ＴＯＰに戻る ザシュッ！ 王宮戦士の大剣が一旋され、白い触手が生えた青いスライムの体は一刀両断された。魔物の体からどろりとした体液が流れ出し、石灰岩で覆われた洞窟の床を低いほうへと流れていく。青い体表は急速に色を失い、褐色の醜い袋のような死体だけがそこに残った。 回復魔法を使う青い魔物のために手こずっていたライアンは仲間がその元凶を倒したのを見て一気に魔物の群れの中に踏み込んで勝負にけりをつけた。 井戸に降りてから長い時間が経っていた。時折思い出したように天井岩の割れ目から覗く大空はもう星が輝いている。戦士達はそれぞれが探索して地図を記した携帯用の石版を持ってひとところに集まった。 「・・・・・やはり旧時代の遺跡のようだな。」 「ああ、この部分は盗賊避けの迷宮だったところであろう。」 皆の石版を併せた地図を書き上げた一人が遺跡の一点を指差した。 「・・・・・ここしかない。」 そこは魔物が雲霞のごとくに襲い掛かってきた狭い通路であった。他を調べつくし、もうそこしか可能性のある場所はない。 「・・・・ああ、行くしかないだろう。しかし、戦う術をもたぬ子供達はこの井戸に降りた瞬間に殺されてもおかしくはないはずだ。魔物たちは何を考えているのだ？生贄にでもしようというのか？それとも・・・・・？」 「考えて答えの出ることじゃないぜ。行くだけだ。」 リーダー格の戦士が休息を取るように指示を出し、見張りの数人を除いて王宮戦士たちは仮眠をとることとなった。 ライアンは少し離れた岩陰からこちらを伺っているホイミンに軽く手招きした。青い魔物は一目散に飛んできて戦士のマントに潜り込んでかじりつく。 ここに来るまでにライアンは何度もこの小さな魔物に戻るようにと進言した。だがしかし、ホイミンはそのたびに大きな頭を必死で左右にふるふると振ったのであった。 自分の仲間が何匹も切られ、動かぬ骸となるのを目の当たりにし、あるときなどは混戦になったときに味方であるはずの王宮戦士にすんでのところで殺されそうになった。 “大丈夫！へいきへいき！僕はいいことをいっぱいするの！ライアンさんのお手伝いして村の子を助けるの！” そういって微笑むホイミンはしかし、戦いではいつもぶるぶると震えていたし、自分と同じ姿の魔物が出現したときにはライアンにはわからない奇妙な声で必死に話しかけようとしているようだった。・・・・彼のことばは魔物には届かなかったようだが。・・・・・ヒトの言葉を手に入れたホイミンは、魔物の言葉を失ってしまったらしい。 心が傷ついていないはずがなかった。 彼は言った。 “ライアンさん。もしも僕と同じ姿の魔物がライアンさんに襲い掛かってきても、迷わずに殺して！ライアンさんが怪我をしたら僕は悲しいから・・・・・” ホイミンはライアンだけでなく仲間の王宮戦士たちの傷も癒した。だが、戦士たちの態度は決して友好的とはいえなかった。あからさまに嫌悪を示すもの、丁寧な対応をしながら、魔物は魔物の世界で生きろというもの、そして言葉では感謝しながらもライアンに“信用はするな。寝首をかかれぬとも限らない”と囁くもの・・・・・・ 彼らの心はホイミンに少しは伝わってしまっていただろうが、それでもこのけなげな小さい魔物は戦士たちが傷つくとすぐさま彼の持つ治癒の力で傷を癒してくれていた。 マントの中でホイミンはぎゅっとライアンの腕を握った。 「・・・・・ホイミン・・・・・やはり戻りなさい。」 ぴく、とマントの中で魔物が動いた。そして、ややあってから小さな声が聞こえた。 「僕、役に立たない？」 ライアンはマントの中からそっと抱き上げるようにしてホイミンを外に出すと首を横に振った。 「そうではない。」 「だったら！！・・・・それとも僕のことが嫌い？僕なんかいらない？」 「・・・・・・ホイミン、小さな子供を戦いに巻き込むことは人間として正しいことではない。お前が大切であればあるほど、ここには居てほしくないと思うものなのだ。」 