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| 「姫さま、小さな子供というものは、なかなか可愛いものでございましょう。」 ブライが姫を横にしてフォッフォッフォッと笑いながら言った。アリーナは微笑み返す。 「そうね。たくさんの子供達に武闘を教えたら楽しいでしょうね。」 「・・・・それでは、いつの日にかご自分のご子息に・・・・」 アリーナはプイと横を向いた。 「またそれ！私は腑抜けの貴族なんか大嫌いよ！結婚しなくても子供だけ作る方法ってない？」 ブライがふうぅと息をついてからまたお説教する。 「姫さま・・・・子供というものは、愛しあった男女が結ばれたときに授かるもの。姫さまが結婚なさらねば王国の未来はどうなります？・・・・ああ・・・・亡くなられた王妃さまがお聞きになったらなんと・・」 マーニャがちゃちゃをいれる。 「あら、結婚しなくっても子供くらいは持てるわよ。あたしが教えて上げようか？むぐっ！ミネア！なにすんのよ！」 ミネアが赤くなって姉の口を塞いだ。 「姉さんのバカッ！」 アリーナは不思議そうに頭を掻いた。エルフの子に貰った金の髪飾りに指がひっかかる。姫は一度髪飾りを外すと、リアのブラシで綺麗に髪をといて髪飾りをつけ直した。積もった雪からの反射光で髪飾りはキラキラと輝いた。 「・・・・それ、いいわね。ねえ、お姫様は装身具はあまり好きじゃないでしょう？あたしが貰っておいてあげようか。」 アリーナは澄ましてちょっと上を向いた。 「いいです。贈ってもらったものは大切だもの。」 マーニャは尚も食い下がる。 「でも・・・あたしが魔物に混乱させられたら、味方に特大の火球をぶつけちゃうわよ。そうなったらことでしょう？」 アレクは想像してみた。女性三人が混乱したとしたら・・・・ ミネアは混乱して武器で毒蛾のナイフで攻撃してくるかもしれない。・・・・これは受け止められる。眠りの呪文やかまいたちの呪文は・・・・呪文を唱えているときに、彼女なら押さえ込めるだろう。マーニャだったら少々厄介だ。しかしこれもどうにか・・・・・ブライに素早さを上げてもらえば・・・・アリーナならば・・・・姫は目にも止まらぬ素早さで炎の爪を振り上げて飛びかかって来るだろう。或いはそばの岩を投げ付けてくるかもしれない。そして、素早い姫を押さえ込めるわけがない。アレクはゾッとした。 「僕は・・・アリーナが付けていたほうがいいと思う。」 その呟きがよほど真剣なものに聞こえたのか、マーニャはからからと笑った。 パトリシアは、膝まで積もった新雪を掻き分けてずんずん進んだ。 川を渡り、南東に進路を変える。ブライはじっと方位を確認している。 「おお、塔が見えてきましたぞ！」 トルネコが木々の間から見え隠れする灰色の塔を指差した。アレクは目を見張った。夢で見たとおりの色、夢で見たとおりの形だ。塔の上には小さな窓が開いている。夢と違うのはそこに女性の姿がないことだけだった。 アレクはじっと塔を見つめ続けた。 それで彼は魔物に気付くのが遅れた。彼が気付いたときは、馬車は羊ほどの大きさの青いバッタにとり囲まれ、仲間達が馬車から飛び出てある者は剣で、ある者は呪文で撃退しているところだった。アレクも急いで奇跡の剣を抜いて一匹のバッタに切り付けた。バッタはあっさりと首をもがれて転がった。弱い相手だ。 「アレク！油断するんじゃないわよ！神経を集中させておきな！」 マーニャが叫ぶ。それは手遅れだった。彼は魔物の発散する魔力に魅入られてしまっていた。 あたりの空間が歪み、空の色が赤く変わった。アレクは何度も目をこすったがそのたびに景色の歪みはますますひどくなるようだった。 新手の敵が彼を押さえ付けようと襲いかかってきた。彼は身構え、攻撃を擦り抜けると素早く切り付けた。敵はひっきりなしにやってくる。アレクは力を振り絞り剣を振り回し・・・・そして倒れてしまった。 気付くと、アレクは暗い小屋のなかに居た。体はぐるぐる巻きに柱に縛り付けられている。前に倒していたためじんじん痛くなった首をのばし、辺りを見回す。 「あ〜。やっと気付いたわよ。」 呆れたようなマーニャの声がする。彼女も同じように柱に縛り付けられている。良く見ると、仲間全員が同じように柱にいましめられているのだ。 「・・・・これは・・・・」 「な〜に惚けてんのよ！混乱してあたしたちに切り掛かってきたのはアレクでしょう！」 青あざのある目でマーニャはアレクを睨んだ。 「あ・・・僕が・・・・？」 「ええ。」 ミネアが小さな声で言う。ミネアの服にも相当鈎ざきができている。 「いやあ・・・さすが勇者だね。力は強いわ素早いわ、呪文は唱えるわ・・・・」 髪をちりちりにこがしたトルネコが笑う。 「ライアンさんとお姫様がいなかったら、わたしらは一巻のおわりだったところですよ。」 そのライアンとアリーナは切傷だらけだ。特に鎧を着ていないアリーナは傷が多く見ていて痛々しい。姫は疲労からか気を失っているようだ。 「・・・・申し訳ないことをしました・・・」 「・・・・まあ、皆生きていることじゃし、ここから出られればいうことないんじゃが・・・・アレクを押さえて疲労困憊しているところに上から丈夫な布ををかけられて掴まってしまったのじゃ。どんな奴かは皆目わからん。」 武器は取り上げられている。アレクは縄を切ろうと手を動かそうとしたが手はほとんど動かなかった。ライアンが首をふる。 「少しも力が入らないのだ。普通ならばこのような縄、一気に切ってしまえるのだか・・・・」 「眠り草と痺れ草の香を臭がされてしまっていたようですね。この時期の痺れ草の効果はとても強いですから・・・・」 「もう！神官ってなんでこうなの！こんな状態で薬草の講釈をするんじゃないわよ！」 クリフトにマーニャが噛みついていると、パタンと扉が開いて、背の低い人物が二人入ってきた。大きな足に痩せた体がのっかり、頭には好奇心の強そうな目がキラキラと輝いている。子供ではない。 「ホビット族じゃな。」 ブライが呟くと二人のホビットはびっくりして竦み上がった。 