３　信頼


　アレクは剣を振りかざし、魔物に向かっていった。しかし魔物はなんなく剣を避け、なんのダメージを与えることもできなかった。アレクは手強い敵だと感じとり、剣をかまえ直すと、姿勢を低くして一気に突っ込んだ。今度は確かに手応えがあったが、振り向くと魔物は死ぬどころか二体に分裂して増えてしまっていた。これで五匹。

　「くっ！」

　どこが急所だろうか。目か？頭か？
　増えるとなると迂闊に切り掛かれなかった。
　魔物はアレクの動きが止まったのを見ると炎の体をゆらゆら揺らせて膨れ上がった。

　「危ないアレク！火球が来るわ！」

　ミネアの叫びにアレクは素早く反応した。火球が肩に斜めにぶつかってきたが、ネネが言ったように服はびくともしなかった。だが、左手の手の甲を炎が舐めた。出ようとするミネアの腕をマーニャは後ろから押さえていた。目はまっすぐアレクの戦いぶりを見つめているが、妹にしっかりした声で語りかける。

　「アレクの力は今の所、あたしたちの力よりずっと下だわ。これまでも我慢してきたじゃないの。あたしたちがずっと手伝っていてはあの子は本当の勇者になれやしないわよ！ミネア！あんたがかまいたちの呪文を覚えたのはどんなときだった？」

　「でも！姉さん！」

　「・・・・・・あの魔物なら、アレクが危なくなったら私達で助けられるわ。本当に危ない魔物なら放っておきゃあしないわよ。」

　切り掛かっていくたびに魔物は増え、今はもう二十匹ほどになっていた。アレクは時折襲ってくる火球の攻撃を掻い潜り、何箇所か狙って突きを繰り出す。と、体の中央を切っ先が捕らえた魔物が消滅した。
　それがわかるととたんに彼の動きはよくなって、瞬く間に三匹を倒した。しかし、火球は容赦なく襲いかかり避けた拍子にアレクは足首を捻った。うずくまるアレクに魔物たちがにじり寄る。

　ミネアとマーニャは同時に呪文を唱えた。爆発に続いてかまいたちが吹き荒れ、魔物はすべて一瞬にして消しとんだ。二人は走り寄った。マーニャが抱き起こしミネアが手の火傷と捻った足に回復の呪文を唱える。
　アレクは少し怒ってマーニャの顔を眺めた。

　「・・・・・お二人が呪文を使えるのは聞いてたけど、僕程度かと思っていた。あんなに凄い呪文が使えてしかも火傷もなにもすぐに治してしまった。・・・・薬草が必要ない訳だ。」

　ミネアはすまなさそうに俯いたが、マーニャは悪怯れなかった。

　「うふふふ。だってさ、勇者ちゃんが嫉妬焼いたら嫌だなあって思ったからよ　」
　少なからず嫉妬に似た感情を抱いていたところだったので、アレクはぎょっとした。

　”もしかしたらマーニャさんは、凄い人なのかもしれない。”

　マーニャは笑った。

　「でもよくがんばったわねっ！はい、ご褒美　」

　マーニャの唇が軽くアレクの頬に触れた。アレクは茹で上げた蟹のように真っ赤になった。

　　「　姉　さ　ん　！　　」　

　アレクはやっぱりマーニャさんはマーニャさんなのだと納得するしかなかった。

　それから三人は助け合いながら東へ東へ旅を続けた。マーニャはアレクをからかい、ミネアはマーニャをたしなめ、アレクはそんな道中をいつしか楽しみながら、城から離れるにつれてどんどん強くなってくる魔物を倒し剣士としての腕を上げた。
　彼はまた呪文の腕も少しずつだが上げていった。ミネアとマーニャが優しくも厳しい先生だ。アレクはミネアから回復の呪文を習い、マーニャからは火球を飛ばす呪文を習った。どちらの先生からもアレクは一生懸命に学んだ。魔物を根絶やしにするため。父や母やシンシアの仇を討つため、。
　ミネアの深い瞳で見つめられ、自然のすべてのものに対しての優しさを控えめな言葉で語られると、アレクの心にある邪念が消えて、不思議と呪文がうまくかかるのだった。そして、マーニャは別の意味で理想的な先生だった。

　「ん、なにしてんのよ！それだから坊やはこまるのよね。火の精を手なづけるの。うーっ真面目にやる気あんの？キスして上げようか？できなけりゃあたし火球をぶつけるわよ。」

