３ 封じられしもの 


　「・・・・・・のびやかなる炎の精霊よ。盟約によりて我に力を貸したまえ・・・・その熱き熱情を持ちてすべてを焼き尽くせ！・・・・・えいっ！」

　マーニャは力強く両手を前へと突き出したが、辺りはしーんと静まり返り、炎の魔法の欠片すら発動された様子はない。

　「え〜〜ん！この呪文も駄目なのぉ!?どうしてあたしの魔法はことごとくだめなのよぉ！」

　その場にへたり込むモンバーバラの舞姫の泣き言に、その場にいた人々は苦笑した。

　ここはサントハイム王宮の左手に位置する、魔道師たちが学ぶ学院、通称魔道の塔。その中にある、防護の呪いを張り巡らした魔法練習場で、ブライを初めとした多くの魔道士たちと司教ディルとと幾人かの神官たちは、世界を救った８勇士の中の呪文使い達に知っている限りの魔法を試してみて欲しいと要請していた。
　サントハイム城を包んだ謎の結界・・・・・それは生き物の精神を狂わせる邪悪な空間であり、城の内部と外界との接触は完全に立たれていた。伝書鳩を放った結果、空にも結界は伸びており、脱出用の地下通路にもまた結界が出現していた。新たな地下トンネルを掘ってもみたが、同じことであった。・・・・・・・結界はサントハイム王宮を中心に球状に形成されており、その厚さは少なくとも30メートル。強大な魔力を持つブライが抗魔の魔法を自らにかけ、外界への脱出を試みたが、彼ですらわずか５メートルほどでうずくまってしまったほどの強力な呪詛空間であった。

　そして、魔道士や神官や王宮付きの学者たちが調査していくにつれ、結界の持っている別の力も判明してきた。それが魔法消失効果である。すべての魔法の効力が失せるわけではない。ブライにしても“抗魔の魔法”は使えるのだが、“氷の矢”の魔法は全く使えないという不思議な状況が生じていた。一体どうしてそんなことが？その理由がわかれば、結界を解くことができるかもしれない。そのため、それぞれの専門とする魔法にかけては抜きん出た力を持つ、ブライ、ミネア、マーニャ、そしてクリフトは、人々の見守る前で呪文を唱え続けていたのだ。

　はああああああ、とマーニャはへたり込んだまま、長い紫水晶の髪をがりがりと掻き毟った。

　「ミネアにしても、おじいちゃんにしても、それなりに使える魔法が残っているじゃない。クリフトなんて、使えない呪文が殆どないくらいだわ。・・・・・・なんでこんな不公平があるのよぉ！」

　ブライはくるりと杖を回して笑った。

　「うーむ。この結界の中では、心の清い者しか魔法を使えないようじゃの。」

　「・・・・・・心の清い者しか・・・・？」

　反射的にブライの言葉を繰り返したマーニャは立ち上がって目を吊り上げて怒った。

　「ちょっと！それじゃあたしは心が清くないとでもいうわけッ!?」

　ブライはまた少し笑い、それから急に真面目な顔になった。

　「いや、冗談じゃ。・・・・・・それより、皆の衆。どうやらどのような魔法が封じられたのかがはっきりしたようじゃな。」

　大部分の魔道士、神官、学者が頷いた。ミネアとクリフトも。マーニャと少数の者だけが首を捻る。

　「・・・・・・・・えっと。よかったら判りやすく説明して貰いたいんだけど・・・・」

　ミネアが微笑む。

　「姉さん。私たちがまだ使える魔法がどんなものか考えてみて。逆でもいいわ。使えなくなった魔法ってどういうものだったか思い出して。」

　妹の穏やかな声にマーニャは指を折って、魔法を数え上げる。

　「ええと、馬鹿神官の魔法は・・・・・発動させられなかったものを数えた方が早いわね。・・・・・確か魔法封じの魔法が駄目だったわよね。ミィちゃん、あんたの場合は・・・・・“切り裂き系”の魔法が全滅だったわ。そして“眠りの雲”の呪文も。おじいちゃんは、使えた方が少ないわね。素早さを上げる魔法、力を一時的に強くする魔法・・・・・・それだけしかできなかったわ。あたしは・・・・・毒から身を守る魔法って奴ができただけ。・・・・・・どうしてよりにもよってあの地味な魔法だけがまだできるんだか。アレって、昔アッテムトで使ったっきりじゃなかったかしら？」

