と柄の間には銀に光る刀身が見て取れた。
　サライは……サライは、表情を動かさなかったが、やがて、宙に浮かんだまま、深く頭を垂れた。そして、頭を起こしたときには、確かに寂しそうに微笑んでいた。そして、太陽の方をゆっくり見上げるとそれとは逆の方角に、驚くほどの速さで飛び去って行った。




　サントハイムの双子は、サライが見えなくなってしまって、初めて動き出すことができた。

　「………………彼は、魔族だったのですね。」

　前に居たメイシアが剣の柄から手を離し、真っ直ぐに立って振り向いた。どうしますか、というように。
　双子の頭の中では色々な思いがぐるぐると回っていた。
　サライは魔族だったんだ。
　サライさんは魔族だったのね。
　……
　……
　だけど、だから、なんなんだよ。
　私……一瞬だけれど、サライさんのことを怖いと思ってしまった。
　なんなんだよ、ってなんなんだよ。魔族だから、どうだっていうんだよ。
　自分が恥ずかしい。……ずっと教わってきたのに。司教様にも、お母様にもお父様にも……生きとし生けるものに、違いなどありはしないって。……私、わかった気になっていただけなんだわ。……私、私、なんてことを思ってしまったのかしら。
　どうってことないじゃないか！サライはサライじゃないか。
　サライさんはサライさん。人間とか、魔族とか、そういう前にサライさんなのに。
　うー。あーっ！胸のところがもやもやする。……どうして、僕はあのときに突っ立っていたんだろう。
　……どうして、あのとき動けなかったの？声をかけられなかったの？一番心細かったのはサライさんなのに。
　……………………母上が言ってたよな。……心がもやもやしていたら、考える前に行動しなさい、って!!
……………………お父様がおっしゃっていたわ。……自分の思うことが神様の御心に背かないと信じられるなら、迷わずそれをしなさい、って!!

　「メイシア、すぐにサライを追いかけよう！」
　「メイ姉さま、すぐにサライさんを追いましょう!!」

　双子は互いに互いの考えていることが同じだったとわかり、顔を見合わせにっこりし、次の瞬間、クライスは全速で駆け出していた。と、後ろからむんず、と襟首をメイシアに掴まれてステーン、と尻餅をついた。

　「何するんだよ、メイシア！なんで止めるんだ！！いくらメイシアでも、僕は言うこときかないぞ。……サライは魔族だ。だからどうしたっていうのさ！……メイシアのことを、僕は見損なったぞ」

　メイシアは口を引き結び、地面に座り込んでいるクライスの真上から大声で怒鳴りつけた。

　「…………何するんだと言いたいのはこっちです。…………もうここから肉眼でサライさんの姿は捉えられません。闇雲に走っていって見つかるはずがないでしょう。それに、もしも見つかったとして、どうするっていうんです？いくら王子が王妃様譲りの俊足だといえど、空を飛ぶ早さに勝つわけがありません。あなたには魔法も使えない！行動を起こす前にもっと考えて下さい。」

　え？…………？

　それまで、黙っていたアリシアが、不安げに訊ねた。

　「じ、じゃあ、メイ姉さまも、サライさんのことを追いかけることには賛成なのですか。」

　メイシアは大きく頷いた。細い金の髪がふぁさ、と揺れる。

　「……私はサントハイムの騎士です……城内でスライムを『友達』として遇し、一人のホイミスライムが世界を救う旅の大切な仲間だったことを、子供の頃に絵本で読んできかせてもらう……幸か不幸かそんな国の騎士なのですよ。…………先刻は、驚愕のあまり、仲間であるサライさんに、敵対する姿勢をとるなどという、騎士にあるまじき振る舞いをしてしまいました。…………会って、詫びねば、この先、騎士として生きていくことなどできません。」

