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めくるめく光と闇の奔流の中に飲まれ、自らの意識が肉体を離れ、永遠とも思える時間が過ぎ去ってから再び体と心は一つの物になった。 アレクが二、三度頭を振って倒れこんだ姿勢から立ち上がると、そこは冷たい岩に囲まれた小さな洞穴だった。仲間達も戸惑ったように辺りを見回し、アレクに並んだ。洞穴の入り口から風が吹き込んでいた。アレクはゆっくりと曇天の空の下に歩み出た。 地熱のためか生暖かい空気の上に灰色の雲が驚くほどの早さで渦を巻いていた。その渦の中心、まるで雲をその体内に吸いこんでいるかのように黒々とした城が聳え立っていた。 水晶玉を胸に抱き締め、ミネアが不安げに呟いた。 「・・・・今までにない邪悪な気配が・・・・」 目を回していたトルネコを介抱しているクリフトも頷いて神官衣の上から十字架を握り締めている。 後ろからは波が岸壁に叩き付けられる音が轟いていた。生臭い匂いが勇者と仲間達の嗅覚に襲いかかった。魔族の城。今はこの世界を我が者としようとしているデスピサロの牙城だ。あの壮大な城の中には無数の魔物たちが存在し、闇の世界から人間の世界の喉笛にくらいつく機会を待っているのだ。・・・・・そのためにもう何万という命が失われていった・・・・ 「うう・・・・随分と殺風景な城だわね。あんなとこに行かなきゃいけないわけ？」 ぶるっと身震いしてマーニャがミネアの横に立つ。 「恐怖を感じて当然だ。・・・・並みの人間ならばあのような気配を受け入れられようはずがない。」 ライアンが静かに言うとマーニャは笑った。 「たしかに嫌な気配ね。あそこでは頼まれたって踊りたくはない。」 強がりで行った証拠に、指先がまだ震えていた。戦士がそっと踊り子の肩にその無骨な大きな手を置くと、その震えはすっと収まった。そう。今は震えているときではない。 黒と灰色の風景の中で、幽かに射している太陽の光に、アレクの天空の兜の羽が白銀に暖かく輝いた。 アレクはデスパレスの邪悪さをひしひしと感じていた。それはじわじわと心に侵入しライアンがいったように恐怖、そして嫌悪や苦さを引き出したが、それと同時に不思議な安らかさもアレクは覚えていた。 来るべき所に来ているという安堵感。 勇者と運命付けられてこの世界に生を受け、彼は魔王を討つために進んできたのだ。 安堵？・・・・何故安堵を感じねばならないのだ？アレクは自分を両腕で抱き締めていた。そして自分が魔族ではなく人間であることを確認する意味もあって仲間達を見回した。みな緊張した顔をしている。 「とにかく行かなくては。ロザリーさんの話からすれば、この城で魔王にたいしてなんらかの手がかりが掴めるはず。・・・・二手に分かれましょう。潜入する者と、ここで待つ者と・・・・僕はもちろん行きます。」 「じゃ、あたしもｖ 」 マーニャがアレクにしなだれかかった。 「姉さん！さっき震えていたじゃないの。姉さんがいくなら私も。」 ミネアの顔の前でマーニャは人差し指を振ってみせた。 「駄目よ。ほら、あたしがキングレオの城に潜り込んだときを思い出して。水晶玉を通してあんたはあたしのことが逐一わかったでしょ？今回もここでしっかり見ていてよ。いや、さっきはぶるっちゃったけどさ。よく考えてみれば魔物に化けて忍び込むんだもん。戦う必要ないし、逃げそこなっちゃってもあんたが見ててくれればなんとかなるじゃない。」 鉄の扇でパタパタ扇ぐマーニャの指先はまたすぐに震え出しそうだったが、それに気付いたライアンもこの踊り子の気丈さを評価し、反対しなかった。 「じゃ、勇者ちゃん、行こう！」 頷き、背負い袋から変化の杖を取り出すアレクの背を背後からアリーナがつついた。 「私も行く。」 アレクが顔を上げるとアリーナは微笑んだ。 「すばしっこさなら私が仲間のうちで一番だわ。」 たしかにそれはその通りだったが神官が異義を唱えた。 「危険です！」 「・・・・クリフト・・・・ここまで旅を続けていて今更危険がどうということはないでしょう。」 「・・・・では、せめて私も一緒に。」 「三人居れば充分だし、怪我をしたとしてもアレクに治して貰えるわ。クリフトが来ても足手纏いよ。魔物を前にして十字でも切ったらその場ではい、さようならでしょ。私は絶対に連れていってもらうわ。アレクには貸しがあるから。・・・・・混乱していたとはいえ、一国の王女に傷を負わせたのだから。」 こういうときにだけ”王女”を引っ張りだすアリーナにアレクは苦笑した。アリーナの言葉はまだ続いた。 「私の八人の中での役目は切り込み隊長。今行かないでどうするの。」 凛とした声でこう言い切られては神官とても引き下がらざるを得ない。戦士もクリフトの肩を押さえて言った。 「あなたが家臣として主君の姫ぎみの心配をするのは道理だが三人に行ってもらうのが一番だろう。さあ、アレク、支度を。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 仲間達はほこらに留まり魔法で守りを固めた。一方、アレクたちは辺りに気を配りながらデスパレスに向かって道を急いでいた。 冥府の門がかく在るかと思わせるようなくろがねの門が城壁にはまり、そこからは多くの魔物たちが出入りしていた。翼を持つものは城壁を越えて直接城の塔に舞い降りている。マーニャはふふんと鼻を鳴らした。 「こんだけ出入りがあれば紛れ込むのは簡単そうね。」 アレクは変化の杖を手にとって握り締めた。 「さあ、これを使うときが来たようだ・・・・」 マーニャは腰から下げた袋の中の水晶玉を片手で触った。 「ねえ、何に化ける？ごっついのは遠慮したいなぁ。」 岩陰からずっと魔物たちを窺っていたアリーナがマーニャに囁いた。 「羽の生えた小さな悪魔がいいわ。」 