 同胞(はらから)よ、その箱を掲げよ |
宇宙戦艦(そう、戦艦なのである。もはや大多数の人間が忘れているだろうが、超弩級戦艦なのである！)ギャラクティックジョーズ、艦長兼司令官であるジンベエ=フォン=シャークスコッチの副官、ブルーはジンベエその人を前にして困惑の表情を隠せなかった。……突然の呼び出し。そして、ブルーが出頭すると何の前置きもなくブルー直属の精鋭部隊を秘密作戦に投入すると告げてきたのだ。……その構成員一人一人が一個小隊に相当する能力を有するとされる精鋭たち……彼らを何に使うというのか。すると、ジンベエはマホガニー製の堂々たる執務机に両肘を預け、指を組むと、その上に完璧な形の顎を軽く乗せ、自ら語り始めた。 「発端は、祭の準備であった……」 『祭』のことならば、以前聞いた。そう、あの『地球防衛連合軍水島大学支部』の女性隊員が説明してくれたことがある。トーキョーエリア沿岸部に存在する『聖地』に於いて、春、夏、冬に大きな祭が開かれる…と。確か今年はジンベエは興味を示し、この惑星の文化を理解し、正しく導くには自らそれに触れることが必要である、と『祭』の準備の手助けを買って出たはずだ。……そして、よれよれになって戻ってきた。 「……あれはいつ終わるともしれぬ激しい戦いであった。……くるみの友人であるというあの人物は“あなろぐ派”という一派に属しているそうだが、祭にかけるあの気魄は、時空の理を捻じ曲げることも可能かと思わせるほどのオーラを感じさせるものだった。……あの戦いの後、我がマントには“とーんくず”が無数に張り付いていたが……あれは戦いに参加したものの勲章だといえよう。」 ジンベエは目を閉じる。そう、今でも昨日のことのように思い出される。……始めは弾力のある合成樹脂の小さな白い塊とと羽ほうきだけを持たされ“ごむかけ”なる作業をしていただけであった。が、一緒に作業をしていたくるみが『装着させやすい立体機動ベルトのアイディアが降臨したわ！』と叫んで光の速さで出て行ってしまった…それからくるみが行っていた“とーんばり”を引き継ぐ羽目になった。『祭』に参加する女性自身は『落ちる…このままでは落ちる…』と据わった目をしてブツブツと呟き、『けずり』『ベタ』『ここ、○番』『集中線』『ここモブで埋めて！』『ベタフラッシュ!!』『一点透視で並木道！』と次々と原稿を……くるみだと信じきってジンベエに放り………… 時は流れた。 アパートのカーテンの隙間から差し込む朝日の中で畳の上にジンベエは正座し修行僧のように目を閉じていた。……紫紺のマントの裾は五センチほど立ち上がって震えるように幽かにはためいていた。……完成した原稿をちゃぶ台に載せて…… 『祭』参加者は、そこで初めてくるみの不在に気付き、原稿を確かめ、……そのあまりにも完璧なまでの仕上がりに、こう呟いたと言う。『ジンベエ、……恐ろしい子！』と。 いや、これは本題ではない。ジンベエの話に耳を傾けることにしよう。 「我らは、力を尽くし、戦いを乗り切ったのだ。我が手助けにより、『祭』の参加者は準備を整えることができた。ああ、協力という名の行為が咲かせる花の美しさよ！……私は嬉しかった。そのため、、分不相応にも、戻ってきたくるみに切り出してしまったのだ。私も『祭』に参加してはいけないか、と。……すると、くるみはしばらく考えていたが、静かにだがきっぱりと告げた。……『祭』は……特に夏祭りがそうであるらしいのだが、倒れるものが出るほどの激しいものだと言うことを。あらゆるものをあらゆる場所まで運ぶ、あの、クロネコですら手配に手間取るほどの取引が成され、ある者は喜びの、ある者は悲しみの涙を流し……『祭』の真の姿を知らず、物見遊山気分で軽々しく参加するようなものではない、と。」 まあ、そう、なんだな。くるみとしては、ジンベエが冬コミ参加したら最高に楽しいとは思っただろうが、起こる騒ぎ(外見：究極のコスプレイヤー、興が乗ったら最後、魔獣召還しないとも限らない。そして周囲にはそういったことが大好きすぎる大きなお友達が一杯)を考えたら、万全の準備を整えない限り誘えないと彼女にしては物凄く賢明にも判断したのであろう。 「……祭とは本来神聖なものである。気軽に参加できるものもあったがそうでないものもある。……例えば三社祭りでは私は神輿には乗せて貰えなかった。」 『みこしにのりたい』とずずずいと前に出て行くことまではしちゃったんだね、ジンベエ。 