　・・・・・これは教えるというよりも脅迫である。　とにかく彼は一番簡単な回復の呪文と、弱い魔物なら一撃で倒せるような火球の呪文を身につけた。ただし、戦闘ではほとんど唱えなかったが・・・・
　魔物を殺すのに彼は剣を使いたがった。その刃で敵の肉を切り裂き、骨を砕くとき、ミネアとマーニャには彼が嬉しそうに笑っているように見えた。殺し、葬り去る感覚、それがアレクの支えになっていた。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　風の匂いが変わった。彼らの進む右手の空は砂を巻き上げ地平線がうす黄色く煙っている。砂漠が近付いたのだ。三人は砂を避けるためにマントをすっぽりと頭からかぶり、風に逆らって歩いていった。砂の中をもぐってやってくる砂ミミズを倒しながらやっとのことで”砂漠の玄関口”と呼ばれる小さな町にたどりついた。そこはキャラバン隊の拠点で、ラクダも多く居る。三人はなんとかしてキャラバン隊のなかに混ぜて貰い、共に砂漠を越える気でいた。
　しかし、その希望はかなえられなかった。ラクダは確かにいたが、魔物の増えた砂漠を縦断しようという商人がいないのだ。止むなく三人は自分たちでラクダに乗ってみようとしたが、すぐさま振り落とされてしまった。

　「・・・・・ここにしばらく居て、ラクダの乗り方を習うか、エンドールに戻って船便を捜すか・・・・・・・」

　宿屋の一階で、オーブンで焼いたジャガ芋をつつきながらマーニャが言った。アレクは腰をさすっている。ミネアがもう一度呪文をかけましょうかと心配したが、アレクは断った。
　「・・・・ここでまた引き返すなんてこと、僕はしたくない。でも、それ以外に方法がないのなら・・・・・・馬なら村で乗ったこともあるけれど、ラクダは・・・・」

　深刻そうな三人に、宿屋の主人が残念そうに言った。

　「お客さま達は砂漠を越したいのですね。・・・・・・一月前ならまだキャラバン隊が砂漠を旅していて、老人や女の子も一緒に連れていって貰えたのだが・・・もしもうちのせがれがあんな状態でなかったら、うちの馬車でお送りできましたものを・・・・」

　マーニャがフォークを持ったまま首を傾げる。

　「馬車？ここの砂漠はエンドールの西にある砂漠とは違って馬ではとても越せないって聞いたわ。」

　主人は答えた。

　「普通の馬ではすぐにつぶれますが、うちのパトリシアは別です。あいつは急な用事ができたときにはいつも七日でこの砂漠を突っ走ってくれたものでした。・・・・・でも、あいつはうちのせがれの言うことしか聞かないのです。そしてせがれは一年前から人間嫌いになり、部屋に閉じこもり続けている・・・・・・お客さま。せがれ・・・・名前はホフマンと申します。あれの心を開いてやっては下さいませんか。あれと同じ年ごろのあなたたちならあるいはできるかもしれません。そうしたらきっとパトリシアで南の町まで・・・・・」

　主人の話をきいて、三人は宿屋のせがれが閉じこもっているという離れに足を運んだ。離れは厩の隣にあり、昼だというのにぴったりと鎧戸が降ろされていた。　ミネアが戸を叩くと、ヒステリックな叫びが返ってきた。

　「帰れ！俺はお前たちの言うことなど聞かない。人間はみな嘘つきだ。」

　マーニャが両手を拡げた。

　「・・・・どうでもいいけどかなり重症みたいよ。」

　アレクはがちゃがちゃとドアをいじってみたが、中からかけがねが下りているようで開く様子がなかった。ミネアが優しく声をかけた。

　「ホフマンさん。落ち着いて。確かに人間は嘘をつかないでは生きていけない弱い存在ですが、その弱さをお互いに認めあわなくてはなりません。お父さまも心配しているわ。ここを開けて。」

　返事はなかった。
　そのあと三人は代わる代わるホフマンを説得したが中から返ってきたのは人間を呪う言葉だけだった。

　「ミネアでだめならあたしが言っても駄目よ。・・・・・相手がアレクなら、扉を蹴破って入ってキスするわよって脅せばすぐにとびだしてくるのにね。」

　「・・・・・姉さん。こんなときに冗談はよして。宿のご主人にもっと詳しい話を聞きましょう。一年前に何がおこったのか。それがわかればホフマンさんの心を救うことができるかもしれないわ。」


