| 「たーっ！」 アレクが銅の剣を一旋させると大ミミズの首がちぎれとんだ。 彼は剣についた魔物の粘液を生えている草の葉で拭い、鞘に納めた。息は弾み脈は速鐘のように打っている。村では魔物を相手に本当の戦いをしたことはなかった。実際に剣をふるってみて、アレクは自分の腕の未熟さを思い知らされた。このような雑魚を相手に苦戦していて、強大な敵に立ち迎えるはずがない。 しかし、彼の戦いぶりを見ていた人間が居るならば、目を見張っただろう。まだ若い剣士が、十匹もの大ミミズを瞬く間に倒したのだ。 この様子を見ていたのは実際は好奇心の強いいたずらモグラの一団だったが、彼らはアレクが剣を握って殺気立った目を向けたのに気付き ”きゃっ” といって逃げていった。 アレクは山を降りて麓の小さな村で一泊した後、樵の老人に聞いたとおり、街道を辿ってブランカの町を目指していた。城の尖塔はすぐに見え始めた。が、ずいぶん歩いてもなかなか城壁は近付いてこなかった。 健脚なアレクも疲れてきてタンポポの揺れる街道の傍らで足を投げ出して休んでいると親切な農夫が声をかけてきて、野菜を積んだ荷馬車に乗せてくれた。 「ほう。あんたも魔物を退治したいってか？」 農夫は足の短いずんぐりむっくりの馬の手綱をとりながら、自分の横にちょこんと座っているアレクと気軽に話をしていた。 「ええ・・・”あんたも”っていうと、ここらへんには僕のような剣士がたくさん居るんでしょうか？」 農夫は頷いた。 「この間も、冒険に旅立つ剣士と魔道士の青年をブランカまで乗っけたよ。・・・・近ごろ魔物が増えてみんな困ってる。ブランカの王さまもそれは心配なすって、魔物を退治するために旅立つ人には、自らお声をかけてくださるそうだよ。あんたは一人かい？いっちゃなんだが、あんたはまだ若いんだから、誰かしっかりした人を仲間にしたほうがいいと思うよ・・・・・・よくあんたの両親は一人で旅立つことを許したねえ。一人じゃ道中危険な目にもあったろう？」 アレクは、山奥の村で両親が魔物に殺されたのだと話した。そして狼に襲われて疲れはて崖から落ちたが樵の老人に助けられてここまで来たことを付け加えた。 「・・・・・そうかい。悪いことを聞いちまったね。・・・・・しかし、あの山奥に本当に樵の小屋があったとは・・・・」 農夫は、自分が少年の頃に聞いた物語を話してくれた。それは不思議な話だった。山奥にある小さな樵小屋に、真面目で働き者の樵の若者が自分の父親と一緒に住んでいた。ある日、彼が森に木を切りにいくと、美しい娘が森の奥の泉を草に座って眺めているのにのに出会った。驚いたことに、女の背中からは仄かに金に輝く二枚の美しい羽が生えていたという。その天女は若者が自分を見ているのに気付き、たいそう驚いたが、若者の姿を見て一辺で恋に落ちてしまった。若者の方も同じで、二人はすぐに結婚式をあげた・・・・・・ アレクは目を丸くしていたが笑った。 「いやですよ。天女さまなんて居る訳がないじゃないですか。」 農夫も笑う。 「ああ、伝え聞いた話だからね。作り話だろう。おっと。話しているうちに城門が見えてきた。」 アレクは城門の大きさに圧倒された。白い大理石を積んで作った壮大な城壁に銅の金具で補強された木の大扉がはめこまれている。そしてひっきりなしに人が出入りしているのだ。 アレクはこれほど多くの人間を見たことがなかった。山奥の村も、ここに来る途中に寄った村も二百人前後の小さな集落だった。ここにはその百倍はいそうだ！ 荷馬車は城門をくぐった。一瞬壁で蔭になり、それを抜けると明るい町の広場が待ち構えていた。農夫はアレクを降ろすと、手を振って市場の方に行ってしまった。 ぼんやりつっ立っているアレクに荷運びの男がどんとぶつかった。 「この餓鬼ゃあ！どこに目ェつけてんだ！」 怒鳴られてアレクは飛び退いた。 すべてが見慣れぬものばかりだった。 行き交う行商人、売られていく家畜の群れ、昼から酒を飲んでできあがっている男たち、色とりどりのしゃれた服を着ている娘たち。そのなかに、冒険者と思しき人々も混ざっていた。鎧に身を固め、太刀を腰に刺した剣士。