ドラクエトップへ | トルネコのエンドールでの新しい店は一週間もたたないうちに大評判になった。 しかし、武器屋としてではない。おいしいアップルパイを置いている店としてだ。 ネネははらはらして、夫に”やっぱりお店に食物を出すのはいけなかったのじゃないかしら。”と意見を言ったが、トルネコはにこにこ笑っているだけだった。エンドール城下町の武器店主達は、”新入りの武器屋はたいしたことないな。可哀相だからちょっとは助けてやろうかな。”とトルネコを馬鹿にしていた。確かに、武器を求めてやってくる客は少ない。しかしそれは予想されていたことだ。武器屋の多いエンドールで商売を続けていこうと思ったら、質の良い武器を揃えることと、サービスを徹底させることだ。 トルネコの店には武器とネネの菓子の他に薬草や革袋、鎧や魔導士の使うローブなど、旅に出ようと思ったときに要る一通りの装備が用意してあった。それらを買ってくれた客には、しっかりした領収書と使用説明書、そして次に何かを買ってくれるときの割引券をつけた。 初めの一週間は銅の剣が一本売れただけだった。 次の週には高価な鋼の剣も売れるようになった。 お客の口伝えで”いい店ができた”と広まったらしい。 一度勢いがつくと順調な売れ行きが続いた。リック王子の口利きもあってボンモールから鋼の剣を格安で仕入れ、他の武器屋よりかなり安い値で売り出してからはますます商売繁盛した。 もちろん、苦労がなかったわけではない。ボンモールからの品はともかく、エンドール国内での仕入は、元からある武器屋がほとんどの鍛冶屋をおさえており、なかなか数が揃えられなかった。数がなければ収益が少ない。収益が少なければ次の仕入ができない・・・・・・重い気持ちで家路につくことが少なくなかった。しかし、仕入が少なくともそれほど収益の方は減らなかった。 トルネコが、店番をしていたネネのつけた帳簿を見ると、ネネはトルネコが売るときよりもはるかに高い値で客に売っていたのだ。しかも客からは一軒の苦情もきていない。 「・・・・きっと、おまけの品があるからじゃないかしら。薬草をつけたり、割引券をつけたり・・・・・・・・」 ネネは不思議そうに言ったが、トルネコには理由は別の所にあるのがよくわかっていた。 ”いらっしゃいませ。お客さま、何にいたしましょうか。” ネネにそう笑いかけられて、頬に血が昇らない男はそう多くいないはずだ。そして穏やかな、だがしっかりした綺麗な声で商品を勧められてみろ。・・・・これは断るのが難しくなるに決まっている。武器の知識もレイクナバでつけたらしく普通の武器なら、どこを見れば価値がわかるのか、わかっているため、客に買い叩かれることも、損をして買い受けることもなかった。ネネはまさに理想的な店番だった。 それにトルネコ一家はまだ知らなかったが、この店で買物をした客には小さな幸福がやってくるとも町では噂されていた。特に、よい武器をトルネコ武器店に売った客や、ネネの如才なさを誉めてくれた客には必ずといってよいほどちょっとした良いことがおこるのだ。 客が農家だった場合には、固い掘りにくい土がすっかり柔らかくなり、商人だった時には、店の前の雑草が綺麗になくなる。子供の場合にはどんぐりが玄関に置かれており、土台が古くなりきしんでいた家は具合がよくなる。 逆に、ネネに向かって不愉快な言葉を怒鳴り散らしたりした客は、なぜかその日のうちに地面にあった窪みに足をとられることになっていた。 そんなとき、注意してよく見ると、ちびモグラの足先が泥で汚れているのだが、気付くものはいなかった。 この、小さな魔物はネネに縫ってもらった赤い部屋ばきを大きな足に履き、カウンターの上に陣取って”僕がこの店の責任者だ。”と言わんばかりにでんと座って客の様子を眺めている。身動き一つせずに座っているため、客はよくできた人形だと思っているらしい。魔物が人間に慣れるとは誰も予想だにしていないのだ。ポポロの遊び仲間はちびモグラのことを知っているのだが、自分の親たちがちびモグラを追い出すことを心配して秘密にしていた。 おやつの時間がおわり、テーブルに乗って自分の分を食べおわり、先に外に遊びに戻ったポポロのこぼしたアップルパイのくずを頬張っていたちびモグラは、ネネにちょんと頭をつつかれた。 「ねえ。お前はもっともっと商売が繁盛すればいいと思う？」 ちびモグラはきょとんとしてネネを見上げた。そしてまたもくもくとパイくずを食べ始めた。 「私の旦那さまは、いっつも夢を持っているの。一つの夢が実現すると、また次の夢を見る。いつまでたってもきりがないでしょう？・・・・私はこれ以上店を大きくしたいともお金持ちになりたいとも思わないのだけれど・・・・」 ちびモグラは大きなあくびをして、ネネの膝に飛び下りるところんと丸くなって居眠りを始めた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そのころトルネコは、エンドールから北東に行ったところにある沼沢地で、魔物の群れに囲まれていた。以前苦戦し、逃げだしたことがある魔物だ。それも、こともあろうに破邪の剣の魔力のあまり効かない、炎の形をした化物だ。トルネコは勇敢に剣で切り付けたが、魔物は死ぬどころか、切られて一匹が二匹に増えてしまった。容赦ない炎の攻撃に、トルネコのシャツのへその辺りが焦げた。 のんびり屋のトルネコもさすがに冷汗を流した。 ”こいつらには勝てない！” 手の甲で、顎から首にしたたった汗を拭うと、手の先に固いものがひっかかった。