「おやおや、もうこの人間たちは気がついているぞな。」 「しかもこの年とったのはおいらたちがホビットだと承知でござる。こりゃあ、よっぽど物知りの人間だなあ。」 「物知りの人間はこっちがあっと驚く手を使うかもしれねえぞ。も一度痺れ草の煙を臭がせたほうがいいんでねえかなあ・・・・」 マーニャが怒鳴る。 「何をごちゃごちゃ言ってんのよ！このチンチクリン！この縄早く解きなさいよ！」 ホビットは顔を見合わせ肩をそびやかした。 「あの色っぺえねえちゃん、随分とおっかないぞぉ。」 「うんにゃ。人間ってもんは外見からは判断できねえ。優しそうでもひどい奴ばっかしだ。用心にするに越したことねえだ。村長さんが来るまでおとなしくさせておかにゃあ。」 二人は八人の縄の具合を確かめてますます固く縛ってしまった。八方ふさがりだ。 クリフトが首を捻って二人に話し掛けた。 「あなたたち。怪我人の手当てだけはしてくださらないでしょうか。放っておくと化膿してしまうかもしれません。」 ホビットはクリフトの視線の先を見た。 「ああ、あの可愛い娘っこのことだな。でもなぁ、あの子は一番おいらたちをてこずらせたからな。・・・・それにおいらたちは人間の手当てをしたことがない。」 神官はホビット達を恐がらせないように続けた。 「私達が呪文で治せます。私でなくとも、あそこにいる緑の髪の青年でも、あちらのローブを羽織った髪の長い女の人でもいいのです。」 ホビットはまたまた顔を見合わせて相談しあった。 「・・・・縄を解いたらおいらたちをひどい目に合わせるかもしれねえ。髪に飾っているのはエルフの衆がつくる金の髪飾りだぞ。エルフの衆を襲ったんでないともかぎらねえ。」 「でも、この娘っこ、ほんとに傷だらけだ。痛そうだなあ。」 「・・・・人間は信用しちゃならねえだゾ。お前の村は人間のために滅ぼされたでねえか。」 「・・・・んだども・・・・おらは前にロザリーさまに約束したことがあるんだわ。エルフだろうが魔族だろうが・・・たとえそれが人間だろうが、弱いものや傷ついたものには優しくしてやるって。」 疑り深かった方のホビットも、ロザリーと言う名が出るとうなずいて腰から鉈を抜いた。 「さあ、どいつの縄を切るべえか？」 回復呪文を唱えられる三人を見比べる。 「緑の髪の若いのは目茶苦茶強かったぞ。・・・・男のくせにスカートなんぞ（ホビットには神官衣がスカートに見えたらしい）はきよるこのひょろりとした顔立ちのいいあんちゃんにするべえ。変なことをしそうになったらお前が斧で脳天ぶちわればいい。」 物騒な物言いにめまいを感じたクリフトだが、鉈で綱が切られると痺れ草でふらつく足でアリーナの足元に辿り着いた。そして姫の様子を見るとふか〜く溜息をついた。 「どうした、あんちゃん。娘っ子の加減が相当悪いんだべか？気絶しているだけなんでねえのか？」 「・・・・いや、これは気絶じゃないです・・・・眠っているんですよ・・・・よくこんなときに・・・・まあ、らしいというかなんというかですが・・・・ともかく手当てを・・・・」 ホビット二人が注視する中で、クリフトは割合大きな切傷に手を当て、呪文を唱えた。傷はすうっと塞がった。 「あんれまあ！すごいもんだなあ。」 「神様かね、あんた。」 「まさか。私は神官です。さて・・・」 クリフトは腰から下げた薬草入れに手をやると、緑色の軟膏を取り出して指にすくうと塞がった傷の上から薄く塗り付けた。 「おやおや、それはムラサキツルカズラの軟膏じゃねえすか？おいらたちも傷の手当てによく使うだよ。」 「そうですか・・・人間もホビットも同じ薬が使えるんですね。・・・・・もう私を縛り直して結構ですよ。」 素直すぎるクリフトの言葉にマーニャはうんざりしたように鼻を鳴らした。 「あのねえ、お姫様は手当てが終わりでも、あたしだって顔のあざは痛いし、ぎゅうぎゅう縛られて苦しいの何の！どうにかしなさいよね！」 ホビットは弾かれたように縄をほどきはじめた。ただしマーニャのではなくアリーナの縄を。そしてクリフトの前に両手をついて謝り始めた。 「まさかこの娘っこがお姫さんだとは思わねかったもんで・・・・あんたはお付きの人だべか？ああ、おらたちお姫さんをひどい目に遭わせてしまっただなあ。お姫さんという人は優しくて淑やかでもの静かで皆のことを考えてくれるとってもいいお人だよ。 ”ちょっと違う。” ブライとクリフトは思った。 「・・・・それでもって悪い奴に狙われる。いや、よっくわかるぞ。おらたちのところのロザリー様がそうだからなあ。」 「ロザリー？」 アレクが尋ねた。 「んだ。ロザリー様だ。ロザリー様はエルフの国のお姫さんだったんだ。・・・・二百年ほど前にお国は滅ぼされてしまったしまっただが。・・・ロザリー様は流した涙がそりゃあ美しい赤い宝石になるだ。だから人間たちに苛められて苛められて・・・・人間たちから離れたこの村にピサロ様がロザリー様を連れてきただ。ピサロ様に助けられなけりゃ今ごろロザリー様は人間たちに苛め殺されていただろう。」 ピサロの名を聞いて、アレクは黙り込んだ。魔族の王がエルフを助ける・・・・？そんな優しさをピサロが持っている？ 「あの・・・・」 アレクが縄で締め付けられた胸の奥から声を出す。 「そのロザリーさんは・・・・塔の上にいるのでは？」 ホビット達は飛び上がった。 「なんで知ってるだ？」 「お前達はやっぱりロザリー様を苛めに来ただか！」 アレクは否定し、マーニャが喚きたてたがホビット達は納得しなかった。そして険しい目でアレクを睨んだ。ホビット達はロザリーというエルフの王女を心底好いており、彼女に害を与えようとするものは、命をかけてでもやっつける気でいるようだった。ホビットはアレクをじっと見、突然”おやっ？”というような惚けた顔つきになった。そして相棒を小突くと、何事かを囁き、一人で建物の外にすっとんでいってしまった。 しばらくしてホビットは、村長を引っ張って帰ってきた。村長は丸っこい体に焦茶のローブを羽織っており、地面に届くかと思われるほど長い白髭を荒い息でなびかせていた。そのあとから何人もの村人が続く。