|
城下町サランはサントハイム城から歩いて半時ほどの距離で、海が程近いせいもあり、
様々な商店が軒を連ねている。盛り場から離れた町外れには石造りの教会が聳え立ち、
賑わいの中にも落ちつきを感じさせる町である。
ブライとクリフトは、夜からあちこち捜しまわったが姫の姿を見つけられず、今は店を広げ始めた市場の商店の間を歩いていた。アリーナはきっとここに来ている。
昨日、ここについたとしても深夜。城からは十分な準備を持ち出したとは言えない姫はこ
こで旅仕度を整えるに違いないのだ。
「さあて、どこにいらしたものやら。」
馬の背からブライが呟いた。クリフトは手綱を手に歩いて馬を牽いていく。
「早朝といっても市場はたいへんな人だかりですね。荒っぽい感じの方も大勢いらっし
ゃいますし、姫さまが何か騒ぎに巻き込まれぬと宜しいのですが。」
馬上からブライが笑う。
「巻き込まれることはなかろう。わしが心配なのは姫様が騒ぎを巻き起こさないで下さ
るかということじゃ。」
二人がゆっくりと進んでいくと、遥か前方から罵声が聞こえてきた。
「喧嘩だ、喧嘩だぞ！」
血の気の多い若者達が走って見物に行く。
「クリフト、どうするかの。」
クリフトは神官帽を被り直した。
「人が争うことは、神の教えに反します。仲裁しに参りましょう。」
「……神官というのはやっかいな商売じゃのぉ。お前さんが魔術師ならこんな面倒には首をつっこまなかっただろうに。」
ブライはぶつぶつ言いながら馬から飛び降り、手近な杭に手綱を結んだ。
クリフトは群集を掻き分け、騒ぎに向かって進んでいった。人垣はぶ厚く中々前に行けない。尋常ではない喧嘩が起こっているのだろう。難儀していると、彼に気づいた一人の男が叫んでくれた。
「おい、怪我人がいるんだろ。神官さんを通してやんなよ。」
人垣が左右に割れた。クリフトの前には折り重なって倒れているがっしりした体格の五人の男の姿があった。顔は殴られてもともと凶悪なご面相だったらしいが、更に凄い顔に腫れあがっていた。
跪き、手を取ってみると脈は正常に打っている。
「完全に気を失っていますね。誰がこんなに酷いことを……」
クリフトが目を上げると、町の警備兵二人に両側から腕をがっちり掴まれてじたばたし
ているアリーナがいた。
「ひ……っ！」
クリフトはかろうじて言葉を飲み込んだ。アリーナの方も、クリフトに驚いたのか。おとな しくなって暴れるのを止めた。
神官は、倒れている男達の為と、自分を落ちつかせるために十字を切った
「一体どうしたというのです。この有様は。」
アリーナは倒れている男達を指差した。
「この人達が、あっちにいるお婆さんに自分達からぶつかっておきながら、なんくせをつけてお婆さんのお店の品物を取ろうとしたのよ。だから、私、そんなことはいけない、って 注意したの。でも、全然聞いてくれなかった。だから！やり過ぎは認めるわ。でも、この人達、弱すぎなのよ！手加減の度合いが狂って……」
「はあ……神様は、“汝の敵にも手を上げることなかれ”とおっしゃっていますよ。」
「神様は“汝、正しきことを成せ”ともおっしゃったじゃない！」
「ともかく……この人達がやったことは確かに悪いことですが、殴り倒してしまったこと は謝らなくてはいけませんよ。」
クリフトは男達一人一人の頭上に手をかざし、回復呪文を唱えた。男達は程なく目を開けたが、アリーナが謝ろうかどうしようか考える間もなく、彼女の顔を見るなり悲鳴を上げ
て逃げ出してしまった。
サランの人々は愚連隊の慌てふためく様を大笑いして眺めていたが、気づくとアリーナたちの姿は消えていた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「何故ついてきたのよぉっ！」
アリーナは、路地裏に置いてあった空き樽に腰掛け、細い足をぶらぶらさせながら怒っていた。少しは嬉しくもあった。追ってきたのが他の誰でもなくこの二人であったから。しかし、今回は意を決しての家出だ。お供付きでの旅は本意ではない。
