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「あ〜ん。しっかし暑いわね！」 マーニャは幌の中に寝そべって、鉄の扇でパタパタ扇いでいる。きちんとした姿勢で座っているミネアは呆れたように姉をみやる。 「体温よりも気温が上がっていると、扇いだ方が暑く感じるわよ、姉さん。」 ホフマンとアレクは、踊り子の衣装で肩紐を外しかけて片膝をたてているマーニャをちらりと眺め、二人で顔を見合わせて照れ臭そうに笑った。 その時、パトリシアが鋭く嘶いた。見れば、パトリシアよりも大きなメタルスコーピオンが五匹、黒光りするはさみをがちゃがちゃ言わせ、針のついた尾をゆらゆらと揺らしている。 「まずい！これでは逃げられない！」 ホフマンが悲鳴をあげる。 アレクは剣のつかに手をかけたが、この相手には剣の攻撃がなかなか効かないことを知っていた。今まで何回も砂漠で出会ったのだが、鋼の剣をもってしても固い殻には傷さえつかないのだ。ミネアがマーニャを引っ張り起こし、馬車から飛び出て呪文を唱える。二人とも真剣だ。なにしろ、一回の呪文では息の根を止めることができないのだ。ミネアがかまいたちの呪文を連続してかけ、マーニャが火球をぶつけて傷口を拡げた所にアレクが切り掛かる。最後の一頭を斜めに切り払ったアレクは、マーニャが砂の上で座り込んでいるのに気付いた。ミネアが顔色を変える。マーニャの傍らには、鉄の扇で叩き切られたスコーピオンの毒ばりが転がってひくひく動いている。 「皆さん！早く馬車へ！流砂です！」 ホフマンが御者台から叫び、アレクはマーニャを抱えて幌の中に運びこんだ。 マーニャは青い顔をしながらも気丈に微笑んでいた。 「大丈夫よ。毒さえ抜ければなんてことないってば。」 アレクは大慌てだ。 「ミネアさん！早く呪文を！」 ミネアは呪文をとなえようとはせず、革袋から薬草を選びだして傷口にすりこんだ。 「私には解毒の呪文はできないわ！ホフマン！なるべく早く姉さんを神父さまにお見せしないと！スコーピオンの毒は邪悪な毒だから、毒消し草だけでは応急処置にしかならない！」 ホフマンは、手綱をぎゅっと牽き、パトリシアを叱咤した。 「聞いたか！パトリシア！マーニャさんが大変なんだ！がんばれ！お前ならこんな流砂、何でもないはずだ！そうだそうだ！ふんばれ！」 どんな動物でも足元をすくわれそうな激しい流砂の中、パトリシアは重い馬車を牽いて、ゆっくりと一足一足、砂の流れとは逆の方に動いていった。驚異的な力だ。 流砂を抜けた。 本来は、馬車から降りてパトリシアを労いたいところだったが、ホフマンは鞭を入れた。 「ごめんよ！でも急いでくれ！もうアネイルの町がみえるだろう？砂漠は終わりだ。早くマーニャさんを連れていってくれ！」 パトリシアはホフマンの言葉がわかったかのように大きく首を振ると、まっしぐらに走りだした。激しく揺れる幌のなかではミネアが姉の体を抱き、マーニャは顔をしかめている。ミネアは泣きそうになっている。 「ごめん・・・・姉さん・・・・私には治せない・・・・・」 アレクはホフマンの横に立って、行く手を眺めた。アネイルがだんだん大きくなる。砂漠の黄色い砂が切れて緑に覆われた町が”早く早く、ここですよ！”と招いている。 ”アネイルの町！お前を僕にとっての悲しみの町にしないでくれ！僕はもう大切な人を失いたくはないんだ！” アレクの心の叫びが聞こえたように、パトリシアはまた速度を上げた。 「どいてくれ、どいてくれ、どいてくれ！」 アネイルの町の人々は、町の入り口から全力疾走でかけこんできた、大きな馬と馬車にびっくりしてさっと左右に道をあけた。そして、怒鳴っていた御者の少年が馬を止めると同時に、深緑色の髪の青年が踊り子の衣装をつけた女性を抱き抱えて教会に向かってまっしぐらにとんでいくのをなかば呆然として見送った。そのあとからすぐに、長い髪の女性、さらに御者の少年が続く。オレンジ色のたてがみの大きな白馬もがたがた馬車を牽いたまま教会の真前に陣取る。 教会の中では、年老いた神父がびっくり仰天していた。無理もない。鋼の剣を腰にさしたしたアレクと、踊り子の姿のマーニャと、占い師のミネアと、軽装のホフマンは神父が見た中でもっとも奇妙な取り合せだった。しかし、マーニャが明らかに毒に侵されているのをみてとると、横手の扉を開けてアレクを通しマーニャを簡単な寝台に寝かさせた。アレク、ミネア、ホフマンは心配そうに回りに跪く。 神父はマーニャの胸のあたりに手をかざし、低く優しい声で呪文を唱えた。何回も、何回も、呪文は快い音楽のように繰り返された。そして、神父は祈り続けているミネアに囁いた。 「病人は癒されましたよ。魔物にやられていたのですね。これからお気をつけなさい。私はたまたま経験をつんでいたから癒すことができましたが、神に仕える者でも猛毒を抜くことは難しいのですから。しばらくふらふらするでしょうが暖かくしていれば大丈夫。ここの温泉は体が暖まりますから泊まっていらっしゃい。良い宿を紹介しましょう。」 ミネアは神父の皺だらけの手に接吻した。アレクとホフマンは礼を言うと安心してへたりこんだ。神父は笑った。 