船から降りた姫が驚いたのは、何よりもまずエンドールの城下町の大きさだった。サントハイムの城下町、サランの数倍はありそうな大きな町だ。クリフトも威圧されたように目をぱちくりさせている。更に、その中にそびえる王宮の尖塔に目が行ったときはびっくりもしたし、悔しくもあった。なにしろサントハイムの城よりも荘厳で立派な城だった。姫がそのことを言うと、ブライは笑った。

　「別に城が大きいからどうだということはないではありませんか。エンドール王、マクゲア家は代々お祭騒ぎが大好きな陽気な王です。城の建造にも情熱を傾けたのでしょう・・・そのためにちょっとした失敗もときどきあると聞きますが。」

　「爺さま、とにかく宿を確保しましょう。武術大会で沸き返っていて、泊まれるかどうか・・・日が暮れないうちに・・・・」

　そろそろ灯火が点り始める時刻だった。石畳がひかれた大通りの左右には、一定の距離ごとにランプが設置されている。クリフトは一軒目の宿屋で断られ、二件目の宿屋では馬車だけ預かってもらえることになった。他の宿屋で馬を預かってもらえるかはっきりしない以上、馬と大荷物だけは置いていくことにした。町は夜だというのに大騒ぎだ。酒場の数も多く、のんだくれがあちこちにいる。サントハイムでは考えられないことだ。

　「爺。あそこはとても繁盛しているようだけど、何を売っているお店かしら。」

　ブライは、一際明るいランプの点っている店の看板を読んだ。”カジノ”要するに賭博場である。

　「あれは、一攫千金を夢見て遊びに興ずる輩の出入りする場所です。入らぬ方がよろしいですぞ。」

　アリーナは残念そうにその建物を離れた。働かないで金を手に入れることは罪悪だと承知していたが、覗くだけ覗いてみたかったのだ。
　三軒目の宿も断られ、一同は町の大通りを引き返して違うほうを探すことにした。アリーナがくいくいとクリフトの袖を引いた。

　「ねえ、クリフト。・・・・・綺麗な格好をした女の人たちが何人か立って居るけれどどうしたのかしら。なんか、寒そうだし・・・・」

　クリフトは、言われてみて女たちの存在に気付いた。

　「・・・・本当にどうしたのでしょうね。薄ものしか纏っていない。誰かから虐待されているのでしょうか。それにしては着物は綺麗ですし・・・・事情を聞いてみましょうか。なにか力になれるかもしれません。」

　ブライが二人の手をとって、老人にしては強い力で引っ張るとそこを走り抜けた。

　「じいさま！どうしましたか！」

　ブライは口篭もりクリフトを屈ませると耳打ちした。

　「あれは妓館じゃ。」

　「はあ？」

　「・・・・わからんか。パフパフ娘とも言う。」

　「ぱふぱふ、ですか？？？ぱふぱふってなんです？」

　「まだわからんのか。お前さん男じゃろうが。娼婦じゃ娼婦！」

　クリフトは真っ赤になった。

　「わ・・・私もそういわれればわかります。」

　「ま、お前さんには絶対に関係のない場所じゃな。」

　「わ・・・・・私だって木石ではありませんが・・・・・悲しいことですね。体を売るなどと・・・神はそんな商売を認めておりませんのに。」

　「存外、あの手の女は陽気だぞ。確かめてくるか？」

　クリフトは憮然とした。

　「とにかく、大きな町というのはこういうところなんじゃ。サントハイムが特殊なくらいだ。別に悪の巣窟というわけではない。人々は一日の労働をして、疲れを癒すために酒を飲み、遊ぶのじゃ。この通りはとくに歓楽街のようじゃから真面目なお前さんには毒じゃろう。・・・・さて、とにかく宿捜しじゃ。」

