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| 三人はハバリアを出て一路アッテムトに向かった。ハバリアの西、古くからの鉱山町だ。主に鉄を産出していたが十年程前に金の鉱脈が発見されてからというもの、世界から一攫千金を夢見た男たちがやってきて、一躍富に溢れる町となった。オーリンも、姉妹の父エドガンの言い付けで、何種類かの金属を仕入に訪ねたことがあるが、荒々しい活気に溢れたにぎやかな町だったという。 「・・・・これがそのアッテムト？」 町にはいってマーニャが眉をひそめてオーリンに訊ねた。 オーリンは、信じられないというように町の様子を眺めた。ところどころ崩れた家。もう誰も住んでいないのか、開け放しになった木の扉が早くも吹きはじめた秋の風に吹かれてばたんばたんと動いている。 三人はそろって一つ咳をした。なにかえがらっぽいものが空気に含まれている。 一人のぼろぼろの衣服を身につけた大男がへらへら笑いながらミネアに近付いてきた。彼女は思わず身を縮め、マーニャは妹をかばうように前へ出た。男はどんよりと濁った目で三人のうえに視線をさまよわせると、それきり興味をなくしたようにまたふらふらと歩いていってしまった。 「姉さん、あの人・・・・」 「うん。・・・・狂ってるわ。」 オーリンは我が目を疑った。ここはアッテムトの大通りだったはずだ。鉱石を運ぶ馬車がひきも切らずに右往左往し、男たちの声が飛びかっていた。・・・・今はその面影はない。 石づくりの教会堂はまだしっかりとそびえていたが、その横の墓地には墓標がぎっしりと立ち並んでいた。一人の男が、ま新しい墓標に花を供えていたが、三人に気付くと立ち上がった。 「・・・・外から来たとお見受けしますが、このアッテムトの墓地にどなたかお知り合いが眠っているのですか。」 男に訊ねられてオーリンが、自分たちはただの旅のものだと説明した。 「そうですか。・・・・この町に長くとどまるのはお辞めなさい。半年前に、抗道から毒の空気が吹き出し、吸ったものは病気になってしまいます。抗夫の中には気が狂ったものもおりますし、抗道にはいらなくとも私の妻のように死んだものもあります。」 三人は顔を見合わせ、それからいそいで手で口を覆った。 「心遣い恐れ入ります。・・・・実は私達は爆薬を手に入れたいとここまできたのですが。」 男はゆっくりと茶色の屋根の古い家を指差した。 「あの家が爆薬を扱ってきたところです。もうあるかどうかわかりませんが訊ねてご覧なさい。」 「有難うございました。」 歩きだすオーリンとマーニャの後ろについて、ミネアは行きかけたが、男が気になって振り返った。 「あなたはここにずっといらっしゃるつもりなのですか。」 「ええ。この町は私の故郷ですし妻の墓もあります。」 「・・・・・そうですか。でも・・・奥様もあなたの体が毒の空気で蝕まれて行くのをお喜びにはならないでしょう。・・・生意気をいってすみません。」 「いいえ。・・・・あなたは優しい方ですね。旅の無事を祈っていますよ。」 ミネアは、男に死期が迫っているのを強く感じていたが、どうすることもできなかった。 ミネアが二人に追い付くと、二人はもう爆薬を扱っていた家に入って深刻な顔をしていた。応対しているのは、青白い顔をした娘だ。・・・・まだ年若いのだろうが、疲れはてた表情が実際よりもふけているように感じさせる。 「・・・確かに、私の祖父は爆薬を作っていました。でも、キングレオの王さまの御触れでそれを禁止され、今は病気のせいもあって床についております。・・・・ここには爆薬はありません。鉱山のなかにならまだあるかもしれませんが。」 「え？でも毒の空気がでたんじゃ・・・・」 マーニャが不思議そうにいうと娘は答えた。 「ええ。でも抗道には火薬庫があったはずですわ。そこに祖父が作った爆薬が少しは残っているかもしれません。・・・・・すみません。この大陸では協力な爆薬を手に入れることができるのはここくらいでしょうに。」 家をあとにすると、マーニャはすぐに鉱山の入り口へと歩いていった。 「マーニャお嬢様！」 慌ててオーリンが止めた。 「毒の空気がある中に潜っていこうというのですか？」 