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| 「そうか。ホイミンが・・・・」 吟遊詩人の話を伝えられ、ライアンは甲板から遥かな水平線を見つめた。 ”笑うモグラ号”は一路サントハイムへと向かっていた。一行はキングレオからハバリアの港に行き、定期船にのってモンバーバラまで戻り、再び北上をすることになった。サントハイムもその城下町サランも魔物の脅威にさらされており、儲けは殆ど期待できないということで船員たちは余り愉快そうではなかったが、それでもトルネコについてきてくれた者が多く居てアレクたちは嬉しかった。 「ねえ、戦士様、あの吟遊詩人さんは”夢がかなえられた”と言っていたけれど、彼がかなえた夢はなんだったの？」 マーニャが愛想よく訊ねたが、ライアンはぶっきらぼうに答えた。 「・・・・彼は、人間になりたいと願っていた。」 「え？・・・・・もとは人間ではなかったってこと？」 「・・・・子細は旅の途中で話すこともあろう。」 それきりライアンはマーニャが何を聞いても兜を目深にかぶって黙り込んでいた。マーニャは少し離れて船と並んで泳いでいるイルカの様子を眺めているミネアの横の手摺りにもたれかかった。 「・・・・最後の一人は朴念仁・・・・どうしていい男に恵まれないんだろ。」 ミネアはクスクス笑った。 「みんないい人じゃないの。」 「・・・・・あたしはいい男が欲しい・・・・」 ミネアは”ふふふ”と笑った。 甲板ではアリーナがアレクと軽い手合せをしていた。アレクは姫の素早い動きに手を焼いていたが、なんとか見切って木刀代わりの角材をアリーナの肩に打ち込んだ。トルネコが拍手をし、アリーナは袖をまくって”今度こそ負けないわ！”と可愛く息巻いている。 反対側ではクリフトが剣の素振りを几帳面なリズムで続けており、ブライは分厚い書物に目を通していた。アレクが頭にアリーナの跳び蹴りを食って引っ繰り返るとトルネコは盛大に拍手し、アリーナはトルネコに笑ってみせた。ライアンは無言でやってきてアレクをクリフトの方まで引っ張っていって、剣の技を教え始めた。ライアンの腕はたいしたもので素振りでも空気を切り裂くような激しさがある。マーニャはひゅうと口笛を吹き、アリーナは嬉しそうに手を胸の前で組み合わせた。 「ほほう。お姫様はライアンさんを気に入ったようだね。」 トルネコが樽によりかかっていうと、アリーナは勢いよく頷いた。 「ええ、私、強い人が大好き！大人になったらライアンさんよりももっともっと強くなるわ。」 「・・・・というと、私のことは好きになっては下さらないかなあ。」 トルネコがのんびりした声で呟くと、アリーナは太ったトルネコの腹に抱きついた。 「いいえ、トルネコさんも大好きよ！」 笑っていたアリーナがふっと寂しそうな顔をした。トルネコは、それがサントハイムと行方不明の国王のことを思ってだとわかっていた。年令こそポポロより上であるが子供をもつ親としてトルネコにはアリーナの気持ちが痛いほど伝わってくる。 「・・・・・私の店はエンドールにあるけれど、平和になったらお姫様の国の城下にも出店を出したいもんだ。こんなに可愛いお姫様の育った国だ。きっといい国に決まってますからなあ。」 アリーナはトルネコには”可愛い”といわれても不思議と腹がたたなかった。 「ええ、そうしてね。私もトルネコさんの奥様のネネさんに会ってみたいわ。ポポロ君にもモグラ君にも・・・・」 ”サントハイムの城の尖塔が見えてきたぞ！” マストで番に当たっていた船員が叫んだ。クリフトとブライはゆっくりと首を巡らせ、近付いてくる懐かしい故国を見やった。アリーナは船首に向かって走った。幼い姫の目には城に変わりはないように見えた。しかしクリフトはブライに言った。 「爺さま・・・・城に邪悪な気配が・・・・我らの城はもう・・・・」 魔道士は悲しそうに俯くクリフトに顔を上げさせた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「これが私たちのお城？」 アリーナはブライに訊ねた。 最後に城を見てからまだ一年もたっていないはずだ。それなのにアリーナの前に聳えているサントハイム城は全体が黒ずみ、ところどころが壊されていた。城の人々が消えたときにはまだ青青としていた緑の木々は枯れ果て、鳥の声一つ、蝶の姿一つ聞いたり見たりできなかった。城下町サランまで一面の荒野だ。 アリーナはしかし泣かなかった。 「・・・・私、絶対に許さない！」 マーニャは落ち着いた声で言った。 「・・・・この城にはバルザックが居るはずよ。城の王としてね。あたしたちの直接の仇。・・・・頑張ろうね。」 アリーナは口をぎゅっと結んで頷いた。二人の馬が合うの合わないのと言っている場合ではない。 ライアンが先に立ち、開いている城門から中に入った。その途端、左右から巨大なサイの化物が大斧を構えて襲いかかってきた。ライアンは皆を下がらせ、自分は一歩前に出ると破邪の剣を抜き払って二頭を切った。二頭は胴体を両断されてその場にどうと倒れた。 その様子を見た他の魔物たち・・・・トラ男や小悪魔たちはアレクたちからじりじりと遠ざかり質素だが美しい装飾を施されたまだ往時の面影を留めている城の壁に貼りついた。