「なので私も納得し、祭に出られぬ代わりに、この国のこの季節の風物を見られるところはないかと問うてみたのだ。……UMAに橇を引かせて世界中の無垢なる子供らに玩具を贈る『赤いご老人』は、もともとこのジャパンエリアの所属ではなかった、ということであったしな。すると、くるみは私をパラダイスへと案内してくれたのだ。」 ……そう、確かにジンベエにとってはパラダイスであったのだろう。ブルーは部屋の隅に詰まれた「○木の菓子」とはっきりくっきり印刷された巨大コンビニ袋にほんの数瞬視線を移した。左右に一つずつあの袋を持ち、完璧なピュレット(爪先回転)しながら執務室へと通じる廊下を舞うように移動していった姿をに顎を落としたあの日をブルーはよく覚えている。……原料を精選し贅を尽くした洋菓子や和菓子を愛する一方、『私、合成着色料いっぱい使ってますｖ』とがっつり主張しているだだ甘のジャンク菓子から砂糖の甘さがじんわり舌に馴染む素朴な駄菓子(よーするに、とにかく、甘い)の中にも甘味の女神の存在をビシバシ感知するジンベエにとって、安売り菓子店でのひと時は至福の時間であったようだ。しかし、それがどうして精鋭部隊の出動と繋がるのだ？ 「……そのパラダイスはア○横というエリアに属していたが……うむ、そこはエネルギッシュかつ魅惑的なエリアであった。くるみによれば、今のような年末の時期は、一年で最も輝かしい時節、『書入れ時』であるという。うむ、そこでな……」 続いて説明を受けたブルーは、説明を受ける前よりもますます、特殊部隊の出動の必要性がわからなくなった。しかし、着地点のわからない話を辛抱強く聞くことにかけては追随するものを許さない副官はそれでも無言で聞き続け……遂にジンベエが特殊部隊に託す秘密作戦を告げた時、用心はしていたものの、やはり顎を落としてしまった。それでも、ジンベエは大真面目であり、顎を落としているブルーの前で言葉を続けた。 「難しい作戦であるが、それでも彼らはやり遂げるであろう。……ブルーよ。指揮を頼んだぞ。」 無闇にイイ笑顔と声で告げるジンベエに、ブルーは落とした顎を瞬時に嵌めて、御衣、と一礼した。……確かにそれは顎を落とすようなことではあったが、他者に迷惑をかける類のものではなく、むしろ乗務員にとって益となるもの。そして、精鋭部隊でなければできないことは明らかなことであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 関東地方のとある山林地帯……それは志乃さん(志乃さんのことを知りたい方は→こちら の話をどうぞ)が所有する土地であった……の上空を、ステルス機能を持った小型機が飛行していた。中には降下装備を整えたブルーと彼の率いる精鋭部隊……そして小柄な老人が一人……ギャラクティックジョーズの乗員内でそのスキルを知らぬものなどいない、神が『緑の指』を与え賜うた植物栽培の大家、ゴン爺である。ブルーは総員に作戦の確認をし、時計を合わせ、ゴン爺に一礼した。 「老師、老師は私がお連れ致します。ご心配なく。降下後には宜しくお願い致します。」 すると、ゴン爺はホッホッホと小さく声をたてて笑いながら言った。 「こちらこそ迷惑をかけるのぉ。あの山に送った弟子どもがどうにも見分け方がよくはわからんようで。」 「いえ、彼らも10のポイントは確保してくれました。老師にはあと10箇所を……」 「うむうむ。お山に迷惑をかけないくらいに距離をおけるじゃろうて……降下も山歩きもまだまだ一人でできることじゃが、腰を捻るとことだからの、坊やの好意に甘えておくとするかの。よろしく頼む。」 ブルーを『坊や』と呼び、降下も一人で可能と事も無げに発言したゴン爺に精鋭たちの目が見開かれる。ブルーはこっそりと笑う。ゴン爺の真の力を知る者は、殆どいないのだ。 と、パイロットが目標地点上空に達した旨をブルーに伝えてきた。 「よし、皆、続け！」 ロックを開けると清冽な冬の空気が入ってきた。ブルーが自分の腹側にゴン爺をベルトで固定し、真っ先に飛び出す。その後から精鋭たち……やがて迷彩色のパラシュートが開き、降下は無事に終わった……それから24時間のうちに作戦行動は成功裏に終了し、かねてから打ち合わせておいた回収地点に集合した彼らは無事に帰途へとついたのだった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「諸君！このジャパンエリアでの挨拶を貴公らに贈ろう！『あけましておめでとう』新しい年に感謝を！」 