　と、メイシアは両側から双子に抱きつかれた。

　「さすがはメイシア！」
　「メイ姉さま、大好き！」

　メイシアは微笑んだ。先程「追いかけよう」と双子が言ってくれたとき、嬉しかったのはメイシアの方なのだ。

　「でもさ。」

　抱きついたまま、クライスが呟いた。

　「走って探す他に、どうしたらいいんだろう。」

　「お兄様、……アルマさん達とキャンプしたところまで戻ってはどうかしら。そうして、急ぎ足で街道を行けば、二人にお会いできるはず。そして、水晶玉で占って貰って……」

　「……今からじゃ、馬がないといっくら僕でも追いつけないと思う……」

　うな垂れてしまった二人の頭に、メイシアはポン、と掌を乗せた。

　「お二人とも、大丈夫ですよ。私に考えがあります。」


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　行くあてもなく空を漂っていたサライは、むき出しの乾いた地面が続く荒地の中にポツンと忘れられたようにたっている、大木に舞い降りた。木は、落雷にでもあったのか、黒く焼け焦げており、それでも根はしっかりしているのか、サライの体重をかけてもびくともしなかった。サライは悲しげに笑う。子供の頃、腕力が無い彼は、木登りをして遊ぶ村の子供達には混ざることができず、枝の上ではしゃいで歓声をあげる彼らをじっと見上げることしかできなかった。

　(ああ、何か間違っている。私がこんなに高い木の上にいるなんて)

　村の子供達の誰もが到達したことがないであろう高い枝に、今、彼は居る。

　(いや、ここに居るのが間違いなのじゃない。……私が人間として生活していたのが間違いだったのだ)

　生まれたときから背中にあった大きな瘤。……そこには、この黒い魔族の翼がひっそりと隠れていたのだ。それは、出現するときをずっとうかがっており、いつかは押し込められている場所から解き放たれるのは明らかだったのだ。

　おそらく義母は全てを予期していたのだろう。王都から離れて暮らしていたとはいえ、稀代の炎魔導師といわれている義母は、赤ん坊のサライから人間離れした魔力を感じ取って居たはずだ。自分は捨て子であった聞かされていたが、背の醜い瘤のせいではなく、何世代か前に混ざった魔族の血が再び現れたと悟った両親が、そのせいで義母に自分を預けたのかもしれない。
　そうだとすれば、いろいろなことが腑に落ちた。
　義母は、　姿形や能力で他者を差別する弟子を厳しく叱責し、時に破門した。また、多くの書物で対極として表現されている天空界と魔界を、一続きに連なるものとして、サライに教えた。

　『サライ、よく聞くのじゃ。わしらは、炎を熱い、氷を冷たい、といいその間にきっぱりとした境界線をひく。そしてそこに境界をひくことをあたりまえと思うておる。しかし、それは本当に正しいことじゃろうか。煮立っている湯は熱い。融けた鉄も熱い。しかし、融けた鉄を基準にすれば、煮立った湯は冷たいということになる。炎魔法と氷魔法は逆の作用をもたらすが、魔道により生み出されるものということでは同じじゃ。……サライよ、人の口や書物が伝えることを鵜呑みにせず、まずは疑ってみよ。そして、己の中に真実を見極める目を育てよ。……世の中は、一つの塊じゃ。わしが、お前が、女が、男が、年寄りが、赤ん坊が……皆がそこにあって、この世界は形作られている。一つ欠ければ、世界の在り様は変化する。要らないもなどはない。
　世の中の理を見極めるのが魔道の本質じゃ。しかし、何を基準とするのか、それだけで人の価値判断は変わってしまう。ならば、何を基準とするべきなのか。何が普遍で何が流転するのか。……絶対の真実や正義はあるのか……サライよ。お前は一生かけてそれを見極めることになるじゃろう……わしもそれは一緒じゃがな。』

