高度1700㎜の幸福 |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。 20万ＨＩＴのお祝いにたちばなするめ様から頂いたイラストを拝見し、いてもたってもいられなくなって筆を走らせました。 普段、「カップリングで書く」(書きたいテーマを描くために、そのキャラクターたちの設定を使って、((悪く言えば利用して))書く)ことばかりしている私ですが、「カップリングを書く」ことをしてみたいな、(そのキャラクター達のために書く)と思いまして……結果的には「で」となってしまった感がございますが、少しでもキャラクター達の幸せな場面が描けていれば嬉しいです。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
昼の休憩時間が奇跡的に一致したとき、エリカとアレックはどちらから提案することもなしに、昼食後、離着水桟橋あたりをのんびりと散歩する。こうして歩いている姿をだけ見ると、仲睦まじい思い人同士である。しかし、微笑みあいながら彼らが話している内容を耳にしたなら、ごく普通の感覚を持った輩なら仰天するだろう。 「列型水冷…」「シリンダーブロック…」「ブロック・ヘッド一体…」 可憐な19歳の少女の口からそんなことばがポンポンとしかも楽しそうに飛び出す。微笑みながら頷く男の口からも素人にはわからない専門用語が次々と繰り出される。 二人は離着水桟橋に着いて、そこに浮かんでいるニ機のオオルリの傍に近寄る。太陽は眩しく海面に降り注ぎ、光を反射した海はオオルリの翼を下から明るく照らす。ゆらゆらと光のゆらぎを映す翼を見、エリカは手を延ばしてその横腹を撫でた。 「これから第二班の哨戒演習ね。事故のないように頑張って飛んで頂戴。」 そう飛行機に呼びかけるエリカの様子に、アレックはくす、と声に出して笑った。 「あっ、笑いましたねえッ?!」 「ごめんごめん、気に障ったのなら謝るよ。」 （ただ、君があんまり可愛らしかったから。） そう言い掛けてアレックはやめた。自分はもう青春真っ盛りの若者ではない。さすがにそんな言葉を口に出して言うのは少し気恥ずかしかったし、実際声に出してしまったら、自重しているいくつかのことを行動に移してしまいそうだった。 「もう……アレックさんまで笑うんですか！私がオオルリに呼びかけるたび、オズウェルも親方さんも『またか』って顔して脱力するんです。トゥーフォンはオズウェルの反応が面白いらしくって、楽しんでますけど。……でも、アレックさん、いいですか。エンジンや自動車は呼びかければ呼びかけただけちゃんとはたらいてくれるようになるんですよ。私も父から言われた時には半信半疑でしたけれど、本当にそうなんですから！自動車に限らず、飛行機だって同じなんですよ！」 『神の手をもつ整備士』と言われている自動車整備工である職人気質のエリカの父がそんなことを言ったとは信じ難い。しかし、アレックを見つめるエリカの表情は真剣でとても冗談で言っているとは思えなかった。あまり納得しているとはいえないアレックにエリカは少し口を尖らして言う。 「それに、アレックさんだって、オオルリのことを『相棒』っていうじゃありませんか。」 「ああ、それはそうだけれど……そうか、そうだね……呼びかければ呼びかけただけ……それはきっとそこに愛情があるからなんだろうね。愛情をもって整備をし、或いは操縦をすれば、きっと最高の能力を示してくれるのだろうね。」 エリカはにっこりした。そして、ふと空を見上げて、何かを見つけると、その緑の瞳を大きくして空を指した。 「アレックさん！飛行機です」 嬉しそうな声にアレックも肩越しに空を見上げる。小さな……やっと目視できるかどうかの機影が太陽の方角……南の空に認められた。 