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馬車の周りはすっかり魔物で取り囲まれていた。うねうねと触手をくねらせよく動く根で這い回る人食い草だ。栗毛の馬は怯えて首を振っている。トルネコは御者台で立ち上がった。 「よ〜しっ！こっちを見ろ！」 人食い草はトルネコにむかって歯の生えた花弁を向けた。見ろといわれて見てしまう辺りが頭の足りない魔物の弱いところだ。トルネコはくるくる指をまわした。指につられて人食い草は花弁をぐるぐる回す。その間に空いている手で、トルネコは腰に下げた破邪の剣を引き抜き頭上に高く掲げた。すると小さな稲妻が天から走り、人食い草をことごとく黒焦げにした。 トルネコは、鼻面を軽く叩いて馬をなだめ、御者台に戻ると再び南に進んだ。 魔物には頻繁に遭遇したが破邪の剣の魔力のおかげでどうにか切り抜けられていた。一回炎の形をした化物のときだけは稲妻が効かず、火傷をして方ほうほうの体で逃げたが、その火傷も薬草屋が提供してくれた薬でもう痛みはない。馬は元気だったし、積み荷に異常はなかった。トルネコは歌を歌った。 「せっせせっせと荷を運べ。大きな袋に一杯つめて、大きな荷馬車に一杯積んで、大きな馬を揃えて牽かせ、大きな町にもっていけ。大きな町で大商いして大きな店をおっぴらけ。」 馬の蹄の音がぽこぽこのどかに響く。 レイクナバを出てから四日。ひたすら南下する。魔物が増えたせいなのか、宿屋の主人がいったとおり、剣士以外の人間の一人旅はほとんどみかけなかった。今日は誰一人すれ違うものがいない。誰かとすれ違うたびに、薬草やちょっとした道具を商ってたトルネコだが、今日は商売の方は開店休業だ。道は草原を過ぎ、森に入った。森の道はそんなに整備されてはおらず、注意深く轍のあとを見ていてもいつのまにか違う方向へと進んでいることがある。トルネコも、最初は自信を持って進んでいたのだが、午後に入って霧が深くなり、気付いたときには正規の道をだいぶ東の方に外れてしまっていた。 「やれやれ。今日は霧のなかで野宿か・・・・・」 溜息混じりに独り言を言って、トルネコは馬車を止めようとした。が、どこかで人声がする。トルネコは手綱を取ると、声の方に馬車を進めた。するとどうだろう！霧のなかに小さなこじんまりとした村があるではないか！トルネコは地図を見て首をひねった。こんな村は地図にもなければ噂も聞いたことがない。 とにかく一晩泊めてもらい、元の道への戻り方を尋ねようと考えたトルネコは、村のなかに馬車で乗り入れた。不思議なことに、二頭の馬は村の入り口で機嫌が悪くなりトルネコがいくら牽いても動かなくなってしまった。仕方なくトルネコは背負いこを背負い馬車を降りて村に入っていった。 村には小さな家が立ちならび、トルネコの姿を見かけた村人が集まってきた。皆好奇心たっぷりの顔で、闖入者を歓迎しているようだ。 「おや。迷いなさっただか？森の奥のこんな小さな村に旅のお客さんとは嬉しいな。」 「明日、霧が晴れてから行くといいべ。今日はゆっくり休みなせえ。」 トルネコは笑顔で答えたが、何か嫌な雰囲気を感じた。村人は農民の服装をしているのだが、身のこなしが非常に軽く、違和感があるのだ。 彼は”お茶をご馳走しましょう。””一緒に踊りましょう。”という綺麗な娘の誘いを断って、村の中を歩き回った。一軒の家は道具屋の看板を掲げていた。目の細い、細面の男が店番をしている。 「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか。」 綺麗な都の言葉遣いだ。ますますトルネコは嫌な感じがした。 「う〜ん。この店で、なにかお買い得のものはあるかな？」 男はにっこり笑った。 「薬草と鋼の剣がお安いですよ。」 トルネコは面食らった。鋼の剣など置いている道具屋がどこにあるというのだ。しかもこんな森の中の村で！ トルネコがぜひ品物を見たいというと、男はさっと鋼の剣を差し出した。切れ味の良さそうな立派な剣だ。いやに軽いのが気になるが・・・・ 「これはいくらだい？」 「はい。十Ｇでございます。」 おっと、これは相場の二百分の一の値だ。トルネコは何度も見定めたが、鋼の剣はどこから見ても非の打ち所がない立派な様子をしていた。 「・・・・そうだなあ。・・・・一本貰っておこうか。薬草も一つ。」 男は陰でくすくす笑い、トルネコに剣を渡した。 道具屋をあとにしたトルネコは、宿屋に入った。入ったところは食堂で、一人の男が可愛らしい娘に抱きつかれてにやけていた。 「今晩は。」 トルネコが声をかけると、男と娘は離れた。 「あら。お客さんでしたの？コンコン・・あ・・・・へんね。風邪をひいちゃったのかしら、コンコン。」 トルネコが今晩だけ宿を借りたいと言うと、娘は一日とは言わずずっと泊まっていらっしゃいなという。ここでもトルネコの第六感が危険を告げた。男の方は娘に同調し、トルネコを引き止めた。 「私はドン・ガアデという者ですが、ここでもう三週間も暮らしています。ここは素晴らしいところですよ。・・私はここで理想の女性に出会えましたしはっはっはっ！」 