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| 次の日、アレクとトルネコとホフマン、それにブライはは連れ立って宝の地図を持っているというヒルタン老人の住まいに歩いて出掛けた。 ヒルタンは宿屋の主人の実父であの素晴らしい建物もヒルタンが建てたものなのだが、子供の世話になるのを嫌い、町から少し離れた森の中に小さな小屋を作って住んでいるということだった。 アリーナは、クリフトの毛布にすがりついて泣きじゃくっていたのが別人かと思われるほどで、べったりとくっついているのをマーニャに茶化されてからは急に恥ずかしくなったらしく、看病を他の者に任せて（とはいうものの、誰もいないときはやはり彼のベッドの横にいるのだが）町の中を探険したりパトリシアの世話をしていたりした。パトリシアはこの姫ぎみが気に入った様子で、 ”お父さまを助けたら、修業しなおして世界一の武闘家になるの！” と目を輝かせて将来の夢を語る姫の言葉をわかっているかのように優しい黒い目をパチパチさせておとなしく聞いていた。 マーニャとミネアの姉妹はクリフトの看病だ。クリフトは確実に快方に向かってはいるもののベッドを動けずにいた。 「は〜い あ〜ん！」 マーニャがスープをすくったスプーンをクリフトの口元に差し出すと、クリフトは端正な顔を少し赤くして毛布の中から片腕を出した。 「ス、スプーンくらい自分で持てます！どうかあまりお気遣いなさらないで下さい。」 マーニャはにっこり笑った。 「いいのよっ。あたしは好きでやっているんだから 」 「し、しかし！しかし！」 「うふっ 赤くなっちゃって可愛いっ！」 ミネアはクリフトと話している姉を見て笑っていた。神官が好きではない姉だが、徹底的に嫌うのではなくからかって遊ぶことに決めたらしい。それにしてもこの神官は真面目一方で見ていて面白い。昨日の夜、あのお姫様がスープを運んできた時も、今のマーニャと同じようなことをされて、”姫さまに世話をしていただくなどとそんな畏れ多いことはできません！”と固辞した挙げ句に、それでもアリーナが”食べなきゃ強くなれないわよ！”と無理に流し込んだ熱い熱いスープを我慢して飲込み、アリーナが居なくなった後、ひいひい言いながら水で口の中を冷ましていた。こんなカタイ人間がそうそういるものではない。水晶玉を覗き込んでみても、この神官には女性に対する雑念などまるでない。全くの真っ白。そのまま放っておいても何か起こる心配などなさそうだ。ミネアは宿の子供と遊んでやる約束をしていたのを思い出してその場を立ち去った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ヒルタン老人の住まいは、大金持ちにしてはあまりにも質素で小さかったが、しっかりしたつくりで住心地は良さそうに見えた。住まいの横手には大きな屋根のついた集会所のようなものがあり、多くの人々が座って、前に立っているヒルタンの話を熱心に聞いて頷いていた。老人はここで、人々に、商人の心得を教える学校を開いていたのだ。 「それでは今日はここまで。」 一斉に人々が立ち上がり、ミントスの町の方に引き上げ始めた。アレクたちを自分たちと同じくヒルタンに教えを受けにきたと思い込んで、すれ違いざまに一人の男が熱っぽく声をかけてきた。 「いやあ、ヒルタン様の話は実に深い。私は、実際的な商売の方法だけを教えてくださるのかと思っていたが、今日は”商売は品物を売るだけではない。心を一緒に売るのだ。”というお話だったよ。あんたがたも私らと一緒に学ぶといい。毎日午前中にここは開かれているからな。」 男が行ってしまうと、ヒルタンが立ったままじっとこちらを凝視していた。よく日に焼けた赤銅色の肌、かり揃えた白い髭と髪。商人というよりは、海賊といった風情がある。アレクが声を掛けようとする前に、ヒルタンが言葉を発した。 「わしの学校に来た訳ではないな。・・・・・・宝の地図のことを聞きにきたんだな。」 図星を刺されてアレクは頬を紅潮させた。 「驚くことはない。わしのところに地図のことを訊ねにくる者は何十人もいるのだ。して、何故あなた方は地図を欲しがるのだ。」 アレクは一歩前に出て、これまでの経過を逐一ヒルタンに説明した。そして、トルネコの背負い篭に入れてもらっている天空の鎧を指差した。ヒルタンはじろじろと天空の鎧を見定めたが動じる気配はなかった。 「すると、この若者が世界を救う勇者というわけだ・・・・・・私は確かに宝の地図を持っている。そしてその宝とは天空より神が人間に与えたもうたものであることも私は知っている。・・・・しかし残念だが、無条件に地図を渡すことはできん！」 アレクは表情を固くした。ブライも眉を上げ、信じられない表情だ。 「・・・・これまでにも地図を欲しがるものにはそうしてきた。・・・・・わしが質問を出す。その質問に答えられれば地図を差し上げよう。ただし、答は一回限りだ。・・・・これまでに正解を出したものは一人もない。・・・・地図を譲るに価する者と認めれば、素直に地図を渡すことにしよう。」 全員ゴクリと唾を飲んだ。 