ローブをまとい、不思議な形をした杖を持った魔道士。棍棒を担いだ大男もいれば、剣士の後ろから控えめな態度でついていっている女修道士もいる。 「困っているようだね。？この町は初めてかい？ぼくはこの町のものだ。よかったら道を教えるよ。」 娘と腕を組んで歩いていた青年がアレクに声をかけてきた。アレクが、魔物を倒す旅の途中だと告げると、青年は連れの娘と顔を見合わせて笑った。 「ああ、君も冒険者だね。だったら王宮はそこの角を右に曲がって大通りに出たら真っすぐだ。左側の入り口から冒険者が入れるようになっているよ。じゃあ、がんばりたまえ。」 二人連れは行ってしまった。アレクの耳に”ねえ、あんなとっぽい坊やが魔物退治？””まあいいじゃないか。正義感に燃えているんだろう。田舎者には親切にしなけりゃ！”とおしゃべりが風に乗って入ってきた。アレクは唇を噛み閉めて胸をぐいと張ると王宮に向かって歩き始めた。 王宮は大混雑だった。諸国から集まった冒険者たちが王に謁見していただくために参上しているのだ。王は一人一人に言葉をかけ、場合によってはかなり高額の援助をしてくれることもあるという。 アレクは王から、今世界がどのような状況にあるのか確かなことを知らせて欲しかった。列の後ろに並んで冒険者たちのお喋りに注意をはらっていると、魔物が増え、強くなっていることはわかったが、どうもはっきりしなかった。 列のなかで、一人きりなのはアレクだけのようだった。もしもこんなときに仲間がいてくれたなら、自分が今感じているような孤独感や疎外感は薄れるのだろうにな。と、アレクは溜息をついた。 ついにブランカ王に謁見する順番がまわってきた。 アレクが跪き、首を垂れていると、王は頭を上げさせた。ブランカ王は高齢の老人で、細面には深い皺が幾重にも刻まれている。その表情は落ち着いており会うものの心を静かにさせた。 「若者よ。そなたの名はなんと申すか？」 「アレクと申します。」 「・・・・・アレク、そなたは年若く、仲間もおらぬようだが、冒険を志してまいったのか？だとしたらわしはお前にいくつかの場所を教えることができる。どの場所も魔物の襲来を恐れ、助力を待っている集落だ。行って力を貸せば謝礼も出ようし、お前の冒険心も満たされるだろう。」 アレクは謝礼だの冒険心だの心外なことを言われて眉をひそめた。 「畏れながら・・・陛下、僕、いや、私はお金儲けや冒険心のために魔物と戦おうとしているのではありません。私は両親を魔物に殺されました。その仇を討ち、そして両親が私に死ぬ前に私に命じたとおり魔王を倒そうと決意を固めております。・・・・それが叶わぬまでもせめて一太刀を、と。陛下。何か魔王についてご存じではありませんか。」 老王はじっとアレクを見つめた。そしてこの若者の眼差しのなかに決意の炎を認めた。 「・・・・・報酬のことなどをいってすまなかった。・・・・報酬がないと働かぬ剣士たちが多いものでな。そなたの目は誠に欲のない澄んだ目だ。そなたのようなものにこそ、この世界が闇に覆われていくのを止めることができるのだろう。・・・・・魔王はまだ目覚めてはいない。しかし最近の魔物の動きは魔王の復活する前兆と、城の魔道士たちは考えている。魔王は何時もこの世界に存在していた。破壊と殺戮を繰り返し、人間たちを恐怖と絶望のどん底にたたきこんだ。そのたびに正しき心をもった勇者が現われ、魔王を滅ぼしたが、その肉体は滅ぼすことができても、暗黒の力は不滅だった。・・・・・魔王は必ず蘇る。この世に乱れが生じたときに・・・・・しかしそのときに勇者もまた現われると古文書は告げている。・・・・・・わしの知るのはこれだけだ。」 アレクは深々と一礼し、礼を述べると立ち上がった。王は静かに言った。 「アレクよ。どこに行くつもりだ。」 「・・・・・とにかく旅を続けます。旅をしているうちに何か掴めてくるでしょう。」 王は、傍らに立っていた家臣に合図すると地図を持ってこさせた。そしてアレクに渡すと拡げさせた。 「見るがいい。東には大きな砂漠。砂漠の向こうにはまだまだ広い土地が広がっているが、とても一人ではあの砂漠は越せぬ。