| 6 三人目のシア |
「わーっ！」 弱いモンスターであるももんじゃを前にして、クライスは思いっきり叫んだ。ももんじゃは、その小さな目を見開いてパチパチさせていたが、グエッグエッと鳴き声をあげながら、こちらにくるりと背を向けて一目散に逃げて行った。 「どうだー！僕の気合に押されたか！」 「……気合というより、ばかでかい声に驚いた、というのが本当のところでしょうけれど。」 メイシアが言うと、王子は不服そうに口を尖らせたが、ころっと表情を変えると、ま、いいか、たしかにメイシアの言うとおりなんだろうな、と、大声で笑った。 クライスは魔物との戦い方が旅の始まりの頃とは少し変わった。相変わらず、魔物が現れると、たったったと一番前に出て、勝負に出ようとするのは同じだが、メイシアの制止を振り切って無茶をすることはなくなった。以前はどんな魔物にも全力攻撃で会心の一撃が出ればご満悦だったが、人間にとって危険の少ない、こちらを攻撃する意志のない魔物はさっきのように叫んだり、攻撃をする振りだけして、逃げ出すのなら追うことなく見逃すようになってきた。ペトロのこと、アリシアから詳細を聞いたポポロとの小冒険、そして、アレクとの会話が、王子の行動に影響したのは間違いない。そして、それはメイシアにとって嬉しいことであった。……明朗快活で根は優しくはあるが、思慮に欠け、武闘の腕を磨くことにばかり熱中している精神的的に幼い王子…………大臣達が胃の辺りを押さえながら愚痴をこぼしているのを聞いて、傍仕えたるメイシアも、何度胃を痛くしたことか。このままでは、立派な王になるどころか、まともな大人にもなれないかもしれない……そう思い続けて10年以上、……ここにきて、やっと、この腕白ヤンチャ王子にも周りが見えてきたのかもしれない。もう少し時間が経てばきっと…… 「うおおおおおおおおお！見たこともない魔物はっけーん！」 嬉しそうに……至極嬉しそうに飛び出していく王子を追いながら、メイシアはため息をつく。 前言撤回。 この腕白王子は、きっと千年経ったって、父親であるクリフト様のような落ち着きを身につけられるはずがない。 飛び上がり、蹴りをお見舞いし、逆襲され、着地に失敗し、あわや、というところで、メイシアが攻撃を受け止め、その隙に回りこんだクライスが正拳突きでとどめを刺す。 「よーし！今日も絶好調！有難う、メイシア！」 そう叫んでメイシアに向かって親指をたててみせるクライスに、メイシアは、はああああああ、と息をついてみせる。 「え？どうしたのさ。僕たち、すっごく息があってたよね？僕の攻撃→メイシアの守備→僕の攻撃、この流れ、凄くぴったりはまってたと思わないか？さっすが、十年も一緒にいてくれただけのことはある。これからもずうっと頼むよ！」 メイシアはまたはあああああああ、と息をついてみせる。今、ここで言わねばいけないということもないが、機会があるのだから言っておいたほうがいいだろう。生真面目な女騎士は、跪き、頭を垂れたまま、王子に告げる。 「従者として、当たり前のことをしているだけです。……王子。このような旅にあっては、私はあなたを直接お守り致しますが、あなたは行く行くは王となるのですよ。あなたが、最前線にでて直に魔物と戦うなどあってはならぬこと。私は騎士団の末席にあるサントハイムの騎士の一人に過ぎません。騎士としては、臣下としては、あなたの剣となり盾となりますが、このように肩をならべて戦うなどということはいつまでも続くものではございません。よいですか。王子！」 そこで顔を上げると、クライスは既に居なかった。アリシアが、トントン、とメイシアの背を叩いて立たせる。 「アリシア様……クライス様はどこまで聞いていらしたのでしょう。」 「……『行く行くは王に』のあたりで、逃げました。」 ああ、もう、クライスときたら、ああ、どこかで私は接し方を間違えたのだ、もっと厳しくしていればよかったのだ……、と嘆くメイシアをアリシアは慰める。 「メイねえさまのせいではありません。お兄様がいけないんです。……………………」 黙りこんでしまったアリシアを、今度はメイシアが気遣う。 