「姫様お一人では何をなさるか心配で心配で……この爺の寿命は縮む一方。姫様が何といわれようと、絶対にご一緒いたしますぞ。」
「私、クリフトも至らぬ身ではありますが、お供させていただきます。」
アリーナは顔をしかめて腕を組み、それから片手を上げるとお気に入りの大きな青い帽子を被り直した。
「二人とも、私が後先考えずに突っ走るかもしれないって思うわけ？」
「そうです！」
二人が声をあわせてキッパリと言った。
アリーナは樽の上に立ち上がった。これは、自分の本意ではない。本意ではないんだ。二人が付いてきたから仕方なくなんだ。
「いいわ！来たいのなら勝手に後から付いていらっしゃい。けれど、私は私の行きたい ところに行ってやりたいことをやりますからね！」
神官がブライを見た。ブライは“仕方ないじゃろう”と両手を広げてみせた。
「いいでしょう。しかし、姫様、姫様は世間のことに暗い。このクリフトめも下世話な世事をとんと知らぬが、姫様はそれよりももっと物知らずでいらっしゃる。王女として旅をなさりたいのならばいざ知らず、見知らぬ者とやり取りをする時には爺かクリフトに任せるとお約束下さいませ。」
青い帽子を被った頭が不承不承に頷いた。そしてため息をつく。魔道士の杖を持った 貫禄十分の爺や。神官衣に神官帽のクリフト、そして、黄色いチュニック姿の自分。
「爺、私達がどういう関係だってことにするつもり？」
「さあて。何か考えがおありですかな。」
「え？それじゃあね、ブライが私のお爺様で、クリフトが私の兄上。何？じい、不満？それともどこか変？」
ブライは変ではないが、クリフトは敬語を止められないだろうから、家族という設定は無理ではないか。とぶつぶつ口の中で言った。
「努力して敬語を止めればいいじゃない。どっちにしても、私は旅でまで城の中のいろんなことを引きずるつもりはないんだから！魔道士のお爺様と、神官の兄上と武道の修行中の私。これで決まりだわ！わかったわね。クリフト！」
ニコニコ笑うアリーナに、クリフトは愛想笑いを返すしかなかった。
この時点では、ブライもクリフトも、この旅がそれほど長いものになろうとは夢想だにしていなかった。サランか、その少し先まで行けば一応は姫も満足すると考えていたのだ。城の生活に慣れた姫君だ。いくら王族として破格の性格ではあっても庶民の暮らしにはついていけないに違いない。質素な食事と簡素な宿に耐えられなくなったら連れ帰れば良いのだ。
ところが予想に反して、アリーナは一日かけて隅々まで回ったサランの町の様子をいたく気に入り、黒パンとシチューだけの夕食にもたいへん満足した様子だった。ご家族なら ばご一緒に、と押し込まれた、ベッドが３つ並んだ狭い宿の部屋で、アリーナは青いマントをきちんと四角に畳んで床に置き、その上に帽子を載せると、もみがらの詰った枕をぱんぱんと叩きベッドの上で嬉しそうに何回か跳びはねた。
「姫様！小さな子供のようなことをなさいますな！はしたないですぞ。」
ブライが叫ぶとさすがのアリーナも跳ねるのはやめた。“はしたない”ではなく“子供”に
反応したらしい。
「なんだかわくわくする。宿に泊まるのって初めてなの！昨日の夜はずうっとあちこち歩いてたから。」
決して厚くは無い壁を通して竪琴の音と吟遊詩人の歌が流れこんできた。
「ほら、城で聞くのよりずっと綺麗な音楽だってあるわ。」
ブライは杖の宝玉に息を吹きかけきゅっきゅっと袖で磨いた。
「ああ、あれは吟遊詩人のマローニの歌ですな。以前城に呼んだとき、姫様は面白くな
いとふいと出ていってしまわれたと爺は記憶しておりますが。」
「う……お城で聞くよりずっと綺麗にきこえるのよ！とにかくここは素敵！」
寝台に大の字に横になってまた嬉しそうに笑う。
