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２ 遠方よりの客人
アリーナは城の尖塔の屋根に登り、左手で白猫のミーちゃんを撫でてやりながら、遠眼鏡で港から程近い場所を嬉しそうに眺めていた。 もともとサントハイムは海運が盛んな国ではない。商業の街、エンドールではなくサントハイムで大商品市を開催するのには訳がある。 一つは、このイベントをすることにより、先の戦で国力の衰えたサントハイムの国そのものを復興しようとしているため。・・・・・小さな港の拡張工事も同時に行われている。そしてもう一つは、既に多くの商人がひしめいているエンドールでは、自分達への利益分配を巡って商人たちの間で争いが起きかねないこと。その点、サントハイムならば、王家主体で見本市を運営するのは難しくない。 拡張工事のほぼ終わった港の近くには、荒地を整備した大きな広場がある。これが見本市の会場だ。しかし、トルネコはここを商品取引をする場というだけにとどめる積もりはないらしい。昨夜、夕食の時に彼が言うには、 「お姫様、ただ、物を売ったり買ったりするだけでは、お金や商品をたくさん持っている人だけが儲けることになります。今度の商品市には、世界中から人々が集まるんです。そのなかにはここに来る旅費を作るだけでも大変な、決して豊かでない国の人もいるのですよ。そういった人たちが悲しい想いをして帰ることがないように、この見本市は“博覧会”といってもいいような場所にしたいのです!!」 「博覧会？どういうことをするの？」 トルネコはにこにこという。 「いろいろな国の特産品や文化を知ってもらう為のいろいろなことをするんです！お金があってもなくても、一定の大きさの場所を提供して、民族衣装を飾り、商品にはできそうになくても素晴らしい民芸品や珍しいものがあったら展示してもらいます。音楽も奏でてもらいます。もちろん踊りも！そして、会場の中央には各国のお国料理が食べられる大きな食堂を作ります。料理人を連れてこられない国にはお城のコックが手を貸すように王様が手配して下さいました。一日中会場に居れば食べ物って奴は誰もが必要なものですからね。宣伝さえしっかりすれば、余程食べにくいものでない限りは、小さな国でもそれなりに儲けられるはずです。」 嬉しそうにあれこれ説明するトルネコを見ていると、それだけで開会の日が待ちきれなくなってくるから不思議だ。もういくつかのテントが張られ準備は着々と進んでいるようだ。商品市が終わってもこの場所はサントハイムの商品流通の要として機能する場所になる予定になっている。そして・・・・ 「もうすぐ完成ね！ｖｖｖｖｖｖｖ」 会場の裏手、・・・・・・・・そこには簡素だが紛れも無い闘技場が作られていた。人を呼ぶのに格好の行事、武闘会。平和になった世界中から腕自慢が集まるとあっては、世界最強を目指しているアリーナでなくとも血が騒ぐ。エンドールの闘技場と比べてそれは少し不思議な形をしていたが、それは、この建物が、商品市の後には、学校となるからだ。 魔法王国サントハイムには王宮に付属した魔法学校と神官学校がある。『中央に王宮、左に魔道の塔、右に神殿。』と言われる通りだ。しかし、そこに入学するのは、経済的に余裕のある、貴族の子弟達ばかりだった。クリフトのような平民が入学するのは例外中の例外といってもいい。 サントハイム王はその状況を憂えていた。先の魔物たちとの戦いでも、初歩的な攻撃の魔法と治癒の魔法を使うものが各村に居たならば、死者はもっと少なかったに違いないのだ。学ぶ気持さえあれば入学できる学校。・・・・・王都で学びながら働くことによって故郷に送金もできるような学校・・・・・それを王は考えているのだ。魔法、神聖魔法、そして、魔法ではないが、錬金術を教える学校の運動場が闘技場にあたる。それをとりまくように立てられた観客席は後に改造されて教室と寄宿舎となる。 人に与えられた知識を、正しく生かす方法を教える場所を作る・・・・・・その話を聞いたとき、マーニャは“父さんが生きてたら、喜ぶよね。”とぽつりと言ってミネアと微笑み合った。姉妹の父、今は亡き錬金術師エドガン。彼の最後の研究である“進化の秘法”は魔物たちに悪用され、世界を危機に直面させることになってしまったが、エドガンは、錬金術を人々の幸せの為に用いることをずっと熱望していたのだった。 