そういって彼は娘にキスをした。娘は恥じらいながらもキスを返し、コンコン言っている。 トルネコは”お二人の邪魔をしては悪いですからな。もう少し歩いてきましょう。”と歯を剥き出して笑うとその場を辞した。 いやに軽い鋼の剣、目の細い店員、コンコン言う女、そして・・・・枯葉臭い薬草・・・・これはもしかして・・・ トルネコは、村人に聞いて、村長の家へと向った。村長は白いたっぷりとした白髪を綺麗に刈り揃え、礼服を一寸の隙もなく着こなしてた。 「ほほう。霧で道に迷われたとな。それは難儀なことじゃ。まあ、お茶でも一杯。」 トルネコの前に、湯気をたてたカップが置かれた。トルネコはクンクン匂いを臭いでから飲むのをやめにした。 「すいませんなあ。私はどうも風邪をひいて鼻が変なんですよ。このおいしそうなお茶が、泥沼の匂いに感じられるんですよ。本当にすまんことです。・・・・そういえば、宿屋の娘さん。そうとう達の悪い風邪のようですな、ずっとコンコンコンコン言っている。薬草をもっていたので分けて上げようかとも思ったんですが、この薬草がまた濡れ落葉の匂いがするような気がして・・・・・」 村長は表情を固くしたようだった。 トルネコは朗らかに笑うと、背負いこを降ろし、武器のカタログを村長の前で拡げた。 「私は武器商人なんですがね。この村で武器を買ってくれませんか？」 村長は、跳ね上がった口髭をひねると尊大に言い放った。 「ま・・・ああたがどうしてもというのなら・・・・・・」 トルネコはカタログをパラパラめくると微笑んで一つの武器の絵を村長の目の前に差し出した。 「どうです？この熊ばさみなんかは？熊の他にも小さな魔物やキ ツ ネ にも使えますよ！」 村長は明らかにあわてている様子だった。そして、今日は村長の家に泊まり、明日の朝出発するがよかろうと勧め、トルネコを客間に押し込んだ。トルネコは客間にベッドがあるというのに、背負いこから寝袋をおろしてそのなかに入りこんで寝た。 寝ている間に村長の歯軋りが聞こえたような気がしたが、疲れていたこともあってトルネコはぐっすりと眠った。 朝、起きてみると、そこはなにもない森の中だった。トルネコは寝袋から這い出すと荷物を確かめた。なくなっているものはなかった。ただ、買ったはずの鋼の剣がなく、代わりに桧の棒が置いてあった。薬草を入れたはずのポケットには枯葉が入っていた。 ”ははあん。やっぱりキツネの仕業か。” トルネコは微笑んだ。今頃、トルネコを騙すことができなかったと村長に化けたキツネは悔しがっていることだろう。トルネコが寝ていたところは、正しい道へ出るところで、ここまではキツネが運んでくれたらしかった。自分たちが化かし損ねた人間は、自分たちの村から追い出すが、敬意を表してちょっとした手助けをしてくれたということか。馬と荷車も彼の横手に何事もなく止まっている。 ”おもしろい経験だったが・・・・” トルネコは馬車を進めた。 ”あそこにいたドン・ガアデとかいう男、あれは紛れもなく人間だったよなあ。すっかり騙されてしまって・・・・いつ気付くだろう。キツネたち。いつかは懲らしめてやらなくてはならんな。” トルネコはガアデが心配になってあたりを捜したが、キツネの村を見付けることはできなかった。 トルネコは帳面に昨日の収支決算を書き入れた。 ”私に濡れ落葉を掴ませた恨み。決して晴らさずにおくものか！” ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ キツネ村を出て六日。そろそろボンモールの城が見えてくる頃だ。今、トルネコは両脇を畑で挟まれた街道をポコポコ走っている。 ”妙だな。” トルネコは畑の様子を見て顔をしかめた。城に近い農地は王の目がよくいき届いて整っているのが普通だろう。しかし、この畑はかなり荒れていて作物も育ちが悪く、レイクナバの近辺の村々の方がずっと豊かで農民の表情も明るかった。トルネコはお節介とは思いつつも、畦に腰掛けて休憩している一人の農民に声をかけた。 「たいへん失礼ですが、この辺りはなにか災害にでもあったのでしょうか。作物の具合が悪いようですが。」 男はふうっと息をついた。 「旅の方はおわかりにならないかもしれませんが、ここいらには最近魔物が出てくるようになりまして・・・・・私達も、何人かの剣士を雇って対処しているのですが・・・・・」 トルネコは尚も尋ねた。 「王様は兵士を派遣してはくれないのですか？噂では、ここに出る魔物は、私達には恐ろしい相手だが、しっかり装備を整えた軍隊にはなんでもないと聞きましたよ。」 農民は吐き捨てるように言った。 「王様は・・・・税ばかり取り立てて、私達がして欲しいと思うことは何一つしてくださらない。・・・・・あの税金を何のために使われているのだろう。」 トルネコは、農民に一杯水を貰い、礼としてネネの焼いたパウンドケーキを一切れ置いてその場を去った。 ボンモール王は確かに国民からそれほど慕われている王ではない。対外的にも専制君主で勇猛な王として近隣諸国から警戒されている。しかし、自国の国民に対してはさほど厳しくはなかったはずだ。税も街道の整備や農地の開拓に使われているはずだった。