「それくらいわかってるわ。でも、吸ったらすぐに死ぬ訳じゃなし、早く行って早く帰ってきましょうよ。ぐずぐずしてたらそれこそ結構な量を吸いこんで美容に良くないわ。」 ”即断実行” こういう思い切りもマーニャがいるからこその話だ。 見捨てられた家並みが続くなか、驚いたことに、何人かの抗夫がつるはしを背負ってやってきた。何かの間違いかと思い、マーニャは目をこすったが、また別の抗夫の一団が前から来た。見れば抗夫の詰め所のようなところがあり、そのなかは結構賑わっているようだ。 オーリンが入り口から首をつっこむと、背の低いまるまると太った中年女が怒ったように嗄れ声で怒鳴った。 「また新しい金の亡者かい？悪いことは言わない。ここで働こうなぞと考えずに帰るんだよ。」 しかし、オーリンの後から綺麗な娘が二人入ってきたのをみると、走りよってきて、部屋の奥に通した。 「どうしたね。こんな悪魔に魅入られたような町に。」 オーリンが爆薬が欲しいと説明すると、女は太い腕を組んで頷いた。 「そうかい。確かに爆薬はあるかもしれないけどね。かなり奥の方だよ火薬庫は。毒の空気があるうえに、魔物も少し出るらしい。」 「魔物が!?」 マーニャが目をパチパチさせると、女はがりがりと乱れた髪をかき回した。 「なんであんなものがでてきたのかわからないけどね。毒の空気が吹き出した頃と同じくらいから現われてね。抗夫たちは魔物が出ないところを選んで掘ってはいるが・・・」 「毒の空気が出て、魔物が出て、それでも掘る人がこんなに？」 「ああ・・・でかい金の固まりがでりゃ一生遊んでくらせるからねえ。皆気狂いさ。家族に仕送りしてる健気な奴もたまにはいるけどさ。・・・・一応世話はしてやんないとね。あたしも体に悪いところがでてきたらすぐにこの町を逃げる気ではいるよ。」 抗夫たちはごほごほ咳をしながらもつるはしを背負ってまた穴に向かっている。三人は一人の抗夫をつかまえて、火薬置場の位置を聞き出し簡単な地図を作った。 ミネアとオーリンが降りていく経路を確認しているとき、マーニャはリアルマおばばから貰った魔道を記した本をめくっていた。表情は真剣そのもの。滅多に見られない光景だ。 「ふたりとも、そこに立っててよ！」 マーニャ目を閉じて呪文を唱えた。 「悪しきものを焼き尽くす愛しき火の精霊よ。今すこし我らに道を空け給え。常ならぬ毒の空気をお前の力で浄化し、我らの道を作り給え。」 三人のまわりにあった空気が、いやな匂いを放たなくなった。 「きゃ〜 できたみたい。」 「姉さん、何の呪文をつかったの？」 「ん？毒の沼やらなにかから身を守る呪文よ。あんまり効力は長続きしないらしいけれど。」 「まあ。そんなに便利な呪文があるなら、町に入ってすぐつかってくれればよかったのに・・・」 「あははは・・・・忘れてた。」 「ん、もう！ 」 抗道は整備され、三人が横に並んで歩けるほど広かった。ランタンが所々にかけてあり、ミネアの捧げもった水晶玉の光だけで充分に明かりが取れた。オーリンも今は槍を降ろしている。マーニャは好奇心に溢れた眼差しであちこち眺めたり通りすがりの抗夫に手を振ったりしていた。 「ね、ミネア。この鉱山、まだ金が掘れるのかしら。占ってみたら？・・・・」 「・・・・・」 「ミネアってば！」 ミネアは厳しい目で姉を見た。 「大体のことはわかるかもしれないわ。でも、ここに居る人達は、金が出なくても出てもここを掘り続けるでしょう。・・・・・自分たちの体が蝕まれるのにもかかわらずとどまっている欲に憑かれた人達よ。・・・・・悲しい人達だわ。」 「・・・・そうね。・・・・あんまり悩まないでよ。あんたのせいじゃないんだから。」 三人は、広い抗道に別れを告げ、魔物が居るという火薬庫へ向かった。やっと人がすれちがうことができるくらいの幅しかない。毒の空気も濃くなってきて、マーニャはもう一度呪文を使った。オーリンは槍を構えて先に立ち、片手にランタンを持ったミネアもモーニングスターを捧げ持つ。通路の向こうから銀色に輝くサソリが現われた。オーリンが素早く槍の一突きを繰りだしたがサソリの体には突き通らない。前に飛び出たマーニャが火球をぶつける。