バトランドの戦士は魔物たちに剣の切っ先を向けて牽制すると、クリフトの案内に従って謁見の間に向かった。神官は邪悪な霧が城内から消えているのに気付いた。いや・・・・自分たちのまわりからだけだ。八人の仲間達のまわりだけ光に満ちていて邪悪な霧が寄ってこないのだ。 「ここは私の王国だ。何の用があって来た？」 広間に入る前に男の声が響いた。マーニャたちには忘れようもないバルザックの声だ。八人が入っていくと、バルザックは王座に腰掛け、金の冠を頭に戴いて悠然と眺め下ろしていた。 「・・・・懲りない奴だ。一度逃げられたのにまた私に会いにくるとはな。エドガンの娘たちよ。お前たちの力が魔族の力にかなわないことを思い知ったのではなかったのか？」 マーニャは啖呵を切った。 「懲りないのはそっちのほうでしょ！・・・・あたしたちはお前を一回は倒しているのよ。・・・・それにあのときあたしたちを散々な目に逢わせたキングレオも倒してきたところよ。」 バルザックはふふんと笑った。アレクはその笑いのなかに危険なものを感じ取った。 「キングレオのことは使い魔から聞いた。・・・・私はもはやお前たちに倒されたときの私ではない。黄金の腕輪の力で進化の秘法は新たな力を私に与えてくれたのだ。・・・・今の私に敵はない。キングレオなど私の足元にも及ばない。・・・・私は、魔族の王、デスピサロと肩を並べることもできるだろう。世界は王である私の足元に跪くのだ！」 アリーナがマーニャの横に並んだ。 「黄金の腕輪がどうだろうとデスピサロがどうだろうと関係ないわ！それはお父さまのお椅子よ！この国はあなたのものじゃない！サントハイムはこの国に暮らすすべての人々のものだわ！」 バルザックはアリーナを見て鼻で笑った。 「ほほう。お前がこの国の王女か。お前の父親は黄金の腕輪を持っている闇の魔道士が”黒の水晶球”の中に封じこめてしまったわ。今ごろは命ずるままに未来を予知させられ我らの役に立っているだろう。」 「何ですって！」 アリーナが目を大きく見開いて叫んだ。クリフトが姫を落ち着かせようと剣を抜いて前に立ち、ブライが魔道士の杖を掲げる。マーニャとミネアは同時に思念を集中させて呪文を唱えた。火球とかまいたちの呪文が同時に飛ぶ。バルザックは素早く椅子から飛び退いた。王座が砕け散り、床がひび割れた。 「お前たちの呪文は通じんぞ。」 バルザックは懐から静寂の玉を取り出した。青く綺麗に光っていた玉は、いまは不気味な黒に光っている。バルザックが何事か唱えると玉は血のような赤い光を発し、ミネアとマーニャの二人を射抜いた。二人は呪文を唱えていた最中だったが、赤い光によって呪文は封じられていた。 「さあ、私の素晴らしい姿を見るがいい！」 バルザックは変身した。キングレオの城で見たときよりもずっと大きく醜悪な怪物が立っていた。身の丈は大人の五倍以上。鱗で覆われた赤黒い体。口をあけるとぬめぬめした舌が覗きどろりとよだれが下まで垂れた。頭の角に静寂の玉が引っ掛かっている。クリフトは呪文封じの魔法を唱えた。バルザックは嘲ら笑う。 「もう私に呪文など必要はない！」 魔物の体からはっせられる人間の声が非常に不釣り合いだ。ブライは後ろに回りこみ、吹雪をぶつける呪文を唱えた。バルザックはたいしてこたえた風でもなく静寂の玉を掲げてブライの呪文も封じてしまった。 マーニャとミネアは武器を持って父親の仇に立ち向かった。バルザックは片腕を軽く振り回す。。二人は避けたものの風圧で体を壁に叩きつけられた。 「二人とも、そなたたちの力ではどうにもならぬ。下がっておられよ！」 ライアンが剣を上段に構えた。アレクがその横に並ぶ。 「止せ止せ。そのような剣で私に傷がつくと思うのか？」 ライアンは気合い一旋飛び上がり肩口を攻撃した。ほんの僅かだがバルザックの体に傷が走った。 「ただの人間風情が進化した私に血を流させるとどんなことになるか・・・・思い知れ！」 バルザックは太い足を持ち上げてライアンを踏み潰そうとした。アレクは咄嗟に足の裏に剣を突き立てた・・・・が、剣はすぐに根元で折れた。手に痺れが走り、アレクは剣を捨てると横転して逃げた。ブライは壁にかかっていた剣をひっつかみアレクに投げ渡した。アレクは受け取って鞘から剣を抜き払ったが、成すすべを知らなかった。ライアンの剣すら歯が立たない相手だ。マーニャ、ブライ、ミネアの攻撃呪文が封じられた今、自分にはバルザックを切り裂くことができない。狙えるのは目、しかしそれは遥か上にある。 唯一呪文が封じられていないクリフトはマーニャとミネアの手当てに走り、それが終わると不可視の盾の呪文を唱え続けた。しかし彼には攻撃の呪文は使えない。神官は一回納めた剣を抜いた。 ライアンは飛び付いては切り掛かりバルザックの攻撃を躱しては小さな傷を与えているが戦況はアレクたちに徹底的に不利だ。 次の瞬間、アリーナに何やら耳打ちしていたブライが何を思ったかバルザックの前に走り出るという暴挙に出た。 「図体ばかり膨れ上がった怪物め。わしのような老人の一人すら捕まえられんじゃろう！」 バルザックは笑った。 「元気のいい爺さんだ。老い先短い命を自分から縮めたいのか。老人には敬意を払わねばな。望みどおりお前から殺してやろう！」 バルザックは足音を轟かせながら魔道士を追った。