「何か気配がします……」 「この間、アレクさんやアルマさんとお会いしたときに感じられたようなものでしょうか？」 「いいえ…………あのときよりずっと…………これは悲しい気配。そして…………とても強い魔力を感じます…………」 反射的にメイシアはサライを見る。サライもまた、眉根に皺を寄せ、警戒するようにあたりを見回している。『八勇士』に関係した気配ならば、サライが感じ取るわけはない。だとすれば、これは大きな魔力を持つものが近くに居るということだ。メイシアは剣の柄に手をやりつつ、しかし、不審に思う。悲しい気配……とはなんだろう。アリシアが間違うことは滅多にない。ならば、敵がいるということではないのだろうか。 「サライ殿！」 サライは、辺りに気を配りつつ、やってくる。 「アリシアとあなたは、何か気配を感じているようです。…………魔力を持たない私は全く何も感じないのですが、いったい何が起こっているのでしょう。」 サライは、魔導師の杖を掲げ、目を閉じ、念を込めた。そして、顔を上げる。 「魔物ではないようです。……魔力の波を感じるのですが、それはとても強いけれど、同時に途切れ途切れです。更に、悲しみ・恐怖……そんな感情が伝わってきます。……北の方から……」 サライが杖で指した方角に、アリシアも頷く。そちらは、エンドールからは少し離れた方角だ。だが、王子もサライも、そちらを見つめて目を逸らさない。 「あれ？サライ、アリィ…………」 メイシアのお説教から逃げたクライスが戻ってきて、二人が見つめる方を見、不思議そうにした。 「……悲しくて、恐ろしくて…………どうなっているの？あっちに誰がいるんだろう。」 力は極小とはいえ、クライスも魔力を少しは持っている。クライスまでもが反応する『気配』を捨て置くことはできまい。メイシアは、北にいきましょう、と提案し、それは皆から受け入れられた。 半日くらい進み、小さな森が見えた。その『気配』は益々濃くなって、サライも、アリシアも、クライスも、先を急ごう、誰かが待っている。誰かが死に掛けている。と主張して、小走りとなった。……深い森は薄暗く、足元も悪く、アリシアやサライは何度も転びかけたが、急ぐことを止めようとしなかった。 やがて、彼らは、ほの明るい光を見た。……それは本当の意味の光ではなかった。メイシアには見えない光……魔力の放つ光だった。その光の中に、一人の少女が倒れていた。白い腕にはあちこち擦り傷や火傷のあとのようなものがあり、薄い薔薇色の髪は泥で汚れ、手織りらしい可愛らしい刺繍が施された服はあちこち破れ、踝からは血が流れていた。そして……少女の背を見、皆は驚愕した。彼らがあげた声に少女は意識を取り戻した。……逃げなくては……逃げなくては……また捕まってしまう。逃れようとして、手を少しだけ動かしたけれど、彼女はまた意識を手放した。 瞼を閉じていても明るさを感じた。……自分は森の奥にいるはずなのに、どうしたことなのだろう。小鳥の囀りも聞こえる。ああ、傷もそんなに痛まない。私は酷い夢を見ていただけなの？目を開ければ、村の、自分のベッドで目が覚めるの？そうだったらいいのだけれど……少女は恐る恐る目を開けた。しかし、そこは故郷の村ではなく、見慣れない人々が自分を覗き込んでいた。 「！」 恐怖に顔を歪ませて、逃げようとする少女に、徹夜で看病していたアリシアが声をかける。 「エリシアさんですか？」 自分の名前を、自分と年のそう変わらない少女に呼ばれて、エリシアははっとする。 「エリシアさんなんですね！私、アリシアです！サントハイムのアリシアです！」 「私はメイシアです。もう大丈夫ですよ。ここに危険はありません。」 エリシアは安堵からわっと泣き出した。 「……私、母の誕生日に贈り物をしようと思ったんです……」 身を起こし、背をメイシアの腕にもたせかけたエリシアの背には、ところどころ怪我していたが、純白の羽が揺れていた。 「村の人たちは、私が外の世界に飛んでいくことを許してくれませんでした。でも、私は行きたかった。村の人たちは皆親切で、だから、村の外にいる人たちもきっと同じだと思って……それまでも、ブランカの街まで内緒で飛んでいったことが何度かありました。ゆったりしたローブを羽織ってしまえば、羽があることは誤魔化せましたし、何も怖いことはなかったんです。