今しも一匹がバケツを下げて出てきたところだ。体は紫色。二本の角が頭から生えており、長い尻尾がのたうっている。 「・・・・あんまりぞっとしないわねえ。お姫様はああいうのが趣味？まだあの斧を持ったサイ男の方がましよ。」 アリーナは首を振った。 「サイ男は兵士にあたる役目をしているわ。兵士にはどの城でも細かな役割分担がある。それが私達にはわからないのだもの、すぐに怪しまれてしまうわ。・・・・見たところ、小さな悪魔は下働き。人数は一番多いし、意外に広い範囲に入り込める。・・・・そして話もできる。私がサントハイム城にいた頃は城の内外の様子はみな調理場の人達から聞いたものだったわ。中に入ってから別のものに化け直す必要はあるかもしれないけれど。」 ふうん、なるほど、とマーニャとアレクは感心した。 「アリーナの言うとおりにしよう。・・・・二人ともあの小悪魔の姿をしっかりと思い浮べて・・・・いいかい・・・・」 アレクが杖をふるうと三人はそれぞれ小悪魔に姿を変えていた。しかし、マーニャ悪魔はどこか色っぽかったしアリーナ悪魔のハシバミ色の瞳は美しかった。 「ははは・・・・勇者ちゃん、なかなか凛凛しい小悪魔だわ。」 マーニャ悪魔がキイキイいう魔物の声で笑った。三人は城の外にゴミ捨てにきた三匹の悪魔を倒してバケツを奪うとなに食わぬ顔をして城に入っていった。 城の内部は黒で統一され、おどろおどろしくあったが荘厳でもあった。数多くの魔物がたむろしているところをみるとやはり大きな動きがある前なのだろう。魔王エスタークが復活するとなれば一気に世界征服に乗り出す腹積りであろう。 あるものは掃除用具を下げ、ある者は飲み物を持って小悪魔たちが右往左往していた。いくら手伝いがいても足りないといった忙しさだ。 アレクの前で、空のグラスを盆に載せて運んでいた小悪魔が、豪奢なローブを羽織った一つ目の魔法使いにぶつかった。魔法使いは冷たい目で小悪魔を睨み、命乞いをする間も与えず一瞬のうちに火で焼き尽くして殺してしまった。なるほど手が足りぬ道理である。 この光景を見て肝を冷やした三人は、なるべく魔物に突き当たらぬように小悪魔たちが結集している場所へ移動した。彼らの指揮をしているのは小太りのガマの化物でアリーナがテンペ村で倒した魔物に似ていなくもなかった。ガマは叫んだ。魔物の言葉だったが変化の杖の力で三人にも内容がわかった。 「者ども。もうすぐ我らの王、デスピサロ様がお帰りになる。当然今日は宴があろう。新入りも多いが儂の命じたとおり、落ちのないよう働くのだ。失敗があったならばお前たち自身が宴の料理の皿の上に乗ると心得よ。」 小悪魔たちはさーっと散開した。三人が戸惑っていると、自分たちと同じく空バケツを持った何匹かが地下へ続く階段を降りていく。アレクを先頭に素早く続く。 通路をしばらく行くとそこは調理場だった。とんでもない不快臭が粘りつくように立ち篭める。これが宴の料理だろうか。 鍋をかき回していた魔女が鼻をひくつかせた。 「くん、くん、人間の匂いだ。」 三人は身じろぎした。しかし、魔女は傍らの同僚がかき回す鍋を覗き込んだだけだった。 「そっちの鍋にはもう随分と人間を入れたのかい？」 三人の心に冷たいものが、そしてすぐ熱い怒りがこみあげてきた。 「おお、たんといれたさ。そちらは我が王の召し上がる皿かの？」 「ああ、特別製さ。ありとあらゆる魔法の香草を煮出しているところさね。人間の乙女の怯えた魂でだしをとったし。・・・・このところ地下牢の人間たちも減ったもんだ。もっともっと補充せねばの。サントハイムの城から連れてきた分だけでは限りがある。」 アリーナはいきり立ち、あとの二人はそれを押さえるのに懸命だ。魔女はキイキイ騒いでいる小悪魔を怒鳴り付けた。 「何を愚図愚図している！さっさと城外にゴミ捨てに行かんかい！」 三人はゴミ捨てに歩きながら回りの話に耳を傾けた。デスピサロはなんらかの情報を手に入れたらしい。今宵魔族の主立ったものが集結する手筈になっている。夜まで待つということはエスタークがすでに蘇ったというような恐るべき事態ではないようだが。 そうだとすれば心につかえるのはつかまっているという人間のことだ。牢は調理場の更に下層にあった。三人は隙を見て魔女に姿を変え、階段を降りていった。階段の下にはサイ男が見張っている。 「何の用だ。」 マーニャが魔女の口調を真似して嗄れ声で答えた。 「いや、このところ人間の肉の質が落ちている。牢の様子を一度検分しようと思うてな。」 サイ男はいらいらして斧を左右に振った。 「前に見ただろうが。」 「だまらっしゃい！料理の門外漢に何がわかる！」 魔女は火球をサイ男の足元にぶつけた。 サイ男は魔女の剣幕に押され、しぶしぶ前に立って牢に歩きだした。楯突いて魔法でもかけられたら損だ。 「ほらよ。しっかり検分しろ。」 サイ男は大きな牢屋の格子の前で止まった。その途端、魔女の後ろに隠れていた小悪魔が飛び出してサイ男の首筋に蹴を入れた。魔物は急所を突かれてどうと倒れた。着地した小悪魔は数十に分かれた牢を順繰りに覗き、見知った顔を見付けるとキイキイ声を上げた。 「ブローブ！ブローブ！」 焦燥し疲れ果てた男は顔を上げ、毅然とした声で言った。 「魔物に呼び捨てにされるいわれはない！・・・・待て。わしの名を何故知っている？」 小悪魔はハシバミ色の瞳を輝かせた。 「私よ。サントハイム城の王女、アリーナ。」 「ば、馬鹿を言え！我が姫ぎみはお前のような化物ではない。」 後ろからやってきたもう一人の小悪魔が妙な杖を振った。するとたちまち三匹の魔物は三人の人間に姿を変えた。ブローブは格子の中で跪いた。 「これは！夢ではございませんでしょうか。誠の姫ぎみ！近衛連隊長ブローブ、先程の失言お詫びいたしまする。」 アリーナは鍵を開けた。 「城の者たちはすべてここに？」 