ホビットの他にエルフ族の姿も見える。キツネやシカなどの小動物も扉をくぐってきた。・・・・いたずらモグラや体の大きな優しそうな目をした白い魔物もいる。 村長は目にかぶさっていた白髪を丸っこい短い指で掻き揚げ、村人がアレクの前に運んできた丸椅子の上に乗ってまじまじとアレクの顔と天空の兜を見つめた。そして村人にあたふたと合図をするとすぐにアレクの縄を切らせた。アレクは一体何が村長を動かしたのか不審に思い小さな年老いたホビットを見下ろした。村長は頷いた。 「失礼を致しました。我々弱いものは用心深くしないことには滅ぼされてしまうのです。・・・・その兜は天空の兜。・・・・・古い古い書物の絵で見知っております。その兜を戴くものは心正しきもの。地上に住むものの味方です。」 仲間達の縄も解かれた。 マーニャはかんかんに怒っている。 「まーったく！こんなに素敵な女の子が悪者のはずないでしょうが！」 初めにやってきた二人のホビットが顔を見合わせ ”んだなぁ。” ”いやあ、んだなぁ。” とわけのわからぬ相槌を打ちあっている。 暗い建物の中から明るい広場に移され、とにかくアレクはこの村を訪ねた経緯をできるだけ詳しく心をこめて話した。・・・・デスピサロの名を出さぬように注意しながら。 「魔物たちが、僕たち人間の町や村を襲い始めています・・・魔王が復活すれば、地上は闇に覆われてしまうでしょう。僕たちはその魔王を討つために旅を続けているのです。」 ホビット達は不安げにざわざわとさざめいた。彼らは恐ろしい魔物たちが横行していることも知らなければ、魔王が復活するという噂も聞いていなかった。村長の話によれば、魔物に襲われたホビットは未だおらず、アレクたちが立ち寄ったエルフの村も村を出ない限りは全く安全なのだという。エルフの子供が翼竜に襲われた話を聞いて村人たちは震え上がった。 「そんなに物騒なことがおこっているだか！」 白い大きな魔物が叫び声を上げた。 「うおーん、うおーん。俺は人間に捕まえられ、見せ物にされ、この森まで逃げて来た。しかし人間を根こそぎ滅ぼそうとする、そんな恐ろしい企てをしている魔族がいるとは！おお、怖い！怖い！うおーん、うおーん！」 ホビットの母親が、自分の二人の子供をぎゅっと胸に抱き締めた。子供も大人たちの心配がわかるのか神妙な顔をしている。 「・・・・魔王が復活したら、この村も滅ぼされてしまうのかね？この子たちも殺されるのかい？」 ほっそりとしたエルフの青年が頷く。 「・・・・・殺されるか・・・・奴隷として働かされるか。昔、魔王エスタークが地上を支配しようとして天空の竜神と争ったときは、地上は七日の間、地獄の劫火で焼かれたと私達エルフの古い歌に残っています。」 アレクはエルフの言葉に、あらためて自分が立ち向かおうとしている敵の強大さをひしひしと感じるのであった。 「・・・・ピサロ様が助けてくれるだよ。きっと。」 一人のホビットが言った。 「そうだ。きっとあの方が来て下さるよ。」 横合いで相槌を打つものがいる。母親ホビットが顔を曇らせる。 「しかしあの方はこのところ全くお見えにならない。・・・・なぜなのかねえ・・・・こんなことになっているのだったらあたしたちに真っ先に知らせて下さってもいいはずなのに。」 「デモ、ピサロサマハ、エラインダモノ。キットタスケテクダサルヨ。」 シカが言葉を喋った。アレクたちがびっくりして息を飲むと村長が笑った。 「あの動物たちは、ピサロ様にものが喋れるようにしていただいたのですよ。人間に虐げられてもなにも言い返すことができぬ動物たちが不憫だと・・・・ピサロ様は魔法にも長けていらしてなあ。”進化の秘法”とかいっていらしたのお。魔族に昔から伝わっていたものだとか・・・・最近、人間から秘法の失われていた部分を受け取ったともわしらは聞いておった。もっとも、黄金の腕輪というのをまだ見付けていらっしゃらなくて、もしも腕輪を見付けたならばもっと素晴らしいことができるはずなのだとおっしゃっていたが。」 少なくとも、昔この村に来ていたピサロは冷酷な魔族の王ではなく、ホビット達や弱い種族の保護者であったようだ。・・・・いったいそれが何故・・・・アレクの頭のなかは混乱してきた。 彼はとにかくロザリーというエルフに会いたいと村長に申し入れた。村長は俯いた。 「・・・・折角ですが・・・・ロザリー様には会えません。私達はどうやったら会えるのかわからないのです。・・・・ご覧なさい。」 村長は聳え立つ灰色の高い塔を指差した。 「・・・・今から一年と少し前・・・・あれは、人間たちがやってきて、ルビーの涙を手に入れるためにロザリー様をさらったすぐあとでした。長い旅に出ていらしたピサロ様が風のように戻っていらして見事に助けだされた。わしらは喜んで夜遅くまで宴会を開きました。ところが夜が明けるとロザリー様の姿が村から消え、あの塔が聳えたっていたのです。時折風に乗ってロザリー様の声が塔の上から聞こえてきます。私達はロザリー様にお会いしたいと塔を調べましたがどこにも入り口がありません。登ろうにも綱をかける場所がありません。時折大きな黒い鳥が塔の上にやってきているのをみかけましたが今はその鳥さえ来ません。・・・・ロザリー様があなた様を呼んでいらしたというのに、ああ、お会わせできない自分が腹立たしい・・・・」 アレクは塔を見上げた。 夢の中で自分を呼んでいたロザリーの真剣な眼差しがありありと蘇ってきた。彼はゆっくりと歩いて塔の下に立った。 塔はなめらかな石で組まれ、手がかり、足掛かりなど全くない。アレクは試しに石の継目に手をかけて身の丈ほど登ってみたがずるずるとずりおちてしまった。 先程までトルネコの背で眠っていたアリーナがアレクの横に立って、目の上に手をかざして遥かな上を見上げた。 「ブライ、鳥に変身するような魔法は使えないの？」 「・・・無茶をおっしゃいますな。魔族の中にはそのような技を使うものが居ると聞きましたが・・・・・・」 「・・・・・ロープでも下がっていればすぐに登れるのにね。」 一同はしばらく考え込んでいたが、やがてライアンが進み出た。 「アリーナ姫。