　「ええ。確かそうよ。・・・・・・ね、どんな特徴があるかわかったでしょう？」

　マーニャは視線をさ迷わせる。

　「・・・・・・・・わかんない。」

　がくっとこけるミネア。しかし気を取り直して辛抱強く説明を続ける。伊達に生まれてこのかたずっとマーニャの妹をしているわけではない。

　「禁忌の呪文はもちろん試しはしなかったけれど・・・・・クリフトさんの持っている禁呪のうち、命を奪う方の呪文はおそらく発動しないわ。蘇生の呪文は発動するはず。私の、自分の命を代償に仲間を助ける呪文は発動するわ。・・・・・姉さんの・・・・・・竜に変化する呪文は・・・・・・どうかしら。駄目なようでいてなんとなく発動するような気がするのだけれど・・・・あ、でも試しにやっちゃ駄目よ！モンバーバラ劇場だけでなくサントハイムのお城まで破壊したなんてことになったら大変ですもの。」

　「・・・・・・だから、そのできるできないの基準は何だっていうのよ。」

　「相手を傷つけるかどうかじゃ。」

　ブライがゆっくりと言った。

　「わしらが使えなくなってしまったのは、攻撃呪文と、それに類したもの・・・・・敵の防御力を下げ、魔法を奪い、混乱させ・・・・・・そのような補助呪文じゃ。補助呪文の中でも、味方の素早さを上げ、不可視の盾をつくり、惑わしの霧を流すといったものは使える。」

　「ふむ・・・・・・・で、それっていったいどういうことなの？」

　それまでブライの言葉に頷いていた魔道士や学者たちが耳に神経を集中する。ブライはのんびりと白い髭を撫で、答えた。

　「・・・・・・この、わしらが暮らす人間界には、もともと魔法というものは無かったという。魔法を使えたのは天上に住む天空人と地下に住む魔物たち。地に下りた天空人は互いに戦いに明け暮れる人間を憂い、また正しい方向に導こうとして、回復魔法と、自らを守る魔法を伝授したという。一方、地上世界を我が物にしようとした魔物たちは、人間界を更なる混乱に陥れようとして攻撃魔法と相手を害する魔法を教えたという。・・・・・・・・・今回使えなくなったのは、魔物達が人間に伝えたというカテゴリの魔法じゃ。・・・・・・それ以上の事はこれから調べねばならぬ。・・・・・・・どこかで似たような話を聞いたような気もするのじゃが・・・・ミネア殿、マーニャ殿、そしてクリフト。ご苦労だった。また協力して貰うこともあるかもしれぬ。それまでゆっくり休養していてくれ。」




　魔法を使える者たちがこうして魔道の塔に集まっている間、城に閉じ込められた者たちは不安に打ち震えていたであろうか？意外なことに、彼らは置かれた境遇の割には落ち着いていた。・・・・・・・・・・城ではたらくものの中では、先の大規模な魔物との戦いの際、魔物の城に連行され、彼らに食われる順番を牢で待っていたという苛烈な経験をしたものが少なくない。それに比べれば今の状況は大したものではない。城の中には旱魃などが起こったときに領民に供出するために備蓄された３ヶ月以上持ちこたえられるような食料があり、また、果樹園があり、良い水を汲みだせる井戸が10本もあった。・・・・・・それに、何よりも仲間がいた。打開策はわからないものの、集まって励ましあえる沢山の仲間がいた。


