４　王子達、王子達と会う　

　「メイシア！向こうに見えて来たのがフレノールの町かな？」

　目の上に手を翳し、お側役たる女性騎士の剣帯に片手をかけ、馬上からクライス王子は前方を指差す。

　「ねえ、メイシア……どうしたの？」

　ぐいっと身を乗り出して見れば自分の前で手綱を握っているメイシアは苦虫を噛み潰したような顔をしている。……クライスをお説教するときの前奏曲が鳴り響いているようなときによくある表情だ。

　「め、メイシア？」

　今のところ、自分は怒られるようなことはやっていない。やっていないはず。……やっていないよな？

　「メイシア！」

　するとメイシアは、やっとクライスの呼びかけに気づいたのか、ぴくっと背筋を伸ばした。

　「あ、ああ、どうしましたか。」

　「………………もう、しっかりしてよ。メイシアらしくもない。……あれがフレノールの町なのか、って聞いたんだけど。」

　メイシアはため息のような息をついてみせる。

　「……そうです。あれがフレノールに間違いありません。」

　女性騎士の眉間に皺ができているのを確認し、クライスは黙り込んだ。……こういうときのメイシアには不用意に触らない方がいい。


　フレノール……それは、メイシアにとっては小さな頃から知っていた町の名前だった。『お母さんはね、アリーナ様とフレノールの町で知り合ったのよ』母は幼いメイシアを膝にのせ、そう教えてくれた。その時点では彼女にとってフレノールは行ってみたい町、お母様と女王様が出会った大切な町、だった……しかし……。
　ある出来事で、フレノールの町はメイシアにとって、鬼門になってしまった。あれはいつだったか。確か、騎士としての修行を始めた頃だったと思う。何気なく母の出自を聞いたとき、メイシアの母、メイは、娘の質問に対して、言葉を選びながら、本当のことを話した。……貧しい農村ゴゾ村の出であること（メイシアは驚いたが特に嫌な気持ちはしなかった）。貧しさに負けて兄と一緒に詐欺をして稼いでいたこと（メイシアの血は顔からさーっとひいて体中が冷たくなった）。フレノールでアリーナと出会ったのは、アリーナ王女になりすまして、町の人から金品を騙し取っていたときだったこと（メイシアは『母上なんか嫌いです！』と叫びその場から走り去ってしまった）。
　その後、たっぷり２ヶ月、メイシアは母と口をきかなかった。……『正しくあること』それが彼女にとっての最も大切なことだった。父からも、そして……母からもそう教わってきたのに！許せない！詐欺なんて！人を騙すなんて！父親のランデルから諭されても彼女は強硬姿勢を崩さず、二ヵ月経って、娘に嫌われた、でもそれは私のせいだから、とずっと悲しそうにしている親友を見かねたアリーナに文字通りの『目覚ましの鉄拳』を食らってやっと母に謝ることができた。……あのときの行動は確かに大人気なかった。ただし、母が詐欺師を働いていたことを目を背けずに直視することはできても、嫌悪せずには居られない。母を愛し、尊敬してはいても、その部分だけは許せない。……そのため、フレノールはメイシアにとってはできれば通過してしまいたい町なのだ。しかし、ここで休み、物資を補給しないわけにはいかない。その上、アリーナからは、フレノール教会のターブレ神父にあてた手紙を託されている。

　はあああああ……

　またメイシアは息をついた。

　「……ため息つくと幸せが逃げるよ。」

　「え？」

　「……って教えてくれたのはメイシアだろ？」

　「え、ああ、そうですね。そうでした。」


　町は随分近くなっており、その賑わいすら聞こえてくる。

　サライの馬が並ぶ。

　「随分人の出入りが多いですね。何か行事があるのでしょうか。あ、大丈夫、サランのようなことはないと思いますよ。さあ、行きましょう。」




　サライの言葉の通り、フレノールの町は大賑わいであった。田舎町ではあるが、町の中央を通って広場に達する道の両側には露天が並び、商店の軒は花やリボンで飾られている。アリシアとクライスがわあ、と声を上げる。王宮で暮らしていても、こういったささやかな楽しみに二人は素直に目を輝かせて反応する。それがメイシアにはなんだか嬉しい。と、前方にある物凄い人だかりに気づいたクライスが軽快に走って様子を見に行った。あまりに人が多すぎて、何をしているのかわからない。男女関係なく子供から老人までが人垣を作っているこれはいったい何なのか。