だが、ひとまずアリーナの頭には現在は学校のことはない。集まる屈強な男たちや優れた魔法使いとの手合わせを想像し、にこにこを通り越してにたにたと笑っている。いや、もう、それをみたら百年の恋も一瞬でさめるというくらいのにたにた笑いであった。 闘技場の隣には、モンバーバラ劇場の仮テントが設営中だ。その看板スターであるマーニャは・・・・といえば・・・・・。 アリーナは望遠鏡を城の中に向けて笑った。今日の犠牲者は門番のジェフのようだ。マーニャにしな垂れかかられているが、門の横で不動の姿勢を保っている・・・・・顔は真っ赤だが・・・・・・ 筒の先をまかない場に近い庭に移すと、ネネとミネアが下働きの人々と一緒に談笑していた。確か、昨日ネネさんは特製アップルパイの作り方を皆に教えた筈だ。うんうん、アレを一緒に食べたら一遍で皆仲良くなるわよね、とアリーナは独り言を言う。 果樹園に続く道ではまかない場で働くミランダ小母さんの息子のダニロが小枝を振り回しながらスキップで歩いており、その後ろからちびモグラを肩に乗せたポポロが同じように小枝を持ってスキップしているのが見えた。 さて、門番のジェフはまだマーニャに絡まれているだろうか。まだ付きまとわれているようなら、助けにいってあげなくちゃ、と門に望遠鏡を戻すと、跳ね橋が下ろされ、行列がやってくるところだった。一番前の馬に跨った旗手が掲げているのは紛れも無いバトランドの紋章のついた旗。 「ライアンさんだわ！」 途端に真剣になって行列の先頭から最後尾までなめるように見渡したが、バトランドの王宮戦士を表わす、紅がかった金属鎧と朱の鳥の羽をあしらった兜は見つけることができなかった。アリーナは肩を落とした。 共に旅をした八人の仲間の中で、アリーナと互角に戦えるのは、天空の勇者ことアレクとバトランドの王宮戦士ライアンの２人だけであった。アレクは今回来られないので、アリーナはライアンとの手合わせをひたすら楽しみにしていたのだ。最後の一人が門から入ってしまったところでアリーナは遠眼鏡を下ろした。 ・・・・・・・国で重要なお仕事が入ってしまったのかしら・・・・ とにもかくにも国賓がやってきたとあってはここでいつまでも油を売っているわけにはいかないだろう。・・・・・・・クリフトが呼びに来て、またここから落ちかけでもしたら気の毒だ。遠眼鏡をベルトに挟み、ずりすりと尖塔を滑り降り、屋根のひさしを逆手で掴むとくるりと前に回ってぶらさがり、反動をつけて塔の窓に飛び込む。 バトランドからの使節を謁見の間で迎えたアリーナは、その口上をうわの空で聞きながら、まだライアンのことを考えていた。 ライアンさんでなければいけない仕事って・・・・・・何か強い魔物でも出たのかしら？そうだったら応援に駆けつけてあげたいけど・・・・・そうもいかないかしら。いや、もしかして病気や怪我なのかしら。ううん、そうなことないわ。ライアンさんは丈夫だし、ライアンさんに治癒呪文も効かないような怪我をさせらることができる人なんていないはず。 そのうち使節は引き上げていった。そのあとを供のものが続き・・・・・背の高い男が一人だけ残った。その一人に 「アリーナ姫。」 と低い声をかけられ、アリーナはぴくっとし、破顔一笑した。 「ライアンさん！ああ！全然わからなかった！」 浅黒い肌、厳つい顔を更に強調するかのようないつもの口ひげを蓄えたライアンは目を細めた。しかし、いつもと様子が違う。鎧姿と、鎧を脱いだときの簡素な黒い上着の姿しか知らないアリーナは男の爪先から頭までを眺めて目を丸くした。 ひきしまった逞しい体をかっちりとした軍服に包んだライアンは苦笑した。 「陛下より、平和な世界を旅するのに鎧姿は相応しくないとこのような出で立ちをさせられてしまったのです。」 背の高いライアンの首にアリーナは飛びつく。それをライアンはたしなめ、そっと下ろした。・・・・・・・眉間にいつも刻まれている皺のせいで年より老けて見られるが、ライアンは30代の独身男性である。そして、王宮においての礼儀作法は徹底的に守るのがライアンという男である。ライアンはアリーナに跪いて礼をし、立ち上がってから壁際で控えているクリフトにも丁寧に一礼した。 「ライアンさんが来てくれて、武闘会が本当に楽しみ！」 