ブライは老人とは思えぬ足取りで広間を走る。 「爺さま！」 クリフトが蒼い顔をして前に出ようとするとトルネコが腰を抱いて引き止めた。 「御老人には何か考えがあってのこと！今出てはいけません。」 ブライははあはあ息を弾ませながら逃げる。バルザックがブライを掴んで握り潰そうとした瞬間、城の床が抜けてバルザックの右足がめりこんだ。 アリーナが軽快な助走をして飛び上がると角にかかっていた静寂の玉を鉄の爪で打ち砕いた。黒かった玉は青い透き通った砕片となって光りながら床に降り注いだ。それと共に、玉の力で封じられていた魔力がマーニャたちに戻った。 「さあ、勝負はこれからよ！」 マーニャは火球をぶつけ、更にバルザックの守備力を下げた。ブライはライアンとアレクの剣に魔法の力を宿らせた。 「でやぁーっ！」 ライアンが破邪の剣をバルザックの背中に突き立てた。彼はそのまま剣にしがみつき、苦痛に体を揺らすバルザックの体に取りついている。アレクは左足に続けて切り付け動きを止める。バルザックは右足を穴から抜くことができすもがいた。 アリーナは腹の一点にしぶとい攻撃を続けていた。バルザックの鱗がはがれ、血が滲みだした。クリフトとトルネコはは呪文を唱えているミネアたちを背にして守り、ときどき襲ってくるバルザックの爪の一撃をどうにかこうにか躱している。 「姉さん！」 ミネアがマーニャの手を取った。マーニャは妹の想いをひしひしと感じた。 「父さん・・・・コーミズの練金術師エドガンの仇、バルザック覚悟！」 マーニャは火球を投げ付けた。同時にミネアが呪文を唱える。かまいたちの呪文が合わさって渦巻く炎の嵐になった火球はバルザックの胴にぶち当たった。炎の嵐は鱗を吹きとばしバルザックの肉を焼く異臭があたりに漂った。 バルザックは口から泡を吐き、なりふり構わず暴れた。城の天井の一部が壊れ、破片がアレクたちを目掛けて突きささるように飛んできた。 破片を避けるためにうずくまったアレクが立ち上がると、穴から片足を抜いたバルザックが目前に迫っていた。バルザックは血だらけの左腕で柱の一つを引き抜くと背中に取りついているライアンを叩き落とそうとした。ライアンは背に取りついてずぶりと剣を深く突き刺し続けている。どくどくと血が流れる・・・・・・・その間にもバルザックはアレクたちに迫っていた。 先程の呪文で精神力のすべてを使いきり、マーニャとミネアは座り込んでいる。ブライが吹雪を吹き付けるがバルザックは体の前面を真っ白に凍りつかせながらも前進してくる。アレクはバルザックがライアンを払い落としたのを見た。・・・・このままでは殺される・・・・誰もがそう思った。 「虫けらども！これがお前たちの最後だ！」 正気を失ったバルザックの哄笑が響いた。 そのとき、無意識にアレクの口は呪文を唱えていた。 ”どんなときにもアレクを助けてくれる不思議な呪文よ。もしものときに唱えるの。” 育ての母のエリスが小さなアレクを膝に乗せて教えてくれた呪文・・・・・ 「いと高き所の善き者よ、邪悪な者を滅ぼす光の橋を地上に架け給え！」 すると、あたりは一天にわかにかき曇り、壊れた天井からライアンが背中に刺した剣に向かって稲妻が一直線に落ちた。稲妻はバルザックを縦一直線に貫いた。怪物は黒焦げになり、体の形も定かではなくなって崩れ落ちた。 ブライは呟いた。 「電撃を操る呪文は天上に身を置く者にしか使いこなせぬはずじゃが・・・・」 ミネアとマーニャは抱き合って泣いた。二年をかけた仇討ちの旅が終わったのだ。ローゼが、オーリンが二人のために盾になって去っていった。その人達はもう帰ってはこない。二人は泣き続け、泣き続けた。自分が唱えた呪文の効果に驚き棒立ちになっているアレクにマーニャが抱きつき、それにミネアが加わって徐々に泣き声は収まっていった。 トルネコは汗を拭ってブライと肩を叩き合った。 「御老人。しかし思い切ったことをなさいましたな。・・・・あの部分の床が弱いことを知っていらしたのかな。」 魔道士はクルリと杖を回してみせた。 「この城にわしは五十年以上も仕えておる。どこに柱がないのかは頭に入っておるし・・・・・あそこは陛下が１５歳そして姫さまが１３才の時に飛び蹴の練習をなさってひびが入っていたところじゃて・・・・親子二代の暴れっぷりが思わぬところで役にたちましたな。」 そのアリーナは、手足にできた傷をクリフトに癒してもらっていた。クリフトは姫の傷を塞ぐとライアンを手当てし、それから悲しげにバルザックの骸の前に進むとゆっくりと跪いて静かに祈り始めた。 「そんな奴のために祈ることはないわ！」 マーニャの厳しい声が響いた。アレクも加勢する。 「そうです！バルザックは魔族に魂を売り渡し、多くの人の命を奪った悪魔だ！」 アリーナも口を尖らせた。 「とっても悪いことをしたんですもの。きっと神様のお国へは行けないわ。」 クリフトは寂しそうに言った。 「姫さま。この人は生れ乍らに邪悪な心を持っていたとお思いですか。・・・・・私達は悪に染まった心を救えなかった自分の力のいたならさを悲しむべきであって、罪人を責めることはいけないことです。・・・・・神はすべてのものをお救いになるのです。」 アリーナは神官の寂しい顔を見るのが楽しくはなかった。そして、神官の言葉に心の中で頷いている自分にも気づいた。