　「さあさあ、お立会い、お立会い。お買い得だよ、お立会い。」

　よく通る声が聞こえてくる。何やらものを商っているらしい。クライスは周囲の人々を無理のない程度にすりぬけて前の方へと移動した。と、そこには大きな敷物を広げて座っている若い商人が居た。縦縞のシャツに紫色のフェルト帽、人の好さそうな顔にこにこと笑みをたたえ、両手を広げて右へ、左へ、大きな瞳をくるくるよく動かして様子を見ながら呼びかける。

　（うわあ……！）

　よくよく見れば、敷物の上には、小さないたずらモグラが居た。ちびモグラは商人と全く同じみぶりで腕を広げ、愛嬌を振りまいている。子供たちはモグラを指差し手を叩いたり、歓声をあげたり。

　「皆さんは旅は好きですか？俺は旅が大好きでねー。山を越え、谷を越え、西の町から東の村へ……あんまりおちつきなく動きすぎてまだ嫁さんもいないんですけど」

　青年が肩を落としてしゅんとし、小さなモグラがその肩に上っていってよしよし、と頭を撫でると笑い声が起こる。

　「でも、やっぱり旅は楽しいですよね！谷が、山が、海が、町が、俺を呼んでいる！でも、だ。悪いことだって起こらないとも限らない。例えば街道を歩いていたら大きな蜂が！うわあ、来るんじゃない！私なんか刺しても美味しくないー！」

　ちびモグラは敷物の上をぐるぐる走り回り、最後に丸くなって頭を抱えた。

　「……って、蜂は刺しても人間を食べはしないかｖ」

　てへっ、とばかりに、青年とちびモグラが同時に額を叩く。

　「でも、蜂の毒には気をつけないと……始めはちくんと痛いだけだが、歩いているうちにどんどん腫れあがってくる。毒の強い蜂だと腫れるだけじゃなく痛いし、最悪の時にはくらくらしてきて、ドターン！」

　ちびモグラは胸の前で十字をきって仰向けに倒れる。

　「ああ、思い出が走馬灯のように駆け巡る……おっかさん、おっかさんの焼いたアップルパイは絶品だった……あ、いや、モグラは菓子を焼かないか。まあ、それは、うん、いいとして……ああ懐かしい故郷の我が家……でも、おいらの瞼には故郷の姿が……真っ暗で……もう何も……って……ああ、モグラの家は土の中なんだから真っ暗が当たり前か！こりゃあ参ったね。」

　ちびモグラが飛び上がって青年のおでこをひっぱたいた。

　「でもそんなときに、毒消し草があったなら、瞬時全快気力挽回！さあ、どうだ！お安くしとくよ、いらっしゃい！」

　それからずっと青年商人とちびモグラのコンビは漫談めいたものを繰り広げ、おう、もう昼か。おいらも昼餉を食わなくちゃいけないんで、ちょっと一休みさせて下さいね、と宣言するまで人垣は崩れなかった。それでも子供たちはちびモグラと遊びたがったが、ごめん、こいつも昼寝の時間だ、とやわらかなびろうどを敷いた籠にちびモグラが入ってしまうと不承不承に帰っていった。商人は立ち上がり、フェルト帽を取るとまだ残っていた客に恭しく一礼した。そして、歯を見せて笑う。

　「メイシアお嬢さん、お久しぶり。うわあ、こんなところで会えるなんて思わなかったよ！」

　残っていた客とはメイシアたち四人のことだった。

　メイシアが腰を折って挨拶する。

　「お久しぶりです。……最後にお会いしたのは、二年前、私が騎士団のお使いでエンドールを訪ねたおりでしたね。クライス、アリシア……あなたたちは覚えていないかもしれませんが、あなたたちのご両親と懇意にしている方ででポポロさんとおっしゃいます。挨拶を。」

