| 3 殺戮の村テンペ(後編) |
「いやだぁ〜！ペトロを探しに行くんだぁ〜！放してよぉ〜！放してってば〜!!」 パブロはわあわあと泣き叫び、手足をじたばたと動かし、ぎゅっと後ろから抱きとめているサライの腕から逃れようとした。 ペトロが逃げ、戻ってくる気配もなく、クライスとアリシアは途方に暮れてパブロを連れて村の中に入り、そこでメイシアたちと合流した。大人二人はパブロを落ち着かせようと宥めたが、パブロは声が涸れるまで泣き喚いた。なきじゃくる見知らぬ子供の存在に、祭りの準備をしていた村人はわらわらと集まってきた。ペトロを傷つけた村人は、多少は責任を感じたのか、一緒についてきていた。彼から事情を聞いた村人の一人が、パブロの傍にしゃがみ、優しく話しかけた。 「坊や。泣くのはおやめ。……その暴れ狛犬はまだ小さかったから犬のように見えたのだろうけれど、あの魔物は大きくなったら人間を襲って食べてしまう恐ろしい生き物なんだよ。今まで坊やが無事でいたのが不思議なくらいだ。……おじさんの奥さんはね、何年も前に生贄にされそうになったんだよ。その時の悪い魔物が連れていたのも暴れ狛犬だった。……おじさんの奥さんは、アリーナ女王様が助けてくださったのだけれど、そのときまだ王女様だったアリーナ様は肩にそりゃあ酷い傷を受けて……坊や、魔物は酷いことをする悪い生き物なんだ。……犬を飼わないかい？おじさんの家にはひと月前に生まれた子犬がいてそりゃあ可愛いんだ。よかったら一匹…」 すると、泣きじゃくっていたパブロは、ぎっ、と村人を睨んだ。 「ペトロの代わりなんて要らない！僕はペトロを見つけに行くんだ！ペトロは怪我してるんだ！ペトロを……ペトロを見つけて……怪我したとこ、綺麗な水で洗って……包帯巻いて……」 そのあと、またわあわあと泣き出すパブロをサライは今度は前から包むように抱きしめた。メイシアはぐるりと辺りを見る。村人は心配そうな顔をしている者もいるが、楽しい祭りの準備に水を差され、不機嫌な様子の者が多い。メイシアは三歩ほど前に出ると、きっちりとした騎士の礼をし、張りのある声で告げた。 「ご迷惑をおかけしました。……この子のことは私達が責任を持ち、皆さんにこれ以上お手数を取らせぬようにします。」 村人達は散会した。すれ違うときに、メイシアに労いの言葉をかけてくれる者が多かったが、暴れ狛犬を連れ歩くなんて何て非常識な餓鬼だ。という聞こえよがしな大声も耳に入り、彼女は表情は変えずに、ただ唇を噛んだ。 一行の周りで華やかな祭りの準備が次々と進められていく。大鍋で煮られるスープ。机に山に盛られた砂糖をまぶした揚げパン。……そして、一番皆から見えやすいところに飾られている、……魔物の死骸。 「……さあ、パブロのお父さんの薬はもう手に入りました。行きましょう。」 先頭に立って歩き出すメイシアの背に、クライスの大声がかかる。 「うん！さあ、行こう！ペトロを探しに！レッツゴー！」 かくん、と前のめりに倒れそうになるのを堪え、女性騎士は振り向く。 「だーっ！なんでそうなるんですか。」 ハラハラしている双子の妹の隣でクライスはきょとんとしている。 「え？どうしてそうならないのさ。あたりまえじゃない。」 メイシアは綺麗なサラサラした金髪をぐしゃっと革手袋を嵌めた手で掻き乱した。そして、魔物の死骸が下げられている血塗られた大きな板を指差した。 「どこが当たり前です!?クライスも見てわかっているでしょう？今この村では魔物を狩る祭りをしているんです。そういう中で暴れ狛犬の子供を探しに行くのがどうしてあたりまえなんですか!?」 ますますクライスはきょとんとしている。 「…………メイシアの言う事、意味わからないよ。ヘンなの。メイシアはいつだって正しいことを言うのに。……危険なことはわかってるよ。でも、大切な友達が居なくなったら探しに行くのが当たり前じゃない？……おっかしいな、メイシアはさ、僕が『ペトロを探さずに帰る』って言ったらすっごく怒ると思ってたのに。」 