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| エンドールについた商船を、いくつかの武器を背負ったトルネコは笑顔で下船した。去りぎわ、桟橋でボンモールから商船の監視を続けていた兵士に声をかける。 「ありがとうよ。いい旅だった。」 兵士も軽く会釈した。 「ああ、がんばれよ。与えられた仕事が成功することを祈っているぜ。」 ”もちろん成功させるとも！” トルネコは腹の中で兵士にあかんべえをした。 リック王子がトルネコに渡した紙は、王の署名がしてあり、こともあろうにトルネコがエンドールに潜り込む間諜だということを示す通行章だった。レイクナバの素人芝居で鍛えた度胸と長年の武器屋勤めで覚えたはったりで、船中間諜役を演じ通したトルネコである。兵士もすっかり信用してしまい、先程の会話となったしだいだ。 もともと他国と付き合わず孤立ていたボンモールはエンドールとも交易はほとんどない。船は、トルネコともう一人の男を残して出ていってしまった。この男も間諜らしかったが間諜同士の交流はしてはならないのが規律らしく、上陸と同時にどこかに消えていった。トルネコにとっては有り難いことである。 トルネコはよっこらせと荷を背負い直して桟橋から港の中心へと歩いていった。港は活気があり品物を運ぶ荷車が右往左往している。大きな商船が並び、各国の旗をマストにはためかせている。 ”このような大規模な船に荷を積んで交易ができたらなあ。” しばし上を向いて嘆息し、いかんいかんと足を進める。早く手紙を届けねばならない。 城下町に入ると、その壮大さに心奪われ、立ち並ぶ商店の数に驚愕し、商店に並ぶ品の豊富さと質の良さに感激し、町を歩く娘たちの垢抜けた美しさ（もちろんネネには劣る！）に目を見張り・・・・・しばし役目を忘れ町中で舞い上がるトルネコであった。 ぼーっと立ち尽くしていたのであろうかトルネコにぶつかってきた通行人があった。それでトルネコは我に返った。 つきあたってきたのはいかめしい表情をした筋骨逞しい武装した剣士だった。トルネコは縮み上がった。 「これは剣士様。失礼いたしました。つい気を取られておりまして・・・・」 剣士は顔に似合わず落ち着いた静かな声で言った。 「いや、私が不注意だったのだ。人を捜しているのだが。・・・・・お主、勇者の話を聞いたことがないか？」 「・・・・勇者？それはどういう方なんですか。」 「・・・・・・世界に魔物が増えてきたのは、再び邪悪な魔王が君臨する前触れだというのだ。その魔王を倒せるのはその方だけなのだ。今、勇者は十六歳くらいに成長しているらしいが。」 トルネコはびっくりした。魔王が世界に君臨するとは一体全体何のことだろう。この剣士は気が狂っているのだろうか・・・いや、これは狂人の目ではない。 「残念ながら・・・・私はこの国に来たばかりの商人ですから、この国の人なら何か知っているかもしれませんよ。ここにはたくさんの人がやってきますからね。きっと見つかりますよ、あなたになら。」 剣士は少し表情を和ませると立ち去ろうとした。その時、トルネコの心のなかに不思議な力が働きかけ剣士を呼び止めさせた。 「剣士殿、私は武器商人のトルネコと申します。あなたのお名前は・・・・」 剣士は振り向いた。 「私の名はライアン。バトランドの宮廷戦士。」 ライアンは人込みのなかに消えていった。トルネコは”またどこかであの人にあえるかもしれない”という思いを抱いた。 その後は真っすぐに城に向ってトルネコは歩いた。城の尖塔はすぐ近くに見えるのになかなか着くことができない。城の前の大きな芝生の広場に来たときには悠に一時間がたっていた。広場には多くのキャンプの後が残っている。通りかかった人に尋ねると、武術大会の参加者のテントあとだという。そういわれれば、リック王子も武術大会に参加したと言っていたっけ。 今は町の人々の憩いの広場になっている。大きな立て札が立っており、そこには麗々しい文字で何かが書き立てられている。 「なになに・・・・”武術大会は終了、優勝者はサントハイム王国のアリーナ王女”！へえ、女の子がリック様を始め男衆を倒してしまったのか。きっと物凄く気の強い大女のお姫さまに違いない。