　丁寧に挨拶すると、ポポロが籠の蓋を開け、ちびモグラはぴょんと出てきてポポロのフェルト帽の上に陣取った。ポポロも改めて挨拶し、そのあとサライが自己紹介し、ポポロと握手する。アリーナやクリフトと懇意だということは、クライスやアリシアの身分を知っている筈だが、ポポロは少しもそんな様子を見せなかった。それが、クライス達に『この人は本当にいい人なのだ』という感想を抱かせた。

　「あ、あの、ポポロさん。先ほど、そのモグラさんは昼寝の時間だとおっしゃっていましたが、いいのですか？」

　アリシアが心配そうに言うとポポロは笑った。

　「ああ、大丈夫大丈夫。こいつはよほど疲れたとき以外、昼寝はあんまりしないんだ。さっきはね、ああでもいわないと、子供たちが帰ってくれないだろう。だからちょっとだけ誤魔化しちゃった。ほら、相棒、特別なお客さんだ。挨拶、挨拶。」

　ちびモグラはポポロの頭のうえでペコリ、と頭を下げる。

　「こちらへはお一人で？」

　「ああ、一応商人修行の旅ってことで。……でも中々うまくいかないもんだね。お客さんはたくさん集まってくれるんだが、どうにも買い物をしてくれなくって。」

　……あの様子では、青年とちびモグラの漫談に笑い転げて満足して……商品を買うのも忘れて帰ってしまうのだろう。正直にメイシアがそう話すと、ポポロは笑った。

　「わかっちゃいるんだけれどね、お客さんが喜ぶ顔を見ているとやめられなくなっちまって。メイシアお嬢さんは……うーん。今の時期だと、ははーん、クライスのお守り、かな？エンドールの武術大会参加を目指しているのじゃ？」

　「ご明察です。思いっきりお守りをしております。」

　「お、お守り……って……せめて、護衛、とか言ってよ！」

　クライス以外が笑う。

　「ところで、今は何かのお祭りでしょうか。」

　すると、ポポロはすっと向かいにある宿屋のテラスを指差した。

　「あっちを見てご覧。ちょうど正午になったら始まるから。」


　始まる？何が？と一同顔を見合わせて訝っていると、リンゴーンと教会の鐘が鳴り響き、宿屋のテラスにかっちりとした衣服を身に着けた大柄な男が現れた。巻物を広げて人々に口上を述べる。

　「我らがサントハイム王国の王子様と王女様のおなりー。」


　「なんだってー!?そんなことあるわけないじゃないか！だって、僕たちはここに！むぐ……」

　クライスの口をアリシアが押さえる。ここで自分たちの身元を明かすのが拙いことはいくら箱入りのアリシアでもよくわかっていた。

　テラスには少年と少女が現れた。二人とも豪奢な衣装を身に着けている。少女は落ち着いた蒼味がかった緑の髪、少年は赤みがかった蜂蜜色の髪。少女はスカートをちょんと持って、少年は白手袋をはめた手を一方は体の前に、もう一方は体の後ろにあてて優雅に会釈する。

　ポポロが解説する。

　「いやぁ、アリーナ女王様がまだ王女様だったとき、ここにご宿泊なさったことがあったのは知っているかい？この町の人たちはそれをイベントにしちゃったんだ。勿論あの王子様と王女様は偽者だよ。公募したっていってたかな？……」

　メイシアが肩を落とす。……昔宿泊したという王女は、自分の母がアリーナだと騙った偽者だったのだが……その嘘は未だばれておらず、このような大々的なお祭り騒ぎになっているとは……テラスを見上げるとそこには少年と少女。偽者であることは今回は皆が知っている。…………しかし…………王女の方は確かに華やかな美しさは持っているが、控えめな中にも気品と凛としたものを持っているアリシアの美しさと可愛らしさには敵わない。……だが、王子の方は……気品があり、知性的な顔立ち、非の打ち所のない立ち振る舞い……思わずクライスを見れば、こちらを見上げる視線とぶつかった。

