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| ”これは困ったぞ。” バブルスライムはずるずる・・ずるずるっと近付いてくる。トルネコは右手に持った鎖鎌を首の辺りを通してランタンを持っている左手に渡した。その間にも緑色の魔物は足元に迫ってくる。魔物がランタンの下にやってきたとき、トルネコは姿に似合わぬ美声を張り上げて歌いだした。 「 お休み森のうさぎたち～。リスもしっぽにくるまって。お休み里の小鳥たち～。ねこも体を丸くして。お休み町の子供達～。今日もよい夢みるように。え～と・・・・お休み地下の魔物たち～。永い眠りにつくように～。」 歌をきいて動きをとめた魔物の頭上にトルネコは鎖鎌を落下させた。ぐちゃっという嫌な音がして、緑色の飛沫が飛び散った。 ・・・・というわけで、一匹の魔物を倒したわけだが、事態は一向に進展したわけではなかった。相変わらず体ははさまったままで動けない。更に悪いことに、ランタンの油が少なくなってきた。予備の油は背負いこの中だ。そんな中、ビーズのように光る小さなふたつの目が近付いてきた。先程のスライムよりずっと動きが早い。 ”ああ・・・おもえば短い生涯だった。こんなことになるのだったら、いくらネネの料理がうまいからといって食べすぎるのじゃなかったなぁ・・・・” 魔物はキイキイと鳴いた。。首からガラスを下げたさっきのちびモグラだ。黒いまんまるい目がランタンの光に照らされて宝石のように光っている。モグラはトルネコを指差してキキキキキと体を揺らし、腹を抱えて転がった。そして、嬉しそうにあちこちとびまわった。 そして、やおらトルネコの体にかけのぼると、腹がつっかえているあたりの壁を鋭い爪で猛烈にひっかき始めた。トルネコは、くすぐったいやら爪でこすれて痛いやらで目を白黒させていたが、十分もしないうちにゆるんできて腹が抜けた。 「ありがとうよ！お前さん、体は小さいが、きっと将来大物になるぞ！」 モグラは、ランタンに油を補給し、腹の擦り傷に軟膏を塗り込むトルネコを好奇心たっぷりに眺めていたが、ついてこいというようにキイキイ鳴いて先に立って歩き始めた。 トルネコは戸惑いながらもちびモグラに従った。さっきトルネコがつかえていたところが通路の一番狭い所だったらしく、もう普通に歩ける。ところが、しばらく行くと行き止まりになってしまった。前も左右もしっかりした壁だ。モグラは通路の床にある小さな穴にもぐってしまい、なかなか出てこない。 「おい。私はさっきの幅でもつかえたんだぞ。そんなに小さな穴に入れる訳がないだろう！」 トルネコは穴のそばをランタンで照らした。すると、床と壁の境がなんとなく不自然な気がした。カンテラを持ち上げて壁を観察すると、一つだけ色の変わった石がある。彼はその石を押してみた。するとどうだろう！壁全体が後ろに下がり、通路の奥に人一人が入れるくらいの空間ができたではないか。その空間の奥から、キイキイいうモグラの声が聞こえる。トルネコが入っていくと、モグラは部屋の隅に積み上げられた自分の宝物を得意げに指差した。ガラスのかけらや、何かの防具の金属の切れ端、ひびの入ったタイル、とにかくキラキラ光るものだ。要するにこれを見てほしくてトルネコを呼んだらしい。 トルネコは苦笑した。”モグラの恩返し”という昔話が各地に伝わっているというが、これがそうなのだろう。よっぽどアップルパイが気に入ったとみえる。 ちびモグラは、ちょっと惜しそうに自分の宝物を並べていたが、そのなかから赤く光るガラスを取り出して、トルネコに差し出した。 しかし、トルネコはそれを見ていなかった。彼は部屋の壁にたてかけられた二十本近い槍、その上の棚に並べられた鉄の兜に目を釘づけにした。一つ取り上げて見定めたところ、全く錆びていない。すばらしい保存状態だ。 