元旦、ワッチにあたっているもの以外はレクリエーションルームに召集され、ジンベエの訓示を受けていた。 「我々の惑星とこの惑星では暦はことなるが、郷に入れば郷に従えの言葉もある。時間は連続体であるゆえ、年が改められても事物に劇的な変化はないが、精神は定められた節目ごとに改まるのである。興がその節目であるのだ！そして、このエリアでは、ショーガツとは休息のときでもある。諸君、我々も休もうではないか！休みの後に待つ飛躍の為に！」 レクリエーションルームの床の30箇所ほどがスライドして、フロアー下から何かがせり上がってきた。ジンベエの横に立ち、驚愕する乗員の様子を見つめながら、ブルーはジンベエから受けた説明を思い出した。 『ブルーよ、パラダイスが属しているア○横には新年を迎えるにあたって購入すべき商品が所狭しと並べられていた。無論、そこからこのジャパンエリアの新年の風習が見て取れるのはいうまでもない。私は新年、『ショーガツ』を迎えて食すというその食品群の特殊性と精神性に圧倒された。ブルーよ。新しい年の初め、、正月を迎えるにあたり、このジャパンエリアでは年末に大量の料理を年末に準備するのだと言う。それは、目出度い正月にいつも家事をする人々が他の家族と共にのんびりとコタツに入って寛ぐことができるようにとの想いがあると言う。その保存食の名を『お節(おせち)料理』という。お節料理にはいろいろな意味が込められている。健康や、長寿や、金運や、労働の尊さや……ブルーよ、私は来年の正月には、お節料理を全ての乗組員に振る舞おうと思う。それが、部下を率いる艦長たる私の使命であろ。今年の正月にはまだそれを知らなかった自分が口惜しい……しかし、しかし、だ。我が艦に割り当てられている予算には限りがある。……今までも、費用として認められない買い物をするためには、このエリアで労働し、対価として得られた賃金で賄ってきた。しかし……新年はもうすぐである。……頼む！貴公の直属部隊を貸してくれ！……他でもない彼らならば一日で、必要な金額を間違いなく得てくれるのだ！』 山林に降下した彼らのうち半数はビーコンを辿り、かねてから作戦実行ポイントで待機していたゴン爺の弟子のもとに急行した。あとの半数は、ゴン爺を背に負ったブルーを先頭に、獣道もない広葉樹の森の中を進む。『あそこじゃ』とゴン爺が指をさすと、そこで一人が止まり、作業を始める。そして、ブルーとゴン爺だけになり……『坊や、あそこがよかろう』の声にブルーはゴン爺を背から下ろした。 ゴン爺は枯れたつる草の葉をいとおしそうに撫でている。 「いいお山じゃ。草木も動物もしっかり息をしておるよ。お宝を分けて貰っても大丈夫じゃ。……掘った芋の先は来年芽を出すように穴に埋め、斜面が崩れぬよう処置をし、更にお山の為になるように雪が降る前に倒木や良くない土砂崩れは改めて処理してくれるという約束じゃしの？」 はい、確かに。とブルーは請け負ってから、不思議そうに老人爺が撫でている葉を見た。 「老師はその葉だけでおわかりになるのですか？」 「坊やは不思議なことをいうのぉ？こんなにはっきり教えてくれておるのにのぉ？……よいかな？教えたとおりに優しく、じゃぞ？」 ブルーは頷き、この用途のために工夫された掘削道具を取り出した……彼らが掘っているのは天然の自然薯であった。……長く、形のよいものであれば、市場価格で1キロ当たり5000円は下らないという……作業は困難を極めた。体長３メートルを越す凶暴なエイリアンをブレード一本で無力ができる精鋭たちも、ゴン爺の言う『お宝』を掘りあげるには一本数時間を要したのであった。ゴン爺が見つけ出したものは全て二キロを超える大きなもので、ジンベエが言ったように、『精鋭にしかできない』はたらきで『一日で全ての費用を』叩き出すことができたのだ。 乗員の驚愕の中、フロアからせり上がってきたのは、コタツの卓であった。真ん中には笊に入った蜜柑が置かれ、人数分の椀からは雑煮がほかほかと湯気をたてている。そして……そこには簡易ながら、紛れもない重箱が…… ブルーは自分の横にいる誇らしげなジンベエの様子に微笑む。ジンベエもまた戦ったのだ。……乗り込んだという漁船がオホーツク海で消息を絶ったときには冷汗が出たが(そして、ジンベエは見事な型の大きなニシン十五匹と共に意気揚々と帰還した)。 ジンベエはバサリとマントを翻して乗員に叫ぶ。 「諸君、これより三日間は三が日、という。厨房の者も含め、休むがいい。汁は多量に準備してもらったゆえ、雑煮を所望する者は自分で焼いて食するがよいぞ。