　ホフマンを説得できずに戻ってきた三人に、宿屋の主人は目をしょぼつかせ、茶を飲むようにすすめた。

　「・・・・あれは去年の今ごろのことでした。・・・・・ここから北東に行ったところに古い遺跡のような洞窟があります。そこには素晴らしい宝が隠されているという噂で、魔物が出始めたのにもかかわらず、うちの倅は親友と呼びあっていたリヒター青年とパトリシアに馬車を牽かせて冒険しにいったのです。ところが、次の日の朝、パトリシアが血塗れの息子だけを背に乗せて帰ってきました。リヒターの姿はどこにもありません。私達はホフマンの回復を待って何が起こったのかを訊ねましたが、何も答えようとしませんでした。それ以来あの様子なのです。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「ね、勇者ちゃん。ここにきて良かったの？とんだ寄り道になっちゃうかもよ。」

　マーニャが崩れかけた洞窟の入り口をどうやってひろげようか考えながら呟いた。アレクはさっそく岩を持ち上げて運んでいる。

　「・・・・この事件は魔物のしわざかもしれません。そうならば黙っているわけにはいきません・・・・・それに早く砂漠を越えたいですからね。」

　マーニャはしばらく考えていたが、特大の火球をぶつけて入り口の岩を取りのぞいた。（吹き飛ばした！）ミネアが目を手で覆った。

　「さあ、入り口は開いたわ。お二人さんどうぞ　」

　下りていった先は青い床石が敷きつめられた立派な廊下だった。ミネアが水晶玉で内部を照らす。魔力があがってきたのか水晶玉はランプに負けないくらいの光を放った。先頭に剣を構えたアレク。真ん中に見取り図をつくりながら進むミネア。後ろからマーニャが鉄の扇をパタつかせスキップでついてくる。

　「・・・・これはもしかしてオーリンがいたあの洞窟と同じくらい前にできたものかしら。何かの館がわりにつかわれていたのでは？」

　「そうね・・・・、あら、今度は岩が転がっていて通れないわ。」

　アレクが一人で押してみたがびくともしなかった。

　「ミネア、お姉ちゃんに任せて！」

　ミネアは呪文を唱えかけた姉の口を押さえた。

　「狭いところでこんな大きな岩を吹き飛ばして、他の壁や柱まで飛んだらどうするの！・・・三人で押してみましょう。」

　アレクが真ん中、姉妹が両側から押すと、やっと岩は動いて新しい通路が現われた。
　三人は喜びの声をあげたが、通路を進んでいくとまた岩にぶつかってしまった。マーニャは”あ〜あ”と呻いて天を仰いだ。ミネアとアレクが押したが動かない。マーニャが溜息混じりに二人に加わるとやっとこさ岩は動いた。

　「・・・・ふーん。協力の勝利ってことね　」

　マーニャは悠長に手をぶらぶら振りながら二人に遅れて歩いていく。

　「・・・・しかし、ここは落盤が起きてきそうもないほどしっかりした作りだし、魔物も出てこない。どうしてあのホフマンって奴、血塗れになったのかしら。」

　”姉さ〜ん”

　とミネアが呼んだ。マーニャが走っていくと、また岩が転がっていてアレクが一人で体当たりを繰り返していた。

　「え〜？またなのぉ〜！」

　三個目の岩をどかすと広い部屋で、青い床石は一部分だけ赤に変わっていた。アレクはそっと赤い部分に乗ってみた。・・・・が、何も起こらない。飛び跳ねても変わらない。
　ミネアが代わって屈みこんで触ってみた。

　「へんね。ここ、確かになにかありそうなんだけど。」

　マーニャが妹のそばによる。

　「コーミズの西の洞窟では上下に移動がおきたわよね？」

　マーニャがピョンと跳ねると、それまでしっかりしていた床に穴が開き、二人の姿は落ちていってしまった。

　「ミネアさん！マーニャさん！」

　アレクが叫んだときにはすでに床は完全に閉じてしまい、いくら叩いても火球をぶつけても開かなかった。ミネアの水晶球の明かりもない。彼はそれに今気付いたかのように背負い袋からランタンを出して火を付けた。アレクはとにかく下階に続く道を捜し、二人に会おうと進み始めた。
　見取り図を取っていたミネアとはぐれてしまった今、自分で位置を確認しなければならず、現在位置もはっきりしない。
　真っ暗な通廊を、自分一人だけが歩いていく。壁に映った自分の黒い影や、反響する足音に一度ならずぎょっとさせられながら進んでいくと、うまい具合に下に降りる階段が見付けられた。アレクは左手でランタンを持ち、右手は剣のつかにかけて一段ずつ降りていく。