「・・・・さあ、質問だ。”商売に一番大切なことは何か。”それだけだ。端の若い子から答えるがいい。」 ヒルタンに言われ、ホフマンはもじもじしながら答えた。 「・・・それは真心だと思います。俺の家は宿屋ですが親父からずっとそう言われてきました。」 「真心は確かに大事なことだが、それだけでは商売はできない。そう思うだろう。」 ヒルタンに言われ、ホフマンは”そうですね。”と肩を落とした。 「最初の一人は不正解。さあ、次はどうだ。」 アレクはこぶしを握り締めた。 「僕は、努力だと思います。どんな苦難をも乗り越える・・・・」 アレクもまたヒルタンにやりこめられた。アレクが、”間違っていたようですね”というとヒルタンは頷いた。 「・・・・そちらの御老人の答は？」 「わしは商売のことは全く知らぬが・・・それは知識ではないですかな。さまざまな商品を扱うのには知識が必要だと思われる。」 ブライもヒルタンに答が間違っていることを納得させられた。アレクは落胆したが、トルネコはにこにこ笑っていた。 「・・・・さあ、最後の一人だな。さあ、答を・・・・」 トルネコはニコニコ顔のまま口を開いた。 「答は簡単です。ネネの笑顔です。」 これにはヒルタンもアレクたちも仰天した。 「いや、ネネというのは私の妻の名です。これが私にはすぎた女房でして、毎日作るアップルパイの旨いことといったら世界一なんです。どうです？ヒルタン殿これが絶対に正解です。あなたがなんといわれようと。」 ヒルタンは絶句し、そして笑った。彼は腰のベルトから銀の短剣を抜くと、教室の外の大きな丸い石の裂目に突き立てた。すると石が二つに割れて中から羊皮紙に描かれた小さな地図が見つかった。 「これが宝の地図だ。しかしこれは四枚のうちの一枚でしかない。四枚が揃ったとき初めて宝のありかがわかるということだ。・・・・あとの三枚の地図は、五百年以上前からどこかの城の宝物庫にあるという。もしかしたら宝も共にあるかもしれん。一枚の地図はリオレラ大陸にある。わしが宝について知っているのはそれだけだ。・・・・気をつけていくんだぞ。・・・・若いの、真心を大切に宿屋を大きくしていくんだぞ。勇者殿、努力は必ず報われるものだ。最後の最後まで諦めずにいくのだよ。御老人。あなたの膨大な知識を世界の平和のために役立てて下さい。・・・・そして恰幅のいいあんた、ネネさんとかいう奥さんを大切にな。」 ヒルタンはそれだけいうと小屋に入ってパタンと扉を閉ざしてしまった。 あっけにとられる一同にトルネコは笑って説明した。 「商売をするのに一番大切なことなど、商人一人一人によって違うのがあたりまえです。どんなものでもその人にとっては正解ですよ。ただ、皆さんはヒルタン殿にやりこめられて自分の意見を翻してしまった。そこで不正解になった。私にとっては本当にネネの笑顔が一番大切なのですよ。・・・・もっとも、あの方はアレクの話を聞いたときからから私達に地図を渡そうと決めていらしたが・・・・いやあ、永年商売をしていると、相手の顔色を窺うのが特技になってしまって・・・・・さあ、地図を見てみましょう。」 トルネコが地図を拡げると、それはミントスやソレッタが含まれている地図だった。アレクがブランカ王にもらったものとたいした違いはない。四枚のうちの右下にあたる部分らしい。ブライが覗き込んで頷いた。 「なんの変哲もないようにみえるが、この地図には魔力が感じられる。あとの三枚を見付けることですな。・・・・リオレラ大陸には城が一つしかない。あの姉妹が仇を討ち損ねたというキングレオ城。五百年以上前から成立していた王国は、わがサントハイム、エンドール、ブランカ、そしてスタンシアラにバトランド・・・・ひとまずは確実に地図があることがわかっているキングレオに行くのが得策と思うが・・・・アレク殿、いかがなものだろう。」 アレクは頷いた。 「早速宿屋に帰ってマーニャさんたちと相談しましょう。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「いよいよ、憎いバルザックを討つ日がきたわ！」 アレクが話をすると、マーニャは少し目を潤ませながら決然と宣言した。 「・・・・ハバリアを出てからもう半年以上。あたしたちも少しは強くなったし仲間もできたわ。ミネア、バルザックの息の根を今度こそ。」 ミネアは大きく頷いた。ベッドに寝たまま聞いているクリフトは少し戸惑っている。 「・・・・そのバルザックというのは人間なのでしょう。改心させることはできないのですか。」 「バルザックが改心なんかするわけない！殺さずに説得しろとでも言うの！」 「・・・・いいえ、ただ私は・・・・司教様に人を殺して解決されることは何もないと教えを受けてきました。」 「もう！なんで神官ってそうカタイのよ！あんたになんかあたしたちの無念がわかってたまるものか！」 アリーナが厳しい目でクリフトを見た。 「クリフトは意気地なしなんだから。そんな考えだからいつまでたっても強くなれないのよ。私、マーニャさんの言うとおりだと思う。」 クリフトは黙って頭を掻いた。マーニャはアリーナの頭を撫でた。 