モグラがシャツの裾をくいくいと引いた。そしてガラスを差し出した。 トルネコは笑った。 「お前さんのお宝なんだろう？大切にしておくんだな。それより、この槍と兜を持っていってもいいかな？」 モグラはトルネコの身振りから、彼が何を欲しがっているかを察したが、 ”あまり光らないそんなものはつまらないよ。” というように首を捻った。とにかくトルネコがガラスをいらないことが分かり、モグラは嬉しくなったようだ。 トルネコは背負いこの中からロープを出すと、槍を二つの束に分けて縛った。そして兜を四個背負い子に入れると一つは自分の頭にかぶった。 トルネコは三回に分けて、小部屋にあった武器と防具をすべて運びだした。もう日はとっぷりと暮れている。トルネコは野営の準備をし焚火をたいた。干し肉を齧り、ネネがつくったマシマロを木の枝に刺してあぶっているとちびモグラが来て大きな足を投げ出して火にあたっている。トルネコはあぶっていないマシマロを一個モグラに放った。モグラはうまく口で受け止め飲み下した。 トルネコはマシマロを小枝から抜いて火傷をしないように気をつけて食べると焚火の火に照らされた砂の上に、絵をいくつか描いた。そして廃墟を指差した。モグラはいくつかの絵�｢�｢�｢�｢魚や鍬の絵�｢�｢�｢�｢には反応を見せなかったが、剣や斧や鎧の絵では、その上で跳び跳ねてみせた。しかし、一番嬉しそうに跳び跳ねたのはアップルパイの絵の上だった。 気付くと、また、他のいたずらモグラたちも集まってきているようだ。 ”こりゃあ、有力な案内人ができたようだぞ。” トルネコはほくそ笑み、焚木をたっぷり補給すると寝袋のなかに潜りこんだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の朝、日の出前に起きたトルネコは、槍と兜を背負ってレイクナバの町へ戻った。武器屋から午前中の務めを終えて帰ってきたネネがとびっきりの笑顔で出迎えた。 「お帰りなさい！よく無事で！まあ、あなた！すごいわ。」 ネネにキスされてちょっと目尻を下げたトルネコは、早速戦果を床に降ろした。ポポロもやってきて ”やっぱりパパはすごいんだぞ。” と槍と兜を眺めている。 「ポポロ。二階に行ってパパの道具袋を取ってきてくれないかい。」 ポポロはあっという間に行って帰ってきて道具袋を父親に手渡した。トルネコは槍の穂先を磨き始めた。彼の手にかかると見る見るうちに槍は鋭い輝きを取り戻していく。ネネは急いでサンドウィッチを作ると夫の隣に置いた。仕事に没頭しているときは、食事をする間も惜しむのをよく知っているからだ。 「ああ、ネネ、有難う。あのね、明日もまた出掛けるよ。まだまだあそこには何かがありそうだからね。今度は長くかかりそうだから、食料をたっぷり用意しておくれ。」 「はい。そうなるかもしれないと思って保存のきく干し肉やピクルスを樽から出しておいたわ。パウンドケーキも作りましたから。」 トルネコは手を休め、妻をじっと見た。 「・・・・・ご苦労なんだが・・・・パウンドケーキをもう少しと、アップルパイを三つ。それにマシマロを袋に一杯貰えると有り難いなあ。」 ネネは”別にいいですけれど・・・・”と答えてから、じっとシャツを見てトルネコに囁いた。 「でも、あまり甘いものを食べると、また、お腹がどこかに挟まりますわよ。」 トルネコは息をついた。・・・・・・ネネには何でもわかってしまうのだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の日の昼、廃墟の前はいたずらモグラのキイキイ言う鳴き声で一杯になった。トルネコはモグラを下がらせて、剣と斧、兜と盾、そして鎧の絵を地面に描いた。 「いいかい。こういうのがあるところに案内しておくれ。案内してくれたら、これを上げよう。」 