| ５ 剣士と踊り子 |
「綺麗な空ですね。」 のんびり歩きながらサライが言う。太陽は西に傾き、真っ赤な夕焼けが空を彩っている。月は薄墨色に近づいた中天に半月に近い形でほんのり白く一行を見下ろしている。サライの横メイシアは頷く。 「そうですね。……それに明日もいい天気のようです。サライ殿もそう思われますか。」 「ええ。東に少し雲が見えますが、あれは悪天候の予兆ではありません。……雲ひとつなく晴れるより、今夜の気温は下がらずに済むでしょう。いいことです。」 二人の前には、クライスとアリシアの兄妹が、少し小走りで先をいっている。 「しかし、クライス君もアリシアも元気ですね。……若い子は違うなあ。」 まだ二十代のサライが冗談ではなく言うのをメイシアは聞いて、小さく笑った。 先ほど、一行は海峡を飛び越える『旅の扉』を通った。ここを通る旅人は、誰しも体調が悪くなるのが普通だと言うが、クライスときたら、『おもしろーい、もう一回もう一回！』とはしゃぎまくるし、アリシアははしゃぐことなどなかったが、蹲ることもなかった。メイシアは胃がひっくり返るような感覚を覚えたが三分もすればそれは落ち着き……だが、サライは……蹲り、動けず、……しかし、旅の扉の構造に興味しんしんで吐き気で顔色を青くしつつクライスと同調して『もう一回！』と叫び……旅の扉の番人に、色々な意味で、あんたらみたいな旅人は珍しいと笑われた。 特別な訓練を受けていない馬は旅の扉を通れない。サントハイム側で馬を預けた四人は、出口側の貸馬屋は利用せず、エンドールまでは徒歩でいくことにした。……エンドールの武術大会までには間があったし、メイシアとしては、女王夫妻と同じく王子と王女に旅そのものを楽しんで欲しかったのだ。天衣無縫なクライスはともかく、アリシアにとってはこれが最初で最後の『王女』という身分に縛られない旅かもしれない。だから、メイシアは、地形や天候の許す限り、宿ではなく野宿をしていこうとも考えていた。今日も、適当な場所を探して焚き火をしよう。確か、もう少し行ったところに小川が…… と、クライスとはしゃいでいたアリシアが立ち止まって首を傾げた。 「どうしました？」 すかさずメイシアが駆け寄る。 「どうかしましたか？」 アリシアは首を傾げたままだ。 「…………なんだか……気配が……なにか、とても懐かしいような、どきどきするようなそういう気配が……」 メイシアは周囲を見渡す……彼女には何も感じられない。…………目を閉じ、耳をすませ…………！いや！これは魔物の気配だ！剣の柄に手をかけ、、アリシアを下がらせる。気配は前方にある茂みから……はたして、そこから飛び出してきたのは、硬い装甲を身につけたオオトカゲであった。女騎士は飛び出そうとするクライスの後ろ襟を掴み怒鳴る。 「旅の最初に毒を受けたことを忘れたのですか!?あの表皮は私達の攻撃を受け付けません。相手は一匹です。サライ殿にお任せして……」 だが、頼みのサライはまだ状況に気付いていないのか、後ろをのんびり歩いている。 (こうなれば、私が……！) またしても前に出ようとするクライスを後ろに突き飛ばし、剣を抜く。……一撃必勝……さあ、あいつの急所は何処？体の全てが物理攻撃を受け付けない筈は無い！ しかし、助けは意外なところからやってきた。右手の木立から誰かが疾走してくる。その人物は走りながら、背中に担いだ大剣を抜き去ると、大上段に振りかぶった。魔物は新たな餌食の出現に、体の向きを変え…… 「うおぉぉぉぉ！」 見知らぬ剣士は、声をあげ、大地を蹴って高く跳びあがると、そのまま魔物の脳天へと剣を振り下ろし…………魔物の装甲はあっさりと割れ、文字通り真っ二つになった魔物はその場で絶命した。剣士のあまりの剛剣にメイシアが声も出せないでいる中、クライスはキラキラと瞳を輝かせていた。 「助けてくれて有難う！なんて凄い剣技なんだろう！真っ向勝負であの甲羅を叩き割るなんて、すっごいや！」 メイシアは深々と腰を折る。 「危ないところをお助けいただき感謝いたします。」 すると、相手は、低い、しかし柔らかな声で答えた。 「どうぞ頭を上げて下さい。旅を行くもの同士が助け合うのは当たり前のことです。」 剣士はすらりと背が高く、異国の人なのか、肌は褐色がかっていた。白いシャツから覗く腕の筋肉は剛剣を振るうものとして相応しいもので、、黒髪は短くきちんと整えられ髪と同じ色の瞳は静かな光を湛えている。 