姫はクリフトのそばにおずおずと近寄ると、細い足を折って床に膝をつき、胸で手を組合せて真摯に祈りを捧げた。トルネコとブライ、ライアンも立ったその場で首を垂れる。マーニャは首を振った。 「なんでよ！私達は邪悪な者を滅ぼしたのよ！そしてこれから魔王を倒そうとしているのよ！まるで倒すことが悪いことみたいじゃないのさ。・・・・・馬鹿みたい！」 祈りおわったクリフトが微笑んだ。 「・・・・爺さまにも同じことを言われたことがありますが・・・・私は馬鹿なんですよ。」 かなり長い沈黙がその場に訪れた。沈黙を破ったのはトルネコだった。 「御老人。・・・・地図のありそうなところはどこでしょうか？たしかそれも目的の一つだったとおもいますが・・・・？」 ブライはポンと手を叩き一同を階下に案内した。アリーナは首を捻った。 「爺。こんな所に宝物庫があったかしら？私、城のなかはすみずみまで探険したつもりだけれど・・・・」 ブライは笑った。 「姫さま。サントハイム城には隠し通路がいくつもございます。爺がこれから行こうとしている場所は隠し通路の先にある秘密の宝物庫です。魔物に荒らされていないとよろしいが・・・・」 ブライは王の執務室の壁に向きあうと、古代の言葉で呪文を唱えた。すうっと壁が開き、廊下が現われた。明かり取りの小さな窓もあり、綺麗に整備されている。 「さあ、行きますぞ。」 秘密の宝物庫には、王家に代々伝わる数々の由緒ある品々が整然と並んでいた。ブライは古文書が保存されている棚に目星を付け、八人揃っての地図探しが始まった。 巻き物、絵物語、歴史書・・・・・古代に栄えたエスターク帝国が滅んだ直後からの書物が一揃い揃っているようだった。アレクが丁寧に本をどかして捜していると、ブライが隣にやってきて話し掛けた。 「アレク殿。先程の稲妻の呪文、あれはどこで身につけられたのかのぉ。」 アレクは肩をそびやかした。 「身につけたなんて・・・・あれは僕の母が教えてくれた呪文でお守りのようなものです。練習したことはありません。あんなにすごい効果があるとは僕も知りませんでした。」 ブライはしばらくじっとアレクの顔立ちを眺めていたが、首を左右に振って自分の考えていたことを頭から追い出すとまた作業に戻った。 「あったわ！」 マーニャが地図を掲げた。今度の地図は全体の左上に当たる部分だった。サントハイムと、ずっと北の島国スタンシアラの地形が書かれている。 「・・・っと。ここになんか字が書いてあるわ。・・・・・ね。ミネア、これなんて読むのかな。へったな字！」 後ろから覗いたクリフトがそっと地図を引き寄せた。 「・・・・神聖文字ですよ。ええと・・・・・・・爺さま！これをご覧ください！」 ブライは鼻眼鏡をかけた。 ] 「なになに・・・・天空よりの宝、一つは海の中に消えた。一つは四枚の地図が揃いし時に在処が知れる。残りの二つの宝はスタンシアラ王家とバトランド王家がこれを護る。バトランドには地図をも保管する・・・・・おお、わかりましたぞ！宝の所在が！・・・・最後の地図の在処も！」 ライアンが静かに言った。 「我が王国に天空よりの宝があったとは・・・・・そのような話は耳にしたことがなかったが、もしもその通りならば我が王は快く地図と宝を与えてくださるであろう。」 アレクは胸が高鳴った。トルネコが地図をじっくりと見、髭をなでつけながら言った。 「まず。船で北上してスタンシアラを目指しましょう。北から回ればバトランドも近い。船長たちにもうひと働きしてもらわねば。」 アレクはさっそく城を出ていこうとしたが、ブライが止めた。 「我が城には優れた武器や魔法の道具があるはず。ライアン殿とアレク殿は新しい剣をお捜しなさい。わしらも旅に役立つ品物を集めなくては。」 一同は書庫を抜けて、武器やさまざまな道具が置いてある部屋に入った。壁には美しい絵がかけられていた。 「あれ？なんでお姫様の絵があるの？」 マーニャが頓狂な声をあげた。壁にはマーニャが言ったとおり、アリーナにそっくりな少女の肖像画がかけられていた。しかしよく見るとアリーナではなかった。美しい赤い髪や全体の印象は似ているが、アリーナより繊細な感じで、目はサファイアのような青だった。 ブライが懐かしそうに絵を見上げた。 「・・・・あれがお亡くなりになった姫さまの母堂様です。ご婚約を決められたときに高名な画家に描かせたもので、あれはちょうど姫さまのお年と同じお年じゃった。・・・・お亡くなりになってから王様はこの絵を広間の壁から外されてここにしまわれた。姫さまもこの絵を見るのははじめてですな。」 アリーナは食い入るように絵を見つめた。小さなときに母を亡くしているアリーナは、肖像画でしか確かな母の姿を見ることはできなかった。その母の少女のときの姿が目の前にある。 「・・・・綺麗な方ね。」 ミネアにそう言われて、アリーナは嬉しそうに頷いた。クリフトは別の想いをこめて絵を見つめていた。親をなくした彼が唯一の縁者であるブライにひきとられ、神学校での学びをはじめてすぐ、王妃は何かと幼いクリフトを気にかけてくれた。 ある日、王妃はほほ笑みこういった。 ”修業は厳しいでしょうけれど頑張ってくださいね。神様があなたのそばにいつもいらっしゃいますように！・・・・。” クリフトは王妃にむかって元気よく返事をした。 ”はい！今からずっと力の限りがんばります、王妃さま！” ”そうですか。有難う。では頼みましたよ。・・・・あなたはこの国に、そして私にとっても大切な護り手となる人なのですよ。小さな神官さん。” 若く美しい王妃はそう言ってクリフトにキスしてくれた。王妃はクリフトにとっての永遠の憧れの人となった。 クリフトは傍らにいるアリーナを見つめた。王妃はあのとき”頼みましたよ。”と、クリフトに言った。自分はあの時の約束を違えていないだろうか。自分は護り手としてこの年若い姫を守っているのだろうか。 「な〜にぼーっとしてるの？」 マーニャがクリフトの顔の前で手をちらちらと振った。 「剣や防具、いらないの？」 見回すと、各人は手に手に道具を取って見定めている。クリフトは慌てて魔法の道具を捜すブライを手伝い始めた。 アレクは細身の剣を手に握った。軽くて扱いやすそうだ。トルネコが腕組みをしてうなった。 「それは奇跡の剣といわれている逸品だよ。持つと力が湧いてくるという言い伝えの・・・・いやはやこの宝物庫はたいしたものだ。」 アリーナが哀しげに皆から離れたところで呟いた。 「宝物庫は無事だったけれど、城はもうボロボロだわ。・・・・壁は壊れ、花壇も池もなくなってしまった。」 ブライが咳払いした。 「また元どおりにすればよいではありませんか。いや、魔物に壊されなくともそろそろ補修の時期でした。・・・・姫さまの戯れであちこちガタがきておりましたからな。」 横ではクリフトが荷物を几帳面にまとめていた。 「爺さま、他には何か・・・・爺さまの部屋に行って砂糖菓子でも取って参りましょうか。」 トルネコがふっふっふっと笑い、皆が続けて爆笑しているところに金属鎧で身を固めた凛凛しい若い戦士が飛び込んできた。そしてブライとアリーナの前で跪いた。 「姫さま、ブライ様、よくぞご無事で！私は近衛連隊長ブローブの長男ランデルと申すものです。城で大きな騒ぎが起こっているのに気付き、サランの隊より偵察に参りました。・・・・よもや皆様方があの恐ろしい怪物を倒してここにこうしていらっしゃるとは・・・・私は非常に嬉しく思います。」 ブライはランデルを立たせた。 「よく来てくれた。して、城の兵士たちは今どこに・・・・」 「はい、辺境の警備にあたっておりました部隊がサランに結集しております。ここがわが国では一番魔物が執拗な攻撃を続けている地帯なのです。ああ、姫さまがご無事とわかったら国民はどんなに喜ぶことか！さあ、おいでください！サランの町へ！ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ サランの町は度重なる魔物の襲撃を受けて軽微とはいいかねる損害を受けていた。しかし、バルザックを倒したためなのか町の回りを徘徊していた魔物の姿はほとんど失せていた。ランデルはアリーナとブライを町で一番大きな貴族の館に導いた。バルコニーの下には、最前列に士官たち、そして兵士、その後ろに一般市民がひしめいている。 兵士のなかで一番位が上のバルテジオ将軍がブライの横に立ってドラのような声を張り上げた。 「王女様にあらせられてはこのたび城を我が者としていた邪悪な魔物の首領を城の魔道士、ブライ様を初めとしたお仲間達と共に倒し遊ばされた。皆の者！城は開放されたのだ。」 うわあぁぁ・・・という歓声が広がった。戦いで傷つき疲れ果てた人々の顔に久しぶりの笑顔が浮かんだ。 「姫さま、ここにお出ましくださいどうか我らにお言葉を！」 アリーナはすっと前に出た。人々の歓声が大きくなる。 「姫さまだ！」 「ご無事でなによりですわ！」 「ああ、あの美しい髪をまた拝めるとは思っても見なかった！」 「姫さま万歳！」 「サントハイム王国万歳！」 姫がすっと手を上に上げると人々はしんと静まりかえった。 「皆さん、長い戦いの日々の間、城を留守にしており皆さんと艱難を共にしなかったことを王族として大変に済まなく思います。・・・・このサランの町もサントハイムの城も魔物の大きな爪痕が残っています。更に、またきっと魔物は戻ってくるに違いありません。しかし神様は私達をお見捨てにはなられません。力を合わせ、町の平和を守ってください。私はこれからお父さま・・・・いいえ、国王を初め、城の人々を救うために旅を続けます。私が帰ってくるときまでにこのサランが少しでも明るい町になりますように。・・・・アリーナは切にそう願っています。」 割れんばかりの歓声が起こった。バルコニーには司教のディルトが上がって来て、アリーナは懐かしさのあまりその場で抱きついた。 「へー、お転婆なお姫様もお姫様らしくすると無茶苦茶立派ね。ねえ、あなたはあそこにあがらないのぉ？」 マーニャがクリフトを肘で小突いた。 クリフトは微笑んだ。 「私は神官見習いから神官になったばかりの若輩でしかも平民の出です。姫様たちとは身分が全く違います。私が姫さまの旅の御供をしていることも異例でかなり畏れ多いことです。」 「ふぅ〜ん。」 マーニャは不服そうに相槌を打った。どうもこの神官の考え方はカタくていかん。 国民への語り掛けが終わるとアリーナたちはバルコニーから降り、マーニャたちも貴族の館のなかに通された。ブライはサントハイム軍の精鋭たちに囲まれて戦況を聞いたのちに口を開いた。 