くわばらくわばら・・・・・」 立て札から少し行ったところに城の門があり、門番が左右を守っている。ボンモールでは兵士に城に引きずりこまれたが、ここではどうやって入ればよいのだろう。へたに入ろうとして捕まえられては元も子もない。トルネコは一旦引き返して酒場で情報収集することにした。 酒場の中では賑やかな音楽に合わせて、数人の踊り子がダンスを踊っていた。陽気な男たちが口笛を吹いてはやしたてている。一頻り激しい音楽が鳴りおわると踊り子は一礼して舞台の袖に下がった。 「ああ、いつみてもこの酒場の踊りはいいなあ・・・・」 「ああ、でも、この前の航海のときに寄ったモンバーバラの劇場では・・・・」 船員たちがジョッキ片手におしゃべりを始める。トルネコはカウンターに座ってビールを一杯注文し、周囲の会話に耳を傾けた。 一人の船員が店の奥から怒鳴った。 「おい！いつものをやってくれよ。」 それに同調し、数人がリクエストをする。 すうっと一人の吟遊詩人の若者が立ち上がって舞台に上がった。男たちはしんと静まり返った。 詩人は椅子にかけると竪琴を膝の上に立ててゆっくりとつまびき始めた。短い前奏ののちに澄んだ声で歌い始める。 ”わがふるさとは海の果て 今は離れて遠い空 ああなつかしき森の木々 瞼に浮かぶは父母の顔・・・・・” 荒くれ男たちが一言も出さず、目を閉じて聞き入っている。彼らは自分たちの妻子、両親の待つ町を思っているのだろう。 トルネコもネネやポポロの顔を思い出し、思わず涙腺が緩んできた。そしてはっとした。歌の旋律がリック王子の吹いていたものと全く同じなのである。 吟遊詩人が歌いおわると、盛大な拍手が起こった。詩人は一礼すると舞台を降りた。トルネコは息急き切って詩人の所に走り寄った。 「あなた、もしやロレンスさんでは？」 詩人は眉をそびやかした。 「いかにも私の名はロレンスですが・・・・」 「いやなに、リックというかサイモンというか・・・・・」 ロレンスの方が焦る番だった。 「と、とにかく奥の方へ！」 「なんですって！あなたが建築家を助けたために橋がかかる？あなたはそれがどういう結果をもたらすのかわかっているんですか！魔物が増え、争うことより助け合うことが今は必要だというのに・・・あなたの行動が二つの国に不幸をもたらすのです！」 ロレンスは端正な顔に怒りを顕に示した。トルネコがまあまあまあと肩を押さえて座らせた。 「戦争を押さえるために私はリック王子の手紙を王に渡しに来たのですよ。ほれ、ここにある。」 トルネコは筒から手紙を取り出してリックの署名を見せた。 「・・・・いかにもこれは王子様の筆跡・・・・そちらの筒は？」 「あ？これですか。これは、馬に喰われて死んじまえという類のもので・・・・人に見せるものではないですから衿にでも縫い込んでおきましょうか。ところで、エンドールの王様にどうやって会えばいいのですか。いきなり”隣の国から手紙です”では王様に手紙を届けられはしないでしょう。門番に取られてしまって何かの冗談だと捨てられるのが落ちです。」 ロレンスはしばらく考えた。 「エンドール王は、国民からの訴えを直接聞き届けるために謁見の日を作っていたのですが、あまりにやってくる者が多いので二年前に廃止したそうです。・・・・ここは、あなたの度胸に頼るしか・・・・」 トルネコは目を真丸にした。いくらなんでもそれは危なすぎないか？ 「いいえ・・・・私も協力しますよ。門番のことはは私に任せてください。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ロレンスとトルネコが城門に向ったのは日が落ちた直後、暗くなりかけの時だった。町や城のなかは明るく活気があるが外は人や風景が薄闇のなかに埋もれていく時間だ。城門は開いているがしっかりと兵士に守られている。 ロレンスは懐から笛とミズゴケの塊を取り出した。 「トルネコさん。この苔を使って耳を塞いでください。」 言われるままにトルネコは耳に苔を詰めた。苔を詰めたトルネコに二・三語話し掛けて、何も聞こえていないのを確認すると、ロレンスは唇に横笛をあてた。 何も聞こえないまま一心に笛を吹くロレンスの姿を見ているのは変なものだ。