「ああ、随分高いところを飛んでいるね。……おそらく旧帝国の飛行機だよ。詳細は俺達には知らされていないけれど、今日、帝国から王都へとユクトランドの領空をヤクトケーファーが一機飛ぶというそのことだけは司令から聞かされている。あれがきっとそうなんだろうね。少し大きいね。複座かもしれない。いや、複座だね、きっと。……ボディーカラーは若草色に塗り替えられている。綺麗な色だ。」 太陽の眩しさに、目の前に掌をかざしながらエリカは言った。 「……ヤクトケーファー……流石に馬力がありますね。どんどん近づいてくるように見えます。あんなに高いところを飛んで大丈夫なんでしょうか。雲の上までいきそうな勢いです。」 エリカの横顔を見ていたアレックは彼女の視線を辿って空を見る。 「確かに少し高度は高いけれど、そんなには高くないよ。俺達が普通飛ぶのは高度1000ｍ以下。高くても2000。簡単にアルプスを越えることすらできない。ヤクトケーファーでも雲の上を飛ぶのは苦しいだろうね。」 「雲の上……ですか？」 アレックの顔を見たエリカはアレックが微笑みながら空をじっと見ているのを見、自分も空に目を戻す。 「ああ。雲の上だよ。雲の上を自由に長時間飛ぶことができる飛行機はない。帝国の技術でもね。」 「……私、高高度飛行をしたパイロットの手記を読んだことがあります。雲の上はいつでも晴れているのですよね。真っ青な空の下に絨毯のように白い雲が敷き詰められていて、まるで天国のようだって……」 「そうだね。……風景だけを切り取ってみればね。……確かに天国がもしもあるのなら、ああいった光景をいうのかもしれない。」 「……見てみたいなァ」 アレックは笑い声をたてた。 「君を連れてはいけないよ。雲を抜けるのは並大抵のことじゃない。雲が水や氷の粒の集合体だということは知っているね？そこを突き抜ければ体はびしょぬれになり、大抵は激しい気流に翻弄される。そして、雲の上に出たのもつかの間、寒さに凍えそうになり、空気の薄さに肺が悲鳴を上げる。パイロットの肺だけじゃない。飛行機のエンジンも少ない酸素に喘いでうまく働いてくれなくなる。……確かに美しい風景ではあるのだけれどね。」 「……今はダメでも、将来、雲を抜けた高空でもびくともしない機体やエンジンが開発されて、風防に守られた窓の中から、眼下に白い雲が広がるのを見ることができるようになるかもしれませんね!!パイロットではない、ごく普通の人が、天気などに左右されない雲の上を通って、自由に他の国に行けるようになったら素敵でしょうね！」 そんなことはまず無理だろうとアレックは思う。この20年の間に飛行機は途方もない進化を遂げているが、エンジンの根本的な構造の変更と機体の気密性を確立しない限りは、高空を高速で安全に飛ぶ旅客機など夢のまた夢だ。 （おや……) アレックは、空の色の瞳を少しだけ大きくした。先程より、ヤクトケーファーの機影はずっと大きくなっていた。 「エリカ、あれは、あの複座のヤクトケーファーに乗っているのはヨハンだよ。」 エリカも目をみはる。 「わかるんですか？」 「……ああ、彼が空に描く軌跡を他のパイロットと取り違えることはないよ。……彼とは大陸大戦以来の付き合いだし、俺が帝国にいる間、彼とは僚機の間柄だったからね。」 「でも、凄いです！こんな遠くから！」 ユクトランドのエースは笑った。 「エリカ、君だって、ほんの小さな頃にエンジン音を聞いただけで、その型番がわかったっていうじゃないか。長い間付き合っているとわかるようになるものなのさ。そうだね、例えばオオルリが飛んでいるとして、それがコリンなのか、俺なのかはずっと遠くからでもわかると思うのだけれどね、違うかい？」 エリカはこくん、と頷く。空戦時はともかく、コリンはターンするとき、華麗に機体を傾斜させてまわる。