「そこの若い二人、もうひと働きして、この娘さんを教会の前の通りを右に行って突き当たったところにある宿に運んでおくれ。・・・・・子細はわからぬが、どうやら危険な旅を続けている様子・・・・無理は禁物じゃよ。」 アレクは頷いてマーニャを抱き上げようとして・・・・・・頬を染めてやめた。マーニャは笑った。 「ヘンな子ね。さっきまで抱いていてくれたのに。」 ミネアは姉がアレクをからかうのを聞いて、あれだけ軽口を叩けるようなら完全に大丈夫だわと一人ごちた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アネイルは落ち着いた雰囲気のあるところだった。本来ならば、砂漠を越してきたキャラバン隊で賑わうのかもしれないが、今は旅の商人の姿はなく、雛びた温泉町という風情だ。アレクたちはマーニャを一人宿に残して町に出た。砂漠でほぼ使い切った食料を買いに出たのだ。 「ミネアさん。マーニャさんを置いてきて良かったんですか？」 アレクが横を歩くミネアに言うと、ミネアは微笑んだ。 「神父さまもおっしゃった通り、姉さんは暖かくして休養していれば大丈夫。私が宿を出るときだって、”ね、ミネア、ここの温泉、美人になるって評判なんだってよ ”って騒いでいたくらいだし。それに、少し占いの仕事をしないと・・・・・」 ミネアは、前払いで宿賃を払いだいぶ軽くなった金の入った革袋を握った。この町で少しは稼がねば。魔物は確実に強くなってきている。なるべくしっかりした防具が欲しい。ハバリアの町で、お金がなくて買えなかった、魔法の布でつくったような・・・・ そんなミネアの気持ちを察してか、アレクは道々倒した魔物の毛皮や角を入れた背負い袋をパンパンと叩いた。 「僕らはこれを道具屋に売ってきますよ。食料も一通り買います。ミネアさんはどこかで仕事をしていてください。太陽が完全に沈んだら宿屋の食堂で落ち合いましょう。マーニャさんが助かったんだもの、ちょっとしたお祝いしなけりゃ。」 ミネアは了解した印にアレクの肩にそっと手を乗せ、走っていった。酒場の横に陣取って歌を歌い始める。 ” 占いはいかが 占いはいかが？ 恋の悩み、明日の運命、水晶玉に映しましょう。 占いはいかが、占いはいかが？・・・・” 何人もの人々が、ミネアを無視して通りすぎていく。アレクは気になって振り返ったが、ホフマンが首を振った。 「ミネアさんは、前からああして稼いできたんだろ？へこたれやしないさ。俺のとこだって、不景気なときは一人もお客が来ないんだぜ。でもなんとかやってる。さあ、道具屋にいこう。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 日が落ちたあとの宿屋では、すっかり気分のよくなったマーニャを交え、四人が食卓を囲んでいた。肉と野菜の炒めものの他に質のよい葡萄酒を一本。ささやかな贅沢だ。 「・・・・それで、アレクったら、道具屋の親父の言い値で売っちまおうとするんだもんな。俺がとめたから良かったようなもののあれじゃ大損だ。」 ホフマンがパンを齧りながら隣のアレクの横っぱらをひじでつついた。アレクは、本当のことだけに何も言い返せない。マーニャは笑った。 「アレクはさ、なんにも知らない坊やだからね。きっといい人ばっかり住んでいる村で育ったのよ。そこにいくとホフマンはさすがに商売人の子ね。かなり高値で売れたらしいじゃない？この葡萄酒、上物よ。」 ミネアはくすっと笑った。アレクは知っている。ミネアはアレクが毛皮を売って稼いだ金を別の袋に入れて保管している。この葡萄酒はミネアが占いで稼いだ金なのだ。マーニャはびんの底に残った葡萄酒を、名残惜しそうに眺めた後、均等にグラスに注ぎわけた。 「今日最後の乾杯よ。」 グラスを鳴らしあって一気に飲み干す。料理もそろそろ底をついた。マーニャはミネアの腕をとった。 「あんたも温泉に入ったほうがいいわ。気持ちいいわよ。砂漠じゃずっと水浴びすらできなかったでしょ。あたしも一緒に入るから。・・・・男の子二人もね。薄汚れてちゃ女の子に嫌われちゃうわよ。」 温泉は泳げるほどの広さがあった。もうもうと湯気が立ち篭め視界は効かない。上を見れば青天井。爽やかで良い気持ちだ。かすかに硫黄の匂いがする湯にゆったりと体を沈めていると疲れが溶けていくようだ。アレクが腕を上に上げてうんとのびをしていると、こっちを見ているホフマンと視線がぶつかった。 「どうしたの？」 アレクが訊ねると、ホフマンは自分の腕を眺め降ろした。 「アレクの腕は細いけど筋肉質だな。比べると俺っていかにも貧弱で・・・」 アレクはそんなものかと首を傾げた。同じ年ごろの仲間と水浴びした思い出など全くないアレクは、自分がどれほど鍛えあげられているか予想がつかないのだ。 「初めて会ったときは、片耳にイヤリングなどして軟弱な奴と思っていたけど・・・・あ〜あ、俺も剣を使えれば、魔物と戦えるのに・・・・皆の足手纏いだね。」 「何いうんだ。ホフマンはパトリシアを操ってくれているじゃないか。・・・・・君とパトリシアが居なかったら砂漠は越せなかったよ。・・・・」 ホフマンは湯気の向こうで微笑んだ。 