「・・・・そうか。エンドールからも徐々に援軍がやってきてくれているのか、有り難いことじゃ。城の中にいた者たちが欠けてなおこれだけの強者がいるとは心強い。バルテジオ将軍、あなたに陛下が居ない間の全権を委ねましょうぞ。我らが居ない間この国を守り、城を再建してくれ。」 甲冑に身を固めた将軍は深々と一礼した。ブライはランデルに声をかけた。 「ランデル。お前さんのててごは近衛一の忠臣じゃった。陛下と共にきっと救いだす。その日までお前が代わりに働いておくれ。」 「はい！私はこの身を王家のために差し出す心構えでおります。」 そのあと、ブライは難を逃れていた家臣たちに指示を出し、エンドール王に食料や薬の援助を頼む手紙をしたためた。アリーナも手紙に署名し一言付け加えた。トルネコは船員たちを集め、そろそろ冒険の旅に危惧を抱きはじめていた十人ほどの船員たちをここで下ろすことにした。かれらにはエンドール・サントハイム間の物資輸送を頼むことにし、ブライから十分な報酬が払われることになった。”笑うモグラ号”はサランの人々の好意で食料を積込み、北の島国スタンシアラに進路を向けた。 「スタンシアラ、水の都。都市全体に張りめぐらされた水路は交通の要である。・・・・王様は僕たちに会ってくださるでしょうか。」 アレクは諸国のことが書かれているサントハイムからもってきた本を閉じ、ブライに訊ねた。 「大丈夫じゃ。エンドールの王マクゲア七世殿が姫さまのことを諸国に伝えておられるはずじゃ。」 話を聞いていたライアンが深く頷いた。 「たとえアリーナ王女が居られなくとも、あなたの心が通じるはずです・・・・・さあ、アレク殿、剣の稽古を。日々の鍛練が勝利への道だ。」 アレクはライアンについて甲板の広くなっているところに移った。アレクはめきめきと腕を上げ、この屈強な王宮戦士に四本のうち一本は打ち込めるようになっていた。力はかなわぬものの、瞬発力と素早さではもう戦士を上回っているかも知れぬ。 ブライは船の上を見渡した。トルネコは樽によりかかって昼寝をしており、マーニャとミネアの姉妹は仲良く魔道書を読んでいる。仇を討ったためか二人の表情は晴れやかだ。アリーナは帆柱にかかっているロープをつたって帆の上まで登ろうとしている。下ではクリフトが十字を切りながら何やら喚いている。おおかた神に”姫さまのお転婆を・・・”と祈っているのだろう。 ”しかし・・・・・” ブライは息をついた。 ”姫さまがこのような危険な旅に出られ、もしも怪我などなさったら王国の未来は・・・・神は何故姫さまを勇者の仲間としてお選びになられたのか。” ”爺ー！とってもいい眺めよ！” 遥か上からアリーナの声が聞こえる。 ”・・・・お怪我はなくともあれでは婿殿が寄り付くまい・・・・” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 北の果ての島国、スタンシアラは魔物の数も少なく、人々は世界の戦乱が嘘であるかのような平和な生活を享受していた。アレクたちが港に入ったのはもう夕方であったが、港には人々の快活な話し声や歌があふれていた。水路にはランプをともしたゴンドラが行き交い、水路に沿った家々は色とりどりのほやを軒から吊したランプにかぶせて旅人の目を楽しませている。アレクはそんな平和な国が羨ましくあったが、他の国が危険にさらされているのにここでは・・・・と、幽かに怒りも覚えていた。 港からはゴンドラに乗り、城に行く。船から身を大きく乗り出して冷たい水に手をつっこんで歓声をあげるアリーナをクリフトとブライが諌め、トルネコが笑っているのを眺めながらマーニャは呟いた。 「あ〜あ。こんな綺麗な所、いい男と一緒にきたら最高なのにな。勇者ちゃんじゃ年が足りないし。・・・・船頭さんは駄目？」 船頭は照れて鼻の辺りを赤くした。 「ええ。あっしにはもう女房がおりますもんでね。いやあ、独り身だったらあなたみたいな美しい方を放ってはおきませんよ。」 教会の鐘の音がゴーンゴーンと辺りの空気を震わせた。もうだいぶ遅い時刻だ。 「船頭さん。・・・・普通、お城はしまっている時刻ですよね。まだお城に入れるのですか？」 アレクがきくと、船頭はびっくりした。 「あれ？知らなかったんですかい。ここのところずっとお城は毎晩パーティーを開いているんですよ。そして、王さまを心のそこから笑わせた者にはどんな褒美でも下さるというおふれが出ていて・・・・あなた方、王さまに挑戦しにいくのじゃなかったんですか？」 これをきいたライアンは眉をあげた。平時でさえ怒ったような厳つい顔がさらに迫力を増す。 「・・・・魔王が蘇ろうとしているたいへんな時に一国の王がそのような享楽にうつつを抜かすとは・・・・主君の風上にも置けぬことだ。」 その口調に船頭は怯え、アレクは必死にその場をとりつくろった。ブライは不審げだ。スタンシアラ王は堅実で慎重な政治をする王だ。それがなにゆえに・・・・ 城の門が見えてきた。ゴンドラはゆっくりと門の下を流れる水路に入っていく。 城の内部は人々でごったがえしていた。なにしろ王を笑わせるだけでどんな金銀財宝も思いのまま。長い行列をつくり、寝ずに考えた笑い話や珍芸のおさらいをしている。王はその行列の先に居て、難しい顔で気のなさそうに人々の芸を眺めている。