随分長い間ホイミンは丘の上からあたりを見回してきた。 魂だけになってしまった彼の感覚はとても朧なものではあったけれど、それでも夏の明るい日差しや、丘の上で休む旅人達の語らいや秋の虫の声は彼の心を楽しませた。冬の木枯らしや大雪でさえも彼をわくわくさせた。 そして、眼下に見えるイムルの村を見て、彼は毎日毎日祈っていた。 どうか村の人たちが今日も幸せに暮らせますように！ 魔物である自分は最後まで村の人々に受け入れて貰えはしなかったのだが、この無垢な魂はそれでもよかったと思っていた。重要なのは自分の幸せでなく皆の幸せだった。自分が死んだあの日、我が子を迎えた母親の喜びの声を聞き、ホイミンは自分の願いを変えた。人間にならなくてもいい。みんなが幸せならばいい、と。 もう体はないし呪文も使えないからこうしてここから祈ることしかできないけれど・・・・・・・・ 早春の丘で小鳥達がちいちいと囀りながら飛び回っていた。 イムルの村に住む少女は日課になった丘への散歩のために今日もやってきた。その顔は嬉しさで輝いている。やっと根雪がとけて、森の奥まで行ったら、今年初めてのあの花が咲いていたのだ。・・・・・見栄えは悪いが香りのよい花。あの優しい魔物が彼女のために摘んできてくれた花。 きっと今日はいいことがある。 彼女は花を手にそう思いながら丘の上まで上った。 「！」 少女は両手で口を覆った。 丘の上に花が咲いていた。 「え？どうして？どうしてこんなことが？」 去年に何回も供えた花に種がついていたのだろう。種は地に落ち、少女が気づかぬうちに蕾をつけ・・・・・大きく開いた花は香りのたかさはそのままに、抜けるような青空の色をした美しい花に変わっていた。 ホイミンは今日もやってきた少女を見て少し慌てた。彼女が毎日来てくれるのは嬉しかったが、今日の彼女は何かに驚いている。何か困ったことが起こったのかもしれない。聞こえないのはわかっていても、思わずホイミンは叫んでいた。 「どうしたの？何か僕にできることはない？」 なんだか変だった。心で発した声のはずなのに、紛れもなくそれは普通の「声」だった。そして、魂だけになってしまったのに、なにやら肩がずん、と重い。気づけば真紅の分厚いマントをひっかけている。 「あれ、ライアンさんのマントだ。・・・・・・・・それより・・・・・・なんで僕、肩があるんだろ。」 ずりおちそうになったマントを片手で引っ張りあげて・・・・・片手？ ５本の指の生えた手、その手首にはしっかりと赤い飾り紐が結んである。 驚いていた少女は、ますます驚いて・・・・・・そして、じわ、と涙を浮かべると、ホイミンに・・・・・今は少女と同じくらいの年頃の少年になった彼に飛びついていった。 「ごめんなさい！ごめんなさい！私、あなたに酷いことをした！あなたに酷いことをした！」 ホイミンは戸惑いながらも少女をぎゅっと抱きしめた。 「どうして謝るの。君はいつもとっても優しかったよ。・・・・泣かないで。どんな悲しい事があったの。・・・・・きっとこれは夢だね。僕は死んだのだし、人間になるなんて夢じゃなけりゃできないもの。・・・・・でも嬉しいな。こうしてしっかりした腕があるから君を抱きとめられるもの。姿を現したままで君を慰められるもの。魔物のときにできなかったいろいろなことでみんなを助けられるもの。・・・・ね、泣かないで。君が泣いていると僕も悲しいから・・・・・・・」 彼が綺麗な青い花を折り取って少女の髪に差すと、少女はこんどは微笑んでもう一度少年を優しく抱擁した。 蛇足・・・・おしまい |
| この駄文を読んで、そらまめさんが、可愛らしい続きのお話を書いてくださいました。 「そして、ふたたび」→こちらから |