レイクナバの道具屋の若旦那がくれた銀色の笛だ。お守り代わりに首から下げていたのだ。トルネコは笛を吹いた。空気をつんざくような鋭い音がし、魔物が少しだけ取り巻いていた輪を拡げた。 やがて”どどどどど”と音がし、馬車が走ってきた。すぐに三人の商人が中から飛び下りて、そのうちの一人が奇妙な形の武器を振り上げた。するとなんということだろうか。たくさん居た魔物があっという間に消えてなくなってしまった。トルネコはへたりこんだ。商人の一人がかがみこんで火傷の様子を調べた。 「運が良かったね。われわれはボンモールから荷を運ぶ途中だったんだが、ここいらじゃあまり商人は通らないからね。いくら笛を吹いてもお陀仏だったかもしれなかったよ。」 トルネコは、自分を助けてくれた武器を見つめた。 「これかい？これは商人必携品の魔物払いの魔法の武器さ。敵を殺すことはそうそうできないが、邪悪なものを光の彼方に飛ばすことができる。”正義のそろばん”なんて呼んで重宝しているよ。」 トルネコはもっとよく観ようとして、いててと顔をしかめた。 傷をみてくれていた商人がじっとしていろと注意した。 「かなりひどい。・・・・火傷用の薬草の持ちあわせはないし、綺麗な水でどんどん冷やさないと治るまで長くかかるぞ。」 リーダー格らしいターバンをまいた男が後の二人にトルネコを馬車に運ぶように言った。 「エンドールに戻ってもいいが、洞窟の爺さんのところでも十分な治療はできるだろう。」 あとの二人は頷いて、重たいトルネコの肩を両側から支えて馬車に押し上げた。 ”洞窟の爺さん”のすみかは、トルネコが襲われた場所から少し南東に下った山のふもとにあった。見上げるような岩山で、人が五人くらい並んで歩けるくらいの洞窟がかなり奥まで続いている。 「お〜い、爺さん。怪我人なんだ。助けてくれ〜！」 洞窟の奥から、声がした。 「お〜う。奥まで運んでこ〜い！」 商人たちはトルネコを引きずるようにして奥へと入っていった。 初めのうちは広かった洞窟もだんだん狭くなり、奥ではやっと二人くらいしか通れなかった。それを過ぎるとぽっかりと開けた空間が広がり、簡単なベッドと家財道具がきちんと整頓されて置いてあった。そこに骨と皮ばかりの老人がおり、蝋燭に火をともした。暗い洞窟がぼおっと明るくなり、岩肌を照らしだす。老人はトルネコをベッドに座らせ、腹の火傷を診ると、洞窟の奥にひっぱっていった。そこでは水が人間の胸くらいの高さから流れ出ており、ぴちゃぴちゃと音を立てていた。老人はトルネコの服の上から水がかかるようにし、その間に小さな火傷には、薬草を貼りつけてぬのきれで固定した。 冷たい水でしばらく冷やされて一心地ついたトルネコは、改めて三人の商人に礼をいい、老人にも頭を下げた。老人は微笑んでいたが、ごほごほと咳き込んだ。ターバンを巻いた商人が心配げに老人の背をさすった。 「爺さん。前から言っているだろ。爺さんはもう年だし喘息の持病がある。こんな寒い湿った洞窟での重労働は無理なんだ。」 老人は首を振った。 「・・・・それはわかってはいることだ。でも、これはわしの夢なんだ。少しでも夢に近付いていきたいんでね。」 「夢？」 トルネコが尋ねると、老人は遠くを見るような目をして話しだした。 「・・・・この岩山の向うには、ブランカという国がある。知ってはいなさらんか？・・・・無理もない。道はないし、海路は長く危険だ。ブランカは大国ではないが、人と人との出会いが生まれる町だ。多くの英雄や詩人が立ち寄って、数々の歴史を生んできた古い町・・・・・わしは若い頃一度だけブランカに行ったことがある。・・・・・文化に溢れた素晴らしい町じゃった。そしてその東には見渡すかぎりの大平原が続いていた。聞けば、平原を南東に進むと大きな砂漠があり、その砂漠を南に下るといくつかの町があるそうだ。薬草の秘伝を持った町や、魔法の武器を作っている町・・・・エルフ族の村まであるという。 ・・・・・・・・若い頃からわしはブランカと交易をすることが夢だった。それにたちふさがっていたのがこの岩山だ。・・・・・三年前、資金を貯めたわしは人を雇ってこの岩山にトンネルを掘る工事を始めた。トンネルが通れば、ブランカにたやすくいける。東と西の文化も行き来できるのだ。・・・・・最初は順調に進んでいた工事だが、半年前に固い岩盤につきあたってしまい、同じ頃に資金も尽きた。・・・・・人夫たちは去っていった。わしは一人、鎚とたがねを使ってトンネルを掘っている。夢に近付くために・・・・・・わしも年を取った。生きているうちにトンネルが掘りぬかれることはないだろう。所詮は見果てぬ夢・・・・・・・しかし諦めることはできなくてのお。」 大平原、砂漠、薬草、エルフの村、そして魔法の武器・・・・・トルネコも一瞬、老人と同じ夢のなかに浸っていた。魔法の武器・・・・この世にはどんな武器があるのだろう。見てみたいものだ。 「ところで、あんた、なぜあの沼地に？あそこは、商人が一人で踏み込むところじゃないんだが。」 トルネコは頭を掻いた。 「昨日酒場で、”沼のどこかに素晴らしいものが隠されている。”という噂話を聞きまして。いやあ。私は武器商人なんですが、魔法の武器でもあったらすごいぞ、ということで。」 老人は、歯のない口で笑った 「あそこに武器はないぞ。”銀の女神像”のことじゃろう。・・・・昔、盗賊がどこかの王族から盗んだ像を隠したんだが、銀そのものとしての値打ちより、その姿があまりにも美しいと有名だ。そういうものの収集をしている者になら、法外な値でも売れるじゃろう。