「有難う、可愛いお姫様 」 これにはアリーナがカチンと来た。 「可愛くなんかないわ！」 「何よ、人が誉めてあげているのに。ほめ言葉は素直に受け取るものよ。」 「だって可愛くなんかないんだもの！」 「そうね！生意気よ、あんた。」 クリフトとマーニャのいいあいがいつのまにかアリーナとマーニャの言い合いに代わってしまった。ミネアはほほ笑み、アリーナの肩をふわっと抱くとブライたちの方に連れていってしまった。アリーナもそれ以上マーニャにかみつくのはやめた。アリーナはミネアが、どことなく大好きなチェルナ村のリアに似ているのを肌で感じていた。クリフトが残念そうに姉妹を見ていた。確かにクリフトの言うこともわからなくはない。どんなに悪人でも人の命を奪うことは正しいことではない。神の道に仕えるクリフトにとっては侵すべからざる道義だろう。・・・・しかしミネアはバルザックを許せない。神の道に反していようともこれだけは・・・・・と思うミネアだった。 「と、いうことで、明日にはここを出航し、西に向かいリオレラ大陸を目指しましょう。船員たちは喜んでついていくと約束してくれました。・・・さて、寄港地ですが・・・」 「あ、それはハバリアよりもモンバーバラの方がいいわ。ハバリアはキングレオに近いけど、どんな状況にあるか今一歩不安だもの。陸路が長いけれどモンバーバラに行きましょう。」 マーニャが言うとアリーナが嬉しそうに飛び跳ねた。 「船に乗って行くのね！私は船が大好き。風がとっても気持ちいいんですもの。ねえ、爺や、キングレオでお父さまのこともわかるかしら。ところで、あの素敵なパトリシアは連れていけるの？」 ここで全員が一斉にホフマンの方を振り返った。ホフマンはさっきからじっと座っていた。 「・・・・俺は行けないよ。俺は魔物と戦えないからね。・・・・でも、パトリシアはアレクたちの旅に必要なんだろう？連れていってくれよ。パトリシアは天から振ってきた馬、天からの贈り物だよ。アレクだってパトリシアの手綱を捌けるようになったし、他の皆さんもパトリシアと仲良くなったみたいだし・・・・・俺はここに残ってヒルタンさんの教えを学ぶつもりだ。砂漠の向こうの親父には手紙を書くことにするよ。・・・・アレク、短い間だったけどありがとう。・・・・君に課せられた運命は厳しいものだけど、どうか命を大切に・・・・」 二人は握手しあい、再会を誓いあった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「うわぁ〜、陸地が見えてきたわ！」 ”笑うモグラ号”の甲板から身を乗り出し、綺麗な髪を潮風になびかせながらアリーナは可愛い声をあげた。クリフトが慌ててアリーナの襟首をつかむ。 「姫さま！落ちたらどうするのです。」 アリーナは口を尖らせた。 「もう私は子供じゃないわ。十六よ。落ちたら落ちたで自分で責任を持つわ。」 アリーナは逃げだして、反対側の甲板に行ってしまった。アレクは笑いながらクリフトの隣に立った。 「アリーナ姫は元気ですね。・・・・僕、お姫様ってもっとなよなよしていておとなしいのかと思っていました。」 クリフトは苦笑した。まったくアリーナは元気だ。病み上がりのクリフトが追い掛け回してお説教するのはちょっと無理だ。 「・・・・世の中のお姫様がみな、うちの姫さまと同じではありませんよ。・・・・もう少し淑やかになられたほうがよろしいのですが・・・・神様はどういうお考えで姫さまを魔王退治の仲間に加えられたのか・・・・」 アレクはクリフトの体を心配し、甲板に置いてあった椅子に腰掛けさせた。 「有難う、アレク。私はずっと君達の世話になりっぱなしですね。」 「いやだなあ・・・・当たり前のことをしただけですよ。・・・・クリフトさん。僕はあなたより三つも年下です。気楽に話してください。」 クリフトは神官帽を脱いで膝の上に乗せた。彼は歩けるようになってから神官服に神官帽をずっと身につけていた。 「充分気楽なつもりなんだけどなぁ。私は八歳のときに神学を学ぶようになったんですが、十三くらいから先は飛び級をして、年上の人たちとばかり一緒だったからかもしれません。ときどき聖堂に駆け込んでくる姫さまが一番近い年の子供だったくらいだから・・・・」 クリフトの髪は陽光に照らされ、美しく光って見えた。 「クリフトさん・・・・ミントスでマーニャさんとバルザックのことで喧嘩をしましたよね。」 「ええ・・・・マーニャさんの気持ちもわかりますが、私達神に仕えるものは、”命にかかわる裁きをするべきものは神だけだ”と教えられていますから。」 そういってクリフトは懐から呪文の書物を取り出してアレクに見せた。 「最後のページには、死者を蘇らせる呪文と、相手に死を与える呪文が説明してあります。しかしこの二つの呪文は決して使ってはならない禁忌の呪文なのです。・・・・この呪文を使う時には、神をその場から追い、己が神の代理人として振舞うことになります。それはつまるところ生権与奪の権限を持つ神の領域を侵したことになり、永遠に神の許しが得られなくなるのです。」 「・・・・僕は、クリフトさんの考えは好きだけど、やはり非道な敵は倒さねばならないと思います。