西には大きな山脈があるが、ついこの前に山を穿った道が掘りぬかれた。その道を行けばエンドールという大きな都がある。そこではもっと詳しいことがわかるやもしれぬ。領土が広く、集まった情報も多かろう。・・・・・・遥か西の国、神を重んじていた国サントハイムでは国王もろとも城の者がすべて姿を消した怪しい事件も起きている。」 サントハイムと聞いてアレクの心臓が大きく打った。たしか、自分の姿を予知して知らせたのはサントハイムの王だと村を襲った魔物たちは言ってはいなかったか？もしやその王が魔物と手を結んで・・・・ アレクは分厚い羊皮紙に顔料で描かれた地図を八つに折ると懐にしまった。 「陛下、私はご助言どおり西にいってみます。・・・・・力の限りを尽くし、魔物の手からこの世界を護る努力をしてみます。」 王は目を細め、玉座から立ち上がってアレクの頭に手を置いて祝福した。 アレクはブランカの町で、足りなくなりかけた食料と薬草を補充すると、華やかな飾り付けがされた商店や少年が面白がりそうな娯楽には一切目を向けずに（ちらりと目に入ったそれらはアレクの心をぐらつかせたが）出発した。隠し部屋に用意されていた金は当座の暮らしには困らないだけの額があったが、アレクは倹約し、最低限の必需品しか買わなかった。 エンドールに向かう道々出会って倒した魔物の死骸からも、毛皮や、魔力を秘めた角や尻尾を集め、宿場町の道具屋でいくばくかの金を得た。 山を穿ったトンネルはたいそう立派でしっかりしたものだった。あまりの見事さにアレクが、出口付近で”すごいトンネルだなぁ。王様がつくったのかなぁ”と独り言を呟いていると、松明の番をしている男がふふんと笑った。 「王様じゃないぞ。このトンネルをつくったのはトルネコさんという商人だ。今ごろは遠い東の国で魔法の武器や珍しい道具を捜しているはず。・・・・どうだ？エンドールの商人の心意気はたいしたものだろ？田舎の坊や。」 アレクは馬鹿にされたのはわかったが、トンネルに感心していて怒る気にはならなかった。このトンネルが彼が憎んでいる魔物の仲間であるいたずらモグラの手伝いなくしてはこんなに早く完成されなかっただろうことを知ったらアレクは感心している一方では済まなかったかもしれないが・・・・・・ ブランカを出て十日間、歩きに歩いてアレクはエンドールに辿り着いた。ここでもまたアレクは面食らった。ついこの間、ブランカの大きさと人の多さに驚嘆したが、ブランカが町だとすればエンドールは大都市だ。町の喧騒も並みの大きさではない。その喧騒のために、アレクの頭のなかの落ち着きは粉微塵にふっとんでしまった。ブランカでは国王がじかに謁見してくださった。エンドールではそうはいかないらしい。それはそうだ。ブランカが特殊なのであって、普通は王族でも仲間にしないかぎり目通りは無理だろう。 かといって、どこで話を聞けばいいのだ？ 試しに道行く人にいきなり魔物のことを訊ねてはみたが不愉快な反応を返されるだけだった。 目抜きどおりの酒場や防具屋にも首をつっこんだが、いかにもお昇りさんらしい田舎っぽい少年が魔王だなんだと熱くなって喋っても、まともに相手をされなかった。アレクはすっかり疲れてしまって、これからこの巨大な町のどこで話を聞けばよいのだろうと考え込みながら、お城の前の広場に腰をおろした。しつらえられた花壇には、桜草の株が育ち、花を咲かせようとたくさんの蕾をつけている。蕾が微風に揺れるのをぼんやりと眺めていると、傭兵風のがっしりした男が横に腰を降ろしてきた。 「どうした！若い者が何を腑抜けた顔をしている！男ならもっとしゃっきりしないか！」 そして右手に持った鉄の槍をざくっと地面に突き立てた。 アレクはどぎまぎした。が、この男は粗野な外見をしていても、悪意のない正しい者に思えた。そこでアレクは男に魔王についての質問をぶつけてみた。 傭兵は腕組みをしてうなっていたが笑った。 「俺は永年傭兵をしている。魔物を何百匹も殺してきたが、魔王についてはお前さん以上のことは知らないぞ。・・・・・誰だって知らんと思うぞ。山奥に住んでいる仙人であるとか俺たちの知らない遠くの土地の人間ならわからんが。