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「まさか・・・・」 ブライはよろよろと歩き、倒れているクリフトの横に膝をついた。 ミネアは首を振った。 「クリフトさんは生きています。・・・・血も完全に止めました。でも意識がもどらないのです。他に傷はないのに鼓動がどんどん弱くなっている・・・・」 トルネコが荷物をかきまわして気付け薬を臭がせたが、神官は手足をだらんとさせたまま生気なく横たわっていた。開け放しになっている目は光がなく、死人のそれに近かった。 ブライが軽く頬を打った。それでも神官はピクリとも動かなかった。マーニャが怒鳴った。 「この馬鹿神官！しゃんとしなさいよ！あたしはあんたをからかうのが好きなんだから！なんとか答えなさいよ！・・・・このくらいで死んだら承知しないわ！」 ライアンがマーニャを抱き留めた。 「・・・・体に受けた傷のせいではない。」 ブライは頷き神官の目蓋を閉じさせた。 「・・・・クリフトは人を憎むことを我らのうちで最も強く否定しておった。しかし今、クリフトはその否定していることをしてしまった。」 アレクが老人の言葉に続けた。 「それだけではなくクリフトさんは禁忌の呪文を使いもしました。・・・・自分が許せないのでしょう。・・・・・」 ブライは涙を拭った。 「・・・・・・クリフトよ。お前の憎悪は愛情が強すぎたために起ったものじゃ、起きてくれ、手を動かしてくれ、誰もお前が神を裏切ったなどとはいわん。・・・お願いだ、この老人より先に逝ってくれるな・・・・」 しかし神官は動かなかった。 誰からともなく山を見上げた。 怪物と化したというデスピサロがいるだろう場所を。・・・・ここで止まっているわけにはいかなかった。 「行こう・・・・」 アレクが苦しげに促した。ミネアが髪を振り乱しアレクに詰め寄った。 「クリフトさんはどうするんです！今にも命の炎が消えそうなのに！・・・・」 ミネアの衣をアリーナが握り首を振る。 「でも・・・・いかなけりゃいけないわ。」 マーニャが目を大きく見開いて怒鳴った。 「アリーナ！あんた自分が何を言ってるのかわかってるの？あんたのとこの神官が死にかけているのよ！それを見捨ていけっていうわけ？」 アリーナはゆっくりと頷いた。 「・・・・クリフトは私達が行かなかったら怒るわ。」 マーニャははっとした。このお姫様はよくわかっているのだ。わかっているからこそ・・・・ 「でも・・・・少しだけここでお別れをさせて。・・・・戦いに間に合うようには出発するわ。・・・・アレク、お願い。」 アレクははりつめたアリーナの顔を見た。いつもの元気なお転婆姫の笑顔はなかった。アレクはコクリと首を使って同意した。 「パトリシアを置いていくからね。・・・・必ず来ておくれよ・・・・待っているから・・・・」 ブライは立ち尽くすアリーナを抱き締めアレクのあとに従った。トルネコは薬草やその外役に立ちそうなものを小さな袋に詰めていってくれた。 仲間の足音が遠ざかっていった。 アリーナは、手袋を脱いでクリフトの頬に手をあてた。体温は失われ氷のような冷たさだった。鼓動はどんどん弱まっていく。 「目を開けて！まだ戦いは終わっていないのよ！クリフトはアレクの仲間の一人じゃない！意気地なし！・・・・いつだってこうなんだから・・・・でも今は倒れているときじゃないのよ！」 堪えていた涙が海となって溢れ出、血だらけの神官衣の上にポタポタと落ちた。 「もう一度神様のお話をして！私を肩の上に抱き上げて！お転婆はやめなさいって叱って！傷を治して！毒を抜いて！・・・・生きようとして！お母さまに約束したんでしょ、私を守るって！倒れていたら守るどころじゃないじゃないの！」 アリーナは神官を叩いた。何回も何回も冷え切った手をこすった。しかし神官は目覚めなかった。 姫はマーニャの言葉を思い出し、自分の柔らかな唇をそっと神官の唇に押しつけもしたが、冷たいぞっとするような感触が胸を締め付けただけで奇跡は起こらなかった。 