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７ 助けはいずかたより…
「うわぁぁぁ！」 ダニロが一匹のメタルスライムに追われて調理場に面した庭を逃げ惑った。 「ダニロ！こっちよ!!」 同僚たちと共に、賄い場の入り口に陣取ったミランダが叫ぶ。ダニロが全速力でかけてきて母親にかじりつくと同時に凛とした声が聞こえた。 「邪悪な魔物よ！光の彼方に失せなさい！」 メタルスライムに向かってネネが不思議な形の武器を突き出すと、魔物は瞬時にその場から消え去った。ダニロが目をみはり、ポポロに言う。 「お前のおかあちゃん、すげえな！あの武器、なんていうんだ？」 「うん。ママはとっても勇敢なんだ！あれはパパが持っていた“正義のそろばん”っていうんだ。パパが使い込んでレベルは＋９９になっているんだよ！」 へえ〜、とダニロが感心する間もなく、別のスライムが数匹突進してきた。人々の間に緊張が走った。ネネもすかさず正義のそろばんを掲げようとしたが・・・・・突進してきたスライムたちは、突然陥没した地面に落ちた。少し離れたところから、ちびモグラがぽこっと顔を出し、キイキイと嬉しそうな声をあげた。大人たちはすかさず、麺棒や火掻き棒や鍋で魔物を殴りつけた。さしもの回避力の高いメタルスライムも、タコ殴りにされ、急所を叩かれて退治されてしまった。 「みなさん！大丈夫ですか！」 「パパ！」 ポポロが父親を見つけて声をあげた。 トルネコは手にしていた奇跡の剣を鞘に収めてポポロを抱き上げた。 「あなた。他の方々は？」 「うん。“黒き穴”に現れ続けている魔物の対応に必死で、城内の様子ははっきりとわからない状態なんだよ。だから私が城内を回っているのだけれどね。ネネ、私は他の場所の様子を見てくるよ。ここで頑張っていておくれ。」 「ええ、・・・・あなた、無理はしないでね。」 “無理はしないで”、それが今はそれこそ無理な注文であることをネネは承知していたが、夫にそう言わずにはいられなかった。トルネコはネネの額にキスした。それから、ふところからビンを取り出して、皆に呼びかけた。 「これは聖水です。短い間ですが、魔物を遠ざけることができるはずです。もしものときには使ってください。・・・・それではちょっと行ってきますよ。またお会いしましょう！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「だーッ！うざいうざいうざいうざいうざいうざったい！」 マーニャは毒針を何度も何度も繰り出した。スライムたちは素早く避けたが、彼女が20回ほど試みた後、一匹が急所を指されて動きを止めた。あとの何匹かはさささささ、と走って別の場所に移動する。ミネアがその群れを追っていく。モンバーバラの姉妹は、今この城内では頼りになる戦い手の一人であったが、鎧などを着けているわけでもなく、少なからぬ攻撃をその身に受けていた。しかし前に出て戦わないわけにはいかない。この城の中には何も戦う手段を持たない人々がいるのだ。 二人して回廊を駆け抜け、スライムを追う。そのときマーニャは聞いたことがある娘の声を耳にした。 「誰か！誰か助けて！」 あれは確か・・・・・アリーナの小間使いをしているメイの声だ。 「ミネア！」 「ええ、わかったわ。姉さんはすぐに行って！私もメタルスライムを片付けたらすぐにそちらに行きます！」 「うん。待ってるわ！」 マーニャは急ぐ。メイの声がしたほう・・・・・・アリーナの私室がある方角へと・・・・・・ それより少し前、アリーナの部屋で片付け物をしていたメイは、アリーナが嬉しそうにして帰って来たのを出迎えた。 「あら、ニコニコなさって。アリーナ様、何かいい事あったんですか？」 アリーナは頷いた。 