　「マーニャさーん！ミネアさーん！」

　耳を澄ますと、遥か向こうで音がしたような気がした。アレクはその音に向かって全速で近付いていくと、有り難いことにミネアとマーニャが揃って歩いてきた。

　「ああよかった！怪我はありませんか？」

　アレクが微笑んで話し掛けても、二人はじっとアレクをみつめているだけで返事をしなかった。

　「どうしたっていうんです？」

　アレクが尚も近付くと、マーニャが鉄の扇で攻撃してきた。

　「何をするんです！」

　肩に激しい痛みを感じてアレクがとびすさると横合いからミネアが毒蛾のナイフを掲げて突っ込んでくる。　反撃もできずに床に転がって逃げながら尚もアレクは信じられずに叫んだ。

　「何故？何故僕を殺そうとするんです！」

　マーニャが残忍な笑いを浮かべる。

　「・・・・・・そこで素晴らしい宝物を見付けたわ。あなたには渡したくないから。」

　「そんな！仲間になってくれたじゃありませんか！ここに来たのだって砂漠の向こうまで行くためでしょう！」

　「確かにそうだわ。でも、あの宝を見たら気が変わったの。あれは素晴らしいものだわ。・・・・旅なんか糞食らえよ。・・・・・・さよなら。」

　再び、鉄の扇がアレクを襲った。アレクは威嚇のために火球をマーニャの足元すれすれにぶつけた。すると二人はあっさりと背を向けて逃げだした。アレクは座り込んで、一先ず自分の肩の傷を呪文で癒した。
かなり深手で、下手をすれば開いてしまいそうだ。
　アレクは混乱していた。今の姿は確かにマーニャとミネアだった。しかし、いくら宝を見付けたからといってアレクを殺してまで手に入れようとする二人だろうか。いや、これにはきっと理由がある。あの二人はなんらかの訳で一時的に気が狂ってしまったのに違いない。
　そう自分を納得させると、アレクは立ち上がって二人を捜しに走った。剣を構えながら・・・・

　回廊の途中には、ミネアが座り込んでいた。足首を痛めたらしく、手でさすりつづけている。

　「ミ、ミネアさん？」

　ミネアはアレクに微笑みかけた。

　「大丈夫よ。わたしはそこで足を捻ってしまったの。そうしたら、その拍子に正気に戻ったわ。姉さんはまだ混乱していてどこかに走っていってしまったの。」
　アレクが足首の様子をみようとすると、ミネアは飛び起きてアレクの腹を蹴り上げた。ミネアは残忍に笑った。

　「もちろん私は正気よ。正気だからこそ、自分たちの生活を良いものにしようとやっきなの。」

　アレクは剣を抜いた。

　「嘘だ！ミネアさん！ミネアさんはまだ正気に戻っていないんだ。だって僕の知っているミネアさんは優しくて親切で、人殺しなんかとてもできる人じゃない！」

　ミネアはかまわずナイフを振り降ろす。アレクは剣で受け止め、突放した。その拍子にミネアはアレクの剣の切っ先で左手を傷つけられた。緑色の血が線をひいて流れ落ちた。
　緑色の血？
　アレクはこんどは迷わず一直線に突っ込んだ。ミネアの胸に剣が突きささり、緑の血がどくどくと流れだす。そしてミネアの姿をしていた魔物は、醜い小鬼の姿に戻って息絶えた。

　”初めの二人も魔物が化けたものだったのか・・・・・・・”

　アレクが剣を鞘に納める間もなく、悲鳴がきこえた。アレクは奥に走る。どうだろう。そこではマーニャとミネアの二人が二匹の小鬼に追われて逃げ回っているではないか！
　アレクは突進し、魔物の注意を自分に引き付けた。二度、三度と切り結び、一匹は剣で、もう一匹は呪文で倒した。
　アレクの肩の傷は開いて再び血が流れ出てきていた。しかしアレクは二人に会えて嬉しかった。