農地を放っておいて税を何に使っているのだろう。トルネコにも気になった。そこにはキナ臭い匂いと、金儲けの匂いの両方が混ざっていた。とにかくボンモールの城下町に着けばはっきりしたことがわかるだろう。 夕方に着いたボンモールの城下町は、碁盤状に真四角に整備された町だった。王の命によりこのような形になったのだろうか。歩きやすいことは歩きやすいがきっちり幾何学的な街路は何か冷たいような印象を与える。 しかしながら、そこで暮らしている人々は、冷たい人間ばかりでもなさそうだった。 トルネコはまず宿にいって部屋を取ると、宿屋の主人に町の景気を尋ねた。主人はトルネコがどんな種類の商人なのか見極めようとじろじろ見つめてから答えた。 「まあ、特定の商売の商人にとっては今のこの町の景気は最高さ。しかし、一般の者にとっちゃあ、景気どころの話じゃない。だんだん住みにくくなってきたよ。」 「ほう。私も商人なんだが・・・・儲けられるかな？」 主人はトルネコが書いた宿帳をちらりと見て、ページを閉じた。 「もしもあんたが、儲けられるような商売なら、あんたを嫌いになっちまうかもな。・・・・今、王様は戦争の準備をしているんだ。小さな領土に飽き足らなくなり、西の豊かな国、エンドールへ攻め込むつもりなんだ！」 トルネコは、目をぱちぱちさせた。 「それは困る！私はエンドールで店を出したいんだ。・・・・第一戦争なんかが起こって喜ぶのは碌でなしばかりだ。一番苦しい思いをするのは老人や女子供じゃないか！・・・・・・武器は邪悪な魔物と戦ったり、相互の理解のもとに剣の試合をするときに使うべきなんだ。・・・・・・おっと。すみませんなあ。つい興奮して・・・・・しかし、戦争を控えているにしては町は静かなようですが？」 主人は少し笑った。 「幸いなことに、エンドールとボンモールを結ぶ橋が落ちてしまってね。わが国はエンドールのような艦隊を持っていないから海からは行けない。あの早い川の流れでは新しい橋がかかるまで、長い間がかかるでしょう。王様はそれまで戦争の準備だといって私達の生活を苦しめていますが・・・・なあに、戦争よりはずっと今の方がいいですよ。」 トルネコはもっともだと言って腕を組んだ。 「そうすると、お城では武器を用意したいわけかな。」 主人は首を振った。 「この町は昔から有名な刀鍛冶が多く居てね。武器の方は揃っているんですよ。代々王家は剣を集めてきたからね。・・・防具の方がなくてね。うちの王さまらしいですよ、殺す道具はあっても守る道具がないというのは。戦争をあてこんでの武器商人があちこちにいるが、目障りなことこの上ないね。・・・・ところで、あなたは何を商っているのかな。」 宿屋から追い出されるのを恐れたトルネコは本当のことをいうのをはばかった。しかし”嘘はいけませんよ。あなた！と、ネネがしょっちゅういっていたっけ・・・・”と頭を掻いた。 「・・・・・地面の下から持ってきたものですよ。・・・・・モグラに捜してもらいましてね。かなり高価なものが集まりました。」 トルネコはそのまま部屋に戻った。宿屋の主人はトルネコが何のことをいったのかしばらく考え込んでいたが、答えは出なかった。トリュフのことだろうか？不審であったが、次のお客がきて、このことは頭のなかから追い出されてしまった。 その日のうちに、トルネコは目立たないように背負いこに剣と鎧を一つずつ入れて、町の商店に売りにいってみた。ランプの明かりの下で、武器と防具を商う店の老主人は鼻眼鏡をこすりながら見定めていたがトルネコの前で算盤を弾いてみせた。 「鉄の鎧が千Ｇ。鋼の剣が千三百Ｇそれでよいかな？」 思ったとおり、防具の売値は相場より高く、武器の売値は相場より安い。防具はどうせ城に転売するのだろうから、城に直接持っていけばもっと高値で売れるだろう。トルネコは老主人に”せっかくですが・・・”と挨拶し、宿に帰って城に持っていく防具の準備をした。防具だけを地面におろし売りやすいようにまとめる。 ”戦争の準備の手伝いをするのは気が進まないが・・・・・橋が直らないかぎりは戦争は起こらないのだからな。ネネも許してくれるだろう。” トルネコは何度もそう思おうとしてみたが、頭に浮かぶネネの姿はどこか悲しそうで怒っていた。牧師が言っていた”神の御心にかなった商売をするのですよ！”という言葉も気になった。しばらくトルネコは荷車に胡坐をかいて座り目を閉じていたが、やおら手に持っていた荷造り用のロープを投げ捨てた。 ”え〜い！やめだ！やめだ！” トルネコは商人であるがその前に人間だった。売ってしまえばそれまでだが、売ったことによって人が死ぬようなことになれば、目を暝って済ませるようなことはできない。それがトルネコだ。 厩に誰かが入ってきた。トルネコは腰を抜かさんばかりに驚いたが、それは巡回中の若い兵士だった。兵士は多くの防具に囲まれて座っているトルネコをみつけてびっくりしたようだった。 「おい！おまえ！」 兵士はしばらくしてから嬉しそうに声をかけた。 「すごい数の防具じゃないか。王様が喜ばれるぞ！さあ、私と一緒に来い！