　三人は結局、城の前まで出てしまった。大きな城門の前は広場になっていて、武術大会に出場するためにやってきた男たちが、テントを張ったり、馬車のまま休んだりしていた。簡単な水場も作られており、王はそれなりの用意をしているようだ。ただ、あまりにも人が集まってしまったということか。
　三人がうろうろしていると、広場の警備にあたっている兵士が声をかけてきた。

　「そこの三人、こちらに来なさい！」

　鎧に身を固めた兵士は丁寧だが妥協を許さない声で城門の横手を指した。老人と神官とお転婆娘の三人連れは目をひいたのだろうか。三人はおとなしく従った。
　城の横手の小さな道を入ると、そこは衛兵の詰め所だった。三人を連れてきた兵士は、上官に報告し、三人に腰掛けて待つように指示した。しばらくすると、部屋を出ていっていた上官が帰ってきて、かなり狼狽した様子で三人を立たせてついてくるよう言い案内した。狭い通路を通り、兵士に守られた重い扉を抜けると、そこはもう絨毯の敷きつめられた豪勢な回廊だった。尚も歩いていって、大理石の階段を昇りつめると彫刻をほどこされた大きな扉につきあたった。両側に控える兵士が洗練された手つきで扉をあけると、そこは王の謁見の間だった。

　クリフトが一歩下がる。

　「なんじゃい。」

　「じいさま。私は姫さまのそば仕えではありますが、平民であり、更に神官としての位も高くありません。このような場所にご一緒するのは間違いかと・・・・」

　「・・・・いいから、一緒におるのじゃ。ここから消えたらあとで姫様に一発殴られるかもしれんぞ。」

　王は玉座から立ち上がって、アリーナの方に数歩歩み寄った。

　「サントハイムの元気な王女よ。お元気でしたかな？私を覚えているかな。」

　アリーナはいたずらっ子のようなきらきらした瞳の王の顔をみて、戸惑いながらも微笑んで、チュニックの裾を形ばかりもって会釈した。

　「ええ、覚えておりますわ、陛下。以前いらしたときに、私のとんぼがえりを見ていただいたことがありました。今思い出しました。あとにも先にもとんぼ返りを誉めていただいたお客様は王様お一人だけでした。」

　王は家来にクッションのきいた椅子を持ってこさせ、アリーナを玉座の横に座らせた。

　「・・・・でも、どうして私のことを・・・・」

　王はぱちんと指を鳴らした。金のとまりぎにとまった鷹が運ばれてきた。

　「サントハイム王、そなたの父君からの手紙をもってこの鷹がやってきたのだ。・・・・白髪の長い髭を貯えた気難しげな魔導士の老人と、緑の神官衣を来た温和で優しい背の高い若者、そして黄色いチュニックを着た元気者のわが娘がそちらに行ったらよろしく・・・と。悪い姫ぎみだ。あの立派な王を心配させるとは。・・・・・父君は、あなたが私の国で開かれる武術大会に行くだろうと半ば予想されていたようだ。父君は何回か予知夢をみたことがあるようですからな。・・・手紙には付け足してありましたぞ。”娘に伝えてくれ。体に気をつけろと。そして、力だめしがしたいのなら、最後までがんばってみろ、と。夢を追い掛けるのもよいだろう。父はお前の活躍を祈っている・・・・”と。」

　「お父さまが・・・・そんなことを・・・・？」

　武術の練習をすることさえ厳しく叱った父が、自分の活躍を祈っているという。もしかしたら自分は父親のことを誤解しているのかもしれない。

　「姫ぎみ。武術大会は明後日からです。その間は城に腰を落ち着けなさい。・・・・そして、よかったら、わが娘のモニカと話をしてやってほしい。さ、まずは湯でもつかってさっぱりなさるとよい。」