アレックのターンはいつでもなめらかでケレン味は全くないが、美しい。 ヤクトケーファーは更に近づいてきて、その詳細が目視できるまでになった。帝国の紋章が描かれているべき場所には革命軍の旗印が描かれていた。そして、機影はますます近づき……いや、明らかにこの桟橋目掛けて近づいて来ている？目的地は王都のはずなのに？ 問いかけるようにアレックを見ると、彼は眩しそうにヤクトケーファーを見やり、初めは呟くように、最後はエリカに呼びかけるように言った。 「……そうか、そういうことか。確かに、彼と同乗するのが一番安全といえば安全だ。……エリカ、彼の後ろに乗っていらっしゃるのはおそらくエルネスティーネ様、旧帝国の第四皇女だった方だよ。」 アレックが帝国に居た２年間の間、エルネスティーネ皇女は彼に親しく接してくれていたのだとエリカは聞いている(『あれこれ働かされた、とも言うね』とよく彼は笑っていた)。そして、皇女のヨハンとの関係や人となりはよく聞いていたので、こうしてヨハンの操縦する戦闘機の後部座席に乗ってユクトランド王都を表敬訪問するという、大胆な行動も、エリカには別段不思議だとは思われなかった。いや、アレックから聞かされている皇女には似つかわしいとさえ思えた。 ヤクトケーファーは高度を落としてきて、ゆっくりと旋回した。そして、離着水桟橋からすぐのところ、海面ぎりぎりを一度通った。ありていにいって、こんな飛行はヨハンの他にはアレックにしかできないだろう。風が吹き、海面を乱した結果作られた小さな飛沫が二人のところまで飛ぶ。エルネスティーネはアレックに向かって大きく手を振っていた。そして、一度上昇してから、また旋回し、高度を落とす。そして、再びエリカ達の前を横切ったときには、コクピットのヨハンまでもが片手を大きく振っていた。彼は笑ってさえもいた。アレックには皇女が伝声管に向かって叫んでいる声の予想がついた。 （おお、あそこにいるのはオオルリ乗りのユクトランドのエース殿ではないのか？あの金髪、見違えはせぬ。ヨハン、わらわ達は彼の御仁に大変世話になった。違うか？是非挨拶をしていきたい。頼めるか？うむ、着水し、会話したいところであるが、それはかなわぬであろ？手を振るだけじゃ。） （なんじゃなんじゃ、相変わらず愛想のないやつじゃのぉ。聞けば、おぬしはあの御仁だけでなくロビュ小隊の面々に世話になったというではないか。もしやあの隣のおなごも知り合いではないのか。おぬしも挨拶をせよ。……ヨハン、ぬしほどの腕前なら、片手、いや両手を操縦桿から一瞬放したところで墜落はしまい？わらわと一緒に手を振るのじゃ!!いつもの仏頂面はいかんぞ。もっと愛想良く、口角をあげて、こう、にーっとわらうのじゃ、にーっと！……なんじゃなんじゃ、おぬし、笑えるではないか!!わらわの前ではちーっとも笑わぬが、……決めた！これからはわらわの前でも全開で笑ってもらうからの!!) その後、ヤクトケーファーは別れを惜しむようにニ三度その場を旋回してから北を向いて高速で飛び去っていった。 エリカは力強く飛ぶヤクトケーファーを見送り、少し眩暈がしそうになった。 アレックを待っている二年の間、このロランドには何機ものヤクトケーファーが飛来した。ケーファーだけのこともあったが、背後に爆撃機を伴っていることもあった。そのたびにコリン、そして傷が癒えたばかりのルカが出撃し、ギリギリのところで敵を撃墜してなんとか街と小隊をまもってきたのだ。そう、ヤクトケーファーは「死」の匂いをさせた恐るべき敵であり、ロランドの町の人々にとってはそれ以外の何者でもなかった。ヨハンは、そうした時期には既に帝国軍を離脱し、革命軍のパイロットに転進していたというが、彼もまた大陸大戦時にはヤクトケーファーのベース機であったケーファーを駆り、無慈悲にユクトランド機を撃墜した冷酷な“悪魔”だったという。 