固いサソリの外皮に阻まれて大きなダメージを与えることはできなかったが、二度、三度と呪文を繰り返すことによって焼き尽くすことに成功した。 しばらくはそのサソリと、暗いところにおさだまりのコウモリが三人を襲ってきた。ずっといくとつきあたりで、下に降りる縄ハシゴ。ゆらゆらゆれる古い縄にしがみついて下層に行くと、赤黒い色をした、真丸な頭のトカゲが待ち受けていた。その数約十匹。のたりのたりと歩く姿はユーモラスである。 「ま、やられる前にやれっていうものね。」 マーニャは呪文が届く範囲にトカゲが入ると火球をぶつけた。火球は確かにトカゲにあたったが、敵は平然と歩いている。 「！呪文がきかない？」 ミネアが前に出て、かまいたちの呪文を浴びせようとすると、トカゲはぎざぎざの細かい歯の生えた口をぽっかり開けて火の玉を吐いてきた。 「げ〜っ嘘ぉ〜！」 前に出ていたオーリンとミネアが火傷を負った。マーニャはミネアを後方に突き飛ばし叫んだ。 「あたしの火球は効かないわ！ミネア！頼んだわよ。」 オーリンには成すすべがなかった。敵は槍の届かない距離に居る。マーニャは敵の頭上に爆発をおこす呪文を唱えたが、威力は弱く、二匹が倒れただけだ。その間にも火の玉が襲いかかる。 ミネアは必死に眠りの呪文を唱えた。六匹ほどが目を閉じて動かなくなった。 「サンキュー！」 マーニャはもう一度爆発を起こす呪文を唱えた。寝ていなかった二匹が引っ繰り返り、足をじたばたさせた。ミネアが前に出てかまいたちの呪文を唱えると、敵のほとんどは体を切り刻まれて絶命し、まだいきているしつこいものはオーリンが槍で一突きにした。 三人は互いに火傷の具合を見て、ミネアの呪文で治療をすると、火薬庫に向かった。 火薬庫はトカゲに遭遇したところからほどちかい所にあった。壷がならんでおり、あけてみるとどれにも黒い火薬がまだぎっしりつまっている。しけってはいるが、空砲代わりに使うには充分だろう。オーリンは壷をロープで縛ると自分の広い背中に背負った。 「さあ、お嬢さんたち。ここにもう用はない。出ましょう。」 マーニャはオーリンに従ったがミネアは動かなかった。 「・・・どこか痛いの？」 マーニャがそばにいったが、ミネアは水晶玉を抱えてうずくまってしまった。 「ミネア！」 「違うの・・・・違うのよ。ただ、とってもどきどきするの。」 「いつもの”邪悪な気配”って奴じゃないの？魔物がいるんだから当然よ。」 「いつものとは違う。もっと・・・もっと恐ろしいものよ。・・・・それとは別に、私を待っている何か素晴らしいものの気配もするわ。」 「恐ろしくて素晴らしい？」 「そうじゃなくて・・・・二つは別々のもの。でもこの近くにあるわ。あっちよ！」 ミネアが指差したのは火薬庫の壁だった。 「あっちは壁じゃない。行けないわよ。」 ミネアは黙って移動すると壁に体をもたせかけ目を閉じた。 「姉さんには聞こえないの？私達を呼んでいる声が。」 マーニャはいそいで、毒の空気から身を守る呪文を唱え直した。妹がおかしくなったかと心配したのだ。しかし、ミネアは全く正常だった。そして驚くべきことに壁のなかにすうっと入っていってしまったのだ。 「ミネア！」 マーニャが後を追うと、彼女も又壁に吸い込まれるように入っていってしまった。オーリンは二人が消えた壁を調べ、槍で突き、自分も入ろうと何度も試みたが、やがて途方に暮れて座り込んだ。 壁のなかで、マーニャは唖然とした。ここはくらい土の中のはずなのに、土も岩も見えない。いや、壁も天井も地面すらもあるのかどうか疑わしい。そして光に充ち溢れているのだ。 「ミネア！」 ミネアはずんずん先を行くミネアに追いすがった。肩を捕まえるとミネアは初めてまわりの異常に気付いた様子で、姉妹はその場で身を寄せあった。 「これ、どういうこと？」 「わたしにも・・・・でも、邪悪なものではないわ。確かよ。私の霊感を信じて。・・・・オーリンさんは？」 「さあ、あたしと一緒じゃないわよ。とにかくミネアの感じるとおりに進んでみましょう。」 「ええ。」 姉妹は抱き合って光の中を進んだ。やがて一つの部屋に出た。下には縦横無尽に青く光る細い線で不思議な図形が描かれており、その中心に、銀色に輝く物体が浮いていた。