・・・・雲を掴むような話だし、俺たちただの人間に、魔王を相手にできるわけはない。」 アレクは落胆したようだった。その意気消沈ぶりに傭兵は同情した。 「・・・・・お前さんは、これからの旅の標が欲しいんだろう。だったら城のずっと西、商店街のはずれに占い師が小さなテントをだしている。ま、当たるも八卦、当たらぬも八卦だが、よく当たると評判だぞ。かくいう俺も占って貰ったが、人間はそれぞれがいろいろな運命を背負って生まれてきていることを教えてもらったよ。俺はこれから名を成す剣士にはなれんそうだが、この槍の腕で人の役にはたてるかもしれないとね。・・・・・・美しい女占い師なんだが、生きる勇気を与えてくれるという噂もある。」 アレクは街角の占い師などにすがる気は起こらなかったが、傭兵の厚意は胸に沁みた。 傭兵は立ち上がり豪快に笑った。 「まあ、元気でやるんだな。坊や。俺の名はスコット。何かの折りに俺を雇いたくなったらこい。格安で雇われてやるからな。」 傭兵が行ってしまってもしばらくアレクは座り込んでいた。が、午後の陽が傾き影が長くなり始めた頃、立ち上がって占い師を訊ねてみる気になった。他に行くあてが何も見つからなかったからである。 小さなテントだということで、見つかるかどうか心配していたアレクだが、その必要はなかった。二十人を越える人々がずらりと並んでいたのである。アレクはあわてて列の最後尾につき、待っている時間はブランカ王に戴いた地図を見て過ごした。 西日が差し込み影法師は長々と横たわった。やがて夕焼けが空をそめて、薄明るい空に一番星が輝きだした。アレクの前には待っている者はおらず、後ろにもたくさん並んでいたはずなのに今は二人しか残っていなかった。目の前にはカーキ色の小さな三角のテント。そこから満足そうな顔をして中年の婦人が出てきた。入違いにアレクが入っていこうとすると、若い娘が出てきて済まなさそうにいった。 「今日はもう終わりです。一番星が出ましたから、人に会いに行かなければならないんです。」 なるほど、美しい娘だった。年はアレクより少し上だろうか。褐色の肌に紫がかった長い髪。金属でできた髪飾り、腕輪、イアリング、ネックレス・・・・異国ふうのアクセサリーは大きなものなのに派手だという印象をあたえなかった。思慮深そうな紫水晶の瞳は風のない日の湖のように静かで神秘的だった。 アレクも、彼の後ろに並んでいた二人もがっくりしてしまった。その様子を見た占い師は素早くお客の顔を見渡した。 ”一番後ろに居る人は、商売がうまく行かなくて憔悴しているわ。そしてあの女の子は恋の悩みらしい。そしてこの男の子は・・・旅人のようね。・・・・いいわ。見てあげよう。姉さんも私が少し遅れたからって怒りはしないでしょう。” 占い師は微笑んでアレクをテントに招き入れ、小さな木の椅子に座らせた。テーブルの上には水晶玉が乗っている。 「さあ、あなたの知りたいさだめはなんでしょう。お金？恋？名誉？」 アレクは溜息混じりに答えた。 「僕はある事情から旅に出ました。でも、これからどこにいって何をすればよいのかわからないんです。それを教えて欲しくて・・・」 占い師は頷くと、水晶玉の上に手をかざし、念を集中させた。 雲が沸き起こり、しばらくすると徐々に何かが見えてきた。占い師は深いコントラルトの声で占いを告げた。 「・・・・あなたのまわりに小さな七つの光が見えます。今はまだ小さな光ですが導かれ引かれあって・・・・え!?」 アレクは、驚いている占い師を心配そうに見た。 「なにか悪いことなんですか？小さな光が導かれ引かれあうとどうなってしまうんです？」 「・・・・・導かれ、大きな光となって・・・・・邪悪な闇の力を討ち負かす・・・・・・」 首を捻るアレクの前でなぜか占い師は感無量となっていた。 「ど・・・・どうしました？」 占い師は懐から銀のタロットカードを取り出した。そのうち、一枚が光り輝いていた。 「・・・・・勇者様。あなたは勇者様ですね。ああ！おばばさまのいわれたとおりだった。私はあなたの仲間の一人、ミネアと申します。