「あのね、マイアさんのところでお話してきたの。よかった。ちょっと前に、マイアさんを怒らせちゃったかも、って思うことがあったの、メイにも話したわよね。あのときの変な気持ちがすうっと溶けちゃった。いろいろ話をして、そしてお茶までいただいてきたのよ。・・・・・あのね、メイ、前も言ったけど、その“様”っていうの、二人だけの時はやめてくれない？」 「あっ！つい・・・・・だって、他の人がいるときには“様”をつけないと叱られちゃうし・・・・・・ごめんね、アリーナ。で、うまく話せた？・・・・」 「うん。話にいって良かった！あのまんまうじうじしていなくて良かったわ。」 二人は椅子に向かい合って座った。アリーナは嬉しそうに語りだし、メイも相槌を打って楽しそうに聞いていたが、やがて、アリーナの指が震えているのに気づいた。 「アリーナ、指がふるえてるわ。どうしたの？」 アリーナはふるふるとふるえる指をじっと見て眉を下げた。 「あ・・・・・・・本当に。どうしたんだろう。止まらない・・・・・」 メイは親友の指を両手で掴んで優しくマッサージしたが、震えはとまらない。しかも、アリーナの顔色は白くなってきた。 「・・・・・・・・メイ・・・・・・・・なんだか気持ちが悪い・・・・・・・・」 ぐったりと背もたれにもたれかかったアリーナの様子に、異変を感じたメイはすぐに扉に向かった。 「待ってて！すぐクリフトさんを呼んでくるわ！」 扉を開け、メイはあっと声をあげた。そこにはマイアが立っていた。 「マイアさん！アリーナ様が！アリーナ様がたいへんなんです。」 マイアはぐったりしているアリーナをちら、と見、中に入ると扉を閉めた。メイは再びアリーナのところに戻り背をさすった。 「随分具合が悪いようですね。体は動くの？」 「・・・・・・・マイアさん・・・・・・動けるけど力が入らなくて・・・・・」 と、マイアの顔に不敵な笑みが浮かんだ。 「それは良かったわ。お茶に入れておいた毒がやっと効いてきたようね。」 「エ!?」 メイは咄嗟にアリーナを寝台の脇に突き飛ばした。 「アリーナ！逃げて！」 マイアの爪が長く延びる。そして額には赤く光る三つの目、鋭い爪がスカートを切り払うと、そこから現れたのは６本の足を持った蜘蛛の腹部だった。 アリーナは寝台の横の抜け道・・・・・・非常の時のための脱出口を開けるとよろよろとそこに入った。 「・・・・メイ！・・・・・あなたも一緒に！」 「ここは私が食い止めるから！アリーナは誰か助けを呼んで！早く！」 そして自分の裁縫箱に飛びつくと大きな裁ちばさみを片手に握った。 「さあ、早く！」 蜘蛛の化け物と化したマイアを睨みつけ、じりじりと下がり、メイは後ろ手に抜け道の扉を閉じ、自分の背に守った。抜け道を進んでいくアリーナの足音が遠ざかっていくのを彼女の耳は一心に聞いていた。 （アリーナ、早く逃げて！・・・・・昔、あなたは私の命を助けてくれた。今度は私の番。・・・・・・・・楽しかったわ、いろいろなこといっぱい話せて。詐欺師上がりとお姫様が友達になれるなんて思ってもみなかった。・・・・・・ごめんね・・・・・ここでさよならしたくなんてなかったけど） 「そこをどきなさい。」 メイは震えながらも鋏を振り上げ、きっぱりと拒絶の意志を示す。 「私がひとまず殺したいのはあなたではなくお姫様。そこをどきなさい。そうすれば命を永らえられる。」 「どくもんですか！」 「・・・・・・何故あんな小娘の為に命を投げ出すの？あなたの主人だから？王族がどれほどのものだっていうの？」 「私はアリーナがお姫様だから守るんじゃないわ！」 メイはすう、と息を吸った。 「友達だからよ！」 マイアはからからと笑った。 「なら死になさい！」 長い爪の一旋をメイは裁ちばさみではじいた。 「誰か！誰か助けて！」 