　ブライがアリーナに、あとで会いに行くからと合図し、女官に連れられて姫が出ていくと王にむき直った。

　「王よ。何か悩み事があるご様子・・・差し出がましいとは思いますが、お顔に苦悩が覗いております。」

　王はアリーナに対していたときとは全く違った表情・・・・眉根にしわを寄せ、沈んだ顔でうなだれた。

　「宮廷魔術師殿、聞いてくれるか。私の話を。・・・・いや、聞いてもらいたいのだ。・・・・・・」

　クリフトとブライは顔を見合わせた。

　「・・・・私は武術大会を催そうと半年前に決めた。魔物の出現で不安を抱いている国民に娯楽を与えるために。・・・そして、馬鹿な話だが、優勝者には娘のモニカと結婚させてもよいと口を滑らせてしまったのだ。・・・・モニカは殊勝にも、
　”武術に優れた人ならばきっと立派な方でしょう。私はお父さまに従います。”

と言ってはくれたが・・・・あれは悲しんでいる。・・・・おまけに・・・・・集まった出場者たちが、裏手のコロシアムで練習をしているのを見ておったのだが・・・一際目立った剣裁きをする青年がいるのだ。中々の美形で応援している娘たちも多いのだが、素性はしれん。その男は、木刀しか使っていないのにもかかわらず、模擬戦を挑んだ相手をもう三人も殺しているのだ。その三人は卑怯な手を使って、青年の目をつぶそうとしたり、隠し持っていた刃物を抜いたりした悪人であったらしいが・・・・・私は恐ろしいのだ。あの男は只者ではない。名を・・・・デスピサロという。・・・・・私は姫に幸せな結婚をしてほしいのだ。何か良い考えはないだろうか。・・・・もとはといえばこの私が悪いのだが・・・・」


　風呂から上がったアリーナは、ひらひらした絹のローブをあてがわれ、（これには閉口した。）王女モニカの部屋に通された。モニカは部屋に居ず、アリーナはすることもなくて、髪をリアのブラシでとかしながらベッドに座っていた。

　”モニカってどんな人だったかしら？”

　貴族連中にそっぽを向きっぱなしだったアリーナは、思い出そうとしてもモニカの姿を思い出すことはできなかった。

　”きっとおとなしくてすました感じの人よね、記憶にないっていうことは。あまり親しくなれそうにないなぁ。”

　パタンとドアが開き、モニカが入ってきた。モニカはアリーナが居るのに気付き、目をレースのハンケチで拭った。大きな青い瞳が涙で濡れていた。

　「どうなさったの？」

　アリーナが精一杯の王女言葉で尋ねた。モニカはしゃくりあげている。アリーナは慌てた。お転婆でも心根は優しい王女だ。何かしてあげたいと思い、モニカにかけ寄った。

　「あ・・・・あの、泣きたいならわーっと泣いちゃった方がいいわ。我慢しないでいいよ。」

　モニカはアリーナの肩にすがりつくとおいおい泣き始めた。真珠の涙がぽたぽたと花柄の絨毯の上に落ちた。

　「ね、ね！どうしたの！どうしたのってば！」

　モニカは、自分が武術大会の優勝者と結婚しなければならないこと、大会が近付くにつれて悲しくて悲しくてしかたないことを、ニつ年下のアリーナに向かってぽつりぽつり話した。