アレクたちはとにかく話を聞いてもらうために列の最後尾に並んだ。 「まあ、話がこじれても私が王さまを笑わせばよろしいのでしょう？」 トルネコは呑気にどっかりと床に腰を下ろした。ライアンはずっとしかめっ面でまわりの芸人たちを恐れさせている。 この国の兵士たちも王の今回の振る舞いには疑問を感じており、芸人たちを整理する今の仕事を訝っているようだった。 王の玉座の隣には、薄桃色のドレスをまとったフェリス姫が小さくなってすわっていた。姫にとっても父の思惑は理解できないものだった。そして彼女は遥か遠くに並んでいるアリーナを見付けると侍女に合図して、自分は席を立った。数分後、アリーナは王女と向かいあっていた。 「アリーナ姫、アリーナ姫でございましょう？お久しぶりです。」 アリーナの方は王女に見覚えがなかった。モニカの時といい、自分と同じ年頃の他国の姫でさえ覚えていない自分がちょっと情けなかった。 「このたびはどんな御用で我が王国へ？私、あなたが魔王を倒すための旅をなさっていると父から聞きましたわ。まさか父を笑わせるためではありませんでしょう？」 アリーナは正直に目的を話した。フェリス姫は慌ててアリーナの手を引いた。 「そういうことであればすぐにお父さまに！きっとすぐにその宝をくださるはずだわ！」 姫はずんずん歩いていって芸を眺めている父の所に行き、アリーナの話を伝えた。王は眉をあげただけで一心に芸を見ている。・・・・・冗談にも奇術にも一言も笑い声をあげずに・・・・フェリスは父の反応に泣きだし、アリーナに身を預けた。アリーナは王を殴り飛ばしたくなる衝動を押さえ、フェリスの背を撫で王を睨み付けている。そして、フェリスが泣き止むと憤慨してアレクたちのところに戻った。 やがてアレクたちが王の前にたった。兵士がアレクに対して声を張り上げる。 「さあ、褒美は思いのまま。我が王を笑わせてみよ。」 アレクは天空の盾のことを話しだしたが兵士はそれを止めた。 「芸を見せよ。それ以外の話は手続きを踏んで改めて城にあがるのだ。さあ、陛下を笑わせてみよ。」 トルネコが前に出た。マーニャたちはまた碌でもない冗談を始めるのではないかとはらはら顔だ。 「お言葉ですが、我々は王さまを笑わせることは今はできません。」 兵士は怒った。 「笑わせることができぬのにここに来たのか？帰れ！帰れ！」 トルネコは首を振った。 「私は 『今』 は 笑わせることができぬと申し上げたのでございます。・・・・思慮深い王様がこのようなお戯れをなさるのは何か理由があるはず。それは魔物がはびこりだした世界を憂慮され、少しでも笑いをもたらしたいとお考えになったからだと私は思います。王様が心の底から笑われるのは世界が平和になったとき。この少年はその力を備えております。どうか私達に天空の宝を授けてください。いやお貸しいただくだけでよいのです。そうすればいつの日にか王さまを笑わせてみせましょう。」 王は玉座から立ち上がり拍手をした。 「・・・・そなたたち、よくぞわしの真の心を汲んでくれた。我が家臣には伝わらなかったことを・・・・さあ、兵士よ！宝物庫の中から天空の兜を持ってくるがいい。」 すぐにアレクたちの前に兜が持ってこられた。兜とはいっても髪飾りのようなつくりだ。両脇に羽根がついており、真ん中には澄んだ空の色の宝玉が埋め込まれている。トルネコは見定めた。 「おお・・・・簡単なつくりだが、魔法の力がみなぎっている。桁はずれの防御力・・・・これならば今すぐにアレクにも身に付けられるよ。」 王は自らの手で天空の兜をアレクの頭に載せた。兜ははかったようにぴったりあった。吸い付くような不思議な感触をアレクは味わった。 「頼んだぞ。勇者よ。善い知らせを待っている。」 広間に居た人々は一斉に歓声をあげ、王は大笑いはしなかったが静かに微笑んだ。フェリス姫が王に抱きつき、アリーナもブライのそばで飛び跳ねた。ライアンは兜をとると深く深く王に頭を垂れるのだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ スタンシアラから再び船に乗り、南東に下ってバトランド。城のすぐそばを通って海に流れこむ大河を遡って三日、ライアンの案内で大きな船着場に船をつけてパトリシアはポコポコと南下する。 「あ！馬に乗った骸骨の魔物！」 馬車からアリーナが飛び出して素早く魔馬の脳天を鉄の爪で殴った。馬が大きく横に傾くと、アリーナが次の一撃を加える前にアレクが奇跡の剣をふるい、骸骨剣士の槍を切り落とした。続いて胴を切り、骸骨をばらばらにする。ライアンが魔馬に鋭い一たちを浴びせ、マーニャが火球で粉砕した。 バトランドの魔物もずっと強くなっていた。しかしそれ以上にアレクたちが力を増していたのだ。 「あ〜あ、近ごろ勇者ちゃんが強くなっちゃってあたしたち暇だわ。」 マーニャが冗談混じりに言う。アレクは照れた。 「いいえ。剣が効きにくいときには呪文が頼りだし、僕が戦うときにもマーニャさんたちの呪文で助けてもらっているじゃないですか。今だってマーニャさんが相手の防御力を下げてくれたし、ブライさんが僕の素早さを上げてくれたのを僕はわかっていましたよ。あ、アリーナ姫、怪我はなかった？」 アリーナは膨れていた。 「心配してくれなくていいわ。