メイの必死の叫びをかき消すようにマイアは哄笑する。 「どこまで耐えられるかしら？」 二旋目、今度は受け止めたものの、メイは抜け道の扉に叩きつけられた。立ち上がろうとしたが、足をひねったらしく途中で崩れ落ちる。そこを逆の手の爪が狙う。 「キャアッ！」 血飛沫が飛んだ。頬をざっくりと切られたメイが片手で傷を抑えその場にへたり込む。マイアは爪に付いたメイの血を赤い舌でペロリと舐めた。 「さあ、そろそろ終わりにしてあげましょうね。」 マイアが腕を振りかぶり、メイは目を閉じた。・・・・・しかし、自分を引き裂くはずのマイアの一撃は訪れなかった。目を開けると、銀の鎧に身を包んだランデルが剣でマイアの爪を受け、はじき返したところだった。 ランデルの力で押し返されたマイアはバランスを崩し、後方へと体が泳いだ。 「すまん！遅れた！」 メイとマイアを結ぶ線上に位置を占めたランデルはマイアから目を離さずにメイに向かって叫んだ。マイアは目を見開き、呟いた。」 「・・・・・・・・・・・お前は・・・・・・・・・何故動ける。あの菓子の中に痺れ薬を仕込んで置いたのに・・・・・・」 「お前は私たちを罠にはめたつもりだろうが、嵌ったのはお前の方だ。・・・・・・お前の焼いた菓子は、トルネコ殿の手からブライ殿にわたり、毒を検出していただいた。初めから茶会など行われる予定はなかったのだ。トルネコ殿はお前のことを疑っていた。茶会を開くといえば、お前がなんらかの行動を起こすと考えていたのだが・・・・・・・・図星だったな。お前の部屋の警備についていた兵を眠り薬で眠らされてしまっていたのは大きな誤算だったが。」 ランデルは迷いのない太刀筋でマイアに迫る。マイアは窓辺に追い詰められ・・・・・・微笑んだ。 「今はお前の相手をしているときではないわ。・・・・・・・・少し待っていなさい。本当の恐怖というものを味わあせてあげるから・・・・」 そして窓から外に向かって飛び出した。そして・・・・・・ランデルは窓から身を乗り出したがマイアの姿はどこにも見えなかった。・・・・・消えた。どこへともなく消えてしまった。 「ランデル！」 マーニャが入ってきたのはまさにそのときだった。 ランデルは頷く。 「見ましたか？」 「ええ、・・・・・・魔法の使えないあたしじゃあんたの邪魔にしかならないと思って武器構えて控えてたんだけど・・・・・・あの女、やっぱり化け物だったんだ。・・・・・・・・それにしてもなんであたしたちにあいつが怪しいって言ってくれなかったの？」 「トルネコさんたちの言いつけです。このことを知っていたのは、近衛騎士隊の一部とブライ様、ライアン殿、そしてクリフトだけです。」 クリフトの名を聞いて、マーニャは少し目を大きくした。だとしたら、マイアと二人で話をしていたのも・・・・・・・ 「とにかく、奴は消えてしまいました。何をする気かわかりませんが、すぐに報せないと。」 「ランデル！あんたは怪我してるその子を運んで。あたしの力じゃ運べない。あたしが報せる！」 「ああ、私もすぐに追う。」 マーニャを見送り、ランデルは頬を押えているメイの傍らに膝をついた。 「すまない。遅れてしまった。」 そして傷の応急処置を始める。 「アリーナ様は？」 「大丈夫。クリフトは私と一緒だったのだが、抜け道を通る経路でこちらに向かった。姫様とは途中で出会っているはず。それより、傷は痛まないか？」 メイは笑った。 「大丈夫です！足はおそらくくじいただけです。それに頬の方はこのくらいの傷、詐欺師やってた頃はばんばんつくってましたから！膝とか肘とか、今も痕が残ってますよ！・・・・・・・・あはは、でも顔か・・・・・・・お嫁の貰い手ますますなくなっちゃったですね。」 ランデルは柔らかく笑った。 「それは好都合。」 え？というメイの声にランデルは言った。 