　「捜しましたよ！会えなかったらどうしようかと考えていたんです。いろいろあったんですよ。」

　マーニャが微笑んだ。

　「私たちもよ。会えなかったらどうしようって。会えなかったら・・・・・あなたの息の根を止めることができないものね！」

　そして二人の姿はみるみるうちに小鬼に変わっていった。
　アレクは剣を振り上げたが肩に鋭い痛みが走った。耐えられず剣を降ろし、低く呪文を唱える。一回の火球では魔物は殺せなかった。二回、三回、四回・・・・・・火球のなかで魔物の体が崩れ落ちたときにはアレク自身も精神力を使いはたしていた。

　どのくらいたったろうか。アレクはのろのろと立ち上がった。肩の傷はどうにかふさいだが、体のすべての血が出ていってしまったように頭がくらくらした。・・・・・こんなときに魔物が来たらおしまいだ。最初の一撃を繰り出すのを躊躇したら死が待っている。壁に手をつき、足をひきずり歩く。この地下の通路に入ってきたのがもう遠い昔のことのように感じられる。

　一人、また一人だ。

　足音が聞こえてきた。
　魔物だろうか。・・・・そうだとしたら出会い頭に突進だ。・・・・
　通廊を左に折れると足音の主がいた。
　ミネアとマーニャ。何度騙されたことだろう。アレクは剣を抜いた。そして・・・・突っ込もうとしたが突っ込めなかった。もしも・・・・もしもこれが本物の二人だったら？・・・・
　マーニャたちはアレクを指差した。

　「もう騙されないわよ！この偽物！」

　アレクは疲れた体に鞭打ってできるだけしっかりした声に聞こえるように叫んだ。

　「偽物はどっちだ！僕は本物のアレクだ！」

　ミネアが呪文を唱え始めたのに気付いて剣を構えた。ミネアはそれを見て呪文を唱えるのを辞めた。マーニャはどうしようか、と、いうように妹を見やった。

　「・・・・なんでもいいから、あたしたちについて知っていることをいってみなさいよ！」

　アレクは話した。

　「あなたたちの名前はミネアさんとマーニャさん。お父さんの仇を討つために故郷から旅に出ました。」

　姉妹の表情は和らがない。

　「・・・・そんなことは本物のアレクから聞き出そうとすれば聞き出せるわ。・・・続けなさい！」

　アレクは話し続けた。しかし、なかなか信用されない。貧血がひどく、ろれつもまわらなくなってきた。

　「・・・・・・それで・・・・それで・・・革袋・・・・・」

　「革袋？」

　「・・・・マーニャさんが持っているとすぐ使ってしまうから、ミネアさんがもっている・・・・」

　マーニャは慌ててアレクを抱き起こした。

　「ミネア！アレクをはやく診てやって！こんな馬鹿なこと知っているのはどう考えても本物よ！」


　ミネアに呪文をかけてもらい、アレクは少し元気になった。水筒から水を飲み、マーニャがくれたマシマロを時間をかけて齧る。

　「ごめんね。あたしたちのほうも、アレクそっくりに化けた魔物に襲われていたのよね。だからアレクが来たときも、てっきり魔物かと思ってしまった。・・・・・・・」

　マーニャに謝られてアレクは恐縮した。

　「僕だって、マーニャさんやミネアさんの姿をした魔物と戦っていましたからおあいこですよ。」

　「・・・・・・でもさあ、あたしたちがもしも魔物だとしたら、アレクは今ごろ命がないわよ。よく切り掛かってこなかったね。」

　「魔物という確信はなくって・・・・・・二人を傷つけては大変ですから。」

　おおかたふさがった傷に包帯をあてながらミネアが訊ねた。

　「でも、私達が本物でも、あなたを攻撃してこないとは限らなかったのよ。事実、私達はあなたが本物だとわかるまでに長い時間がかかったわ。」

　アレクは微笑んだ。

　「お二人が本物ならば・・・・・絶対に僕を傷つけたりはしませんから。きっと僕のことがわかってくれるって僕はミネアさんたちを信頼していました。」

　マーニャはクスクス笑った。

　「アレクって純情なんだわよね。・・・・いつまでもそうだと命を落としかねないゾ」

　「姉さん！純粋な心を持っていることは決して悪いことじゃないわ！・・・・・・ここに住んでいる魔物は仲間同士が裏切り、殺しあいをすることを楽しんでいるのかもしれないわ。その策略に乗らなかったアレクは立派よ。・・・・・・・ホフマンさんも同じような目にあったのかしら。親友のリヒターさんそっくりに化けた魔物を本物と思い込み、戦った末に・・・・・・・もしそうだとしたら、どうすればいいのかしら。私達が体験したことを話すのは簡単よ。でも心を閉ざしてしまったホフマンさんに通じるかしら。」