「いいえ、こことは別のところに封じられているものもある様子。王陛下が黒水晶にとらわれたのはご存じであらせられますか。その程近くに・・・・我らはここにとらわれ、陛下に予言を強要する道具とされておりました。・・・・この二年近くの間に多くの者が魔物の胃の腑の中に消えていきましたが・・・・」 アレクがアリーナにそっと耳打ちした。 「お立ちなさい。ブローブ。ここから逃げるのです。」 ブローブは戸惑った。どのようにして逃げるというのだろう。 マーニャが鍵を開け、城の者たちが走り寄ってきた。そして王女の回りに跪いた。アリーナはなつかしい顔に囲まれて胸がつまりそうだった。裁縫師のグレタがいた。侍女のエレミアがいた。料理番も、番兵も・・・・ グレタは泣いていた。 「姫さま。よくぞご無事で・・・・ああ、姫さまが旅立たれた時がまるで昨日のことのようですわ。・・・・美しくなられた。本当にお美しく・・・・」 アリーナはグレタの手をとり、ブローブに命じた。 「ここから南に歩に古いほこらがあります。そこに私の仲間が待っています。ブライも、クリフトも。魔物に姿を変じて行くのです。危険ですが神は見離さないでしょう。ブローブ、あなたが指揮者です。」 アレクが杖を振ると、一同は揃いも揃ってコウモリに姿を変えた。 「ブローブ。私は行く。まだやらねばならないことがあるので。・・・・皆のこと、頼みました。」 小悪魔の姿に戻って階段を登っていくアリーナの姿をサントハイムの人々は見送った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夜になり、デスパレスの尖塔に闇のように黒い鳥が舞い降りた。鳥は部屋のなかで羽を大きく広げた。すると羽は黒いマントとなり、氷のごとくきらめく銀髪がその上にこぼれ落ちた。 「デスピサロ閣下。お早いお着きで・・・・」 闇の魔道士がかしずいて礼をした。 デスピサロは感情のない声で尋ねた。 「皆の者は揃っているか？」 「はい。大広間に・・・・」 「そうか。・・・・すぐ行く。用意をさせろ。」 魔族の王は闇の魔道士を後ろに残し塔の螺旋階段を下った。階段の終わり、大きな扉をあけると、緑色の鬼火で怪しく照らされた広間が出現した。千匹を超す魔物たちが一斉に敬意を表して立ち上がる。デスピサロは玉座に腰をおろし軽く手を下げた。魔物たちが腰を下ろす。 広間の端では中央には座れぬ魔物たちがひしめいて自分たちの王が口を開くのを待っている。 魔族の王は、自分の前に置かれたグラスから血の色をした液体を一口飲んだ。そしてその妖しいまでに美しい顔に微笑を浮かべた。 「良い知らせだ。・・・・我が魔族のいにしえの帝王、魔王エスタークの眠る古き魔族の城の所在が知れた。・・・・愚かなる人間どもが掘りあてたのだ。己れらの種族を根絶やしにする行為だと知らずにな。もっとも愚者たちは城の発する熱気と呪いで瞬時に息絶えたようだが。・・・・私とて魔王の眠る溶岩の揺籃に今は近付けぬ。・・・・しかし時が経ち、目覚めの時が来れば古き城は熱を失い地中から隆起するだろう。我々はただ待っていれば良いのだ。・・・・今は人間どもがアッテムトと呼んでいるあの土地は我々の聖地として生まれ変わるのだ。・・・・虐げられし者の時代が始まる・・・・地上の蛆虫を滅ぼし平安な闇の時代をもたらすのだ。」 魔物たちの歓喜の声がうゎんうゎんと響き渡った。その中から、そそくさと三匹の火吹き蜥蝪が退席し、階下・・・・出口へと急いだ。階下では小悪魔たちがまだ忙しく働いているだけで先程までの喧騒が嘘のようだ。アレクたちは物陰で再び小悪魔に姿を変えるとなに食わぬ顔をして城の外に出ていった。 「アッテムトっていったら、あたしの故郷リオレラ大陸の鉱山町よ・・・・ひっどいとこだけど。」 マーニャ小悪魔が走りながら呟いた。アレクは変化の杖を振った。人間の姿にもどった三人はひたすら仲間の待つほこらに急ぐ。 「マーニャさん達が知っている場所なら手間が省ける。どうやら先回りができそうだ。」 二人の前を身軽に走るアリーナは、妙な音を聞き、動物的な勘から背後を振り返った。 「マーニャさん！危ない！」 王女は片足で大地を蹴って跳んだ。マーニャに打ちかかろうとしていた骸骨騎士は王女に阻まれた。マーニャは命拾いをしたが、アリーナは背に深手を負った。敵は二十体ほど。マーニャが呪文を唱え、灼熱の炎の帯を吹き付けると十体ほどが灰となって崩れ、その間にアレクが奇跡の剣で残りを薙ぎ払った。 アリーナは痛みを堪えて膝をついたきりだった。アレクが直ぐ様治癒の呪文を唱える。 しかし、彼女の加減を心配している暇はなかった。新手の骸骨騎士の一団が現われたのだ。その後ろでは、奇妙な隈取りの仮面をかぶった死霊使いが控えていた。 「怪しい小悪魔三匹、付けてきたが図星だったようだ。さて、お前たちの死体をデスピサロ様に献上するとしよう。」 アレクはアリーナを庇い、突き進んでくる骸骨騎士を次から次へと切り倒す。マーニャも呪文を連続してかけ、骸骨を吹き飛ばす。傷を負ったアリーナでさえもアレクが止めをさし損ねた敵を見事に葬った。死霊使いは三人の強さに驚愕したが、腕をふると地面からまたあらたな骸骨騎士が現われた。 「ふふ・・・・この島には多くの魔物や人間の屍が眠っている。操り人形として使うには材料の不足はない。」 きりがない。 三人は、死霊使いを倒せば骸骨騎士も倒れるとわかっていながら、大挙して押し寄せる骸骨たちにかかりきりで体力だけが消耗していった。 と、その死霊使いがかくんと前のめりに倒れた。 ほこらで待っているはずのライアンが大剣を持って風のように早くかけぬけ骸骨騎士を薙ぎ倒す。マーニャは骸骨の頭上に爆発を起こし、アレクは倒れた死霊使いに剣を深々と突き立てた。 「姉さん。大丈夫？」 はあはあと息の上がっていたマーニャは妹のミネアがやってくると笑顔で抱き締めた。 