一匹の猫が蕎を歩いていたが、大あくびをしたかと思うとごろりと横になって眠り込んでしまった。 ロレンスが笛を吹くのを辞めて、トルネコに何か言った。そして笑うと、彼の耳から苔をひっぱりだした。 「さあ、門番は眠っています。どうぞ。」 二人の門番が重なり合うように倒れて眠っていた。 「ほほう・・・・こりゃあ・・・一体どうやったんだね？」 「呪歌ですよ。眠りを呼ぶ。それより、早く。」 トルネコはロレンスに手を振ると、眠り惚けている門番の横を擦り抜けて城内に入った。ところが門の内側にも兵士がいた。そしてトルネコをつまみ上げた。 「おい。門番を眠らせてどうするつもりだ？怪しい奴め！」 結局トルネコは牢に入れられてしまった。牢は清潔で明かりもあったが牢屋は牢屋。入れられていい気持ちはしない。あとからロレンスも連れられてきて隣の牢に入れられた。 「トルネコさんすみません。私の腕が未熟なばかりに・・・・・」 「・・・・気にしなさんな。ここの牢屋はボンモールの牢屋よりずっと待遇がよさそうだ。」 看守がランプの明かりを消した。 「おやすみ、ロレンス。」 救いは次の日に来た。兵士に付き添われた二人は、地下の牢から二階の謁見の間に通された。そこには王その人が玉座に座っていた。 「二人とも、何を戸惑っている。」 トルネコは王の手に、リックの書簡が握られているのに目を留めた。 「ああ、わしがお前たちを呼んだのもこのことがあったからだ。」 「・・・・というと、お読みいただけたのですか・・・？」 王は笑った。 「兵士に取り上げられて、捨てられたと思ったのか？わしはどんなことでも報告させるたちなのでな。・・・・・ボンモールの動きは気になってはいたし、ここに記された署名はまさしくリック王子のものだ。一度だけ我が城に王と共に参られたときの手が残っていたので確かめられた。」 トルネコはほっと胸を撫で下ろした。 「して、どのような状態なのだ？手紙では、橋が直り次第夕闇に紛れて騎馬隊が奇襲をかけるというが。」 トルネコはずずずずずと絨毯の上を這いずって王に近付いた。 「はい。ボンモール王はまともに戦ってはボンモールに勝ち目はないと見てそのような手段に訴えようとしております。橋は川のかなり上流にかけられるはずです。エンドールからは守りにくい位置であると思われます。・・・・あの、まことに無礼な質問をいたしますが、王様、ボンモールをどうするおつもりですか。」 トルネコの視線と王の視線がぶつかって一瞬火花が散ったような気がした。隣に座っていたモニカ姫が心配そうに父を見ている。 「・・・・・ボンモールを力で抑えようとは思わぬ。わが国の軍隊は人を殺すためにあるのではなく、魔物の襲来や災害に備えて編成されているのだ。だが、降りかかる火の粉ははらわねばならぬ。」 トルネコはゴクリと息を飲んだ。 「だから、橋がかかる前にその場所に辿り着き、奇襲してくるボンモール兵士を歓迎してやろうと思うのだ。殺しはせんよ。」 ロレンスが喜んで案内役を買って出た。 「・・・・・しかしリック王子はよくできた青年だ。自分の親に反旗を翻してまで正義を貫こうとするとは・・・・・」 モニカも頷いた。トルネコは王女に渡さなければいけないものを思い出し、衿に縫い込んでおいた手紙を王女に差し出した。 「これはサイモンという剣士からの手紙ですが。」 モニカは父の顔を見、声に出して読み始めた。 「”モニカ姫、突然の手紙で驚いていらっしゃることでしょう。私は武術大会に参加したサイモンです。私は自分の国に帰ってから二つの国のことを、そしてあなたを思わぬ日は・・・・・・・」 モニカは音読するのを辞めた。頬がばら色に染まっている。王は”平民はいかん。”という目で娘をうかがっている。目で手紙を読み終えたモニカが王に叫んだ。 「お父さま！どうしましょう。あの、サイモンという剣士、どうやらリック様だったようですわ。ここに書いてあります。」 王がモニカに代わって手紙を呼んだ。 ”偽りの名を使って申し訳ありません。私は一人の旅人として平和なエンドールの様子を見聞し、ボンモールの国政を恥ずかしく思うと同時に、二国間に友好関係を結べないものかと考えてきました。侵略を仕掛けようとしている国の王子が何をいうかと思われるかもしれません。