「私も誰かと争奪戦をしたくはない。・・・・・私のところに嫁げばいい。」 いきなり言われ、混乱するメイはわたわたと手を振った。 「あの、でも、そんな、だって、ランデル様はアリーナ様のことがお好きなんでしょう。だって、いつもアリーナ様のところに顔を出して・・・・そして楽しそうにお話なさって・・・・・」 「・・・・・・・・・・そこにはいつも君がいただろう・・・・・・」 傷に薄く消毒のための薬を塗ったあと、あさっての方を向いて頬を赤くしているランデルを見、これは夢ではないのかとメイはさらに混乱した。 「だって、でもでも、私は詐欺師あがりで、今だってただのお針子で、あなたは将軍様の息子で、近衛騎士団の部隊長で、駄目です、駄目です。わたしなんか、相応しくないです！」 ランデルは今度はメイの目を見た。 「自分の命をかけて、大切な人を守ろうとすることができる・・・・・・騎士の妻としてこれ以上相応しい人はいないよ。・・・・・・・第一君も知っているだろう・・・・・私の祖々祖父は“キンポウゲの姫”と身分違いを押し切って婚姻したとんでもない男。・・・・・・・・・・私が誰と結婚しようと、とやかく言われる筋合いははずだ。・・・・・・・もしも誰かが何かいったら、それが父上であってもぶん殴るつもりではいる。そして、何人を敵に回しても私が君の盾になる・・・・・・だから・・・・・・嫁に来て欲しい・・・・・・・」 メイはぼーっとなってしまってただただランデルの顔を見つめていた。と、ランデルがメイの頬にあてた布を絆創膏で止めながら不安げに尋ねた。 「へ、返事は・・・・・・!?だ、だめならはっきりと言ってくれ。すっぱり諦め、二度とこの話はしないようにするッ！」 ああ、この人は私が断るとでも思っているのだろうか。そう考えたらメイは途端に可笑しくなって、頬の傷の痛みも忘れて笑った。笑うと同時に涙が出てきた。 「ランデル様、大好きです！」 そういって自分の首に腕を回してきたメイを、どぎまぎしながらもランデルはそっと抱きしめてやるのだった。と、はッ！と我にかえったランデルはメイを抱えたまますっくと立ち上がった。 「どうなさったんですか？」 「・・・・・・・・・こ、こうしてはいられないッ！私も報告に行かねば！」 と、抜け道から、アリーナを背負ったクリフトが出てきた。 「ランデル！無事でしたか。」 「ああ。でもマイアには逃げられてしまった。姫様は・・・・？」 「解毒の魔法はかけました。もう大丈夫です。・・・・・メイさん、怪我をしたのですね！ランデル、あなたは行って下さい。ここは私が！」 「わかった！頼む！」 ランデルはメイをそっと床に降ろした。 アリーナを寝台に下ろし、クリフトはメイの傍に屈んだが、アリーナに言われてメイをアリーナの隣に座らせた。 「大丈夫ですよ・・・・・・ランデルがすぐに消毒してくれたのですね。爪には毒があったようですが、これならばすぐ治ります。」 クリフトの指がメイの頬を滑ると痕は残ったものの傷は塞がっていった。 「メイ・・・・・私の為に・・・・・」 クリフトがメイの足首を診ている間にアリーナはメイの頬に触れた。 「大丈夫。もう塞がったし。・・・・・・それに、この傷、好きになれそうなの。」 訳のわからないアリーナは、メイが自分を元気付けるためにそう言っているのだと思った。 「でも・・・・・熱をもってる・・・・・クリフト！クリフトが何も言ってくれないから、私は・・・・・・・・私はマイアさんに・・・・・騙されて・・・・・メイにこんな怪我をさせてしまった！どうして言ってくれなかったの!!」 クリフトはうな垂れた。 「トルネコさんも、じい様も、ライアンさんも・・・・・そして私も、他の皆には知らせないと約束しあったのです。・・・・・・少しでもマイアさんに気取られてはいけませんから。