　「…………な、な、何？」

　「……いえ、なんでもありません。」




　宿屋は満員だったので、一向は嘗てアリーナたちがそうしたように、教会に一夜の宿を借りた。野宿する積もりだったというポポロも、メイシアの口利きで一緒だ。ターブレ神父はアリーナからの手紙を受け取って大層喜び、クライスとアリシアを抱擁して祝福した。神父は随分と年をとってみえたが日常生活には支障ないようだった。教会の裏手で育てた手作りの野菜スープは相変わらず絶品で、一同何度もお替りし（そう、ちびモグラもだ！）、お腹がいっぱいになったところで、一日の疲れも手伝って、すぐにベッドに横になった。




　その平和な時間が、鋭い悲鳴によって破られた。

　「キャーッ!!」

　クライスはがば、と起き上がり、隣に寝ていたアリシアを揺り動かす。

　「アリィ！悲鳴が！女の子の悲鳴だ！」

　アリシアは目を擦っている。何が起きたのかわからないようだ。

　「お兄様、悲鳴なんて聞こえなかったわよ。」

　「僕が耳のいいのを知ってるだろ！」

　と、クライスの言葉を証明するように、次の悲鳴がかすかに聞こえる。

　「誰か！誰か助けてくれ！」

　今度はアリシアもはっきり目をさまし、手早く着替えて兄と一緒に廊下に出る。既にメイシアは身支度しており、その手は剣の柄にかかっている。サライも、彼と同室で寝ていたはずのポポロもやってきた。険しい顔をするメイシアにポポロが何やら囁くと、メイシアはきょとんとした。

　「アリィ！とにかく行ってみよう！」

　兄にひっぱられて駆け出すアリシア。それを大人たちが追う。

　宿屋の前は人でごった返していた。そのテラスではとんでもないことが起こっていた。黒いマントを身に着けた牛の頭をした怪物が、その両腕に王子と王女を抱え仁王立ちになっている。化け物は、集まってきた人々を見渡すと、地鳴りの如き低い声で怒鳴った。

　「サントハイムの王子と王女は預かった。二人の命を救いたくば、南の洞窟にある白銀の腕輪を明日の真夜中までに裏の墓地まで持ってくるのだ。いいか、南の洞窟、銀の腕輪、明日の真夜中まで、裏の墓地までだぞ。」

　妙に念を押すような言い方をし、牛の化け物はテラスから消えた。



　「許さない！…………母上が以前に探した黄金の腕輪……そして今度は白銀の腕輪。また、魔王が復活するのか？……アリィ……行こう、母上達がそうしたように、今度は僕たちが白銀の腕輪を探しあてるんだ。……あの子達が命を落とすなんてこと絶対にあってはいけないんだ！そうすることは僕たちの義務なんじゃないのかな。」

　熱弁するクライスの横で、ポポロはくすくす笑った。（あのなあ、クライス、アリシア）そう言って種明かしをするのは簡単だったが、ポポロは急に顔を引き締めた。

　「……なんだかよくわからないが……白銀の腕輪を探すつもりなのかい？」

　頷くクライス。兄が頷くのを見、『私たちにそれができるのなら』と小さく、しかし決然と言うアリシア。

　「………世の中が乱れるときに魔力を持った腕輪が現れる……それがまさにあの洞窟だという。南の洞窟への道を俺は知っているよ。あそこにはもう強い魔物はいないはずだ。しかし、魔物がいるには違いない。それから、心に疚しいものがある人間には決して宝を見つけられないと聞いたことがある。それでもいくかい？」