ホイミンは赤い飾り紐が巻かれた触手をすっと上に持ち上げてすとんと落とした。 「大丈夫。僕はニンゲンじゃないから。魔物だから。・・・・・魔物だから生まれつき怪我を治す魔法が使えるの。・・・・・・僕がいないと、大きな怪我をしてしまうヒトがでるでしょう？怪我は痛いでしょう。痛いのは嫌でしょう。・・・・・僕・・・・・あのね、ライアンさん。僕がいることで少しでも役にたてるなら、辛くってもここに居る。・・・・・怪我を治すことはいいことだから。決してライアンさんに迷惑はかけないから、だから一緒に行くのを許して！」 魔物の目から大粒の涙がこぼれるのを見て、ライアンはそっと大きな手を魔物の頭の上に置いた。 「・・・・・・わかった。では私から頼もう。私の力になってくれと。だが、一つだけ約束して欲しい。他の者の怪我を治すことより、自分の身の安全を考えると。・・・・・これは必要なことなのだ。怪我を癒すお前が倒れてしまったら傷を治す者がいなくなってしまうのだからな。」 ホイミンは笑顔でうなずくと、またマントの中に潜り込んだ。 が、慌てたように出てくると、もう眠っている戦士たちの上を滑るように飛んで回復魔法を唱えた。小さな傷が彼らから消えたのを確認すると、安心したようにホイミンは戻ってきてまたマントの中に入る。 この仮眠から覚めたらいよいよ決戦の時は近い。 すうすうと気持ちよさそうに眠るホイミンの寝息を聞きながライアンはゆっくりと瞼を閉じた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「第１班、右に回りこめ！」 「３班！魔法を使う敵を叩け！」 最後に残された通路での戦いは苛烈を極めた。５つのの班に分けられた王宮戦士達は各々の班の長の指示の通りに剣を振るうが魔物の密度の濃さに一歩も奥に進めないでいた。何十もの魔物を屍にしているのに、通路の奥から敵がひっきりなしにやってくる。 それでも戦士達は諦めなかった。半時にもおよぶ戦いの末、彼らは遂に通路の奥へと足を踏み入れた。 そこは小さな部屋で一部が金色に輝く不思議な床が彼らを待ち受けていた。 戦士たちが光る床に近づくと、甘ったるい声が部屋に響いた。 “坊やたち！ここに乗ってね！とってもいいところに連れて行ってあげる！今すぐ乗って！今じゃないと連れていってあげられないのよ！” 一人が戦闘で折れてしまった短剣を床の上に投げた。短剣は即座に姿を消した。 「・・・・・・一種の魔法装置のようだな。子供らはこの仕掛けにひっかかったのだろう。ここからどこかへと転移させられたのだな。」 戦士達は班を組みなおす。疲労の激しいもの、傷が深いものは留まり、ライアンを含む十人が突撃部隊を構成することになった。転移先で魔物が待ち構えている可能性もある。初めに五人が、少し間をあけて次の五人が床の上に歩を進めた。 「！」 転移した先は高い石造りの塔の屋上であった。眼下に広がるのはイムル湖に間違いない。 「！各々方！行くぞ！」 １０人の戦士達は抜刀した。異変を感じた魔物達が下階へと続く階段から攻めあがってくる。 初めて見る魔物たちだ。・・・・幾度も戦っている魔物ならば弱点をつくこともできるが、まず弱点を探すことからせねばならない。ヒトほどもある大ニワトリ、角を生やした子鬼・・・・バトランドの精鋭戦士達は怯まなかった。魔物達が襲ってきたということは、この先に確実にゴールがあるということなのだ！やがて魔物たちはくるりと向きを変えて逃げ出した。戦士達は勢いづいて下階へとなだれ込む。階段を３本下りたところで、ホイミンがぎゅう、とライアンにしがみつく力を強くした。 「どうしたのだ？」 「・・・・・何か・・・・・とっても怖いものが居る。ライアンさん、気をつけて！」 と、先陣をきって突っ込んでいった同僚の悲鳴がさらに下の階から響いてきた。ライアンが一気に階段を駆け下りると・・・・・ そこには小人のような魔術師が一人、玉座のような場所に立っていた。