ライアンはアリーナの父に困ったような顔を向けたが、父王は微笑していた。クリフトの方が顔色を変えている。 「・・・・・・・しかし・・・・・・・一国の王女殿下が・・・・・・・」 難しい顔をするライアンにアリーナは笑いかける。 「武道においては身分は無関係でしょう？・・・・・・・・あれからだいぶ必殺技にも磨きをかけたの！」 「・・・・・・・・クリフト。」 「はい？」 「・・・・・・・・姫君の必殺技の相手をさせられ、怪我などしなかったか。」 「ご心配なく。・・・・軽い捻挫をした程度で済んでいます。もう一人標的になった不幸な男がおりまして、私にかかる負担は半減しています。」 王の護衛としてこの場に来た苦笑いしているランデルをちらりと見、可哀相な犠牲者はこの男だとわかったライアンはこの青年騎士をじっと見た。・・・・・・なかなか鍛えられているようだ。彼ならアリーナの練習相手をしてもさほど遜色はあるまい。アリーナがライアンと最後に会ってからこの青年を練習台に日夜腕を磨いたとすれば試合をすることになったら、まさに真剣勝負になるに違いない。 そのとき、ぽこっとアリーナは後頭部を杖で叩かれた。 「全く！お客人がくる早々武闘がどうだのなんだのおっしゃるのは褒められたことではございませんぞ！」 振り向くと、魔道士の杖をくるくると回しているブライの姿があった。 「じい！いつ帰ったの!?」 「たった今ですじゃ。ああ、ディルト殿との二人旅ではのほほんのほほんと毎日を過ごしていられましたものを・・・・・・・城に帰ってみれば姫がまた武闘だの必殺技だの。折角湯治に行って寿命がのびましたのに、これでは寿命が縮んで、チャラになってしまいそうですわい。・・・・・ライアン殿。こんなお転婆、もしも試合をするようなことがありましたなら完膚なきまでに叩きのめしてやって下さい。」 そのとき、兵士が駆け込んできた。 「リオレラ大陸より、キングレオ城、城主殿、ご到着です。」 誰もが、この知らせを興味深く聞いていた。あたらしく城主になった男とはどんな人間であろうか。クリフトとライアンはその場から下がり、しばらくしてからキングレオ城よりの一行が謁見の間に入った。20人ほどの集団で、これで供のものはすべてだという。 「サントハイム王、ライル陛下。リオレラ大陸キングレオ城城主、アレクサンドロ レパードと申します。歓迎を感謝いたします。」 肩までの薄茶の髪を綺麗に後ろで結んだ、暖かな茶色の目のすらりとした青年が跪き澄んだ声でそう言った。 「レパード殿、楽にして下さい。私こそ遠方より来て下さって感謝しているのです。」 レパードはそれでも跪いていた。 「しかし、キングレオはサントハイムに比すれば格下の国・・・・・」 「どんな国であろうと、国に格が上だの下だのということはないのだ。」 少し強く言われ、レパードは顔を上げた。 「レパード殿、貴殿は王位に就かれてから日が浅いということですが、サントハイムはキングレオの前王とは親しい間柄だったのです。・・・・・・・国を治める者同士、同じ場所に立っていなければ本当の意味で平等な国交など成立しないのです。・・・・・・・それを忘れないで欲しい。」 「はい！有難うございます！・・・・・・今後も私の言動に誤ったことがあったなら、どうぞ今のようにはっきりとおっしゃって下さい。王として私はまだまだ学ばねばならないことが多くあるようです。」 城主らしからぬ腰の低い発言であったが、レパードの優しげな容姿と声にその言葉はよく似合っていた。 「わかりました。今日はゆっくり休んで下さい。部屋を用意させましたので、どうぞお進み下さい。」 女官が一行の案内に立つ。 （アレガさんとはいむ王カ。 ソシテアレガありーな王女。待ッテイルガイイ。オマエ達ノソノ首、ネジ切ッテクレヨウゾ・・・・・・） アリーナは肩をぴくっとふるわせた。 「どうしたのだ？」 「いいえ、お父様、なんでもないの・・・・・・何だか変な気配を感じた気がしただけ・・・・そうよ・・・・・気のせい・・・・・・・」 ブライは白い髭を撫でた。彼もまた妙な気配を感じていたのだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ サントハイム城に入り込んだ災厄の種は次の日から城内を密かにまわり、喜びに打ち震えた。 （アア・・・・・！ナンテ素晴ラシイ！