　頷く子供たちを前に、ポポロは言う。

　「俺が二人を南の洞窟へ連れて行きます。メイシアさん、そしてサライさん、お二人はあの牛の化け物を追って下さい。あんな大きな化け物は俺の手には余ります。」

　サライが何かいいたそうにしたが、メイシアが制止した。……彼女はクライスに見えないところで少し笑った。

　「わかりました……くれぐれも二人を宜しくお願いします。」

　ポポロは移動に使っているという小さな荷車をつけた馬を教会の裏庭からひいてきた。

　「さあ、二人とも荷車に乗って！いいかい、しっかりつかまっているんだぞ！」

　ポポロのシャツの胸ポケットからちびモグラがぴょこんと頭を出してふあーっとあくびをする。そして、自分の置かれた状況に気づくと、黒いビーズのような瞳を光らせてポポロの頭の上に陣取る。このモグラも冒険が大好きなのだ。

　馬は走る、走る！明け方には三人とちびモグラは洞窟の入り口へとたどり着いていた。ポポロはランタンを二つ用意すると一方は自分の腰にぶら下げ、もう一つをアリシアに渡した。

　「さっき話したとおり、ここには強い魔物はもういない。しかし、蝙蝠の魔物くらいは巣食っている。注意してくれ。見つけたら俺に知らせること。俺が先に行く。アリシアちゃんは真ん中。クライス君はしんがりを守ってくれ。

　こけむした階段を一歩一歩下っていく。ポポロは何か大きな飾りがついた杖をトントンとついて足元を確認し、クライスは皮袋の中から鉄の爪を取り出して左手に装着する。

　「うわー、涼しい。氷室とおんなじだ。」

　はしゃぐクライスと違い、アリシアは身を硬くしている。

　「え？どうしたのアリィ。」

　「……私……暗いのも、狭いのも……苦手で……」

　ポポロが気づいてしっかりとアリシアの手を握る。それだけで王女は随分と落ち着いた。ポポロは手元の手帳らしきものを見ている。

　「これは世界中のダンジョンの地図さ。父さんや、父さんと一緒に旅をした人から聞いたり、自分で冒険して書いたり……うん、次の角を左に曲がって……」

　角を曲がってアリシアがランタンを掲げると、いきなり後ろから大コウモリが三羽飛び掛ってきた。

　「アリィ、下がって！」

　あっという間にクライスがとび蹴りし、鉄の爪で叩き落し、コウモリはあっさりと動かなくなった。

　「ポポロさん！前！」

　見れば、大コウモリが四羽も前方から滑空してくる。と、ポポロは少しも慌てず、杖にしていた奇妙な代物を上に掲げた。

　「ええい！」

　すると、不思議なことに、辺りが光に満ち、それが収まるとコウモリはいなくなっていた。

　「これは、正義のソロバンといってね。弱い魔物だったら追い払うことができるんだ。いきなり襲い掛かってこられたら無理だけれど、それ以外は俺に任せて。いきなり後ろから来た奴以外は俺が追い払える。」

　三人は先に進む。更に下の階に下りると、パリ、と音がして何かがアリシアの足元で砕けた。おそるおそるランタンで照らすとそこに見えたのは……

　（骨……！）

　手で口を押さえ、衝撃で声を上げそうになるのを抑える。そこに見えたのは夥しい骨……魔物のものもあったが、あきらかな人骨もあった。そこに、前方大コウモリがまたやってきた。

　「俺に任せて！」

　クライスがさっとポポロの前に出る。この大コウモリはほんとうに弱い相手だった。しかし、それなりに素早く、何羽も相手にすれば、修行にはなりそうだった。鉄の爪が最初の一羽を打ち据え……しかし、すぐにポポロが『正義のソロバン』を掲げたため、消え去った。そして、ゴチン、とポポロに頭の上にゲンコツが落ちた。クライスは頭を押さえる。