メイシアはまた自分の髪を掻き乱した。……しかし、さっきとは意味が違う。そう、自分は実に自分らしくないことをした。彼女の隣でアリシアがじっと見つめ、『今回はメイ姉さまの負けです』と微笑んだ。サライはゆっくり歌うようにパブロに話し掛け、大人の男にしては細い指でゆっくり何度も何度もその小さな背を撫でており、パブロは時々しゃくりあげまだ泣き続けている。メイシアはこれから言うことを頭の中で一度纏めた。……うん、クライスの言うことは今回は正しい……きっと、正しい。 「わかりました。……ただし、あなただけが一人暴走するのは却下です。……ペトロがいくら慣れていたとしても、人間に傷を負わされています。恐れや怒りで私達を襲わないとも限りません。……しかし……私達皆が一緒に居れば、危険はないと思います。アリシアは“不可視の盾”と“惑わしの霧”の呪文を唱えられます。ペトロが飛び掛ってきても、私達は傷を負うことはまずありません。万に一つ、危ないと感じても、私が峰打ちで昏倒させられますし、そうこうしているうちに、サライ殿の眠りの呪文が完成するでしょう。……」 「うん。そうか、……アリシアが守りを固めて、メイが峰打ちして、サライが眠らせて……あれ？僕は何をするんだ？」 「…………勝手に動かれると面倒ですから突っ立っているか、囮にでもなっていて下さい。」 なんだよう、とクライスが不満げに声をあげるが、メイシアは聞いちゃあいない。 「……メイシア、この子はどうしますか。」 サライに問われ、アリシアは頷いた。 「……村の誰かに預かっていただいたとしても、きっと抜け出してしまうでしょう。……私達と一緒に居た方が安全です……あ、そうだ。クライスはパブロの手をしっかり握って放さないこと。それが貴方の役目です。」 おう、そんじゃ、パブロ、よろしく、ペトロをぜったいに早く見つけような！とクライスは陽気に声をかける。パブロは小さく頷いて、ぎゅっと手を握り返した。 村人に頼んで馬を宿屋に繋ぎ、早めの昼食をとってから一行は村の入り口に向かった。 と、その時、悲鳴が村はずれ…………北の方から聞こえた。 「魔物……魔物の大群が！！」 村人の中に動揺が走る。村長の指示が飛び、戦い手以外は家に入って戸に閂を閉め、若い男達は手に手に武器を携えて走る。 「どんな魔物が?!」 「バッタの魔物にスライムに土わらし……他にも居たが、そんなに凶暴な奴はいない。ただ、数が……数が多すぎる！！」 男達の様子を見てメイシアは首を振る。彼らは彼らなりに鍛錬をし、魔物を狩る技術を磨いてはきたのだろうが、騎士としての鍛錬を受けたメイシアから見れば、装備も、武器の構え方も素人に毛が生えた程度のものだった。……弱い魔物といっても、大群ならば、大怪我をするものも出るだろう。 「弱いけれど数が多い……サライ。あなたにどうにかできますか？」 「……おそらくは！」 メイシアは凛とした声で叫ぶ。 「魔物は私達に任せ、あなたがたは他の入り口の防備を固めて下さい。」 「なんだぁ？お嬢さんこそ、どこかに早く隠れろ！」 「そうそう、俺達の邪魔をするな！」 メイシアはだっと走り、魔物の死骸を打ち付けた板の横に立つと、気合一閃、板を剣で叩き切って見せた。その剣技の迫力に男達は押し黙る。 「あなた方は他の入り口へ！」 その間にサライは近くに居た人の良さそうな年配の婦人にパブロを託した。パブロは何か恐ろしいことが起こっているのを敏感に感じ取り、駄々をこねずに、ただぶるぶると震えている。 「クライス、アリシア、さあ……行きますよ！」 おう！と嬉しそうに答えるクライスの横でアリシアは不安げに小声で尋ねる。 「メイ姉さま。私にもできることが？」 「……だから一緒に来ていただくんです。……クライスが調子に乗りすぎたらいつもどおりに杖で叩いてやって下さい。」 「ええ！」 四人は村の北の門へ向かって走る。確かそこには昔若い娘を生贄に捧げていた際に使われていた石舞台があったはずだ……そこでアリーナ達は蛙が変化(へんげ)した邪悪な魔物と戦ったのだ。 