　ミネアはアレクの手当てを終えると、水晶玉に照らされた青い冷たい床を見つめた。マーニャはミネアの髪飾りをこつんと叩いた。

　「全くあんたは心配性ね。通じるわよ。通じなくってどうするの。・・・・・さて、これからどうする。魔物はまだいるかもしれないけれど、三人一緒に歩いているかぎり恐いものはないわ。ここで何かすることあるかな？」

　”あるわよね？”

　というように、マーニャが訊ねた。ミネアが頷く。

　「ええ、できたらリヒターさんの遺品を捜したいわ。親御さんに渡してあげたい。でも、アレクが・・・・・・・」

　ちらりと横目で見たミネアに、アレクはお世辞にも”僕なら大丈夫”と言ってみせる元気はなかった。　マーニャがやれやれと、ミネアに合図してアレクを両側から支え立たせた。

　「魔物が出てきたら容赦なく地面に落とすからね！・・・・・・・・・・本っとに手のかかる坊やよね。カチンと来るようなことも平気で言ってくれるし！」

　はて、そのようなことを僕は言ったけかなとアレクが考えていると、マーニャはむっとした。

　「どーせあたしはお金を持っていりゃすぐに使ってしまうわよ！」

　アレクは大笑いし、ミネアは澄まして”なあんだ、それは真実でしょう？姉さん”と言い放った。


　廃墟の冒険は急に楽しいものになった。アレクは二人を身近なかけがえのない人だと改めて認識し、二人はアレクが自分たちにかけた信頼を知り、胸が熱くなっていた。ミネアの懐では、三枚のタロットカードが暖かい仄かな光を放っていたが、三人はそれには気付かなかった。
　やがて三人は、捜していたものを見付けた。
　簡単な革の鎧を身につけ、革の帽子をかぶった白骨が床に転がっていた。革は脇腹で裂け、血のしみがはっきりと革に残っていた。ミネアが跪いて祈りを捧げた。マーニャとアレクも黙祷する。遺品として持ちかえるため、ミネアは白骨が指に絡ませていたペンダントを持ち上げた。からんと音がして骨が崩れた。すると陰になっていた場所に、血染めの紙片があるのに気付き、ミネアは取り上げて文字を読んだ。そしてマーニャとアレクに渡した。
　アレクは目が潤んでくるのを禁じ得なかった。それはリヒターが最後の力を振り絞ってホフマンにあてて書いた手紙だった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　三人は、二日後に、町に戻ってきた。そして、宿の主人に簡単に首尾を説明するとすぐに夕闇迫ったホフマンの離れに向かった。
　夕日を背にして離れは黒々とした影になり、三人の前に冷たくそびえていた。

　「ホフマンさん！」

　ミネアが呼び掛けた。

　「ホフマンさん。私達は、昔あなたがリヒターさんといった廃墟に三人で行ってきました。そして何があったのかわかったつもりです。私の話を聞いてください。」

　「何があったかは俺が一番よく知っている！帰れ！どうせでっちあげの話だろう！」

　相変わらずホフマンは戸を開けようとしなかった。　ここで、マーニャが耐えられなくなって爆発した。そしてこの場合、それが効を奏した。

　「なにをぐたぐた言ってんのよ！いじけてりゃいいってもんじゃないのがわかんないの！聞けっていったら聞くのよ！」

　ホフマンは激しいことを言ってはいても、鎧戸にはりついて、戸の隙から三人のことを窺っていた。その鎧戸を小さいものではあったがマーニャの火球が直撃した。戸はふっとびホフマンの顔が三人から見えた。　黄色の巻き毛、いくつかにきびのある骨張った顔、そこには苦悩が溢れていた。

　「さあ！見るのよ。これは本物よ！証拠になるかどうかしらないけど、リヒターの・・・・もう骨になってたけど、指にからまっていたペンダントだわ。あたしたちは本当に廃墟まで行ったわ。そして、あたしたちはここにいるアレクに化けた魔物に出会い、アレクは同じようにあたしたちに化けた魔物に出会って襲われたわ。そして、互いを裏切って自分が宝物を独り占めしているんだと思い込ませて惑わした。・・・・・仲間が攻撃してきたときの驚きっていったらなかったわよ！・・・・・・リヒターって人は、ホフマン、あんたそっくりの魔物に切り掛かられたのよ！ここに彼が残した手紙があるわ。黙って静かに聞いてらっしゃい！」