パトリシアが嘶いた。 既に多くの時間が経過していた。 「クリフトは・・・・何度も私を助けてくれたのに・・・・私はクリフトを守ってあげられなかった。」 さあ、行こう。行かなければ。 姫は立ち上がった。 パトリシアの手綱をつかみ、一歩前に進んだ。 でもそれが精一杯だった。 姫は再び神官にかけ寄った。 アリーナは腰の物入れから天空の花園で小悪魔に貰った桜草を神官の胸に置いて右手に握らせた。 「神様、クリフトをお守りください、私が行ったあとにきっと目を覚まさせて下さい・・・・」 姫は神官の胸に自分の胸を寄せ頬に頬摺りした。 二人の胸に挟まれていた桜草が赤く熱を発し神官の胸の中にしみこんでいった。 姫の思い出が神官に伝わった。 初めて出会ったときのこと、正式な儀式をさぼって城の屋根にいたアリーナを叱りにきたクリフトが屋根から落ちて大騒ぎになったこと、一緒にお菓子を作ったこと・・・・アリーナが成長すると家臣たちはクリフトが姫と遊ぶことを快く思わずクリフトも自分を避けているようで、寂しく思ったこと・・・・ そして、思い出ではない彼女の「今」の想いも伝わっていく・・・・・ 彼女自身もまだ気づいていない強い想いが・・・・・・ 先程彼が開放してしまった冷たく暗い憎悪の念を溶かし それに代わってあたたかく懐かしく、・・・・・大切な、大切なものが胸に流れ込む・・・・・ 桜草の花は神官の胸の中に消えた。 神官はうっすらと目を開けそっとアリーナの髪を撫でた。 「・・・・アリーナ・・さま・・・・」 アリーナは彼の頬に顔をつけたまま、空耳ではないかと思い、一度体を離して神官が目を開けたのを見ると笑ってきゅっと抱きついた。彼はは自分を常闇の世界から連れ戻してくれた愛する姫の髪を二度三度優しく撫でた。が、姫のしがみつく力の強さに目を白黒させた。 「姫さま・・・・苦しい！」 アリーナは抱きつく力を弱めるとクリフトを起き上がらせた。神官は姫が傷ついているのに気付くとそれを癒そうと呪文を唱えるため手をあげて、左腕が動かないのを知り唖然とした。彼は禁忌の呪文を唱えたことを思い出した。暗いものが目の中に浮かび神官はうなだれた。 「腕、痛む？」 神官は首を振った。 「痛みません。・・・・腕が一本使えなくとも呪文は唱えられます、ほら・・」 クリフトが右手を姫の腕にあてると火傷のあとが綺麗に消えた。アリーナは顔をくしゃっとさせると黙った。視線は動かないクリフトの左腕に向けられていた。 神官は粉々に砕けた守り石を懐から取り出した。 「これがなかったらきっと私はこの世のものではありませんでした。有難うございます。」 姫は幽かにほほ笑み、クリフトの右腕を握る。 「・・・・アレクが待ってるわ！最後の戦いの場所で！クリフトが盾を掲げられない分、私が盾の代わりをするわ。」 神官は姫を右腕で馬車へと抱き上げる。 「姫さま、急ぎましょう・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 追い付いてきた姫達を見、アレクは神に感謝せずにはおれなかった。 「さ〜っ！最後の大暴れよ！みんな、しまっていこう！」 マーニャが血飛沫が飛んで赤とも緑ともつかぬ色の斑になっている神官の神官帽を叩いた。 ブライはクリフトを抱擁し、神官の眼差しが優しいものに戻っていることに安心した。 勇者は自分の心臓が速鐘のように打っているのを感じた。岩だらけの曲がりくねった道が山頂へと続く。あそこに目的がある。 いつか感じた不思議な懐かしさが再び自分を取り巻く。 ”何故？” その疑問を勇者は飲み込む。今は惑いのときではない。ただひたすらこの長い旅の終焉に向かい進むのだ。 パトリシアは人の胸までもあるような落差をふらつくクリフトを乗せてかけ上がる。アレクはその前に立ち、真っ先に頂上を目にした。頂上は摺り鉢型に凹み、火口であることを示していたが噴煙も蒸気も発してはいなかった。 ”ぐはぁぁぁぁ” 何かが地鳴りのごとき音を発した。 「あれよ！」 マーニャが指差す凹みの真ん中に巨大な褐色のものがあった。嫌悪を催させるような形と臭気。ナメクジのような表皮は小刻みに震えている。 「・・・・あれがデスピサロだ・・・・」 アレクが静かに言うとマーニャは飛び上がった。 「うっそぉ！確か、デスパレスで見たあいつは銀色の髪してて・・・・人間みたいななりしてたわよ！」 ミネアが怯え、近くのトルネコに身を寄せる。 「・・・・とにかくあれはこの世にあってはいけないものですわ。善や悪を通りこえた存在！」 化物の表皮に亀裂が入り新しい形が現われた。エスタークによく似た怪物。ただ、エスタークにあった邪悪さがこの怪物には感じられなかった。・・・・いや、明確な意識というものがないといったほうが良さそうだった。アレクが剣を抜く。 「デスピサロ！お前が欲していたのはこういうことだったのか？もう止めろ。闇の魔道士は死んだ。」 デスピサロは鋭い爪の生えた手で頭を押さえた。 「デスピサロ？私には何もわからぬ。何も覚えてはいない。・・・・ただ、何をすればよいのかはわかっている・・・・お前たちを根絶やしにしてくれる！」 それきりデスピサロから言葉は消えた。 意識も言葉も消えたが、デスピサロには剣の技がもとのまま備わっていた。左右にゆさぶるアリーナの攻撃も、力強いライアンの一旋も軽々とかわす。 「なめんなってんのよ！」 マーニャが火球を食らわすと怪物の体が揺らいだ。アレクがすかさず突き進むと幽かに傷がついた。 「こいつは不死身ではない！皆！怯むな。呪文も剣も通用する相手だ！」 ブライが呪文を唱えると怪物の片足は凍り付いた。動きが止まったところでミネアがかまいたちの呪文を叫ぶ。もう一方の足に縦横無尽の裂き傷が口をあけ、アリーナの会心の一撃が柔らかい腹に決まる。 しかし、敵は悲鳴一つ上げなかった。動き回るアレクたちが邪魔でたまらぬとばかり薙ぎ払おうと巨大な剣を振り回す。 アレクは逃げ、転がり、僅かな隙を縫って攻撃した。呪文がとび、剣が交錯し、戦いはいつ果てるともなく続いた。 「アリーナ危ない！止まってはやられるぞ！」 息があがり、動きの鈍くなったアリーナに敵の攻撃がせまり、アレクは姫を突き飛ばして横にとんだ。敵の剣の煌めきを目の前に見、体を捻って後ろに回り込む。 「アレク殿！炎が来る！」 首を捻ってこちらを向いた敵の口から渦巻く炎の端が見えた。それはアレクに襲いかかり右足を焼いた。 「うわーっ！」 次の瞬間、火傷はすっかり治っていた。 戦いの中心から離れたところにミネアとクリフトとトルネコが一固まりになって立っていた。トルネコは盾を両手で構え、防御の姿勢を取りながらクリフトを支え、ミネアは熱から身を守る呪文を唱え、クリフトは治癒の呪文を唱え・・・・彼らも又静かにだが戦っていた。 神官の呪文は仲間達に活力を取り戻させた。 アレクは十回かわされれば十一回剣をふるった。敵の炎や輝く冷たい息や必殺の攻撃に耐え、倒れたときには仲間が支えてくれた。攻撃呪文が飛びかい、素早さが上げられ、不可視の盾が作られた。 もう時間の経過がわからなくなってきたころ、アレクの剣が皮一枚でつながっていたデスピサロの腕を落とした。それに元気づけられたアリーナが左腕の付け根を抉った。溜息にも似た歓声が仲間からあがる。ついで、飛び上がり渾身の力で振り下ろしたライアンの剣がデスピサロの頭蓋を叩き潰した。脳漿が飛び散る。しかし怪物は動き続ける。 「な・・・・なによ、あいつ！」 怯えて取り乱したマーニャが火球を連発すると、怪物の足は燃え尽きて大きな胴体が転がった。 アレクは近付いてピサロの死を確認しようとするライアンを制止した。 四肢と頭を失った胴体は不気味に脈動していた。足が付いていた場所にはまだ名残の突起が認められたが、それは枯れた枝のように萎びてぼとりと地に落ちた。