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マーニャはランタンをミネアに押しつけた。 「ミネア、下がってて。こんなヤツ、あたしの呪文でやっつけてやる。」 「姉さん！無理はやめて。逃げましょう！」 「逃げるってどこに逃げるのよ！」 それは確かにそうだ。 「ミネア、あんたは眠りの呪文を唱えて援護よ！」 ミネアは言われるままに呪文を唱えたが、石像たちはいっこうに眠る様子がなくじわじわと近付いてくる。 「姉さん！効かないわ！」 「ちっ！さすがは石像！」 「感心している場合じゃないわ。！姉さん！早く呪文を！」 マーニャは火球を続け様に石像にぶつけた。火球があたった石像は顔や腕が砕け散った。 「ほーら。お姉ちゃんに任せなさい！」 「キャッ！見て見て！」 焦って叫ぶミネアの指差す方を眺めれば、あちこち体の欠けた石像がそれでも確実に近付いて来ている。ミネアは鞭をふるったが、何のダメージを与えることもできない。 「姉さん。どうする。私達の武器は通じそうにないわ。姉さんの呪文だってこんなに大勢が相手じゃ・・・・・・」 「・・・・・・だからあたしはカタいヤツが嫌いなのよ。」 マーニャは気合いと共に、今度は帯状の炎を叩き付けた。取り囲む石像のうち、一体だけがほぼ完全に吹きとんだ。マーニャは跳ね返ってきた火の粉を払いながらミネアの手をひいて廊下の奥へと走りだした。 廊下は、永遠に続くかと思われるほど長かったが、やっと途切れて少し大きな空間に出た。動きの鈍い石像は追ってこない。二人は座り込んで息をついた。前の部屋と同じく、部屋ごと地下に下がっていくのを二人は感じた。 「姉さん・・・・相手の防御力を下げる呪文を覚えていなかった？」 「うん。覚えてるけど・・・・あんなに大量じゃね。それにあたしたち、ろくな武器もっていないし。・・・・・・ともかくよかったわ・・・・・いや！前言撤回！よくないっ！」 飛び込んだ部屋のまわりにはさきほどと同じ石像がぐるりと取り囲んでいる。 マーニャは呪文を唱える構えをしたが、まだ部屋は動いている。逃げ道がない。いちかばちかで強烈な呪文を使ってもいいが、二人とも蒸し焼きになる公算が強い。 「ミネア！」 マーニャはそばにいる妹の名を呼んだが、ミネアは俯いてなにやら小声で唱えている。 「お祈りするのはまだ早いわよ！戦おう！」 ”空気の精霊たちよ。私のためにいま少し道をあけ給え。優しき心の裏にある激しさをもって聖なる真空をこの場に吹き荒れさせよ！” ミネアがかっと目を開き素早く腕を空気を切るように振り降ろした。 マーニャには何が起こったのか、すぐには理解できなかった。目の前にいた石像たちはことごとく崩れ落ちて砂のようになっており、ミネアは自分の横にしっかり立って荒い息を整えている。ミネアは姉に微笑みかけた。 「そうか！できたのね。ミネアにも攻撃呪文が！」 マーニャは妹を抱いてキスした。 「おばばさまの言ったとおりだったわ。使わなければならない事態が迫ればできるようになるって。・・・・それより、部屋の動きが止まったわ。早く行きましょう。」 洞窟は自然のものとなっていた。地底湖が広がり、輝くばかりに白い鍾乳石が天井からぶらさがっている。ここではコウモリの大群が襲ってきたが、前にも出会ったことがあるだけに、姉妹は焦りもせずに即座に全滅させた。 地底湖の真ん中には細い石づくりの道が走っており、その先に大きな石が転がっていたがそれには動かしたあとがあった。二人は顔を見合わせて頷きあい石に手をかけるとずるずると横にずらした。すると下に降りる階段が現われた。 「ミネア、なにか感じる？」 ミネアは目を閉じた。 「・・・・・下に・・・・何か生き物がいるわ。」 「・・・・魔物？」 「そこまではわからないわ。」 「こんなところに居るのは魔物よね！じゃ、一発火球を放りこんで・・・・」 「姉さん！ここにはオーリンさんを捜しにきたのよ！オーリンさんだったらどうするつもり！」 「そうか。じゃ、呪文の構えだけして・・・・」 ミネアがランタンを掲げ、マーニャが用心しながら階段を降りていくと・・・・・ そこは地下なのにほの明るい光で満ちていた。壁に一面光ごけが植えられているのだ。回りには本棚。いくつかの実験道具も置かれている。その部屋のなかに槍を握って身構えていた一人のがっしりした男がマーニャたちに気付き、棒立ちになった。 「お嬢様たち！マーニャお嬢様にミネアお嬢様！どうしてここに！」 紛れもなくオーリンだった。黒いぼさぼさの髪も、低く太い声も、人のよさそうな顔も・・・・一年前と変わらなかった。 ミネアはオーリンに飛び付いていった。マーニャはそんな妹のあとからゆっくり歩いてきて妹とオーリンを同時に抱擁し、これまでのことを詳しく説明した。 「で、オーリン。あなたが姿を消したのにはどんな理由があったの？あたしたち、てっきりあなたもバルザックに殺されたのかと・・・・・」 マーニャに言われてオーリンはすまなさそうに頭を下げた。 「・・・・あの日、庭で薪割りをしていた俺はエドガン先生の悲鳴を聞いて玄関にまわりこんだんです。そうするとバルザックが先生の書き付けをかかえて走り出てくるじゃあないですか。”これはただごとではない”と思った俺は奴に飛びかかってその場にねじ伏せ手斧であいつを傷つけた。ところが奴は呪文を唱えて俺はその場に倒れてしまったんです。気が付いたときにはかなりの傷を負っていたが、先生の部屋におりて、先生が殺されているのを見つけて・・・いてもたってもいられなくなってそのままバルザックを追ったのです。」 「・・・・そのときに土に”かたき、バルザック”と書いたのですね。」 ミネアに向かってオーリンは頷いた。 「村の誰かに知らせれば良かったのだろうけど、その時の俺は怒りで通常の状態ではなかったのです。そして、なんとか馬に這い上がって俺が斧で与えた傷からしたたっているバルザックの血をつけたのですが・・・・奴がキングレオの城に馬で走り込むのを見届けはしましたが、俺は自分自身の傷が悪化してそれ以上追うことはできなかったのです。不覚です・・・・・」 「えっ！