「寝台だってふにゃふにゃした頼りない羽布団とは違ってしっかりしてる。クリフトのところと同じくらいの固さよね。」
ブライは苦笑した。事情を知らぬものが聞いたら目をむくような言葉でも、知っている者には笑みをもたらすものなのだ。姫は何か問いたげにブライを見つめた。
「クリフトめのことでございますか。あやつは戒律とかなんとか難しいことを申しまして出 ていきました。」
「戒律？」
ブライはきょとんとする姫に優しく答えた。
「姫様が男の子でしたら奴もここに居たはずです。」
アリーナは思った。やっぱり女の子じゃなければよかった、と。今日は小さい頃にしてもらって途中で終わっていた竜退治のお話の続きをしてもらうつもりでいたのに。
クリフトは、宿屋の馬小屋の隅で就寝前の祈りを捧げていた。
“今日一日の業を平穏に（平穏だろうか？）終えられたことを感謝致します。心身に苦し みを持つ同胞たちにも安らかな眠りをお与え下さい。世界が平和でありますように。…… そして姫様が淑やかになられますように。天地と精霊を統べたもう神の御名のもとにお 祈り致します。”
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
翌日の朝、サランの町を早立ちして、徒歩で旅に出たアリーナ一行の姿が街道にあった。馬を使えば時をかけずに移動できるが、クリフト以外は乗馬できないし、ブライとしてはなるべく王都から遠ざかりたくなかったので、こうなったのだ。荷物運びのためにサラ ンで驢馬を一頭買い入れ、のんびりとしたお忍び旅行が始まった。
「春の風って気持ちいい！」
青いマントを後方になびかせてアリーナは軽やかに歩いていく。
「気持ちいいよね、クリフト！」
「はあ。あ、いえ。」
辺りをきょろきょろ見回しながらクリフトが気の無い返事をする。
「むぅ。さっきからなにをやってるのよ。」
「宿のご主人から、街道近くでも魔物の姿を見かけるようになったと聞きましたので。」
姫は魔物と聞いて嬉しそうに笑った。小さな子供がお菓子をもらった時のような無邪気な笑顔だ。
「大丈夫、大丈夫。そんなもの、出てきたら私がやっつけてあげる。」
「それはなりませぬぞ！」
早くも疲れてきて息を切らし気味に歩いているブライが杖を左右に振る。
「姫様。爺達は、護り役としてお供しておるのです。決して決して危険なことはなさってはいけませんぞ。姫様にもしものことがあれば、サントハイム王家の血筋は絶え、王国は大変なことに！」
アリーナがブライのこういった物言いが嫌いなことを良く知っているクリフトは急いで間に入り、驢馬の背から荷を一つ取り上げて自分で背負うと、ブライをひょいと抱き上げて驢馬に乗せた。
「血筋がどうというのはともかくも、もしも、魔物が出ましたならば、姫さまは私達の後ろ に下がっていて下さい。」
アリーナはむくれた。しかし、長い髪の毛を人差し指にくるっと絡ませるとこっそり微笑んだ。
街道はよく整備されており、大きな馬車が楽にすれ違えるほどの幅があった。時折、作物を積んだ荷車が通るとアリーナは御者台の農夫に向かって大きく手を振って挨拶した。姫の仕草がいかにも無邪気で可愛くみえたのか、農夫はキャベツやタマネギを放って寄越した。
“ああ、やっぱり家出してよかった。でも、これからだわ。”
アリーナは軽くジャンプした。最終の目的はあくまで世界一の武闘家だ。雌鹿の革で作ったブーツは柔らかく軽くいくらでも歩けそうだが、アリーナにとっての靴は大地を歩くための物ではなく、敵を蹴散らすための道具なのだ。
太陽が真上に昇ると、一行は街道から少し離れた大木の陰に入って休息を取った。クリフトが小さなフライパンで干し肉とタマネギを炒め、ブライが切り分けてチーズを載せた大きなパンが昼ご飯だ。驢馬はゆっくりと柔らかそうな草を探して食んでいる。
「クリフト。これ、美味しいわ.。神官じゃなくて料理人でもやっていけそう。どこで習ったの」