そしてぐぐんと鱗に覆われ鋭い爪の生えたがっしりとした足が生えてくるではないか。腕もまたしかり、先程落とした腕よりもさらに強靭で恐ろしい腕が伸びてくる。怪物は足が生え揃うとゆっくり立ち上がった。ピクピクと腹部がまるでそこだけ違う生きものの如く蠢き内部から表皮が弾け飛んだ。弾けてできた穴には牙が密集し、どろりとした透明の液体が吐き出された。その上にできた小さな二つの穴は目だ！ トルネコは棒立ちになり、ミネアは水晶玉を胸に抱き締めた。恐怖がアレクたち全員を包んだ。いち早く我に立ち返ったブライが冷汗を流し、呪文を唱える準備をする。 「進化の秘法はこの世にあらざる命を生み出す技。あ奴は古い肉体を捨て、また新しい体を次々と作っていく。・・・・前よりもより強い体を・・・・」 アレクは青ざめる。・・・倒せるのか？先程の体でさえ必死の思いで倒したというのに。 しかしアレクは諦めなかった。新しく生えた足に切り掛かる。だが、びくともしない。まるで鋼鉄に素手で殴りかかっているようなものだ。ライアンさえも敵のあまりの強さにたじろぐ。アリーナは腕が痺れ、ハシバミ色の瞳を無力感に曇らせる。 「きゃーっ」 新しくできた腕がぎこちなく動きマーニャを掴み上げ投げ飛ばした。嫌な音がし、落ちたマーニャが苦しそうに呻く。ミネアが息を飲み、クリフトはトルネコに自分をマーニャの所まで連れていってくれるように頼んだ。商人は背の高い神官を引きずるようにしながらマーニャの所に急いだ。 クリフトは潰れたようなマーニャの足首に手を当てた。 「あたし、また踊れるかな。」 苦痛で顔を歪ませながらマーニャが喘ぐ。 「大丈夫ですよ。それだけの元気があるなら・・・・」 横合いから鈎爪の攻撃がやってくる。神官が観念して首を縮めると、素早い勇敢な姫が気合いでそれを跳ね返す。 「姫さま！」 「盾になるといったでしょう！さあ！早く下がって！」 化物は強かった。変化するまでは効いた火球や氷の呪文は全く受け付けなくなっていた。弱点はない。あってもまた、次の体になるときにそれを克服していってしまうのだろう。まだ辛うじて効く爆発の呪文をマーニャが使っている他は呪文使いたちは防御の魔法を唱えた。しかしいくら堅固な障壁を作っても怪物が炎を一吹きか二吹きするうちに破れさってまた初めからやりなおしになるのだった。 血を流して居ないものは誰もいなかった。憔悴していないものもいなかった・・・・一人が倒れ、クリフトが治し、別の一人がうずくまるとミネアが治した。ミネアが傷つくとクリフトが不自由な腕で抱き抱え、横からトルネコが世界樹の葉から作った薬を使う。 どんどんアレクたちは弱っていっているのに敵は変化なく力を全開して暴れている。アレクは精神を統一し、サントハイム城でバルザックを倒したときに用いた呪文を唱えた。稲妻は天空の剣から発し、頭があった部分を直撃した。肉の焦げる匂いがして大きな穴が開いた。怪物は動かなくなった。 ”終わったか？” アレクは肩で息をし、力を抜くことなく怪物を注視していた。 それが却ってあだとなった。穴からいきなり第二の頭が出現し、三個の赤い目を開くと閃光を八人に向けて発したのだ。凄まじい衝撃が疲れ切った肉体をつんざき、おのれの肉体を四散させるかのような痛みが走った。それでも天空の防具で守られたアレクは視力を失ったのみで意識を失いはしなかった。だが、彼は暗闇の中、自分を支えてくれた仲間が死にかけているのを心で感じた。敗北感がひたひたと胸を充たした。 「みんな・・・・みんな・・・どうした？・・・・生きていたら返事を！返事をしてくれ！みんな！」 地上世界で作られたものしか身につけていなかった者たちは、閃光の一撃と共に倒れ臥した。皮膚が焼けただれ、血が流れ、命の灯が嵐の中の蝋燭の明かりのように瞬時に吹き消えかけた。 ミネアだけが辛うじて自分を失っていなかった。瞬間的にトルネコとクリフトが彼女の手前に出、壁になってくれたのだ。 ミネアは目の前に広がる地獄絵を見、アレクに答えることもできなかった。 ”私には治せない！” ミネアは震え、そしてあっと小さく声をあげた。 ”できるわ。・・・・命はどんな学者にも造り出すことはできない。母親だけがそれをできる。母親は自分の命を削って新しい命を作る。命は命によってしか作れない。・・・・そうでしたね。おばばさま・・・・” ミネアは微笑んだ。きれいな笑顔だった。 ”いけない！いけないよ！” 動けないはずのマーニャの声が頭の中に響いた。 「姉さん御免なさい。私、先に逝きます。」 ミネアは力強く呪文を唱えた。 「優しい精霊たち。仲間達をこの場に連れ戻したまえ。傷を消し、健やかな体を取り戻させよ。・・・・我が命をその代償として！」 水晶玉に細かなひびが入った。ミネアの体は人形のように倒れ水晶玉が地に落ちて割れる音と同時に仲間達は息を吹き返しアレクには視力が戻った。 マーニャは半狂乱になって妹の骸に取りすがった。二人を怪物は踏み潰そうとした。・・・・が、地面に散らばる小さなものを見て、狂おしく咆哮をあげて腹にできた口のあたりをかきむしり始めた。 それは、閃光で壊れたブライの魔道士の杖だった。先端にはめこまれた赤い宝玉は粉々に砕かれていた。それが何事かを怪物の頭に思い出させようとしていた。 ”タシカコンナモノヲイゼンニミタ・・・・” これと同じように赤く輝いていた。同じようにキラキラ光る小さな固まりだった。 それ以上、この哀れな怪物には思い出せなかった。ただ、いいようもなく大切なものだったはずだ。思い出せないことが怪物には不服だった。 アレクが宝玉の欠片を片手に掬いぱらぱらと指の間からこぼした。 「覚えているのか？ルビーの涙のことを。ロザリーさんのことを！」 ”ロザリートハナンダ。ワタシノカラダヲカケヌケルコノキミョウナカンカクハナンダ。” その思考はそこで途絶えた。怪物は、自分に刷りこまれた行動原理に立ち戻った。破壊するのだ。根絶やしにするのだ。憎悪の奔流が怪物の血管を荒れ狂った。閃光がまたアレクたちを襲った。 天空の盾を前面に突出しアレクは耐えた。仲間達も今度は閃光の届く範囲からどうにか逃げだせたようだ。 敵は底無しの体力を持っていた。武人たちは何度も切り付けた。何回もの打撃で怪物もいくらかは傷を負っていた。だが、これは怪物のとっている一つの姿。この傷は怪物本体の受けたものとはいえない。虚しさがアレクの瞳に浮かぶ。クリフトは仲間達を手当てする。しかし間に合わない。仲間達は自分の体の力が機能が衰えて行くのを甘受するしかない。 ”剣を下ろせ。早く楽になるのだ。” イヴラスそっくりの声で誰かがアレクの耳に囁く。 ”究極の進化を遂げた生物に勝てようか？お前たちの戦いは新たな進化を呼び覚ますだけだ。お前たちは破れるのだ、この怪物に。” 年若い勇者は挫けそうになりながらそれを否定する。 「デスピサロは完全な者になろうはずがない。破壊と殺戮を望むものが勝利するはずがない。・・・・完全な悪ならば宝玉の欠片を見て動ずることもない。」 アレクは怪物を動かしている憎悪の念が自分の持っていたものと同じであるのを知った。故郷の村が襲われ父母や大切な人々を失った喪失感・・・・戦いながらもそれはひしひしと伝わってきた。魔族の王は、地上の民とは異質な存在ながら同じようなものを失い、同じような孤独を味わい、同じように今ここで戦っているのだ。 そして、この戦いに運命付けられた。 アレクと同様に。 誰かの呻き声があがった。マーニャが胸のあたりを赤く染めて倒れていた。更に怪物の炎が襲う。 「マーニャさん！」 アレクが盾を掲げて飛び込む。炎は盾で跳ね返されて飛散する。 踊り子は倒れたまま目を上に上げた。 「アレク・・・・このままじゃ駄目だよ。あたしたちを守っていたらアレクまでやられる。アレクはあいつを倒さなくてはいけないわ。・・・・あたしはもう動けない・・・・ミネアには悪いけど・・・・アレク、もう・・・・あたしたちに構わず戦って！」 「しっかりするんだ！