　マーニャはそういったが、自分では読まないでミネアに手紙を押しつけた。ミネアは静かに読み始めた。

　「ランプの油は切れかけ、脇腹の傷からは血がどくどくと流れている。もう僕の命もそう長くはない。僕を襲ってきた魔物は親友のホフマンの姿をしていた。そして宝を独り占めするためには僕を殺さなくてはいけないと剣をふるってきた。・・・・・僕は一瞬だがホフマンを疑った。そのことを恥ずかしく思う。彼とは長い間の友人だったのに。今、こうして横たわっていると、ホフマンの姿をしていたものは魔物だと確信できる。ホフマンは僕を裏切らない誠実な男だ。・・・・・あのように悪鬼の如く冷たい瞳はしていない。気が遠くなってきた。もう終わりらしい。心配なのはホフマンのことだ。魔物に襲われていなければいいが・・・・・もし、この手紙を読んだ方がいたなら、彼の安否を確かめてほしい。ああ、でも、僕の遺体を見付けてくれるのはホフマンかもしれない。いや、きっとそうだ。きっと君が来てくれる・・”」

　手紙はそこで途切れていた。ミネアは読みおわると手紙を丁寧に畳んだ。
　ホフマンは体の中に渦巻いていたどす黒いものが一気に抜けていくのを感じた。そしてそれに代わってたとえようのない寒さがやって来た。・・・・リヒターは最後の最後まで自分を信じ、無事を気遣ってくれていた。それなのに自分はどうだ？リヒターの姿をしたものに襲われ、それが本物のリヒターだと思い込み、友の裏切りを呪ってやがては人間の心そのものを信じなくなった自分は？
　ホフマンはマーニャの握っているペンダントを見つめた。小さな頃、小刀を使う練習のために、互いにつくりあった木のペンダント。自分は廃墟から帰ってすぐに炉にくべてしまったが、リヒターはホフマンの作った細工物を死ぬときに大事に握っていてくれたのだ。
　彼の目からは涙が流れ落ち、寒くて凍えそうになっていた心にもどっと暖かいものがこみあげてきた。

　「ホフマン！」

　いつの間にかアレクの後ろにやってきていたホフマンの父親と母親がゆっくり歩み寄っていった。

　「父さん、母さん！」

　ホフマンは母親の胸に頭をおしつけて肩を震わせた。父親ががっしりと肩を抱く。マーニャはミネアから手紙を受け取り、自分の持っていたペンダントと共にホフマンの手のなかに押し込んだ。

　「ま、一応良かったわねっ！」

　マーニャがベッドに腰掛けてのびをした。
　親子をその場に残して、三人は宿の自分たちの部屋に落ち着いた。

　「これで、砂漠が越せるという馬を借りられたらいいわね、姉さん。」

　アレクの手をとって、念のために回復の呪文をくりかえしかけながらミネアが笑った。

　「そうね、ミネア。夕ご飯の時に聞いてみようよ。・・・・・しかし、あの廃墟には噂どおりに素晴らしい宝物があったのかしらね？そうだとしたら見付けられなかったのが惜しいわね。いや、かなり悔しい！」

　ミネアは半ば呆れて言った。

　「姉さん。あくまで噂ですもの。」

　アレクはちょっと気恥ずかしい気がしたが二人に話しかけた。

　「・・・・マーニャさんミネアさん、ぼくは素晴らしい宝をあそこで見付けましたよ。」

　首を傾げるふたりに、頬を紅潮させてアレクは続けた。

　「何ものにもかえがたい宝物ですよ。”信じる心”という・・・・・」

　ミネアは微笑し、マーニャは大笑いした。

　「あははは・・・・でも、アレクらしくっていいや。うん。とっても嬉しいわよ・・・・ただし、気をつけてね。昔、コーミズ村のリアルマばばさまに、人の心を惑わす魔法があるってきいたことがある。もしもあたしがそんなのにかかってあんたを襲ってきたら、信じててもやっつけてね。あたし、可愛い坊やをいじめたくないから。」