　「何するのさ！ポポロさん。」

　すると、ポポロは今までのにこやかな表情ではなくなっていた。

　「クライス君。俺は言ったはずだよ。この『正義のソロバン』は弱い魔物なら追い払うことができるって。……君はそこに落ちている大コウモリを殺す必要なんてなかったはずなんだ。……この床を埋め尽くしている骨は、昔黄金の腕輪を求めてやってきた冒険者のものだというよ。凶暴な魔物と戦って命を落とした人もいるだろう。でもね、ここには、死ぬ必要のなかった人間の、そして魔物の骨も随分たくさんあると俺は思っているよ。今、君はそれに、一羽の大コウモリを付け加えたんだ。あのコウモリは死ぬ必要なんてなかったんだ。……そのことを忘れないで欲しい。それからね、俺たちの目的は、あの牛の化け物に連れ去られた二人を助けるために白銀の腕輪を手に入れることだ。魔物をやっつけることじゃない。先を急ぐ為にも、魔物とはなるべく戦わず、俺に任せて欲しい。……クライス、君の武闘は、この旅は…………魔物を殺すことが目的なのじゃないんだろう？」

　と、ポポロの頭からちびモグラが駆け下りて、棒立ちになるクライスの足からよじ登って肩に乗ると心配そうに柔らかな毛皮を頬にすりつけた。それからキイキイとポポロに不満を訴えるように啼いた。

　「ああ、ちび、俺はクライスを苛めているわけじゃない。うーん、苛めたことになるのかな？」

　クライスはちびモグラが鉄の爪にひっかからないよう注意して両手で抱き、ポポロの肩に乗せた。

　「………ううん。ポポロさんの言うことは、全然間違ってない。……先を急ごう。腕輪を持って、早く帰らなけりゃ。」

　ポポロは笑って頷いた。

　最奥の部屋についたとき、そこに見たのは光のカーテンに包まれた何も載っていない白く輝く大理石の台座だった。

　「空っぽ……？」

　アリシアが駆け寄る。

　「どうしましょう。白銀の腕輪がここにないとすると、いったいどこに？」

　すると、ポポロが声を上げて笑った。

　「「何がおかしいんですか？」」

　ポポロは二人を光のカーテンの中に手をひいて入った。そこは清浄な空気で満ちていて春の陽だまりのような気持ちのいい暖かさだった。

　「二人とも、黙っていて悪かった。……宿屋のテラスで起きたことは、全部お芝居なんだ。あの牛の頭は張りぼてでね、中には人間が入っていた。あれはね、村の中に隠された『白銀の腕輪』を探すイベントの始まりなんだ。あのあと、広場に在り処を示すヒントが張り出される。今は村中が宝探しを楽しむ人でごったがえしているころじゃないかな。…………クライス王子様、アリシア王女様、私は、お二人を見守り、助力するようにご両親に頼まれたんです。正確に言えば、エンドールに住んでいる私の父の所に、アリーナ女王様からの手紙を携えた鷹がやってきて。……見守るだけではなくお二人、特にクライス様に、冒険をすること、魔物と戦うことについての心構えができているかどうかを見極めて欲しいと。」

　クライスはがくりとうな垂れる。

　「そうだったんですか。……僕はまだまだだってことだね。目的を忘れて、魔物と戦おうとしてポポロさんに注意されてしまった。」

　すると、意外にもポポロは首を振った。

　「いーや、合格合格。」

　目を丸くするクライスの背をパンパンと叩く。

　「いろいろなことがわからないのは、若いうちは当たり前だって。問題は、自分が間違っている時に、それを認められるか、それを指摘されたとき、謙虚にそれを聞くことができるかって、こと。…………ま、正直、あぶなっかしかったけれどね。で、どうかな。……ここにはもうやることは何一つ残っていないかな。どう思う？」

　考え込むクライスの横で、アリシアが膝をついた。

　「……私……さっきの大きなコウモリさんのためにお祈りします。」

　アリシアの真似をして、ちびモグラが体の前で手を組んだ。クライスも手を組み……ポポロは頭を掻きながら二人と一匹に倣って床に膝をつき、祈りをささげた。アリシアの祈る声が聞こえる。

　「……神様、自らの命と同じように他者の命を尊ぶことができますように……奪わなくてもよかった命を奪ってしまったことをお詫びいたします……」

　深く深く頭を下げるクライスにポポロは呼びかける。

　「その気持ちを忘れないで。……君たちはこれから先、魔物と戦うことがあるかもしれない。自分や仲間の命を守るためには命を奪うことが必要になるかもしれない。それが必要であっても……その気持ちは忘れないで」