特に姫さまは、嘘をつくことが苦手です。彼女の前でばれてしまったら、もともこもありません。・・・・・・・ですから、私は・・・・・・私が彼女を信用していると思い込ませると同時に姫さまが彼女に近づかないようにとこの間の夜に芝居をしたのですが・・・・・逆効果だったようですね・・・・・・彼女のところにご自分から出かけていらっしゃるなどと・・・・考えもしませんでした。」 メイがキッとクリフトを睨む。 「アリーナ様は、あなたが思っているよりもずっとずっと優しい人なんですから！・・・・・・あの『黄金の腕輪』の事件のときも・・・・・ここに来てからだって・・・・・私はずっとその優しさで守って貰ってきたんですから！」 アリーナがピョン、と寝台から飛び降りた。もう毒はすっかり抜けたらしい。 「姫さま、どこへ！」 扉の方に行こうとするアリーナの背にクリフトは声をかけた。 「やっつけにいくに決まってるじゃない！クリフト、メイをお願い！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・・いと高き所の善き者よ、邪悪な者を滅ぼす光の橋を・・・・・地上に・・・・・・・架け給え！」 呪文を完成させたシンシアは一度上げた手を勢いよく振り下ろした。空から雷が音をたててその場に落ちる。・・・・・・・・しかしそれは魔物を直撃しなかった。いや、かすりもしない。ホイミンは悲鳴をあげた。 「シンシアさん！もう一度！」 シンシアは首を振った。 「駄目！私、あなたを一緒に殺すなんてことできない。・・・・・・・それに・・・・もう魔力が・・・・・・・」 そこからずっと離れた場所で誰かが問うた。 （マスター様。何故私たちはその行いが善であっても地上でそれを行ってはいけないのでしょうか。） （それは古より繰り返されし問い。光と闇の均衡は崩れやすいもの。我らが光の力を地上にて使えば、その均衡は容易く壊れてしまうであろう。） （・・・・・・・・私はそうは思いません。均衡が崩れるとすれば、それは運命であったこと。善を行うに躊躇は必要ありません。） （否。善悪の判断は絶対的なものではない。汝が善と認めしものも、他からみれば悪となることもあろう。） （・・・・・・・・・・・・・） （汝、汝の善と思うところをなしたとしてもそれは罪。それを覚えて汝の思うところを成せ。） （・・・・・・・・・・・・・） 天空の城、マスタードラゴンの前から、一人の天空人が地上へと転移した。彼女は叫んだ。 「ホイミン！どきなさい！」 ホイミンは自分の名を呼ぶその声の鋭さに反射的に蜘蛛の化け物から離れた。 「聖なる力よ。邪悪な者を滅ぼす光の橋をこの場に架け給え。」 シンシアとは違い、彼女は瞬間的に印を結んだ。雷は見事に魔物の脳天を直撃し、あとには黒焦げの小さなものしか残らなかった。 あっけにとられるホイミンとシンシアに女性は語気荒く言った。 「早く封印の石版を破壊しなさい！」 二人は急いで魔物の糸を避けながら、石版を探し出し、シンシアが渾身の力を込めて槍をつきさした。石版からは黒っぽい煙のようなものが立ち上り、周りの空気から重苦しさが瞬時に消えた。外を見れば歪んでいた風景が一部分ではあるがしっかりしたものに変わっていた。・・・・・・・・１つだけだが封印が解除されたのだ。 「あなたは一体・・・・・」 白い衣を纏いオレンジ色の腰までの長い髪を波打たせた女性は、豊かな胸の下で腕を組み、頷いた。 「私はあなたたちの仲間と共に旅をした者・・・・・」 彼女の背には少し黒ずんではいるが天空人の証である白い羽があった。 「アレクたちと一緒に旅を・・・・・・？お名前は・・・・？」 女性は切れ長のサファイアの瞳をゆっくりと閉じ、そして開き、微笑んだ。 「私の名はパトリシア。