トルネコがアップルパイのまるのまんまを高く掲げると、どよどよどよとざわめきが沸き起こった。 「持ってこられるものがあったらそれでもいいぞ。」 またどよどよどよ・・・ トルネコが何度か説明する内に、いたずらモグラはつぎつぎに廃墟のなかに潜っていった。トルネコを案内しようというものは、一昨日のちびモグラとその仲間らしい五匹の他にはいなかった。トルネコが入っていけるような大きな通路を知らず、ちびモグラが案内しようと思ってルートを下見していたのかもしれない。 トルネコは六匹のモグラについて中に入った。しばらくいくと、前と同じように行き止まりだ。モグラ達は一斉に右の壁を指差した。そこには色の違う石がはまっている。トルネコは笑って石を押した。今度は床石がずれて、下に続く階段が現われた曲がりくねった螺旋階段を足元に注意して降りていくと、かなり広い通路に出た。両側の壁の所々に斧がかけてある。トルネコは地図のなかにばってんをつけてあとで取りにくることにした。何か武器があるとモグラが一斉に指差してくれるので楽なことこの上ない。と、一斉にモグラたちがトルネコの後ろに隠れた。緑色のバブルスライムが四匹だ。 「でたな！ブクブクズルズルめ！」 トルネコが鎖鎌を一旋すると、バブルスライムはつぶれて床にしみ込んでしまった。モグラは一斉に足を踏み鳴らす。彼らにしてみると拍手のつもりらしい。広い通路を歩いていくと、壁に大きな突起があった。モグラ達はすっと前脚を上げて指差している。 「・・・・これを押せというのかい？」 トルネコがボタンを押すと、そこがすべり台のようになり、下へ下へと滑っていってしまった！ 「こんな仕掛けもあったのか・・・・どうも、エスタークという国は、とんでもない国らしいなあ。」 悠長に考えているうちに、下まで滑り落ち、止まった。そこでは通路の両側にいくつかの部屋があり、調べてみると二つの部屋に武器や防具が保存してあった。骸骨もいくつかあったが、トルネコは目をつぶってできるだけ見ないようにした。 トルネコはちびモグラを抱き上げて頭上に乗せた。 「おい、お前さん。自分たちがどんなに私に素敵なことをしてくれたかわかってるかい？」 ちびモグラは恐怖の声を上げた。 「ん？高いところは嫌いかね？」 トルネコは笑ったが、足元のモグラたちも何かを恐がってトルネコの体にはい上がり、背負いこの中に飛び込んだ。 トルネコはじっと通路の先を見た。二十匹ほどのモグラが近付いてくる。 「なんだ。縄張り争いか。私に任せなさい。パイやガラスのオハジキを渡して通させて貰うことにしよう。」 しかし、近付いてくるに従ってそれがいたずらモグラではないことにトルネコも気付いた。そっくりの姿をしてはいるが、毛の色が青灰色で目付きが鋭い。乱暴者で無差別に攻撃をしかけてくるキラースコップという魔物だ。 「どっちにしろ、このトルネコに任せなさい。」 トルネコは屈むと、床をおおっているやわらかい埃を手一杯に掴んで投げ付けた。キラースコップは鼻を押さえ、何びきかはくしゃみをしはじめた。 「さあ！いくぞぉ！」 鎖鎌を構え、つっこもうとしたトルネコだが・・・・勢い余って転んでしまった。しかし世の中何が幸いするかわからない。うまく鎖鎌がうなりを上げて十匹ほどの敵がすっとんだ。その様子をみた残りのキラースコップはじりじりとあとずさりする。 「来るなら来い！」 鎖鎌が再びうなりをあげ、二匹が宙に舞った。キラースコップは逃げていった。 いたずらモグラ達は背負いこから這い出して、足を踏み鳴らした。トルネコはキラースコップの死骸を、通路の隅に集めて手を合わせると、死骸が見えないところまでいって床に座り込んだ。 「少し動いたら腹が減ったぞ。おやつを食べようか。」 トルネコは背負いこから革袋を取り出すとマシマロを七個つまみ、モグラたちと自分に一つずつ配った。 