　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊



　三人が午後にフレノールの村に戻ると、町の入り口でサライとメイシアが出迎え、三人を労った。サライの手には白銀の腕輪が……。クライスが尋ねると、広場にヒントが張り出され、人々が総出で謎解きをしたが、一向に正解者が出ず今年はもうこれまでか、と思われた頃、クライスたちを待つ暇つぶしに、とサライが挑戦したところ、十分も経たない内に腕輪の在り処を割り出したのだという。メイシアがサライの考えに合う場所を探し出し、祠の中に隠されていた腕輪を見つけた。賞品として貰った腕輪は、フレノールの広場に咲き乱れるサクラソウがモチーフになった美しい腕輪だった。二人は相談して決めていたらしく、その腕輪をアリシアに贈った。

　「ああ、そんじゃ、俺も。ええっと、どこにいったかな。うん、これ、これ。」

　と、ポポロは商品を詰めた袋から、サクラソウのブローチを取り出し、アリシアのマントの肩口につけた。

　「去年この町に立ち寄ったときに手に入れたサクラソウに特別な液をしみこませて作ったブローチさ。見た目は華奢だが硬くなっていて丈夫だからね……頑張り屋さんで優しいアリシアに。それとこっちは真面目で頼れるメイシアお嬢さんに。それから……」

　二つ目のブローチをメイシアの手に、三つ目のブローチは箱に入れてアリシアの手に載せる。

　「三つ目は、『三人目のシア』に会えたら渡して。」

　三人目の『シア』。その人とは一度も会っていないけれど、両親から聞いて知っていた。アレクおじさんとシンシアおばさんの娘。メイシア、アリシア、そしてリーシア……三人がいつか出会って友達になるといいね、とそれぞれの両親は言っていた。それをポポロも知っているのだろう。二人のシアが礼を言うと、ポポロは照れたように頭を掻いた。

　「メイシアお嬢さん、二人とも全然眠っていないから、教会で一眠りさせてあげてください。さあって！そんじゃ、俺はお客さんたちが少なくなる前にもうひと稼ぎしますか！寝不足になんて負けてちゃ商人なんてやってられないですから！また夜に会いましょう。あ、サライさん、昨日の夜の“魔法のアイテム”についての話の続き、今日もやりましょうよ！」

　「ええ、こちらこそお願いします!!」

　サライががっちりポポロの手を握る。………………さぞマニアックな話題で盛り上がるに違いない。

　「さ、行くぞ、相棒、出陣だ！！」

　さっきまで籠の中で眠っていたちびモグラがひょっこり顔を出してポポロの頭によじ登る。

　「さーあ！お立会い、お立会い！商売を始めるよ！よっといで、よっといで！」

　歌うようなポポロの楽しげな口上に子供たちが寄ってくる。

　「薬草に毒消し草、鍋の蓋からマシュマロまで〜！さーて、よっといで、よっといで！」


　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　一同はもう一晩教会で休んだ後、ポポロと別れてフレノールを後にした。エンドールのある大陸へと旅人を誘う旅の扉はもうすぐそこだ。
ちびモグラ＆ポポロ兄さん登場のお話。どうにもこの連載は書いていて胃が痛くなる系の話が多いのですが、今回ばかりは大いに楽しませていただきました。トルネコさん一家には血なまぐさい話や悲しい話は似合わないです!!尚、今回彼が連れている「ちびモグラ」はトルネコさんが連れていた「元祖・ちびモグラ」のJr.にあたります。元祖はお嫁さんを貰ったわけですが、ポポロ君は「一人前の商人になるまでは！」とぎゅっと握りこぶしをつくって、大好きな女の子に告白もせずに修行中。意中の彼女から「もうそんなこといいのに!!」なんて思われていても鈍感で、自分が好かれていることすら気づいていないと宜しいです。（おやおや、途中からあとがきではなくなってしまいました）

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