「さすが我が妹！眠りの呪文をかけてくれたのね！なんでこんなことになってるってわかったの？」 「いやあね。水晶玉をもっていたのは姉さんじゃない。それに、サントハイムの人達・・・・まだコウモリだけど・・・・あの人たちが飛んできたものだから様子を見に・・・・さあ、早くほこらに。」 ほこらの入り口ではコウモリが整然と一列に並び、アレクたちの帰りを待っていた。アレクが杖を使ってもとの姿に戻すと、人々は抱き合って喜びあった。ブライもクリフトも感無量で人々と笑みを交わした。大臣達はブライと目で会話をし、クリフトは先輩の神官達と祈り合った。アリーナは、この場に父王が居ないのを限りなく淋しく思ったが久しぶりの懐かしさに浸っていた。知らず目が潤んでくるのを情けないと恥じ、背筋を伸ばしたところずきんと傷が疼いた。姫の帰りを静かに待っていた神官はすぐにアリーナのそばに寄り、そっと背に手をあてた。痛みは嘘のように溶けていった。 ミネアでもアレクにでもこのように完全には治らない。アリーナはそれがクリフトの自分に寄せる愛情の深さから来るものだと全く気付かず、神官の腕が修行によってますます上がってきたのだなと一人合点をした。 一方、クリフトは近衛連隊長ブローブが鋭い目をして自分を睨んでいるのに気付いた。城の人々はみなアリーナとブライの前に跪いている。神官は姫の背中から手を離し、城の人々の列の一番端に同じように跪いた。ブライの遠縁であるクリフトだが、最下級の神官という他になんらしっかりとした位を持っている訳ではない。 アリーナはブライと相談し、ブライは二本目のキメラの翼を懐から取り出した。 「城の者たちよ。これから儂がサントハイムに皆を送る。城は魔物たちに荒らされたが、今はその手中から奪還されているはずじゃ。真の平和がくる日まで、城の再建に尽力して欲しい。いいかな。」 城に帰れると聞いて一同は少し顔を上げ笑った。ブローブはしかし表情を和らげなかった。 「老師殿。あなたと姫殿下はどうなさるのですか。」 アリーナが答える。 「私達はこれから大きな敵に立ち向かわなければいけないわ。ブローブ、先に帰って待っていて！」 「姫！・・・・姫さまがお強いのはよく存じておりますが、ゆくゆくは王国を継ぐ御身。・・・・どうしてもというならば、このブローブ、ご一緒に！」 「大丈夫だって。・・・・ここに居るのは魔王を倒す勇者、あとの皆も導かれて集った者。・・・・この八人がさだめの人間なのだから。ブライとクリフトだけで城からの供は充分だわ。さあ、爺や。皆を送って。皆はサントハイムのお城のことを思い浮べてね。クリフト！」 「は？」 「なんでそんなところで皆と一緒に悠長に座ってるの。クリフトはいないと怪我したときに困るんだから！」 ブライがキメラの翼を呪文と共に投げると、城の人々は光と共に消えていなくなった。アリーナはほっと息をついた。マーニャが”良かったね”というようにポンポンとアリーナの頭を叩く。 「さ、今度はあたしたちの番よ。おじいちゃん。アッテムトへ行こう 」 ブライは頷き一同を集めた。 「キメラの翼を使ううちに移動の呪文を体得できた。さあ、ミネアにマーニャ、お前さんたちの知る土地じゃ。しっかりとそこに思念を集めるのじゃ。もしもお前さんたちの思いが曖昧だと移動どころか異空間の狭間にさまようことになるでな。」 「・・・・ちょっと・・・・大丈夫なんでしょうね。」 「ふぉっふぉっふぉっ・・・・まあ、この爺に任せておけ。さあ、そのアッテムトとやらに行きますぞ！」 ブライの杖が円を描き、八人はアッテムトに飛んだ。 「なるほど・・・・これはひどい・・・・」 アレクが町・・・・いや、町であったところを見て声を震わせた。マーニャはげんなりした表情で羽織っていたマントを脱ぐ。 「前はもっとましだったわよ。うう・・・・踊り子の衣装でも暑いや。」 「ええ・・・・ここにいた人達はどうなったのかしら。」 どうなったかは察しがついた。家々は何か大きな力で飛ばされたように崩れている。逃げる暇などなかったに相違ない。積み石の表面がじわりと融け、熱風が襲ったことがわかる。建物の倒れている向きは同じだ。・・・・皆、鉱山の口から這いずって逃げるように・・・・ 重い装備をつけたライアンの足元が沈んだ。やわらかな地盤からはなにかえがらっぽいガスが噴出している。マーニャが急いで毒から身を守る呪文を唱えた。 「・・・・デスピサロでさえ近付けぬという熱気からどうやって身を守りましょう・・・我々も熱気がもう少し冷めるのを待つしかないのでしょうか。」 アレクが問いかけると、マーニャとアリーナは首を振った。ライアンも思案顔だ。 その時、ミネアの懐から光があふれた。銀のタロットだ。銀のタロットはミネアにしかわからない言葉で何やら囁いた。ミネアは了解した。 「皆さん・・・・私はこの銀のタロットをこのアッテムトの地下で見付けました。・・・・姉さん覚えている？あのとき素晴らしいものと恐ろしいものがあるって私は言った。素晴らしいもの、それがこのタロット。あの時は気付かなかったけれど恐ろしいものとは古の魔王の城だったのよ。・・・・魔族がエルフの里を封じたように、天空の龍の神様も魔王のまわりに聖なる品を配置した。それがこれ。おばば様に貰った魔道書に熱や冷気から身を護る呪文がありました。タロットでそれが増幅できるでしょう。」 「ふむふむ。わしの冷気を操る呪文も使えるぞ。」 「私の不可視の盾の呪文も。」 「ええっと。ちびモグラに貰った種のなかに”寒くなる”奴があったはずだ。ちょうど八個！」 こうしてみると、八人の仲間達はそれぞれが不可欠な役割を持っているのであった。 八人は種を齧り、呪文で身を護り、熱気を吹き出す抗道に入っていった。ミネアの呪文で仲間の回りには薄く優しい光の衣がまとわりついた。