これでどうやらかなりの資金が調達できそうだ。町の誰かに荷車と馬か驢馬を借りて・・・・・ ずごごごご・・・・・ 低い音が聞こえる。 「なんだ？」 ずごごごごごごご・・・・・・・ 床が揺れている。 モグラが身を寄せあっている。 「いろいろとここには仕掛けがあるようだが又何か・・・・」 ず ご ご ご ご ご ご ご ・ ・ ・ 大きな岩が・・・・通路を埋め尽くすほど大きな岩がどこからともなく転がってきた。 「わああああ！」 トルネコは太った腹を揺らし、必死で逃げた。最初の角を左に曲がる。しかし岩はトルネコを追うように転がってくる！モグラ達は背負いこに飛込み前脚で齧り付いている。 「やめろやめろやめろ！私はパイ生地じゃないんだぞ！つぶしてのばしたって何の役にもたたないんだからな！」 そう叫んでも、岩に聞こえる訳はない。 トルネコは力のかぎりに短い足を一杯にのばして走った。次の分かれ道を右に曲がりその次のＴ字路をどちらに曲がろうか考えていると、背負い子からトルネコの肩に跳び移ったちびモグラが天井を指差した。 「う～ん。それしかないか。」 トルネコはびゅんびゅん鎖鎌を回し天井に向って投げ上げた。鎌は天井に突きささりトルネコは鎖に掴まって上へ上へと昇った。 トルネコの尻の下をかすって、岩は左にまがっていった。そして物凄い”ごとん”という音がしたかと思うとちょっとさきにある大きな穴にはまって止まった。もしもあのまま左にまがっていたら、穴から落ちてお陀仏だっただろう。トルネコは天井からおりて鎌を引き抜くと、まだもうもうたる土埃がたっている大岩の方を冷汗を拭いながら眺めた。 埃が収まると、岩の向うに下に降りる階段があるのが見えた。モグラ達は一斉に指差した。 「わかっているって。」 トルネコは穴にはまった大岩をよじ登り、階段をおりようとしてモグラたちに聞いた。 「・・・・・お前さんたち、この下に降りたことがあるのか？」 モグラはぶんぶん首を横に振った。 トルネコは笑ってランタンに油を補給した。 「そうかそうか。お前さんたちも行ったことがないところなら、物凄いものがあるかもしれないぞ。」 階段を降りると、岩がごろごろ転がっていた。あるいはさっきの大岩の欠けらが落ちてきたのかもしれない。壁はしっかりした造りで、いかにもなにか重要なものが置いてありそうだ。通路に沿って進んでいくと、金属製の扉が現われた。鍵がかかっているのではないかと不安になったが、扉の前に立つと、魔法のようにすうっと開いてしまった。まるでどうぞお入りくださいというようだ。 部屋の中には宝箱が一つ置いてあった。かなり重い。それに鍵がかかっている。運びだして錠前屋に頼まないと開けられそうにない。 「お前達、これの鍵を知らないかい？」 積もった埃に鍵の絵を書いてみるが、モグラ達は首を捻るばかりだ。例の勇敢なちびすけは鍵の絵を覚えようとしているのかじいっと見ている。 「しかたない。このままで行こう。」 試しに持ち上げてみるとなんとか歩けそうだった。ところが、宝箱が置いてあった位置から少しでも動くと、金属の扉が閉じてしまうのだ。焦ったトルネコは扉にかけよったがびくともしない。モグラも心配して扉の下を掘ろうとしたが、固い石で作られているらしくひっかき傷ができた程度だ。 トルネコは、部屋の隅から隅まで調べ、最後に宝箱のあった床を見ると、石板があり薄く字が書いてある。古代語という奴だ。商売柄、いろいろな文字を勉強したトルネコは大体の意味を掴むことができた。 「なになに。”我が宝を盗むもの、部屋のなかに閉じ込められん。運命から逃れたくば、宝を元にもどされよ。”」 ものは試しと宝箱を元の位置に戻すと金属の扉はすうっと開いた。 「置くと開いて、取ると閉まるのか・・・・・」 トルネコは箱を退かして閉まるのを確認すると、どうしたものかと考えた。