ほんとうにロープさえ下がっていれば登れる自信がおありですか。」 アリーナは戦士の真剣な眼差しに一度ぞくりと肩をそびやかしたがにこにこと頷く。ライアンがクリフトに目を向けると、神官は溜息混じりに頷いた。 「姫さまは城の尖塔の頂上に登ったこともおありです・・・・」 ライアンは厳しい顔で頷くと、自分が弓で塔の上にロープのついた矢を射込むから、それで上まで登ってはどうかと説明した。 「じゃが・・」 ブライが懸念した。 「いくらライアン殿が剛弓をひく腕をお持ちじゃとて、あの高い窓のところまでは届かないじゃろう。」 ライアンは頷き、振り返るとミネアを呼んだ。 「幸いにも、ミネア殿は大気の精霊を使うことができる。石の質はさほど固いとは思われぬ。私の力が到らなくともきっと矢を塔の壁に射込むことができよう。」 ミネアは水晶玉をしっかりと胸に抱いて同意した。このようなことに風の精を働かせたことはないがやらねばなるまい。 話を聞いていた村人たちが、すぐに弓矢を運んできた。ライアンは一番大きくて強そうな弓を取り上げ、引き絞ったが、弓は力に耐えられず弾けてしまった。ホビットは目を丸くし、すぐに弓の材料になりそうな木や蔓草を倉庫から山のように運んできた。 彼らは生まれついての職人らしく、親方らしい老人の指示の下、大きくていごつい弓が瞬く間にできあがっていく。固い木を道具を使ってしなわせ、撚り合せ、膠で固めた蔓草の繊維をしっかりとはる。蔓を張った上から木から取ったという黒い樹脂を塗る。ぼうっと黄色く仄かに光る液体を樹脂の上からかけると魔法のように固まった。 職人の親方は徒弟たちを下がらせ、自ら大弓を担ぐとライアンに差し上げた。 「あなたが引き絞ることのできる、最も強い弓のつもりでつくった。・・・・もしも引けなんだら今一度造り直しましょうぞ。」 矢のほうも生半可なものではない。軽く丈夫な木の一方に細目の長い縄が結ばれ、もう一方に魚を獲るときに使う銛のような鋭い矢じりが埋め込まれている。これならば石に打ち込むことができるかもしれない。 ライアンは弓を構え、ゆっくりと引き絞った。腕と胸の筋肉が膨れ上がり木枠が音をたてて美しい曲線を描く。 ホビットたちが溜息をついてパチパチと拍手を贈った。平和を愛するエルフたちは王宮戦士の力技に感嘆してよいのかどうか困ったように見つめている。 ライアンとアレク、そして仲間達は塔を見上げる開けた野原に出た。地上からは小さくしか見えない塔の窓。あそこにロザリー姫がアレクを待っているはずだ。願いを伝えたいと、想いを届けたいと・・・・ 「さ、ミネア殿。」 ミネアは頷いた。 彼女は目を閉じ、顔を斜め上に向け、手を差し伸べて空気の精を呼んだ。 ”心優しい空気の精霊よ。私のためにいま少し道をあけ給え。我が前にいる武人の放つ矢を後押しし塔へと深く突き刺し給え。” ミネアの頭の中にはっきりとした拒絶の答が返ってきた。 ”人の子よ。その願いは聞き入れられぬ。争いの道具の助けはできません。冷たい金属のやじりに手が触れると思っただけでも身が縮みます。” ミネアは眉根に皺を寄せ、何度も何度も懇願したが、空気の精は頑なにはね付けて彼女のそばを離れて空の上の方に帰っていこうとした。その途端、ミネアはかっと目を見開き、鋭い目で虚空を睨んだ。 ”戻ってきなさい！” 精霊は占い師の気迫に驚いて上昇をやめた。 アレクたちにはミネアと空気の精霊たちの間でどんなやりとりがなされているのか全くわからず見守るしかなかった。 ミネアはしっかりと立っていたが、顔色は蒼白だった。冷汗が滝のように流れ、口は一文字に固く結ばれている。マーニャが心配して手をミネアの肩に置いたが、ミネアはすぐにそれを払い除けた。 占い師の想いと、精霊の想いがぶつかり、それぞれが相手よりも優位に立って呪縛を振り切ろうと戦っている。動きはないが命を削るような激しいせめぎ合い。ミネアは何度も気が遠くなりそうになるのを堪えて精霊に厳しく自分の支配のもとに動けと命令した。 長い長い時間のあと、空気の精霊は小さく息を漏らした。 ”わかりました。私達はあなたの想いの深さの前に跪きます。あなたの命ずるままに・・・・” ミネアは空を見上げたままの姿勢で片手でライアンに合図した。塔の窓目掛けて矢が斜めに掲げられ、弓が弾かれた。 「さあ！精霊たち！行きなさい！」 王宮戦士の放った矢は唸りを上げて、一直線に飛んでいく。精霊たちは矢の正面から素早く退くと矢羽を後ろから押し上げた。矢じりは乾いた石の表面に深々と突き刺さった。皆は歓声を上げたが、ミネアはよろよろと倒れこんだ。 「ミネア！」 マーニャが抱き起こし、クリフトが手をとって様子を見る。固く閉じられたミネアの目はすぐには開きそうにはなかった。 一方、アリーナは塔の真下に行き、くいくいと縄の端を引いて不安げに上を見上げた。アレクは姫に並んで縄を自分の方に引き寄せた。 「アリーナ姫。やはり僕が登ろう。・・・・上までは相当距離がある。」 アリーナは口を尖らせて頑なに首を横に振った。 「私にだってこのくらい登れるわ！女だからといって特別扱いしないでちょうだい！」 「・・・・そんなつもりじゃあ、ただ、力なら僕のほうがあるから・・・」 二人が口で争っている間に、村人たちや仲間達が集まってきた。ミネアはクリフトに抱き抱えられたまままだ意識を回復していない。 アリーナは、強い調子で、とにかく自分が登るのだと皆に宣言し、村長に何やら耳打ちした。村長はすぐに数人の村人に命じて、アリーナの言ったものをもってこさせた。 その間に、アリーナは、青いマントを肩から外してきちんと真四角に畳み、青い帽子をその上に置いた。更に、腰のベルトにつけた物入れから細々とした道具を取り出してしまった。手袋も外し傍らに置く。 ホビットが横から言われたとおりのものを差し出した。白い滑り止めの粉。これは腰の物入れに一掬い入れる。そして輪のついた金属の杭と小さいがしっかりしたハンマーを受け取り、ベルトに差し入れた。 「とにかく、こういうことはアレクよりも私のほうが上手だわ。私が上まで登って様子を見てくるから合図をするまで待っていてね。」 