アノ憎イもんばーばらノ踊リ子ト占イ師モココニ居ル！ソシテさんとはいむノ魔道士ニ神官、ばとらんどノ王宮戦士！狸ノヨウナ商人マデ揃ッテイルデハナイカ！・・・・・・・・勇者ガイナイノハ残念ダガ・・・・・・・・オマエ達！今ハセイゼイ平和ヲカミシメテイルガイイ。オマエ達ノ大切ナ大切ナ平和ヲ。・・・・・・壊シテヤル。壊シテヤル！オマエ達ノ大切ナ大切ナ世界ヲ！ソシテ我ラノ世界ヲ作リアゲテミセヨウ！） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「だ、だ、だから！離れて下さいと申し上げています！」 ランデルの悲鳴にも似た叫び声が門の近くで響いた。 マーニャがくすくす笑う。 「あらあら、髪に付いた葉をとって上げてるだけじゃないｖ」 「だ〜っ！髪に付いた葉をとるのに髪でなく何故首筋を撫でたり耳に息を吹きかけたりするんですかッ！クリフト！助けてくれ！」 クリフトが呆れてため息をつく。 「マーニャさん、それくらいにしてやって下さいませんか。・・・・ランデルは私よりもずっとそういうことに不慣れなんですから。」 「え？馬鹿神官、あんたって少しはこういうことに慣れてるの？」 「ああ、もう！私は何度もあなたに抱きつかれてるじゃないですか、そういう意味で慣れたっていうんですよ。」 「あ、そうか。でもね〜少しは免疫付けといた方がいいと思うのョｖ・・・・・・近衛部隊長さん、きりっとしている顔は文句なく魅力的だけど、こうして赤くなってる顔は、か・わ・い・いｖ」 尚も絡みつく。 と、そこにライアンが通りかかった。 「・・・・・マーニャ殿。」 声をかけられたマーニャはその声の主を知るや否や直立不動となった。 「若者をからかうのもほどほどにして置いた方がよかろう。」 「は、はいッ！ほ、ほんの冗談ですってば！あ、あたし、これから踊りの稽古をしなくちゃいけないから！さ、さよなら〜」 走り去る踊り子・・・・・・さすが、アリーナに継ぐ素早さを誇っていただけはある。あっという間に見えなくなってしまった。 （あのひとは、一体どうしたんだ？） （いや・・・・・・ライアンさんに何か弱味を握られているのかもしれません。） ランデルにクリフトにライアン。真面目一方の三人にはマーニャがあたふたしている理由など想像も付かないらしい。 と、そのとき何かがぴかっと光った。・・・・・・・いや、光にしては不気味だ・・・・・その閃光のようなものは黒かったのだから。 「何だ、これは！」 ランデルとライアンが同時に腰の剣に手をやった。空が・・・・・空がゆらゆらと揺らいでいる。まるで水面のように。門を通して城外を見ると、サランの街の輪郭は揺らぎの為にほとんどわからなくなっていた。 ランデルは門から慎重に一歩、二歩、と歩き出して顔色を青白く変えた。その端正な顔からは冷や汗が噴出している。尚も歩を進めるとランデルは頭を抱えて叫び、倒れるとのたうちまわりだした。 「いかん！」 クリフトとライアンは同時にランデルに向かって走っていた。何かが・・・・何か黒くて冷たいものが頭の中に侵入してくる。凍ってしまいそうな感覚、そして、頭の芯が爆発したような鋭い痛み！ 辛うじてランデルを元の場所に引き摺って戻すとクリフトは治癒の呪文を唱えた。近衛部隊長の青年はようやく顔色を取り戻した。 「・・・・・・すまなかった・・・・・・・・いったい・・・・・・・・これはいったい・・・・・・」 クリフトは神官帽を脱ぐと額の汗を袖で拭った。 「何らかの結界のようです・・・・・・調べてみないことにははっきりしたことは言えませんが。」 クリフト達から報せを受け、サントハイムの人々が調べたところによると、謎の結界は城の外周を完全に取り巻いていた。 ・・・・・・・・・・・サントハイム城は全ての人が入ってくることも出て行くこともできない、隔絶された城となってしまったのである。 |
| ほとんどサスペンスになってしまっています。・・・・２章キャラクターは贔屓なのですが、ドラクエ４を考える時は、どうにも８人で１セットです。誰が欠けてもいけない気がします。・・・・・暫くは謎解きモードで話は進行していきます。まだ揃っては居ませんが、勇者アレクもお話には関わってきます。（尚、アレクサンドロの愛称はアレクです。勇者アレクが居ない間はこちらのアレクとお付き合い下さい。） |