なかなかいい考えが浮かばず、どっこいしょと石板のうえに腰を降ろした。とたんに扉が開いた。 「！」 トルネコはポンと手を打った。この石板の上に重いもの・・・・自分のように重いものが乗ると扉が開くのだ。 「しかし・・・・私が乗っていたら宝箱を持ち出すものがいないし・・・・」 モグラたちが一斉に扉の外を指差した。 トルネコはもう一度手を打った。 「そうか！お前さんたち本当に頭がいいぞ！」 そして、一回宝箱を石板の上に戻すと、部屋を出ていって、一抱えもある岩の欠けらを背負って戻ってきた。宝箱をどけ、その欠けらを置くと、見事に扉は開いた。 トルネコは背負いこに箱を固定し、口笛を吹くとモグラたちを呼び寄せた。 「冒険はここまでだ。次は又明日。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 滑り台を昇るのに苦労し、へとへとになって出てきたトルネコだったが、それを補ってあまりあるものが彼を待っていた。小さな剣、細身の刀、革の帽子・・・・・・思い思いのものを抱えたモグラの群れが、トルネコの帰りを今やおそしと待ちかねていたのだ。 トルネコはにっこり笑った。そして、厳重に包んだアップルパイを開くと、叫んだ。 「さあ！どんどんやってくれ！」 トルネコが廃墟に出掛けて五日が過ぎた。町のものたちはだんだん心配になってきて、永遠のライバル（だと本人は思っている）宿屋の主人さえも町の入り口に立ってトルネコの帰りを待ちかねるようになった。 ネネはそんな男たちに暖かいお茶を配って歩き、 「でも、大丈夫ですのよ。あの人は一週間ぶんの食料をもっていきましたし、無理する人でもありませんから。」 と、元気づけた。ネネは一番寂しがっていたが一番落ち着いていたかもしれない。 五日目の夕方、トルネコが帰ってくると、男たちはまず、五体満足なのを確かめ、肩を叩きあった。 「よかったな。魔物に喰われてしまったかと心配したぜ。」 トルネコは口髭をこすった。 「喰われたことは喰われたんだがね。・・・・アップルパイを・・・・」 仲間達はキツネにつままれたような顔をした。 「そんなことよりも、誰か驢馬か馬と荷車を貸してくれないかな。あと手伝いも欲しい。けっこういろいろ見付けられたんだが、とても運んでこられなくてね。」 道具屋の若旦那が進み出た。 「荷車を貸してもいいが・・・・・あの廃墟まではとても車を牽いていけないだろう？」 「ああ。いやあ、近ごろいい道ができてね。」 自信ありげにいうトルネコに、防具屋の親父が尋ねた。 「俺は驢馬を貸してやりたいが。手伝いだってするぞ。でも・・・・・いたずらモグラの落し穴にはまって怪我をさせられちゃ困るがな。」 トルネコは、いたずらモグラも決して邪魔はしないと請け合った。 「礼はするよ。一先ず手付けで六十Ｇ。うまく運べたら更に五百Ｇ。驢馬が怪我をしたり、荷車が痛んだりしたらその分は弁償させてもらう。」 そこにネネとポポロがやってきたため、話は中断せざるを得なかった。ネネは汗びっしょりのトルネコの頬にキスし、トルネコはポポロを抱き上げて家路についた。 「頼んだぞ！明後日の朝、迎えに行くからな！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 農具屋の親父とあとから行くと言ってついてきた仕立屋の主人はびっくり仰天した。 まず、街道を歩いていればかならず出くわすいたずらモグラやモグラの掘った落し穴に全く会わなかった。そして、街道を外れて山に行くと廃墟まで細いがしっかりした道ができていた。木の根も丹念に掘り返されており驢馬が力を入れて牽くだけで荷車は軽快に進んだ。 更に、更にである！廃墟まで辿り着いた三人を待っていたのは、百匹になろうかといういたずらモグラの大群だった。