・・・・・・・あんた、魔法の武器なんてものはこのあたりじゃあたいしたものはないぞ。やはりブランカよりも東に行くことじゃ。・・・・もしかしたら、天空の剣だってあるかもしれんぞ。」 トルネコは息を飲んだ。 「・・・・それは・・・・あの、昔、神が邪悪な者を倒すために人間に下さったというあの伝説の剣ですか。」 トルネコは、魔法の武器について書かれた本を思い出した。 ”天空の剣。その姿は優美なこと限りなし。しかし秘められた威力は巨大な魔物をも一刀の元に倒すほどである。選ばれし者のみが使うことを許され、神の力を借りて悪しき者を滅ぼす。神が人間に送った世界一の宝。現在、その所在は不明であるが、この世界のどこかにあることは確かである。” 老人は重々しく頷いた。 「武器商人のあなたにとっては一度は見てみたい代物でしょうな。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 商人の馬車に乗せられてトルネコはエンドールに引き上げた。ターバンの男が、思い詰めたように考え込んでいるトルネコに声を掛けた。 「トルネコさん。あんた、また沼地に行くつもりかい？・・・いや、そうなんだろう？」 トルネコは頷いた。。 「やっぱりそうか。・・・・俺たちはあんなこわいところに行こうとは思わないが、あんたが行くとしたら、一人はやめなよ。強い剣士や魔法使いを仲間にしたほうがいい。・・・・・ものは相談だが、俺の持っている”正義のそろばん”を買ってはくれないかな。」 トルネコはびっくりした。魔法の武器はそうやすやすと手に入るものではない。それを売ってくれようというとは・・・ 「別に過剰な親切心からじゃないぜ。あんたには必要だと思うし、実は俺はあと一本同じものを持っているんだ。砂漠のバザー・・・もう終わっちまったがあそこでいい仕入ができてね。どうだ。買わないかい。」 もちろんトルネコは頷き、押問答の末、妥当な値段で魔法の武器を手に入れることができた。 町に着くと、三人組の商人は町の西の方の店に品を卸に行くという。 「これも何かの縁だ。あんたの店にも品物を卸に行くかもしれないからな。高く買ってくれよ！」 「ああ、いい品物なら。・・・・私も商人。助けてもらったとはいえ、品物の値は動かせないが、妻の手料理をご馳走しますよ！」 商人は笑いながら離れていった。 トルネコは痛む火傷を気にしながらネネの待つ店へと戻った。 ネネは夫がシャツに焼け焦げを作って帰ってくると、大急ぎで店を閉めてしまい、二階のベッドにトルネコを座らせてあらためて手当てを始めた。 「・・・・またお腹の怪我？何回も同じところで痛いでしょう？」 「いやなあ、腹が出ているもんで・・・・またシャツをお釈迦にしてしまった。すまんな。」 ネネは応急手当ての薬草を取り替えた。 「シャツはまた縫えばいいのだけれど、あなたに穴が開いたら私が繕うことはできないんですからね！どこに行っていたんです。ちょっと変わったところに仕入に行ってくるって・・・・」 トルネコはもじもじと体をうごかした。沼沢地に行くことはネネにも知らせていなかったのだ。 「・・・・・おおかた、沼地に銀の女神像を取りに行っていたんでしょう？」 図星である。 しかしネネはなぜ女神像のことを知っているのだろう。トルネコが尋ねるとネネは笑った。 「あら、あなたはご存じなかったの。私はお向かいの奥様から、お向かいの旦那さまとあなたが酒場で沼地のことを話していたって聞いたの。あなたとお向かいの旦那さまは、酒場で一緒に”商人のラインダンス”を踊るほど仲がいいものね。女神像のことは、店番をしていて、噂話から知ったのよ。とても美しい像なのですってね。骨董を集めている貴族のスピネル様が喉から手が出る程欲しがっていらっしゃるとか。物凄い高値をつけて捜させているんですって。」 ネネは明るく話していたが、ちょっと顔を曇らせた。 「あなた、・・・・私はあなたのしようとすることに反対はしません。でも、無茶は辞めてくださいね。私は今のままで充分幸せですから。あなたを危険な目に遭わせてまでして儲けたくないの。あなたを愛しているのだもの。」 トルネコは頬の辺りを赤くした。 「わかったよ。一人で危険な所に行ったりはしないよ。・・・・でも、女神像は手に入れたいんだ。実は・・・・」 トルネコは、洞窟に住んでいる老人の話をした。彼に助けてもらったことと、彼が何を洞窟でしているのかを・・・・ ネネは黙って聞いていたが、小さく笑った。 「わかったわ。あなた、その人の夢をかなえるためのお手伝いがしたいのでしょう？」 「うん。洞窟を掘る工事なんて、どれくらいの金がかかるのか、見当もつかないけれど、女神像がそんなに高価なものならば、短い間でも人を雇って掘らせることができるだろう？・・・・あの老人の目を見ていて、私はエンドールに店を持ちたいと考えていた昔の自分を思い出したんだ。」 ネネはトルネコの隣に腰掛けた。 「馬鹿ねえ。苦労して捜しだして、それを他人の夢のために使うなんて。・・・・うふっ、でも、それはあなたの夢でもあるんじゃなくって？」 図星である。 「とにかく、あなたと沼地に行ってくださる強い方を捜さなくてはね。それと・・・薬草や食物も用意しなくちゃ。」 てきぱきと準備を進めるネネである。 「あー、お前、私は何をしようか？」 台所の方からネネの声がした。 「私、これから強い人を見付けてきますから！いい人のこころあたりがあるんです。お夕食の支度をする時間までには帰りますから。