しかし私はたとえ自分の身がどうなろうとも国民を、そしてあなたを守りたい・・・・・信じてください。ボンモールにも平和を愛する多くの人々がいることを。” 王はモニカに手紙を返した。 「・・・・こちらの手紙の方はともかくとして・・・。すぐに用意を始めなくては。大臣！各部隊の司令官を集めろ。陸と海からボンモールを包囲する！」 モニカは何かいいたげに父親の顔を見た。 王は娘の肩を抱いた。 「安心おし。悪いようにはせん。・・・・おまえ、あの、サイモン・・・いや、リック王子に好意を持っているのか？」 モニカは俯いてゆっくり頷いた。 「わかった。さあ、もう自分の部屋に帰りなさい。」 ロレンスは王に一緒に来るように命令され、トルネコは侍従に後ほどすべてが解決したならばお城から使いが行くので、城に一番近い宿屋で待つようにと言い渡された。 一つの仕事が終わって肩の荷が降りたトルネコだったが、”エンドールに店を出す”ためにはまだまだ時間がかかりそうだった。売ろうとしている武器の大部分と防具を売った金はボンモールの宿屋に預かってもらったままだし、この賑わった町に適当な店となる建物があるのだろうか。 トルネコは宿屋で町の地図を買いぶらぶらと建物の下見に出掛けた。レイクナバと違い、武器屋だけで三件もある。三件ともが町の西側にあり競争は熾烈なようだ。同じような場所に新しい店を出すことは無理だろう。ところどころにある空き家も狭すぎて店にはできない。道なりに歩いていくと、商店街を過ぎ住宅街に入ってしまった。ぎっしりと並んだ家々の階段には女達が座り、世間話に花を咲かせている。 レイクナバの女たちもおしゃべり好きだった。女たちのなかに宿屋のかみさんやネネの姿がないかふと捜してみたくなってしまう。左右のベランダから覗く色とりどりの花を眺めながらトルネコは進んだ。ここにも小さな商店があった。駄菓子屋や雑貨屋。鋳掛け屋に薬屋。繁華街に特有の熱気はなかったが明るく気持ちの良い店ばかりだった。ところが、一軒だけ戸を閉めている店があった。戸口に板が打ち付けてある。 ”売家” 横手に小さなドアがあり、モグラが昼寝している奇妙な、だが可愛らしい呼び鈴があった。モグラの手からぶらさがっている鉄の輪を引くとちりちりと建物の奥でベルの鳴る音がした。どたんどたんと二階から誰かが降りてきて、閂を外して戸を開けた。 腰の曲がった老人が上目遣いにトルネコを見た。 「何の用じゃな。」 「ええ・・・・表のはり紙を見まして・・・・」 「そうか。じゃ、まあ見ていって下さるかな。店からどうぞ。」 老人は磨き上げられて黒光りする廊下を先に立って案内した。 「以前は農具を扱っていたんじゃが、ばあさんが亡くなって、・・・・ここから北に行ったフレノールの村に嫁に行った娘がいて呼んでくれましてな。住み慣れた家ですが手放すことにしました。」 トルネコは店の中をじっくり眺めた。四方横には作り付けの棚があり、柱には木彫りの動物がおどけた様子でこっちを見ている。古びてすり減って角のなくなったカウンターは優しい感じですっかりトルネコの気に入った。 ”この店だ！” ポポロは柱のリスやクマの彫刻が気に入るだろうしのちびモグラは入り口の呼び鈴を見て黒いビーズのような目をパチクリさせるだろう。そしてネネは店のなかでくるっと爪先でまわってトルネコに抱きついて言うだろう。 ”あなた！素晴らしいお店ね！” 「さて、次は部屋の方にいきますかの。」 老人の声で我に返ったトルネコは二階に上がった。 二階は三つの部屋があり、家族三人で使うには十分すぎるくらいだった。 「で、お爺さん。値はおいくら程で・・」 老人は算盤を弾いた。 「もうこの店も古いし・・・お安くして・・・・・・・・」 トルネコは目の玉が跳びでるほどびっくりした。そして三回値段を聞きなおした。 三十万Ｇである！ 三十万Ｇといったら・・・・ レイクナバではトルネコの家と薬草屋の家と仕立屋の家と道具屋の家と鍛冶屋の家と宿屋をまとめて買ってもまだおつりがくる金額である。 この高さはなんなんだ！ 責任者出て来い！ ボンモールに置いてきた十二万Ｇにあと十八万Ｇ足りない！ 「どうされた？