門を出ると、魔物が向こうから押し寄せてくるのが見えた。……村人の言葉通り、弱い魔物ばかり……そして、メイシアの目には魔物たちは村に攻め込みに来たのではなく何やら逃げ惑っているように見えた。スライムは無駄にあちこち走り回り、ネズミの魔物は大きな耳を広げて滑空する。バッタの魔物はキシキシと音を立てつつジャンプし……どちらにしても、門から先には一歩も足を踏み入れさせない。こんな密度の魔物が村に入れば、幾ら弱い魔物でも死者が出ないわけがない。 「私が先陣を切ります。アリシア、援護を。そしてサライは攻撃魔法を！」 息をきらせて走ってきたサライはメイシアに従わず、彼女の前に出た。 「サライ!?魔法使いが最前線に出ちゃ駄目だよ！ここはメイシアと僕に任せて……」 クライスが制するがサライは困ったように首を振る。 「いや、いや、それでは危険ですから。」 「危険なのはサライのほうだろッ！」 サライはますます困ったように首を振る。魔物の群れは近づいてくるが、慌てた風はない。 「…………すみません、私、修行が足りなくて広範囲魔法を使うときに、どうにも火力がコントロールできないもので……クライス、頼むから下がっていて下さい。メイシアも。」 そして深呼吸して印を結ぶ。 「大気に満ち、変転を司る火の元素よ。来たれ、集え……そして命ずる……離散せよ！」 前方に突き出されるサライの腕の動きに合わせ、空気がピリピリと震え、辺りを熱と爆風が襲う。メイシアが目の上に手を翳し、双子は互いに互いを支え……爆発が収まるとそこには魔物たちだったものが死屍累々と…… 「……凄い……これがイオナズンの呪文……でしょうか？」 アリシアの小さな呟きをサライの耳が拾う。 「え？今のはイオ、です。」 イオ？最も威力の小さな爆発魔法？……そんな……今のがイオなら上位魔法のイオラやイオナズンはどれほどの力を持つのだろう。 「サライ、アリシア……気をつけて。少数ですが、生き残った魔物が来ます。」 クライスは既に走り出し、一匹の魔物の急所を足で蹴って昏倒させると共に、別の魔物を鉄の爪で屠った。アリシアは慌てて“不可視の盾”の呪文を前衛の二人にかける。さらいは小さな火球呪文を唱えて確実に一匹ずつ仕留めていく。……勝ち目はないと見たか、魔物たちはもと来た場所……北方の森の中へと逃げ帰っていった。一行は深追いはしなかった。もとより、村に被害が及ばなければ積極的に魔物を狩るつもりはない。と、門から村人が走りこんでくるのが見えた。 「助けてくれ！村に魔物が！暴れ狛犬の群れが！」 「……！」 メイシアは舌打ちをした。そうだ……先程のさして強くない魔物たちの群れは何かに追い立てられて来たようだった。それは誰か。木っ端魔物達よりずっと強く、頭もよく、群れを作って生活し、狩りもする魔物……それが暴れ狛犬だ。……彼らは魔物たちを北のこの場所に誘導し、己らは手薄になっている他の門から村への侵入を試みたのだろう。 「行きましょう。」 ……サライとクライスに声をかけてからメイシアはアリシアに優しく言う。 「……先程は、確実にアリシアを守れると思いましたから共に来てもらいましたが、今度は約束ができません。……あなたはどこか安全な場所に……」 するとアリシアは少し震えながらもしっかり背をのばして言った。 「私がいなかったら、姉さまたちが怪我したときに誰が傷を治すんですか！私、お父様から、僧侶は治療というわざを手に後方で命を守る戦いをするのだと教えていただきました。私、絶対にメイ姉さまと一緒に行きます！行かなかったら一章後悔しますから！」 いいでしょう、とアリシアは言い、ぶん、と細身の剣を振る。 四人が村に戻ると、武器を手にした男達が数頭の暴れ狛犬と対峙していた。彼らは明らかに怯えている。祭りの為に自ら森の奥へへ分け入って無慈悲に狩ってきた弱い魔物たちとは格が違う。暴れ狛犬は彼らを取り巻き、攻撃の間合いをはかっている。