・・・・父さんや母さんを殺した魔物を全滅させるのと同じように。」 クリフトは悲しい顔をした。 「・・・・・魔物もまた生きもの。殺さずに済むのならそれがよいのだが・・・・私の父も母も火事で死にましたが、私は火、そのものを憎いと感じてはいけないと自分に言い聞かせています。」 と、そこでクリフトは笑顔を見せた。 「ところで、ミネアさんから、君は治癒呪文をを少し習ったと聞きましたよ。・・・・もう少し上級の呪文を私から習う気はないですか？・・・・」 もちろんアレクは喜んで習うことにした。 「あと、爺さま・・・・いや、ブライ殿に魔法を使う心得を聞いておくといいですよ。・・・・私は防御の呪文専門だからあまりアレクの役にはたたないかなぁ？」 「・・・さっき、お姫様が、僕に、”クリフトはお裁縫がとっても上手なのよ。絶対に習っておくべきよ！”と力説してましたが？」 クリフトはぎゃふんとなった。アレクはそんなクリフトの顔は親しみが持てるようで気に入った。 「ほ・・・・ほかに姫さまはなにかおっしゃっていましたか？」 「・・・・そういえば、僕に”習う気があったら私がいろいろ教えて上げる！”と甲板を飛び歩きながら言っていた・・・・いや、いらっしゃったけど、僕はダンスや刺繍を習う気はなかったから断ってしまいましたよ。」 クリフトはアレクの深緑色の髪をかき回して笑った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「とうとう帰ってきたわ！」 マーニャはモンバーバラの町に入って劇場の前に立つと、身に纏っていたマントを脱いだ。もちろん下は踊り子の服だ。トルネコは目尻を下げてにんまりと笑い、アレクは頬を染めた。ブライは微笑んでおり・・・・・・・クリフトは真っ赤になって十字を切った。 「ちょっとぉ！なんであたしに十字を切らなくちゃいけないのよ！あたしは悪魔でもなんでもないのよ！」 「わ、若い娘が衆人注視の目の前で肌をさらすなどと！」 「そうやって気にするほうがよっぽどいやらしいわよ！」 「しかし！私は！」 「うるさいわね！キスでもしてあげましょうか！そしたらその硬い頭もちょっとは柔らかくなるんじゃない？」 二人がいいあいをしていると、劇場から懐かしい仲間達が飛び出してきた。 「マーニャちゃん！ミネアちゃん！」 「わ！皆元気だったぁ？」 「心配させて！あのあとキングレオの辺りでいろいろあったって噂を聞いて死ぬほど心配したんだから！でも嬉しい。」 「おいおい！俺のこと覚えてるか？」 「忘れるもんですか！まだ前座でがんばってるの？」 「へへん、もう前座じゃないぜ。」 「出世したんだ。たいしたものね。」 後ろから座長が歩み出てミネアと抱擁した。 「座長さん・・・・まだ私達・・・・」 座長は重々しく頷いた。 「わかっているよ。あれからしばらくして、ミネアちゃんたちをエンドールへ運んだ船がここに立ち寄ってね。・・・・・そちらの人達はミネアちゃんたちの仲間かい？」 「ええ、今紹介しますね。」 ミネアに紹介され、一同はその日モンバーバラ劇場の裏手の団員宿舎に泊まることになった。今日一日だけ休み、明日はキングレオへと出発だ。マーニャは座長のたっての願いで今日一日だけ公演に出ることになった。好奇心の強いアリーナは、どうしても劇場で見物するのだといってきかなかった。 「だって、マーニャさんは仲間よ。仲間のことをどうしてみてはいけないの？」 「・・・・姫様、別に出し物が悪いというのではありませんが、どうも姫様のような年頃の娘が来ているのではないようです。爺はそこが心配で・・・・・・」 アリーナはむくれた。 「いいわよ。爺やが嫌ならクリフトに頼むから。」 ところがクリフトは先程マーニャの旧友の踊り子達に囲まれてからみつかれてから十字を切りっぱなしだった。 「私は絶対に行きません！」 「・・・・若い男が踊り子達を見るのを嫌がるとは・・・・嫁が貰えんぞ。」 「いいんです！私は一生独り身で過ごしますから！」 「あら、リアはどうするの！」 「なぜまたそこでリアが出てくるんです！」 ブライは大きな咳払いをした。 「しょうがない姫様じゃ・・・・困ったのう、わしも踊りはあまり好きではないのだが、姫様を見張るためにご一緒するとするか。気が進まないが、この爺が一緒に見物いたしますぞ。」 アリーナは喜び、ブライも髭の影に隠れて内心は喜んでいた。”たまには若いもんと同じ心持ちにならんとな！” 結局、クリフトを除いた五人がマーニャの舞台を見るために一緒に劇場に入った。マーニャは長い間大きな舞台に立っていなかったことを感じさせないほど生き生きとしていて踊りも素晴らしかった。ミネアは寂しく思った。”姉さんがこんな風に楽しく踊れる日が再びやってくるかしら？”マーニャはくるくる回りながら楽団員に合図した。指揮者がテンポを上げた。マーニャはどんどん速くなっていくテンポに合わせながら回転を続ける。拍手が沸き起こり、シンバルの一打ちで踊りが終わっても拍手や口笛がしばらくは止まなかった。アリーナも喜んでパチパチと拍手をし、回りの男たちがやっているようにピイッと指笛を鳴らした。