「よかったら・・・・・もう少し一緒に旅を続けさせてくれないかな。俺、家を出て冒険するなんてことあまりないし、アレクたちは俺の恩人だしな・・・・どうだろう。」 アレクはがっちりとホフマンと握手した。ホフマンは照れ臭そうに黄色い巻き毛を手でかき回している。と、二人から少し離れたところにいる二人の男の話し声が聞こえてきた。熱を帯びた口調で、だんだん声が大きくなっている。 「本当だよ！本当なんだぜ。」 「その噂は何度も聞いたよ。でも、まさかそんな。・・・・・なんで今になって、あの方が化けて出なけりゃいけないんだ？」 「そんなの知るか。とにかく俺は幽霊を見たんだからな。」 「ははは・・・何かの見間違いだろう？」 「見間違いじゃない！この野郎、俺を馬鹿にしてるな。」 風がひゅうっと吹いて、湯煙を払った。言いあいをしている男たちは、びっくりしているアレクたちの顔に出会った。男は笑って誤魔化した。 「若いの、驚かせてすまんな。旅人さんかい？ゆっくり湯につかっていってくんな。」 ホフマンは好奇心をくすぐられて、男に幽霊のことを訊ねた。男はしぶしぶ話しだした。 「勇者リバスト様の伝説は知っているかい？なに、知らない？お前さん達はこの町に来たばかりだな。じゃあ教えてやろう。昔々、この世界に邪悪な大魔王が君臨しようとしていたころのことだ。人々は魔物たちのために家を失い、家族を失い、何の策もないままにただ逃げ惑っていた。このアネイルは、しばらくの間、魔物の襲撃もなく平和な毎日を送っていたが、北から砂漠を越えて、魔物の大部隊が襲来してきたんだ。逃げられはしないと悟った町の男たちは武器を持って戦おうとしたが、負けは目に見えていた。町の半分が焼き払われ、もう駄目だと思った時に、白馬に乗り、白い鎧を身に纏い盾をかざした一人の勇者が疾風のようにやってきて何十頭という魔物を切り倒していったのだ。それがリバスト様だった。あの方のおかげでこの町は救われたのだ。・・・・その後、リバスト様は魔王を討つために旅立っていかれたのだが、当時の町の者たちが記念にほこらを作ったのだ。そこに出るんだよ。幽霊が・・・・」 「・・・ホフマン、あの話、本当かな。」 「ん・・・？あの幽霊の話かい？」 二人は湯から上がって、女性二人を待っていた。 「・・・・ホフマン、僕はなんだかあの話に妙に惹かれるんだ。なんかこう・・・・説明はできないけれど・・・・」 「おいおい、俺は幽霊は苦手だよ。」 などと話していると・・・・ 「はぁ〜い お待たせ！勇者ちゃん。」 マントを身に纏ったマーニャが後ろから抱きついてきた。洗い髪の匂いがアレクの鼻をくすぐる。 「！もう！マーニャさん。いい加減にして下さいよ。びっくりしたじゃないですか。」 ホフマンは眉をひそめた。 「・・・・勇者って・・・？」 「あれぇ、そういえば、”勇者ちゃん”って呼んだの、ホフマンの前では初めてだったかな。」 マーニャは説明した。ホフマンはあんぐり口を開けている。 「・・・・・というわけで、一応アレクは勇者なのよね。」 「・・・僕はただ、父さんや母さんを殺した魔物を倒したいだけなんだが・・・・」 唇をぎり、と噛み締め苦い顔でアレクは言った。 「・・・・俺、皆さんただの仇討ちかと思ってた。・・・・だったらアレクが幽霊の話が気になるのもわかるような気がするな。」 今度はマーニャがホフマンに訊ねる番だった。ホフマンが風呂で聞いたリバストの幽霊のことを告げると、マーニャは嬉しそうに目を輝かせ、ミネアは恐ろしそうに顔を引きつらせた。 「わあ、それは行ってみる価値ありそうね。」 「姉さん・・・・体がよくなったばかりなのに・・・・」 「もう平気よ。それでそのほこらはどこにあるの？」 「姉さん・・・・幽霊を見てどうするつもり？」 「どうって・・・・幽霊なんていつも見られる代物じゃないんだから見られるときに見ておかなくちゃ。」 ミネアは溜息をついた。 「さあ、四の五の言っていないで、ほこらに出発よ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ リバストのほこらは町を出て小さな森に入ったところにあった。前に水晶玉を抱えたミネア、その横に楽しそうに歩いているマーニャ、ホフマンが真ん中で最後尾はアレクが守る。 ふくろうがホウと鳴いた。 ホフマンがアレクに齧り付く。 「なーによっ！意気地なしね。」 マーニャがからかうとホフマンはむっとした。 「俺は宿屋の倅ですよ。・・・・こんなことに慣れていないんだから・・・・」 アレクは胸がどきどきしてきた。誰かがすぐそばにいる。そして僕を呼んでいる。 目の前に、大きな石を積んだほこらが見えてきた。どっしりとした黒い大岩で、ミネアが水晶玉を掲げると”勇者リバストをたたえる”の文字が目に入った。さあっと風が吹き、ほこらのそばの小枝が揺れた。するとほこらが霧のようなものでおおわれ、その霧が光りだした。ホフマンはがたがたと震え、アレクは剣を構えた。 霧はぼんやりとした人型に集まった。そしてアレクとミネア、マーニャをぐるりと眺め渡したように見えた。 ”導かれしものよ。わが名はリバスト。お前たちを待っていた。” アレクは剣を降ろし、心に語りかけてくる声の深さに圧倒されてその場に跪いた。