……でも、…………今度は、怖い人たちに捕まってしまったんです。……ローブをしっかり羽織って居たのに、その人たちは私に羽があることを知っていました。町で買い物をして、街から出て、誰もいないところまで歩いていって、翼を伸ばしたとたんに、網を投げられて……あの人たちは、私のことをずっとつけていたのでしょう。……縛られて、檻に入れられて……私のことを見世物にするのだとその人たちは言いました。それだけじゃなくて、高いお金を払わせて金持ちの家に人身御供に売るのだと……お前は、慰み者になる。俺達は大金持ちになる。大丈夫だよ、少ししたら、そいつのところから盗み出して、また別の奴のところに売りつける。生娘でなくたって、天使を抱けるというだけで大枚はずむ連中はたくさんいるんだよ、とあの人達は檻の横で大声で笑っていました。 アリシアが背をさすり、メイシアの普段は冷静な瞳に怒りが燃え上がった。 「私が泣くと、あの人たちは、煩いと怒って、服を破り、ナイフで手足を傷つけたり、煙草の火を押し当てたりしました。だから私、魔法を使ったんです。母と父に教えてもらった『もしもの時に唱える呪文』を。檻から自由になるために使った電撃の呪文は、檻を壊すことに成功しましたが、私自身も火傷を負いました。そして、私が命からが空に逃げたとき、下から矢が飛んできて……そのあと、どうやってここまできたのかわかりません。……気付いたら皆さんに助けられていて……」 サライが、ジャガイモをやわらかく煮つぶして伸ばしたスープを手渡した。 「薬草も入っています。少しずつ食べて下さい。」 すると、わっとエリシアが泣き出した。どこかまた痛みますか、だったら治癒魔法を唱えますけれど、とアリシアが心配そうにすると、エリシアは首を横に振った。 「私、安心してしまって。…………こんなに優しい人たちに助けられて……私には翼があるのに……普通の人間にはない翼があるのに……」 メイシアがエリシアを抱き寄せる。 「そんなことなんでもありませんよ。……私達、小さな頃から、それぞれの親にずっと聞かされてきたのです。この世界には三人のシアがいて、あなたはその一人なの。エリシア、メイシア、アリシア……いつかなってあなたたちが出会ってお友達になれるといいわね、って。エリシアさん、あなたが天空人の血をひいていて、翼があることも私達は知っていました。アリシアの兄さんのクライス、そこにいる少年も。で、今スープを渡したのがサライ殿で、魔導師で……」 メイシアは言葉につまる。……そういえば、サライはどうしてエリシアの翼を見ても動じなかったのだろう。 「天空人のことは、書物で知っていました。……彼らを天使と呼ぶ人も居て、実際、彼らは我々より進んだ文明を持った、平和を愛する人達だと認識していましたが、翼があっても、人間と同じ感情を持っていることもわかっていました。それに、私は母から、外側の形で判断してはいけないと、強く、きつく教えられてきましたので。……服はどうですか？急いで直したのであなたの体に合うかわからなかったのですが。」 エリシアの服は繕うこともできないほどに破れていたので、サライは自分のローブをあちこち縫いこんで、エリシアのローブにしたのだ。柔らかな生地のローブは、怪我人の肌にも優しく、また、羽の上から羽織ることもできた。 エリシアは、このおっとりした優しい魔導師に頷いてみせ、サライは、よかった、子供の頃からお裁縫も頑張ってやっていてよかったですよ、と微笑んだ。 一同は森の入り口にまで移動してきていて、エリシアが一人で歩けるようになるまで、ここで寝起きすることに決めた。エリシアはメイシアの手当てで怪我がすっかり癒え、メイシアやサライと話すことで精神的にも回復していった。クライスはなんとかしてエリシアを大笑いさせようとやっきになっており、エリシアが笑うたびに派手にとんぼを切って喜んだ。 ローブをエリシアに与えてしまったサライは、背の瘤が目だってしまっていたが、それを気にする風はなかった。その背をエリシアは治らないものかと何度もさすって回復魔法を唱えた。クライスはその光景を見ながら小声で言った。 