銀のタロットが輝きを増す。 「アレク、天空の防具を身につけて下さい。」 ミネアに言われてアレクは鎧と盾を装備した。以前重くて身動き一つとれなかった二つの防具は今は普通の衣服のように軽い。 「・・・・・アレクが天空の剣を手に入れる前に時が来たのですね。これらの防具が使われる・・・・」 トルネコが静かに言った。 「注意してくださいね。護られているとはいえ壁に触れば火傷をしますわ。」 なるほど、靴のそこからしゅうしゅうと煙が上がっている。ブライは冷気を床に向けた。八人が通る間は床は辛うじて温度を下げた。 ひとがたが床や壁に焼き付いている。瞬時に熱によって命を奪われた抗夫の断末魔の姿だ。 ドクンドクン・・・・ 地を揺るがすような低い響きが伝わってきた。 蘇りつつある魔王の胎動だ。 邪悪さが、圧倒的な力の気配が、威圧するような張りつめた空気が辺りを充たす。アレクはまたしても自分が居るべき所に置かれたという奇妙な安堵を感じた。 「・・・・エスタークは近い。皆気をつけろ・・・・」 狭い抗道を抜けると、壮大な空間に出た。ところどころに崩れかけた装飾が見える。これが古の城か？ 巨大なアーチをくぐると熱気は更に激しいものとなり邪悪な気配は強まった。 ドクンドクン・・・・ 低い響きはアレクたちの内臓を押し潰すように迫ってくる。 「あれ！・・・・」 アリーナが広間の壁に埋もれているような魔王を指差した。魔王は赤子のように手足を縮め身動き一つせずにいた。 ・・・・それは圧倒的な大きさの人間の形の生きものだった。片手に研ぎ澄まされた剣、もう一方の手にされこうべを埋め込んだおどろおどろしい盾。 アレクは奇跡の剣を握り締め、打ちかかろうと身構えた。 その瞬間、固く閉じられていたエスタークの目が細く開いた。血の色をした光がその裂目から覗いた。アレクの背筋に冷たいものが走り、ライアンですらピクリと頬の筋肉を引きつらせた。 「・・・・目覚めつつあるようじゃ。皆様方、心なされよ。古の魔王エスタークは想像を絶する力と魔力を持っているはずじゃ。」 ブライが呟き魔法を跳ね返す壁を造ると、クリフトも慌てて不可視の盾の呪文を改めてかけなおした。 アレクはブライに魔法をかけてもらい剣の威力を増すと、ライアンに向かって頷いた。アリーナもアレクの横に並ぶ。 「・・・・行きますよ・・・さあ！」 三人は揃って打ちかかった。飛び上がって首の一点に攻撃を集中させると幽かだが魔王の肉体に傷がついた。三人が着地したことを確認し、マーニャ、ミネア、ブライが攻撃呪文を唱える。傷は少しだけ広がったようだった。 ”ウォォォォォォォォォ・・・・・・・・” 唸り声がエスタークの口から漏れた。そして目が大きく開いた。 ”目覚めの時はまだ先だ。お前たちは我が下僕か、我が敵か。わが名は魔王エスターク、地獄の帝王・・・・・・” 同時に目から不思議な光がはっせられ、仲間たちはそれぞれ大きな傷を受けてしまった。熱でも冷気でもない。邪悪さそのものが生命の清らかさを押し潰そうとする力・・・・とでもいったものが魔王の目から発散しているのだ。 体力のないミネアは地に伏し、天空の盾でどうやら無事だったアレクが治療に走る。自らも傷ついたクリフトも神経を集中させて一気に仲間すべての回復をする呪文を唱え、一同はなんとかもちこたえた。アレクは恐怖した。続け様にあのような光が襲ってきたならば勝てるはずがない。 「くっ・・・・」 一か八かエスタークに突っ込んでいこうとアレクは立ち上がったが、敵は目を閉じ、何の動きもしてはいなかった。 「でやぁー！」 アレクの横からライアンが踊りかかった。戦士は先ほど付けた首筋の傷を再びついた。エスタークは再び細く目を開け、片手でライアンを払うと何事か呟いた。首の傷は跡形もなく消え去ってしまった。そして帝王は又しても目を大きく開くと恐ろしい光を八人に浴びせた。 アレクは天空の盾をかざし、ぐらつく膝を気力だけでもちこたえさせ、仲間達の惨状を見た。 ミネアはぐったりと倒れたきりだ。そばにマーニャがいるが彼女も膝をついている。自分の他に立っているのはライアンとアリーナのみ。しかし立っているだけだ。 自分の体の中に暖かい力が流れ込んでくるのにアレクは気付いた。見れば、クリフトが跪き一心に祈りを捧げている。震えていた膝がしっかりし、他の仲間達も多少は回復したようだ。アレクはクリフトにかけ寄って、神官自身の傷を呪文で癒した。 どうやって戦う？ エスタークは剣をふるいもしないで自分たちを半死半生にできるのだ。何ができるというのだろう。出なおすか？いや、エスタークが完全に目覚めたならば現在をはるかに凌ぐ力を持つだろう。倒すのは今しかない。 やらねばならない。自分がその運命を負っているならば。 険しい顔をし、奇跡の剣を握り締めるアレクに、傷ついて仰向けに倒れていたトルネコが声をかけた。 「アレク・・・・こんな時に何を馬鹿なことをと思うかもしれないが、あの怪物、赤ん坊そっくりだ。うとうとしたかと思うと目をばちっと開けて、突けばむずがって手で払い除ける。アレクが決死の覚悟でいるのは判るがあの光を止めておくには眠らせるのが一番じゃないかなあ。」 アレクはトルネコが何を言わんとしているかを理解するとミネアに教えてもらった眠りの雲の呪文を唱えた。まさに目を開けようとしていたエスタークは固く目蓋を閉じた。これに気付いた仲間達は一斉にエスタークへの攻撃を開始した。だが、すぐまた帝王は目蓋を開けそうになった。剣を構えていたアレクは再び呪文を唱える体勢に入る。 その時、凛としたミネアの声が灼熱に焼けた広間に響いた。 「アレク、呪文は私が！あなたは攻撃を！」 すぐにクリフトとマーニャ、ブライがミネアの回りに集まって壁をつくった。 「よ〜し。あんたはお姉ちゃんが護ってやるからね。思う存分呪文を唱えなさい。」 「わしらが此処で援護をする！