あなたはこの世界を救うために旅を始めたのでしょう？」 アレクはあまりの突然な展開に頭がついていけなかった。 「僕は確かに魔王を倒そうとしていますが・・・・き、急にそういわれても、僕は・・・・・・」 ミネアはあわてているアレクを好ましい表情で見つめた。・・・・・まだ年若い青年。頼りなげである。しかし彼女の霊感はアレクが勇者としての資質を備えているとはっきり告げていた。強い意志、不正を許さない心、人を思いやる優しさ。そういったものを水晶玉は見落とすことなく外に表すのだ。 「私は、勇者様が私達のことを知っていらっしゃるものと思っておりましたが・・・・・・初めて知ったのですね？それでは戸惑うのも無理ありません。ゆっくりお話いたしましょう。私の名はミネア。リオレラ大陸の占い師です。・・・・さっそく姉に会ってください。姉もあなたと旅をともにするさだめにあるのです。」 ミネアはアレクの手をしっかりと握った。アレクはその手から何か不思議な力が伝わってくるような気がした。そしてこの人は本当に天が定めた自分の仲間であることを確信した。ミネアはテントを閉めようと立ち上がったが、外ではまだ二人の悩める心が待っていた。アレクは微笑んだ。 「ミネアさん。僕はここで待っています。あ、そうだ。お姉さんを迎えに行って来ましょうか。」 ミネアは恐縮したがアレクはミネアの姉、マーニャの相貌を聞いて、走っていった。 アレクはミネアがマーニャと待ち合わせているという酒場の前に到着した。しかしそこには女性はおらず、何人かの男がゆっくり煙草をくゆらしているきりだった。 「あのぉ・・・・ここに・・・」 アレクはミネアから聞いたとおりのマーニャの特徴を伝えた。 「紫がかった真っすぐの長い髪で黒い瞳の美しい女の人が来ませんでしたか？背は僕と同じくらいで肌は小麦色です。」 言いながら、”姉さんと私は遠目には双子と思われるくらい似ているんです。”と笑ったミネアを思い出す。 男は一息ふうっと煙を吐き出すと答えた。 「ああ、確かにちょっと前まで綺麗な姉ちゃんが誰かを待ってる風に立ってたが、相手がなかなかこないらしくて怒ってあそこにはいっていったぜ。」 男が指差した建物にはけばけばしい装飾がしてあり”カジノ”と大書してある。 アレクは男に礼を言うと、そのなんだかうさんくさい建物に飛び込んでいった。 カジノのなかは空気がこもっていて、胸が悪くなるような気がした。厚化粧をして、胸の大きく開いたドレスを纏った女たちが、隅のほうにあるテーブルにすわった荒くれたちに酒を運んでいた。かと思えば、大きな台のうえではトランプを見事な手捌きで男が配っており、負けたものから勝ったものにコインが動いているようだった。”賭事はいけないことよ。”と母のエリスに言われて育ったアレクは、とんでもないところに来てしまったと感じた。別の場所ではスロットマシンがうなり声をあげ、すった儲けたで悲鳴と歓声があがっている。・・・・・こんなところに自分の仲間がいるのだろうか。 奥の方では、魔物と魔物を戦わせる格闘技場が設営されていた。自分が賭けた魔物に向かって大声援だ。アレクは前の方まで行って覗き込んだ。少し興味があったし、これから出会うことになるかもしれない魔物の戦い方を勉強したかったのだ。 バブルスライム対大ミミズ。係の男が檻の扉を開けると二匹は外に出てすぐにぶつかった。 勝負はあっけなくついた。バブルスライムは毒を吹き掛けたが、その前に大ミミズがとびかかってまきつくとスライムを締めつぶしてしまったのだ。 「いや〜ん。またすっちゃったぁ！」 高い声が上がり、アレクはそちらを注視した。紫がかった長い髪に黒い瞳、小麦色の肌・・・・・しかしミネアとだいぶ印象が違う。・・・・服もなんだか変わっているし・・・・人違いだろうか。 それはまさしくマーニャだった。彼女は純朴そうな若い男の子が自分をじっと見ているのに気付いて、投げキッスを送った。たちまちアレクの頬に血が昇る。彼女は人込みをかきわけ、アレクの前に出ると、魅力たっぷりに微笑んだ。そしてアレクが”ミネアさんのお姉さんですか。”と訊ねる前にいとも気安く話し掛けてきた。 