お顔の色が悪いようじゃが・・・」 足りない十八万Ｇ、どうやって捻出するか・・・・とにかくこの店に決めた！この店が私の店だ！ トルネコは老人に、必ず買うので売るのをできるだけ待ってほしいと頼み込んでその場を離れた。 果たして、遺蹟で見付けた武器が十八万Ｇで売れるだろうか。まず、取りに行けるだろうか。トルネコは宿屋で悶々として考えていた。 主人の話では、エンドールに店を開くには王様の許可と、商人の組合に入るための金が必要だという。それではもっともっと金がかかるではないか。その上、金を使い果してしまったら売り物の仕入ができない。トルネコは眠られぬ一夜を過ごすのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 二週間後、ガアデの指示により、馬が通れるほどの丈夫な橋が川の上流に完成した。ボンモールの奇襲部隊は夕方に橋のたもとに結集した。ここからエンドール城下まで約五時間戦闘は今日の夜を境に終了するはずだ。 「第一大隊、前へ！」 ボンモールの紋章、双頭の鷹を鎧の胸につけた騎兵が橋を突き進む。 ところが、いきなり明るい光に目を射られた驚いた馬たちは走るのをやめた。 そして兵士たちは見た。自分たちが進もうとしている方向からある者はランタンを掲げ、ある者は弓矢を構えた何千というエンドールの兵士がじわじわと近付いてくるのを。 ボンモールの兵士たちは自分たちが勝利できないことを理解した。彼らは勇敢であったが、無謀ではなかった。そして、最高指揮官の王子は自分の命を惜しがった。二番目の王子の手で白旗が上げられ、ボンモールのエンドール襲撃はわずか十分で終結した。 橋での敗北を伝書鳩の知らせで知ったボンモール王は顔色を変えた。エンドールに情報が漏れていたのだ。こうなっては、エンドールの強力な艦隊が攻め込んでくるのは時間の問題だ。 選択は二つに一つだった。攻め込まれて即時に降伏するか、徹底坑戦するか。王とて自分の命は惜しかった。しかし、他の国の元にへつらう屈辱だけは味わいたくなかった。 王は港に防衛線を張るよう命じ、反対した穏健派の大臣の顔を剣で傷つけた。王の怒りに兵士は震え上がったが、密かに部隊を抜け出す者も現われた。混乱と分裂の中でボンモールに朝が来た。海上に、右舷から朝日を浴びたエンドール艦隊が現われた。 甲板には兵士が並び、弓矢や槍を構えている。それに対して迎え打つボンモール軍は一握りしかいない。 エディン八世は自ら港にやってきていた。 ”剣を交えて死にたい。” 彼はそう絶望的な望みを抱いていた。 港に軍船が接舷された。兵士が降りてくる。船の上ではまだ弓矢を構えている。すると、なんと！エンドール王その人が、兵士に守られて降りてきたではないか！ エディン八世は剣のつかに手をかけ一気にエンドール王に切り掛かろうとした。それを止めたのはリックだった。 「父上！死んではいけません。どんな恥辱を舐めようとも生きていることが大事ではありませんか！あなたは王です。最後まで生きて国民に対し責任を取るのです。」 「放せ！この軟弱者が！」 「いいえ、放しません。・・・・私も父上と運命を共にしますゆえ・・・・」 エンドール王は不思議そうな表情を浮かべ、エディン八世に手を上げた。 「たいそうな歓迎、礼を言う。しばらくであった。ボンモール王、エディン八世殿。これだけの兵士を歓迎のためとはいえ整列させるのは並大抵のことではなかっただろう。今日は貴国のしてくれたことに対して感謝しにきたのだ。」 あまりに意外なエンドール王の言葉にリック王子もぽかんと口を開けてしまった。 「おや？伝書鳩を放ってくださったのであろう。エンドールは貴国とはいつか友好条約を結ばねばと考えていた。そのためには交通を便利にすることが必要だったが唯一の橋はなにものかによって壊されてしまった。それをあなたの国が架け直してくれたのだ！こんなに嬉しいことはない。わが国の軍は渡ってきたあなたの国の兵士たちを暖かく出迎えた。あなたの国は旗を振り、私の国はカンテラを振って、夕闇のなかお互いの存在を確認したのだ。」 リックには王が何をしようとしているのかはっきり分かった。二つの国の主権を侵さずしかもボンモールの企てをつぶすためにはこんな方法が一番だと考えたのだ。 