　「・・・・私だって、一人の女です。・・・・恋をして、自分の好きになった人と結ばれたいの・・・・お父さまの言いなりにならず自分の思うように生きてみたい・・・・・」

　アリーナは腕を組んで頷いた。

　「その気持ち、わかるわ。私、恋なんかはしたくないけど、やっぱり自分の思うとおりに生きてみたいもの。」

　「でも・・・・もう大会は始まってしまう。」

　アリーナはいたわるように年上の姫を覗き込んだ。

　「ねえ、武術大会で優勝した人なら、どんな人とでも結婚しなくてはならないの？」

　「ええ。お父さまがはっきり言ってしまったことですもの。」

　「女の子でも？」

　モニカはぽかんと口を開けた。

　「女の子だったら大丈夫でしょう？私、絶対に優勝してみせる！」

　モニカは涙の奥で笑った。

　「あなたが武術大会に？」

　「そうよ！私は世界一の武闘家になるの！私の名はアリーナ。サントハイムの王女です。」

　「知ってますわ。わたし、あなたと会ったことがありますもの。私が話し掛けてもあなたはぜんぜん相手にしてくれないで、ふいと外に遊びにいってしまいましたっけ。」

　「あら、そんな失礼なことしました？」

　「ええ、お城の庭に翻るあなたの赤い美しい髪をよく覚えています。」

　アリーナは笑った。一度深く頭を下げる。

　「ごめんなさい。・・・・とにかく、私、絶対に負けないわ！」

　アリーナは、枕をほうり投げると空中で蹴飛ばし、二回転して着地した。モニカは呆気に取られてから、拍手し、アリーナとしっかり抱き合った。
　二人の王女はすぐにうちとけて、一つのベッドのなかで安らかな眠りについた。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　武術大会の当日がやってきた。
　朝から花火が上がり、五日間に及ぶ大会の開幕を王が告げると、コロシアムに詰め掛けた国民が歓喜の声を上げた。正面にしつらえられた王家の席には、金色の蝶・・・王家の紋章が描かれた垂れ幕が下げられている。王の横には、緊張した面持ちのモニカが白いドレスに黒い髪を垂らして座っていた。挨拶が済むと、王家の人々は引き上げていった。今日はまだ初日、戦いに臨むのに適当かどうかという資格審査の日だった。なにせ、辺境の村から来た田舎剣士・・・はまだいい。ただの力自慢や、”おらぁお姫さまを一目見てみたいだぁ”という鍬をかついだ青年も出場しようとしている。いきなり対戦させては危険だということで、木刀を用いて、城の兵士がちょっとした手合せをするのだ。

　ブライとクリフトは王女の部屋の前でうろうろしていたが、アリーナが元気よく飛び出してくると朝の挨拶をした。アリーナはタリムに縫ってもらったチュニックを着て、その他はサントハイムを出たときと同じ支度だった。鹿皮のブーツはしっかり艶だししてあるし、青いマントと帽子は繕うべき所しっかり繕ってある。ただ、長い髪は丸めて帽子のなかにつっこまれていた。女と見て手加減されたくないという姫の心の現れだ。娘らしい体の丸みなど全くないアリーナの細い体はそうやってみると少年のように見えた。

　「姫さま、いよいよですな。」

　ブライはフフフと笑った。クリフトは、折れ上がった姫のマントを直してやった。

　「朝の祈りの折りに、姫さまの安全を祈っておきましたが・・・・くれぐれも怪我のないように。ここまできて姫さまにもしものことがあったら、私は陛下に申し訳が立ちません。」

　アリーナはあっと小さく叫んだ。

　「ごめんなさい！私、うきうきしちゃってお祈りを忘れていたわ。」

　アリーナはクリフトの手を引っ張ってモニカの部屋に入ると、小さな祭壇に向かって跪いた。

　「神様、朝のお祈りを忘れてしまって申し訳ありません。今日一日、地上に平安をお与え下さい。私達の心に光を投げ掛けて下さい。自分のことでなく、人のことを第一に考えられるようお導き下さい。・・・・そして、ちょっとだけでよいですから、私が勝てるように見守っていてください。・・・・・今日は本当にお祈りを忘れて御免なさい！ほら、クリフトからも謝って！神官だったら、私よりも神様と親しいのでしょう？」