・・・・と、ブライに諌められた。 「姫様、夜に口笛を吹くなど、はしたないことですよ。さて、マーニャさんの出番は終わりのようじゃ。もう帰りますぞ。」 「いやっ！もう少し見ていくわ。次は手品ですってよ！ねっ！もう少しだけ！」 結局アリーナに食いさがられたブライが劇場に残ることになり、トルネコとアレクとミネアは宿舎の前の小さな庭に戻ってきた。庭ではクリフトが夕べの祈りを終え、跪いた姿勢から立ち上がるところだった。 「お帰りなさい。・・・・おや姫さまは？」 トルネコが事情を説明すると神官は天を仰いだ。 庭は夏の夜風が吹いてよい気持ちだった。トルネコは腕を大きく振り上げてまんまるい体に一杯息を吸いこんだ。 「たまには息抜きも必要だよ。ちょっとだけ酒を飲まないかね？よく眠れるくらいに。」 アレクとクリフトとは顔を見合わせた。 「なんだ、そこの二人とも強い酒を飲んだことがないのかい？」 アレクは頷き、クリフトは”飲んだことはありますが倒れました”と頭を掻き掻き言った。 「ミネアちゃんは？」 「私はコーミズ村で鍛えられましたから。けっこう強いんですよ。故郷の地酒は。」 トルネコはミネアに片目をつぶってみせた。そして懐から上等の蒸留酒を抜き出した。 「さあ、こいつを開けよう。酒に弱い人は舐めるだけでもいいさね。劇場の皆さんも一緒にね。」 「さあ、航海が無事に終わったことに乾杯。」 トルネコがグラスを上げ、三人はそれに自分たちのグラスを打合せた。ミネアとクリフトはゆっくりと口に含んで味わってから飲み込んだが、アレクの方はぐいと飲んで一気にグラスを半分ほど干してしまった。そして顔が真っ赤になった。ミネアとクリフトはポーッとしているアレクを見て微笑んだ。自分達はこの少年よりはずっと大人なのかもしれない。トルネコはちびりちびりとやりながら、自分の体験したことを面白おかしく冗談を交えながらおしゃべりしている。いつのまにか三人の回りには、トルネコの話を面白がる男の団員たちと、クリフトに流し目を送る踊り子達で垣根ができていた。 注がれるままに飲んでいたアレクは、飲み始めてからそうたたないうちに酔い潰れた。女たちに囲まれて弱っていたクリフトはミネアにめくばせしてアレクの肩を支えると用意された部屋に運んでいった。ベッドに下ろしクリフトが靴を脱がせてミネアが毛布をかける。クリフトは大きく息をついた。まだまだ彼の体は完調とは言いがたかった。 「シンシア・・・・」 眠っているアレクが難しい表情をして寝言を言った。ミネアがアレクの額にかかった髪を撫で付けた。 「魔物に殺された恋人の名前ね。苦しそうな顔・・・・・・いい夢ではないらしいわ。・・・・」 クリフトが小さい声で祈った。 「・・・・彼の闘争心はここから出ているらしいですね。・・・・・神は言っておられる。憎しみは新たな憎しみを生むだけだと・・・・これからしっかり見守っていてあげなくては・・・・我々よりも若いですからね。」 これにはミネアが笑った。 「あら、私はまだ十九才ですわ。」 クリフトも頭を掻く。 「かくいう私もまだ二十一・・・・」 「恋をしている分、アレクの方が大人かもしれないわ。」 「そうですね。」 モンバーバラの夜は更けていった ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 馬車は北に向かって進んだ。 アリーナは馬車の中でクリフトに向かって不思議そうに訊ねていた。 「それでね、芸人さんが何か言うたびにまわりの人達はどっと笑うのだけれど私は何故笑うのかがわからなかったの。」 クリフトは苦笑した。 「きっと姫さまが大人になったらわかることでしょう。で、手品や曲芸は面白かったのですか？」 「ええ。とっても！でも本当に残念だったわ。どうして笑うのかわからなくて。」 マーニャはアリーナの頭を押さえてぐりぐりとなで回した。 「劇場でやっている出し物は下世話でお姫様にはおわかりにならないかもしれないわね。・・・・これから魔物が多くなるところだから気をつけて馬車に居て下さいよ。」 まだ王族であり、呪文も使えないアリーナが何故仲間なのか理解できないマーニャであった。 アリーナは明るく答えた。 「ええ、気をつけて外を見ているわ。そして魔物がいたら絶対に見逃さないようにする！」 マーニャが”ん？”と悩んでいる間に魔物がとびだしてきた。砂漠でよく出会ったメタルスコーピオンだ。この大陸に住む魔物も、姉妹が離れた時よりも数段強くなっているようだ。アレクは剣を抜いた。 「マーニャさん、ミネアさん、呪文を頼みます！」 しかしアレクが飛び出すのより、アリーナが飛び出すのが速かった。 「お姫様！危ない！」 とアレクが叫ぶのと 「姫様！また過激なことを！」 とブライが叫ぶのが同時だった。しかしアリーナは戻らずにサソリに突進していって、身を翻したかと思うと目にもとまらぬ早業でサソリを打ち倒した。サソリを踏み付けてにこにこ微笑むアリーナをサントハイムの二人の御供は”ああ、またか・・・”と諦めの様子で見た。 「クリフト！また毒針に刺されちゃった！お願い！」 クリフトは慌てて解毒の呪文を唱えてからお説教した。 「姫さま！