「王よ。これを機会に、私は貴国と友好条約を結びたいと思う。近い国なのに交わりがなかった不幸な関係から助け、助けられる関係を作ろうではないか。」 リックが父王の手を引いてエンドール王に近付かせた。エンドール王は手を差し出している。 「エンドール万歳！」 どちらからの兵士が叫んだ。 「ボンモール万歳！」 もう一人が叫んだ。 「王様万歳！」 「友好万歳！」 ボンモールの下級兵士が武器を捨てた。 ボンモール王が目をぎらぎらさせながらもエンドール王と握手すると、兵士たちの歓声はこれ以上ないほどに高まった。 「・・・・エディン殿。お願いがもうひとつあるのだが・・・・」 エンドール王が後ろを向くと、兵士の間から、淡い水色のドレスを着たモニカが進み出た。 リックが目を見開いた。 「私の一人娘のモニカだ。・・・・・どこでどう知合ったかはとんとわからんのだが・・・・・ご子息のリック殿に一目惚れしたらしい。・・・・条約の締結と同時に、二人の婚約を発表できたらと思うのだ。」 エディンの頭のなかで利害がかけめぐった。モニカはたった一人の王位継承者だ。そのモニカがリックと婚姻関係で結ばれるとなると、エンドールの富は黙っていてもボンモールにも流れてくるだろう。これはそれほど割りの合わぬ取引ではなさそうだ。もともとリックは厄介者であるし・・・・・ 「ああ、祝いごとは重なったほうがいいだろう。」 モニカはリックの前に走り寄った。 リックはモニカを目の前にして静かに話した。 「あなたは私の顔をを見るのは初めてのはずですね。顔も知らぬ者に好意をもたれてご迷惑ではなかったのですか。」 モニカは首を振った。 「心を惹かれるのに容姿は必要ではありません。それにあなたは私が想像していたとおりの方でした。」 「・・・・・軍艦に乗り、怖くはなかったのですか。」 「ええ。私は臆病ですが・・・・」 モニカは笑った。 「アリーナ姫のことを考えて自分を励ましました。女でも勇気を出せば何でもできると。」 リックはそれ以上何も聞かず、そっとモニカの体を抱き締めた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ さて、こちらはトルネコ。 お城からの使いを待って何日が過ぎただろう。 知らせは突然に、しかも怒涛の如くやってきた。 エンドール艦隊が、港に橋から回りこんだロレンスとリック王子と、トルネコの荷物と金を積んで入ってきたのだ。しかも船から降りたばかりの城の重臣が三人で宿屋にトルネコを迎えにきた。あたふたと身仕度を整えて城に向かう。 謁見の間では王、姫、リック王子、ロレンスが待ちかねていた。王の前にはクッションのきいた椅子が置かれており、王がトルネコにすわるよう勧めた。 「トルネコよ。このたびの働き、非常に大儀であった。おぬしの働きによってエンドールとボンモールの戦いを避けることができた。改めて礼をいうぞ。」 王に頭を下げられてトルネコは青くなったり赤くなったり。リックが笑った。 「本当に有難う。城から身動きが取れない私に代わって手紙を届けてくださって。・・・・・父はまだ心から納得したわけではないようですが・・・・これからなんとかしてみせます。モニカ姫とのことも・・・・・・」 モニカははにかんで俯いている。 ロレンスが蕎にきて囁いた。 「”馬に蹴られて死んじまえ。”とはこういうことだったのか。・・・・・王子さま、とうとうあなたも独り身ではなくなってしまうのですね。友として寂しい気もいたしますが・・・・心からお祝い申し上げます。」 トルネコは若い二人を満足そうに眺めた。美しくたおやかな姫と、凛々しく男らしい王子。まさに似合いの二人だ。 「ところでトルネコよ。」 王は錫を片手に近付いた。 「今回の働きに対して褒美を取らせたいと思うが・・・・・なにか望みはないかな。」 トルネコは即座に答えた。 「私はボンモールのずっと北のレイクナバからエンドールに店を持ちたいという夢を抱いてやって参りました。よろしかったら店を出してもよいという許可がいただきとうございます。」 王は侍従に紙を持ってこさせるとさらさらとサインした。 「欲のないことだ。・・・・・ところで、店の方は見つかったのかな？」 