ポポロはお友達のうちに行ってますわ。あなたは火傷をしているんですから、おとなしくちびさんと遊んでいて下さいな。」 しばらくしてドアを閉める音がし、ネネは外出していった。ちびモグラがキイキイと階段を上がってきてトルネコの目を覗き込んだ。 「チビすけ・・・・何して遊ぶか？」 ネネは意外に早く帰ってきた。二人の男を連れている。一人は知り合いのロレンスだったが、もう一人はがっちりした体格の見知らぬ男だった。ネネは二人をトルネコと引き合わせると、自分は夕食の支度をしに、台所へと降りていってしまった。 ロレンスは剣士をトルネコに紹介した。 「酒場で私と知合った剣士のスコットです。腕は確かですし信頼できる人ですよ。」 スコットはトルネコと固く握手した。 「私は冒険が何よりも好きでね。いわゆる傭われ兵士だが、言ってくれればやるべきことはきちんとやるよ。奥さんに前金は貰ってある。」 そして豪快に笑い飛ばした。 ロレンスは静かに言った。 「私は、トルネコさんに縁もありますし、一度その美しい女神像を見てみたいと思いましてね。」 「え？ロレンスさん。あなたも行ってくれるんですか？」 トルネコが目を丸くして言うと、ロレンスは当然だと言わんばかりに髪を掻き揚げた。 「私は力は弱いですが、歌の力と多少の魔力を持っていますから、足手纏いにはなりませんよ。・・・・・・・・ネネさんに頼まれちゃ、嫌とは言えませんし。」 翌日、腹に大きな絆創膏を貼ったトルネコは、沼沢地に向かった。先頭を行くのは鉄の槍を構えたスコットで、トルネコは真ん中ロレンスは後ろで午前の陽を浴びながら優雅に竪琴を掻き鳴らしている。トルネコは正義のそろばんを握り締め、銀の女神像に思いを馳せていた。すると、突然スコットが雄叫びをあげながら飛び出していった。魔物が三匹だ。ロレンスは平然と琴を弾き続けている。 「・・・・ロレンス殿。助けなくていいかな・・」 ロレンスは笑った。 「あれ位の魔物、スコットにとっては赤ん坊の手を捻るより簡単にやっつけられますよ。」 ロレンスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、鉄の槍を小脇に抱えたスコットが戻ってきた。 「まったく、相手にもならん。」 さすがは傭兵。腕の冴えは、商人のトルネコとは全く比較にならないほどだ。トルネコはそのまま道を進もうとするスコットに声をかけた。 「スコット殿。午前のお茶にしましょう。まだ先は長い。」 スコットは気のなさそうに、トルネコの拡げた敷物のうえに腰をかけ足を投げ出した。 「酒は好きだが、甘いものは・・・・」 と、ぶつぶつ言っていたスコットだが、トルネコの差し出したアップルパイを頬張ると、顔をほころばせた。 「うむ。これはうまい。・・・・りんごの風味が生きていて・・・・女子供が食べるものとはちょっとちがうようだ。」 前にもネネのパイを食べたことがあるロレンスはスコットを見ながら微笑んで食べている。トルネコも妻の愛を感じながら、口を大きく開けた。ちびモグラも嬉しそうに小さな一切れを齧って・・・・ ・・・・・・？ ・・・・・・ちびモグラ？ スコットがちびモグラを見付けて槍の穂先を向けた。 「魔物め！邪悪な生き物の分際でこんなに旨いパイを喰うとは不届き千万！」 ちびモグラはキャッと言ってトルネコの後ろに隠れた。トルネコは震えているちびモグラを抱き上げて膝の上に乗せた。 「ち、違うんですよ。こいつは私の相棒でね。息子のポポロの友達でもあるんです。ほら、リボンをかけてるでしょう。」 スコットは胡散臭そうな目でちびモグラを見つめた。 「・・・・俺だったら魔物を飼ったりはしないがな。」 ちびモグラはスコットの視線から逃れるようにトルネコの背負いこの中に潜りこんだ。ロレンスは笑っている。 「・・・・・黙ってついてくるからこういうことになるんだぞ。」 お茶の後、背負いこから這い出したちびモグラはトルネコのフェルト帽の上に陣取って辺りを警戒するように見回している。 ちびモグラが空を指差した！ トルネコとロレンスは身構えたが、先頭をいくスコットはそのまま歩いていく。 巨大なハエたちだ！ハエはスコット目掛けて飛んできて頭に突き当たった。スコットはバランスを崩して転倒した。すかさずロレンスが琴で呪歌を掻き鳴らした。ハエは空中で眠り扱け、落ちてきたところをトルネコが正義のそろばんでたたきのめした。スコットは起き上がり、頭を振っていたが、ロレンスたちが戦っているのをみて走り寄った。そこへ背後から、茶色の毒トカゲが狙いをつけた。スコットが気付いたとき、トカゲは長い毒の舌を絡みつかせようとしているまさにその瞬間だった。しかし、トカゲが次の一歩を踏みだした途端、トカゲはぼこっと落し穴に落ちでしまった。スコットが槍で突き刺すと、毒トカゲは簡単に絶命した。 落し穴の傍らからは、目を細めたちびモグラが這い出してきた。スコットは嫌々ながらも、この小さないたずらモグラに感謝しなければならなくなり、トルネコは笑いを抑えながら、得意げに胸を張るちびモグラにマシマロ一個を進呈した。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 沼沢地は、薄暗く靄がかかっていた。陽は高い位置にあるというのに、ここだけは夕暮になってしまったようだ。ときどき哀しげな鳥の声が聞こえ、秋の虫が遠慮がちに歌を奏でている。ちびモグラは先程から小さな体をぶるぶる震わせており、トルネコが懐に入れてやっても収まらなかった。 