他の仲間達もつぎつぎに膝を折る。 ”魔王が蘇る日は近い。その力は邪悪にして強大。討ち倒すためには、神がつくった武器と防具を揃えなければならぬ。・・・・天空の剣、天空の兜、天空の盾、そして天空の鎧。昔私が神より授かったこれらのものは今は四散してしまった。少年よ。もしもお前が定められし勇者ならばきっとこれらを捜しだすことができるだろう。・・・・私に今わかるのは天空の鎧の所在のみ。鎧はコナンベリーの町とミントスを結ぶ航路のどこか海底深くに眠っている。” 「リバスト様。」 アレクが訊ねた。 「もしも天空の鎧が海底にあるならばどうやって捜せばよいのでしょう。私は魚のように自由に泳ぐことはできません。」 ”思い悩むことはない。鎧は正しい所有者の手元に向こうから近付いてくるはずだ。・・・・さあ、ゆけ。これで私の役目は終わった。” それきり声は途絶え、光る霧もいつのまにかかき失せていた。 ”天空の鎧・・・・” アレクは何度か口のなかで繰り返した。 「行きましょう、アレク。鎧を捜しに！」 「ええ、あたしもすっかり元気になったしね。」 ホフマンだけが、合点が行かぬように首を捻っている。彼にはアレクや姉妹には聞こえたリバストの声が全く聞こえていなかったのだ。 ”この人達は・・・・？アレクは本当に世界を救う勇者なのかも・・・・” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アネイルからパトリシアの足で三日、南に下って気候は徐々に過ごしやすくなってきた。港町コナンベリーはすぐそこだ。 「うわぁった！」 突然パトリシアが跳ね上がり、手綱をとっていたアレクは慌てた。馬車の中にいたマーニャは、したたかに腰をうちつけてアレクを怒鳴り付けた。 「手綱はホフマンに任せなさいよ。」 アレクは肩をそびやかした。アレクは好きで手綱を執っているわけではない。恨めしそうに、横に座っているホフマンを見る。ホフマンがやってみろと無理にアレクに手綱を押しつけたのだ。 「アレク、意気が合わないと今のようになるんだぜ。さて、町はもうすぐだけど、一休みさせようか。アレク、人参をパトリシアにやってくれないか。」 ホフマンは人参を一本アレクに渡し、御者を代わると、嬉しそうにアレクに鼻をすりつけるパトリシアの様子を、ちょっとした嫉妬も覚えながら見つめていた。 「どうしたの？」 ミネアがホフマンの隣に座った。長い髪がホフマンの顔を撫でて、彼は思わずくしゃみした。ミネアは謝って布きれで髪を結んだ。 「いや・・・・パトリシアは今まで誰にも慣れなかったのに、不思議だなあと・・・・アレクにはすっかり慣れているし、ミネアさんやマーニャさんとも仲良くなった・・・」 ミネアは水晶玉を柔らかな布で磨いた。 「この世は不思議なことが多いものだわ。・・・・でも、これはとっても素晴らしい不思議よ。神様のお導きかしら・・・・」 アレクが人参を与えて戻ってきた。ホフマンは手綱をとって馬車を進ませた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 港町、コナンベリーの波止場に座り込んで、マーニャはタロットカードをめくって裏を返した。 「あ〜っ、塔のカードだわっ。これって凶じゃないの。よーし、もう一回。」 改めてカードを切ろうとするのをミネアがとめた。 「もう止めなさい、姉さん。占いは何度も繰り返すものじゃないし・・・・・リアルマおばばさまが言ってらしたわ。姉さんは占いに向かないって。」 「わかったわよぉ！」 マーニャはカードを投げ捨てた。ひとけのない波止場の石畳の上に赤いカードが散らばった。 本来、この波止場から南のミントス、そしてさらには姉妹の居たモンバーバラに帆船がでているはずだった。ところが、波止場には大きな船の姿はなく、仕事にあぶれた数人の船員たちが酔い潰れて寝転がっている。湾内で魚を獲る漁師だけが、小さな舟から小魚や蟹をほそぼそと水揚げしている。 湾外にでる地点には、大破した帆船が舳先を上に向けて沈没していた。外海は渦巻き、鉛色をして荒れ狂っている。マーニャは小石を拾って海に投げ込んだ。ぼちゃんと音がして石は海中に消えた。 「海は荒れている、船はない。八方手詰まりだわ。」 マーニャは海を睨んだ。 「困ったものじゃ・・・・・」 後ろから声がした。一人の老人が石畳にひっそりと座って海を眺めていた。 「わしの舟も沈んでしまった。岬の灯台の聖なる光が消え、邪悪な炎が点ってから海は魔物で一杯になってしまった。困ったものじゃ・・・」 「邪悪な炎？」 じっと海を見つめていたアレクが老人に訊ねた。しかし老人は同じことを繰り返すばかりで要領を得なかった。 「マーニャさんたち、一度町まで戻ってみよう。灯台のことを調べましょう。」 舟が出なくなったものの、町は結構賑わっていた。 「旅の人達！そんな格好じゃ魔物の格好な餌食だよ。この鎧を買っていかないかい？」 「綺麗なお姉さん、銀細工がお買い得よ！見るだけ見ていっておくれよ！」 呼び込みの商店主が声を掛けてくる。そんな中を、一人の男が疾走してきてアレクにドンと突き当たった。 