それじゃバルザックはキングレオ城に今でも？」 オーリンは生真面目そうな太い眉をしかめた。 「ええ。そう思います。風の噂でもそれらしき男を見かけたと聞きます通りかかった旅人に助けられ、傷を癒した後、俺は先生の仇を討ちたいとずっと思い続けてきました。そのために俺はこの洞窟ににきたんですよ。・・・・お嬢様、バルザックはお二人がが考えているよりもずっと恐ろしい魔法を使います。呪文を封じこめないかぎり決して勝つことはできないでしょう。・・・・・エドガン先生はこの洞窟に秘密の研究室を作っておられた。ここは今でこそ魔物が巣くっているが、むかしこの大陸がエスタークという恐ろしい邪悪な魔族の支配下にあったとき、この高原は心ある者たちの避難所になっていたということですよ。そして邪悪な呪文から身を守るために、賢者たちは”静寂の玉”と呼ばれる道具をこしらえたのです。・・・・これがそれです。この部屋にあるのを見付けました。」 オーリンはふところから小さな青い玉のついた首飾りを取り出した。 「エドガン先生が俺にだけ話してくれたことです。バルザックには知られていないはずです。地図も俺が昔に先生から預かったのですから。」 マーニャはこぶしを固く握り締めた。 「・・・・・・オーリン。あたしたち、バルザックを追って一年の間旅をしてきたわ。バルザックがキングレオにいるらしいとわかっているならすぐにでも行きましょう！」 オーリンは首を横に振った。 「お嬢様たちを危ない目にはあわせられません。奴の呪文は一撃で人を殺すことさえできるでしょう。俺が生きていたのが不思議だと、診てくれたお医者さまもおっしゃっていましたよ。俺はやっと一月前くらいに怪我が完治してここに来たんです。この部屋でずっと先生の書いたものを読んでいたのですが、もしもバルザックのやろうとしていることが現実になっているとすると、とても若いお嬢様方には・・・・・・」 オーリンが黙り込んだのをみて、ミネアが静かに尋ねた。 「オーリンさん。バルザックは何をしようとしているの？奪われた父さんの書き付けには何が書いてあったのですか。」 オーリンはしばらく口をつぐんでいたが、二人の真剣な眼差しを見て打ち明けた。 「バルザックが奪った書き付けには”進化の秘法”について書いてあったんです。」 「進化の秘法？」 マーニャが口を挟むとオーリンは重々しく頷いた。 「先生もそれを偶然見付けたのだそうですよ。怪我や病気で失われた肉体を元に戻す研究をしていらっしゃるうちに、先生は古い古代の文献を捜し当ててその文のなかに巧妙に隠されている秘密の魔法を解明された。ところがその魔法は、人間の体を治すためのものではなく、生き物にに特別な能力を与えるためのものだった。飛べないものに翼を与え、しゃべれぬものに声を与え・・・・・・力のないものに鋭い牙を与え・・・・人間に角をはやし鱗で皮膚を覆い全く異形の怪物にしてしまうことすらできる悪魔の技。・・・・・当然先生は誰にも知らせずその方法を自分の心の中にだけしまっておくおつもりでした。・・・・・俺は頭が悪いものだから、その書き付けを見てもなんのことだかさっぱりわからなかったなぁ。だからこそ先生は俺に本当のことを話してくださったのだと思うんです。・・・・しかしバルザックにはその書き付けを見れば内容がわかったに違いないんだ。先生はバルザックをもっと早く追い出してしまわれれば良かった。そうすればバルザックは進化の秘法を嗅ぎ付けることなどなかっだろうし、先生も死なずに済んだ。・・・・・静寂の玉があるとはいえ、キングレオは厳重な警備がなされているそうです。どうかここは俺一人に任せておいて下さい。」 「いいえ！絶対にあたしたちはかたきを討つわ。危険は承知の上。バルザックとあいまみえることを夢見て・・・・・憎しみを支えにして生きてきたのよ。そして呪文の腕を鍛えてきたのだもの。」 姉妹よりずっと年上の見習い練金術師は困ったように腕を組んだ。 「おっしゃりたいことはわかりますが・・・・」 「考えてもみて。三人で行ったら、二人がどうにかなっちゃってもあとの一人がかたきを討てるでしょ？」 オーリンは笑った。 「はっはっはっ！マーニャお嬢様にかかっちゃしかたないな。・・・・・よし、やりましょう。ただし無茶はいけませんよ。これからじっくり様子を探って、バルザックの行方がはっきりしたら乗り込む。エドガン先生も、お嬢様達が仇を討つために死んだりしたら決してお喜びにならないでしょうから。・・・・・まず、港町のハバリアに行きましょう。あそこはキングレオの城に近い位置にあって、城下町との物品のやりとりも盛んです。きっとバルザックについての情報も聞けるだろうと助けてくれたお医者様もいっていなすったし、お嬢様たちの装備も整えなけりゃ。・・・・・その格好はあくまで踊り子さんと占い師さんで、とても仇討ちに適した格好とは言えませんよ。」 オーリンは静寂の玉をそっとミネアの首から下げた。 「俺が身につけると変だからミネアお嬢様下げていて下さい。」 マーニャは不服そうにオーリンを見た。 「なんであたしではなくミネアなの？」 「・・・・・マーニャお嬢様が下げるとなんだか危ないような気がして。」 マーニャはオーリンに特大級の火球をお見舞いしてやりたい心境だったがぐっとこらえた。マーニャ自身もミネアに託した方が確実だと思う。オーリンは荷物をまとめて背負うと部屋の隅に立てかけてあった鉄の槍をひょいと片手で掴んだ。 「さあ、使えそうなものは全部持ちましたよ。もし忘れ物があっても又来ればいいですからね。」 「ううう・・・・・またくりゃいいって、石でできた像とやりあうのは遠慮したいわ。出るときだって会いたくないわ。」 マーニャが嘆くと、オーリンは不思議そうな顔をした。 「・・・？あいつらまだ出ましたか？静寂の玉を守る守護像なんですが、もう敵と味方の見境がつかなくなっているからなぁ。俺が来る途中に会った奴はみんなやっつけたつもりだったんですが・・・・・」 マーニャは尚もぶつぶつ言いながら先頭に立って歩きだしたが、オーリンはマーニャを引き止めた。 「ああ、そうか。