モグラ達はビーズのような黒い目をパチパチさせ、こちらをじっと眺めている。 「さあ、頼んだぞ！」 呆然としている二人の背をトルネコは笑いながら叩いて、荷車に品物を載せ始めた。武器に、防具、もちろんあの大きな宝箱もある。瞬く間に荷車は一杯になった。 すべてが終わると、トルネコは背負いこから特別大きなパイを十個取り出した。 「ご苦労さん。これが最後のパイだぞぉ！しっかり味わって食べろよ～！」 トルネコがパイを並べおわると、モグラが一斉に群がった。その様子をトルネコは微笑んで見ていたが、ポケットに手を突っ込むと、ちびモグラの姿を捜した。 ちびモグラはパイの周りには居なかった。少し離れたところで地面を向いていた。トルネコが覗き込むと、ビーズのように小さい目から、涙がポタポタ落ちていた。トルネコはつやつやした毛皮を撫でると、ポケットからキラキラと光を七色に反射するガラスだまを取出し、ちびモグラの首の周りに赤いリボンでぶら下げた。 「町の店で買った安物だ。でもキラキラ光ってお前さんの趣味にぴったりだろう？・・・・・お前さんにゃあ特に世話になったからな。」 ちびモグラはしばらく俯いていたが、トルネコにマシマロを渡されると、マシマロを抱えたまま地面に潜っていった。 モグラ達は、山の出口まで見送りにきた。そして荷車が行ってしまうと、何やら植物の種を播き始めた。すると瞬く間に蔓草のようなものがはびこり、道はすっかり見えなくなってしまった。 「すごいもんだな。」 仕立屋が心底感動して言った。 「ああ、この世界にゃあまだまだびっくりさせられることがいっぱいあるんだろうよ。」 驢馬に揺られながら、トルネコはモグラたちと分かれたのを寂しく思った。 その日は荷車をそのまま置いておき、次の日の朝から本格的な荷ほどきが始まった。 武器は武器、防具は防具でわけ、さらに武器は武器の種類で分ける。そして、分類できたものはトルネコ自身がじっくり手入れをする。数えたところ、槍が五十二本、刀が六十振り、兜が色々取り混ぜて七十六個・・・・とにかく荷車にやまもりだったのだから相当な量だ。ネネは夫の横に座って兜や鎧を磨いている。ポポロも見よう見真似でお手伝いだ。こうやって手間をかければ価値はそれだけあがる。 そうして手入れをし終わったものを持ってトルネコは防具屋の主人のところに出掛けた。道具屋の主人は驚いた。 「おいおい、お礼として、宝石がはめこまれた綺麗な盾を一つもらったじゃないか。もういいよ。」 トルネコは、首を振った。 「いや。そうじゃなくて・・・・お前さんのところではどの位買い取ってもらえるかと思って・・・・」 「・・・・そうだなあ。この町で売れる防具の量はたかが知れているからなぁ。せいぜい・・・・」 防具屋の示した数は、トルネコを落胆させるものであった。 「まあそう落ち込むな。・・・・そうだ。皆に相談してみよう。今からすぐに頭数を揃えるから！」 防具屋の呼び掛けで昼ではあるが店をしめて、商店主たちが集まってきた。宿屋の一階にある酒場に座り、トルネコのために策を練っている。本当に素晴らしい仲間達だ。ポポロ坊やも心配そうに座っている。ネネは宿屋の女将さんと世間話をしながらも、男たちの話がどうなるか静かに見守っている。 「やっぱり、この町では売り尽くすことはできないと思うな。」 道具屋の若旦那が発言した。 「防具屋とそれから武器屋と、私のところが買えるだけかってそれでも余っているんだ。無理だよ。」 仕立屋も同意する。 「第一、あんな立派なものを使いこなす剣士がこの町にやってくるとは思えない。」 鍛冶屋が遠慮がちに、全部鋳溶かして農具にしてしまってはと言ったが、これにはトルネコが勤めていた武器屋の主人が猛反対した。 「あれは素晴らしい造りだ。鋳溶かしてしまっては価値が半減するどころの話ではない！」 