その、ヤクトケーファーがこのロビュの上空をゆったりと旋回し、離着水桟橋めがけてすうっと渡り鳥のように降りてきたのだ。……ただ、手を振って挨拶をするためだけに。 二年の間、もっとも酷い時期には、整備士たちは常にＡ級待機態勢にあった。空から戻ってきたコリンやルカを労う暇も帝国は与えてくれず、整備士たちも不眠不休で忙しく手を動かした。明日まで生きていられるのかわからず、皆は無口になって黙々と仕事をすることで自分の心を守ろうとしてそれはある程度成功したが、ヤクトケーファーが南から来たことを知らせる警報が鳴り響くとそれだけで心臓が縮み上がってからだが冷えるのを感じた。 実際、ほとんどの面で王国機より一段も二段も上の性能を持つヤクトケーファーからこの街を守れたのは、オオルリの旋回性能をコリンとルカが引き出せたことと、二人の息の合った連携と、そしてフランツたち防衛班の高射砲掃射……あとは運がよかったからだけだった。 でも、とにかく自分は生きてここにいる。アレックも無事に帰ってきた。……二人とも互いに約束を守れたのだ。そして……ヤクトケーファーは“悪魔”ではなくなった。 先程ヨハンが大きく手を振ってきたとき彼の片手は機銃を発射するための定位置にはなかった。彼の手は、飛行機を飛ばすためだけに操縦桿にかかっていた。 そんなことは、二年前は想像もできなかった。 幸福なことであるのに、思い出と、目の前のことを一気に反芻し、エリカは気が遠くなりかけた。体がぐらっと傾き、慌ててオオルリの翼を支えるワイヤーに手を延ばそうとして…… 「大丈夫？」 その前に、がっしりとした暖かな腕に支えられ、抱き上げられた。 この手も……この大きな、彼女を支えている手も嘗ては機銃を撃った手なのだ。何十機もの敵機を撃墜した手なのだ。エリカは自分の肩を支えるアレックの手に首を傾けて頬をそっと付けた。暖かい、暖かい。……ああ、こうしていられることはなんて夢のようなんだろう！そして、この夢だけは醒めないでいてほしいとエリカは願う。見上げればヤクトケーファーは点のように小さくなっていた。 「こうしていると空にずっと近くなった気がします、」 と空を見上げてエリカが言うと、アレックは、いつもよりほんの20㎝くらいだね。と笑った。 「いいえ……雲の上よりも、今この場所の方がずっと空に近いような気がするんです。……私が行きたい大好きな高い空に。」 もう殆ど見えないヤクトケーファーの機影にエリカは手を振る。 そして、誰よりも大切な人の腕が、今度は体を支えるためではなく愛情深く抱き直してくれ、エリカは彼の胸に頭をつけながら更に自分が空に近づいたと感じた。 |
| たちばなするめ様のイラストに触発され、 「行きます！行き着くところまで行きます!!今日はホームランです!!」と書き始めたものの…… また、何か外したような!? ……いや、確実に外していますね!!!!<(_ _)> (もっと、もっと、頑張れ!!) ヤクトケーファーはヨハンの乗機であるわけですが、そのベースであるケーファーと共に、ユクトランドの人々にとっては、辛く悲しい経験を思い出させるものだと思います。実際、王都上空にヤクトケーファーが現れたとき、殆どの人が憎悪の瞳を向けるのではないでしょうか。(ただ、ティーネはそれを承知の上でこういう行動をとっています) アレックはエリカに「戦争のためではない飛行機をつくることが出来る世界」を贈る約束をしていますが、そこには、「他国の飛行機が他の国に自由に飛んでいける」ことも含まれているように思います。 (題名ですが、アレックさんの身長が179㎝なので、それよりちょっと低い位置170㎝＝1700㎜ということで) |
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