　クリフトは真面目くさって、謝る言葉を述べた。モニカが笑って二人の様子を見ている。クリフトは、王女の部屋に踏み込んだことに恐縮し、跪いた。

　「いいのですよ。あなたがクリフトさんですね。アリーナ王女から伺いました。」

　「はい。・・・・姫さま・・・・何を話されたのです？」

　アリーナは笑った。

　「えーと、ミミズが嫌いなこととか・・・」

　ブライが爆笑した。

　「あら、あそこで笑っているのが、甘いものが大好きなブライさん？」

　モニカの言葉に、笑うのを止めるブライであった。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　コロシアムでは、場所を四つに分けて資格審査が始まっていた。木刀のぶつかる音が響いている。待っているものは武者震いし、審査が終わって落とされたものはうなだれてコロシアムを出ていく。五人やってきて、二人は落ちているようだ。相手をしている兵士もなかなか強い。
　お供の二人は、待合所にもついてきた。鎧に身を固めた大男や、見るからに農夫のような若者や・・・・とにかく男たちでごったがえしている。
　アリーナはずっとぴったりとついてきているブライにくってかかった。

　「ここは、武術大会に出る者がいるところよ！ここに来るのだったら、あなたたちも出場なさい！」

　ブライは言い返そうとしたが、城の兵士からも出ていくように言われてすごすごと引き下がった。
　アリーナは自分の番号札を握り締め、部屋の隅の方に座ってじっと自分の番が来るのを待っていた。男たちが出ていき、ある者は資格を与えられ喜んで引き上げてきて、ある者は俯いて帰ってくる。はしゃいでいる者もあれば、勝って当然というような顔をしている男も居る。

　ブライについていてもらえばよかった・・・どきどきする胸の鼓動を感じながらアリーナは思った。いつだって自分の周りには誰かがいた。それがうっとおしくてしかたがなかったのだけれど。今だって、コロシアムに行けば、二人が見ていてくれるはずなのだけれど・・・ 　アリーナはぎゅっと青い手袋をはめた手を握った。

　「君、まだ小さいようだけれど、出場するの？」

　気持ちの良い声がした。兜で隠れて顔は見えないが、クリフトと同じくらいの背をした青年が、隣に座ってきた。声はクリフトよりも高い。
　アリーナはコクンと頷いた。

　「君の年なら、お姫さまと結婚ということではないね。力試しかい。」

　「はい。」

　「・・・・驚いた。声がわりもしていないのかい。・・・・私も同じだ。腕試し。そして、豊かな国だというエンドールの様子を知りたかった。・・・・緊張することはない。ここに居る男たちは、みんな出場するという君と同じ目的で来ているのだから。」

　アリーナは、この声を聞いたことがあった。でも、どうしても思い出せなかった。 　城の兵士がまた番号を呼んだ。

　「おっと。私の番だ。小さくたってけおされるんじゃないよ。自分の力を出し切れるかどうかが大事なのだからね。」

　見知らぬ剣士は、待合所の出口で木刀を受け取ると出ていった。
　アリーナは少し気が楽になった。立ち上がって軽くジャンプし、屈伸運動をしてみる。
　アリーナの番号が呼ばれた。手合わせの場は一番近い所だ。出口で差し出された木刀を丁寧に断って、アリーナは皮の鎧を着た兵士の前に立った。兵士は太った大男で、アリーナは、ここにくる前に砂漠の出口辺りで出会った鎧の化物に似ているわと思った。兵士は長い木刀を構えている。素手でしかも小さくて細いアリーナを見て、ヤレヤレといった調子で息をついた。

　「始め！」

　合図で兵士は木刀を振りおろしてきた。
　勝負は一発でついた。・・・・おや、これは勝負ではなく資格審査なのだが・・・・
　兵士は頭に蹴りをくらってのびていた。クリフトが、柵を乗り越えて走ってきた。