トルネコは、ミーナが運んできてくれた茶を一口啜った。 「やっぱり、南の大きな町に行くしかないようだなぁ。」 これには宿屋の主人が異を唱えた。 「俺も初めはそれがいいと思ったんだが・・・・南の方から来た旅人たちが口を揃えて南には行くな、少なくとも腕のたつものが一緒でないと危ないぞと言うんだ。どうも恐ろしい魔物がボンモールの城に行くまでの山のなかに出るらしい。街道を歩く分には小さな魔物と戦うだけのことはできるだろうが大きな荷を持っていくとなると・・・・馬が襲われたらどうする・・・・・？」 トルネコは溜息をついた。武器の扱いには慣れているが自信がない。ネネが笑った。 「うちの人は剣の方は今一歩なんです。」 薬草を商っている男が静かに言った。 「これは・・・・ずいぶん前に、町に寄った旅の魔導士の爺さんから聞いたんだが・・・・・むかしから、この世界には魔法のかかった剣があるという。もちろん剣としても使えるし、魔法ができないものでも稲妻を呼んだり火や吹雪を吹き出すことができるんだそうだ。・・・・トルネコにこんな話はわかりきったことだな。そんな剣さえあれば・・・」 道具屋が薬草屋に質問した。 「そんな剣、どこにあるんだい？」 「うん。大きな町には売っているらしいがとても値が張るらしい。古い時代からの洞窟の宝箱に入っていることもあるという。」 全員の頭のなかに、トルネコが運んできた宝箱が浮かんだ。 道具屋の若旦那が突っ込む。 「トルネコ、あの箱はどうなったんだ？」 トルネコは首を振った。錠前屋の親父は匙を投げ、斧で叩いても壊れない。油をまいて火をつけても焼けないのだから手におえない。 「牧師さんのいうことにゃあ、あれは魔法がかかっているって。力の強い魔導士が呪文を唱えるかとにかく鍵がないかぎり開かないだろうとおっしゃった。」 トルネコは、一か八かボンモールにいってみようとこの時決心していた。ネネが心配げに見ている。 そのとき、ずるずるっと足を引きずるような音が聞こえた。戸口を見ても誰もいない。しかし、視線を下に降ろすと一匹のいたずらモグラが立っていた。 「おい！魔物だぞ！」 「齧られないように気をつけろ！」 トルネコは走り寄った。首にかけたガラスだまがきらりと光った。あのちびモグラだ。しかし、だいぶ様子が違っていた。灰色のつやつやしていた毛皮はすりきれ、血の固まりがこびりついている。傷の具合からして鋤鍬か茨の鞭だろう。モグラはトルネコの姿が目に入るとがっくりと倒れた。口には金色の鍵をくわえている。 「お前・・・これを届けに・・・・・・」 臆病ないたずらモグラがここまで来るにはどんなに恐い目に遭ってきたのだろう。 ポポロがそっとモグラを抱き上げた。父親からこのちびモグラのことはよく聞いていたのだ。さっそくネネが宿屋のかみさんに頼んで暖かい湯で体を拭いてやる。トルネコに叱咤され、薬草屋がきず薬を取ってくる、酒屋が消毒用の酒を取ってくる右往左往の末、ちびモグラはなんとか命をとりとめたらしい。 一同はふ～っと溜息をついた。いたずらモグラにこれほど手厚い手当てをした例は未だかつてあるまい。モグラは柔らかい布にくるまれ、ポポロに抱かれて眠っている。 「・・・・・どこまで話をしたんだっけ？」 道具屋の若旦那が記憶を辿った。 「これか？」 トルネコが鍵を差し出す。 「そう！それだ！」 トルネコ家から宝箱が運ばれ、宿屋の庭に置かれた。男たちは防具屋から鎧や盾を借り、箱を取り囲んだ。教会からは牧師が呼ばれた。恐いものみたさの野次馬も集まった。 「わ・・・・わたしはどうすればいいのかな。」 牧師は祈祷書を片手に首を傾げた。 宿屋の主人が牧師を前面に押し出した。 「だから・・・もしかしたら呪われたものが出てくるかもしれないんですよ！そうしたら牧師さまだけが頼りなんですから！」 トルネコは鍵を鍵穴に差し込んだ。