口一杯に頬張って姫が話しかける。クリフトは神官帽を傍らに置き、耳のあたりで切りそろえた濃い蒼の髪をさっと掻き揚げた。
「遥か昔に母から教わったことはいくつかありますが、習ったことはありません。私は教会の仕事で旅をすることがあります。必要でやっていることはうまくなるものですよ。これからも料理くらいできなくては一人で暮らしてはいけませんし。」
「一人暮し？クリフトは司教様の後を継ぐのじゃないの？」
生真面目な神官は皿を傍らに置いてきちっと座りなおした。
「滅相もない！私は司教様のような高位に就くなどと考えたこともありません。……小さな村に赴任して、微力ながら困っている方の相談に乗ったり子供達に文字を教えたりしながら、神の教えを伝えていきたいのです。」
ブライが新しいパンをクリフトに勧めた。
「故郷のチェルナ村への配属を希望しておると聞いたが。ディルトがお前さんを放すかは疑問じゃな。第一、神官学校の主席が王都から出ていくなど、聞いたことがない。」
アリーナはうんうんと頷いた。
「遠くに行くと、毎日遊びに行けないから近い方がいいわね。」
……どこかずれている。
「ま、こ奴の遠い将来のことはおいておいて、近い未来を考えましょうぞ。姫様、これからどちらに参りますかな。」
残った最後のタマネギの切れ端を口に入れ、パンで皿を拭うと、姫は即座に一つの方角を指差してみせた。こんもりと茂った森と山が行く手に見える。
「北、ですか。北で何をなさるおつもりか。」
「爺、それはねぇ。」
アリーナは途中で言葉を切って、嬉しそうに身構えた。」
「爺、クリフト、魔物よ！気をつけて！」
クリフトが背負った長剣をすらりと引き抜く。
「すみません。邪悪な気配に気づかなかったとは、まだまだ修行不足です。」
「馬鹿モンめが！そんなことを冷静にいっとる場合じゃあなかろうが！」
魔道士の杖をかざし、ブライが一歩前に出た。クリフトは革の盾を構えてブライの更に前に出る。男二人に垣根を作られ、アリーナはぴょんぴょん跳びあがって敵を観察した。赤い湿った体をくねらせる大人の背丈ほどもある大ミミズが四匹と、ぶにょぶにょしたスライ
ムが四匹。ブライも、クリフトも戦ったことがある古くからいる魔物だが、これだけの数が一遍に現れるのは酷く珍しいことだった。
「姫！わしらにお任せを！下がっておられますな！」
「居るわよっ！」
神官の剣が一旋した。大ミミズの皮膚が破れ、黄色い粘液が飛び散る。別の一匹が足に巻きつき、彼は返す太刀で頭部を断ち切ったが,足に巻きついた部分は離れず、切断された頭はそれだけで一つの生き物のように首にまとわりついてきた。そこにスライムの体当たりを食らい思わず転倒した。すかさずブライが呪文を唱える。
「大自然の摂理を司る大いなる力よ。我に一時道を開き給え。寒気よ、氷の矢となり邪悪なる者を貫け！」
杖からひゅう、という音と共に寒気が噴出し、瞬く間に二匹のミミズと三匹のスライムを 凍りつかせた。クリフトは足にからまったミミズを引き剥がすと起き上がった。残っていた 一匹のスライムは彼の剣が両断した。
肩で息をするクリフトの背を“よくやった”とばかりにぽんぽんと杖で叩き、ブライは振り向いた。
「姫様、お怪我は。」
老人は思わず唸った。そこには、大ミミズ数匹の死骸の山に寄りかかってにこやかに微笑んでいるアリーナの姿があった。
「姫様。爺は、下がっておられるように声をおかけしたはずですが。」
ブライがお説教口調で言い、咳払いすると、アリーナはその咳払いを真似てから片目を瞑った。
「ちゃんと後ろにいたわ。でも、爺がいつか教えてくれた通り、大ミミズは土の中で暮ら
していて、突然現れたりするのよ。わあってたくさん出てきたから、仕方なくちょこちょこって。でも、感激。教えて貰ったとおり、大ミミズの急所は筋と筋の間が一番広いところなのね。あそこを打撃すると、面白いくらい一撃で倒せるのよ。」