「ごめんよ！」 男はそのまま走っていった。マーニャがアレクに向かって叫ぶ。 「アレク！財布はある？」 アレクは懐を探って顔色を変えた。たしかに入れておいたはずの財布がない！ マーニャはすでに行動を起こしていた。長い足で飛ぶように走り、男に並ぶと鉄の扇で打ち据える。男は殴られた頭を抱えて地面に転がった。マーニャは男の手から財布を取り返した。アレクたちが追い付いて回りを取り囲むと男は額を地面にすり付けて何度も何度も謝った。 「ほんの出来心なんだ。船が出なくて仕事に有り付けず、金がなくなっちまって・・・・許してくれ！許してくれよ！」 四人は顔を見合わせた。そして頷き合った。 「許してあげるわ。その代わりに、岬の灯台のことを教えて頂戴。」 マーニャに言われて、男は町の中からも見える、断崖絶壁の上に立つ白亜の灯台について話し始めた。 あの灯台は、昔神から贈られたと伝えられる聖なる灯台だった。その頂上には海を優しく照らす火が燃えていた。灯台はこの海の守り神だった。ところがある日を境にして、灯台の光は嵐を起こし魔物を呼ぶようになってしまった。灯台の近くに住む森番の男は命からがら逃げてきて、魔物が灯台を襲った結果、異変が起こったことを伝えた。それ以来、海は静まらず、思い切って出航した舟はみな、嵐で沈んだり、魔物に襲われて粉々になったりした。 「・・・・すると、もうこの町には船がないんですか？」 アレクが聞くと、男は首を振った。 「一隻だけ新しく造っている船がある。旅の大商人が造らせているやつでもうすぐ完成するはずだ。・・・・町の奴らはどうせ出航できないのだからと諌めたんだが、灯台の邪悪な火を消して絶対に海を渡ってみせると頑張っていたよ。魔物退治をしてくれる冒険者を捜していたが、あの商人、この二三日みかけないなあ。ドックにいけば、あんた達を雇ってくれるかもしれない。」 アレクは男を放免してやると、船が造られているというドックに向かった。ドックの回りだけは木材を運ぶ職人たちで活気づいている。四人は邪魔にならないようにあっちへ避けこっちへ避けしながら、責任者らしい中年の男のところにたどりついた。マーニャにつつかれてアレクが声をかける。 「あの、この船を造っているというかたはどちらでしょうか。僕たちはどうしてもミントスまで行きたいのですが・・・・灯台の魔物を倒すことさえできれば船に乗せていただけるのでしょうか。」 男は疲れたような眼差しをアレクに向けた。年若い剣士と武器をもっていない少年と女性二人、どうみても戦いの強者といった風ではない。 「・・・・たしかに灯台を魔物から取り返し、頂上に聖なる火をともせればこの船は出せるだろう。・・・・ああ、しかしこの船の注文者のかたが、誰も魔物退治に出掛けないのに業を煮やし、一人で出ていってしまったのだ。前金は貰ってあるが、どうしたものか・・・・」 「その方、強いのですか？」 「強いも何もあるものか。戦士でも魔法使いでもない商人なんだぞ。持ち前の明るさと強運と根性で、魔物とも戦って来たお人らしいが・・・・あんたたち、よかったら行って連れ戻してきてくれないかね。このままでは船が宙に浮いてしまう。もしもやってくれたら礼をするよ。」 男の話からすると、船の注文主は、そんなに腕がたつわけではないらしい。アレクはマーニャたちと話し合って引き受けることに決めた。灯台の魔物を倒さないかぎり、リバストの鎧を見付けることはできないのだ！アレクは男から灯台の見取り図を受け取った。 「その人、あんまりにも無茶よ。」 灯台に向かう馬車のなかでマーニャは呟いた。 「一人で行ってどうにかなるわけないじゃない。・・・・ま、いい心意気してるけどさ。」 ミネアは懐に入れていた銀のタロットが輝いて居るのに気付いた。 「姉さん、見て。新しい仲間が近くにいるのかもしれないわ。」 「あら・・・・商人のおじさんが仲間のわけないし・・・・やっぱり誰かを雇って来ているのかしら。商人さんに雇われている戦士だか魔法使いだかがあたしたちの仲間なのかも・・・・」 パトリシアが止まった。白い石をぴっちりと隙間なく積み上げた美しい塔がそびえている。 「マーニャさん、ミネアさん、行きますよ。」 三人は馬車から飛び下りた。戦闘の腕がないホフマンは馬車を護るために三人を見送った。 灯台の入り口の鉄の扉は何か大きな力が加わったようにねじくれまくれあがってこじ開けられていた。魔物の爪痕も残っている。ところどころにある窓から光が差し込んで、予想よりも中は明るかった。床にも白い石が敷きつめられ、しっかりとした造りは、この灯台が四百年も前からのものだということを忘れさせるほどだった。 「マーニャさん。この奥に上への階段があるはずです。」 アレクはそういいながらも、邪悪な気配を感じて剣を抜くと横手から飛んできた火を吐くコウモリを叩き切った。 「皆、上よ！」 ミネアが別の敵を見付けた。一つ目の小さな魔道士が杖を振り上げている。と、帯状の火炎が三人を襲った。三人が飛び退くと炎は虚しく床にあたった。魔道士は激しく肩を上下させている。マーニャはからから笑う。 「ははぁん。あんたもう魔力がないんでしょ。それじゃあたしから呪文のお返しよ！」 