　「ごめんなさーい！」

　アリーナは兵士に謝った。

　「謝っても聞こえませんよ。気絶しています。・・・・資格審査は、兵士の剣を受け流しさえすればいいと昨日お話したではありませんか！」

　「・・・いままでがいつも真剣な戦いだったものだから・・・自然と体がうごいてしまって・・・・」

　先程話し掛けてきた青年剣士も、呆れて見ていた。


　モニカはアリーナの話を聞いて、くすくす笑った。

　「おかしいことはないわ。私がやりすぎちゃっただけのことなんです。」

　モニカは枕を抱えてベッドに腰掛けた。

　「あなたが倒した兵士は、城の門番のうちで一番大きな人だったの。それを小さな男の子が倒したというので、コロシアムは大騒ぎだそうよ。」

　モニカが頭を動かすたびに、銀の髪飾りがキラキラ光る。
　アリーナは、そのキラキラを目で追いながら、笑った。

　「明日からの対戦は任せて下さいね！今日の調子でがんばるわ。」

　モニカは急に心配そうな眼差しを向けた。

　「用心してくださいね。出場者はあなたもマークしているようです。特に・・・・もしもデスピサロという男と当たったら・・・・強い戦士だそうよ。銀の髪に赤の瞳、視線の冷たさに、身が凍ってしまいそうだと・・・・・命の危険を感じたら、すぐに試合をやめて下さいね。」

　アリーナは首を振った。

　「モニカがそんな弱気じゃいけないわ！私、約束したんですよ！私、優勝します！そして、王女さまと結婚したい人達なんか蹴散らしてやる！」


　「心配ですね・・・・」

　人が少なくなった城内の食堂で、クリフトはポツリと呟いた。

　「ずっと資格審査を見ておりましたが、腕の立つものがかなりおりましたよ。」

　ブライは、グラスの底に残った葡萄酒を飲み干した。

　「ほほう。お前さん、剣の上手下手がわかるようになったのか？」

　「・・・・・」

　クリフトは難しい表情のままだった。

　「それに、あの、デスピサロという男・・・・資格審査では出てきませんでした。相手をしようという兵士がいなかったとか？予選も飛ばして、最終日に戦う十六人のなかにいきなり入れることにされたそうですね。・・・・そんなわけのわからない者と姫さまを戦わせるのですか？城の者たちも恐がっています。」

　台所の若い娘がクリフト（ブライではない）の前に、サービスの葡萄酒のビンを置いて、口を挟んだ。

　「ええ、たしかに恐い気もしますけど、デスピサロ様はなんといってもお姿が美しくって！私どもの部屋の女官はみな、デスピサロ様のことを応援していますわ。」

　カウンターの向うで皿を洗う中年の女もそうだそうだというように頷いた。

　「あら、でも、あの方が優勝したら、モニカ様と結婚なさるんだろ？」

　別の女官が娘に声を掛けた。

　「・・・・そうだわ。ああ、応援したら、あの方をモニカさまに取られてしまう。どうしようかしら。」

　ブライたちの横に座っている男が、”どうも女たちの話にはついていけない”と嘆息した。

　「真面目な話。」

　ブライが、娘の敵意ある視線を受けながら、クリフトの前に置かれたビンから自分のグラスに酒をついだ。

　「お前さん。もしも姫様が危なくなったらどうするつもりだな。」

　「どう・・・って。・・・その場になってみませんと・・・・」

　ブライには、この神官が柵を飛びこえて姫の盾になるだろうと想像された。炎から守ってやることができなかった彼の妹のかわりに姫を守ると・・・おそらくは自分もそうするであろう。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　瞬く間に四日が過ぎた。今日は最終日。十六人の勇者たちが勝ち残っていた。その中には”小さな旋風”とニックネームを貰った”少年”アリーナも含まれていた。その他には、あの、初日にアリーナに声をかけてくれた青年も含まれていた。そして、もちろんデスピサロも。

　「いいですかな。」

　初日とはうって変わって、特別につくられた控え室のなかで、ブライはアリーナに囁いた。

　「爺達は王さまの席の前の方で見ておりますからな。・・・・サントハイムの王女として、悔いのない試合をなさいませ。・・・・・今更言うのも何ですが・・・・・お妃さまは、淑やかなだけではなくお城の庭を走り回るのが大好きな活発なかたでもあったのです。きっと勝てます。」