俺が入ってきたほうと違うほうから来たんですね。お嬢様たちが来たのは魔物の多い道ですよ。」 そしてオーリンが道案内に立って、姉妹が来た道と異なる方へ案内した。小さな小部屋には、姉妹が使ったのと同じような仕掛けがあって、上へ上へと昇っていった。上の階では粉々に砕かれた石像がざっと三十体廊下に散らばっており、コウモリの死骸も散乱していた。 マーニャは目を見張った。 「・・・・・オーリン。これ、どうやってやっつけたの？」 オーリンは左手に持ったランタンを持ちなおして姉妹の足元が明るくなるようにした。 「どう・・・・っていいましても。俺は魔法が使えないからこの槍一本で。」 マーニャは”へぇーっ”という声を心からの賛辞として漏らした。この男、練金術師としての素質より、戦士としての素質の方が勝っているようだ。そういえば、エドガンの弟子になる前は、”村一番の槍猟師”といわれていたのだと、父エドガンが姉妹に話してくれたっけ。 ミネアがにっこり笑った。 「オーリンさんに会えて本当に良かった。私達はほとんど呪文だけで戦ってきたんです。・・・・姉さんは攻撃の呪文を多く使えるけれど私はあまり得意ではなくて・・・・私にも使える武器がハバリアにはあるでしょうか。」 「ああ。きっとね。キングレオが代替りしてから締め付けが厳しいと聞くけれど、それでもハバリアはこの大陸最大の貿易港ですからね。」 また別の小さな部屋に入って、オーリンは真ん中の敷石に乗った。また不思議な仕掛けが働いて、上に移動した。マーニャはランタンの明かりで上がってきた部屋を見回すと、オーリンのランタンを待たずに暗やみの中を出口へとスタスタ歩いていってしまった。 「マーニャお嬢様はすごいな。猫やフクロウのように暗くても大丈夫になったのかな。」 オーリンが首を捻るとミネアが大笑いした。 「姉さんの頭の中には、この階の地図が全部入っているんです。」 「ふぅん。・・・・それもまたすごいね。・・・・・・」 （無理ないわ。あんなに右往左往したのだもの。） 「ね〜！二人とも早く出てきてよ！そうとうお日さまが傾いているわ。日のあるうちに野宿の場所を捜さなくっちゃ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ オーリンが加わって旅はますますにぎやかになった。昔の懐かしい話や、離れ離れになっていたときの出来事を歩きながら話し、食事の時間になるとオーリンが槍で鳥や獣を捕まえて、姉妹が美味しいスープや炒めものをつくった。魔物との戦いも格段に楽になった。槍の通りにくい魔物はマーニャの呪文がとどめを差し、呪文が効きにくい敵にはオーリンの力がものをいった。そして疲れた二人をミネアが優しく回復の呪文でいたわった。 三人は洞窟から東にずっとすすみ、それから北上を続けた。右手には海、左手の奥にはキングレオ城がある位置関係だ。 そのあたりに、姉妹は小さい頃遊びに行った思い出があった。まだキングレオを優しい立派な王が治めていた頃、父と一緒に乗り合い馬車に乗ってお祭りに出掛けたのだ。途中、何台もの荷馬車や何人もの旅人とすれ違い、気持ちのいい挨拶をしたものだった。街道の両脇には草花が咲き乱れ、馬が休んでいる間、二人して綺麗な花冠をいくつもいくつも編んだっけ・・・・・ しかし回りの様子は一変していた。街道は荒れ、行き交う馬車の姿はまばらだ。まだ夏だというのに、花は一輪もなく、緑の草もない。少し離れたところに灰緑色の森。枯れた色の背丈の低いいら草の茂みだけが、荒涼とした平原に点在していた。ミネアは肩をそびやかした。 「どうしたの？この暑いのに寒気でもする？」 マーニャがミネアの顔を覗き込んだ。 「・・・・ううん。ただ、なにか邪悪なものの気配を感じて・・・・・魔物も増えてきたし・・・」 「そうよね。魔物が居るから旅人も通らない。あたしがせっかく大道芸やろうって身構えてるのにね。あ〜あ、体がなまっちゃうのよね。」 オーリンが笑った。 「よければ踊って欲しいです。マーニャお嬢様の踊りは一年前に見たきりだから。」 「う〜ん。観客が身内だとあたしって燃えないんだけどなぁ。・・・あっ、また魔物よ！」 がさがさっと音がしていら草の茂みから何者かが出てきた。その魔物の姿を確認したとたんに三人はほっと安堵の息を漏らした。 「なーんだ。おどかしてくれるわねぇ！」 魔物は青い半透明のかたまりで、コーミズ村のあたりにも出没するスライムという生き物だ。お転婆だったマーニャが、小さい頃に覚えたての呪文でやっつけたことがある弱い魔物だ。ミネアは身構えたが、マーニャはいまさらそんなものに構っちゃいられないわとあさっての方を向いて溜息をついた。 「ミネア、いい練習よ。あなた、自力でやっつけてごらん。」 「・・・・いいけれど・・・・姉さん、どうも様子がおかしいわ。」 スライムはわらわらと集まってくる。オーリンが槍、ミネアが鞭で五匹程を倒したが、かなりの手応えだ。いやな予感がミネアを襲った。そして・・・・そして八匹のスライムが集まって突然行動を開始した。 「マ、マーニャお嬢様。これはただのスライムじゃない！」 オーリンが叫んだ。が、マーニャは涼しい顔だ。 「姉さん！姉さん！こっちを向いて！」 マーニャは相変わらずそっぽを向いている。 「・・・ただの異常発生よぉ。ようし、あたしが一気にかたをつけちゃうわね。」 と、向き直ったマーニャはぽかんと口を開けた。そこにはみあげるほどに巨大なスライムがそびえていた。 「な、なによこれ！いつこんなのが出たの！」 ミネアは鞭をスライムに打ち込んだが全くこたえた様子がない。 「いったじゃないの！こっち向いてって！スライムが集まってそんな大きなのになっちゃたのよ！」 「うっそー！」 巨大なスライムはマーニャに体当たりをしてきた。マーニャはすっとんで腰をしたたかに打ち付けた。」 「いったーい！よくもやったわね！」 「姉さん！腰をさすっているよりも早くよけて！また行くわよ！」 マーニャが起き上がると巨大スライムが突進してくるのが見えた。 「ぎゃ！」 マーニャは飛び退き、間一髪で逃げた。 「くっそぉ！火の球ぶつけてやる！」 