ミネアが近付いて手をのばすと銀色の物体はミネアの華奢な手のなかにすっぽりと収まった。 「タロットカード・・・」 それは銀製のカードだった。床に描かれているのと同じ模様、裏返すと占い師が使うタロットカードとよく似た、しかしどこか違う美しい絵が刻まれていた。 ミネアとマーニャの心に深い声が聞こえてきた。女性の声と思えば男性の声のようでもあり厳しいかと思えば慈しみにも溢れているおごそかな響きだった。 ”導かれし者よ。このカードは汝らの標。汝らの仲間を一つの力に集める手助けをするでしょう。地には平和、天には光。汝らは私達の希望です。” それきり声は聞こえなくなった。 姉妹は目を閉じ、手を握りあって立っていた。そして気付くとオーリンの目の前に立っていた。オーリンはそれこそ目が飛び出さんばかりに驚愕しており、ややあってから二人の無事を喜んだ。 姉妹はこの不思議な体験をなんと説明してよいかわからなかった。導かれし者。それは自分たちのことなのか？リアルマおばばが言っていた七つの光と勇者・・・・・それが父の仇のバルザックを追っている自分たちにどんな関係があるのだろう。 「ミネア・・・・行こう。」 ミネアは壁の方をじっと凝視している。 「・・・・・恐ろしい気配のことが気になる？」 「ええ・・・」 「きっとここいらにいる魔物のせいよ。・・・・とにかく今はバルザックのことだけ考えるの。いいわね。」 「・・・・・・」 三人が抗道から出たときにはもう夕焼けが始まっていた。 抗夫の詰め所に行って、話を聞かせてくれた女に挨拶をすると、女は食料を譲ってくれた。断ろうとすると逆にもっと荷を押しつけた。 「あんたたちの顔を見れば、何かたいへんなことをしようとしているとわかるさ。さっき、何のために爆薬が必要かまでは話してくれなかったけどね。年寄りを馬鹿にしちゃいけないよ。あんた達の誰よりも二倍以上生きているんだからね。・・・・ただ、ひとつ頼まれておくれね。さ、これを読んどくれ。」 女は手紙を差し出した。 ”お父さん。お金は無事につきました。いつも有難う。私もピピンも元気です。ただ、ピピンはお父さんに会いたいと駄々をこねるの。私は思い切ってリオレラ大陸にピピンを連れて渡ろうと思います。そしてお父さんの近くで働くわ。心配しないで待っていてください着いたらすぐにアッテムトの町に行きます。” 「・・・・この間死んだ男が持ってたんだが、不憫でね。まだ、この子たちは父親の死を知らないはずさ。どうか、もしもこのピピンって子とその姉さんに会ったら・・・・会ったらでいいからね父さんを襲った運命を話してやっておくれよ。・・・・」 マーニャは手紙を女に返すと、頭のなかで”ピピン、ピピン、ピピン”と三度繰り返して刻み付けた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「さーて、これからどうしますか。」 アッテムトから三日歩き、キングレオからかなり近い小さな村の宿屋で、オーリンはキングレオ城の地図を拡げた。港町ハバリアで仕入れた情報をもとに書き上げたものだ。しかし大きく描かれた城の輪郭に比べ、内部に書き込まれている範囲は非常に少ないものだった。兵士の詰め所、王の謁見の間、連れてこられた娘たちがしばらくの間暮らしている部屋、パーティーが開かれる大広間。大臣達の部屋、賄い部屋などなど・・・・ 「この部屋にいる国務大臣のギースを驚かすとしてもだ。その前にどうにかして城の中に入らなければなりません。バルザックにこちらのことを悟らせないためには、押しいるのは危険だが・・・」 マーニャはにこにこ笑っている。 ミネアは地図の中のギースの部屋を指した。 「それに、ここにいっても大臣が不在だったら計画は失敗ですね。」 マーニャはにこにこ笑っている。 「何も作戦がなければ、強引に行くしかない。」 マーニャはにこにこ笑っている。 「作戦、あるわよ。」 姉のにこにこ顔に嫌ーな予感を感じたミネアが肩をすくめた。 「城に行く娘は無条件で城に入れるでしょ？あたしが入って、頃合をみはからってオーリンとミネアをどうにかして入れるってのはどう？」 「姉さん！あれだけ苦労してキングレオに送られそうになったのを阻止したのに！」 