……彼らにとっては人間こそが敵。平和に暮らしてきた森に踏み入ってきた侵入者。……仕掛けた罠にかかった仲間もいたのかもしれない。…………魔物が理由もなく人里に集団で攻め込むことなどないとメイシアは将軍である父から何度も教えられてきた。……しかし、何が裏にあろうと、攻め込まれれば撃退する以外にはない。彼女は剣を構える…… 「サライ。あなたが広範囲魔法の火力を制御できないのなら、村の中で使うのはやめてください。各個撃破で願います。」 「言われるまでもありません。」 後方で杖を構えるサライは早速詠唱を始める。 「兄さま！無理しないで！」 「それこそ無理！無理を恐れてたら何もできないだろッ！」 「もう、兄様の馬鹿！」 クライスはわーっと叫び声をあげた。村人を取り囲んでいた暴れ狛犬の注意が反れ、一斉にクライスへと魔物が殺到する。 「だーっ！それは無茶ではなく無謀です！」 メイシアが加勢に入り、飛び掛ってきた暴れ狛犬のわき腹に切りつける。傷を負った魔物はいきりたった。そこに火球があたりどう、と魔物は倒れ、クライスが眉間に鉄の爪の一閃をお見舞いして一匹目は動かなくなった。戦いはメイシア達に有利に進んだ。過去、アリーナ達が戦ったとき、暴れ狛犬はヒトの言葉を喋ったという。……知能を初めとした能力をを強化された特別な魔物だったに相違ない。今、目の前に居る魔犬たちは、群れとしての動きこそ見事だが、そこまでの脅威は感じない。メイシアは騎士として、もっと手ごわい魔物に立ち向かったこともある。そして、サライの魔法は非常に強力だった。むしろ目の前を無鉄砲にすばしこく駆け抜けるクライスの動きにいらいらさせられるくらいで、メイシアは冷静に一匹、また一匹と確実にトドメをさしていく。アリシアだけはガタガタと震えていた。……無理もない。アリシアは神聖魔法を戦いを目的として学んだのではなかったのだから。しかし、サライが彼女の一歩前に出てくれたおかげで、震えを抑えることができた。……戦況を見、惑わしの霧を流し、突出する兄に不可視の盾の魔法をかけて守りを固め…… 最後の一匹を倒したとき、メイシアは大きく息をついた。 「メイ姉さま！口元に血が！」 アリシアが心配そうにかけよる。 「大丈夫です。これは戦いの最中に自分で噛んで傷つけてしまったもの。……怪我がなくてなによりです。……」 サライは座り込み、さすがのクライスも地面に大の字に伸びている。 「私はいいですから、クライスの傷を治してやってください。……小さいですが傷だらけですから。大丈夫ですよ。技をかけそこなって自分から地面に激突したとかそういうのばっかりみたいです。」 実際、その通りだったクライスは頭を掻く。アリシアはそれでも心配そうに治癒魔法を唱えた。……小さな口げんかはしょっちゅうだが、クライスのことを半身のように思ってる……それをメイシアはよく判っていた。 「さあ、村の人たちのところに行きましょうか……」 すると、近くの家の戸が開いて、先程暴れ狛犬に取り囲まれていた一人の男が走り出してきた。 「た、た、大変なんだ。暴れ狛犬が……」 「……落ち着いて下さい。ご覧のようにもう生きている魔物はいません。」 「違う……！あんたらの連れてた子供が……暴れ狛犬が村にやってきたと知って、……友達を探すんだとかなんとか喚きながら家から出て……南の方に走っていったんだ。俺達はおっかけたんだが、途中で取り巻かれて……」 「！」 メイシアは走った。クライスも、サライも、アリシアも……。 助けなくてはならない。なんとしても！何がなんでも！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 家の中に居たパブロは沢山の暴れ狛犬の吼える声がしたとき、耳を疑った。 (ペトロだ！ペトロがいる！) たくさんの吼える声の中で、それはどちらかというと小さな声だったが、パブロにはそれがペトロの声だとはっきりわかった。 パブロは裏口から外に出ると駆け出した。 「ペトロ！