そして……」 ジンベエはシルクの手袋を嵌めた手で重箱を高く持ち上げる。 「同胞(はらから)よ、その箱を高く掲げよ！厳選されし素材を用い、料理長が腕を存分に奮った料理が我らの三が日、いや、この一年を見守るだろう！」 なんだか、よくわからないが、どよどよというどよめきと歓声が沸き起こる。 ブルーは微笑む。この重箱の中には、乗員の幸福を祈ったお節料理がぎゅっと詰まっているのだ。そして、わくわく、と至福の笑みを浮かべながら早速重箱の蓋を取り、壇上に作られた自分用のコタツの上に並べていくジンベエの手元を眺める。 壱の重…黒豆(“まめ”にはたらけますように) 昆布巻き(よろ“こぶ”）伊達巻(巻物の形をしており、学問ができるようになるように) 錦玉子(二色→錦) 栗きんとん(財産を表す金色のきんとん栗は“勝ち”栗を連想) 豆きんとん 田作り(小魚を肥料に用いていたことから五穀豊穣) 弐の重…紅白膾(目出度い赤と白) 酢ばす(穴があいていることから“見通しがよいように”) 海老の甘酢あえ(長生きの象徴) 参の重…煮しめ 与の重…おたふく豆(福が多くきますように) 豆きんとん 羽子板の形をした羊羹 富士山の形をした羊羹 干支の動物の形をした羊羹 桜ん坊の形をした羊羹 キティちゃんの顔の形をした羊羹… 数の子は？鯛の焼き物は？するめは？イクラの醤油漬けは？ そして、この羊羹の多さはなんなのだろうか。 そして、ブルーは遅ればせながら理解する。何故にジンベエがお節料理に心酔したのか。むろん、その料理に込められた想いのせいもあろう。だが、それよりも、なによりも、 甘味好きのジンベエにとって、甘味に溢れたまさに“至高かつ至福の料理であることを！ 甘味が苦手なブルーの横で、ジンベエは魅惑の微笑を浮かべる。その声がブルーには遥か遠くからのように聞こえた。おお、ブルーよ、重箱の料理に感じ入ったか。……遠慮なく食せよ、まだ、おかわりもあるゆえな！ そして、三が日が過ぎた。ああ、これで甘味責めから開放される、と小さく息をついたブルーの前で、ジンベエは重々しく言った。 「ブルー、私はどうすればよいのだ。」 ジンベエは手で顔を覆った。 「今日、年始の挨拶に行った『東日暮里お達者クラブ』の皆さんから、余ってしまったお節料理の再利用法をお聞きしたのだ。レポート用紙に絵まで描いて丁寧に説明して下さったのであるぞ…………しかし……！これが嘆かないでいられるか。……我が艦のお節料理は皆で全て食べ尽くしてしまったではないか。……あの方々の親切を無に帰すなど……」 そこでジンベエはポン、と手を打った。 「そうか……！そうであるな！……食べつくしたのならば、再び作ればよいだけのこと！ブルー、早速手配をするのだ。まずは栗きんとんである、甘露煮の手配を！ア○横の源一郎商店の店主殿に注文をするのだぞ！」 ハタハタとはためくジンベエのマントの横でブルーは顎を落とす。……そして、彼はまだ知らない。……11日には『鏡開き』が行われ、三食通して甘い甘い汁粉祭が艦内で開かれることになることを。 孤高の艦長ジンベエは愛と美と甘味の伝道師として今日も行く行く今日も行く。 多くの部下の幸せと、約一名の不幸な副官を乗せ、ギャラクティックジョーズは新春の宇宙を衛星軌道に乗ってたゆとうのであった。 |
| 開設12周年お祭企画でaki様よりリクをいただきました1月のお題「初〜」です。明確な「初夢」とか「初日の出」ではなく、おそらくなんでもが初体験であろうジンベエの「初お節」の話となりました。久しぶりにジンベエの話を書きましたが「お約束」は絶対に外せない！とばかりに、不幸な副官が締めとなりました(ごめんなさい、副官)。この艦、それが乗船の条件であるかのように、甘味好きで、ジンベエのノリが大好きな半被着てケミカルライト振りながら掛け声掛けちゃう位『司令官LOVE』な乗員が揃っているに違いないですね。随分前に書いた「双六」もこのあと皆で楽しむのかもしれません。そして、なんだか「ゴン爺最強説」まで今回出てきました…強力な人生の大先輩に憧れます。 まだまだジンベエが経験していない日本の行事や風物は多く在りますが、接するたびに副官の胃がピンチかもしれません。頑張れ、副官、みんなの副官。ギャラクティックジョーズの真の平和は君の双肩にかかっている！ と、今日もきょうとて、なおバカ短編で申し訳ございません。彼らを覚えていて下さって、私も久しぶりに彼らを書けて幸せでしたｖ |