そして、その真正面には胸を赤に染めて倒れている仲間の姿が。魔術師の傍らには鉄格子のはまった部屋があり、そこから子供達が怯えて青ざめた顔を覗かせている。 魔族の魔術師は皮膚が粟立つような気味の悪い息声で言った。 「・・・・・私、子供達、我が王に献上する。・・・・・もうすぐ、勇者が現れる。我が王の地位脅かす勇者。勇者が大きくなる前に捕らえる。予言では今勇者は10歳。10歳の子供、たくさん、たくさん、捕まえる。その中に勇者になる子供きっといるはず。・・・・・勇者になる子供献上すれば我が王喜ぶ。私に褒美くれる。・・・・勇者引き裂いて殺せば世界、闇に落ちる。私達嬉しい、幸せ！・・・・・・お前達、子供と違う！邪魔！死ね！」 ・・・・・・魔王の話はライアンも聞いたことがある。この世界には魔王が何度か出現している。しかし、そのたびに勇者と呼ばれる若者が魔王を討っている。このやや頭が足りない魔族は、その勇者を子供のうちにとらえようということらしい。 しかし、いくら頭が足りなくとも、魔族の魔法力は破壊的な力を持っていた。彼が杖を一振りすると攻撃魔法がとび、床が大きくえぐれた。また、ここまで背走してきた魔物たちも改めて牙を剥いた。 気づくとライアンはただ一人で魔術師と対峙していた。仲間達は倒れているか、雑魚たちと切り結んでいるか・・・・・ ライアンは飛んできた魔法を横っ飛びによけると剣の切っ先を敵に向けた。 「うう・・・・お前、強い！私、私より強い奴、認めない！」 先ほどより大きな魔法がライアンを襲う。戦士は間一髪で避ける。相手を薙ごうと振り回した剣は簡単に敵の杖で避けられてしまった。 何度も何度も同じことが繰り返される。魔法で遠方から動きを制限され、ライアンの剣はほとんど魔術師に届いていない。 そのとき、ライアンは魔法をうったあと、肩で大きく息をする敵の様子を確認した。 「ホイミン！」 「は、はいッ！」 押し殺した戦士の声に地面に落ちてじっとしていたホイミンはすばやく反応した。 「治癒魔法を頼む！」 それだけ叫ぶとライアンは敵に突っ込んでいった。魔術師は的が一直線にやってきてくれたとほくそえみ魔法を放つ！戦士は右肩に魔法を受け・・・・しかしその傷はホイミンの呪文で瞬時に消え、魔法を放った疲労で隙のできた魔術師の腹にライアンの長剣が突き立っていた。 「・・・・こんな・・・・・・」 魔術師は自分の体を貫通した剣を見て驚愕し、そして、顔を歪めた。 「・・・・・許さない。・・・・・・・私が死ぬなどと・・・・・・せめて・・・・・・お前達が助けに来たものを・・・・・・・」 横に突き出された魔術師の手が小さく印を結んだ。 「殺してやる。」 魔術師の最後の魔法が牢獄の中へと飛んだ。 子供の悲鳴があがる。ライアンは魔術師の屍を投げ飛ばし、鍵を叩き壊して子供を抱き上げる。動くことのできる戦士たちも牢の中へと足をすすめた。 魔法が直撃した子供は腕を酷く切り裂かれていた。間を置いて吹き上がる鮮血は動脈からの出血だ。応急手当に押し当てられた布もみるみるうちに赤く染まっていく。 「くそッ！ここまで来て・・・・」 「神官殿がここにいれば・・・・・」 「陛下から賜ったキメラの翼も屋上にあがるまでは使えぬ！そこに行くまでにこの子は・・・・」 そこに青い小さな魔物・・・・ホイミンがすうっとただようようにやってきた。ホイミンが触手を傷にかざすとじわじわと傷が塞がっていく。随分と時間がかかったが、血は完全に止まり、子供の命は間一髪のところで助かった。 ぱちぱちぱち・・・・・・ はからずも戦士たちから拍手が起こった。青い小さな魔物はやっと仲間として戦士達全員から認められたのだ。ぼうっとしているホイミンをライアンは抱き上げて肩当につかまらせた。 「さあ、帰ろう。もう終わったのだ。・・・・・ホイミン、ありがとう。」 戦士達は子供達を抱き上げ、負傷した仲間達を背負い、屋上を目指した。 