「あら、だってあの時と今は事情が違うわ。あの時送られていたら、一応囚人でだってことでマークされるかもしれないけど今はそうじゃないし、こっちから乗り込むなら用意もしていけるでしょう？大臣さえ驚かせればバルザックの居所もはっきりしそうだし・・・・・・気を配って頭の足りないような娘のふりをしていたら兵士だって油断するわ。」 「危険よ！」 「大丈夫。情報では、娘は初めの一ヵ月くらい贅沢な暮らしをしてパーティーを開くってことだったわ。いざとなりゃ、そのパーティーの時逃げだしてくるから 」 「オーリンさん！なんとかいってやってください！」 オーリンは考え込んでいたが、がたんと席を立つとマーニャの前に立って肩に両手を置いた。 「よし、その勇気に賭けてみよう。」 「オーリンさん！そんな・・・」 「ミネアお嬢様。マーニャお嬢様はきっとやってくれます。娘たちに紛れていればきっといろいろわかる。あとは俺たちが頑張って、もしものときには押し入りましょう。」 「そんな・・・そんな・・・姉さんは・・・」 マーニャは心配してくれる妹をいとおしく思った。 「姉さんは・・・・きっとお酒を飲んで酔っ払っちゃうわ！」 マーニャはこけた。 「飲まないわよ！仇を目の前にして、飲んでいられるかっての。一滴も飲まない。舐めもしないわ。」 「・・・・姉さん。これを持っていって・・・・」 ミネアは水晶玉を差し出した。 「・・・ばあさまから貰った大切な水晶玉じゃない・・・・なんでまた。」 「・・・・この水晶玉は私の心とつながっているわ。もしも私達に何か知らせたいことが起きたときはこの玉に向かって念じて頂戴。きっとわたしに想いが届くわ。」 マーニャはミネアを抱き締めた。 「ふふふ、心配いらないって。あたしは運がいいんだから。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 三日後、街道で、キングレオに向かう娘たちの集団に出会ったマーニャはハバリアで買った灰色の服を身につけてそれに合流した。身寄りもなくお城で楽な生活がしたいという触れ込みだ。似たような境遇の娘たちだったのが幸いし、誰もマーニャを疑わなかった。 木陰からそっと見送るミネアとオーリンに軽く手を振ってミネアは遠ざかっていった。 「マーニャお嬢様は芝居が巧いですね。心底城に行くのが楽しみなように見えます。」 ”半分本気と言えなくもないわ・・・” ミネアはくすっと笑うと、間を置いてキングレオ方面に向かった。 「きゃ〜綺麗！」 城門から城の庭に通された娘たちは歓声を上げた。花が咲き乱れ、綺麗な小川がさらさらと流れている。蝶は舞いどこからともなく美しい音楽が聞こえてくる。マーニャもしばし、庭を見て目を輝かせた。 「さあ、こっちへ入れ。城のなかにも素晴らしいものがたくさん待っているぞ！」 娘たちは兵士に導かれるままに城に入っていく。靴を通して伝わってくる毛足の長い絨毯の沈み込んでいくような心地よい感触。白い大理石の彫刻が施された柱。コーミズはもちろんモンバーバラでも見たことがない高い高い天井。広い階段からは美しく装った娘が談笑しながら鳥の羽でできた大きな扇を胸元で揺らして降りてきた。 「お前たちも、今にあのように美しくなれるのだぞ。早速部屋に案内しよう。今日はお前たちも大広間のパーティーに参加するのだから、一番似合うドレスを選んでおくのだ。」 娘たちは物怖じしていたが、一週間前に城に来たという、今はもう貴婦人然としている娘の案内で各々の部屋に通された。部屋は八人部屋で、天蓋のついた立派な寝台が八つ、椅子等も八つずつあった。調度は淡い桃色で統一されており、可愛らしい人形や、バラの模様のついたクロスで飾られている。 案内をしてきた娘が衣装ダンスを開けると、そこには絹でできたきらびやかなドレスが何十着もつまっていた。上の棚には髪飾りや装身具がつまっている。 娘たちは一人が走り寄ると競ってドレスを選びはじめた。マーニャは手近にあった水色のドレスを手に取った。軽く薄く、なめらかな肌触りだ。仲間達が着替えはじめたのに倣って、マーニャはその服を手にして衣装がえした。 「わっ、素敵！」 「いやぁん。ちょっときついわ。」 