「ねえ、アリィ、メイシア…………エリシアの翼と、サライの背中と…………隠したり、気にしたりしなくちゃいけないなんて、絶対間違っている。……でも、その間違いがなかなかなくならないなんて、どういうことなんだろうな。」 両側からサライとメイシアが支えて練習し、エリシアが歩けるようになると、お祝いに、とサライはとっておきの砂糖を取り出して甘いパンケーキを焼いた。蜂蜜をかけなきゃ！とクライスが森に入り、散々刺されて戻ってきたときには、魔力が回復したエリシアが毒消しの魔法を唱えてくれた。そして、アリシアが、小さなブローチ……ポポロがくれた桜草のブローチをエリシアが着ている紺色のローブの襟にとめた。 「エリシア、これ、お揃いなんです！わあ、この桜草、エリシアの髪の色と同じですね。よく似合います。」 そうしてメイシアの襟と自分の襟にある同じブローチを指差した。エリシアはそっとブローチを触って何度もお礼を言った。 「私、一生の宝物にしますね。」 やがて、エリシアは空も飛べるようになった。サライとアリシアが腕をふるって、紺のローブにスリットが付けられて、白い翼はそこから出し入れできた。翼の付け根が少し痛む、といって、まだ高くは飛べなかったけれど、クライスたちの頭上を飛び、高い木に生っている木の実を採ったり、小鳥達と遊んだりした。エリシアは、大きな木の下の方の枝に座って綺麗な声で歌を歌い、皆はそれに聞き惚れた。３人のシアはすっかり打ち解け、まるで幼いときから知り合いだったように仲良くなった。三人はエリシアを中に挟んで並んで眠り、世間話をして、クライスが中に入ろうとすると、クスクスと笑って内容を話してくれなかった。ブーたれたクライスがサライのところに行くと、女の子というものは、男にはわからない世界を作っているものですよ、皆さん楽しそうじゃないですか。邪魔をしないでおきましょう。とやんわりと諭された。旅の初めではこの魔導師をあまり気に入らなかったクライスだが、女性陣の輪に入れないでサライと話すうち、こちらも今までよりずっと打ち解けた。クライスは、魔法の効きにくい魔物が来たら、サライは下がって僕に任せて、といい、サライは、そんなときにどういった魔法で援護したらいいかと作戦を練った。サライの声は穏やかで、父そっくりで、話し方もよく似ていた。武人ではないという理由だけで文官とは話もしなかったクライスだが、サライとなら王宮に戻ってもずっと友人で居たいと思い、サライのような兄がいたら、とすら思った。兄……？クライスは首を傾げる。弟ならともかく、今から兄は無理な話だ。……まあ、メイシアが兄さんみたいなものだから…… 実際は、サライが兄になる方法があるのだ、ということには全く思い至らずクライスはサライと一緒に水場に水を汲みにいった。 ある朝、エリシアは、隣で眠るメイシアとアリシアを起こさないようにそっと起き上がった。朝の見張りについているクライスはうとうと居眠りをしている。翼の付け根にあった鈍い痛みはなく、もう以前と同じように空高くまで飛べそうな気がした。朝焼けの空に飛び立つと、翼は風を受け止めて彼女を空の高みへまで連れて行ってくれた。空の上からは花畑が見えた。日の出と共に開く花がエリシアの翠の瞳には見て取れた。……あそこまでいって、花を摘んで、花冠を作って二人に贈ったら喜んでくれるかしら。……エリシアは途端に楽しい気持ちになって、空を滑空して花畑に舞い降り、ローブの裾を広げて座ると、歌いながら花冠を編み出した。 あの子にあげましょ花冠を 白いつめ草編みこんで 花冠を頭に載せて 皆で踊るよ軽やかに 腕組んで回って 手拍子パチパチパチ 腕組んで回って 足拍子トントントン あの子にあげましょ花冠を 緑の葉っぱも編みこんで 何回か歌っているうちに、人の気配がした。ああ、アリシア達に気付かれてしまったのね、と少し残念に思って振り返ると、そこに居たのは、メイシアたちではなく、二人人の粗野な感じの男であった。 「おおう、天使様じゃあねえか。……、中々上玉じゃねえか。」 「こりゃあいい金づるに会えたもんだよ。はっはっは。」 エリシアは翼を羽ばたかせて空に逃れようとしたが、一人の男が持っていたボウガンで羽を射抜かれ、悲鳴をあげてその場に落ちた。 