それは面白かったり感激できたりすることなのだろうか。
「こんなに簡単に倒せちゃうなんて、やっぱりもっと北に行かないと駄目ね。」
ブライの目が剣呑な光を帯びた。
「すると、姫様が北を目指される理由と言うのは……」
「そうよ。決まってるじゃない。サランの町で、北のほうに強い魔物が沢山出るようになったって聞いたわ。修行するには強い相手と戦うことが一番だもの。どんなのが出るのかしら。楽しみ、楽しみ！」
ブライは袖を目に当て、大げさに肩を震わせた。
「ああ、爺は、姫の教育係として天国の王妃様に、なんとお詫びすればよろしいことか。 魔物と戦うことを楽しいなどとおっしゃるようにお育てした覚えはこのブライありませんぞ！」
クリフトも頷く。
「神よ。姫さまの振る舞いをどうかお鎮め下さい。」
「何よ！」
アリーナは膨れっ面をしてミミズの山を蹴飛ばした。彼女の一蹴りで魔物のむくろが十メートル程も吹っ飛んだ。
「何よ何よ何よ！私は魔物をしとめて皆の役にたったのよ！喜んでくれてもいいじゃない。あ・の・ね、私はブライやクリフトより、ず〜っと戦いに向いてるわ。自分のことは自分で守れるし、二人のことだって守れるわ。呪文が使えなくたって一人で大ミミズを五匹も倒したのよ。クリフトなんて、ミミズにやられて片足引き摺ってるじゃない！」
クリフトは庇っていた左足を地につけて何でもないフリをしようとしたが、痛みに顔をしかめる結果になってしまった。
「なんじゃい。怪我をしておったのか。治癒呪文をさくっとかけんかい。」
「え、はい。……でも、私は、何故かはわかりませんが、自分に呪文をかけてもあまり効いたことがないので。」
ブライはやれやれと口に出して言いながら、荷物の中から薬草の束を取り出した。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
暗くなる前に宿場町に辿り着いた一行は、小さいが気持ちのよい宿屋に二つの部屋を とることができた。
「のう。クリフトよ。」
隣のベッドからブライが話し掛けた。クリフトは、手入れして立てかけた銅の長剣をなんとなく眺めながら返事をした。
「はい。じいさま。なんでしょう。」
「足は痛まぬか。」
神官は毛布から左足を出して、包帯がぐるぐるに巻かれ、すでにその包帯がほどけつつあるのを見て苦笑した。
「捻挫そのものは大丈夫です。さきほど姫様が力まかせにぎゅうぎゅう巻いてくださったときには血の巡りが止まって足が壊死するかとも思いましたが、すぐに緩みましたし。 ……小さい頃、包帯の巻き方は随分とお教えしたつもりなんですが。」
ブライは、先程、もう心配無いと固辞するクリフトを押さえつけて包帯を巻いていったア
リーナを思い出して頬を緩ませた。こればかりは教えてどうなるものでもない他者への思
いやりを姫は心の中にしっかりと持っている。
「……包帯の巻き方は別として、姫様の戦いぶりはまことに大したものじゃて。お前さんの剣技など、目ではないな。」
神官は、その優しい瞳を曇らせた。
「修行します。……もう自分の力不足のために命が失われるのは嫌です。」
妙に暗くなった遠縁の青年をブライは寝たまま杖を伸ばしてぽかりと一発殴った。
「姫様と比べたのが間違いじゃ。教会が使っておる剣はどっちかというと切るより殴り倒 すためのナマクラじゃし。ま、北に行ってもなんとか旅を続けられるじゃろう。お前さんの剣の腕も、呪文の力も上がるだろうし、永い事使わんで錆びてしまったわしの呪文も往年のキレを取り戻してくる……それより気にならんか。」
「何をですか。」
「魔物の動きが活発になっていることじゃ。……何か恐ろしいことの前兆かもしれない。……いやはや、わしにも姫様の冒険の虫が伝染ってしまったのかもしれぬのぉ……クリフト、北へはどうしても行かねばならん。行って必要があれば陛下にお伝えしなけば。」
|
目次に戻る 