マーニャが火球をぶつけようとすると、ちびの魔道士は慌てて杖を振った。するとぎらぎら青びかりする刃のついたサーベルが三本、マーニャに向かって飛んできた。 「危ない、姉さん！」 ミネアがかまいたちの魔法をかける。サーベルは真空の渦に巻かれて折れてその場に落ちた。アレクはジャンプしてチビの魔道士に深い傷を負わせた。が、そばに浮いていた青いゼリーに白い触手をつけたような魔物が何やら呪文を唱えると、傷はほぼふさがってしまった。魔物のなかにも治癒呪文を唱えるものがいるのだ。・・・・・いつかマーニャたちがみた、黒いローブの男の完全な回復の呪文とは比較にならないが・・・・・ 「しっつこいわね！」 マーニャが爆発の呪文を唱え、魔物たちは砕け散った。 「ふう、やっと終わった・・・・・こんなんじゃ、商人のおじさん、生きているかどうか心配よ。」 マーニャに促されて三人は階段を目指した。そこには大きな体躯の鎧の男と、白地に青の縦縞シャツを着たタヌキ・・・・・いや、まんまるちい体形の髭の男が戦っていた。 「ぎぇーっ！」 妙な気勢をあげながら、太った男は鎧の男に打ち込んだ。鎧の男はぐらりと揺れ、膝をついた。太った男は止めを刺すため、鎧の継目に腰から抜いた剣を突き立てた。鎧は動かなくなった。太った男は安心して鎧を蹴飛ばした、と、止めをさしたはずの鎧の腕が動いて太った男の足を掴んで倒した。 「このぉ！死んだ振りなどして反則だ！あ！来るな！来るなってば！」 敵の刃が迫り、太った男が目を閉じたとき、マーニャが火球をぶつけアレクが踊りかかって鎧の胴体を剣で薙ぎ払った。鎧はカランと音をたてて崩れ落ちた。魔物の怨念で鎧だけが動いていたのだ。 太った男はきゅっと閉じて居た目をそっと開け、自分を殺そうとしてた鎧が傍らに転がっているのを見てさっととびすさった。 「これはどうも危ないところを助けて戴いて有難うございました。」 アレクは剣を鞘に納めた。 「もしやあなたは、コナンベリーで船を造っていらっしゃる商人では？」 「おや、ご存じでしたか・・・・どうしても海を渡りたいがために、この灯台の邪悪な火を消そうとここまで一人でやってきたのですが、限界だったようです。勇敢な剣士殿と美しいお嬢さんたちが来てくれなかったら今ごろは魂と体が生き別れでした。」 一人で来たとはなんという勇気だろう。ここに至るまでも、何匹かの魔物と戦ってきたに違いない。見かけよりもこの商人はずっと強いようだ。 「商人さん。町ではあなたのことを心配していましたよ。あとは僕たちに任せてください。」 ミネアがアレクの袖を引いた。水晶玉が激しく光っている。 「え・・・・それじゃ、あなたが僕の三人目の・・・・？」 商人は不思議そうに見ている。 「詳しい話はあとで。僕はアレクと言います。こちらがマーニャさんとミネアさん。表に僕らが乗ってきた馬車があります。そこで待っていてください。」 商人は頷いた。彼は魔物との戦いで疲れ果てていたのだ。 「ではお言葉に甘えさせて戴きます。私の名はトルネコ。エンドールの商人です。」 これには三人揃って驚いた。 「えっ！あなたは・・・・ネネさんの旦那さま？」 「おお、あなたはネネをご存じですか？ネネは私の妻です。ネネは元気でしたか。」 なんという偶然だろう。・・・・しかし、商人であるトルネコが本当に仲間なのであろうか。 「ネネさんは元気だったわ。あなたを心配していらしたわよ。とにかく馬車で休んでいらしてよ。御者台にいるホフマンって子に事情を話してくれればいいわ。」 「はい。・・・・もう知っていらっしゃるとは思いますが、祭壇の邪悪な炎は魔物によって護られています。充分にご注意を。」 アレクは頷いて手を振ると、先頭にたって、長い階段をかけあがっていった。 階段は螺旋状に塔の内壁をぐるぐると昇っていっていた。侵入者に気付いたのか、最上階からは次々と階段を伝って鎧の魔物と骸骨の魔物がひっきりなしに降りてきた。両者とも、防御力が高く、嫌な相手だ。実力ではアレクの方が上なのだが、狭い階段では思うように腕が奮えない。切ると言うよりは薙ぎ払って階下に落とす戦い方でじりじりと上に向かう。マーニャは空中を飛んで襲ってくるコウモリや羽の生えたトカゲに火球を放って援護する。ミネアは、前の二人が傷つくと直ぐ様治癒の呪文を投げ掛ける。 長い戦いの末、上から降りてくる魔物は居なくなった。一気にかけ上がろうとするアレクをマーニャが引き止めた。 「アレク、用心して。・・・・・襲ってきた魔物たちは火を吹いたり火球をぶつける呪文を唱えたりしているものが多かったわ。あたしの呪文もだいぶ効きにくかった。最上階にいる魔物は炎を操ることができるに違いない。ミネア、あたしの呪文が効かなかったらあんたの魔力が頼りだからね。」 三人はゆっくり階段を歩き、最上階に至る金属の上げ蓋を跳ね上げた。そこは小さな部屋になっており、人が一人通れるくらいの出口からは邪悪な熱気が漂ってくる。 壁に貼りついて出口の向こうの様子を窺うと、大きな広間の真ん中には祭壇があり、おどろおどろしい赤黒い炎が燃え盛っていた。炎のためか、白亜の壁は黒く煤けて見る影もない。そのそばに、燃えるような赤い毛皮の虎が一頭うずくまっている。