どこ？どこなの？」 しかし、それをききつけたのは別の暴れ狛犬だった。パブロは逃げた。家からパブロの逃走に気づいた大人たちが出てきて、魔物の注意が一瞬逸れたが、少しして三匹の暴れ狛犬がパブロの逃げた方へと走っていった。パブロが逃げたのは、クライス達と一緒にいた雑木林だった。その雑木林で一番大きな木にはうろがあり、パブロくらい小さな子供ならば中に入ることができた。息をきらせて中に潜り込むとすぐに魔物はおいついてきた。穴の前で凶暴に吼え、うろの穴から前足を突っ込んでパブロを引きずり出そうとする。魔物の前足はそれほど長くない。それでも、鋭い爪はパブロの鼻先を掠めて赤い細い引っかき傷を作った。 「いやだあああああ、怖いよぉ！怖いよぉ！」 パブロは体を反転させてうろの穴に背を向けた。服に時折爪がかかる感触がする。その度にパブロは悲鳴をあげる。と、聞きなれた声がした。……ペトロの声。でもそれは「ワンワン」とういういつもの楽しげな声ではなく、凄まじい地鳴りのような唸り声だった。他の暴れ狛犬に混ざっているが、少し高い声。 (ああ、やっぱりペトロも怖い魔物だったんだ。村の人のいう通りだったんだ。……あんなに仲良くしていたのに、こうして僕を食べようとしてる。やっぱり魔物は魔物だったんだ！……ペトロの馬鹿！僕はペトロのこと大好きだったのに！……ペトロのことを探そうなんてするんじゃなかった！ペトロは僕のことなんてもう忘れてしまっていたのに！) うなり声と吼える声はしばらく続いた……が、何か、悲鳴のような鳴き声が混ざりだし……やがて外は静かになった。 「パブロー！どこだー！」 「返事をして、パブロ君！」 クライス達の声がした。 「お兄ちゃん……！？ ……」 助かった、という安堵でパブロの目から滝のように涙が溢れ出す。ああ、皆が僕を助けに来てくれたんだ。よかった……皆が魔物をやっつけてくれたんだ。 体を反転させ、うろの穴に向き合う……が、そこには差し込んでくるはずの日の光は見えなかった。何かで穴は塞がれている。パブロはうん、と靴の底で穴を塞いでいるものを蹴ってどかした。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん……！」 外に出たパブロはメイシアたちを見つけ笑顔になり……そして地面を見て表情を凍りつかせた。 穴を塞いでいたもの……それはペトロだった…………傷つき、血に塗れ何本も爪が剥がれ…………その周りには二匹の暴れ狛犬の死骸……まだ小さな子犬のペトロは、懸命に戦ってうろの中に居た大切な友達を守りきったのだった。 「うわあああああああああああああああああ！」 パブロは叫んだ。 「全部僕のせいだ。僕のせいだ。僕が、僕のせいでペトロは死んじゃったんだ。僕が……僕が、ペトロを飼ったりしなけりゃよかったんだ。…………赤ん坊のとき、ペトロを助けなけりゃ良かったんだ！うわああああああああああああああ！」 アリシアは棒立ちになり……メイシアはかける言葉を捜したが声に出せず、サライは首を振り……クライスは……クライスはつかつかっと走りよってパブロの頭をぽかっと一つ殴った。 「何を言ってんだ。……ペトロは友達だったんだろ！ペトロと一緒でとっても楽しかったんだろ！ペトロが大好きだったんだろ！…………大切なこと、たくさんあったのに、それが駄目だった、いけなかったなんて丸ごと思ったりするんじゃないッ！」 そうしてパブロを抱きしめた。 と、サライが長身を折ってペトロの首筋に指をあてた。 「……この子はまだ息があります。アリシア！」 アリシアがしゃがみ、白い手が血に濡れるのも構わずペトロの喉にできた深い傷に手をあてて治癒の呪文を唱える。メイシアが手ぬぐいでわき腹の傷を抑える。 「……傷が塞がっても、それだけでは……。ひとまず村に運びましょう。」 村人たちの反応は冷淡だった。サライがローブにくるんで抱えたペトロを村に入れるのを拒んだのだ。 「……さっきの襲撃で、豚と、鶏が随分殺された。