「うふっ。さっき目があっちゃったわね。君、ここ、初めて？」 「え、ええ。あの・・」 「そう、初めてなのね。・・・・初めての場所でこうして目があったのも何かの縁ね。ねえ、よかったら少しコインを貸してくれない？倍にして返すわ。ううん。もしも負けちゃっても貸してくれた分は返すから。これからがおもしろくなる組合せなの。ねえ、いいでしょう？」 マーニャはアレクに体をすり寄せて耳元で囁いた。 「ねえ、お願い。可愛いぼ・う・や 」 ぼーっとなってしまって、アレクは言われるままにコインを渡すと、マーニャは喜んで賭に行ってしまった。アレクもその後についていった。そして、マーニャが本命の魔物に賭けたのをみて、自分は残りの魔物に少しずつ賭た。それに気付くとマーニャはちょっと怒った。 「ちょっと坊や。人が賭けてない奴ばかりに賭けることないでしょう。」 「え？でも、あの、こうすれば損をすることないって思って・・・・」 マーニャは笑った。 「ぼうや、賭事をしたことないのね。全部に賭けても得することってあまりないのよ。儲けるのは胴元。・・・・・・坊やが賭けた魔物ってほとんど勝つ見込みがないわよ。損してもがっかりしないでね。」 アレクはぽりぽりと頭を掻いて始まった勝負を眺めた。マーニャは自信があるらしく余裕で見ていたが、勝負は意外な展開になった。 一番弱いと思われていた魔物が、突然会心の一撃を繰りだして勝ってしまったのだ。マーニャは悔しそうに賭札を破り捨てたが、アレクは微笑んだ。 「そんなに荒れないで下さい。・・・・・弱い奴でもがんばれば勝つことができるんですね。・・・・・・・ところで、僕はどのくらい貰えるんですか？」 そうだった、このぼうやは勝った魔物に賭けていたんだったわとマーニャは思い出し、配当金の表示を見た。 「・・・・・」 マーニャは声が出せなかった。 「？」 アレクが身体中からクエスチョンマークを発散させていると、テントを畳んでやってきたミネアが二人を見付けた。 「やっぱり！姉さんったらまたカジノなんかに！」 アレクは面食らった。 ”え？やっぱりこの人が・・・・” 「姉さん。いくらちょっとづつのお金でも無駄使いはいけないわ。」 マーニャは妹の剣幕のすごさに押されながら笑って誤魔化そうとした。 「ま、そう怒らないでよ。それよりこのぼうや凄いのよ！さっきあたしがコインを貸してもらったのよ。あたしはすっちゃったけどこの子ったら百十倍の大穴を当てたのよ！」 「そんな失礼なことしたの！この人はリアルマおばば様が教えて下さった勇者様よ！銀のタロットカードも光って知らせてくれたわ。」 マーニャは真剣な表情になって胸に手をあてて、一瞬神に祈るように目を閉じたがころっと表情を変えると値踏みするようにアレクを前後左右から観察した。 「この子が？・・・・あたし、年下は趣味じゃないんだけどな・・・・・三年くらいたったらいい男になりそうなんだけど。・・・・それまで待つか。」 「姉さん！」 「わかったわかったわかってるわよ！それじゃ勇者ちゃん。これからよろしくね 」 ミネアが姉に向かって手を差し出した。 「な・・・・何よ。」 「・・・・・予備にいつも身につけているはずのお金・・・・」 「・・・・あんた、知ってたの・・・・」 マーニャからミネア、ミネアからアレクにコインが渡された。 アレクは大きな長い溜息をついた。 ”本当にこの人たちは仲間なんだろうか。女の人が戦えるとは思えないし・・・・・ミネアさんは真面目だけれどマーニャさんって・・・・・どうなるのかなこの先。” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「お・は・よ 」 アレクが目を覚ますと、息がかかるほどの近いところにマーニャの顔があった。アレクががばっと起き上がるとマーニャがくすくす笑った。ミネアが入ってきて姉をたしなめた。 「姉さん。アレクさんをからかわないで。」 「だって・・・あんまり遅くまで寝てるから、おはようのキスでもしてあげないと起きないかと思って・・・・」 「もうっ！私達も長い間歩いた次の日は疲れ切っているでしょう。