姫は老いた魔道士の方に顔を向けた。魔道士は、姫の瞳のなかに不安を見て取った。ブライは微笑んだ。 「お転婆の姫様に限って、登れぬことなどあるはずがございません。・・・・万一落ちましても、クリフトが手当てをしてくれるでしょう。いや、あの馬鹿者は、落下する姫様を受け止めようとして自分の方が大怪我をするやもしれませんな。」 アリーナは微笑み返した。指先の小さな震えが止まった。 「じゃ、皆待っててね！クリフト！ミネアさんを頼んだわよ！」 アレクは何かを言いかけたが、ライアンが大きな手を肩に置いてきたために黙った。アリーナは片足にくるりと縄を絡ませてするすると登っていく。 ライアンは目でアリーナを追いながらアレクに向かって呟くように言った。 「なぜ私が初めからアリーナ姫に登られるかどうか聞いたかわかるか？・・・・矢じりは充分に深く塔に刺さっていることが確かだとは誰にも言えん。姫殿下は初めから私の真意を見抜いていらした。だからマントを外し、帽子を脱がれた。」 ブライが頷いた。 「・・・・確かにアレクのほうが姫さまより力は強い。姫様も承知でいらっしゃる。しかし、アレク、あなたは姫様の一倍半は重さがあるじゃろう？」 アリーナは黙々と上へ登っていった。足で壁を斜め下に押し、時々滑り止めの粉を手につけながらできるだけ急いで・・・・なめらかな塔の壁には何の足掛かりもない。城の尖塔のように傾斜がついているわけでもない。・・・・城の屋根に登っていったときは遊びだった。怖さを感じても途中でやめれば良かった。しかし今はそうではない。 ”今、矢じりが抜けたら！” その恐怖感がアリーナを必要以上に急がせた。ブーツが滑り姫の体は宙ぶらりんになった。上空を吹く風が体を左右に揺らす。姫は歯を食い縛り、体勢を整えると延びきってしまった肘をぐいと曲げた。滑り止めの粉が少しさらさらと遥か下へとこぼれ落ちた。ちらりと視界の隅で感じた下の光景は勇敢な王女の心臓を縮み上がらせるのにも充分だった。豆粒のような大きさの人間。玩具のような家々。あそこから登ってきたなどとは冗談のようだった。しかし頂上がすぐそこかといえばそうではない。まだまだ先へ登らねばならないのだ。アリーナは目眩を感じながらも登り続けた。 手はじんじん痺れてきて握力はもう殆どない。壁の白さがいやに冷たく目を射すように思える。そんなとき、姫は自分の体が幽かに下にずり下がったのを感じた。・・・・いや、縄を掴む手が滑ったわけではない。畏れていたことが現実になったのだ。矢じりが抜けかかっている！しかし姫は、諦めなかった。 ”この上の人が何かを知っているのだもの。登らなくては！矢じりが抜ける前にどうにかしてみせる！・・・・・お母さま！アリーナをお守り下さい。” ギギギと嫌な音をたてて矢じりは緩んでいく。姫は力を振り絞った。手の皮は擦り剥けて赤いものがたらりと流れた。姫はベルトに挾んだハンマーを持つと抜けそうな矢じりの横に輪がついた金属製の杭を石壁にカンカンと打ち込んだ。 ”もういいかしら？いいえもっと深くよ！” 輪を打ち込み、そこにロープを絡めて固定すると姫はほっと一息ついた。窓はそこから身の丈の二倍ほど上の位置にある。自分にはできないがライアンかアレクが鈎のついた縄を投げてひっかければ窓から塔のなかに入ることができるだろう。姫は休憩し、成功の印に縄を揺らした。下から仲間たちが上ってくる。 窓には石造りの奇妙な鳥が浮き彫りされており、じっとアリーナの方を窺っているようだった。いや、気のせいではない。鳥は石の中から抜け出てアリーナに襲いかかってきた。不意をつかれた姫はバランスを崩し、手が弛んでしまい、下に向かって落下し・・・・なかった。アリーナの合図と共に登ってきたマーニャが辛うじて姫の体を受け止めた。 「マーニャさん！」 鳥は凍りつく息を二人に吹き掛けてきた。マーニャが火球で応戦する。下からはアレクとライアンが登ってきた。ライアンは鈎のついたロープをぐるぐる回して投げ、窓にひっかけた。マーニャはアリーナを押し上げた。 「さ、お姫様も窓に登るといいわ。こんな鳥、あたし一人で沢山よ。だてに踊り子やってたわけじゃない。ロープの上でだって呪文くらいは唱えられるわ。それより気をつけてよ。中にもきっと何か居るわ。」 アリーナは頷きアレクとライアンのあとに続いて綱を登ると窓から中に飛び込んだ。 窓から入ったアレクは目を見はった。部屋の中では無数の鉢に植えられた草花が生き生きと育っており、森に入ったのかと錯覚するほどだった。部屋の隅にはやわらかそうなビロウドを貼ったソファーがあり、その横に、怯えた表情をして一人の輝くばかりに美しい女性が立ち竦んでいた。その女性を見てアレクははっと息を飲んだ。 「シンシア？」 確かに女性は驚くほどシンシアに似ていた。・・・・いや、違う。目の前にいるのはシンシアではない。優しい瞳やうす紅色の髪、全体の姿は生き写しでも、耳はエルフ独特の形にとがっている。それでもアレクはしばらくの間、死んでしまった愛する娘の幻影をエルフの姫の中に見て胸が激しく打っていた。かれはやっとのことで言葉を吐き出した。 「・・・・あたなはロザリーさんですね。僕は、あなたの声を聞いて・・・・」 事情を説明しようとしたアレクの後ろを指差してロザリーは叫んだ。 「危ない！」 甲冑を纏った男がアレクの背後から進み出た。アレクは咄嗟に身をかわした。驚いたことに、ロザリーは白いドレスの裾を翻し、アレクと敵の間に入った。 「この人は私が呼んだのです！戦ってはいけません！」 鎧は凛としたロザリーの声に一瞬躊躇したが再び剣を振りかぶった。アレクも剣を抜いたが戸惑っていた。この甲冑の男には、恐ろしいまでの殺気と精神力は感じるのだが今までの敵にあった、邪悪な気配というものが全くない。 窓から、凍りつく息をはく怪鳥が数羽飛び込んできた。アリーナがジャンプして一羽を落としたが、部屋は霜で真っ白になった。ライアンがゆっくりと進み出た。 「アレク殿。火球の呪文であの鳥を！・・・・この剣士は私が片をつける。・・・・敵であろうがお主が武人であることを私は感じる。