……あんたらはそんな魔物を村に入れようというのか？」 「おじさんたち、こいつは特別だよ！ペトロは他の暴れ狛犬からパブロを守って怪我をしたんだ。どうしてわかってくれないんだよ！」 「……確かに今日は人間を守ったかもしれない。しかし、いつかはきっと人間を襲う。魔物を生かしておくわけにはいかない。……今のうちにトドメをさしてやるのが、その男の子にとって一番いいことなんじゃ」 長老が呟く言葉は重かった。メイシアは目を瞑り、頷いた。 いきましょう、と皆に言おうとしたとき、低い朗々とした声が響いた。 「その暴れ狛犬を教会に運びなさい。」 神父が杖をつき、やってきていた。 「神父さん、何をいいなさるね。」 村人達が不満げにざわつく中、神父はたじろがなかった。 「昔、自分達の身を守るためにと、魔物の命じるままに若い娘を生贄に捧げ続けてきた我々に、そして今、村に何の害も及ぼさず森の奥で生きてきた魔物を無慈悲に狩って来た我々に、その旅の方々に何が言える資格はない！…………彼らは村を救ってくれたのだ。それを私達は仇で返すのか？さあ、運び込みなさい……湯がいりますね。……誰か手伝ってくれる者は？」 村人は静まり返っている。 「誰か、手伝ってくれる者は！？」 …………が、やはり村人はピクとも動かなかった。 「パブロ？皆さん？一体何が……」 静寂を破ったのは心配して村までやってきたパブロの父親の声だった。パブロは父親に泣いてしがみ付き……一緒に教会へと歩いていった。 神父とアリシアの看病でペトロは命をとりとめた。まだ動くことはできなかったが次の日の朝には、あたためたミルクをしみ込ませた布を口元に近づけるとちゅうちゅう吸うことができるようになっていた。 メイシア達は、パブロたちを神父に託し、教会を後にした。馬の手綱をひいて村の門についたとき、俯くアリシアの額をクライスは心配げにちょんと人差し指で軽くつついた。 「どうしたの、アリィ。ペトロは助かったんだ。どうして悲しそうなんだ。」 「だって……」 「……いつかさ、これからちょっとかかっちゃうかもしれないけど、テンペに僕らが寄ることになったとするだろ？するとさ、村の入り口にペトロが座っていてワン、って挨拶してくれるんだ。悪い奴や悪い魔物がきたら吼えて村の人に知らせてくれるから、村の人は大助かりでペトロのことが大好きになってるんだ。そして、パブロとお父さんは村に住むようになって、みんな幸せになってるんだよ！」 「そんなことが起こる訳ないじゃない！」 アリシアは泣き出しそうだった。 するとクライスは不思議そうな顔をする。 「アリィはなんで、起こるわけない、なんて決め付けるのさ。……起こるかもしれないじゃないか。……いや、そういうことは起きるのを待つんじゃなくて起こすのさ！……パブロは暴れ狛犬のペトロと友達になった。……それができたんだから、きっと大丈夫さ！」 アリシアは兄が楽観的すぎると感じた。人の心はそんなに単純でもなければ、世の中は善意だけでできているわけでもない……しかし今の彼女にはその、兄の能天気とも思える考え方が、太陽のように眩しく感じられた。 「ええ、そうね……そう信じなくてはいけないのよね。兄さま。」 「勿論！さあ！僕達は先に進まなきゃ！出発〜ッ！」 さっと馬に跨ったクライスの前にメイシアが跨り、サライはアリシアを抱き上げて騎乗する。双子のやり取りを静かに聴いていた。大人二人は、微笑みを交し合い、馬の首をフレノールに向けた。 |
後編です。テンペの人々を必要以上に悪く描いてしまいましたが、物語の進行上必要だった、ということでご了承下さい。今後、この村がクライスの思うとおりになる可能性は非常に低いですが、不可能ではなさそうです。ペトロは今もパブロの友達ですから、村人が考え方をかえるだけでよいのですから。……それが一番難しいことではありますが。
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