・・・・アレクさん。とはいうもののかなりお日さまが高くに昇っています。起きて朝食にしましょう。」 「アレクさんじゃなくてアレクでいいです。僕はお二方より年下なんですから。」 ミネアが了解してアレクの部屋から姉を伴って出ていくと、アレクは急いで着替えを済ませ、宿の一階に降りていった。 朝食を済ませた三人は、すぐにエンドールを出発することになった。アレクが先を急いだのだ。昨日の夜、三人は自分たちの体験したことや知っていることをすべて打ち明けた。その結果、多少の無理を承知で東に向かうことに決めた。西の国、サントハイム王はアレクが想像したような魔物と手を組むような悪い人間ではないとミネアは聞いていたし、西からの旅人はたくさんエンドールへと来ていたが誰もよい情報をもっていなかったからだ。 「本当は、お二人ともお父さんの仇を討ちたいのじゃないですか？」 町中を歩きながらアレクが訊ねると、ミネアが首を振った。 「今の私達の力じゃ倒せないのはわかっていますから。・・・・東にいけば、残りの仲間達にも会えるような気もします。」 マーニャが付け足す。 「それに、魔王って奴を倒さないことにゃ根本的解決にならないとあたしも思う。ところで、少し装備を整えたほうがいいわね。坊やの持ってる銅の剣じゃこれから出会う魔物を一刀両断というわけにはいかないでしょ。」 それはアレクも感じていたことだった。 「決まりね。じゃ、買いにいこう。」 マーニャはずんずん歩いていく。そして不思議なことに大きな武器屋の前を三軒も通過してしまった。アレクがあせっても二人はとまらない。そして住宅街の一軒の小さな店の前にやってきた。 三人が入っていくと、淑やかな物腰の女性がカウンターの向こうから出てきた。 「あら、ミネアさんにマーニャさん！今日はなんのご用かしら。パイは焼き上がっているけれど、いよいよ出発？」 ミネアがアレクを紹介した。 「捜し求めていた人なんです。これから東に向けて旅立ちますが、よい剣を見せていただけたらと思って。」 「まあ、東にですか？それでは夫のトルネコとお会いになるかもしれませんね。・・・・・ちょっとお待ちください。裏からいくつかまとめて剣をお持ちしますわ。」 アレクはネネが引っ込んでしまうと店の中を見回した。旅に必要な品物はほとんどがそろっているようだ。カウンターの上には赤いフェルトの部屋履きを履いたつやつやした灰色の毛皮のいたずらモグラの縫いぐるみが陣取っていた。と、その縫いぐるみがふわーっと大きなあくびをした。 「魔物め！」 アレクは店の中だというのに銅の剣を抜いた。いたずらモグラは悲鳴を上げた。 ネネは殺気立った目をしたアレクにびっくりし、抱えてきた剣をおくと、いたずらモグラを自分の肩のうえに乗せた。 「チビちゃん。お前、なにをしたの？お客さまをこんなに怒らせて。・・・・・ごめんなさいね。悪気はないんです。・・・・剣はこんなところでどうでしょうか。」 魔物を平気で肩に乗せているネネに唖然としつつも、アレクは剣を見定めた。手入れの行き届いたものばかりだ。アレクは振ってみて一番しっくりと手に馴染む鋼の剣を選んだ。そして防具も見せてくれるようにネネに頼んだ。防具を買えば持ち金はなくなるかもしれないが、次にどこで買物ができるかわからないのだ。しかしネネはその必要はないと言った。 「あなたの着ている服は布でできていますが、ただの布ではありませんわ。魔法がかかっています。炎や寒気に強く、耐久力も優れている。私のところで扱っているどんな鎧よりも丈夫な服ですよ。」 アレクは訝しがった。この服は、村のお婆さんが十七歳の誕生日の時に織ってくれたものだ。どうしてあのお婆さんにそんな布をつくる力があったのだろう。 アレクは自分の金袋から金を取り出そうとしたが、すでにミネアが勘定を払ってしまっていた。そしてそれを気に掛ける風もなく、姉妹は食料だのなんだのを揃えている。ミネアは恐縮するアレクに笑ってみせた。 「私達は仲間。お財布も一緒よ。・・・・でもね。姉さんには渡しちゃ駄目よ。」 