　「この城の人たちは強いですね。」

　キングレオの新城主、アレクことアレクサンドロ王は城の屋上に上がって、平生と同様に仕事をこなしている下働きの人々を見て感じ入ったようなため息と共に横にいる黄色いチュニック姿のアリーナに言った。

　「ええ、クリフトみたいに意気地が足りないのもたまにいるけど、サントハイムの皆は強い人ばっかりよ。私は大好き。庭師のゴン爺さんも、まかないのミランダも、門番のジェフも、それから・・・・」

　自慢げに胸を張るアリーナをアレクは眩しそうに見て微笑んだ。アリーナはあれ？という顔をする。下働きの者たちと親しいことを話すと、普通の王侯貴族達は、あからさまに眉をひそめ、顔をしかめるからだ。そのことをアレクに言うと、アレクはその優しげな顔で苦笑した。

　「私はつい数ヶ月前までは王様なんかではなかったんです。・・・・・私はキングレオの王家に繋がる血筋にはありますが、地方の小さな村の領主である父のもとに生まれたのです。もしも、自分の村のことを他の方に尋ねられたなら、さっきのアリーナ王女のように自慢するでしょうから。実際、村の政をするときには、領主一人の力だけでできるわけではありません。新しい水路を作るとき、意見をまとめて号令をかけるのは領主だとしても、図面を引くには技師さんの力、土を起こすときには屈強な人足さんの力、もちろんそれらの人たちにご飯を提供してくれるおかみさんたちの力、おかみさんたちが焼くパンの材料の小麦を作る農業をする人たちの力・・・・・・誰の力が足りなくっても水路は完成しないんですよね。・・・・・・・父の手伝いをしながら、私はそのことを強く感じましたし、また、父からそれが何より大事なことだと教えられて育ちました。・・・・・・・・・キングレオには請われて行ったのですが、今でも村の生活を懐かしく思うことがあります。・・・・・・・城はまだ私には大きすぎます。どういった人がどこでどんな風に働いているのかが把握できない状況で、至らぬ私には面食らうことばかりです。・・・・・・アリーナ王女は凄いですね。城に勤めるもの一人一人の様子までよく判っていらっしゃる。・・・・・」

　それはアリーナが王女として皆を知ろうと務めているわけではなく、王宮をひっかきまわすような騒動をあちこちで起こしたあげくに皆と関わる羽目になってしまったからなのだが・・・・・・

　「正直なところ、村に戻りたいと何度も思いました。・・・・・・・先祖に王族がいたからといって、王に相応しい器をもっているとは限りません。・・・・・・・こうなった以上は善き王となりたいと願っていますけれど・・・・・・・・・血筋っていったい何なのでしょうね。」

　アリーナは腕を組み、感じ入ったようにうんうんうんと頷いた。

　「同感だわ。・・・・・・・・私、自分が王女に相応しい器だなんてこれっぽっちも思っちゃいないもの。私より王族に相応しい人なんて掃いて捨てるほどいるっていうのに！・・・・・私に似合っている道は他にあるわ。諸国を漫遊する武闘家ってぴったりと思うの！目指すはもちろん世界最強！諸国漫遊は無理でもその目標は今も変わらないけれど！」

　太陽に向かって手を上げ、人差し指を真上にピン、と突きたてる。
　アレクは目を丸くする。

　「せ・・・・・世界最強・・・・・ですか？」

　「そうよ！・・・・・・・・・あ、アレクさんって武術とか剣術とか魔法ってやってますよね？」

　「え？は、まあ、嗜みとしては・・・・・・村は山の中にあって、凶悪な魔物を撃退するためには必要でしたから・・・・・」

　アリーナはにまあ、と笑ってアレクの手首をぐい、とつかむ。

　「よし！それじゃこれから手合わせしましましょう！善は急げ、だわ！」

　「は？は？て、手合わせ？」

　「どうせ結界に閉じ込められてて、やることないんだから！レッツゴー！」

　ほとんど引きずられるようにして屋上から降りていくアレクを、警備に立っている兵士がかわいそうに、という表情で見送る。アレクから少し離れたところで様子を見ていたキングレオ城の侍女が心配そうに兵士に聞いた。