・・・・・・・私が手伝えるのはここまで・・・・・・あとはあなたたち次第よ。・・・・・・・・私たちは人間を見捨てない。・・・・・・・・でも、あなたたちも、見捨てられないだけのものを私たちに見せてちょうだい。いいわね。・・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「皆さん！下がって下さい！」 ミネアは文官たちが逃げ込んだ中広間の中で一人槍を構えていた。怯えた文官たちは壁にはりついて震えているばかりだ。ミネアの視線の先にはではなく、トサカを持った蛇、蛾の羽をつけた小竜。どちらも上位種族だ。・・・・“黒き穴”では何か恐ろしいことが起きているに違いない。目の前の敵はミネアの呪文ならば一撃で倒せる相手だったが、今は手ごわすぎる魔物だった。 先程まで共に戦っていた兵士は戦闘で手を負傷し、文官たちのところで、うずくまっている。 ミネアは果敢に槍を振るう。自分が倒れたなら、後ろにいる人たちは助からない。 「えいッ！」 串刺しにされて小竜が一匹絶命した。・・・・・あとは蛇が４匹と小竜が２匹・・・・。と、ヘビが勢いよくジャンプしてきた。牙がミネアの腕をかする。 「！」 ミネアは顔を歪めた。毒攻撃だ。右腕から力が抜け、槍が落ちた。 「裁きの杖よ！真空の刃を！」 腰に挟んでいた杖を左手で掲げる。巻き起こった竜巻が２匹のヘビを切り刻んだ。ミネアは背を冷や汗が伝うのを感じていた。彼女には解毒の魔法が仕えない。毒が回って倒れるまでに、・・・・・この裁きの杖・・・・・・あと何回魔法が打てるかもわからない杖で敵を倒すことができるだろうか。 どんどん・・・・どんどん力が抜けていく。そして、裁きの杖も彼女の手から落ちてしまった。 「お嬢様！」 懐かしい声が聞こえた。 「お嬢様！ミネアお嬢様!!」 空耳・・・・・だって、この城の中には入れないはずだもの・・・・・ああ、最後に聞きたかった人の声が聞こえる・・・・・・でも、なんてはっきりした声なの・・・・・・近づいてくる野太い声にミネアは必死に叫んだ。 「オーリン！私はここです！」 槍を構えたがっしりとした男が駆け込んでくる。瞬く間にヘビを、小竜を絶命させていく。 ああ、助かったのかしら・・・・・それともこれは夢なのかしら・・・・ そう思いながらミネアは目を閉じた。 ・・・再び目を開けると、そこにはマーニャの顔があった。 「気づいたわね！良かった、良かったよぉ！」 マーニャは妹をぎゅっと抱きしめた。 「姉さん！姉さんが助けてくれたの？」 「そう。・・・・・っていいたいとこだけど、あんたを助けたのはオーリンだわよ。」 体を捻じるとそこにはマーニャと向かい合うようにして、オーリンのいつもと変わらぬいかついが優しい笑顔があった。 「オーリン！どうしてここに。」 「俺はおばば様の“遠見の術”でお嬢様達が危ない目に遭っているのを知ってサントハイムまで来ました。結界に阻まれて中には入れませんでしたが、ついさきほど一部ですが結界が破れたんです。それで城内に入ることができたのです。よかったです。お嬢様たちがご無事で。」 マーニャはタメイキをついた。 「お嬢様達・・・・・って・・・・あのねえ、あたしもミネアのことを心配してここまでやってきたんだけど、オーリンのの声ずーっと城内に響き渡ってガンガン聞こえてたわ。、確かに「お嬢様！」って言ってたわよ。でも「ミネアお嬢様！」っていうのは何度も聞こえたけど、どーして「マーニャお嬢様!!」ってのはなかったわけ？」 「そ、それは・・・・・・マーニャお嬢様ならばお強いですから・・・・安心だと・・・」 マーニャはまたタメイキをついた。 「どーだか。・・・・・・・カンペキに意識を失ってたミネアにどうやって毒消し草を飲ませたかを考えれば容易に察しはつくけどね。」 