アレク殿、ライアン殿！姫！心置き無く！」 アレクは頷き、エスタークに踊りかかった。エスタークの表皮に傷が付き、どろりとした血が流れ落ちてきた。マーニャの呪文が爆風で傷を広げ、ブライの放った冷気が辺りの熱を和らげた。いや、氷の吹雪はエスタークの肉体をも傷つけた。 アリーナが飛び上がり、ライアンが剣をふるう。 ミネアは一心不乱に呪文を唱えた。 エスタークはそれでも時折目を覚ましてはあの恐ろしい光を放った。クリフトは疲労で朦朧とするミネアを抱き抱えつつ治癒の呪文を唱え続ける。 “ウグワァァァァ・・・・” アレクが何十回目かに振り下ろした剣がエスタークの首筋の血管を切断した。血が噴水のように吹き上がり、熱気で蒸気となりあたりに充満した。 “・・・・永き年月に渡り混沌と邪悪を凝縮した我が血を、よくも・・・・！” エスタークは完全に目を覚ました。赤い目はぎらぎらと火球のように燃えあがっている。帝王は傷を塞ごうと呪文を唱えた。大きな傷は辛うじて塞がりはしたが、アレクたちが攻撃するとまたパックリと開いた。 エスタークは怒った。目からは恐ろしい光を放ち、片手に持った剣をアレクたち目掛け突き出した。剣は空気を切り裂き、ミネアのかまいたちの呪文と同じような空気の刃となった。 帝王は立ち上がろうとする。だが、真の目覚めの時が来る前のためかそれはかなわなかった。そうでなかったら八人は剣の一払いで絶命していただろう。 アレクは全身に痛みが走り、しかし耐えた。体力の限界を越えてはいたが歯を食い縛り剣を握って走った。 仲間達が自分にさまざまな呪文をかけてくれたのが判る。アレクは奇跡の剣を掲げた。 帝王は見た。自分のもとに青年が走ってくるのを。その身にまとわれた白銀の鎧を、盾を、優美な兜を・・・・遥かな昔に自分をこの地に封じ込めた竜の神の力を秘めし三つの防具を。 “お前は・・・・天空の・・・・” 帝王の顔が憎悪で歪んだ。エスタークは哄笑すると口から燃えたぎる溶岩を吐き出した。アレクは盾で避け、エスタークへ踊りかかる。 熱い。 自分の肉が焼けていくのが判る。彼の前に突き出された巨大な刃をライアンが跳ね飛ばした。素早く動き回り注意をそらしてくれているのはアリーナだ。 アレクはこれでとどめをと思い突き進んだ。・・・・しかしそれはエスタークの盾に阻まれた。まるで虫けらを払い落とすようにアレクの体が跳ね除けられる。 その絶望的な様子を膝をがっくりとついて見ていたマーニャは身体中にできた傷の痛みをこらえながら、杖をついて辛うじて立っているブライに早口で尋ねた。 「あたし、火球の呪文は効かないと思って使ってないけど、強い火だったら効くかな・・・・」 「・・・・わからぬ。ただ、正しい者の思いのこもった清浄な強い炎ならば帝王に効かぬはずがない。」 マーニャは思い詰めたように真正面を向くと、背負い袋の上から中にあるリアルマおばばから貰った魔道書を軽く触った。そして怒鳴った。 「アレク！ライアン！アリーナ！避けなさい！」 戦士たちはびっくりして左右に分かれた。マーニャは仁王立ちになり、何やら呪文を唱えた。その次の瞬間マーニャの姿はなく、大きな褐色の竜が堂々とした優美ともいえる姿を現していた。 「マーニャ・・・・さん？」 アレクは剣をおろして呟いた。 竜は首を延ばすと紅蓮の炎をエスタークに浴びせかけた。帝王は盾で必死に炎を防いでいるが防戦いっぽうだ。ミネアが悲鳴をあげた。 「姉さん！姉さん！知っていて使ったの？その呪文は相手を倒すまで解けないって。そして竜に変わっている間はとてつもなく生命力を使ってしまうって！」 アレクはミネアの叫びを聞いた。そして動きを止めたエスタークを見た。 今度こそだ。 「ブライさん！僕の回りに氷の矢を！少しくらい自分が傷ついても構いません。耐えてみせます。」 一方ライアンとアリーナはめくばせし合った。アレクが走りだすと同時に二人も走りだし、アリーナは盾を弾きライアンは剣を薙ぎ払った。アレクはマーニャの吐く炎のなかに突入して行った。ブライの氷結呪文は炎を弱め、白銀の鎧は彼の回りに防備の膜を造り、盾は炎を切り裂いた。 「帝王よ！再び眠りにつけ！」 アレクの一太刀が開いていた首の傷に決まった。 “グゥゥゥゥォォォォ・・・・・” 帝王の首がゆらりと傾いだ。傷口を竜の炎が焼き、帝王は飴が融けるように液体になって地面の隙間に流れ落ちた。そしてそこには肉のなくなった骨だけがあるだけだった。しかし八人の仲間達はその中で帝王の哄笑を聞いたような気がした。 “天空の犬め・・・・我は必ずまた蘇る。お前たちの命は此処で終わるが闇の命は永遠不滅だ！・・・・” 広間が崩れてきた。揺れる大地の上で、アレクは帝王の骸骨の中から美しい青い宝玉を見付けた。それは清らかに輝き、私を連れていってくださいとしきりにせがんでいるようだった。彼は両手でそれをすくい上げ、すっくと立った。 「皆を死なせはしない！」 古の城の天井はばらばらに砕け、八人が戦っていた空間はすぐに瓦礫で埋まってしまった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ それより先、アッテムトの様子を自ら視察するためにデスパレスから出掛けようとしていたデスピサロのもとに、ロザリーのところにいた金色のコウモリが現われた。その羽は傷を負い、ようよう飛んでいる状態だった。コウモリはキイキイと必死に何かを魔族の王に訴えた。 魔族の王は冷たい氷の瞳にぱっと炎を燃え上がらせた。辺りの空気が震え、お付きの者どもは言いようのない不安感に怯えた。 「王よ。いかがなされました。」 黒いローブをすっぽりと被った闇の魔道士がデスピサロの前に跪いて尋ねた。デスピサロはそれには答えず漆黒のマントを翻し、瞬時にその場から消えた。 何が起こったのだろう。エスターク様に異変が起こったのか？