　「あのぅ・・・・・・大丈夫なのでしょうか。」

　「ああ、大丈夫ですよ。うちの姫様、魔物と戦うとき以外は徹底して寸止めしてますから。それに万一当たってしまっても、こういったことには非常に慣れている優秀な癒やし手が我が城にはおりまして・・・・・」




　「姫さま！お客様に対してこれは一体どういうことですか！」

　のびてしまったアレクを、土の上から自分の神官衣を広げた上に移し、一通り回復呪文を唱えてからクリフトは横にいるアリーナに小言を浴びせる。アリーナはびくっと肩をそびやかしてから少し口を尖らせて中庭の土を蹴る。

　「・・・・・・・・手合わせを始めたら、アレクが強力そうな攻撃魔法を放ってきたの。もちろん私は間一髪で避けたわ。でも、“これはなかなかできるわ”って思ったから渾身の力を込めて・・・・・・・でも、･･･・・・・・・・・・・・・・・・・・アレク、剣術の方は全然駄目だったみたいで・・・・・・・・」

　「・・・・・・・・・・・・・よく考えて下さい。姫さまは近衛騎士隊部隊長のランデルを何度も昏倒させているのですよ。彼はこの城随一の剣の使い手で、なおかつ何度も姫さまと手合わせをしているというのに！初めてで、姫さまの戦い方をほとんど知らないアレクサンドロ王に本気で立ち向かっていって、どうしますかッ！いくらこの方が優れた魔法の使い手でも・・・・・」

　そこまで一気にまくしたててから、クリフトは状況の異常さに気づいた。・・・・・・・・アレクサンドロは結界の中で攻撃魔法を使ったのだ。アレクが意識を回復するのを待って、クリフトは彼と共にサントハイム王とブライの元に進んだ。アレクは困ったような顔をした。

　「そうですか。・・・・・・・しかし、私はどうして自分に攻撃魔法ができるのかがわからないのです。もしもそれが皆さんの為になるのでしたら、どうぞ私の体を調べて下さい。」

　キングレオからの家臣たちは自分たちの王の体を調べられることに不服の意を表したが、調査は行われた。・・・・・・結果としては何もわからなかった。彼はマーニャと同じ炎の魔法を使った。・・・・・・・・・彼の魔力を凌駕しているはずのマーニャは、自分が封じられている力をアレクがいとも簡単に解放しているのを見て首を横に振る。