　サントハイムのブライ老師は義母と懇意であった……義母から全てを聞かされていたことに疑いはない。なぜなら、老師の語る言葉は、義母と同じ色を帯びていたから。

　帰れば、義母は……ルリア師は暖かく迎えてくれるだろう。この翼を見ても、顔色一つ変えず、何時もどおりのどこか少し不機嫌そうな顔で、しかし、もうすっかり大きくなってしまったサライを子供のときと変わらず抱きしめてくれるだろう。兄弟子達も、静かに迎えてくれるだろう。しかし、帰ることが正しいと思われなかった。……魔道を恐れる人々は多い。実際、魔道を悪用したり、そのつもりはなくとも魔法が暴走すれば、大きな被害が出る。人々はルリア師を畏れ、ルリア師は無用の軋轢を起こさぬように、村から少し離れたところに私塾を開いた。彼女は村には何も要求しなかったが、魔道で助けられる事柄には進んで手を貸した。……夏に疫病が流行れば、熱を下げるために魔道で氷を作り、畑を広げるために炎魔法で森の木を焼き、魔物の群れが家畜を襲ったときには、それを魔法で蹴散らした。私塾の存在が村に認められ、信頼を勝ち取るまでには長い年月がかかったという。……そんなときに、このような翼をもった魔族が出入りすれば……義母が苦労して得た信頼は、一瞬で瓦解してしまうだろう。……村人達が悪人でないことはサライにもわかっていた。背に醜い瘤のある孤児の男の子を村の人々は優しく遇してくれ、子供達も仲良くしてくれたのだ。しかし、魔族を嫌うことは理屈ではない。……魔族を嫌うのは当たり前のことなのだ。そう、それは、人間という種族に、自分を守るために生まれつき刷り込まれた当たり前の反応なのだ。

　サントハイムにも帰れるはずはない。ブライ老師に、城の、城下の人々に迷惑をかけるわけにはいかない。

　自分は、一人、此の世にただ一人となって生きて行かねばならないのだ。

　
　自らの命を絶とうという気持ちは起こらなかった。それは、義母の教えに真っ向から反対することだったから。……神はこうなることを予見していたのか。予見していたからこそ、きっとサライに必要なものを今まで与えてくれたのだ。義母からは、魔道と、そして薬草学を学んだ。ブライ老師からは、さらなる魔道を……サントハイムの魔導師として、様々な場所に使いに行って、野宿の方法も覚えた。様々な人との出会いが、ひとりぼっちだったサライに一人でも生きていく術を教えてくれたのだ。
　一人でも生きていける。一人でも、人としての心を失わずにきっと生きていける。そして、人の世界から迷い出てしまった、誰かを少しだけでも手助けできることもあるかもしれない。それが、義母への、今まで自分を支えてくれた人々へのささやかすぎる恩返しだろう。

　ただ、一人となる前に、成すべき事がまだ残っていた。



　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊



　東の空が微かに明るくなりはじめたとき、サライは空から大地へと静かに舞い降りた。
　彼にとって幸いなことに、アリシアもクライスも毛布を被って静かに眠っていた。メイシアの姿が見えないのは、いつものように、朝食のための水汲みに出ているからだろう。彼はチュニックの隠しから割りと大きな布包みを取り出して焚き火の傍らに置くと、双子の寝顔をじっと見つめた。そして、目を細め、にっこりと笑った。初めにクライスの傍にしゃがみ、次にアリシアの傍にしゃがんで、その髪を指でそっと撫で…………

　「サライー！」

　突然、眠っていたとばかり思っていたクライスが飛びついてきて、サライは反射的にとびすさり、慌てて翼を広げて空へと逃れた。

　「心配しないで下さい。私は、大丈夫ですから！皆さんと離れても、この通り、大丈夫ですから！」

　「大丈夫なんてことありません！」

　近くから高い声がした。見下ろせば、エリシアがチュニックの腰のベルトにしがみついて叫んでいるのだった。

　「サライさんが、一人で行ってしまったら、私達が大丈夫じゃありません！」

　真剣な深い蒼い瞳が自分をまっすぐに見つめている。サライは目をそらした。

　「私は魔族です。私が一緒に居ることはよくないことです。」

　すると、エリシアはいやいやをするように激しく首を振った。

　「どうしてそんなことを言うのですか！私が知っているサライさんはそんなことをいう人じゃありません！……さ、サライさん、ごめんなさい、私、大丈夫じゃありません！落ちそうです！」