一対一で潔く戦おうぞ。」 敵は頷いたようだった。 剣と剣とが打ち合わされ、金属の鈍い響きが高い天井に反響した。まさに火花を散らす決戦だ。敵がライアンの頭上を襲えばライアンは一度受け止め、斜めに流して相手の胴体を狙う。両者はほぼ互角だ。同じだけの傷を負い、同じように息を弾ませ、相手の出方を慎重に読む。 敵は寸分の隙もないライアンを攻めあぐねていたが、ほんの一瞬、王宮戦士の左の肩口が無防備になったのを見て取り、それを逃さずに突っ込んできた。戦士の肩からだらだらと血が流れる。 怪鳥を倒し終えたアレクとアリーナ、そして窓からはいってきたマーニャが息を飲んだ。ライアンは刺された姿勢のまま動かない。少しの間の後、王宮戦士はやっと動いた。流れる血を止めようともせず、二本の足でしっかりと立つ。その前に敵は崩れ落ちた。甲冑の継目、腹の辺りを真っ赤な血で染めて・・・・ 「・・・・力に差はなかった。私が故意に隙をつくったからこそ相手に隙ができ勝つことができたのだ。・・・・優れた立派な剣士だった。」 ロザリーが床に膝をついて、敵の兜を外した。意外にもその中からは生真面目そうな魔族の男の顔が覗いた。男はロザリーの手を取り苦痛に顔を歪ませながら語った。 「ロザリー様・・・・お許し下さい。私はピサロ様の命令を全うできませんでした。この塔に何人たりと入れてはならぬとの命を・・・・」 ロザリーは首を振った。 「いいえ、あなたが謝ることなどありません。・・・・あなた方は戦う必要などなかったのに・・・・」 「・・・・私は・・・・戦うためにここに置かれたのです・・・・・ロザリー様・・・・・お別れです・・・・・・人間たちよ。私に替わってロザリー様をどうか・・・・守って・・・・く・・・れ・・・・」 魔族の死体は光を放って消滅した。あとには鉛色の甲冑が残っているだけだ。 その場に居合わせた者はみな跪いて祈りを捧げた。そうせずには居れなかった。 それが済むと、ロザリーはすぐにライアンの傷の手当てを始めた。アレクも治癒の呪文を唱えたが血は簡単にはとまってくれなかった。 「ロザリーさん。塔の下に治癒の呪文を唱える僕の仲間が居ます。」 エルフの王女は頷くと甲冑にはめこまれた黒紫の宝石に手を当てて呪文を唱えた。下の方でぎいぎいと音がした。 「これで塔の下から続く階段ができたはずですわ。・・・・・さあ、おかけください。そして私の話をお聞きください。」 塔の下からブライたちが上がってきたのと、難渋しながらクリフトが綱を登って上がってきたのがほぼ同時くらいだった。若い神官は疲労で倒れそうになっていたが、ライアンの肩の傷を見るとあわてて治療を始めた。 ロザリーは八人の顔を見渡し、さっそく話し始めた。 「世界はデスピサロという魔族によって闇に閉ざされようとしています。・・・・ここにいらした運命の方たちならばもうご承知でしょう。デスピサロは人間を滅ぼし、世界を自分の手の内におさめようという野望を持っているのです。・・・・そのために地の底で永い眠りについている魔王エスタークを復活させようとやっきになって古き魔族の城を捜しています・・・・魔王が復活してしまったらこの世界は闇と炎で包まれ滅んでしまいますわ。・・・・人間も、エルフも、ホビットも・・・・魔族たちの多くも・・・・お願いします。あなた方の手でエスタークの復活を阻止して下さい。私の知っていることは何でもお教えします。勇者様。」 アレクはロザリーを椅子にかけさせた。 「確かに僕は生れ乍らに勇者のさだめをを受けました・・・・ですが、天空の武器防具のうち未だ天空の剣を手にしてはいません。どうか天空の剣があるというエルフの里へ行く手立てをお教え下さい。」 ロザリーは窓から遠くを見、語りだした。澄んだ美しい声が小さな口からこぼれ出た。 「昔、魔王エスタークが天空を統べる龍の神とその命を受けた勇者によって封じ込められたとき、勇者の装備は世界のあちらこちらに散り散りになりました。あるものは人間の王に託され、あるものは海の懐に沈められました。そしての最も大きな力を秘めた天空の剣は私達エルフ族に預けられました。争いを好む人間族が剣を護るのは難しかろうと・・・・私達エルフは命を育む世界樹の上に剣を収め、再び世界が乱れることがあったならば新たな勇者に手渡すように神に誓いました。・・・・しかしそれを知った魔族たちのうち邪悪なる者は力を振り絞って世界樹の木の回りに封印を施したのです。魔王が在るかぎり決して封印は破ることができません。」 ブライがロザリーの横に一歩歩み寄った。 「すると、魔王を倒さぬ限り剣は手に入れられぬと？しかし魔王は剣なくしては倒せぬ・・・・・それは堂々巡りになる・・・・」 ロザリーは首を振った。 「・・・まだ魔王エスタークは目覚めていないのです。目覚める前ならば天空の剣がなくとも再び封じ込めることができるはずです。魔王としての力は取り戻していないのですから。・・・・天空の剣をもって倒さねばならぬ相手は別にあるのだと私は思います・・・・進化の秘法を手に入れたデスピサロはエスタークを封じ込められたならば、自分がエスタークの代わりに魔王として生まれ変ろうとするでしょう。そうなったときが・・・・天空の剣を使わねばならぬ時。・・・・デスピサロも魔王の封じ込められた場所を知っては居ません。ただ、知ったならばすぐに行動を起こすことでしょう。・・・・デスピサロは海の中の島にある城にデスパレスと名付け、この世界の征服のねじろとしています。そこに入り込んで知らせを待てば、デスピサロの先回りをしてエスタークを封じ込めることがかなうでしょう。これを持っていってください。」 ロザリーは手のひらに収まるほどの小さな緑色のワンドをアレクに託した。 「エルフ族に伝わる変化の杖ですわ。魔物に姿を変えれば安全に入り込めるでしょう。もう一度杖の力を使えばもとの姿に戻れますわ。」 アレクは注意深く革袋にワンドを入れた。そして、ロザリーを戸惑いがちに見つめた。 「ロザリーさん・・・・僕たちはこの村で、ピサロという魔族の男性の話を聞きました。彼は優しく頼りになる男で村中の信頼を集めているようでした。