　（何か・・・・・何かあるわ。絶対に・・・・・・・）


　結界が出現して10日あまりが過ぎた。城の外にも事態を憂えた国民たちが集まり、あらゆる手を講じて結界を破ろうとしたが、破るどころか弱めることすらできなかった。

　「ちぇっ！」

　ミランダの息子、ダニロは母親に言いつけられたジャガイモ洗いの手を止めて膨れた。城の中を流れる小川はいつもと変わりなく陽光に水面を光らせている。

　「結界、どうにかならないのかな。・・・・・・・見本市って奴、楽しみにしてたのにな。・・・・・・このまま閉じ込められたままだったらどうなっちゃうんだろう。」

　その横でダニロを手伝っていたトルネコの息子ポポロは自信たっぷりに言った。

　「大丈夫だよ。パパがいるもん。」

　ダニロは顔をしかめ、にこにこと笑っているポポロを睨んだ。

　「お前のとうちゃんが“八勇士”の一人だってのはよく知ってる。でも・・・・・そんなに強そうじゃないじゃないか。」

　おなかが出ていていつもにこにことしていて・・・・そこいらにいる商人と変わりない。ダニロでなくともトルネコが八勇士の一員だとは初対面では信じられないだろう。」

　「大丈夫。パパはね、いざってときには物凄く強いんだよ。それにね、」

　「それに？」

　ポポロは胸を張る。

　「パパはね、ママが一緒だと、普段の10倍くらいの力が出せるようになるんだよ!!」

　さて、その頃、トルネコ家の一員である“ちびモグラ”はどうしていたであろうか。淡々とジャガイモを洗うダニロとポポロには遊んで貰えず、かといって賄い場で他の人たちと一緒に作業するネネ（彼女はこの城の客人であるのだが、働かずにのんびりしていろというのは性格上無理な話だ）の傍には行けず、トルネコといえば、聖堂に付属した図書館に篭って、クリフトと一緒に調べ物をしている。
　ちびモグラは暇だった。暇で暇で仕方がなかった。

　退屈の虫が疼き出し、ちびモグラは城の探検を始めた。ぐるぐるといろいろなところを歩いて・・・・・最後に彼は城門からサランの町の方を眺めた。結界の影響で城の外の景色は奇妙に歪んで見える。一体どうしてだろう。どうなっているんだろう。・・・・・ちびモグラはひょこひょこと結界に近づいていった。

　（ちび！いいかい。お城の外に出ちゃ駄目だよ。変な結界っていうものがあって、そこに入ると頭が痛くなって苦しくなっちゃうんだよ！）

　ポポロの言葉が頭に浮かんだけれど、ちびモグラは果敢にも結界に足を踏み入れてみた。・・・・・・何も起こらない。少しだけぴりっとした感じがしたが、痛くも苦しくもない。ひげのあたりがむずむずする感覚が楽しくてちびモグラは結界の中でくるくると踊り、転げまわった。・・・・と、半透明の白い糸のようなものが右の前足に絡まった。

　「？」

　取ろうとして前足を振り回すと、新しい糸がどんどん絡まってくる。前足だけではなく後ろ足にも・・・・ちびもぐらは肌が粟立つような感覚を覚え、悲鳴を上げて駆け出した。・・・・・結界を通り抜けてサランの町の方に・・・・・

　結界によって隔絶されてしまった城は多数の人によって見守られていた。サランの町に派遣されていた兵士はもちろん、多くの民によって。・・・・・何もできないけれど、もしも誰かが出てきたら、そして助けを必要としていたらすぐに助けられるように、と。

　しかし、悲鳴を聞いて結界の中を凝視していた彼らが目にしたのは、人間ではなく、紛れも無い魔物である一匹のいたずらモグラの姿であった。兵士たちが腰の剣をすらりと抜き放つ。ちびモグラはキャッ！と叫び逃げようとしたが、ねばねばする糸が絡んでその場に転倒してしまった。兵士の一人が剣を振り下ろそうとした瞬間、

　「お若いの、ちょっと待つがいいぞ。」

　兵士が声の方を向くと、大きなとんがり帽子を目深に被った人物がそこにいた。帽子のひさしにかくれて表情はわからないが、わずかに覗いたくちもとのしわから相当な高齢であることが見て取れる。

　それは変わった老人だった。大きなクッションのようなものにゆったりとした臙脂色のローブを着て座り・・・・・そのクッションは宙に浮いていた。

　「いたずらモグラはそれほど害のない魔物じゃて。それに見るがいい。首にガラス玉を通したリボンが結ばれておる。あれは飼われているとみて間違いない。お・・・・・・おおおおおおおおおお！」

　魔法使いの老人は、ちびモグラの手足に絡んだ白い糸を見て、目を大きく見開いた。

　魔道士の杖を一振りすると空飛ぶクッションはちびモグラのところまで移動し、老人はちびモグラをひざの上に拾い上げた。

　「・・・・・・間違いない。わしの予想に間違いはなかった。これはアルラウネの結界じゃ・・・・まったくあの阿呆はまだ気づいておらぬのか？判っていたら手が打てるじゃろうがッ！前々から愚かだとは思うておったが、それに加えて王女の教育係などやっておるから魔道士としての勘が鈍るんじゃ！わしとの魔法対決の予定がのびにのび、もう50年近くになるではないか！・・・・・これ、モグラよ。脅えるな。今、自由にしてやる。・・・・・真空の刃よ！」