　クリフトは、自分が出場するかのように緊張している。

　「決勝まで進めば、四試合を戦うことになりますが、一試合ごとに、ここにお戻り下さい。私が傷の手当てをいたしますから。わかりましたか。」

　アリーナは準備運動をしながら答えた。

　「わかったわ。いくら怪我しても大丈夫ってことね？」

　クリフトは天を仰いだ。
　出場者たちは、三々五々、割り当てられた部屋から出て、部屋の前の回廊に集まった。デスピサロの姿はない。部屋に篭もっているらしい。
　そのとき、幽かな衣擦れの音がして王女モニカが現われた。そして、デスピサロを除く十五人を見渡した。

　「皆さん。今日で武術大会も終わりです。・・・・この中で勝者はただ一人ですが、私は皆さん一人一人のご武運を祈っております。敗れた方も、エンドールの思い出が悪いものにならぬようモニカは願います。」

　王女自らの言葉に、男たちは感激し、更にモニカが手へのキスを許すと恭しく跪いて手を取った。一人の女剣士と、アリーナに声を掛けた青年剣士だけがキスを丁重に断った。アリーナは、モニカに強く囁いた。

　「王女さま！なんだってこんなところに。」

　モニカは俯いた。

　「私はあの人たちと結ばれたくはありませんが、あの人たちの中には、私を慕ってそれだけのために来てくれたものもいると聞きました。・・・・労をねぎらうのが当然です。」

　コロシアムで、威勢の良いラッパが鳴り響いた。

　「勇者たちよ！前へ！」

　デスピサロ以外の出場者は、暗い控え室から、眩しいほど明るいコロシアムへ列を作って出ていった。
　初めのアリーナの相手は、自分と同じく素手の武闘家の青年、ミスター・ハンだった。武術大会は決闘ではない。そのため刃のついた武器は一切許されていない。剣士は、刃を落とした剣を持つのだ。勝ち負けも、相手が動けなくなるまでではなく、膝か肩が十秒以上地面につくか、自分で敗北を認めるかすれば決まる。
　アリーナは相手を見定めた。相手が予選でどういう戦いをしたかを思い出す。ブライの応援する声が遠くで聞こえる。

　”私と同じ攻撃の仕方をしてくるから楽だわ。力はあるけれど、体が重い。動き回って撹乱しよう。”

　”始め” 　の合図で、アリーナはぴょんと飛び上がった。ハンはその動きにつられ、自分も飛び上がり、アリーナの腕を空中で蹴った。あざくらいはできたかもしれないが、たいしたダメージはない。アリーナは着地すると、ハンの連続攻撃を左右に跳んでかわし続けた。観客から見ると、アリーナが劣勢に見える。しかし、それはアリーナの計算に入っていることだ。ハンは素早いアリーナの動きに翻弄されつつあった。そして、ハンが息を整えようと動きを止めた瞬間、アリーナの手刀が首筋に入った。ハンは膝をつき、十秒後に審判が”サントハイムの少年、アデル”の勝利を告げた。 　アリーナは、王の隣のモニカに手を振って笑い掛けると、控え室へ走りこんだ。

　控え室にクリフトがすぐやってきた。腕の傷をみるなりほっと肩を撫で下ろし、簡単な呪文を唱えた。鈍い痛みは消えた。

　「次もこのくらいにして下さいよ。はい、手当ては終わりです。」

　アリーナは、ブライのところに行ってくると言い、観客席に走っていった。
　コロシアムの方で悲鳴と歓声があがった。クリフトは、不安げに出口の方を見た。すぐに、血で肩を染めた男が、板に乗せられて運ばれてきた。クリフトは、怪我人に付き添ってきた城の神官と力を合わせて血を止め、傷を塞いだ。