「ねえ、姿見の前をあけてよぉ。」 きゃあきゃあとそれはたいへんな騒ぎだ。マーニャは黙って着替えるとその場で軽く一回転した。長いドレスの裾が翻って美しい曲線を描いた。 同室の娘たちはマーニャの体の美しい線と軽やかな身のこなしを見て羨望の眼差しを投げ掛けた。一人が羨ましそうに、だが悪意のこもっていない素直な声で話し掛けてきた。 「あなた素敵よ！どこかのお姫さまみたい。お名前は？」 「え？あ、あたしのこと？マ・・・マリシアっていうの。」 「あたしはケイ。あなたもしかしたら王さまのお気にいりになれるかもしれないわよ。」 ケイはマーニャに言った 「私には八人も兄弟がいるの。貧乏暮しはもうたくさん。王さまの目にとまれば家族に楽させられるわ。」 「ねえねえ、髪飾りも素敵よぉ！」 マーニャは半分呆れて装身具を選ぶ娘たちを見ていた。マーニャもこういうことは大好きだが、どんな男か知れない王のものになるなど真っ平御免だ。 ”ひどいことばかりする王だもの。いい男のはずないわよね。” 「ねえ、マリシアもおいでよ。このルビーのネックレスきっとあなたに似合うわよ！」 ”ま、いいか。貰えるものは貰っとこ ” 「きゃっ。こんな大きなダイヤ初めて見たぁ！」 「この腕輪も豪華よぉ！」 どれどれ、あたしにも見せて！」 結構楽しんでいるマーニャであった。 日が暮れるとすぐに大パーティーが始まった。大広間を昼のように明るくする何百本もの蝋燭とランプ。大皿に盛られたご馳走と珍しい果物。 「今日は十五人の仲間が加わった。いつもどおり飲み、食べ、踊るがよい。ここにはお前たちの望むものがすべてそろっている。・・・・王はこの広間の様子をこっそり見ておられるぞ。王は元気で美しい女が好きであらせられる。いつかお前たちにもお召しがかかるだろう。」 娘たちにまざった三十人ほどの従者の服装をした男がグラスを配った。 「さあ！乾杯だ！」 先輩格の娘たちがグラスを干すのを見て、新入りの娘もぐっと一気に飲んだ。マーニャは飲もうとして液面を覗き込んだ。ミネアの怒った顔が映っているような気がした。 ”・・・・ああ、危ない危ない。” マーニャはしゃがみ込むと、酒をテーブルの下に流してしまった。 ”惜しいなあ。とってもいい匂いがしたのにな。高いお酒だったんだろうな。” 娘たちは美味しそうに二杯目、三杯目を男についでもらっている。マーニャのところにも男がやってきた。 「どんどん飲みなさい。宴会では酒を飲むものだよ。」 「ええ。でも、あたし飲んだことがないものですから。」 「大丈夫。美味しいお酒ですよ？美しくなれる不思議な力をもった特別のお酒なんです。さあ、王様はあなたがたに美しくなって欲しいと願っておられるのだから。」 マーニャは微笑んで受け取って、また床に流してしまった。 ”く〜っ、あんな約束ミネアとするんじゃなかったわ。美人になれるお酒なんて・・・ま、あたしがこれ以上美しくなったら罪ってものかもしれないけどね 。” あたりが騒がしくなってきた。音楽に合わせて娘たちが踊りはじめたのだ。男たちに身を預けてけらけら笑っているものもいる。今日やってきたばかりの娘たちもその中に混じっている。 ”な・・なにか変だわ。” パーティーは狂宴と呼ぶのがふさわしい状況になってきた。ドレスをはだけ、あられもない姿をさらすもの。惚けたような目をして、絨毯の毛をむしっているもの・・・・マーニャは周囲に適当に調子を合わせパーティーが終わるのを待った。 ”きっとあの酒だわ。あの中に妙なものがはいっていたんだわ。” 寝床のなかでマーニャは考えた。同室の娘たちは眠りこけている。 ”でなけりゃ、あたし一人がなんでもなかった理由がわからないもの。” ケイが寝台から立ち上がり、手洗いに行って戻ってきた。もう酔いは醒めているらしい。マーニャがケイの寝台に腰掛けているとケイはびっくりしたように立ちすくんだ。 「あら、マリシア。驚いた。幽霊が出たのかと思った。」 「ケイ・・・・パーティーは楽しかった？」 「ええ、もちろんよ。」 「何をしたのかわかる？」 「・・・・はっきりと覚えてはいないけれど、とにかく楽しかったわよ！」 パーティーの前の口調とどこか変わっていた。 「ケイ。王様に気に入られるといいね。」 