　老人が印を結ぶとかまいたちが吹き、モグラの体を傷つけることなく見事に白い糸だけを断ち切った。モグラはぴょこり、と一つ頭を下げた。

　「なんの、これしき。・・・・・・・むむ、よく見ればなかなか賢そうなモグラじゃわい。」

　老人は懐から羊皮紙を抜き出し、きらきらと光る棒のようなもので、さらりと絵を描いた。

　「こんな感じのそれはそれは性格の悪い爺さんが城の中に居るのを知っておるか？」

　天辺がはげ、頭の両側の毛が逆立った白ひげの老人・・・・・・・かなり遺恨があるらしく、鼻はだんごっぱなで目は見事なまでに三白眼に描いてあるが、全体としてはブライにとてもよく似ていた。
　ちびモグラはこくこくと頷いた。

　「そうか。・・・・・・ではお使いを頼まれてもらおうかの。」

　いいつつ、上着のかくしから銀の細い鎖を通した赤い宝玉を取り出す。それはキラキラと輝いて、中にはまるで本物の炎が踊っているように見えた。光り物に目が無いちびモグラはキイキイと鳴いて手を延ばして飛びつこうとする。

　「これからわしが書く手紙を届けておくれ。・・・・・・・そうしたらこれをしばらく貸してやろう。・・・・・・・間違えるなよ。貸すだけじゃ。一応わしにとっても大切なものじゃからな。」

　魔法使いは羊皮紙にびっしりと何事か書き記すと、一度ちびモグラの赤いリボンをはずし、羊皮紙をリボンで背負わせるようにしてぎゅっと結んだ。その上から先程の赤い宝玉をかけ、リボンに絡めてちょっとやそっとでは落ちないようにする。

　「では頼んだぞ！糸に注意するのぢゃぞ！」

　ちびモグラは嬉しそうに赤い宝玉を前足で撫でると、今来た道を引き返していった。

　自分を注視する大勢の視線を他所に、魔法使いの老人はぶつぶつと独り言を言った。

　「・・・・・・まったく。阿呆を知り合いに持つと、賢い者は苦労をするわい。・・・・・・・しかし、あやつに魔法対決の前に死なれては困るからな。・・・・・さてと・・・・・・あと、わしにできる事は・・・・・“天空の勇者”をここに連れてくること位じゃな・・・・・さてと・・・・・年寄りには長旅はこたえるんじゃが、しかたないのお・・・・・・・・それもこれもあやつが阿呆なせいじゃ！」

　老人は素早く指先で印を結び・・・・・次の瞬間には姿が消えており、転移魔法が使われたことを示す気配が残っているだけだった。


　ちびモグラが羊皮紙を担いでブライの元に向かっているまさにそのとき、地下通路の壁の一箇所がぽろりと崩れ、そこに開いた小さな穴から小さなスライムが一匹転がり出た。しばらくしてもう一匹、そして更に一匹・・・・・・・・・それに気づいた兵士は剣の一振りで彼らを屠ってしまったが・・・・・・・・・



　その何の変哲もないように見える穴から、何十、何百の魔物が出現することを、誰が予想できただろう？


　ケイカクドオリダ。ワタシタチノセカイハチカヅイテイル。

　悪意あるものは嬉しそうに笑った。その手のひらには大きな黒い蜘蛛が乗っていた。

　
またまた誰が主役かわからない展開になってしまいました。ひとまず
今回の最重要人物、いたずらモグラ!!（またかい！）
そして脈絡も無く登場するブライの永遠のライバル。
魔物の襲来に、攻撃魔法を封じられたマーニャとブライはどう対処するのか!?
・・・・・・ああ、収拾がつくのでしょうか。我ながら限りなく不安です。

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