　「デスピサロですか・・・？」

　クリフトの問いに、男を運んできた兵士が肯定の返事をした。

　「・・・・刃のない剣なのに・・・・このような傷を・・・・・・」

　休憩を挟んで二人目の相手は、”草原の村”といわれる所からやってきたラゴスと言う名の青年だった。緑色の服を着て、手には何やらＶ字型の木切れを持っている。予選ではこんなものを持ってはいなかった。ラゴスは昨日までは短剣で戦っていたのだ。アリーナは一体何に使うものだろうと訝しがった。
　兵士の合図とともに、その木片が自分目掛けて飛んできた。頬に痛みを感じ、手で拭ってみると血がついている。そして、ラゴスを見ると、先程の木片を悠然として握っている。

　「あれはブーメランというものじゃ！」

　ブライが叫んだ！叫びはアリーナの耳にも入ったが、入ってどうなるものでもない。いくらアリーナが素早いといっても、あの木切れの飛ぶ速さにはかなわない。どうしようかと迷っているうちに、ブーメランがまた飛んできた。今度はなんとか避けられた。アリーナは、組みうちのような接近戦は得意ではない。しかし、この相手は、近くで押さえつけたほうがまだ戦いやすいだろう。あの木切れはなんとしても恐ろしい。もしも鎧を着ていたとしても、かなりのダメージを受けるだろう。戦斧の一撃と同じくらいの破壊力がある。ラゴスは正確に、アリーナの足を狙ってブーメランを投げる。足を傷つけて動きを止めようというのだ。アリーナは覚悟を決めた。

　”正確に狙ってくるなら・・・・”

　アリーナは、飛んでくるブーメランを、足で蹴り落とした。足がジンジン痺れたけれど、ブーメランは真っぷたつに割れて下に落ちた。ラゴスは、懐に手をいれ、短剣を抜いた。向うから接近してくる。アリーナは、軽業師たちに習った連続とんぼがえりをうって逃げた。観客は沸いた

　「いいぞぉ！ちっちゃいの！もっとやれ！」

　ラゴスはその時大きな間違いを犯した。新しいブーメランを、腰に下げた袋から取り出そうとしたのだ。その隙を見逃すアリーナではない。ラゴスの腹に蹴りをいれ、流れるような動きで後ろに回って体勢を建てなおそうとしているラゴスの頭を回しげりした。ラゴスはくたっと仰向けに倒れた。

　姫は、額に滲んだ汗を手袋で拭い、観客にピョコンと頭を下げると、控え室に戻った。今度はブライも待っていた。アリーナは得意そうに腰に手をやってすました。

　「あと、二人に勝てばいいのよね？」

　ブライはクリフトに手当てをするよう言った。

　「え？足なら平気よ。捻っていないわ。」

　ブライは、心配そうに頬の傷を見た。

　「足ではない。顔の傷じゃ。・・・・もしも残るようであれば困ったことですぞ！」

　クリフトは、済まなさそうに、水で湿した清潔な布で、頬の傷を拭った。彼のできる治療は体のなかの生命力を引き出し、神の加護により痛みを消したり、開いた傷をふさいだりすることだ。血は止められるが、痕跡を消すことはなんともいえない。幸い、傷は浅く、跡は残りそうになかった。アリーナはそんなことは気にもせず、クリフトに撫でられてくすぐったそうに身を縮めている。

　「そんなことより、次の試合はどうかしら。私と戦う人は誰？」

　コロシアムから、押し殺したようなざわめきが聞こえてきた。デスピサロの試合が終わったのだろう。

　「・・・・次に当たるのは、サイモンとホスラムの勝者ですぞ。どちらも相当な剣の使い手とですな・・・・今から行けば観戦できるじゃろう。姫さまとの試合は昼食を挟んで午後になりますし。」

　アリーナは、薬草をすりつぶしてつくった軟膏を頬に優しく塗るクリフトの手を払い除けて、元気よく観客席への通路を歩き始めた。

　”あと二人、二人だけ！デスピサロのことでは、モニカも爺たちもおどかすけれど、絶対に負けないわ！”