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 本意ではないながらも若い兵士の用意した荷車を使いボンモール城に防具を携えて参上する羽目になってしまったトルネコである。兵士は彼を城に連れていって、その日は兵士用の簡易宿泊室に泊まらされた。彼を連れてきた若い兵士は防具の商人を王様に紹介すればお褒めに預かれると酒を飲みながら笑っていた。明日は王様に直接目どおりができるぞといい気なものだ。 王の前に引き出されたときにも、トルネコはまだ防具を売るべきかどうか悩んでいた。しかしながら、王から掛けられた言葉は一方的で有無をいわせぬものだった。 「そなたが持ってきた防具の類。確かに受け取ったぞ。先程余も見てみたが素晴らしいものだ。これで我が軍も装備を整えられる。喜べ。十二万ゴールドの支払いが成される。帰る折り、大臣から受け取れ。」 十二万Ｇは大金で予想以上の金額だったが喜べる訳がない。トルネコはボンモール王エディン八世の威圧的な態度も鷹のように獰猛な目も、野心で一杯の話しぶりも何一つ気に入らなかった。 「お言葉ですが・・・・・」 王の眉がピクリと動き吊り上がった。 「ほう？商人よ、何か不服があると言うのか？」 王の声の中には、ぞっとさせる響きがあった。もしもトルネコが断れば最悪の場合牢屋に放りこまれて罰を受けねばならなくなるだろう。トルネコが黙っていると王はにこやかな顔に戻ってトルネコに顔を上げさせた。 「ときに、そなたを連れてきた兵士の言葉によれば、そなたはここよりずっと北の町レイクナバの出とか？」 トルネコは固い表情のままだった。 「楽にしろ。実は人探しをしているのだ。大切な男なのだが、かなり前にウッドニアの町を出て城に向ったきり音信不通なのだ。ウッドニアはレイクナバの東に位置している。・・・どうだろう。ドン・ガアデという名の男に会ったり、その噂を聞いたりしたことはないか？」 トルネコははっとした。ドン・ガアデといえばキツネの村で出会ったあの男ではないか！いくら気に入らない王とはいえ、人探しに協力しない法はない。トルネコは自分が経験したことを事細かに説明した。すると王は非常に喜んでトルネコにドン・ガアデの救出を依頼した。 「わが国にとってガアデは大切な男。なにしろ彼は建築の名手で、壊された橋をかけなおすことができる唯一の人間なのだからな！」 トルネコは驚愕した。ガアデを探しに行くこと自体はともかく、ガアデを捜しだして王に会わせてしまったらエンドールへ渡る橋ができてしまう。そしてエンドールへ兵士が攻め込んでいってしまう。 「商人よ。余もキツネめの噂は聞いている。だが、奴のまやかしに乗らなかったのはお前がきっと初めてだろう。お前の知恵を使ってなんとかしてガアデを連れてくるのだ。」 トルネコは勇気を奮い起こして王の命令をはねつけた。 「王様、怖れながら、私はガアデ氏を捜してくること、お引き受けできません。」 エディン八世の顔が赤紫色に変わった。口応えされるのに慣れていない王はトルネコの返事が我慢できなかった。 「・・・・尊大な口をきくではないか。王に逆らうのか？」 「そのようなこと・・・・ただ、私にはできませんと・・・・・」 王の口元が引きつった笑いを浮かべた。 「お前にはできる。いや、やってもらわねばならん。・・・・・この城の地下牢にレイクナバの町の若者がいる。もしもお前がこの仕事を引き受けてくれるならばその若者を今ここで釈放してやろう。もしも断れば、その若者は一生太陽が昇るのを見ることはあるまい。期限は一ヵ月だ。その間にガアデを連れてくることができればよし、連れてくることができなければ・・・・・レイクナバの町に重い税がかかることを覚悟しろ。・・・・・余は冷酷な王ではないお前たち国民が各々に与えられた仕事をしっかりとやってくれれば恩恵を施すのだ。・・・・・商人よ、行け。防具の代価は何の不足もなく支払われるであろう。そのあとにすぐガアデを助けに行くのだぞ。」 トルネコは、家臣の一人から防具の代金を袋一杯の金貨で渡されると、地下牢に通された。地下牢はじめじめしてすえたようなにおいがし、そこここで人の溜息やうなり声がしている。牢番は、トルネコを連れてきた兵士に耳打ちされると、一つの牢に案内した。トルネコが覗き込むと、部屋の隅に幽霊のように痩せ衰えた若い男がうずくまっていた。トルネコはじっと見つめていて、小さな声で呼び掛けた。 「ジムじゃないかね？」 囚人は、空耳が聞こえたかのようにピクリと体を動かしただけだった。 「ジムなんだろう？私だよ。レイクナバで武器屋に勤めていたトルネコだよ。覚えていないかね？」 囚人ははっきりと目を開け、トルネコをまじまじと眺めるとやおら鉄格子に齧り付いた。 「夢じゃないかい！ほ、本当にトルネコさんかい？」 トルネコはゆっくり頷いた。ジムは目のしたに黒い隈をつくり、村に居たときのような元気な若々しさはなかったが紛れもなくトム爺さんの息子のジムだった。 牢番は嫌になるほどゆっくりと鍵を開けていたが、がちゃりと音をさせて戸が開いた。ジムはトルネコにすがりついた。牢番は自分の持ち場に戻っていった。 「さあ、ジム。お前さんはもう自由なんだよ。ひとまず町に行ってゆっくり休もう。」 