「俺はアレクといいます。その林の先に開けた場所で連れと一緒にキャンプしていますが、宜しかったらご一緒しませんか。」 旅に慣れているらしい青年の言葉に、メイシアは頷いた。 四人が剣士の青年と共に林の向こうの少し開けたところに行くと、そこでは少女が焚き火の番をしていた。 「ああ、アルマ、お客様だよ。こちら、メイシアさん。あちらの方がサライ殿。そして、クライス君にアリシアさん。」 アルマと呼ばれた少女は、アレクと同じ褐色の肌をし、紫水晶の瞳に同じ色の髪、そして、橙色のふんわりしたスカートの下に、膝の辺りはふんわりとし、足首をきゅっと絞ったスパッツを履いていた。アルマは旅着の裾を持って優雅にお辞儀をした。 「アルマと申します。」 「メイシアです。お二人はどちらまで行くのですか。」 「ここからは随分遠いところです。さあ、ちょうどスープが煮えたところです。どうぞ座ってください。」 焚き火の上に載せられた鍋には、くつくつと煮上がった肉入りシチューが湯気をたてていた。クライスの腹が威勢のいい音をたてて鳴り、皆が笑う。そして、楽しい夕食が始まった。アレクもアルマも口数は多くなかったが、聞き上手であり、また、クライスたちが求めれば今まで旅してきた土地や町の様子を驚くほど詳しく説明してくれた。二人はもうひと月以上も旅をしてきたという。アレクは魔法は使えないというから、その剣の腕だけで、数々の魔物と渡り合ってきたのだろう。クライスは魔物との戦いの様子を知りたがり、アレクは少し困ったように頭を掻いた。 「……剣のことについては、他人にいろいろと語るものではない、と父から厳命されています。俺は剣の道など究めてはおらず、ただ、身を守るだけのことしかしていませんから。しかし、俺の経験が君の役に少しでも立つなら……」 語り合う二人の横では、アルマとアリシア、そしてサライが魔法談義に花を咲かせていた。アルマは精霊魔法を扱うことができるという。それは、アリシアの学んだ神聖魔法とも、サライの得意とする魔道とも違い、この世界に住む精霊の力を借りるというもので、その使い手は多くはない。アルマは久しぶりに魔法について語る事ができるのが嬉しいのか、少し頬を上気させて楽しげに話に加わっている。 メイシアは、といえば、クライスが失礼なことを言ったら後頭部に裏拳をくれてやれるよう、聞き耳を立てながら、じっとアレクの黒い瞳を覗き込んでいた。……こうして話を聞き、所作を見る限り、この青年は礼儀正しい誠実な人物のように思える。しかし……考えれば考えるほど不思議だ。……あの装甲の硬い魔物に遭遇したとき、彼は走ってやってきた。この野営地からあそこまでは少し距離があるし、あの荒野に薪を拾いに来たわけはない。自分達の大声を聞きつけて来てくれたにしては、到着したのが早すぎる。……そして、この夕食。彼らは自分達の夕食を用意していた筈。ならば、二人分だ。なのに、こうして、後から四人が加わっても、シチューの量は十分だった。まるで、初めから『あと四人来ること』がわかっていたように…… 「それでは、もし宜しかったら、拙いものですが、踊りを見ていただけますか。素人芸ですが、俺達、これで日銭を稼いできたんです。」 アレクの声にメイシアは我に返ってはっとする。クライスは盛大に拍手をし、アリシアもサライも拍手し、メイシアも慌てて手をパチパチと打ち鳴らした。アレクは手風琴を持ち、胡坐をかいて座り、アルマに目で合図をする。アルマは頷くと右踵の後ろにチョンと左足のつま先をつけ、両手を組んで頭を前に倒した状態で準備する。 手風琴が異国風の旋律を奏でる。アルマはそれに合わせて踊りだす。くるりと回り、左右に飛び跳ね……可愛らしい、そう、それは、おとぎ話に出てくる妖精がダンスしているようだった。伸びやかな足のはこび、美しい腕から指先までのライン……自然とメイシア達に笑みが浮かぶ。そして、アルマはすっとしゃがむと、傍らに置いておいたカスタネットを指に嵌め、指でリズムをつくりつつ、逆の手で、右足にしゃらんしゃらんと音を出す小さな鈴のついたアンクレットを巻きつけた。いつしか手風琴の音は消えており、アレクがアルマの横にやってくると、すっと彼女の腰を持ち、頭上高くに抱えあげた。アルマだけを見ていれば、まるで空を飛んでいるようだ。アレクは軽々と片手だけでアルマの全体重を支え、くるりと回したり遠くに飛ばしたり……一歩間違えればそれは軽業と呼ばれるものだったろう。