勇者と呼ばれる人間どもが何か動きを見せたのか？・・・・魔物の長たちが様々に憶測する中で、闇の魔道士だけがローブの陰に隠れて不敵な笑みを浮かべていた。彼は金色のコウモリを捕らえると片手で握り潰した。骸は床に落とされ踏みにじられた。 「ご苦労。お前は私が思う通りに動いてくれた。感謝するぞ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ デスピサロが到着したとき、ロザリーヒルは炎に包まれていた。ホビットやエルフの住居だけでなく、ロザリーの住む塔にもオレンジ色の火がかけ上がっている。彼はロザリーの部屋に足を踏み入れたがそこはもぬけの空で、ただ、争いがあった証拠にロザリーが慈しみ育てた草花の鉢が無残に割れて散らばっていた。エルフの王女の思念を追ったが何も掴めぬ。デスピサロは塔から村に降り立った。 彼の姿を見付けたホビットやもの言うけもの達が駆け寄ってきた。彼らはデスピサロが自分たちの庇護者と心から信頼していたのだ。 ひどい火傷を負いながら、ホビット達が訴えた。 「ピサロ様！助けにきて下すったんですな。ああ・・・・人間たちの集団が押し寄せてきて、おら達の大切にしていたものを奪い、火をかけました。」 「奴ら、ロザリー様を連れていってしまいましただ！どうかロザリー様を助けてくださいまし！エルフの衆も大勢つかまっています！」 デスピサロはそのホビットをしめ上げた。 「ロザリーはどちらに連れていかれたのだ？」 ホビットは息を詰まらせながら北の方を指差した。魔族の王はすぐにそちらに向かおうと目を向けた。 一人のホビットがデスピサロの足に齧り付いた。 「お情けです！ピサロ様の魔力で村を焼いちょるこの火をば消して下せえ！あなた様にならすぐにできる仕事でございましょう！」 しかしピサロは火を消す代わりに自分の行動を邪魔したホビットの命の火を消してしまった。いや、彼の怒りは村全体を破壊する凶器となって吹き荒れた。彼の回りには息をしているものは全くなくなった。 「ロザリー・・・・」 命あるもののなくなった村に彼のつぶやきだけが響いた。 デスピサロは黒い鳥となり、北に向かって翔んだ。 人間の掠奪者たちはほどなく見つかった。彼らはエルフたちを縄で戒め荷馬車のなかの檻にとじこめていた。荷馬車は止まっており、その傍らでは十数名が輪をつくりこともあろうにピサロの愛するロザリーを地面に転がし鞭打っているのだった。 「さあ！もっと泣け！泣いてルビーの涙を流せ！」 「・・・・おい、死んじまうんじゃないのかよ。」 「馬鹿言うな。早いところ殺しちまおうとさっき決めたばかりじゃないか。俺たちにこの女の話を聞かせた旅の魔道士は、この女は魔女だ。一緒に居れば災いをもたらすと言っていたじゃないか。採れるだけルビーを採って、はやいところおさらばしよう。」 「・・・・わかっちゃいるが・・・へっ、こんな綺麗な女を何もしないまま殺すのはもったいないぜ。」 そう話をする間にも男たちはロザリーを鞭打ち続けた。 その前にデスピサロは忽然と現われた。 「なんだ！お前は！」 掠奪者達は飛び退き短剣や鞭を構えた。 デスピサロは人間の言葉など聞いては居なかった。 「汚れた生きものよ。この世界より消えてなくなるがよい！」 デスピサロの掌から放たれた炎が男たちを襲い、そのあとには影も形も見当らなかった。 魔族の王は倒れていたロザリーを抱き起こした。何度も回復の呪文を唱え、その冷えていく手を自分の掌で包んだ。しかし、強大な魔力を持つ魔族の王にもエルフの王女の命の燈が消えていこうとするのを阻止することはできなかった。 「・・・・ピサロ・・・・さま・・・・・・来て下さったのですね・・・・・」 ロザリーはもう見えなくなっている目をそれでもデスピサロの方に向けようとしていた。 「ああ、私だ。こうしてここに私は来たぞ！」 ロザリーは微笑んだ。 「やっと・・・・やっとまた二人になれました。・・・・私の最後のわがままをお聞き下さい・・・ピサロ様・・・・・もう恐ろしいことはお止め下さい・・・・・・・この世界を、私を慈しんで下さったように愛して下さいね・・・・・・・・ピサロ様・・・・・今度出会うときには・・・・・ それきりロザリーの呼吸は止まった。 デスピサロはエルフの白い頬に口付けし、叫んだ。 「ロザリー！生きろ！生きて私と共にこの世界の行く末を見届けるのだ！・・・・・お前なしで王国を築いたとて何になるというのだ。目を開けるのだ、ロザリー！・・・・ロザリー！」 エルフは目を開かなかった。 魔族の王もそれを受け入れざるを得なかった。 彼の研ぎ澄まされた短剣のように鋭い目から、一滴の雫が落ちたように見えたが或いはそれは錯覚だったかもしらぬ。 デスピサロは彼女の骸を抱き上げようとした。が、不思議なことにロザリーのなきがらはデスピサロの腕のなかで眩しい光に変化して天の高処へと消えていってしまった。 魔族の王は立ち上がった。 真に恐るべき冷徹な破壊者として。 ”人間たちよ。待っているがいい。私はこの身がどうなろうともお前たちの最後の一人まで根絶やしにしてくれよう。・・・・” その美しい顔には感情を超越してしまったような微笑がやどっていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ アレクは目蓋を開けた。彼にはロザリーのこと、デスピサロのこと、すべてが夢の中で見えた。・・・・恐ろしく、そして悲しく切ない出来事だった。体に震えが起き、寒さで死んでしまうのではないかとアレクは永遠のように長い時間感じていた。 すると、誰かが自分を起こしてくれて何かの器を唇にあてがった。 「ゆっくり飲んで下さい。体の中に篭もっている熱を冷ます火傷の薬ですよ。」 クリフトの声だ。 アレクはやっと自分を取り戻した。