トルネコが馬車を預けていた宿の主人は、トルネコが帰ってくるのを見付けてぶんむくれた顔をしていたが、今にも倒れそうな若い男が一緒なのをみて、女将さんと一緒にかけよって懸命に介抱をしてくれた。 清潔な服に着替え、体を拭いてもらって落ち着いたジムは、砂糖のたっぷり入った濃いお茶をおかみさんに勧められて少しずつ飲んでいる。トルネコが尋ねた。 「ジム・・・・お前さん、どうして牢なんかにいれられたんだね。」 ジムは俯いた。 「・・・・・恥ずかしい話です。レイクナバのような田舎町にいては何もできないと町を飛び出して、俺はボンモールを目指したんだが・・・・途中で金を使い果してしまって・・・・力は出ないし腹は減る、宿代はない・・・・・それで道の真ん中で倒れてしまったんですよ。そこにボンモールの王様の行列が通りかかって・・・・無礼者、そこをどけといわれても動けないのでそのまま倒れていたら牢屋入り。出せ出せ王様の馬鹿野郎と喚いたらますます罪が重くなってしまいました。」 「かわいそうにねえ。・・・・まったくひどい目にあったもんだわ。」 おかみさんはゆでたてのジャガ芋にバターをたっぷりつけてジムに渡した。 「・・・・・ジム。レイクナバに帰ろう。」 ジムは首を振った。 「一度捨てた故郷です。親父にも勘当だと言われたし。」 トルネコは微笑んだ。 「トム爺さんは”昔のことは忘れた。”といっているぞ。そして腰が痛いのを我慢して毎日教会に通ってきてはお前さんの無事を祈っている。なあ。帰ろう。」 ジムの目から熱いものがこぼれた。 「親父が・・・・・？」 ジムは言葉を続けることができなかった。おかみさんももらい泣きをしている。 宿の主人がトルネコに話し掛けてきた。 「あんたは、この若い人をつれてかえれるにしては浮かない顔だが、どうなさったのかね。また王様が無理難題をふっかけてきたとか？」 トルネコは素直に主人に話した。キツネの村のこと。ドン・ガアデのこと。主人は考え込んだ。 「ガアデという男を連れてこなければ、レイクナバの町に重税をかけると言われなすったんだね。・・・・・・・・・あの王様ならやりそうなことだ。・・・・・・あんた、ガアデって奴を助けてきなよ。そいつがくれば橋がかかるということだが、やってみなけりゃわからない。来ても橋をかけることができるとはかぎらないさ。それに、王様の野心を鎮めるものが居ないかぎり遅かれ早かれこの国は戦乱に巻き込まれてしまう。・・・・・いやね。あんたが宿に置いていった荷物が武器だと知って私はかなり怒っていたんだ。でも、あんたは欲に目が眩んだ輩じゃないとわかったよ。あんたがガアデを救うべきかどうか悩んでいるのを見てね。私も片田舎からここにやってきて店を出したんだ。他人とは思えない。・・・・・・武器はここにあずけるといい。早く走れる馬を用立ててあげよう。そうしたら期限内にレイクナバにも行ってこられるよ。」 トルネコはフェルトの帽子を取って恐縮した。 「・・・・しかし・・・・エンドールとの戦争が・・・・・ガアデを助けてくれば危険は増してしまいますぞ。」 主人は首を振った。 「この国のなかにも、良識を持った大臣や貴族たちが何人かはいるのです。しかし、危険がせまらなければその人たちは動くとは思えません。さあ。あなたは心配しないで・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の日、身軽な馬車を四頭の大きな馬に牽かせて北へと疾走するトルネコの姿があった。荷台にはジムが寝かされている。 「ひょぉ〜。さすがに速さが違うなあ。」 重い荷を二頭の小さな馬に牽かせていた時とは雲泥の差がある。逞しい黒馬たちにけおされたのか、魔物たちもあまり寄ってこなかった。もちろん寄ってきたときは破邪の剣の稲妻が大いに役に立った。 ボンモールとキツネ村の間は、行きは六日かかったが、今度は四日ですんでしまった。 ”キツネ村”というのは正確ではない。キツネ村があるらしいところまでは来たのだが、いくらさがしても村はみつからないのだ。これにはトルネコも弱り果ててしまった。 「あのときは霧がかかっていたし・・・・・へたに奥に入っていくと迷って帰れなくなるかもしれない・・・・・どうすりゃいいんだ。」 荷台で横になっていたジムが上体を起こした。彼は薬草屋がトルネコに渡した薬草の効き目もあってだいぶ元気になっていた。 「トルネコさん。こうやって捜すのは無理ですよ。キツネは人間を化かす生き物です。人間が血眼になっても隠れる術を知っているんだ。」 「・・・・だが、捜さなければレイクナバの税金が・・・・・」 トルネコは何かに気付くとジムにあることを頼んだ。それは非常によい考えのように思えたので、ジムも手放しに賛成した。 さて、レイクナバである。 ここまで一週間足らずでついてしまった。町の人々は、トルネコが志半ばにして一度帰ってきたことに驚いていたが、トルネコがジムを連れてきたのを見て二度びっくりした。それこそもう死んだかもしれないとあきらめられてたのだから、町は途端にお祭りモードだ。何年も離れていた親子・・・・トム爺さんとジムがしっかりと抱き合い感激の涙を流し・・・・・盛り上がらぬわけがない。 