しかし、それは“踊り”であった。難しい技を誇るのではない。一連の動きの中に技は取り込まれ、技は踊りを邪魔していない。二人の息のあった技に一同の視線は釘付けになる……と、今度はアレクが一人で剣舞を演じ始めた。それは激しく、豪快で……しかし、それは一時のことで、彼はすぐに剣を脇に置き……何も手にせず舞い始めた。 この世界では踊り子といえば、何も言われなくとも、女性である。 しかし、四人は、まさに男性の舞いを目の前にしている。 高い跳躍。回転。力強い、それでいて柔らかな動き……伝わってくる……命の躍動。未来への希望…… アレクが踊りを終えたとき、しばし、しん、と無音の時間が訪れたが、すぐにクライスの大声が静寂を破った。 「凄いよ！物凄い！凄いなあ！最高！」 アレクは深々と一礼し、額に浮き出た汗を拭ってから照れたように小声で言った。 「……驚かせてすみません。……俺は剣士ではなく、踊り手なんです。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アルマがアレクに水筒を渡し、彼は一口飲んだ。 「実際、アルマは踊り子として修行したことはないんです…………辻で若い女性が踊っていると、皆が皆そうでなくとも、嫌らしい目つきで見る男性がいますから、俺はアルマが踊ることは反対でした。……でも、俺がいきなり踊るといっても、人は集まってくれません。」 「ですから、私、言ったんです。私が踊って人を集めるから、アレク兄さんは途中から踊ればいい。少しくらい変な目で見られてもへいきですって説得して。」 「失礼ですが……」 メイシアは生真面目に口を挟む。 「アレクさん。あなたの剣は、正式に訓練を受けたものとお見受けします。それが何故舞踏の道を目指すことになったのですか。」 アレクとアルマは顔を見合わせ、くすっと笑った。 「俺は13歳になるまで、父のもとで剣術の稽古をしていました。父のような立派な剣士になることが俺の夢でした。母は踊り子でしたが、一線からは退いていましたし、俺には舞台をみせようとしなかった。そして、俺自身、娯楽は必要なものではあっても、踊り子という職にあまりよい感情を持ってはいなかったのです。それが……あるきっかけで、母の『本気の踊り』を観、……ああ、これが踊りというものか。……自分にそれができるのならば、この道を究めたい、そう感じたのです。ものの見事に反対されましたが。」 「お父上にですか？」 「いいえ、母にです。『あんた、王宮戦士になるんじゃなかったの？一度決心したことはやり遂げなくちゃいけないって、あんたはいつか母さんにもお説教してたでしょーが。第一あんたみたいな無愛想で朴念仁のオトコノコの踊りを見たいなんて酔狂な人間いないわよ！いい？世界は若いときの母さんみたいなピチピチでお色気たっぷりのオンナノコを求めているんですからね！お父さんのところに行って今と同じことを言っていっちょ喝入れて貰ってきなさい』と、まあ、こんな具合に。」 アレクの物まねが上手かったのか、アルマがくすくすと笑った。 「で、叱責されることを承知で父に話したところ、『それがお前の心からの望みならば。』とあっさり許してくれました。ただ、、男で舞踏の道を究めるのは王宮戦士になるのより難しいことかもしれない、とも言われ……実際、それはそうなのかもしれません。俺の知る限り先駆者はいないようですし。……」 「でも！」 アレクを力づけるようにアルマが少し大きな声を出す。 「私の占いでは、アレク兄さんの行く道には、光が見えるんです。きっと、願いは叶います！」 アレクはポン、とアルマの背を叩く。 「アルマの占いは当たるからな。……あ、アルマは占いをするんです。…………さっき、魔物が現れることもアルマの占いでわかりましたし、今日皆さんと出会うことも……何か懐かしい、しかし、新しい大切な出会いがもうすぐあるはず……と。だから、俺たちはこうして６人分のシチューを煮て待っていたんです。」 「占いが外れても、明日の朝に食べて、残った分は鍋ごと運んで明日のお昼に食べればいいことですから。」 「いや、俺はアルマの占いを信じていたよ。…………失礼ですが、あなた方のどなたかが、私達の父母を知っているのではないでしょうか。」 何か懐かしい、しかし、新しい大切な出会い。 