「はい・・・・見付けはしたのですが、ちょっとばかり・・・・」 王は笑った。 「資金が足りないというのであろう。城下は家の値段が高いからな。一先ず、ボンモールの宿屋から預かってきた十二万Ｇを渡そう。そして、・・・・どうだろう。お主の運んでいた武器を売ってはくれぬか。いや、お主だから買うのではない。魔物の襲来に備えて軍備を整えたいのだ。・・・・・聞き及んでいるだろうか、ここより遥か西の国サントハイムで、邪悪な霧により城のものすべてが連れ去られたという・・・・・なにか恐ろしいものがこの世界に迫っているのだ。」 トルネコの脳裏に、ライアンとかいう剣士の言葉がよみがえってきた”魔王がよみがえる。それを倒せるのは一人の勇者しかいない。” 「どうだ？売ってくれるか？」 トルネコが頷くと、早速城内の武器職人が呼ばれた。職人は運ばれた武器を見定めていたが、王に小声で金額を告げた。 「十五万Ｇでどうだろう。」 妥当な線だろう。トルネコは王を相手に値を釣り上げる気はなかった。 「ただし・・・・この宝石のついた鋼の剣は、武器としての価値は低いが宝石としての価値は高いそうだ。」 リックは剣を見て笑った。 「これをどこで？これは私の長兄が森でなくしたといった剣です。」 トルネコはキツネの話をした。リックはくすくす笑った。王は軽く手に取った。 「宝石だけでも、ざっと四十万Ｇくらい・・・・・・・・・」 トルネコはそういわれたとき目の前がぐるぐる回って暗くなるのを感じた。 気付いたときは城のベッドの上だった。ロレンスがベッドのはしに腰掛けている。 「気絶することなんかないのに。城にとっては四十万Ｇなどはした金だ。・・・・・ほら、気の早い王様がここに現金を持ってきた。金貨で四十と十五・・・足して、五十五万Ｇ・・・・・ トルネコはまた気絶した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ トルネコ一家がエンドールに引っ越して来たのそれから少したった初秋のある日だった。早朝の町に乗り入れた幌馬車は老人から譲り受けた店の前で止まった。トルネコが御者台から飛び下り、最初にポポロ、そしてネネを荷台から抱え降ろした。 先に地面に降りていたちびモグラはドアにあるモグラの模様を不思議そうに眺めている。 「パパ、これが新しいお家なんだね！」 ポポロは眠い目をこすってちびモグラを抱き上げて嬉しそうに言った。 トルネコが鍵をあけ、しまっていた店の木戸を一杯に開いた。ネネが胸の前で手を組み、じっと店の様子を声も出さずに見ている。まるでこの店の細部まで覚えようとするように。 「私、ここで店番をするわ。そしてこの小さな可愛いお店を磨き上げて・・・・どんな人でも利用できる素敵なお店にするわ。」 トルネコはネネを後ろから抱き締めた。 「そうだね。お前が居てくれれば私も安心して仕入に出て歩けるよ。・・・・そうだ。アップルパイやマシマロも売るといいな。」 「あなたが武器商人なのに？・・・うふ。あなたが言うのなら売ってみようかしら。」 ネネは軽くキスするとトルネコが頭のなかで思い描いたのと全く同じように爪先で少女のように回転してみせた。 「パパ、今度はどこから仕入をするの？」 トルネコは息子を肩車した。 「いろいろなところからさ。鍛冶屋さんにも頼むし、洞窟に潜るかもしれないよ。安く売っているところから仕入れて、それより高く売ることもあるだろう。不思議で立派な武器があれば世界の果てまで行ったって仕入れてくるぞ！」 トルネコの最後の言葉を聞いて、ネネの表情がほんの少し曇った。エンドールに店を開いて家族の旅は終わったはずだった。これからは三人揃って一生この町で平和に暮らすのだ。 ”でも・・・・・・” ネネは明けていくエンドールの空を見上げた。 ”私にはなぜだか、ここに来たことでうちの人が遠くはなれていくような気がする。” ちびモグラがキイキイ鳴いて朝ご飯をねだった。 ネネは気を取り直して荷台に登ったトルネコから、家財道具を入れた箱を受け取った。 |
エンドール王は娘を賞品にするようなお馬鹿さんですが、
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