あれが邪悪な炎の番人だろうか。 虎は眠っているようだった。アレクたちは息を殺して近付いていく。 攻撃可能な所まであと一歩まできて、突然虎の魔物は目をかっと見開いて背中の毛を逆立てた。そして口をきいた。 「愚かなる人間どもよ。わざわざ命を落としにきたのか。この燃えさかる炎の中で焼き尽くされるがいい。」 虎の言葉と同時に、巨人が三人飛び出してきた。青い肌に白いローブを纏い、髪は燃え盛る紅蓮の炎だ。熱気が辺りに満ちる。巨人は口を大きく開くとアレクたちに火の玉を吹き付けた。三人は飛び退いて辛うじて避けた。マーニャは咄嗟に火球の呪文と爆発を起こす呪文を唱えたが、巨人たちには効かず、むしろ火球を体内に吸いこんで力をつけてしまったようだ。 「くっ！こいつら、あたしの呪文は効かない！ミネア、頼んだわ！あたしは虎さんをどうにかする！」 ミネアは水晶玉に念を集め、かまいたちの呪文を投げ掛けた。真空の渦の中、巨人たちの髪の毛はなびいたが、さほどこたえた様子はない。また巨人が火の玉を吐いた。 「ミネアさん危ない！」 アレクが突き飛ばした。火球は今までミネアが立っていた場所にぶちあたり、岩の表面を溶かした。アレクは剣を振り上げて突き進み、巨人の足を深く切った。切られた巨人は呻き声をあげてうずくまり、その巨人につまずいてあとの二人が転んだ。ミネアは起き上がり、呪文を唱えた。 マーニャは小さな火球を虎にぶつけた。虎の毛皮には焦げあとが残った。 「ふふ・・・あんたにはあたしの呪文が効くみたいね！よ〜し、いくわよ！」 マーニャは渾身の精神力を振り絞って、虎に火球をぶつけようとした。が、最後まで呪文を唱えることができなかった。 虎が牙を剥き出して一声恐ろしい雄叫びを上げたのだ。魂が凍り突くような恐怖がマーニャを襲った。自分の弱さや愚かしさを眼前につきつけられ、手足の自由が効かない。虎はにやりと笑って爪を出した。 ”あの時と同じだわ” マーニャはキングレオとの戦いを思い出していた。 ”あの時、あいつは雄叫びを上げてあたしを竦み上がらせた・・・駄目！やっぱり手足が動かない！” 虎はすぐそばに迫り、前脚を振り上げた。 「姉さん！」 心配して叫ぶミネアの声が耳に入った。 ”そうだ、頑張れ、マーニャ。こんなことではいつまでたっても仇は討てないわ。” 虎が飛びかかってきた瞬間、マーニャは自分にかかっていた恐怖の呪縛を自ら解いて呪文を放った。火球は虎の腹を直撃し、虎はマーニャの頭を越えて床に落ちた。 「な・・・・なぜ、私の雄叫びを聞きながら動くことができた・・・・？」 虎は喘ぎ喘ぎ呟いた。 「・・・・人間ってのは、心の持ち方で恐怖を乗り越えられるのよ・・・・・」 虎はそれきり息耐えた。 一方、ミネアは眠りの呪文で巨人たちを眠らせることに成功していた。アレクはその隙を逃さず巨人の胸を鋼の剣で貫いた。すると巨人の体は煙のように消え失せた。 「アレク、ミネア、見て！」 マーニャの声に二人は広間の中央を見た。先程まで燃えていた邪悪な炎はすっかり消えていた。そして、窓から差し込んでくる太陽の光が祭壇の上で集まった。そして目が眩むような輝きに思わず三人が目を伏せ、次に顔を上げたときには、優しい清浄な光を放つ炎が揺れていた。黒かった壁も清められ、白くきらめいている。窓の外に広がる海は、荒れ狂うのをやめ、徐々に鉛色から美しい青い色に戻った。潮騒がリズミカルに耳に聞こえてくる。 「・・・・・アレク・・・・これで海を渡れそうだわ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ コナンベリーに戻ったアレクたちは町を上げての歓迎を受けた。トルネコが町の広場でアレクたちの功績を讃え上げたものだから、いやがおうでも盛り上がる。町長はもう大喜びでアレクの手を千切れるほど熱烈に握って振った。宴がすぐに始まり夜中を過ぎても収まる気配はなかった。アレクたちはトルネコに合図をすると、宴会場をそっと抜け出した。 トルネコは人気のない波止場でじっと海を見つめた。 「すると、あなた方は私が魔王を倒すために導かれた仲間の一人だというのですか。」 アレクがミネアを見、ミネアは頷いた。 「・・・・と、言われても、私は商人ですよ。剣がふるえる訳ではないし、そちらの綺麗な娘さんたちのように呪文が使える訳でもない。魔王を倒すなどととてもとても・・・・・」 ミネアは水晶玉を差し出した。 「水晶玉は嘘をつきません。あなたは間違いなく八人の仲間の一人ですわ。・・・・あなたがどんな働きをするのか、私にもわかりません。すべては神の定めた運命・・・・」 「ううむ・・・・・魔王退治とは・・・・ネネが聞いたらどう言うだろう。冗談だと思われるのがオチだろうなあ。ポポロとちびモグラは笑い転げて窒息死するかもしれない。」 トルネコはぶつぶつ言っていたが、やがてにっこり笑った。 「ネネは強い人達を仲間にして旅をしろと言っていたっけ。あなたたちがそうなんでしょうな。・・・・・戦いはできないが、船を調達したり、品物を見定めたり、情報を集めたりすることなら任せてください。・・・・聞けば、天空の武器防具をお探しとか？