足元はじめじめしており、一足ごとにずぶずぶとのめり込む身軽なロレンスに比べ、鎧で身を固めたスコットは足が潜るせいか歩きにくいようだ。鎧は着ていないがトルネコも足が潜ってしまう。・・・・・理由は自明である。 「やはり、普通の靴では無理だ。」 スコットが適当な木の枝を短刀で切り払い輪にすると、支えをつけて紐で縛り、靴に固定できるようにした。 「さ。お主らも。こうするとうまく歩けますぞ。」 さすがに冒険を続けてきただけのことはある。聞けば、この沼地の近くまで来たことがあるという。 三人は地図を書きながらいり組んだ沼地を歩き回った。途中、何回も魔物が出たが、スコットの槍と、ロレンスの呪歌でなんとかやっつけることができた。 「どうしたものかな。・・・・女神像はどこにあるのだろう。」 少し息を切らしたロレンスは倒木に腰掛けて水筒から水を飲んだ。 「あせってはいけませんよ。今まで何人もの冒険者が女神像を求めてここに来たのです。でも見つかりませんでした。今回も見つかるかどうか。・・・・わたしはなんとなくトルネコさんには見付けられそうな気がして、だからこそ冒険に参加したのですが。」 トルネコも手近な倒木に腰掛けた。木が大きくしなった。 「・・・・・しかしなあ。私には特別な力もないし。スコット殿、女神像に関して、何かほかにわかっていることはありませんか。」 「・・・・さあな。銀でできていて。収められた箱は水晶でできているそうだ」 「・・・・そうですか。キツネなら犬に捜させればいいが、銀の像では匂いを臭ぎ分けられないし。」 トルネコのシャツをちびモグラが引いた。 「ん？なんだい？」 ちびモグラは、自分の黒い鼻を自慢げにちょんちょんと前脚で触ってみせた。 「！そうか！お前さん、土のなかで鼻を頼りに食物を捜したり仲間を捜したりできるんだな！金属の匂いがしないか？」 ちびモグラはきょろきょろしていたが、足元を掘り始めた。べっとりとした土にいささか閉口していた表情が見えたが、やがて彼は土のなかに姿を消した。 ちびモグラが再び上がってきたとき、トルネコはスコットと意見を戦わせていた。 「魔物の勘などに頼っていては、捜せるものも捜せないのではないかな。」 「いや、勘ではなく鼻に頼っていて・・・・」 「とにかくだなあ。」 ちびモグラは二人の間をひょこたんひょこたん歩いていって沼の中央を指差した。スコットが大笑いした。 「ほら見ろ。水の中を指しているぞ。」 ロレンスがポンと手を打った。 「もしかしたらそのとおりかもしれないですよ。今まで女神像が発見されなかったのは、水の中にあったからかも。」 スコットは眉をしかめた。 「盗賊がここに女神像を隠したのであろう？だったらあとから取れる場所に隠すはずだ。沼の中にはたくさんの魔物が居る。そんなところに沈めるはずは・・・・・・」 トルネコはちびモグラが指差した辺りをじっと見つめた。確かに他の場所と比べるとどこがどうとはいえないが雰囲気が違う。人工的な感じがするのだ。 ちびモグラはずっと岸を調べていたが、妙な石板があるのを発見した。ロレンスが気付いて調べる。石板はただの四角い板だったが、持ち上げてみると下から鎖のついた鉄の輪が見つかった。ロレンスは二人を呼び寄せ鉄の輪を引いたが、詩人のひ弱な力では輪はびくとも動かなかった。 「どけどけ、力仕事は任せろ。」 スコットがロレンスを下がらせると、渾身の力をこめて輪を引いた。顔が赤くなり、腕の盛り上がった筋肉に血管が浮き出ている。鎖が少し動いた。 「スコット殿！頑張れ！」 トルネコがスコットの腰に手を回してひっぱるのを手伝うと、重みが加わったせいか、鎖はじゃらじゃらと音を立てて引き出された。スコットとトルネコは後方に尻餅をつき、腰をさすりながら立ち上がると、沼の岸に立ってロレンスとちびモグラが目を見張っていた。 トルネコは二人（一人＋一匹？）に何が起きたのか尋ねようとしたが、自分の目で今起こっている光景を目のあたりに見て言葉を失ってしまった。 沼の水がどんどんなくなっていく！ごうごうと水の流れる音がして足元から水がなくなっていくのだ。 水面が下がり、沼地のなかに立っていた枯れ木の根元が見え始め・・・・・・ちびモグラが指したあたりにきらりと光る箱が現われた。 「おお！」 トルネコがかけよろうとするのをスコットが止めた。」 干上がった水からうねうねとのたくる長いものが現われた。ミミズではない。いぼがたくさんついた灰色の気持ちの悪いものがたくさんいる・・・いや、たくさんではない。その長いものはすべて一匹の魔物の体についているのだ。イカともタコともつかない半分透き通った魔物が触手をうねらせて襲いかかってきたのだ。 「トルネコ殿！エレフローパーだ！下がっていろ！」 スコットは槍を構えて突き進んだ。しかし、エレフローパーの強靭な足は槍を薙ぎ払いスコットの体も一緒に宙を飛んだ。そしてなお、スコットに襲いかかり、足を巻きつかせた。 「いけない！」 ロレンスは思念を集中させると、勢いよく手のひらをエレフローパーに向かって突き出した。帯状の炎が足を直撃し、スコットは素早く飛び退いた。 「二人とも！呪歌を使います！私の音楽を聞かないように！エレフローパーが眠るまで注意を引き付けておいてくださいね。」 ロレンスは竪琴をとった。トルネコとスコットは耳栓をした。 ロレンスは弾き始めたがなかなか魔物は眠ってくれない。スコットは雄々しく槍をとって胴体に狙いをつけて戦っており、トルネコは正義のそろばんを握り締め、一本の足と戦っていた。かなりの苦戦だ。