巨大スライムはマーニャに向き直ると体の表面から紫色の霧を吹き出した。 「小細工するんじゃないわ！あたしの呪文を受けてご覧！」 マーニャは超特大の火球を投げ付けたが、火の玉は霧の表面で消えてなくなってしまった。 「？どういうこと？」 「姉さん！これ、きっとおばばさまがおっしゃっていた呪文をかき消す魔の霧よ！」 「え〜！そんなのあり？」 マーニャは何度か火球をぶつけた。 「どうしよ！本当だわ！ぎゃ！又こっちに向かってくる！どうしよう！」 「と、とにかく逃げて！」 きゃあきゃあ叫びながら逃げ回るマーニャを前にミネアには成すすべがなかった。鞭は効かない。攻撃の呪文は敵に届かない。彼女にできるのはもしもマーニャが怪我をしたときに回復の呪文を投げ掛けることだが、それすら霧のなかでは無駄なのだ。 「オーリンさん！」 オーリンは槍を構え、じっと狙いをつけている。ミネアは叫んだ。 姉さん！ずーっとまっすぐ走っていってそこから直角に急に曲がってみて！」 「逃げ方にまで注文付けないでよ！」 それでもマーニャはいら草の茂みを飛びこえるところまで全速で走っていって素早く身を翻すと左に曲がった。魔物はマーニャを追って一瞬動きを止めた。 「今よ！オーリンさん！」 オーリンはその機会を逃すことなく魔物の体の中心に槍をいこんだ。魔物は破れた皮膚からどろどろの液体を流しだしてしぼんでしまった。 ミネアとオーリンは座り込んでゼイゼイいっているマーニャに走りよっていった。マーニャはかぼそい肩を上下させて立てないでいる。オーリンはマーニャの素足にささったいら草の刺を抜いてやり、ミネアは擦り傷や切傷を癒してやった。そして姉に抱きついた。 「良かった！どうしようかと思った。呪文が効かなくなるなんて私・・・・私・・・・姉さんが殺されるんじゃないかって・・・・」 マーニャはミネアに笑ってみせた。 「全くどうしようもない魔物よね。・・・・あたしをこんなに走らせてさ。ただでさえいいスタイルがますます良くなっちゃったじゃない。」 心配そうにマーニャを覗き込んでいたオーリンも、この言葉に笑ってしまった。 「・・・・これからあいつに出会ったら、こっちが先手を取って呪文をぶつけなけりゃね。」 「そうね。私達、相手に呪文を封じられたら攻撃することができなくなってしまうわね。」 オーリンがマーニャの手を引いて立たせた。 「そのときのために俺がいるんですよ。初めての敵には苦戦するものですよ。・・・さあ、ハバリアまでにはまだたくさんの魔物がでる。気をつけて行きましょう。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ハバリアの町にほどちかい場所で、マーニャは高笑いしていた。 「ざまをご覧！舞姫マーニャちゃんの実力を思い知れ！」 彼女の前には黒く焦げてずぶずぶと煙をあげている巨大なスライムの残骸がころがっていた。 「・・・・・ミネアお嬢様。マーニャお嬢様の火球の威力はますますあがったようですね。まるで大きな花火のようだ・・・・」 オーリンが目を見張っていった。 「・・・・一番初めの時にひどい目に合わされて以来、出会い頭に呪文をかけて倒すことに姉さんは燃えているんです。私のかまいたちの呪文ではあの巨体があたり一面に飛び散るから火球の方が向いてはいますけど・・・・でも、姉さんには武器の扱いも練習して欲しいわ。」 ミネアはオーリンが予備に持って歩いていた青銅の槍を握り締めた。オーリンはそんなミネアを見て顔を曇らせた。 ”バルザックの奴がエドガン先生を殺さなかったなら武器を取って戦う事無く幸せな毎日を送っていただろうに。この人には武器も攻撃の呪文も似合わない。” 「オーリンさん？どうかしましたか？」 「ん？いいや。さて、あと一時も歩けば町につく。」 スライムの死体にさんざん悪態をついていたマーニャもミネアに促されて町への道を急いだ。 「うわぁー！さすがに大きな町ね。モンバーバラみたいな熱気はないけれど建物や道はやたらと立派。」 マーニャは町の大門で中を覗き込んで歓声を上げた。そのマーニャたち三人を、門の両脇に立っている兵士がじろじろ見ていた。そして歩いてくるとマーニャを両側から挾んだ。オーリンが出ていこうとしたが、ミネアに何事か囁かれて出しかけた足を止めた。 「お前たち、何者だ。町の者ではなさそうだし、商人ならばキングレオ王からの通行許可証があるはずだ。」 マーニャはあでやかな職業わらいをしてみせた。 「あたしは踊り子。しらないの？これでもモンバーバラじゃちょっと売れた顔なのよ。」 「こっちの二人もそうなのか？」 「違うわよ。見てわかるでしょう？この子占い師よ。あたしの妹。今回は町の見物にきたの。」 兵士は槍を持ったオーリンをじろじろ見ていた。 「やだぁ。この人は怪しいものじゃないわ。あたしたちの護衛役よ。ほら、ここいらって魔物が出るでしょう？それに、若い娘には”ゆ・う・わ・く”が多いじゃない。ねえ、素敵なお兄さんたち、あんまりい・じ・わ・るしちゃいやぁん 」 兵士はマーニャにしなだれかかられて咳払いを一つすると三人を通した。 町のなかに入ってしまってからミネアとオーリンは顔を見合わせて笑った。 「何よ二人して。なんかイヤなかんじだなぁ。」 マーニャが不審がるとオーリンが答えた。 「いやあ。ミネアお嬢様がいったとおりだったから・・・・・」 「ミネア・・・・なんて言ったの？」 「え？ああ、男のひとをうまく丸め込むのに慣れているから無事に町に入れる・・・・って。」 「そう、あたしは男を丸め込むのに慣れて・・・・・・何よ！あたし、男を丸め込んだりしたことないわよぉ！・・・・まあ、それはともかくとして・・・・町のなかにも兵隊が多いわね。」 灰色の石が敷きつめられた道には兵士が数人歩いていた。皆、大きな態度をして腰には長剣が差されている。傍らを歩いていく町人の姿は縮こまっている。 「キングレオが相当力を入れて支配を強めているようですね。」 「ええ・・・・さあ、まず宿を取りましょう。」 「えーっ。まずお店めぐりするんじゃないのぉ？」 「もう、姉さんったら。