　「可愛い坊やっていうのやめてくれませんか？僕はもう十八ですよ！」

　「あ〜ら、十八なんてまだまだ坊やよ　」

　「じゃあ、二十才のマーニャさんはもはやおばさんですか？」

　マーニャの顔がひきつり、ミネアが笑う。

　「なによ！また呪文の練習でしごいてほしいの！大人のことを知らないくせに！キスしたこともないんでしょ？」

　アレクの脳裏にシンシアの姿がよぎった。

　（私がアレクを守るから・・・・）

　ミネアはアレクの表情の変化を捉えたが何故なのかたずねはしなかった。

　「アレク、姉さんはからかうのが大好きなのよ。気にしないで頂戴。・・・・他にからかう相手
ができたら少しは収まるかもね。・・それより、これを飲んで。少し苦い粉薬だけれど、貧血にはよく効くわ。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　次の日の早朝、宿屋夫妻とホフマンは、丈夫な幌つきの馬車をしたて、水や食料を一杯に積んで砂漠の入り口に四頭の馬で牽いてきてくれた。使用人は馬車を牽いてきた馬を外して厩へと戻っていく。三人は不審そうに馬車を眺めていた。かなり大きな馬車だ。人間が楽に十人は乗れるだろう。こんな重いものをたった一頭の馬が牽けるのだろうか。
　そんな三人の胸の中を察していたのか、ホフマンは笑うと・・・・彼は一夜にして、明るい優しい目の溌剌とした青年に戻っていた。・・・・口の中に指を差し入れてピイッと鋭く吹き鳴らした。すると、砂漠の中に幽かに見えている小さな木の茂みのあたりから、一頭の白い馬が砂煙をあげて走ってきた。その姿が近付くにつれアレクたちは目をまんまるくした。　馬はだんだんと大きくなり、ホフマンの横まで来ると鼻面を彼の肩にすりつけた。しかしなんという大きな馬だろう！肩までの高さはふつうの雌馬の一倍半はあるだろうか。ひきしまった全身は真っ白に輝き、たてがみは炎の色のようなオレンジ色に燃えていた。馬はアレクを見て、首を傾げた。優しい目がじっとアレクを検分している。

　「みなさん。これがパトリシアです！」

　三人はまだ目を真丸にしている。

　「こ・・・・これ、本当に馬なの？」

　マーニャがつっかえながら言うとホフマンは頭を掻いた。

　「・・・と思います。」

　「・・・・と思うって・・・？どういうこと？」

　ホフマンは、遠くに光って見える小さな泉を指差した。
　「二年前、らくだで南の町に行く途中、あそこで休んでいると、物凄い音がして、このパトリシアが天から降ってきたんです。怪我をしていたものですから家につれて帰って世話をしていたら僕にすっかりなついてしまって・・・・」
　アレクは”天から降ってきた”馬をじっとみつめた。パトリシアもアレクに興味を感じたようで、ぽこぽこ歩いてきて大きな顔をアレクの頬にすりつけた。これにはホフマンが驚いた。いままでパトリシアは、ホフマンにしか慣れなかったのだ。初対面の人間にここまで心を許すのは初めてのことだ。アレクはおそるおそるパトリシアの鼻面を叩いた。パトリシアはブルルル・・・と鼻をならし、その鼻息の荒さに思わずアレクは手をひっこめた。

　「パトリシアもアレクさんが気に入ったみたいだな。さあ、出発しましょう。次のオアシスまではちょっと距離がありますからね。」

　馬車をとりつけられたパトリシアは、重い荷だというのに何の苦もなく砂漠に向かって歩きだした。御者台にホフマン、その隣にアレク。ミネアとマーニャは幌の中だ。

　「ホフマン！道中気をつけて、お三方を無事にお送りするんだぞ！お前の恩人なのだからな！」

　「魔物に出会っても、あわてるんじゃありませんよ！パトリシアの足ならば、おまえが判断を間違えなければたいがいは逃げ切れるはずですからね。」

　宿屋の主人夫妻が大きく手を振る。
　ホフマンは手を振り返し、灼熱の太陽が照り付ける中に旅立った。
　砂漠の出口にある町、アネイルは、パトリシアの足で一週間である。
勇者は裏切りの洞窟でボロボロだったに違いない。、
この時点では剣もミネアより少し下でしょう。
パトリシア登場ｖ密かに大の贔屓、
ただの馬が八人乗せた（一応全員収容したとき）馬車をひけるわけがない。
おそらくきっとなにかある（・・・・と邪推）

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