背負いこの中に隠れていたちびモグラは恐怖の叫びを上げて手近にあった革袋からマシマロを一つ投げ付けた。マシマロはエレフローパーの口に飛び込んだ。すると不思議にもエレフローパーの動きが止まった。 ”まさか、マシマロのせいで！” トルネコがびっくりしているとロレンスがとんできて耳栓を取った。 呪歌が効きました。さあ！今のうちです。」 あ、そうか、そうだそうだ。 エレフローパーはすっかり眠っていた。トルネコとスコットは顔を見合わせるとにたりと笑った。 「それじゃ、とどめをさしましょうか。」 「おう。」 ってんで・・・・ ぐさ！ ロレンスは二人のそばにいくと、優しく言った。 「とうとうやりましたね。お二人ともだいぶ怪我をしているようですよ。さあ。」 そして回復の呪文を唱えた。傷は完全とはいえないまでもなんとかふさがった。 「自然に溢れる命の精をつかう精霊使いや、神に仕える神官さまのようにはいきませんが・・・大丈夫ですか。」 二人は頷き、三人は揃ってエレフローパーの死骸の下にあった水晶の宝箱を引き出した。スコットが槍で突くと鍵は外れ、トルネコがゆっくり蓋をあけるとそこには噂どおり銀の女神像が入っていた。 それほど大きな像ではない。しかしなんと美しいことか！のびのびとした手足を持った女神が、木々の葉で飾られた椅子から立ち上がり、薄い衣を風になびかせている。女神の表情は清らかで厳かで、しかしじっとみていると可愛い娘のようにも見える。ロレンスはうっとりと見惚れ、無骨者のスコットでさえ、瞳を輝かせた。ちびモグラに到っては、小さな妖精がいるのだと勘違いしてキイキイとしきりに話し掛けている。トルネコは女神像を丁寧に布で包んで宝箱に入れなおすとしっかり背負いこに固定した。 三人は顔を見合わせて微笑んだ。満足の笑みだった。 「さて、帰りましょうか。」 トルネコがどっこらしょっと背負いこを背負うと二人の仲間は先頭と一番後ろに回ってエンドール目指して沼地を後にした。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 古今東西の美術品を収集している中年貴族のスピネルは、銀の女神像が見つかったときいてびろうど張りのクッションから飛び上がって喜んだ。 「なんと！長年捜し求めてきた女神像を携えて商人が来ているとな？さ、さっそく通せ、いや、お通ししろ！」 召使が、宝箱を抱えたトルネコとネネを通すと、スピネルはばたばたと手招きした。 「ちこう寄れ！早く銀の女神像を見せてくれ！」 トルネコとネネは会釈して、宝箱の蓋を開けると貴族の前に跪いて捧げ持った。スピネルは震える手で女神像を掴み、喜色を満面に浮かべた。 「おお！これこそ究極の美！これほどの美しさを持った像をわしは今までに見たことがない。夢にまで見た私の恋人よ！」 そして女神像に頬摺りをした。 トルネコとネネはくすくす笑いをこらえていたが、次の瞬間、トルネコはスピネルにいきなり抱きつかれて心臓が飛び出すほど驚いた。 「おお、商人よ、そなたよくわしの夢をかなえてくれた。わしは嬉しいぞ。お願いだ、わしに売ってくれ。是非買い取らせてくれ。おぬしの言い値でいいぞ。」 ”言い値でいい”といわれ、トルネコはじっと考えた。そしてスピネルから離れると、用心深く言った。 「ひ・・百万Ｇでは・・・？」 スピネルは怖い顔をした。 ネネがトルネコにかけ寄った。トルネコは青ざめた。ちょっと高値をつけすぎたようだ。 スピネルはトルネコに人差し指を突き付け、押し殺した声で言った。 「百万Ｇだと？」 「は・・・・はい・・」 「本当に百万Ｇといったのだな！」 「あ・・・いえ、別にもっと安値でも私は・・・」 「 ば か も ん ！ 」 スピネルに怒鳴られて夫婦は目を暝り肩をすくめた。スピネルはこめかみに青筋を立てている。 「ばかもの！この美しい女神像に百万Ｇの値打ちしか認めないというのか！ああ、嘆かわしい。この世には芸術がわからないものがなんと多いことだろうか。この像には最低でも五百万Ｇの値打ちがある。どうでもそれだけは受け取っていただく！」 トルネコは、スピネルが何を言ったのかようやく把握すると大きな口を開けて笑い、スピネルと握手した。スピネルも上機嫌でうはうは笑っている。 「ときに商人よ。もし良かったらお前の美しい娘を五人目の妻に貰ってやってもいいぞ。ほんとうに美形じゃ。」 トルネコはネネの前に立ちふさがった。 「 お 断 わ り し ま す ！ 」 あまりの迫力にたじろぐスピネルであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ネネはずっしりと重い金貨を抱えて憮然として歩いている夫を見てくすりと笑った。 「あなた、何を怒っていらっしゃるの。」 「あの貴族め。よりによってお前を妻に欲しいなどと・・・・」 ネネは笑った。 「あなたは年の割には恰幅がいいから私のお父さまに見えたのよ。失礼ね、あなたは私の大切な旦那さまなのに。」 トルネコはネネを優しく見つめた。 「・・・・・・・いや、お前、ほんとうにお前は若くて綺麗だから・・・・・私にはもったいなくて・・・・・・十歳も離れているからね。親子に見えても仕方がないかも・・・」 ところが当のネネはトルネコよりもずっと先に歩いていってしまいトルネコの言うことを聞いていなかった。 「あなた。これでブランカへの洞窟工事のお手伝いができるわね。