ネネは夫の姿を見て飛び付いていったが、キスを交わすと心配げに事情を尋ねた。自分の夫が、何かにあせっているのを顔色から見抜いたのだ。トルネコはポポロ坊やを肩車し、足元でキイキイ言って跳ね回るちびモグラをなでてやりながら説明した。 「まあ！それは大変。ボンモールとエンドールが戦争になったら・・・・・たくさんの人の血が流れてしまうわ。」 「ああ、だから、ドン・ガアデを連れていったあと、なんとかして戦争を避けさせようとはしてみるつもりだけどね。・・・・一先ず問題はキツネだよ、お前。奴らはとても賢いんだから。」 皆にもみくちゃにされていたジムが、愛犬のトーマスを連れてトルネコの所にやってきた。トーマスは人間の腰くらいの大きさがある黒犬で、狼と戦っても負けはしない勇敢さと素早さを持っていた。トルネコを見て唸っている。 「・・・ふう。近くで見るとさすがに恐いな。」 ジムの後ろにいたトム爺さんが笑った。 「こいつはわしの家の者の言うことしか聞かないからのお。・・・・・トーマスや。」 爺さんに言われて大きな犬は垂れた耳をびくんと動かした。 「トーマスや。これからしばらくこのトルネコさんがお前の主人だ。しっかり言うことを聞くんだぞ。」 犬は嬉しそうに”ワン”と吠え、トルネコに尻尾を振った。トルネコはこわごわトーマスの頭を撫でた。 「ははは・・・大丈夫ですよ。僕も一緒に行きますからね。」 ジムに言われてトルネコは”それはいけない。”と言い返した。 「せっかく町に帰ってきたんだ。それにまだ体も完全じゃない。お前さんは残っていたほうが・・・・」 ジムは頑固に”行く”と言い続けた。曰く、本当にトーマスが恐くないのか。曰く、自分は普通に歩ける程度には回復している。曰く、ガアデを助けたらトーマスをどうやってレイクナバに返すつもりか。曰く、キツネ村から帰ってきたらずっと町で暮らせる。・・・・・いちいちもっともなことだ。 その日のうちに二人と一匹はレイクナバを出発した。ネネの手作りのお弁当とアップルパイが荷台で馬車の震動に合わせてごとごと揺れている。ネネはまた今度も笑顔でトルネコを送り出した。ポポロは気楽に”パパ、お仕事がうまくいかなかったらまた一回帰ってくるといいよ。”などと気楽にさよならをしたが、トルネコはこの出発がエンドールへの最後の出発だと決めていた。とにかく今回はエンドールまで何としてもたどりつくのだ。・・・・戦争を回避させて！ キツネ村のある森に馬車は入ってきた。相変わらずトルネコが目をこらしても村はどこにもない。しかし、トーマスは低い唸り声を、鋭い牙の間から漏らし続けている。狐狩りの猟犬としての本能がキツネの存在を感知したのだ。トルネコはトーマスのツンと立てた鼻の方向に馬車を進めていった。 すると、見えた！木の間にいくつかの屋根。キツネの化けた人間たちと、キツネに化かされている人間たち。宿屋の前の小さなテーブルにはドン・ガアデの姿も見える。トーマスは唸り声を大きくした。 トルネコとジムは顔を見合わせた。 「それいけ！トーマス！」 ジムが馬車からトーマスを勢いよく押し出すと、大きな黒犬はキツネたちに向って突進していった。突然の犬の襲来に仰天したキツネたちは本来の自分たちの姿に戻って逃げまどった。人間の男を相手に怪しげな酒を酌していたキツネも、ガアデを撫で回してキスしていた雌ギツネもみんな森の奥へ姿を消した。”ワンワン”とトーマスの吠え声が森のなかに響く。そして、家だったり店だったりしたものがゆらゆらと形を崩し始めた。崩れていって何になったかというと、大きな切り株や、老木に開いた大きなうろや、藁をかぶせただけの四阿だった。 森の中を、礼服を翻して逃げる村長の姿がちらりと見えた。次に村長の姿が見えたときにはふさふさした赤い尻尾が生えていた。三回目に見えたときには村長は四つ足で走っており、頬のあたりに白いふわふわした毛を生やした大きな赤ギツネがそこに居た。村長ギツネはトーマスに噛みつかれそうになるたびに跳び退いて、トルネコ目掛けて直進してくる。 「助けてください！もう、もう二度とあなたを騙すようなことはしませんから！騙して精気を吸い取って楽しむようなことはしませんから！」 トルネコは明後日の方向を向いた。 「私だけじゃ駄目だ！罪もない人達を引き込んで悪質な悪戯をするキツネは懲らしめてやるぞ！」 村長ギツネは、尻尾の先を噛み疲れて悲鳴をあげた。 「わかりました！わかりました！旅人をおもちゃにするようなことは今後決していたしません。」 「それが嘘ではないと誓えるか！証はあるか！」 「誓います！ですから早くこの悪魔のような犬を止めてください。」 トルネコがジムに合図し、ジムが短く一声かけただけでトーマスは座り込んでジムに尻尾を振った。 村長ギツネはトルネコの足元で舌を出してはあはあと息をはずませていた。そして一声ケーンと鳴いた。一匹の若いキツネが、剣を一振り口にくわえて運んできた。 「どうか、これで許してください。」 トルネコは剣を持ち上げたずっしりと重く、つかには宝石がはめこまれた鋼の剣だ。 「・・・・たしかに本物の剣らしいが・・・これはどうしたんだ。」 