・・・・あなたは僕の仲間、僕と共にいて下さい・・・・疲れたのなら、僕がその半分を支えましょう！」 そのとき不思議な力が働いて踊り子の体がすうっと消えた。そしてアレクは彼女の心が自分の中に流入したのを感じた。火の精の情熱と明るさが勇者の気持ちを奮い立たせた。他の仲間達も自分の血でできた血だまりの中から身を起こし自分の肉体を捨ててアレクの中で合流する。静かなる戦士の力強さと不屈の心、老魔道士からは魔力と知識とそれを畏怖する思い、姫からは素早さと希望に溢れた無垢の魂、神官の優しさと癒しの力、商人の大らかさと人の親としての愛。 ”妹を忘れないで！” マーニャがアレクの意識の中でミネアの骸を抱いて立っている。風の精と共に控えめな、だが強い意思がミネアの回りから風花のようにやってくる。 勇者と七人の仲間は一つの者となった。八つの魂は一つのものに統合され、アレクであってアレクでない勇者の姿を出現させた。魔王を倒しうる唯一の存在の形として。 天空の剣が鎧が盾が兜が光を放った。地底の闇の中に太陽が降りてきたような明るさで！ 怪物はよろけた。”魔”に生まれついたその身には光が益であるはずはない。だが、苦痛のためによろけたのではなかった。怪物は光の眩しさにに目を細めていた。何か不思議なものが光に乗って怪物の体内に浸透していく。それは怪物の命の源である憎悪の感情を洗い流してしまいそうになる。怪物は喚き慌ててアレクに攻撃を加える。アレクは姫の素早さでかわし、戦士の力ではねのける。 ”精霊よ！” 岩が、土が、空気が、火口の底に眠るマグマがアレクに祝福を与える。精霊は命の讃め歌を歌い怪物にさえほほ笑みかける。 怪物は叫ぶ。 早く殺さなくては、壊さなくては！ 「ピサロ・・・・もうやめるんだ。」 八人の声でアレクは話す。 怪物は狂ったように暴れる。 アレクは落涙し、剣を振りかぶる。自分を切り殺すように感じながら。 縦一文字に怪物の体に傷が走り、それは二つに割れた。憎悪は光にとかされて消えた。敵の肉体は砂になって崩れた。 怪物がいた場所には一人の男の幻が立っていた。銀の髪をきらきらと光らせた魔族の若者が。生まれたばかりのような戸惑いを瞳に浮かべて。デスピサロの冷たさや殺気は微塵もなかった。 アレクはそうした姿が自分と生き写しなのに驚き、歩み寄る。しかし、たどり付くまえに精霊が・・・・いや、精霊の一部となっている娘が優しい手を差し伸べて男の幻を上へと誘った。娘と男は抱き合い消えていく・・・・ 運命の戦いは終わった・・・・ アレクは剣を収め万感の思いを込めて仲間の名前を呼ぶ。魂はもとの肉体に戻り、アレクの名前を仲間が呼び返す。 彼らは知らない。怪物の憎悪のうち、最も暗くおぞましいものが光から逃げおおせ、エスタークやイヴラスの消えた暗黒の世界に落ちていったことを・・・・ 揺れが来た。 火柱が火口からあがった。 岩が上から崩れかかる。 仲間達は近くに居たもの同士支えあったが逃げられる状態ではなかった。しかし、恐怖はなかった。明るい涙がそれを明確に表していた。 大きな岩が頭上から落下してきた。アレクは意識を失った。ただ、その霞んだ視野の片隅を光輝く大きなオレンジ色の竜がかすめたような気がした。 |
| 戦いは終わりました。 久美さんの書いた小説版の影響をだいぶ受けていますが、 自分で読んでいて納得がいかなかったところはだいぶ変えてあるようです。 結局のところ、進化の秘法に打ち勝ったのは、剣技や魔力ではなく、 想いが力となったもののためなのだと思います。 ・・・・・神官をこの世にひきもどしたのもまた、同じ力です。 ミネアが命を賭したのも、彼女の中にある同じ力のためでしょう。 ここでさらっと終わらせた方が良いのでしょうが、 おせっかいな管理人は仲間たちの行く末をどうしても書きたくなってしまいました。 （ミネア、倒れたままですし） ですから次回、長いエピローグを付け足したいと思います。 あと少しだけお付き合い下さい。 |