荷物も置きたいし、泊まるところがなくなったら困るでしょう。」 「・・・・堅実というか、年寄り臭いというか・・・・・・」 「姉さんッ！」 ミネアの心配は全くあたらなかった。高台にある洒落た宿は半分近くが空室だった。ミネアとマーニャは自分たちに割り当てられた二階の部屋の窓を開けた。青い海が真っすぐ前に見え、爽やかな潮風が二人の長い髪をなびかせた。 「とても素敵なお部屋ですね。気に入りましたわ。こんないいお部屋があいていたなんて・・・」 部屋に水差しを届けてくれたまだ年若い宿の女将はミネアが声をかけると微笑んだが表情はさみしげだった。 「どうかなさいましたか。」 女将はカーテンをちょっと直すと控えめな声で話しだした。 「・・・例年、海の見えるお部屋はいつも予約でいっぱいなんです。この町は避暑にも最適ですから。でも、今年は・・・・・キングレオの王さまが代替りしてからというもの、この町に沢山の兵隊がやってきて自由な取引を規制するようになりました。いまではキングレオに従わない商人は罰せられ牢屋に入れられます。町に活気がなくなるのと同時にこの宿にくる人の数もめっきり少なくなり・・・・・あ、わたしったらお客さまに向かってとんだ愚痴を・・・」 女将が行ってしまうと、ミネアは女将の悲しそうな顔を思い出して椅子に座って頬杖をついた。 「・・・・・キングレオは予想以上の悪政をしいているらしいわね、姉さん・・・・もしもバルザックがキングレオ城で相当な地位についているとしたら、あまり目立った行動は取らないほうがいいかもしれないわ。」 まだマーニャは窓から身を乗り出して風に吹かれている。 「・・・・ミネア。王のせいで泣くのはいつも庶民よ・・・・一番偉い奴が一番悪いんだわ。」 「姉さん・・・・・」 「こう活気がなくちゃ、この町でいい男を捜せそうにないわ。」 「姉 さ ん ！ 」 マーニャは舌を出した。 宿でひとごこちついた二人は早速武器などを買いに出掛けた。オーリンは別行動で情報集めだ。まず二人は簡単な防具も置いてある大きな仕立屋を訪ねた。 「私達が使うのですけれど、長旅をしますので、魔物と出会う機会も多いと思うのです。・・・・私にも使えそうな鎧はないでしょうか。」 主人はじっとミネアを見ていたが残念そうに口を開いた。 「たしかにうちには女剣士様の使うような革鎧はありますが、あなたにはご無理でしょう。革とはいえ相当の重さがありますよ。持ってご覧なさい。」 ミネアはちょっと持ってみて、主人の言葉が的確だと悟った。 「軽いもので守備力の高いものは例えば”みかわしの布”で縫った魔法の服がありますが、そっちのほうはあなたの予算と合わないでしょうし。」 ミネアは念のために値段をきいてみたが溜息をついた。 「・・・・すみません。普通の旅用の服で結構です。丈夫なものを・・・・」 主人が何点かを積み上げるとミネアはひとつづつ手にとっていたがが姉を呼んだ。 「姉さん。」 ふりむくと、ミネアはレース飾りのついたドレスを体に当ててニコニコしていた。 「ねえ、ミネア。これどうかしら？」 「駄目！」 「そうかなぁ。我ながら似合うと思うんだけど？」 「そういう問題じゃないの！舞踏会にでるのじゃないのよ！はい！こっちの灰色のと紺色のとどっちがいいかしら。」 マーニャはげっとなった。 「もう、あんたは実用第一主義なんだから。あんな武骨な服着てあるくの恥ずかしいわ。踊り子の服の方が身軽でいいわよ。」 「・・・・私はそっちの方が恥ずかしいと思う。」 マーニャはけらけらと笑った。 「わかってるわよ。あたしも時と場所をわきまえるから。今だってマントを羽織っているでしょう。でも、武器の方はいいのが買えたわね。・・・王さまのお達しとかで品薄だったにしては。」 マーニャは鉄でできた扇を拡げてみせた。 「重くて手首が太くならないかって心配だけど、手にしっかりなじむのよね。・・・・・あんたは物騒なの買ったわねぇ。」 ミネアは短剣を買った。ただの短剣ではない。毒蛾のリンプンがまぶしてあって触った敵をまひさせることができるのだ。さらに、鉄の玉がついた鎖を棒に固定したものも買った。モーニングスターというものだ。 「あの棒をふりまわすわけ？男の子寄ってこなくなっちゃうわよ。」 「鞭と扱いが似ているかと思って・・・・薬も買い足したしあと特に買物はないかしら？」 「あ、ある。」 マーニャはミネアの腕を抱いて一軒の店の前に連れていった。華やかな看板が目を引いた。 ”紅・白粉” そう書いてある。 ミネアは首を振った。 「お金は節約しなくっちゃ。いまは大事なときだもの。」 マーニャは店のなかに妹を押し込んだ。 「いいこと？これは真面目な話。こんなときだからこそこういうものを買うの。ただし、二人共用よ。紅と白粉とアイシャドー。はい、革袋出して。」 ミネアはコクンと頷いて懐から革袋を取り出した。 「さ、選びましょう。長持ちしそうないい品物をね。」 オーリンは宿屋で、姉妹が買物から帰ってくるのを待ち受けていた。そして二人の部屋に行くと寝台に姉妹を腰掛けさせ、書き物机をその前に運ぶと、自分は椅子を持ってきて座った。手には何やら書き付けた紙がある。 「町の噂をきいてみたところ、色々な情報が集まりましたよ。」 マーニャが瞳を輝かせた。 「バルザックの行方がわかったの？」 オーリンはゆっくりと首を横に振った。姉娘は残念そうに肩を落とした。 「そうしょげることはないです。この町ではもっともっと情報が仕入れられそうですからね。きっとバルザックのこともわかります。・・・・・俺が聞いたのはキングレオの城でなにかが起きているってことです。城ではマーニャお嬢様も知ってのとおり、若い娘をたくさん召し抱えているんです。この町からも何人もの娘が城に奉公にあがったそうです。・・・・ところが誰一人として帰ってきたものがないんですよ。奉公に上がった娘は身寄りのないものが多くそこのところもひっかかる。お城というものは普通は家族の揃っている娘を選びそうなものでしょう？・・・・おふたりとも、どう思いますか？」 「どうって、オーリンは何か予想しているんでしょ？早く言ってよ。」 マーニャが急かす。