サソリには気を付けてくださいと注意したではありませんか。これで私が毒を抜くのは何度目だとお思いです！三十二回目ですよ！」 アリーナはあっけらかんとした表情だ。 「だってクリフトが毒を抜いてくれるからいくら刺されたっていいでしょ？」 クリフトは天を仰いだ。 「・・・・ああ・・・・亡くなった王妃様はなんと思われることか・・・・」 「全くです。魔物が来た途端に喜んで飛び出していく輩がどこにいますか！爺は毎日のように寿命が縮んでおりますぞ！」 アレクもマーニャもミネアも、嬉々として帳面に”メタルスコーピオン三匹”と書き記すアリーナを一言も発することができずに見つめていた。こんなに強い小さな女の子があっていいのだろうか。クリフトの呪文もたいしたものだ。猛毒を一瞬にして抜いてしまうとは・・・・ トルネコは腕組みをしてうんうん頷いていた。 「そうか、やはりエンドールの武術大会で優勝したのはお姫様だったのか。あんまりか細くて可憐なので何かの間違いかとも思っていたが・・・・モニカ姫さまがアリーナ姫のことを話しておられたし。」 アリーナは帳面から目を上げてトルネコに笑い掛けた。 「モニカを知っているの？トルネコさん。あの人いい人よ。」 「はいはい、知っているも何も・・・・このトルネコがモニカ様とリック王子の恋の橋渡しをしたようなもので・・・・」 アリーナはハシバミ色の大きな瞳をさらに大きくした。 「モニカとリック王子・・・・？」 「ええ、お二人は結婚なさったんですよ。」 「そう！」 アリーナはにこっと笑った。 「そう。良かったわ！モニカは優しい人だし、リック王子は剣に優れた立派な人ですもの！」 ブライは、はてさて姫様はリック王子のことをよく知っていらしただろうかと首を捻り、クリフトにも訊ねてみたが、この二人の御供は一向に仔細を知ることができなかった。アリーナはとても嬉しいらしく魔物を屠る拳も冴え渡る。 とにかくアリーナは強かった。素早く縦横無尽に走り回り魔物の急所を的確に攻める。アレクも触発されて剣の腕を上げた。クリフトはまだ剣を抜いて戦えるようにはなっていなかったが馬車の中から不可視の盾を作る呪文や目くらましの呪文を放ち、ブライは吹雪を吹かせる。サントハイムの三人が加わったことで旅は楽に進むようになった。 困ったのは、戦い以外でだった。 コーミズ村まで、一行は何回か野宿をしたが、そのときのことだった。男たちは薪拾いや水汲みをし、女達は食事の支度をすることになった。別に分担をしなくとも何となくそうなったのである。マーニャとミネアは森から木の実を取って来た。マーニャは何も考えずに火のそばに座っていたアリーナに一個を放って”下拵えをしておいてね”と声をかけ、自分はミネアと別の料理の用意をした。 アリーナはじっと木の実を見つめていたが、素直に皮を剥き始めた。 「何をやっているのよ！」 マーニャの怒鳴り声に一同はびっくりして集まった。そこにはアリーナがぽかんとした顔をしてマーニャと顔を突き合わせていた。 「何・・・・・って。これ・・・・言われたとおりに・・・・・」 「どうしてよ！なんで種しかないの？これは皮を食べるものでしょう？」 アリーナは自分が持っている木の実を見て口を尖らせた。 「・・・・・そんなこと知らなかったから・・・」 マーニャは大声で笑った。 「そうか！忘れてたわ！お姫様ですものね。御供の人達にお料理の支度もしてもらっていたの？」 アリーナはむっとした。マーニャは尚もけらけらと笑っている。 「仕方ないわねえ。女の子ならお料理くらいできなくちゃ。」 ”あたしがいろいろ教えてあげる。” とマーニャが笑いながら優しく言う前にアリーナが物凄い剣幕で怒鳴り返した。 「私、好きで女の子に生まれたわけじゃないわ！」 「・・・・ふぅん。でも、食事くらい作れたほうがいいわよ。そうじゃないといい男をつかまえられないわ。」 「私、結婚なんかしないもの！お父さまを助けて世界一強くなるのが夢なんだもの！」 「わかったわかった。でも、この木の実はねぇ。」 「私、薪割りや水汲みのほうが好きだしずっとうまいもの！」 マーニャも黙ってはいない。 「なにさ！このわがまま娘！」 アリーナは身を翻してトルネコたちの方に行ってしまった。 マーニャは腰に手をやって、アリーナの後ろ姿を睨んでいたが、森から枯れ枝を拾ってきたクリフトを捕まえて噛みついた。 「まったくあのお姫さまに何を教えてきたのよ！」 「はあ？・・・・私は文字とお祈りの仕方と・・・・・服の継ぎの当て方を・・・・」 「そんなこと聞いているんじゃないわ！あんたが甘やかすからいけないのよ！」 「・・・・私も、姫さまのお転婆には手をやいて、神に祈ってはいるのですが・・・・あの調子では、お嫁に貰ってくれる婿殿がいらっしゃるか・・・・心配ですね。」 「あたしが怒っているのはそんなことじゃあない！もう、神官っていうのはまだるっこしいわね！」 アリーナはパトリシアに話し掛けていた。 「ねえ・・・・私、男の子だったらよかったのにね・・・・」 パトリシアはアリーナに顔をすり寄せるだけだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 馬車は順調に道を進み、コーミズ村に辿り着いた。