さっきの魔物くらい、私一人でも倒せたもの。・・・・私、アレクなんか嫌い！」 クリフトは笑いながら声をかけた。 「さあ、もう風の冷たい季節ですよ。馬車のなかに居てください。」 アリーナは戻らなかった。 「外の方が気持ちいいわ！魔物が来たってへいちゃらよ！」 半袖のアリーナはパトリシアに並んで黙々と歩いている。クリフトはあきれ顔だ。まあ、鍛え方が違うから風邪などひかないだろうが・・・・ 「僕は嫌われてしまったらしいな。」 理由がわからずにアレクが言うとクリフトが訊ねた。 「姫様になにかいいましたか？」 「何か・・・・って別になにも・・・・」 「・・・・・姫様は”綺麗ですね””可愛いですね””さすがにお姫様ですね”などと誉めるとすぐに臍を曲げるのですから気にしないことですよ。」 「・・・・誉めた覚えもないけれど・・・・まったくわからないお姫様だなあ。」 マーニャがクスクス笑う。 「要するに我侭の気分屋さんなのよ。まだおチビだしね。ねっ！クリフトさん。綺麗とか可愛いとかはあたしに言ってね あたしは臍を曲げたりしないで素直に喜ぶから。キスしてあげてもいいわ！」 クリフトは十字を切り、マーニャは怒り、その外の人々は笑った。ライアンですら含み笑いをした。アリーナだけが腹立たしそうに口を尖らせていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ バトランドの城下町は平和だった。立派な装備を整えた王宮戦士たちが城の回りを固め、空からの襲来にも弓矢と投石機で万全の防備をしている。ライアンを先頭に町の大通りを歩いていると、一人の美しい婦人がライアンに走り寄ってきた。 「王宮戦士様！私です！フレアです！覚えていらっしゃいますか！」 武骨なライアンにこんなに美人の知り合いがいるのかとマーニャはあからさまにびっくりしてみせた。ミネアがつねって黙らせる。 「おお、その後どうしておられた。」 「はい、あのあと夫との間に子供にも恵まれまして・・・・男の子でございます。あなた様のお名前をいただいてライアンと名付けました。」 マーニャは”ああ、そんなとこだろうと思った。”と笑う。またミネアがつねった。 「私の名を・・・・それは嬉しいことだ・・・・子供は世界の宝。立派に育ててください。」 フレアはライアンの手を握った。ライアンは微笑した。アレクはライアンにもライアンの生活があり、ライアンの知人を残して旅をしているのを今更のように感じた。 「さあ、ここが我が王宮だ。入られよ。」 番兵は一度槍を構えたが、ライアンの姿をみとめると破顔一笑武器を投げ捨てて肩を叩きあった。 「ライアン殿！貴殿とうとう勇者殿を見付けたのだな。今日はその報告か！」 「いや、今日は陛下にお話があって参ったのだ。陛下はおられるか？」 「おお、お主が来たとお伝えすればすぐにもお会い下さるだろう。ささ、お仲間の方々もどうぞ中に！」 質実剛健をモットーとするバトランドの城には他の城のような華麗さはないものの機能的な立派な城だった。通路のあちこちに立つ兵士はマーニャの投げる投げキッスに顔を赤くして顔を背けた。 「きゃ〜っ純情な兵隊サン 」 マーニャの前と後ろを歩くクリフトとミネアは俯きかげんで冷汗を流している。アリーナは口を尖らせてブライの後ろからついていく。 謁見の間の扉が開くと同時に王が走って来てライアンを労った。 「ライアンよ。ついに勇者殿を捜しだしたな。おお、考えていたとおりの逞しく正義と勇気に満ちた若者のようじゃ。」 そうだ。アレクは初めにブランカ王に謁見したときよりも大人になった。ずっと・・・・ 王は続いてアリーナとブライにサントハイムの援助にバトランドも協力すると約束してから向き直った。 「して、ライアン。わしに頼みとは一体何か？」 ライアンが跪いて畏れながらと申し出た。王は表情を凍りつかせた。 「地図と、天空の宝を・・・・とな。それは渡すことはかなわん。」 「なぜでじょうか。。我々に託すことはできぬと？」 アレクたちも納得ができない。 「いや、わしもこの城に両者があればすぐにでも渡したい。この王宮に確かに昔はそれらのものがあった。しかし・・・・わしの祖父が王位についていたとき、ガーデンブルグの女王に譲渡してしまったと聞く。・・・・ガーデンブルグは女だけの国。その女王を愛してしまった祖父は愛の思い出にと・・・・いやはや、全く軟弱な話じゃ。ガーデンブルグはここから北東の山のなかにある。女兵士たちの警護部隊には気をつけるのだぞ。男は国の平和を乱すものとして追い返されると聞いておる。・・・・・役に立てなくてわしは情けない。」 そう深々と頭を下げられては言い返す言葉はない。ライアンはこれから魔王を倒す決意を新たに王に示すと足早に王宮を去った。 |
| ついにバルザックを討ちました。 しかし、アレクの想いとクリフトの神官としての思いは完全に違う方向を向いています。 もちろんアレクが勇者として更に成長する為には、クリフトのような考え方ができる余地が ないといけないはずなのですが・・・・アレクの力の源はまだ「復讐心」です。 パノンを消してしまいました。 いえ、パノンが嫌いというのではなく、単にトルネコさん好きなんで。 トルネコさんには戦闘以外でがんばって欲しいのでした。 |