「あ、アレは非常時で！咄嗟のことで他に頭が回らなくて！す、すみません、ミネアお嬢様！あとでしっかりと謝罪させていただきますので！」 首を傾げるミネアだったが、自分の体に魔法力が微かに魔法力が戻ってきているのを感じて姉を見つめた。 「姉さん・・・・・」 それはマーニャも同じだったらしく、彼女は力強く頷いた。 「攻撃魔法の力が戻ってきたようね。」 「・・・・それは・・・・・俺が中に入っていくとき、不思議な空飛ぶクッションに乗った魔道士のご老人が、蜘蛛の化け物を結界がとけた場所におびき出す様にと人間の言葉を話すホイミスライムと、何故か結界の中でも自由に動けるお嬢さんに話しておられました。きっと、他の封印も次々に解かれているのでしょう。」 マーニャはニヤリと笑った。 「やっとマーニャちゃんの出番がやってきたってことね！あたしの攻撃呪文、思う存分見せてやろうじゃない！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そのころ、黒き穴、では恐慌が起こっていた。・・・・・・・・強大な魔物・・・・・・悪魔族が出てきたのだ。並みの兵士では対応できない強敵に、ライアンとアレクが剣を奮い、あとのものは後ろに下がっていた。次々と強力な魔法を放ってくる敵に、遠巻きにしている神官たちは必死に回復呪文を唱えるが、ライアンもアレクもなかなか致命傷を敵に与えられなかった。・・・・・装甲が堅い悪魔族であった。呪文使いたちが攻撃呪文を封じられていることが痛い。見守るブライはギリ、と歯を噛み締めた。 そこに空飛ぶクッションに乗った小柄な老人が滑空してきた。そしてライアンの後方で、しゅたっとクッションから飛び降り、魔道士の杖を掲げた。 「おらおらおらおら！何をぐずぐずしておるか！とっくに封印の大半は解いてやったわい！魔法を使わんかい、魔法を！常々とろい奴だと思うておったが、これほどとろいとは知らなんだ！さあッ！わしから行くぞ！灼熱の炎よ！灼きつくせッ！」 魔物に向かって超特大級の火球がぶつけられた。その威力たるや、マーニャの魔法に勝るとも劣らない。魔物の体がゆらぎ、そこをライアンがとどめをさす。 「おおおおおおお、おのれッ！何をいうかと思ったら・・・・来るのが遅いわッ！待ちくたびれてちょいと休憩しておっただけじゃッ！・・・・・氷結する寒気よ！来たれッ！」 もう一体の魔物が氷付けになる。こちらはアレクがとどめをさした。 そのとき、ズゴゴゴゴ・・・・・と地鳴りがし、巨大な魔物の気配が“黒き穴”から発せられた。圧倒的な魔法力・・・・・・ブライと、彼の積年のライバルは顔を見合わせる。 「・・・・・・あいつを外に出すわけにはいかんな。ブライ。」 「お前さんなどに同意するのは嫌だが、たしかにそうじゃな。」 「・・・・・ああ、魔道に優れたものでなければ、押さえ込めぬじゃろうて。」 「では。」 「うむ、行くしかあるまいて。」 二人の老いた魔道士は、自ら“黒き穴”へと飛び込んでいった。 |
| また続いてしまいます。・・・・・次回こそ完結します。マイアさんの出自、見当がつかれた方も多いと思います。メイがクリフトに「アリーナはあなたが思っているよりもずっと優しい」と言う場面がありますが、クリフトはアリーナのことなら他の誰よりもよくわかっている、と思う方にはひっかかるかもしれません。うちのクリフトはアリーナのよき理解者ではありますが、何でも知っているわけではありません。父王しか知らないこと、ブライしか知らないこと、そしてメイしか知らないこと・・・・実際、ウチのアリーナには「クリフトには絶対に見せない顔」というのを持っている子ですので・・・・ そして、管理人、メイちゃんとオーリンさんが大好きなために、柄にもなくちょいと色をつけてあります。(///) |