「はい・・・それはここに迷いこんだ乱暴者の剣士の持ち物でした。あまりに不埒な振る舞いをしたので、騙し取りました。私達には何の価値もないものですからどうかお納めください。」 村長ギツネは首を低くたれると、仲間たちと共に森の奥に消えていった。 「お〜い。騙された者があとで笑えるような騙し方ならやってもいいんだぞ！」 トルネコが叫んだとき、村長ギツネがふりかえったような気がしたが、戻ってはこなかった。 キツネたちがいなくなったキツネ村では、ずっと騙されていた人間たちが、起き抜けのようなぼんやりした目で惚けていた。トルネコは昔宿屋だった藁の四阿に入るとガアデの胸ぐらをつかまえて激しく揺さ振った。 「起きろ！起きろ！建築家殿！・・・・私はボンモール王に頼まれてあんたを探しに来たんだぞ！」 ボンモール王と聞いて途端にガアデの目の焦点が合った。 「そうだ！・・・・一体私は何をしていたんだ！お城からお呼びがかかって・・なにか悪い夢を見ていたような気がする・・・・こうしちゃおれん。すぐに参上しなければ首が飛んでしまう！」 さーっとガアデの顔色が青くなる。トルネコが馬に乗るよう急き立てた。ジムは荷車から馬を二頭外し、それぞれに鞍をつけてそのうえに二人を押し上げた。 「さあ！トルネコさん。急いで！残りの人達は俺が一旦レイクナバまで送るから。あなたたちは身軽に走っていきなよ！無事を祈っているからね！」 トルネコはジムにウインクしてみせ、ガアデを叱咤しながらボンモールへと急行した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ガアデを連れ帰ったトルネコに謁見したボンモール王は、喜色を満面に浮かべていた。 「商人よ。よくやってくれたな。約束どおり、レイクナバへの特別課税は取り消しだ。」 この王は専制君主ではあるが、約束は守るたちらしい。トルネコはふうっと息をついた。 王はドン・ガアデに視線を移した。 「ガアデよ。早速橋の建造にとりかかってくれ。人足も資材も用意は整っている。・・・・これでやっとエンドール奇襲の準備ができる。・・・・相手は大国、一気に川を渡って攻め込まねば勝ち目がない。王子達よ。お前たちにとっては初陣じゃ。剣の腕を磨いておけ。」 部屋の脇にかけていた二人の王子が頷いた。父親に似て鋭い目付きをしている。 王の隣の椅子に紫のドレスを着て座っていた王妃も王子に声をかけた。 「ボンモールの運命、お前たちの働きにかかっているのですからね。」 するとそのとき、部屋の隅から凛とした声が響いた。 「父上、母上。まだそのようなことを考えておられるのですか！」 トルネコは思わず声の方を注視した。王妃は眉をそびやかし、二人の王子は歪んだ笑いを浮かべている。 声の主は続けた。 「エンドールに攻め込むなど、正気の沙汰ではありません。」 三人目の王子がそこにいた。兄王子の身につけている衣装よりもずっと粗末な服を着ていたが、すっくと立った姿からは気品が感じられる。亜麻色の前髪の下の青い目は芯の強さと誠実さを示していた。そして、声には激しい中にも人を思いやる優しさが滲み出ている。 「もしもエンドールに攻め入れば、エンドールにもわが国の兵士にも多くの犠牲を強いることになりましょう。そしてなにより、わが国に対してなんの敵意も抱いていないエンドールに侵入し、平和を壊すことが正義だとお思いですか。領土を増やしてそれがなんになるというのです！」 「リック！お父さまに向って何と言うことを！さあ！その場に跪いて謝罪なさい！」 王妃が金切り声を上げたがリックは黙らなかった。 「母上。言わなければならないことは言わずにはおれません。父上、お考えは変わりませんか！」 王はリックをにらみ付けたが平然として言い放った。 「リック。お前にはまだ、国というものがわかっていないのだ。強い力をもつものが弱いものを従える。それが国の理論だ。人間はそうやって争いを続けながら文明を発展させてきたのだ。・・・・・お前のような腰抜けは城のなかで震えているがよい。」 リックは唇を噛んで、謁見の間から退出した。その後を小柄な年取った大臣が追い掛けた。 大臣はトルネコの横を通りすぎるとき、何かを素早く手のなかに押し込んだ。トルネコがそっと開けてみると小さな紙片に”今夜、城の南の石壁”と書かれていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「へえ、それじゃ、トルネコさんはリック王子様に会われたのかい。」 ボンモール城下町の宿屋の主人が昼ご飯の軽食を出しながら言った。 「うむ。・・・・上の二人の王子とは全く似ていないようだね。王さまの家族の中では唯一まともな御仁じゃないか？」 主人はにこにこ顔でおかわりのコーヒーをついだ。 「ああ、リック様は私達の自慢だからな。あの方は弱いものに優しくご自分に厳しい。今はお城の中から出られないらしいが、以前は町や村を直接視察なさって、具合の悪いところがあるとすぐに改善してくださった。リック様を嫌う町人など一人もいない。」 「・・・・・しかし、」 オートミールをスプーンで掻き集めながらトルネコが尋ねる。 