二人がマーニャにわからないようにクスクス笑うとマーニャが二人に不審そうな目を向けてカウンターの上に買物を並べた。 「ミネア、こんなところでどうかしら。三人で歩くとしたら今までよりも一人が背負う分は軽くて済むわよね。男の子が一緒だから食料多めにしたわ。・・・・勇者ちゃん。何か他に要るものない？」 アレクは並んでいるものをじっくり眺め、自分が持って歩いているものと比較した。 「特にありませんが・・・・もう少し薬草が多いほうがいいかなと・・・・十分すぎるほど持った方が・・・・」 マーニャはアレクの忠告には従わなかった。 「薬草はこれでもう充分。そうね。あとはマシマロでも貰っていこうかしら。」 ネネはマシマロの大きな包みをつくるとおまけのパウンドケーキを添えた。マーニャが包みの中からマシマロを一個放るとちびモグラがうまく銜えて飲み下した。 「じゃあネネさん。町にいるあいだはどうも有難うございました。」 荷を背負うとミネアがまず挨拶をした。 ネネは穏やかに微笑して三人の旅の安全を祈ってくれた。 「もし・・・・もしも夫にお会いになったなら、私が元気でやっていることを伝えてくださいね。そして、夢をはたすまでゆっくり世界を回ってこいって・・・・・」 店の奥から元気の良い男の子が飛び出てきてミネアに飛び付いた。 「お姉ちゃんたちいっちゃうの？森の妖精のお話はもうしてくれないの？マーニャお姉ちゃんも踊りを踊ってみせてくれないの？」 マーニャはこつこつとポポロの頭を小突いた。 「こらこら。そんな泣きごと言ってちゃいい男にはなれないわよ。」 ミネアはもう一度挨拶をし、三人はトルネコ武器店を後にした。 「今出発すれば、楽に宿場町につけるわね。」 マーニャは踊りのステップを踏むように軽やかに歩いていく。 「うふふ・・・・・姉さんったら。ほら、吟遊詩人のロレンスさんが歌っているわ。まるで私達を送ってくれているみたい。」 どこからともなく澄んだ歌声が流れてきた。 ”森で出会いし麗しの乙女、その背中には輝く翼 樵の若者その場で見初め、二人の愛は炎と燃える・・・・・ 「あの歌は？」 農夫に聞いた話と同じだと想いながらアレクはミネアに訊ねた。 「このあいだ、ロレンスさんがブランカからきた人から聞いた話をもとにつくったらしいわ。それが？」 ロレンスの歌は続いた。幸せに包まれて暮らしていた二人だが、天女と人間は結ばれてはいけない運命。天からの忠告に従わなかった天女と樵の若者は引き裂かれ、樵は天からの雷に撃たれて死に、天女は無理遣り天空に連れ帰られた。二人の愛の証の子供だけが地上に残され、その子の行方を知るものも今はいない・・・・・ ”美しいけれど悲しい歌だな・・・・” しんみりしていたアレクだが、女性二人が、町の門からなんのためらいもなく先に立って出ていったのにあわてて走っていって前に出た。自分は男だ。か弱い女性を魔物から護らねばならない。 その決意の程をアレクから聞かされて、姉妹は吹き出した。 「ま、いいじゃない。その気持ち、有り難くいただいておきましょう。ね、ミネア。」 「そうね、私達、一応女の子だったわね。」 とにかくアレクは辺りに気を配り、小さな魔物でも襲いかかってくると二人を下がらせて自分一人で切り殺していった。鋼の剣は銅の剣よりもずっと重たく動きは鈍くなったが、そのぶん切れ味は嘘のように良かった。 強い魔物に出会うたびに一人で奮闘しているアレクをミネアは何度も手伝おうとしたが、マーニャはそのたびに押し止めて自分は拍手をしながら気楽に観戦している。 そんなある日、アレクが今まで見たこともない魔物に出会った。炎の形をしていて変におぼろげだ。 「ミネアさん、マーニャさん下がって下さい！」 アレクは前に出た。ミネアは短く叫んで素早く呪文を唱えようとした。それをマーニャが鋭い目をして止めた。 「だって姉さん。相手は火球をぶつけてくるわ。それにアレクの剣の腕ではまだあの魔物は・・・」 マーニャは手助けを許さなかった。 「・・・・・アレク・・・お手並み拝見よ・・・・勇者としての・・・・」 |
やっと２人に出会えました。以前に登場した人たちを書くのは懐かしいものですね。
|
目次に戻る 