ケイはうっとりと微笑んだ。 「そうね。」 「そうしたら家族に楽をさせられるしね。」 「家族？」 ケイは訳がわからないように言葉をつまらせた。 「ケイ、あなたには八人の兄弟があるのでしょ？ここにきたのも玉の輿に乗って家族に楽をさせるつもりだったからで・・・」 「ああ・・・そう・・・そうだったわ。・・・・・・・でも、ここはすばらしいところだから・・・・・・家族のことなんか忘れてしまっても無理ないわね。兄弟、八人もいたかしら？」 マーニャは愕然とし、そのままケイを寝かせてしまった。 ”昼間のケイは、家族のことをとても気にしていたのに・・・・・こうやって娘たちは故郷や家族や友人のことを忘れさせられたんだ。だからモンバーバラのリンダの所にも手紙が届かなかったんだ。” もしも自分が酒をのんでいたなら、ミネアのことを忘れてしまったかもしれないと気付き、マーニャは背筋を寒くした。 ”バルザックをどうこうするより、この子たちを助けてやらなきゃ。” 三日が過ぎた。マーニャはできる限りの範囲を歩き回り、兵士たちともおしゃべりし、大臣のギースは夜のパーティーの時間は自室にいることをつきとめた。そして、パーティーの時にはケイのそばに付きっきりでいて、あの不思議な酒を飲ませないようにがんばった。一日飲まずに過ごすと、前の日に忘れてしまったはずの兄弟たちのことも思い出せるのだった。マーニャはケイにすべてのことを話し、協力を頼み込んだ。 その次の日にはケイと一緒に、同室の娘たちが酒を飲まないように気を配った。マーニャが、”恐ろしいお酒を知らずに飲まされている可愛い女の子脱出作戦”を説明すると、七人の仲間は青ざめたが、自分たちがなにか恐ろしいことに巻き込まれているらしいと感じ取ってしぶしぶながら頷いた。 城のそばの茂みに潜んでいるミネアははらはらしながらマーニャの合図を待っていた。昨日急に水晶玉を通して、”明日の夜、娘たちを逃がす。仇討ちも決行、爆薬の用意頼む”と知らせてきたのだ。 二人がじっと待っていると、城の二階の大窓からぱあっと火柱があがった。合図だ！二人は走り、城の水堀に飛び込んだ。 マーニャは気持ちよく暴れていた。いつものように乱痴気騒ぎが始まらんとしていたとき、特大の火球を頭上高くにぶらさがっているシャンデリアにぶつけたのだ。ガッシャーンと物凄い音がして、高価なクリスタルガラスが飛び散った。酒に酔っていた娘も一時正気に戻って棒立ちになった。続いて火球をもう一発。大窓が割れて外の風が吹き込む。 「ケイ！あとは任せたわよ！」 ケイは、ドレスをつなぎ合わせて作った長いロープをスカートの下から引っ張りだし、割れた窓枠に結びつけて外に垂らした。 「みんな早く！ここにいたらとんでもない目に会うわよ！」 ケイに突かれて、娘たちはふらふらと窓に近寄っていった。マーニャの部屋の娘・・・・酒の魔力にかからず完全に正常な娘たちが急き立てる。一人、又一人とロープを伝って下に降りていく。マーニャが別の窓を破ると、もう一人が新しいロープをスカートから出す。合計七本のロープが窓から垂らされた。総勢百人の娘たちはどうにかこうにか広間から抜け出した。 その間兵士たちが黙っていた訳ではない。逃げる娘たちを追おうと懸命になっていた。そのたびに、マーニャの呪文で火球をぶつけられ、頭上で爆発を起こされ、すべての兵士が髪や髭をちりちりに焦がしていた。マーニャはにっこり笑って呪文を唱え続けた。 「きゃあｖ こんだけ華やかな場所で呪文を使うと結構絵になるわねえ。次はあっちの方にやってみようかなっ？」 広間の大扉を背にして余裕の構えだ。兵士は一人もここから出ていっていない。毎日の騒々しい宴に慣れてしまったせいなのか、部屋の外から兵士がやってくる気配はない。そうこうするうちに窓からオーリンとミネアが上がってきた。堀を泳いできたせいでびしょぬれだったが、ミネアの瞳はマーニャの無事を確認して喜びに輝いていた。 「姉さん、よかった！怪我はない？」 マーニャは怒鳴った。 「挨拶はいいから、はやくこいつらを眠らせちゃってよ！」 ミネアはまだ倒れずに頑張っている兵士に対して眠りの呪文を放った。肉体的にも精神的にも疲れ果てていた兵士は、すぐにそのばでころりと眠りはじめた。 