「城のなかでは嫌われているようだったね。」 「ああ、王様も王妃さまもリック様を嫌っている。・・・・・・実は、リック様は王妃様の子供ではないんだ。 話は長いものになった。王妃が二人目の王子を生んで、子供をそれ以上産めない体になったこと。同じ頃、町で美しい若い女を見かけた王が、どうしても自分のものにしたいと、第二夫人として無理遣り城に迎えたこと。・・・・・・ 「二番目の王妃さま・・・妾というのが本当でしょうがあのひとこそ我々にとっては王妃様です・・・・は本当に優しく美しい立派な方でした。・・・・しかし、お城にいく前に、約束し合った若者が町に居たのです。また、今の王妃はその娘を快く思わずいじめぬきました。・・・・かわいそうに、町ではバラの花のように明るかった彼女もだんだん生気を失っていきました。そしてリック様を産むとすぐに亡くなられたのです。・・・・・リック様は王様や兄王子様達と似ていらっしゃらない。そのため王は自分の子ではないのではないかと今でも疑っているようだ。 リック様が役立たずの若者なら、そう邪険にされはしないだろうが、リック様は他の二人より、はるかに剣の腕が立ち、聡明で優しく国民からの支持も厚い。それが王と王妃と兄弟の反感を買っているのですよ。この間どちらかにお出かけになっていたようだが、それを謀反の準備ではないかと疑われ今はお城に監禁同然で外にはいらっしゃらない・・・・・・トルネコさん。リック様があなたになにか頼みがあるのかもしれないよ。」 どんな話があるのだろう。とにかくガアデが橋を完成させないうちになんとかしなければならぬ。 日が暮れてからトルネコは城壁の南側にまわって待った。指定された石壁はほどなく見つかった。漆喰塗りの白い壁のなか、そこだけ古い時代の灰色の石積みが残っているのだ。 長い間待って待って・・・・間違いかなと思い始めた頃美しい笛の音が壁の中から聞こえてきた。物悲しい心の奥にしみるような旋律だ。笛の音が一番よく聞こえる場所に壁に沿って移動していると、石の一つがずれて、人のこぶし大の穴が壁に開いた。笛の音は止み、穴からリック王子の生真面目な顔が見えた。 「旅の人、・・・・トルネコさんといいましたね。大臣からききました。このとおり私は城の外にはでられず、この小さな隙間を通してしかお会いできません。・・・・・見張りの兵士が来るかもしれませんから手早くお話しします。この間、父上の難題を片付けてガアデを助けた行動力を見込んでお願いします。あなたは防具を売ることも、ガアデを助けることも渋ったそうですね。父に反抗した人など滅多にいないのです。わたしはその場に居ませんでしたが、城のなかでの数少ない味方が私に教えてくれたのです。・・・・あなたがこの国とエンドールの平和を願うならばどうかこの手紙をエンドール王に届けて貰いたい。」 リックは、細い筒に手紙を入れて差し出した。 「・・・・父がどのようにエンドールを攻めようとしているか、私の知るかぎりのことを書いておきました。」 トルネコは筒を受け取ろうとして首を振った。 「王子様・・・・橋は落ちています。どうやってエンドールに行けばよいのやら。」 リックは微笑した。 「ええ。実は橋は私が落としたのです。私の友人と協力して。・・・心配はありませんよ。わが国に艦隊はないが、民間の小さな貿易船はあります。」 トルネコはまだ筒を受け取らなかった。 「・・・・王子様。エンドールはこの手紙を受け取ってどうすると思われますか。」 「エンドールがボンモールに報復すると心配しているのですか。それは大丈夫です。私はつい最近エンドールの武術大会に忍んで出掛けました。国は平和で、王や重臣たちも平和と正義を愛するお人柄なのです。父上を個人的に憎むことはあっても、ボンモール国民に危害をくわえようとはなさらぬはず。・・・・そう私は信じたいのです。エンドールの平和を見て私は帰り掛けに橋を落としました。」 トルネコはしっかりと筒を受け取り懐にしまった。 「あ、・・・・それから・・・」 リックはべつの筒をトルネコに差し出した。 「これはエンドールの王女モニカさまに渡してください。”サイモン”からだと。」 リックの頬が幽かに赤くなったのをトルネコは見逃さなかった。隔てる壁がなかったら、脇腹を肘で突いてからかったかもしれない。いやいやそれは不遜か。 「船は・・・・急ですみませんが明け方に一便が出るはずです。港で捜せばおわかりになるでしょう。出国には厳しい検査がありますが、この紙を兵士に見せれば通れるでしょう。エンドールで困ったことがあったら詩人のロレンスを訪ねてくださいきっと彼は力になってくれます。」 トルネコは深々と一礼した。 リックはトルネコの目を月明かりの中でじっと見つめた。 石が穴につめられ辺りを静寂が支配した。トルネコは城下町に向って走った。もう夜半を過ぎている。しっかり旅じたくをするのには時間が足りない。腹を揺らして走る、走る。 走れトルネコ！君が間に合わなければガアデの橋がかかってしまう。橋をかけると二つの国は戦場だ！ |
リック二度目の登場
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