メイシアが『この方々にならお話しても大丈夫でしょう』と許しを出すと、クライスは自分達がサントハイムの王子と王女だと明かし、アレクは、自分達が“八勇士”のうちの三人、ライアン・マーニャ・ミネアと血縁の者であると説明した。四人は自分達の父母のことを話し、メイシアとサライは優しく見守り……アリシアとアルマは隣り合って横になった。 「アルマさんのお母様はミネアさんなのね。でも、どうして従兄のアレクさんのことをお兄さんって呼ぶのですか？」 「私達、兄妹みたいに育ったの。それに……兄さん、って呼んでいると……あまり意識しないで済むから。」 そうして、ほんのり頬を染めたアルマの真意を見抜いてアリシアも頬を染めた。 「ほんとうのごきょうだいは？」 「弟が二人。二人とも錬金術師を目指して、お父様のところで修行中なの。」 はあ、と息をついたアルマにアリシアは首を傾げる。 「ごめんなさい……アレク兄さんは舞踏を究めたいって決心している。私よりずっと小さな弟二人も錬金術師を目指している。……でも、私はまだ何をしたいのかわからない。……占いは得意だけれど、占い師として生きていこうと決めてはいないんです。……占いをききにきた人には偉そうに道を示しても私自身はどこにいったらいいのか、ずっと迷っている……そんな占い師なんて……」 「いいんじゃないかしら？」 アルマは紫水晶の瞳をぱちぱちさせた。 「こうしたい、こんな大人になりたい、って頑張って、そこに向かっていく人は素敵だって思います。でも、どうしよう、って悩んで、道が決まらなくて……でも、頑張って一日一日暮らしていったら、きっと知らないうちにどこかに辿り着けるんじゃないでしょうか。神様を大切にして、他の人と一緒に歩いていくことが幸せで、自分が一生懸命生きていることが誰かの幸せに繋がったらもっと幸せで……そうやって暮らしていったら、きっと、どこかに辿り着けます。そういう生き方があっても私、いいのじゃないかって思います。どんな人でも、自分の人生は自分で掴み取っていくものだと思うのです。…………って、あの…………私もアルマさんと同じように迷っていて、アルマさんと同じように悩んでいるから説得力、ないと思いますけれど………………でも、あの、クライス兄様みたいに『目指せ！エンドール武闘会優勝』なんていう武闘バカよりかはいろいろ迷っている方が絶対マシだと……」 「あら……だとしたらアレク兄さんも『舞踏バカ』なのかもです。」 大人しい二人の少女が毛布にくるまってくすくす笑っているのをメイシアは目を閉じ、微笑んで聞いていた。アリシアにはアルマのような友達がもっといていいのだろう。そういえば……私も『剣術バカ』かも…… 火の番をしているサライが一つ大きな欠伸をし、夜はゆっくり更けていった。 次の朝、四人はアレクたちと別れて再びエンドールへの道を歩き出した。彼らが見えなくなるまでアレクとアルマは手を振って見送った。と、アルマは何かを感じ、荷物の中から水晶玉を手にしてくるとじっと覗き込む。 「どうしたんだい、アルマ。」 「……兄さん、予感がしました。そして、水晶玉の中にも運命が見えています。・・・・小さな八つの光……その小さな光は導かれ引かれあって……かあさまたちから聞いたあの『八人の仲間達』の占いのときとよく似た……アレク兄さん、私はこれをどのように考えたらいいのかしら。」 アレクは言った。 「もしも俺たちが必要とされるのなら、アルマの占いの通りにいつか彼らと集うことになるのだろうな。……だが、まだそのときではないようだ。俺たちは俺たちの旅を続けることにしよう。」 はい、兄さん、とアルマは答え、二人はコーミズ村を目指す旅を続けた。 |
| 「東京ばけもの同人」は今日も今日とて「お約束」ですべてのお話をお送りしております<(_ _)> インターミッション的な何か。アレクとアルマが二人で旅をしているのはマーニャのどうしようもない策略で、「ねえ、コーミズに着くまでにあの二人どーにかなっちゃってると思う？ねえ、どうよｖ」とか手紙に書いてミネアに嘆息されているといいと思います。 「八つの小さな光」ですが、全員が過去の八人との血縁というわけではなくクライス・アリシア・メイシア・サライ、そして今回登場のアレク(過去作で書いたようにライアンは勇者の名を息子につけました)とアルマで六人が既に登場しました。あと二人。うち一人はおそらくご想像の通りだと思います。 |
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