「うふっ 大成功！」 マーニャはミネアにかけよって、手をパンと合わせて握手した。 「で、首尾はどう？」 オーリンが落ち着いた声で報告をする。 「逃げてきた娘さん達は、俺が用意しておいた荷車に分乗してコーミズ村方面に向かいました。外で大きな混乱はなかったですよ。警備兵が四人、気付いて中に知らせようとしたが、ミネアお嬢様の呪文でどうにかなりました。」 オーリンがミネアを頼もしげに見やると、ミネアはミネアでオーリンを誉めた。 「城門の見張りを倒したのはオーリンさんよ。オーリンさんは強い力で鍵もこじ開けてくれたし・・・・・まだ城にこのことはそんなに広がっては居ないはず。姉さん、今日こそバルザックを！」 マーニャはミネアに水晶玉を返した。 「ばあさまもあたしたちのことを見ていてくれるわ。仇を捜しての一年の旅の終わりがやっとくるのね。・・・・・・オーリン！ギース国務大臣の部屋に案内するわ。爆薬の用意をお願い！」 三人は扉を開けて階下へと飛ぶように降りていった。侵入者にやっと気付いた兵士が剣を構えてやってくる。オーリンは槍を風車のように振り回し、マーニャが呪文で蹴散らす。二人の働きに守られたミネアが一心に呪文を唱え続けると、あたりに眠りの雲がたちこめて、三人以外は武器を持ったまま崩れ落ちた。二人の呪文の力は今までにないほど高まってきていた。 絨毯の上を走り、ギース大臣の部屋の前に着くと、オーリンが導火線をつけた火薬の包みを壁際に置いた。すかさずマーニャが小さな火球をぶつけて火をつける。 「下がれ！」 オーリンが二人を離れた位置に引っ張り、かばうように上に覆いかぶさった。城全体を揺るがすような音が響き、空気がびりびりと震えた。大臣の部屋から尋常とはいえない呻き声が漏れてきた。三人は二発目、三発目と点火を続行する。 ついに、大臣の部屋の扉が開き、ギースが飛び出してきた。剣を無闇に振り回し、自分の回りにいる、見えない敵と戦いでもしているようだ。 「やめろ！来るな！わしはなにもしておらん！殺さないでくれ！爆薬を使うな！使うんじゃない！」 そして一目散に逃げて行く。 三人は間をおいてしっかりつける。 大臣は城の奥、石を積んで作られた壁の前で泊まった。乱れた呼吸を整えようともせず、擦れた声で叫ぶ。 「闇よ！永遠なる安息の王国よ！」 すると壁が割れて秘密の通路が現われた。大臣は逃げ込むように中に入る。 大臣が入るとすぐに通路は閉じてしまった。オーリンが力任せに体当たりしたがびくともしない。 しかしミネアがが大臣の言ったとおりに唱えると、再び壁は割れた。もう大臣の姿はなく、三人の目の前には複雑に入りくんだ道がのびていた。 マーニャはミネアを振り返った。 ミネアは頷く。水晶玉を捧げ持ち、静かに目を閉じる。彼女の想いが辺りの空間の隅々にまで広がっていく・・・・ と、彼女のふところの銀のタロットが光を発し、水晶玉のもつ力を増幅させた。 「わかる・・・わかるわ。こっちよ！」 ミネアが先に立ち、長い通路を右へ左へ走る。自分たちの靴音だけが響いている。 いかめしくどす黒い木の扉が、行き止まりの冷たい石壁にはまっていた。額から二本の角が生えた悪魔の彫刻がなされている。 「この中に・・・・」 オーリンが扉に手をかけ、渾身の力を振りしぼると扉はめきめきと音をたてて壊れ、それと同時に三人は部屋に踊りこんだ。 そこは大きな広間で、少し高くなっている所に王座らしきものがあった。王座の主は今は留守らしい。 しかしなんと凶凶しい装飾だろう。泣き叫び血を流す半裸の女、死んで腐りかけた人間の姿。狂気を目に浮かべ、戦士を引き裂き笑っている魔物の・・・・そんな光景が辺りの壁一面に描かれている。まだ半狂乱になっている大臣が床に這いつくばっていた。それを冷ややかに見つめている男、・・・・一年かけて捜し求めてきた男。優しい父を殺し、悲しみのどん底に姉妹を突き落とした憎い仇、バルザックがそこにいた。 「バルザック！覚悟！」 マーニャが怒りをこめた声で言い放った。 |
| 姐さんならとらわれている娘達を決して放っておかないでしょう。 たとえ敵討ちに支障があったとしても。 やっとバルザックの前に立つことができました。 次は決戦です。 |