「ライアンさん、ライアンさん・・・・・」 耳元でホイミンの小さな声がした。 「どうしたのだ？」 「・・・・・ううん。なんでもない。呼んでみただけ・・・・・」 それきりホイミンは何も言わなかった。あれだけのはたらきをしたのだ。疲れるのも無理はない。 王宮戦士たちは一所に集まると、バトランド王に賜った不思議な力をもつキメラの翼を高く掲げた。 「キメラの翼よ！我らをイムルへ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一行がついたのは、イムルの村から少し離れた丘陵地だった。 一人の俊足の戦士が村へ子供達の無事を報せに走り、その他の戦士達は怪我人の様子に気を配りながらゆっくりと歩く。 村に到着したときには、村人が総出で迎えに出ており、子供達は母親にとびついていって泣きじゃくった。父親も母親も、兄弟達も嬉し涙を流し、笑い声をあげ、子供達を魔族から救った王宮戦士達に感謝の意を表した。 と、ホイミンの小さな小さな声がした。 「みんなの喜ぶ声が聞こえる・・・・・よかった」 「・・・・・ああ・・・・・」 「ちいちゃい子たち、おかあさんに会えた？」 「・・・・・・ああ。見てごらん。ホイミンの目で見てごらん。」 しかしホイミンは消え入りそうな声で言った。 「でもね・・・・・もうあんまり目がよく見えないの・・・・・」 その言葉の異常さに気づいたライアンは自分の肩を見た。そこにしがみついているホイミンのきれいな半透明のはずの触手は真っ白に濁っていた。・・・・・そして・・・・・振り向けば道にところどころたれているのはこの小さな魔物の体液・・・・・・ 「・・・・・！お前！怪我を！・・・・・何故呪文で治そうとしなかった！」 「・・・・・僕を治すより、あの子を治すことのほうがいいことだったから。あの子を治したら、魔力がなくなっちゃったから・・・・・・よかった・・・・・お母さんに会えて・・・・・・よかった・・・・・みんな嬉しそうで・・・・・ライアンさん・・・・・・ぼく・・・・・・ニンゲンに・・・・・・なれる・・・・・かな・・・・・僕が・・・・・ニンゲンになれなくても・・・・・・・・・・・・みんなが・・・・・・・・幸せなら・・・・・・・・・・・・・・・」 ライアンにしがみ付いていた触手の力が急に萎えてホイミンは地面に落ちた。ぐじゃ、とかなり大きな音が響く。 「うわっ！」 音に気づいた村人がホイミンの死骸を見てとびすさる。 「魔物だぞ！」 「早く殺せ！子供達を安全な場所へ！」 「大丈夫だ！もう死んでいる！」 「戦士様が殺して下さったんですか？」 「ああ、魔物っていうやつは生きていても死骸になっても醜いなあ。」 ライアンの耳を村人の言葉が無意味な冷たい風になって吹き抜けた。 「ええいッ！こいつめ！」 ミャッケが木の棒で遠くからホイミンの死骸を突付いた。 ライアンはその棒を奪い取り、キッとミャッケを睨んだ。その眼光の鋭さにミャッケは棒立ちになり、騒いでいた大人たちも静まり返った。 小さな友人を亡くした王宮戦士は真紅のマントを肩から外すと、その上にホイミンの亡骸を横たえ、抱くように持ち上げた。 と、後ろから少女の声がした。 「あなたなの！？」 振り向いたライアンの目に飛び込んできたのは、あの盲目の少女だった。今はもう包帯も外され、青い瞳は光を得て一点を凝視していた。 彼女の視線の先には、マントからはみ出したホイミンの一本の触手があった。・・・・そこには赤い飾り紐がしっかりと結ばれていた。 「あなたなの！？」 少女はもう一度繰り返したが、そこに悲嘆の響きはなかった。そこにあったのは驚愕と嫌悪と落胆・・・・・ライアンは飾り紐のついた触手を優しくマントに押し込むと、もう一度も振り返らずに村の外へと歩いていった。 事情がわからずざわつく村人の横で王宮戦士たちは胸に手をあて、黙祷して、同僚と小さな魔物の亡骸を見送っていた。 