すると、そこは思っていたような寒い場所ではなく、穏やかな気候の山間の草原だった。 「アッテムトからここまで転移したんだな・・・・この石の力か・・・・」 アレクは右手に握った青い宝玉を見つめた。 クリフトは薬を最後の一滴まで飲ませるとアレクの手足の包帯を解いて薬草を塗り、再び包帯を巻いた。 ひどい火傷を負ったはずだったが、殆ど痛みはなかった。 「おお、ようやく目覚められたか。」 嬉しそうにブライが近寄ってきた。首をひねればトルネコがニコニコ顔で覗き込んでいる。トルネコの隣にいるのはマーニャだ。 「まーったくさぁ、勇者ちゃんが最後まで目ぇ覚めなくて一番だらしないんだもん。」 ミネアがたしなめる。 「姉さん！私達は後ろの方に居たけれど、アレクは先頭にたって戦ったのだから！」 「あはは・・・・わかってるわよ。でも、よく寝てたわ。アレクの寝顔って可愛いね 」 「もうっ！姉さんってば！」 眉をしかめたミネアがしくしく泣きだした。 「え？え？？？どうしたってのよ？あんたもどこか痛くした？」 ミネアは姉の肩に頭をもたせた。 「姉さん、あの呪文はもう止めてね。命を縮める呪文は・・・・私、私・・・・・」 マーニャは弱って、それでも笑い飛ばした。 「だーい丈夫よ。ほれほれ、こうしてぴんぴんしてるじゃないの。あたしはいい男を見付けるまでは死なないわよ。それにさあ、あの呪文って結構楽しいわよ。竜の目ってずうっと高いところにあるでしょう？景色が違うのよね、景色が。どうせならもうちょっと綺麗な色の竜に化けたかったけどね。馬鹿！もう泣くのやめてよ。うっとおしい！」 アリーナとライアンは横になったまま皆の様子を見ていた。この二人は相当火傷を負ったらしい。が、ミネアとクリフトの手当てのおかげか、目立った痕は見えなかった。アレクはゆっくりと立ってみた。少々ふわふわした感じだが体に力がみなぎってくる。 彼が立っている草原は山の頂上付近にあった。右手のはるか下方には黄色い砂漠が延々と広がっている。しかし、左手には緑におおわれた小さな村が見えた。村はぐるりを険しい山で囲まれ、外界からの出入りはできそうにない。そんな地形もアレクを驚かせたが、何よりの驚きは村の中央から巨大な木がそれこそ天まで聳えていることだった。 「ブライさん・・・・あの木が世界樹ですね・・・・・？」 ブライは重々しく頷いた。 相当な年月を経ているはずの木なのに、優美にのびた枝には明るい薄緑色のみずみずしい葉が茂っている。まるでこの世の理想郷を体現しているかのような植物だった。・・・・あの上に天空の剣がある・・・・その剣を使って倒すべき相手は・・・・デスピサロ・・・・ アレクは夢のことを仲間達に話した。ブライが唸った。 「ううむ。アレク殿も我らと同じ夢をみたらしいの。・・・・これはまさに現実に起こったことに違いないて。」 アレクが見回すと、仲間達は頭を縦に振った。 「可哀相なロザリーさん・・・・」 ミネアが呟くとトルネコが目を手でごしごしこすり、クリフトが祈りを捧げた。アリーナも固い表情で起き上がった。傍らで寝ていたライアンも身を起こしたが、彼はアリーナが小刻みに震えているのに気付いた。彼はブライにめくばせすると、ブライは姫を後ろからそっと支えた。 「ロザリーのこと、そんなにも悲しく思われましたかな？お顔の色が良くないようじゃが・・・・」 アリーナは虚空を見つめていた。 「ブライ・・・・代々サントハイム王家には予知夢を見る力があるとか・・・・お父さまにもその力があったわ。・・・私にもあるのかしら・・・・」 ブライは笑う。 「なにか別の夢もみたのでございましょうか？お強い姫さまを恐がらせるとは、どんな夢でございましたか。」 アリーナは首を振った。そしてそれきり夢の話をしなくなった。 “そんなことないわ！あんなこと絶対に嫌！” しかし姫の小さな胸の動悸は収まらず、えも言われぬ不安感で背筋が冷たくなるのだった。 マーニャが心底心配そうに姫に寄り添った。 「夢には正夢もあるし逆夢もあるわ。ミネアの占いだって外れることもあるんだし、気に病んだりしないことよ。」 クリフトが微笑む。 「姫さまらしくもない。お城にいらっしゃるときには星占い花占い・・・・そういったものは軟弱な者が気にすることだといつも言っていらしたのに。」 「・・・・占いではないもの。」 ブライは澄まして姫の頭を撫でた。 「ははあ・・・・では誰かにに話しておしまいなさいませ。悪い夢は人に話してしまえとよく言われております。そうすればきっと夢のとおりにはならないと・・・・」 アリーナは下を向いていたが意を決したようにトルネコの所に行ってぴったりと耳に口をつけて夢の内容を話した。トルネコはちょっとばかり肩をぴくりと動かしたが、アリーナを抱き締めて囁いた。 「もう大丈夫ですよ。私は何だって食べてしまう大食いですからね。悪い夢などすぐに腹の中でこなしてしまいます。」 クリフトは、自分ではなくトルネコに姫が夢を打ち明けたことを少々淋しく感じたが、世界樹のことに考えを移し、そのうちにアリーナの悪夢のことは忘れてしまった。 「さあ、行きましょう。」 アレクが世界樹の根元の村を指差した。 山は二日もあれば降りることができるだろう。そして世界樹の上には天空の剣。 アレクの旅は終わりに近付きつつあった。 終わりであり、目的に・・・・ 魔族の王との決戦に・・・・・ |
| ここでピサロは故郷の村を追われたアレクと同じ位置に立ちます。 彼には故郷はありませんが、唯一の愛情の拠り所たるロザリーの死です。 復讐のために魔物に憎しみを向けたアレク 復讐のために人間を根絶やしにしようというピサロ そして彼らの衝突を企てた闇の魔道士は一体何者であるのか・・・・・ ・・・・・アレクはこれから天空の城へと登っていきますが、 そこは彼の安らぎの故郷たりえるのでしょうか。 |