ミネアは机のうえに手を組んで、オーリンの表情をじっと見守っていた。 「・・・・・俺は思うんです。その娘さんたちは、お城でなにか良くないことの手助けをさせられているのではないかと。・・・王が代替りしたあともしばらく城に出入りしていた商人の話では、娘が使うような服や装身具を大量に注文していたそうです。だから、虐待を受けているばかりでもない・・・王のなぐさみものにされたあとに殺されているのかも・・・・とにかくこんな具合でキングレオには必ず何かがある。何日かここにとどまって情報を集めることにしましょう。俺は商人や職人や船乗りたちをあたってみます。お嬢さまたちではなめられてしまうかもしれないからね。」 ミネアは真剣な表情で水晶玉を差し上げた。 「私は占いの店を開いてみます。そして・・・・いけないことですけれど私の力の及ぶ範囲でお客さまたちの心を少し覗かせてもらってバルザックの居所を捜します。」 「ふふっ、ミネアが得意の占いをするなら、あたしも十八番の踊りを踊るわ。酒場で踊って酔っ払いから聞き出してやる。」 「大丈夫かしら。」 「大丈夫かなあ。」 ミネアとオーリンが口を揃えた。 「なによぉ！文句あるの！」 「・・・・だって姉さんは酒癖が悪いから・・・・・・」 マーニャはすうっと目を細くしてミネアを睨む。 「あたしは踊りに行くんでお酒を飲みに行くんじゃないわ。・・・・・オーリンにまで言われるとは・・・・・」 「いや、俺は、酒場で派手に人目をひくと、バルザックがキングレオに居るとしたら兵士をつかってマーニャお嬢様をとらえるかもしれないと・・・」 「お心遣いはありがたいけど、バルザックご本人は、あたしが踊り子になったってことも、仇を討とうと旅していることもしらないのだから。」 「そうですか？しかし、酔っ払いにからまれたら・・・・」 「平気よぉ。呪文でふっ飛ばすわ。」 それこそ本当に怖いことだとミネアは思った。 「とにかくこの町は広いんだから。三人で手分けしてがんばりましょ 行動開始よ！」 早速出掛けようとするマーニャの肩をミネアが掴んだ。そして手を差し出した。 「・・・・な・・・何よ。」 「さっきお店で渡した革袋。」 「・・・・あんた、覚えてたの・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ハバリアで、はや五日が過ぎた。夜も更けた街角、ミネアは客が途絶えたわずかな暇に、占い料を数えて革袋に入れ、街角に置いた椅子の上で軽くのびをした。 キングレオ城についての情報は数多くあったが、核心部についてはなんら得る所がなかった。ハバリアに派遣されている兵士たちは、王その人に会ったこともなく、集まってきた娘たちがどんな運命をたどったのかも知らなかった。娘たちは城にきた当初は何不自由なく与えられおもしろおかしく暮らしているのだが、一ヵ月ほどして姿を消すらしい。・・・・・父の仇、憎いバルザックのことを知るものはなかった。城にいるとすると王のそばに仕えているのだろうか。 頬に傷がある目付きの鋭い男が城内を歩いているのを見たという情報を提供してくれた兵士が一人だけいた。オーリンがバルザックに与えた傷は頬と脇腹。それがバルザックなのだろうか。 ミネアは水晶玉に手をかざし、黒い生真面目な瞳で自分たちの運命を占おうとした。水晶玉はミネアの想いに答えようとめくるめく輝き未来の姿を見せようとしたが結局何ら浮かび上がらせることはできなかった。しかし、別のものが浮かび上がってきた。大きな一つの光とそれを取り巻く七つの光。リアルマおばばの水晶に映ったものと同じだ。そしてそれぞれの光は人間の姿に変わっていった。 「これは・・・・」 ミネアは目をこらした。中心の大きな光はどうやらまだ年若い剣士のようだった。顔の表情までは見えない。まわりの小さな光は七つのうち三つまでは女性のようだった。長い髪がかろうじてわかる。ミネアは尚も念をこめて覗き込んだが水晶玉は完全に白く濁ってしまいそれ以上のことを見せようとはしなかった。 占い師は溜息をついた。水晶玉に自分たちの未来はやはり映せない。未来がわかるのは他人のことだけ。それもこれからの人間の行動によってかわりうる流動的なことは神秘のヴェールに包まれてはっきりとした姿を見せることは少ない。 ぎゃーっと言う男の悲鳴が遠くから聞こえてきた。 ”喧嘩かしら？” 悲鳴に混じって不明瞭な、だが聞き慣れた甲高い声が聞こえてくる。ミネアは急いで店仕舞いをして悲鳴の方に走った。 ”もう！姉さんの馬鹿！” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ マーニャは五日前から酒場のマスターに頼み込んで踊りを踊らせてもらっていた。いきなりのことでマスターは面食らったのだが彼女の踊りを見て、その場でうんと言ってくれたのだ。酒場で働いているジルという娘とも意気投合し、酔っ払いたちを相手に結構楽しく情報収集をやっていた。 この日も何曲かを披露した後、マーニャは男たちのテーブルに招かれて話に加わりなんとかバルザックのことを聞き出そうとしていた。 「おーい、ジルちゃん。こっちにもう一杯だ！」 赤ら顔の兵士が大声を張り上げる。 「はぁーい、今行きまーす。」 「ジルちゃーん、おらの嫁さんになっておくれよぉ〜お願いだよぉ〜」 すっかりできあがった田舎者らしい若者がジルの肩に手を回してくる。ジルは笑って若者の手から擦り抜けた。 「大忙し、大忙し！お話はまたあとでうかがうわ！」 「ジルちゃーん。おらは本気だぞぉ〜」 若者は椅子に座り込むと、大きないびきをかいて眠り込んでしまった。ジルは大きな盆のうえにたくさんのグラスを乗せて甲斐甲斐しく客をもてなしている。こんなに毎日客が集まるのは珍しい。マーニャの踊りが客を呼んだのだ。 マーニャは男たちに笑顔を振りまき、適当に相づちを打ったり大げさに驚いて見せたりした。いい具合に酒の回った男たちはこの美人の踊り子に心を許しべらべらと喋りまくった。 「ふぅ〜ん。それじゃあ、お城に来た子たちって、綺麗なドレスを貰って一日中遊んで暮らせるのね。夢みたいにいい話だわ。