　ずる、とベルトを掴んでいたアリシアの手が緩み、落下する。サライは間一髪で降下して抱きとめた。すると、エリシアはぎゅっとサライの首にしがみついた。

　「もう、この腕を放したりしませんから！絶対に放したりしませんから！放したら、私、ずっと後悔してしまうんですから！…………サライさんが居なくなったら、私が小さな頃から信じて来たものが、崩れてしまうんです。そんなの、そんなこと、私は絶対に嫌なんです！一緒に居てください。どうか、一緒に居てください。お願いですから！私、私達、サライさんのことが大好きなんですから！」

　そうすればサライをとめられるとでも思ったのか、アリシアはサライに強く強く齧りついた。

　(ああ……)

　サライは一つ大きな息をついて、さっきまでとは違った意味で“大丈夫ですよ”と囁いた。




　地上に降りるとメイシアもそこにはいた。アリシアを地面に下ろしたサライのベルトを、逃げられてはたいへん、とばかりにクライスがはっしと握る。

　「…………ええっと…………心配しないで下さい。何も言わずに行くということはありませんから。」

　何か言ってもダメです、とアリシアが怒ったように言うと、サライは少し屈んで王女に目の高さを合わせ、そうですね、と言った。メイシアが、パチン、とサライの頬を平手で打つ。

　「……旅で個人行動は厳禁です。……面倒を起こすのはクライスだけでたくさんです……それから……」

　メイシアは横を向いた。

　「できれば私にも平手打ちを。……無意識の行動とはいえ、私は仲間であるあなたに対して敵対の構えをとりました。騎士としてあるまじき行為です。」

　そのメイシアの頬をサライは軽く平手で打った。打ったというより、撫ぜたというのがより近かったが。そして、メイシアは彼を抱擁した。

　「すみませんでした。メイシア。……でも、なぜ、私が一度ここに戻ってくることがわかったのですか？どうして待ち構えていたのです。」

　するとメイシアはくすっと笑った。

　「簡単なことでした。……サライさんを探そうとして、私達がすべきことは、ただ待っていることだったのです。……私達の共有の荷物のうち、薬草や旅に必要な細々としたものの殆どはあなたが持っていました。あなたは、それがないと私達が困ることを知っていたはずです……そして、私は知っていました。そう考えたあなたが、一度戻ってこないわけはない、と。今日は曇って月の光がありませんでした。飛んでくるとしたら薄明るくなってからでしょう。私が居ては警戒されるでしょうから、隠れていました。……お帰りなさい、サライさん。」

　「……はい……しかし……私のこのような外見はやはり恐れられてしまいます。普通に旅を続けることは……ああ、……そうか……。」

　サライが一度印を結ぶと、次の瞬間、彼の背から蝙蝠のような黒い翼は消えていた。あっけにとられる三人に、サライは説明する。

　「“移し身の呪文(モシャス)”の応用です。もともと、魔族の羽は魔力を帯びたものです。鳥は骨が空洞で軽い体をもっていますから、筋肉の力だけで空を飛べますが、私達はいくら大きな羽を与えられたとしても、体が重すぎて鳥のようには飛べません。……魔族や天空人が空を飛べるのは、翼の持つ魔力あってこそのものです。魔力を帯びたものは、魔力によって存在を変えることができます。そして、私は、今まで自分に翼がない状態があたりまえだったのでイメージもしやすいのです……うまくいったようですね。……もっとも、慣れないうちはこのように翼を隠していると少しずつですが、魔力は消費されますけれど。」