スコットさんにもロレンスさんにもお礼をして・・・あなた、夢がまた一つかなうのよ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ トルネコは早速洞窟の老人に援助させてもらうと申し出た。老人は人夫を集め、工事を再開した。開通したならばすぐにトルネコに知らせると約束し、老人はトルネコと固く握手した。 トルネコはまた元通りに武器の仕入に精を出し、ネネは笑顔を振りまきながら店に立った。 平和な生活を絵に書いたような・・・・確かにそうだ。しかし、トルネコやが外に出て客もいないとき、ネネはなぜだか悲しくなることが多かった。カウンターの上に手を組んで額を手の上につけて、涙を流している・・・・そんな自分をネネは情けなく思った。 ネネの涙に気付いていたのはちびモグラだけだった。彼はネネが泣いているのに気付くと、必ずふわふわした毛の生えた前脚で涙を拭ってやるのだった。 「ありがとう、チビさん。」 ネネは顔を上げて微笑んだ。 「私はいけない奥さんね。・・・・トンネルが掘りぬかれると、東のブランカへの道が開かれるわ。・・・・・そうしたらきっとあの人は東に行ってしまうでしょう。それが怖くてわたしは泣いていたの。・・・・・・おまえが心配することじゃないのよ。」 ちびモグラには、人間の微妙な心はわからなかったが、自分の大好きなネネさんがどうもトンネルのことで泣いているのだということは理解できた。 行動力はちびモグラの専売特許である。彼はカウンターから飛び下りると、台所の棚から大量のマシマロを抱えて外に飛び出していった。 次の日の朝、トルネコ家に届いた知らせは悪いものだった。工事中のトンネルが夜のうちに崩れたのだ。幸い人夫に怪我はなかったが、元通りにもどすだけでもたいへんな手間がかかるということだった。 トルネコはしょんぼりと肩を落とし、ポポロも大好きなパパが元気がないのをみて、朝ご飯も喉を通りにくかった。ちびモグラだけが旺盛な食欲を見せ、ネネに向かって胸を張ってみせた。 ネネは何が起ったのかを鋭く察し、ちびモグラを抱き上げて下の店に降りていった。そしてチビにいいきかせた。 「何てことをしてくれたの？・・・トンネルを壊したりして。あれは・・・・うちの人の夢なのに・・・・・・」 ちびモグラは、ネネが怒っていることを知り、どうしてよいかわからずに、丸くなって頭を隠した。」 「・・・・ごめんなさいね。私がトンネルが掘りぬかれることを悲しんでいたからあんなことをしたのでしょう？・・・・本当は私もトンネルが早く通ってほしいのよ。トンネルが通ればあの人が喜ぶ。あの人の夢は私の夢。・・・・・お願いよ。崩れたところを元通りに直して。おチビさん。」 ちびモグラはキイキイ鳴いた。ネネはトンネルを掘ってほしいと言っている。他のことはともかくトンネルを掘ればいいんだ。 ちびモグラはキラキラ光るガラスだまをポンと叩くと、またもやマシマロを抱えて外に飛び出していった。そしてそれきり何日も帰ってこなかった。 ちびモグラが出ていってから、工事現場からやってくる知らせは明るいものばかりになった。モグラが工事を手伝い始めたのだ。特に、固い岩盤につきあたって行き詰まっていた部分が一夜にして貫通してしまったときには五十匹ほどのいたずらモグラがキラキラ光るガラスだまを赤いリボンで首から下げた小さなモグラを先頭にして整然と働いているのが目撃されたという。 冬も初めに入ったある日、赤いリボンを首に巻いたいたずらモグラがトルネコの家の前で倒れていた。灰色の毛皮にはうっすらと霜がかかり、目はしっかりと閉じられていた。 朝の掃除に外に出たネネがちびモグラを見付けた。 「チビちゃん？」 ちびモグラは動かなかった。 「チビちゃん！」 ネネはちびモグラを抱き上げて台所に連れていくと涙をこぼした。ポポロがぱったんぱったん階段を降りてきて、泣いているネネと動かないちびモグラを見た。そしてネネに飛び付いた。 「わあ！チビすけが帰ってきたんだね。嬉しいな。ママ、ママ、どうして泣いてるの。何か悲しいことがあったの？」 ネネがちびモグラを指差すと、ポポロはちびモグラを抱き上げて霜を払った。 「お帰り！チビすけ。もう朝だよ！」 ちびモグラは大あくびをして目をパチパチさせた。 ネネはきょとんとしてそれから大笑いしトルネコを起こしに二階に上がっていった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ その日、トルネコは朝からついていた。 今まで取引のなかった鍛冶屋が、トルネコの店の評判を聞いて武器を卸してくれることになり、いつか助けてもらった三人組の商人は、織りのしっかりした布を色を取り混ぜておいていってくれた。 武術大会の後、しばらく閉鎖されていたカジノがポーカーとスロットマシンだけ一応再開され、早速押し掛けて何の気なしにスロットマシンに一枚入れたところ途端に山ほどコインが出てくる。ほくほく顔で景品交換所に行って不思議な力があるという腕輪と交換しているところに使いがやってきた。 「トルネコさんですね！とうとうブランカへのトンネルが開通しましたよ！」 トルネコは使いの男を労い、どたどた走って家に帰るとすぐに背負いこを背負ってトンネルへと出発した。 「あなた！お弁当よ！」 ネネに言われてあわてて弁当を取りに帰る。 「トンネルを見て、お爺さんに挨拶をしたら帰ってくるからね。」 いそいそと出掛けるトルネコを、ネネとポポロはにこにこ顔で見送っていた。 トンネルは見事に掘り上がっていた。馬車もすれ違えるような広い道、しっかりした壁、一定の間隔で置かれたたいまつがほのかに道を照らしている。 