・・・・村人はまた、ピサロはロザリーさんを邪な心を持つ人間から救ってくれたのだとも話してくれました。・・・・魔族の王と名乗るデスピサロとピサロはどういう関係にあるのですか・・・・。」 ロザリーは俯いていたがぽつりぽつりと話しはじめた。 「ピサロ様は・・・・ピサロ様は優しい方でした。昔・・・・あなたたち人間の時間で言えば二百年前になります・・・・魔族の軍が私の国を滅ぼしたとき、私は侍女達の働きで城が焼け落ちる前に森の中へと逃れました。しかし、それは苦難の旅の始まりでした。他のエルフ族の村の方角も知らず、幼かった私はただひたすら城から遠ざかろう、遠ざかろうと歩いていき、人間たちが”街道”と呼んでいる広い道に出てしまいました。道なりに進んでいきますと、馬車が止まっているのが見えました。私は安堵感で気を失って倒れてしまいました。 しばらくして目を覚ますと、人間の男が三人私を見下ろしておりました。私の体に毛布をかけてくれ、心配はない。もう安全だと暖かいシチューを飲ませてくれました。私は嬉しさで胸がはりさけんばかりでした。父や母に教えられてきた”人間は恐ろしい生きものだ”ということは嘘であったのだとそのときばかりは思いました。 しかし、旅が進み、馬車が町に入ると男たちの態度は一変しました。彼らは小さな私を檻に入れ見せ物にしました。小さな片田舎の村では、エルフ一人だけの見せ物でもお金になったらしいのです。私は毎晩檻の中から空を見上げて、いつかはエルフの故郷である森に帰れますようにと祈っていました。 まだそのときは良かったのです。私は祈っているときに悲しさの余り、涙をこぼしてしまいました。涙はすぐにルビーとなって檻の床に転がりました。それを男の一人が見ていたのです。 彼らは毎日私を鞭で打ち、流した涙の宝石を欲しがるようになりました。私は耐え切れなくなり、真夜中、必死の想いで逃げだしたのです。 裸足で逃げだした私の足には石が食い込み、だんだんと追ってくる男たちの叫び声が迫ってきました。もう駄目だと思ったとき、私は道端の大きな石の上に座って笛を吹いている銀色の髪の青年に気付きました。藁をも掴む想いで小さな私は青年に飛び付いていきました。 それがピサロ様でした。 ピサロ様は私の悲惨な様子を見ても別に心を動かされた様子はありませんでしたが、黒いマントを翻すと私を抱いて街道から遥かに離れた森の中に一瞬のうちに運んで下さいました。 ピサロ様にとってはただの気紛だったのかもしれません。しかし私にとっては運命の一瞬でした。そのときから私の心のなかにピサロ様が住むようになったのですから。私はピサロ様に自分の生い立ちを話しました。ピサロ様は冷たく笑い”お前の国を滅ぼした魔族の中にこの私もいたのだぞ。”と話されました。 私はびっくりして”嘘です！嘘です！あなたが血も涙もない人だなどと信じません”と訴えました。 私はまた、”あなたが私の敵ならば、私を助けて下さるはずがありません。”とも申しました。すると、今度はピサロ様は微笑んで囁きました。 ”お前も身の置場のないはぐれ者・・・・私も同じだ・・・・魔族とは名ばかり。一緒に来るがいい。私と一緒に運命の星を捜す気があるのなら・・・・”と。」 ロザリーは息をついた。しばらくの間沈黙が続いた。 「ピサロ様は・・・・生粋の魔族ではないのです。魔族の王が人間の女性に生ませた子供でした。王の世継の一人とはいえどちらの世界にも属することのできない孤独な魂・・・・ピサロ様の心の中には冷たく恐ろしい暗黒の部分があると私は知っておりましたがそれからはできるだけ目を背けるようにつとめました。私とピサロ様は寄り添うように生きてきました。私達は同じ風景を見、語り合い、愛し合いました・・・・森の好きな私のために、ピサロ様は虐げられた者たちを集め、一段と緑の濃い場所を選んでこの村をつくって下さいました。・・・・未来の見えない愛であっても私は幸せだったのです。闇のように黒いローブを羽織った男がやってくるまでは・・・・」 ローブの男の事を知る、サントハイムの三人とモンバーバラの姉妹ははっとした。 「・・・・その男はかなりの魔力を持っているようでした。彼は魔族の王の代替りが近いことをピサロ様に告げ、今こそが虐げられし者の立ち上がる時なのだと話しておりました。そして進化の秘法のことも・・・・男が帰ったあと、ピサロ様は私を抱き締め、”ロザリー、お前にとっても素晴らしいことなのだ。私はお前にこの世界すべてを贈ろう”とおっしゃいました。私は泣きじゃくって”何もいりはしません、ずっと私のそばに居てください”と懇願しましたが、ピサロ様は聞き入れてくださらず、行ってしまわれました。 そのあと何度かピサロ様は戻っていらっしゃいました。魔力と剣技で他の魔族を押さえ付け、力の衰えた王を逐い、王になったとき、進化の秘法をいよいよ試すことになったというとき、そして・・・私がこの村からさらわれそうになったとき・・・・ピサロ様は私のためにこの塔を造りました。そして黒い鳥に身をかえて訪ねてきてくださいました・・・・ピサロ様の回りでなにが起こっていたのか私にはわかりません。しかし、ピサロ様は人間の愚かしい振る舞いを憎み、この世界を食いつぶす蛆虫のような人間は滅ぼすしかないと決心を固めていらっしゃいました。もう私の言葉はピサロ様の心には届きませんでした。 魔族本来の荒々しい闇の力がピサロ様を駆り立て私を圧倒しました。私は・・・・私はその時に悟ったのです・・・・・ピサロ様はもういないのだと。デスピサロという魔族の王が私の大切なピサロ様を殺してしまったのだと。」 アレクは信じたくなかった。自分たちが戦っている魔物を統べる王が自分たちと同じような”心”を持った存在だということを・・・・魔族の王の体の半分には人間の血が流れているということを・・・・ 「・・・・いいのですか。あなたの大切な人を・・・・・・」 アレクの言葉にロザリーはビクンと肩を震わせた。 「ええ、わかっています。私は今でもピサロ様を愛しています。