・・・・・あたしも行ってみたいな。でもあたしじゃ無理かもね。」 下級兵士は笑ってマーニャの腰を抱き寄せた。マーニャはひきつった笑いを浮かべて耐えた。 「無理なもんか。お前は城にきたどんな娘より綺麗だぜ。城の娘は皆が皆美人というわけではなくてね。健康なことは健康なんだがな。・・・・それに、王様から”お召し”がかかったらあとはどこにいくのやら・・・・ああ、王様はずるいぜ。あんなに沢山の女たちを侍らせて楽しんで・・・・」 二日前にも似たような話を聞いた。 「・・・・沢山の子がどこにいっちゃうかわからないほどお城って広いの？」 「ああ、高い塔もあるし地下室もある。化物も居るんだぜ。」 「いやぁ〜ん。怖い。」 「ふっふっふっ・・・・夜になると城のどこかからこの世のものとは思えないうなり声が・・・・・」 「あーん。やめてよ。意地悪ぅ 」 「弱虫だな、お前は。まあ飲め。」 マーニャの前にグラスが置かれた。 「せっかくだけど、あたしは飲めないの。舐めるだけねっ 」 マーニャはちょっと口を付けただけで別のテーブルに行った。ジルはマーニャのことをちらりとみたが、また慌ただしく手を動かしはじめた。ジルはミネアに会ってマーニャに酒を飲ませないように頼みますと強く言われたのだ。しかし今日のジルは少し忙しすぎた。マーニャは自分自身も気付かぬうちにかなりの量を飲んでしまっていた。 「だっからぁ〜、お城のことをよーっく知りたいのよぉ〜」 男はマーニャを膝の上に抱えた。 「城のことより、俺のことを知ってくれよ。」 「いやーよ！お城のことぉ！こらっ教えなさいよぉ！」 男は答えないで、マーニャの形の良い胸に手を延ばした。 「あにすんのよぉ！」 マーニャは乱暴に手をはらいのけたが、男は下卑だ笑いを浮かべてこんどは肩を掴んだ。男の仲間の兵士二人も目を欲情に光らせて彼女の手足を押さえ付けた。まわりの商人らしき男がそれに気付いてマーニャを助けようとしたが、兵士に軽く薙ぎ倒されてしまった。ジルは酒場の壁に貼りついて、盆を持って震えていた。 ”マーニャさんにお酒を飲ますと恐ろしいことが起こるって、こういうことなの？” その直後、兵士はぎゃーっと悲鳴をあげた。何やらわからないが小さな火の玉が飛んできて髪を焦がしたらしい。 「ざまをみっ！わかっちゃか。あちしに手ぇ出すと、痛い目にあうのらわよ！」 マーニャが立ち上がって啖呵を切ると、兵士たちは向かってきた。 「このアマ！俺たちをなめるなよ！」 「あんたたちなんきゃ、きちゃなくてなめらんないわよ！」 頭にきた兵士が剣を抜いて切り掛かると、マーニャは見事な身のこなしでかわした。はからずも、客から拍手が起こる。 「ほんじゃ、あちゃしも行くわよ！」 マーニャは少し大きめの火球を投げ付けた。しかし酔っているせいか、狙いがはずれ、テーブルが一つ砕け散った。 兵士たちは一辺に酔いが醒め、本気で切り掛かってきた。マーニャはぼーっとして半分眠ったような瞳で押し寄せてくる男を眺めた。 「うるさいわね！せっかく皆がいい気持ちでお酒を飲んでるのに、荒っぽいことしちゃってさ！」 彼女はすうっと息を吸いこんで別の呪文を唱えた。火球ではない。三人の兵士たちの上で爆発のようなものが起こった。兵士は髪を焼かれ、悲鳴をあげた。 逃げ惑う男を追い掛けて、鉄の扇で頭を殴って気絶させるとマーニャは満足そうな微笑を浮かべ、その場に寝転がって眠り込んでしまった。 ミネアが息急き切って駆け付けたときにはすべてが終わっていた。マスターとジルは壊れたものを片付けている。ミネアは思わず目をおおった。 「すみません！姉さんがやったんですね！」 ミネアが深々と頭を垂れるとマスターは彼女の肩をとらえて揺さ振った。 「それどころじゃないんだよ！たった今、巡回の兵士たちが来て、酔って眠りこけているあんたの姉さんを連れていってしまったんだ！」 「姉さんを!?」 「仲間がひどい目にあわされたのを見て、有無を言わさず町の牢に引っ張っていったぞ・・・・・どんな目に合わされるか・・・・」 ミネアは気が遠くなっていくのを感じた。ジルが元気づけるようにぎゅっとミネアの手を握った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ミネアは大きく深呼吸してから、兵士の詰め所の地下にある牢屋の入り口へと向かった。ミネアから事情を聞いたオーリンが鉄の槍を持って物陰から窺っている。武器を使うのは最後の手段だ。三人揃ってお尋ね者になっては今後の行動に差し支える。 ミネアは緊張が顔に出ないように注意しながら、番に立っている兵士に近付いた。 「私の姉がこちらにお世話になっているはずなのですが、どうか出して戴けませんでしょうか。」 兵士はミネアの顔かたちをみて、一目で自分たちが叩きこんだ若い娘の姉妹だと確信した。先輩格の、四角い顔をした兵士が首をふった。 「確かにお前の姉はこの牢獄に居るが、出す訳にはいかん。兵士を三人傷つけたのだ。罪を償わねばならん。あきらめて立ち去るがいい。」 ミネアは呪文の準備をし、口を真一文字に結ぶと兵士を見据えた。オーリンも槍を構える。 しかし、もう一人の兵士が仲間に耳打ちした。すると男は薄笑いを浮かべ、丁寧な口調になると、ミネアに道を開けた。 「とはいうものの、俺たちにも情けがない訳ではない。面会くらいは許してやろう。今晩ゆっくり別れを惜しむが良い。」 ミネアは、兵士たちが何かを企んでいるのを感じたが、言われたとおり地下牢へと降りていった。兵士はにやりと笑って、ミネアが下まで行ったのを確認するとばたんと入り口の戸を閉めて外から閂をかけた。 地下牢への階段は狭く汚れていた。明かりは小さな獣脂蝋燭があるきりだ。壁をつたうようにして下まで降りると、いくつもの小さな牢が並んでいた。 「姉さん？マーニャ姉さん。どこ？」 返事はなかった。ミネアがもう一度呼び掛けると、近くの牢からしわがれた声がしてきた。 「若い綺麗なお嬢さんなら一番奥の右側の牢に居るよ。」 「ありがとう。」 暗くて姿の見えない囚人に感謝の言葉を投げると、ミネアは奥に進んだ。姉が居るとおぼしき牢の前にしゃがんで話し掛ける。 