老人が・・・・今ではもう前ほど痩せても咳き込んでもいない老人がトルネコのを抱擁した。 「あなたのおかげでこうしてトンネルが掘り上がりました。三日後、エンドールの王様にもいらしていただいて開通式をする予定です。ご足労ですがその時にも来ていただけますかな？」 トルネコは是非と言って、最後の仕上げをしている人夫たちを頼もしげに見つめた。人夫のうちの一人の肩にはいたずらモグラが一匹乗っかっていて、キイキイ声をたてている。老人が笑った。 「慣れてみるといたずらモグラというのは可愛いものですな。あいつはあの男のかみさんの作るマフィンがすっかり気に入っているらしい。」 トルネコは微笑んだ。 「うちにいるのはアップルパイとマシマロが好きですよ。」 トルネコが家に帰るとネネがにっこり笑って立っていた。家の土間には荷物をぎっしり詰めた革袋が置いてあった。トルネコはびっくりした。 「な、何だい。これは？」 ネネは何にも言わず、夕食を支度していつもと同じように家族三人で食事を済ませて、皿を洗うとポポロを寝かし付けてから食卓に先程の革袋をどしんと置いた。 「この中には、これだけのものを入れましたわ。足りないものがないか見てください。」 ネネは紙に書いたリストを夫に見せた。薬草、ランタン、油、ロープ、砥石、下着・・・・旅じたくの一揃いだ。 「お前、これは一体・・・・」 「クッキーやパウンドケーキも入れますからね。」 「・・・・ネネ・・・・お前、勘違いをしているのじゃないかい？」 「勘違いじゃありません。あなた、旅に出たいのでしょう？」 トルネコは一瞬氷ついたように動かなかったがプルプルと首を振ると笑った。 「旅になど出ないさ。やっと念願のエンドールに出した店が軌道に乗ったんだ。それにお前やポポロを残してどうして旅になど行けるんだい。」 ネネはじっと夫の顔を見つめた。 「私を安心させようとしなくていいのよ。・・・・トンネルの先にある東の国、そしてもっと遠い国に行きたいって顔に書いてあるワ。色々な人に出会って素晴らしい魔法の武器を見付けて世界一の武器屋を作るって。」 図星である。 「ネネ・・・・」 「結婚してもう十年になりますもの。あなたの考えていることはたいていわかるのよ。」 トルネコは息をついた。そして大きく息を吸いこんだ。 「・・・・・ネネ、実はそうなんだ。武器や宝物を・・・そしていつかは天空の剣をこの目で見てみたいんだ。何もかもを自分の目で確かめたい。・・・・・予感がするんだよ。私を待っている何かが、誰かがあるって。・・・・・すまない。」 ネネは微笑んだ。 「いいのよ。わかっていたことですもの。あなたはいつも夢を持っていないと生きられない人・・・・・そんなあなただから私も好きになったのね。行ってらっしゃい、あなた！いつまでも待っています！」 トルネコは胸が一杯になった。ネネはこみあげてくる涙をこらえて笑った。 トルネコが出発した日は、冬ではあるが暖かい晴れた日だった。 朝からちびモグラが騒ぎたて、薄汚い布袋に一杯の木の実をもっていってくれるようトルネコに頼んでいるようだ。トルネコは包みを開けた。色々な種類がある。トルネコが使い方のわからないものばかりだった。ちびモグラは一生懸命身振りで伝えようとした。 「ん？これは、食べると元気が出るのかい。で、こっちは・・・・食べると眠くなる？ぶっそうだなあ。こっちは食べるとあったかくなって・・・・こいつは？」 綺麗な緑色の実だけは何に使うのかがわからなかった。ちびモグラは土に潜ってそれから一気に空中に飛び上がる動作を繰り返すのだがまさか爆薬代わりではあるまい。とにかく有り難く貰っていくことにした。 ポポロは、森から取ってきた薬草を乾燥させた束を渡した。トルネコはポポロをぎゅっと抱いた。 「パパは長い旅に出るけれど、その間ママを助けて強い子になるんだぞ。ほら、ここに日記を買ってきた。」 トルネコは茶色の皮表紙のついた何も書いていない本を渡した。 「パパが居ない間に起ったことを書いておいておくれ。パパが帰ったときにお前が説明できるようにね。わかったかい、ポポロ。」 ポポロは目を涙でぐしょぐしょにしていた。 「うん！大丈夫さ、僕は、僕は強い子だもん！パパがいなくたって大丈夫・・・・・でも、早く帰ってきてね。」 ネネは焼きしめたパウンドケーキとマシマロを背負いこに積んだ。 「あなた、気をつけて。無理はしないでくださいね。・・・・それからお酒は程々に、食べすぎもしないように。酒場の女の子をからかっちゃ駄目ですよ。足元に注意して転ばないように。暑くても寝冷えをしないように毛布はしっかりかけて。朝寝坊はいけませんよ。できたら強い人を仲間にして旅をして下さいよ。あなたは戦士ではないのだから。」 ・・・・いちいち耳の痛い話である。ネネは笑った。 「それから・・・・・私のことを忘れちゃ駄目ですよ！」 トルネコはネネにキスして背負いこを背負うと正義のそろばんをしっかりと右手に握った。 さあ、新しい旅への出発だ！ 片田舎の町、レイクナバの武器屋の使用人だったトルネコはいよいよ世界一の武器商人の夢を追って歩き始めた。 夢を実現させてきたトルネコ、彼の今度の夢もまた実現されるのだろうか。 しかし、彼はまだ知らない。天空の剣を使いこなせるこの世でただ一人の勇者と行動をともにするようになることを。 遥かなる東の国に、行け！トルネコ |
またいたずらモグラです。
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