　「へえー！あ、でもさ、今のところ魔力を使うってことは疲れるってことだよね。だったら、消さなけりゃいけないとき以外は消さないでいいよ。な、アリィ、メイシア。」

　言われてサライは術を解いた。再び現れた黒い翼をクライスはそっと触る。

　「……こんなのが、背中に詰まっていたなんて、……サライ、重かったよね。鬱陶しかったよね。……」

　自分達にとって異質すぎるものを、この少年はいとも簡単に受け入れ、そして、異質な者を労わってくれる。その気持ちがサライには眩しかった。



　「サライさん、戻ってきてすぐで恐縮ですが、私達にはすぐにしなければいけないことがあります。」

　サライは頷く。そう、自分の出自のことなどより、ずっと緊急を要することがある。



　エリシアを助けること。



　「早くに手を打たねばたいへんなことになる気がするのです。」

　メイシアは、天空人に焼かれて死んだ『襲撃者』が最後に残した言葉を説明した。

　(天空の旦那、約束が違う)

　それがメイシアの聞き間違いでなければ、あの天空人と『襲撃者』がグルだったことは明白だ。襲撃者にエリシアを襲わせ、天空人が救い出す……そんな筋書きの茶番は何をするために必要だったのか。……エリシアは騙されている。彼女の身に危険が迫っている。……できるだけ早く救わねば。

　異を唱えるものは誰もいなかった。

　「しかし、恥ずかしい話ですが、私には策がありません。考えうる最も良い手は、サントハイム王宮に連絡し、諸国に書状を送り、警戒と探索を願うものですが、それには長い時間がかかってしまいます。」

　「えーと、相手は羽があるけど、サライも飛べるんだから、探せないかな？僕が見たところ、あの白い羽の奴らより、サライの方が飛ぶの速かったよ？」

　「いくらサライさんが速く飛べたとしても、どこに飛んだかわからない者を一人で探すのは無茶です。いったいどうしたら？」

　アリシアはポン、と手を打った。

　「メイ姉さま！サライさんのことを探す方法を考えていたときのことを覚えていますか？アルマさんなら、きっとエリシアさんの行方を占えます。そして、サライさんならば、街道を歩いているアルマさんたちのところまでひと飛びでいけるでしょう。」

　サライは黒い翼を少し動かす。そうだ、この魔族の翼なら、遠い場所までもすぐに向かえる。自分が魔族だったからこそ、できることもあるのだ。


　「わかりました。私がすぐにいってきましょう……」

　不安そうな目をしているアリシアの髪に手を置き、彼はそっと撫でた。

　「大丈夫ですよ、必ず戻ってきますから。私はそんなに方向音痴じゃありません。それに、私の居場所は今はここなのですから。」

　簡単に身支度を整え、固パンと水で腹を満たしてからサライは空高く舞い上がる。三人は手を振って見送っていたが、その姿が見えなくなってしまうとクライスがぽつりと呟いた。

　「小さな頃に読んだ絵本では、白い翼を持った人は天の使いでいい人で、黒い翼の奴は悪魔の使いで悪い奴だった。…………読んだ限りじゃどんな絵本でもそうだったけど……いつか、黒い翼でもいい人は居るんだって、そういう本も見つけなくちゃな。」

　「……多分、それは無理かと。」

　「無いのだったら、僕が描く！」

　「………………王子には絵心が皆無だと、絵画の先生がおっしゃっていた、というか、呻いらしたのを私ははっきり記憶しておりますが。」

　「だーもー！誰かに描いて貰う！」

　アリシアは言い合いをする二人の横で、空を見上げていた。そして、先程サライに大好きだと言ったことを思い出し、そっと頬を染めた。
　

　
今回もインターミッション的。新たな出来事も登場人物もなく、文字数的には短いです。
　王子も王女も、サライの出自を知っても彼を拒絶することはないのですが、考えていることは少し違うかな、と。クライスは考えるより体が先に動くたちで、アリシアは思慮深いのですが、こういったときには、クライスの方がきっと強いと思います。王子は母似、王女は父似で、支え、支えられる関係も嘗ての父母と同じです。
　あと、三〜四回で連載終了となります。

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