私は海を隔てたミントスの町に、宝の地図を持った人がいるという噂を聞いています。もしかしたらそれが盾か兜か剣のうちのどれかかもしれませんね。・・・・私は諸国の素晴らしい魔法の品々を捜している旅の途中。あなたたちさえ良かったら御供しましょう。もちろんミントスまでの船旅は私の船に乗って下さいよ。」 アレクはほっとしたように息をついた。 「いやあ、私もこんなに美しいお嬢さんと旅ができるなどとは幸せですよ！」 トルネコががははと笑うとマーニャがトルネコを軽く叩いた。 「いやだあ、おじさんお上手ねえ！本当のことだけど嬉しいわあ 」 トルネコは咳き込み、ミネアは呆れて見ている。 「ではさっそく私は船の建造にはっぱをかけてきます。皆さんは休んでいてください。」 トルネコは太った体を揺らしながらドックへと消えていった。 「ミネアさん、これであと仲間は四人ですね。」 「ええ、水晶玉には女性が一人に男性が三人と映ったけれど・・・・剣士に踊り子に占い師に商人さん・・・・本当に運命は不思議だわ。」 「全く不思議よね。・・・・」 マーニャが真面目に呟いた。 「不思議よ。あのまんまるちいタヌキみたいなおじさんがなぜネネさんのような美人と結婚できたのか。そしてなぜあのポポロ君のような可愛い坊やが生まれたのか・・・・これは謎よ。」 「姉さん！」 「マーニャさん！」 二人に諌められてマーニャは舌を出した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それから七日後、完成したトルネコの帆船”笑うモグラ号”は順風を受てまっすぐミントスへとむかっていた。持ち主の体躯にも似たずんぐりしたさほど大きくない船だが、安定性はよく、ほとんど揺れがなかった。船酔いを警戒していたアレクだが、気分よくのんびりとホフマンと一緒に近付いてくるミントスの方角を眺めていた。マーニャはミネアの手風琴に合わせて軽い踊りを船員に披露し、拍手喝采を受けていた。 船員たちは陽気で働き者だった。久しぶりの仕事に張り切っており、甲板と船底に積まれた荷と同様、はちきれんばかりの希望に燃えていた。 トルネコはといえば、船主らしからず、いつもの木綿のシャツをきたまま甲板に胡坐をかいて座っていた。手にはアレクからあずかった鋼の剣を持っている。彼は剣を太陽にかざしたり、柔らかな革で磨いたりしていたが、ややしてからアレクを呼び寄せて、武器の手入れの方法を注意した。 「少し手入れがぞんざいだったねえ。魔物を切った後は血や肉を完全に取りのぞかなくてはいけないよ。剣は女の子と同じに扱わなくてはいけないんだ。」 「？？？？？」 「僕はお前が大好きだよと手入れしてやれば、もっともっとよく働くようになる。無理をさせてつらい目に合わせてしまってもなおさらしっかり手入れをしておだててやりゃそれだけ強くなる。・・・・とまあ、これはネネに言われたことなんだが・・・・もっともネネは”剣はあなたと同じように扱えばいいのね”と言っていたんだが。」 アレクとトルネコは笑った。 そのとき、マストの上から見張りが叫んだ。 「船長！すぐ前方の海が七色に光っています！」 二十年以上も航海を続けてきた船長は即座に船を停止させた。アレクたちは船べりからのびあがるようにして海面を見つめた。不思議な光だった。まるで虹のように淡い光が代わる代わる海面から出ている。海の男たちは用心して手に手に銛を握った。 「違う！あれは・・・・あれは僕を待っていたんだ！」 アレクは船首にかけよった。 海の中から声がした。 ”導かれし者よ。私はお前が私の正統な継承者だと認める。天空の鎧を受け取るが良い。” 海から巨大な水柱が上がり、船が大きく揺れた。その水柱の中、アレクの目の高さ辺りから白く輝く鎧がふわりと飛び出しアレクの腕のなかに収まった。 水柱は消え、虹のような光もなくなった。 「アレク！君はやっぱり勇者なんだね！」 ホフマンがまるで自分のことのように誇らしげに言った。アレクは鎧を持ちなおした。ずっしりと重い。 仲間達は見事な鎧に目を見張り、良かった良かったと口々に言った。 「綺麗な鎧ね。・・・・空の雲のように真っ白だわ。ね、着てごらんよ、アレク。」 マーニャがはしゃいで言ったが、アレクは重い鎧を付けて動き回れる自信はなかった。トルネコが咳払いをした。 「それは無理な話。我らが勇者はまだまだ修業中の身、天空の宝物を使いこなすには未熟なのですぞ。盾、兜、剣を見付けだしたときにこそ、アレクがそれらすべてを軽々と身に纏うことができる、とまあそういうわけです。・・・・旅は長いんだよ。アレク・・・・」 「はい！」 アレクは夏の空に向かって目を上げた。 |
| ホフマン、御者として活躍してます。次の町でお別れですが、実は彼も密かにアレクを鍛えてます。 トルネコさん再登場。 ゲーム中では、戦闘につかえないだの、ガーデンブルグの人質要員だの さんざん言われていますが、PS番では結構連れ歩いていましたｖ 全体の強さに余裕があるときだけですが。 「見定める」も楽しかったですね。 ゲーム中では触れられていないけれど、きっと、ピンチになると 「ドラえもん」のように便利グッズを出してくれているのだ！ と私は信じています！ |