イムルの村が見下ろせる丘の上で、ライアンは剣の鞘で深い穴を掘ると、ホイミンの亡骸をしっかりとマントで包んで埋めた。 （ホイミンよ・・・・・・お前はそれでも人間になりたいと思うのか・・・・・そんなにも人間が善いものだと思うのか・・・・・・・・） ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・・決心はかわらぬのだな。」 バトランド城、玉座の前に跪いたライアンははい、と低い声で言った。 「・・・・・・・湖の塔の魔物が遺した言葉・・・・・・・確かに気になるが、ライアン、お前はそのまだ若き勇者を探し出し、助けたいと申すのだな。」 「はい。我が力微力なれど、いささかの手助けにはなるかと。そのためにも王宮戦士の任を解いていただきたく思います。」 王はくす、と笑った。 「相変わらずの頑固者だな。・・・・・・お前の決意、しかと聞かせてもらったが、その申し出だけは聞き届けることかなわぬぞ。」 ライアンがぴく、と肩を動かす。 「お前の様な優れた家臣を失ってなるものか。・・・・・・わしから命じる。ライアンよ。バトランド王国王宮戦士の一員としての貴殿に命じる！未来の勇者を探し出し、彼を補佐せよ！・・・・・・長い旅になるぞ！・・・・・わしの命であるから最大限の助力はさせてもらうぞ！いいな！」 ライアンは深く頭を垂れた。 ライアンの出発を見送ったのはアレクスとフレア、さらにカナルとコリーンの４人であった。 「ライアンさん！いろいろとありがとうございました！俺、絶対にあなたのこと忘れません！」 コリーンが肘でカナルのわき腹を突付いた。 「もう、弟ってばライアン様にたくさん教えていただいたのに結局除隊してしまうなんて。」 「ああああ、またその話かい！俺はさ、ここに居るより、村に戻った方が役に立つんだよ。がんがん畑耕して、その上雑魚魔物が襲ってきたらがんがん追い返してやる。」 「・・・・・・カナル、張り切りすぎて自分の振るった剣で怪我をするなよ。」 「・・・・・それ、どういう意味ですッ！」 「んもう！言葉通りに決まってるでしょ！」 ライアンはやりあう姉弟からアレクス夫妻へと目を移す。 「その節はお世話になりました。・・・・・・今度お戻りになるときには必ず我が家にお寄り下さい。」 「ああ、二人とも息災でな。カナル、コリーン、では私はこれで失礼する。」 馬に跨ったライアンは世界を巡る旅に出る前に立ち寄らねばならぬと決めていた場所へと向かった。 イムル村を眼下に望む丘・・・・・・・ その斜面を一歩一歩戦士は登っていった。 ライアンにはわからなかった。勇者を探すと決心しながら、この世界が・・・・・・この世界を形作る人間というものが信頼に値するものなのか、心は迷いに満ちていた。 その心の迷いや疼きがここにくることで落ち着くように思えたのだった。 しかし、丘の上まで上り詰めたとき、予期しなかったものを目にしてライアンは驚愕した。 そこにあったのは花束。 美しくはないけれど香り高いあの花。 赤い飾り紐で丁寧に結ばれた大きな花束。 ふと、彼は涙が頬をぬらしているのに気づいて小さく笑った。 （・・・・・・涙は嬉しいときに流れるものなのだな） そしてホイミンの墓標に手を合わせると、青い・・・・・ホイミンの体そっくりな抜けるような青空を見上げた。 （信じてよいのかもしれない・・・・・・） 花束がさわさわと風にゆれ、香りが彼の鼻孔にも入ってきた。 （ホイミン・・・・・・お前が最後に願った「皆の幸せ」というものを・・・・・私も願って旅をするとしよう。） ７年後、彼は勇者に出会う。 勇者と共に戦った戦士として彼は歴史に名を残すが、「ホイミン」の名は、彼を知る人の心の中にだけ、しかし、それはそれは深くくっきりと刻まれているのであった。 |
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