リアルマおばばを始め村人全員が村の入り口に立って馬車を出迎えた。 「おばば様？私達が来ることを知っていらしたんですか？」 おばばは黙って頷いた。 「水晶玉が婆に知らせたのじゃ。・・・・・・・・おお。その者たちが勇者殿とそのお仲間じゃな。」 リアルマは進み出て迷わずにアレクの前に立ち、皺だらけの手でアレクの手を握り締めた。 「勇者殿。キングレオに最後の仲間が居るはずじゃ。ここにいる吟遊詩人の若者が教えてくれた。」 おばばの横から蒼いローブを羽織った澄んだ瞳の若者がびっこをひきながら進み出た。 「私は昔恩義を受けたライアンという戦士様を捜してここまでやってきました。その方は魔王を倒す勇者様をさがしていらしたのです。私はハバリアでライアン様の消息を聞きました。・・・・私は魔物に襲われて怪我をし、この村の人に助けられましたがライアン様は今ごろ城に行っているはずです。・・・・どうかライアン様とお会いになってください！」 リアルマはマーニャとミネアの瞳を覗き込んだ。 「さあ、お前たち、すぐに出発するのじゃ。食料や水は積み込めるばかりになっておる。一刻の猶予もないぞ！」 姉妹はおばばを抱擁し、感謝の言葉を述べると仲間と手分けして荷を積込み、すぐにキングレオに向かった。 「どうかライアン様に、ホイミンはライアン様のおかげで夢をかなえられたとそうお伝えください！」 風に乗って吟遊詩人の声が聞こえてきた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 陽炎に揺らぐ荒野の上に聳えるキングレオの城。姉妹にとっては一度は絶望に打ち拉がれて去った場所だ。一同は武器を取り、馬車から降りたった。 アレクが剣を構えて先頭に立つ。その前にブライが飛び出た。 「アレク・・・・それにマーニャさんとミネアさん。血気にはやってはならんぞ。・・・・バルザックはともかくとして王には一度負けているのですからな。クリフトとわしはできる限りの防御の呪文をまずかける。あとはマーニャさんとミネアさん、あんたの攻撃魔法とアレクの剣が頼りじゃ。姫様・・・・無理は禁物ですぞ。トルネコさんは雑魚の魔物や兵士が居たらば頼みます。」 一同は、人生の大先輩であるブライの言葉に頷いた。 用心しながら近付いたが、キングレオの城門には兵士はおらず、門は細く開いていた。中からは剣を打合せる金属音が響いてくる。 「もしや、あれが八人目の・・・・？」 アレクが言うと皆も頷いた。そして七人は揃って城内に踊りこんだ。 壮大なホールには二、三十人の兵士が折り重なって倒れていた。誰が倒したのかはわからないが相当な使い手だ。 「早く！声はこっちから聞こえるわ！」 マーニャが鉄の扇を手に走る。 ”キングレオの王座への隠し通路の方だわ。” マーニャはミネアと合図しあった。 隠し通路の入り口では一人の剣士が三十人ほどの兵士を相手に戦っていた。鎧をまとった屈強そうな髭の剣士だ。剣士は走ってきたアレクを見て目を見張った。 「おお！あなた方は！邪悪な王はこの先にいるようだ。ここは私一人でたくさん！さあ！お早く！」 アレクは素早く剣士を一瞥すると呪文を唱え通路を開けたミネアに続いて隠し通路に飛び込んだ。ブライが杖に明かりを光らせる。たくさんの小鬼たちが飛び出してきてアレクたちに群がった。トルネコが正義の算盤を振り上げて魔物たちの一団を光のなかに消し去った。 「トルネコさん！気をつけて！」 トルネコは小さく手を振って魔物に殴りかかった。 「さあ、開けるわよ！」 マーニャが火球を投げ付けて、王座の間の扉を破った。室内は姉妹が来たときと変わりがなかった。ただ、バルザックの姿はなく、おどろおどろしい装飾が懲らされた王座には、獅子の姿をしたキングレオ王が陣取っていた。 「キングレオ！あたしたちはまたやってきたわ！バルザックの奴は恐がって隠れたの？」 王はグルルル・・・・と喉を鳴らした。 「バルザックはここにはおらん。邪悪な力を拡げるためにサントハイムとか言う城の支配を任せてやったわ。」 アリーナたちが息を飲む音が聞こえた。 「愚かな者たちよ。命を永らえながら、再び殺されにきたのか？何人来ても同じことだ。・・・・お前たちにはもう静寂の玉もない。・・・・さあ、わしの呪文で息絶えるがよい。」 キングレオは低く呪文を唱えた。帯状の炎が獅子の前脚から放射された。炎は床に当たって四方に広がった。突っ込んでいきかけたアレクは飛び退きマーニャたちも炎を避けて散らばった。ブライだけが悠然と杖をついて立っている。 「馬鹿！お爺ちゃん！火傷しちゃうわよ！」 キングレオはにやりと笑ってまた呪文を唱えた。炎の帯がブライに襲いかかり、ブライの姿は炎のなかに消えた。ミネアは目を覆った。・・・・ところが炎が収まるとブライは無事なまま現われた。キングレオが一瞬怯んだ。 「宮廷魔道士が呪文の一つもはねかえせないでどうすると思うんじゃ。ほれ、クリフトこの炎の呪文をどうにかしろ！」 神官は十字を切った。 「我らを統べたもう全能なる神よ・・・・・」 その間に獅子はクリフトに炎を浴びせようと再び呪文をかけたが、間に立ったブライにはね返された。 