ぴったりはまって回すとかちゃりと音がした。緊張のもとに蓋をあける。人々は息を飲み、牧師は祈りの言葉を唱えた。 箱の中には一振りの剣が入っていた。 「その剣はなんだ？」 盾の陰に隠れていた宿屋の主人がおそるおそる首を出した。 「破邪の剣だな。」 武器屋の主人が腕をくんで頷いた。トルネコはゆっくりと剣を鞘から抜いた。見事な剣だ。力のない自分が持っても大きな力を発揮するだろう。そしてこの剣は、敵に向ってちいさな稲妻を落とす魔法が封じこめられている。ネネがかけ寄ってきた。 「あなた、これで南に出掛けられるわね。」 トルネコはじっと妻の瞳を覗き込んだ。ネネは夫の肩に髪をすり寄せた。 「わかってます。私達は連れていけないっていうんでしょう？私なら大丈夫。この町のひとたちはいい人ばかりですもの。あなたがエンドールにお店を開いたらすぐにとんでいくわ。」 トルネコはうんうんと頷いて周りに集まった人々を見渡した。みんなにこにこ笑っている。 ”よーし。やるぞ！エンドールに必ず店を開いてみせる！” 破邪の剣が陽光にきらりときらめいた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ トルネコが旅立った日はおだやかな初夏の一日だった。彼は大工の親方が餞別に作ってくれた新しい荷馬車を小さいが辛抱強い栗毛の馬二頭に牽かせて教会前の広場で町のものに挨拶をした。 「・・・・・・ゆく先々で、この町の宣伝をし、遠い将来には皆さんをエンドールにお招きしたいと思います・・・・・どうか息子のポポロと妻のネネをよろしくお願いします。」 宿屋の主人が叫ぶ。 「任せておけ！お前にもしものことがあったらネネさんの面倒はこの俺が！」 宿屋の女将さんが亭主をはがいじめにした。 「トルネコさん。どうにも口の減らない宿六でごめんよ。・・・・・さびしくなるねえ。早く店を出しておくれよ！」 酒場のミーナもちょっと目を潤ませている。 「旅先でも”商人のラインダンス”を踊るといいわ。きっとみんな笑ってすぐに友達になってくれる。」 篭一杯の薬草に、樽一杯の保存食。道具屋の若旦那は小さな銀の笛を手渡した。 「こいつは商人の組合から貰った笛だ。吹くと、近くに旅の商人がいれば助けにきてもらえる。私は旅などしないから、トルネコに持っていってもらうよ。」 トルネコは一人一人に礼を言い、握手をした。さて、いよいよ出発というときにトム爺さんが馬車にかけ寄った。 「もし・・・もしも息子のジムに会ったら・・・・昔のことは忘れた。とにかく元気で暮らせと伝えてくれないじゃろうか。のう、トルネコさん。」 「伝えるとも。そしてレイクナバの町に帰ってくるようにってね！」 「いく先々の教会を訪ねなさい。神様のみこころに従った商いをするのですよ！」 「牧師さんもお元気で！」 「パパ！」 ちびモグラを肩のうえにのせたポポロがトルネコの手に紙を渡した。トルネコが拡げると、人間が三人と大きな家が描いてあった。 「それは新しいお店の絵だよ。パパがお店を見付けるまで僕、ママのお手伝いをしっかりするからね。早く呼んでくれなきゃ嫌だよ！」 トルネコはポポロを抱え上げ、自分の頭より高く上げるとすとんとおろした。ネネが無言でトルネコの手を両手で包んだ。 「みなさん！ポポロ！そしてネネ！またあいま・・・」 ポポロの肩にいるちびモグラが、自分はどうしてくれるのだと言わんばかりにキイキイ鳴いた。 「おっとそれからモグラのチビすけ。みんな！また会いましょう！」 馬に鞭をくれると荷車はゆっくり走りだした。町の皆が手を振っている。 ネネが二三歩走りかけ、追うのをやめて立ち止まった。 「いってらっしゃい、あなた。」 |
モグラ大活躍第二段
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