「……たく、おとなしくしやがれってんだ。」 「……中々美味そうだな。俺達で味見してもバチはあたらねえだろう。こいつ、人間じゃねえんだし。」 倒れているエリシアに男達が迫る。しかし、彼らはエリシアに手を触れることはなかった。エリシアは、バサバサという複数の羽ばたきの音を聞いた。そして、彼女はそっと優しく抱き起こされたのだ。やってきたのは、自分と同じく、白い翼をもった三人の見目麗しい青年達だった。彼らは、揃って透き通るような蒼い瞳をしており、まっすぐにエリシアを襲った男達を見据えていた。 「なんだ、なんだよ、てめえらは！おめえ達も、オレの矢で射ち抜かれたいのかよ！」 発射されたボウガンは、一人の天空人の青年が片手で起こした風魔法で、真横へと弾き飛ばされた。 「愚かな……」 そして、彼はエリシアに優しく微笑むと、そっと薔薇色の髪を撫でた。 「辛い目に遭ってしまいましたね。もう大丈夫です。」 もう一人が、回復魔法を唱えると傷はみるみる塞がっていく。 「私達は戦いを望まない。この場を立ち去ればよし、しかし、さもなくば。」 男は尚もボウガンを構えて発射した。今度は、炎魔法で矢はやかれて落ちた。 「この化け物め！」 天空人の青年は、悲しげに首を振り、男に向かって氷の刃を放った。男は胸を氷で貫かれて絶命する。 「何故、人間はこうも争いが好きなのか……」 その天空人達の視線が違う方向を向く。そこには、メイシア達の姿があった。エリシアの姿が見えなくなり、探していたところにエリシアの悲鳴が聞こえ、急いでやってきたのだ。天空人の青年は咄嗟にエリシアに『眠り』の呪文をかけ、にやりと笑ったかと思うと、生き残った男に炎を放った。焼かれ、倒れる前に、男の発した声をメイシアははっきり聞いた。 (天空の旦那……約束が、ち、が……) ぐったりしたエリシアを抱いた天空人がふわりと空に浮かび上がる。その他の二人が印を結び、魔法の詠唱を始める。後ろから走ってきたサライが懸命に前に出、メイシアを後ろに庇い、詠唱する。サライの詠唱は瞬時に完成し、『魔法反射』の天蓋がメイシア達を包んだ。天空人の詠唱が完成し、炎の奔流が襲い掛かったが、サライの魔法は皆を守りきった。 「天空人の魔法を防ぐとは……お前、いったい何者なのだ。」 エリシアを抱いた天空人はサライを見つめる。そして、サライと戦うのは得策でないと判断したのか、エリシアを抱いたまますうっと更に高く、高く舞い上がった。メイシアが、クライスが、走る。アリシアは走り始めてすぐに転び、サライはメイシアやクライスに遅れた。メイシアやクライスがたとえ追いついたとしても、空を行く天空人には何もできない。魔法を使える自分が追いつけば、まだ何かできるかもしれないのに。ああ、もっと鍛錬し、体を鍛えておけばよかった。いや、魔道を究め、瞬間魔法を会得しておけばよかった。魔道にしか取り得のないない自分には、そうしておくことが必要だったのだ。……こんなとき、こんなに大切なときに何もできないなんて！ああ、あの天空人たちのように翼があったなら……！空が飛べたなら！ 呼吸が苦しい。膝もがくがくする。でも、でも、前に進まなければ。助けなければ。アリシアの大切な友人を。三人目のシアを。ああ、背中が焼けるように痛む……ああ、ああ、ああ！！ と、サライは自分の体がふわりと浮いているのを感じた。風に体が流されている……奇妙な感覚に、彼はエリシアのことを忘れる。背から大量の血が流れ、足の先から滴り落ちている。彼は恐る恐る自分の背後を振り返る。……そして、彼は目を手で覆い絶叫した。 彼の背からは大きな黒い翼が生えていた。びっしりと鱗で覆われ鉤爪がついた蝙蝠のような翼。 それは紛れも無く、魔族の翼であった。 |
| 「東京ばけもの同人」は今回も「お約束」ですべてのお話をお送りしております<(_ _)> 物語の開始時から張り巡らして来た伏線を後半は一つずつ使っていきます。辛いことがあっても、クライスとアリシアは両親譲りの気合と根性と優しさで乗り越えてくれる……はず。(はず。いや、絶対。) |
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