呪文を唱えおわって神官はすっくと立った。キングレオは自分の呪文が封じられたのを知った。 「お前たち・・・・何者だ！」 しかしキングレオは攻撃の手を緩めなかった。大きく口を開けると凍りつく息を吹き掛けた。これには呪文封じは効かない。マーニャが回り込みながら呪文を唱える。 「氷には火よ！」 大きな火球がキングレオに当たった。後ろからはミネアがかまいたちの呪文をかける。獅子の巨体が揺いだ。姉妹が攻撃している間に、神官は仲間に不可視の盾を造り、敵に目眩ましをかけた。ブライはアリーナの素早さを上げ、素早く動きながら相手の隙を窺っているアレクに向かって魔道士の杖を掲げた。 「世の理をつかさどる力よ。自然の流れに反する邪悪な存在と戦うあの若者に大いなる力を与えよ！」 アリーナの鉄の爪が獅子の眉間に食い込んだ。血がどくどくと流れだし、獅子は怒ってアリーナに鋭い爪を振り下ろした。間一髪でアリーナは避け、その前脚にアレクが切り掛かった。キングレオの右の爪が三本、血を吹き上げて飛んだ。返す一旋でキングレオの腹を切る。背後からはアリーナの攻撃が首筋に決まった。かまいたちと火球で傷ついた体にブライが吹雪を吹き付ける。呪文と剣と鉄の爪の攻撃が続いた。キングレオは大きく体を震わせ、部屋の隅に飛び退いた。そして大きな口を開けてあの恐ろしい雄叫びを上げた。 攻撃をしかけようとしていたアリーナは動けなくなり竦み上がった。アレクもやっと立っているだけだ。マーニャとミネアも”気をしっかり持たなくては”と言聞かせながらも心のなかに沸き起こってくる恐怖の感情を押さえられなかった。飛びかかってくるキングレオの左手の爪が立ち竦んでいる仲間達を一直線に払った。不可視の盾があったにもかかわらず血飛沫が飛んだ。 「姫さま！」 一番近いところにいたアリーナにクリフトがかけよって抱き抱えた。傷口に手をあてて呪文を唱えるとすぐに傷口は塞がった。アリーナはクリフトの声で一応正気に戻った。ブライは吹雪の呪文を浴びせ、キングレオの足を止めた。その間にクリフトはアレクに走りより治癒呪文をかける。 「何故わしの声を聞いていても怯まんのだ！」 「この年になってまで自分の心の弱さにいちいち怯えておられるか。それにこやつは神官じゃぞ。自分の心の暗さや弱さとは修業の時に向き合っておるわい。」 このときにはもうマーニャとミネアは自力で立直っていた。アレクもクリフトの腕の中から起き上がった。 「あたしたちは負けないわ！さあ、あなたは死ぬのよ！」 自分の力が通じないと知ったキングレオは動きを止めた。マーニャが右足に火球をぶつけ、左足にミネアがかまいたちをぶつける。アリーナが左から、アレクが右から飛びかかった。 鉄の爪が目を潰し、アレクの鋼の剣が獅子の心臓を貫いた。キングレオは断末魔の悲鳴を上げてこときれた。 アレクは剣をキングレオの骸から引き抜くと血をぬぐって鞘に納めた。ブライはアリーナを抱き寄せており、扉からはトルネコと、兵士と戦っていた剣士がゆっくりとはいってくるところだった。 ミネアはちょっと悔しそうに呟いた。 「バルザックは討てなかったわ・・・・」 マーニャがミネアの肩に手を置く。 「サントハイムに居るってわかったじゃないの。 そのマーニャの肩にクリフトが手を置いた。 「ん？あたしを元気づけてくれるの？」 「え・・・傷の手当てですよ。・・・・はい、済みました。ミネアさんも。背中に傷が・・・・ マーニャは治してもらった肩の傷を見て微笑んだ。 「うふっ ミネアよりも上手ねっ！」 「はあ？」 トルネコが腕をぶんぶん振り回して皆を呼んだ。八人は集まるとトルネコの手のなかにあるものを覗き込んだ。地図だ！リオレラ大陸を含む地図で四枚のうちの左下にあたる。これで残りはあと二枚だ。 「さあ、次はサントハイムね！勇者ちゃん。」 マーニャがアレクを元気づけるように言うと剣士はアレクの前に跪いた。 「とうとう捜し求めていた方に会うことができました。私の名はライアン。バトランドの宮廷戦士です。魔王を倒すあなたの手助けをしたい一念で何年もの間諸国を放浪してまいりました。どうぞあなたの仲間に加えていただきたい。」 ミネアが水晶玉を取り出して微笑んだ。水晶玉は美しく光っている。 「これで八人の仲間がすべて揃いました。」 ミネアの静かな言葉に答えるように水晶玉が光を増し、銀のタロットがまるで生きもののごとく水晶玉のまわりを飛び回った。 勇者、踊り子、占い師、商人、王女、神官、魔道士、そして戦士・・・・・・何かに導かれいまここに集った仲間達。彼らが立ち向かう敵はまだはっきりとは見えないがその不確かな敵に向かって彼らは進み始めた。 |
| やっとキングレオに戻ってきました。 まだアリーナは溶け込んでいません。むしろ姐さんとは仲が悪い・・・・ そしてまたクリフトもモンバーバラの姉妹やアレクと根底のところで考え方が違うようです。 その考え方の違いは、最後の敵の存在が明らかになるにつれ 顕著になったり逆に歩み寄りをみせたりしていきます。 ああ、でもまだやっとキングレオですか・・・・先は長いです。 |