愛して居るからこそ、あの方にこの世界を滅ぼすなどという悲しいことを事をして欲しくないのです・・・・もう、あの方は誰にも止められません、・・・・あの方の野望を砕くことがピサロ様を救う唯一の道なのです・・・・そのためにピサロ様の命がなくなろうと・・・・・・仕方ないのです。」 ロザリーの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。涙は床に落ちる前にルビーになってまばゆい光を放った。 ロザリーの肩口に、金色に光る羽を持った毛むくじゃらの小さな可愛いコウモリが現われ慰めるようにキイキイ鳴いた。 ロザリーは涙を拭いコウモリを撫でた。 「ピサロ様が私の話相手にと残していってくれたお友達・・・・ピサロ様に報告に行っては駄目よ。あなたは最後の最後まで私のそばに居て頂戴ね。」 コウモリはロザリーの白い頬に淡い虹のある大きな耳をすりつけた。 ロザリーは立ち上がり、アレクの手を握った。 「あなたたちだけが希望なのです。」 そして、八人の仲間を見渡した。勇者、戦士、魔道士、神官、踊り子、占い師、商人・・・・・ロザリーはアリーナに目を向けると顔を曇らせた。 「まだ小さな娘さんまで・・・・？」 アリーナは笑った。 「小さいですけれど、もう十六です。・・・・大丈夫、私は世界一強くて素敵な女の子になるんですから！」 ロザリーはほほ笑み、アリーナにキスした。 「強くて素敵で・・・・幸せな女の子になってくださいね。」 「幸せに？」 ロザリーはアリーナの髪を撫ぜた。 「そう。幸せに・・・・」 姫にさえ、ロザリーには彼女が望んでいた幸せはもう決してやってこないのだとわかった。それが悲しくてアリーナはエルフの王女をそっと抱擁し、仲間達に見られないように目を潤ませた。 ロザリーはとんとんとアリーナの背を叩き立ち上がった。 「私はピサロ様に連れられて一度だけデスパレスに参りました。キメラの翼をお持ちでしょうか。そうでしたら私が皆さんを城のある島までお送りすることができます・・・・城から少し離れたほこらに」 ブライが無言でサントハイム城で見付けたキメラの翼を差し出した。ロザリーは華奢な白い手でそっと羽を掴んだ。 「では、下に参りましょう。私は村の人々とも話をしなければなりません。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ホビット達はロザリーが無事な姿で降りてきたのを見て小躍りしたが、瞳のなかに痛いほどの悲しみが満ちているのに気付くとしきりに心配して話し掛けてきた。ロザリーは優しく、気にすることはないのだと答え、気遣ってくれたことに対して感謝の言葉を繰り返した。彼女は村長に、勇者たちはこれから危険な場所に世界を救うためにむかうのだと説明すると、ホビット達はさーっといなくなって再び現われた。 「戦士殿。これはわしが鋼鉄から打ち出した兜だ。使ってくだされ。」 「踊り子さんに占い師さん。昔エルフの衆から貰った髪飾りだよ。魔よけになるよ。」 「商人さん。家宝の不思議な石だぞ。きっといつか役に立つよ。めずらしいものを掻き集めてきた。」 「魔法使い殿。魔力を回復する聖水だ」 縛られていた八人の様子を初めに観にきた二人のホビットのうち一人がアリーナにブーツを贈った。 「おいらたちゃあいっつも裸足だで、造りなれなかったども・・・・・」 アリーナが履いてみると、ブーツはまるで足の一部であるかのようにしっくり落ち着いた。鹿革のブーツがすり切れかけていただけにこの贈り物は非常に有り難かった。もう一人の方は、エルフの男性から魔法のかかった胸あてを貰っていたクリフトに横合いから薬草の束を差し出していた。神官は薬草の名前を確認し、それが貴重で素晴らしい効き目があるものばかりだとわかっていたので真心を込めて握手した。ホビットは言った。 「あんたもお姫さんのおつきだらば、お姫さんをなんとしてでも守ってやんねばならないだぞ。いいな。お姫さんはとにかくか弱いんだからな。」 ”かなり違う” クリフトとブライは思った。 多くの贈り物で馬車ははちきれんばかり。用意が整うとアレクはロザリーに合図した。八人は馬車に乗り込み、待った。ロザリーはキメラの翼を掲げ持ち、エルフの言葉で呪文を唱えた。 ”頼みます！” ロザリーの瞳とアレクの瞳が互いに相手を覗き込み深い想いを伝え合った。 ”シンシア・・・・” アレクはロザリーのなかにシンシアを見るのを止めることができなかった。 一瞬の後、アレクたちは馬車もろともデスパレスへと転移し、ホビット村には彼らがいたことを示す痕跡すら残ってはいなかった。 ロザリーはルビーの涙をこぼした。 ホビット達があわてて手ぬぐいを差し出して慰めた。 「ロザリー様、大丈夫ですだ。わしらには細かいことはわからなんだが、あん人たちゃあ、きっとロザリー様の願いを聞いてくれますだ。泣かないで下さいまし！」 「んだ！んだ！もしもあん人達が危ない目にあっても、ロザリー様の見込んだ方々だ。ピサロ様があん人達を助けてくださるだよ！・・・・ロザリー様何故そんなに泣くだ？微笑んで下さらんか？ロザリー様が泣いているとわしらまで悲しくなっちまうだぁ！」 ロザリーは泣きやめることができなかった。 一粒、又一粒と、赤いルビーが雪のうっすらと積もった地面に血のように落ちていった。 |
| 今度はあやかしの笛（ゲーム内での塔に入るためのアイテム）を無視してしまいました。 アイテム１つの力ではなく、なるべく仲間たちの力で難関突破して欲しいという気持ちからか、 どうしても本来の話からずれが生じてしまいます。 ライアンも、ミネアも、ゲーム内でこんな風なことがあっても良かったかな、などと 管理人はついつい筆をすべらせてしまいました。 さて、ロザリーです。 アレクにとってはシンシアの分身のような彼女の願いは、彼女の最愛の人を殺すことでした。 「復讐」の二文字はアレクの心にまだ存在していますが、その形は変化していっているはずです。 ガーデンブルグでもそうでしたが、ここでもアリーナは希望の星です。 失くしてしまった幸せ、諦めてしまった夢、まだまだ彼女には掴む未来があるのですから。 |