「姉さん？」 返事がない。 「姉さん！・・・・返事もできないほどひどい目に会ったの？姉さん！姉さん！」 心配して大きな声を出すがやはり返事はない。泣きそうなミネアが俯くと、スウスウ聞き慣れた姉の寝息が聞こえる。ミネアの張りつめた心がいっぺんにほどけた。 「もうっ！人に心配させて！」 水晶玉を取り出して呪文を唱え、幽かに光らせると気持ちよさそうに身をちぢめて寝ているマーニャの姿が認められた。 「・・・・・でも、姉さんがこんなに陽気でおおらかだから、私は挫けないで仇のバルザックを捜す旅を続けられたのかもしれないわ。」 独り言のようにミネアが言うと、暗やみから声がした。 「娘さん。あんた今、バルザックと言ったかね？」 「え？ええ・・・」 水晶玉を向けると、向かいの牢に髭がぼうぼうにのびた中年の男がじっと彼女を見ていた。 「私は昔キングレオに出入りしていたご用達の商人だが、新しい王にさからった商売をしたのでいまはこの有様だ・・・・・牢に入る前、キングレオの城で、たしかにバルザックという名を聞いたことがある。相当な地位を持った男らしく、私が商売上懇意にしていた大臣自らが相手にしていたような記憶がある。なんでも秘密の通路を通ったところにある部屋に居るらしいが・・・・・」 ミネアは男の入れられている牢の鉄格子にすがった。 「秘密の部屋とはどこにあるんですか？教えてください！バルザックは私の父を殺した憎い仇なんです。」 「・・・・そうか・・・・残念だが私にもわからないよ。ただ、大臣・・・国務大臣のギースならば知っているはずだ。・・・・もし、もしもあんたがキングレオの城に行くだけの勇気があるのなら、ギースのそばで大きな音をたててごらん。奴は昔、圧政に耐えかねたアッテムト鉱山の炭坑夫に吊し上げられて、小さな小屋に押しこめられた上で大砲を撃たれたことがある。もちろん空砲だったが。だがギースはあの音を聞くたびに発狂寸前になるそうだ。だから助けを求めてきっと秘密の通路に飛び込むだろう。なにしろその先は一番守りの固い部屋だそうだから・・・・」 ミネアは囚人に何度も礼を言った。囚人は首を振り、鉄格子を握ったミネアの手に手を重ねた。 「まずここから逃げることを考えなさい。・・・・・・私の娘は私と一緒にとらえられ、城に送られてしまったんだ。あの兵士はきっとあんたと姉さんを城に送って報奨金を得るつもりだよ。私にはどうすることもできないが・・・・」 がたんと音がして先程の二人の兵士が降りてきた。手には縄と手枷が握られている。 「私をどうするつもりですか？」 凛とした声でミネアが言った。 「お城にいくんだぜ。楽しく暮らせるし、お前たちのような美形の娘を連れて行きゃあ大きな褒美がでるんだ。騒ぐなよ、上には十人ばかりの仲間がいるんだからな。」 「せっかくですけれど、あたしも姉もお城に行く気は全くありませんわ。」 兵士は縄を持って近付いてくる。 ミネアは懐から金を入れた革袋をさっと取り出した。 「取引しようって言うのか？」 「ええ。姉があなた方の仲間にひどいことをしたのは真実ですから。」 しかし、兵士の顔に浮かんだ薄笑いは消えず、近付く速度も変わらなかった。ミネアは続けた。 「考えてみてください。確かにあなた方は王様から褒美を受け取るかもしれない。でもそのあとは？姉さんはお酒が入るといつもああなんですよ。今日はまだいいほう。王さまとグラスを傾けていて、もしものことがあったら・・・・あなた方はどんな罰を受けるでしょう。私も姉と同じ血を受け継いでいます。いざとなったら何をするかわかりませんよ。・・・・それでもどうしてもというならどうぞ。さあ、決めてください。危ない橋を渡るのを覚悟で私達を連れていくか、それともここにあるお金を受け取るか。」 兵士たちはしばらく考えたうえで手をのばし、金袋を受け取った。そして金の重さを確かめたうえでマーニャの牢の鍵を開けた。ミネアは姉の体を背負うように支えると地上への階段を一段一段昇っていった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ マーニャはさわやかな潮風の吹き込む部屋ですがすがしい朝を迎えた。 「あ〜っ！よく寝たぁ 」 横ではミネアが怖い顔で睨んでいる。 「どぉしたのよ。」 ミネアが昨晩起こったことすべてを順序だてて話すとマーニャは嬉しそうにはしゃいだ。 「うふっ それじゃあたしの活躍でバルザックの居所がわかったって訳ね！」 「・・・・・大変だったのよ。私、眠りの呪文を使いたかったのだけれど、あの酒場の様子をみたら姉さんにも罪があったのじゃないかと思ったし、もしも呪文を使ったって他の兵士にわかってしまうのは目に見えているし。いくらオーリンさんが強くても、へべれけになってる姉さんがいてはどうしようもない。・・・・・・姉さん、姉さんの行動はどうひいき目にみても”怪我の功名”だと思うわ。」 「でも、あたしが酔ってあばれたからこそその囚人さんに会えたんじゃない。」 ミネアは姉の相手にならず、バルザックのことを教えてくれた囚人のことを思った。本当に運命とはわからないものだ。見ずしらずの人がこうして自分たちのことを助けてくれる。何か大きな存在が自分たちを見守ってくれているような気がした。 「ま、一先ず万万歳よね。」 「・・・・・・お店の修理代と、兵隊に渡した分とでほとんどお金がないのよ、姉さん。」 マーニャは”それがどうしたの”とでもいいたげに微笑んでいる。 「お嬢さんたち。すぐにでも爆薬を手に入れましょう。町では手に入らない。あるとすれば鉱山町のアッテムトだろうな。」 オーリンが明るく言うと、ミネアは頷いた。 ”バルザックを倒し、・・・・・できればキングレオの圧政から人々を救いだしたい・・・・” ミネアは目を上げて遥かな大海原を見つめた。 |
| オーリン加入です。サントハイム組とはまた少し違った３人旅ですね。 管理人の頭の中では、ミネアはオーリンと仲がよく、コーミズ村でもかなりいい加減な性格をしていたマーニャを共同戦線をはってお説教していた、なんて考えてます。みなさんはどうですか。 |