荒野に蒔かれし一つの種は |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 以前に「風色２を創るとしたら…」企画で生まれたゲーム登場キャラクターの子世代の話で、ほぼ、オリジナルキャラクターのみで進行しますので、そういったものが苦手な方はご注意下さい。 具体的には、アレックさんとエリカちゃんの娘のアマリア=ユーティライネンの王立航空工学校受験時の話となります…が、殆ど航空工学校の先生達の話に終始しております。ミヒャエル＝カルマン先生は入学後、アマリアの副指導教諭となる陰気で厳しい先生。彼のプロフィールは→こちら ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
ミヒャエル＝カルマンは先程までああだこうだと言い合っていた同僚達が一人残らず自分を注視しているのを見回して、面白そうに片頬だけを上げてみせた。常にしかめ面である彼の貴重な笑顔であったが、それを堪能するものなどいない。誰かが「ひっ」という小さな声をあげ、その後一瞬の静寂が訪れ… 「カルマン君！君は自分が何を言っているかわかっているのかね。」 と、最年長の教授が重々しく声を張り上げた。 カルマンは顔色一つ変えずに口を開いた。流体力学の講義の時と同様に、低い、落ち着いた声で淀みなく話す。 「わかっております。私は先程からの皆様の意見をまとめた積もりですが、間違っていましたか。」 ここは王立航空工学校の会議室である。大きな机をいくつも繋げた廻りに座るのは、いずれも航空工学の専門家達である。机の上には、入学試験を受けた受験生達の答案用紙。今は、合格判定会議の真っ最中である。寒々とした空気の中、に緊張が走る。 「誰も君のような発言をしてはいなかったと思うが。」 カルマンは挑むように腕を組んでみせる。 「私が言った文言そのままの発言はなかったかと。しかし、」 彼は紐で綴られた解答用紙にちら、と目をやる。採点時に不正がないよう、受験番号だけで氏名は書かれていない。さらに、一人の受験生から出た８枚の答案は、それぞれ違ったグループが採点する。一つのグループには４人の教員が配属されており、３回採点の見直しが行われる。はっきり言って不正はあり得ない。彼らは細心の注意を払って入試が公正に行われるよう腐心してきたのだ。 しかし、会議は紛糾している。一人の受験生の入学を認めるか、その一点だけで、もう一時間近くも紛糾しているのだ。学力は秀でていた。計算力は目を見張るほどで、答案の書き方も申し分ない。そのまま模範解答としてよい問題も何問もあった。製図の実技だけは、若干発想が豪快すぎるきらいもあったが、入学前のひよっこに完璧を求めるのは間違いだ。総合点は最高点の受験生から15点低い5位。募集人員は54名であり、点数だけでは合格間違いなしの受験生である。 カルマンは、目の前の答案を、長い指で弾いてみせた。 「点数での判定ならば入学を許可すべき受験生を、合格とすべきかどうか躊躇しておられたのではありませんでしたか？私にはそう聞こえておりましたが。つまりは、今までに発言した方々は、このアマリア＝ユーティライネンという受験生を女子であるがゆえに不合格としたい、と願っていらっしゃる。私はそう発言したのです。」 「しかし、君…女性差別はあってはならない！」 カルマンは手のひらを広げ、発言を押しとどめるような仕草をしつつ、言葉を続けた。 「確かに、この学校には女子の入学を認めないという規定はありませんでしたが、それは希望者がいると想定していなかったからです。この女学生が願書を提出したときの会議も紛糾しましたが、結局受験は認められた。……『女子が合格点を取るはずがない』と確信していましたからね。それが結果として裏切られてしまった。彼女はむしろ優秀だ。私達をこれだけ困らせるくらいには。しかし、これでいいのですか？彼女がこの学校に入学し、卒業できたとして、それは航空学の発展に繋がるというのだろうか？女というものは、学を多少積んだとしても、家庭に入り、子を産み、身につけた学問をすっかり腐らせてしまう。つまるところ、彼女を入学させるということは、熱意ある男子学生を一人不合格とさせ、前途ある少年のエンジニアへの夢を閉ざすことになってしまう。それでも合格させるのですか。」 大半の教授が、カルマンの意見に賛成であった。しかし、彼らは不正と差別を憎む人間でもあった。受験資格に『男子のみとする』の文言が抜けていたことを今ほど悔いたことはないが、何か見落とされた特殊事情が無い限りはアマリア＝ユーティライネンを不合格にはできそうになかった。だからこそ会議は紛糾しているのだ。皆が女性蔑視発言と受け取られないよう、歯にものがはさまったような話ばかりを繰り返し、しかし、合格とは決して言わず…それをこの気むずかし屋の若手教授は畏れることなくずばずばと言い放つ。 「アマリア＝ユーティライネンは、あの有名なパイロット、アレック＝ユーティライネンの息女ということですが、彼から合格を要請された…つまり圧力をかけられた、というような方はないのですか。父親でなくても、軍関係者では？確か王室関係者もユーティライネンの知己にいたと思いますが。」 誰もが首を振った。アマリア＝ユーティライネンは彼女の実力だけでもって、試験に臨んだのだ。……だから不合格にできないのだ。皆、懸命に疵を捜した。捜しても何も出てこなかった。そう、何もかも！ 「………ならば、これ以上の議論は無駄です。女王様の名にかけて、私達は不正をするわけには参りません。……おそらく時が解決するでしょう。入学しても、他が男子だけの中、一月もたたず、音をあげる。そして、この学び舎から女子学生はいなくなる。それで良しとしましょう。」 カルマンの言葉に、一同は長い長い溜息をついたのであった。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 合格発表日、合格者の受験番号が張り出される塀の前は、受験生でごったがえしていた。番号が書かれた紙がはられると、背を丸めてしょげ返る者と、歓声を上げる者、明暗が真っ二つに分かれた。 「合格者はすぐに書類を受け取りに事務所に行くように。」 厳しい声で誘導していたカルマンの目に、小柄な金髪の少女の姿が飛び込んできた。彼女は掲示板を見て、歓声を上げ…隣に居た少年の背をバンバン叩いていた。 「137番！あるよ！あるよ！アーサーの番号！あったよ！やったぁ！」 「馬鹿！なんで俺の番号ではしゃぐ！お前の138番もあるぞ！」 「うん、138もあるよ！やったね！やったね！私達やったね！お父さんやおお母さんや親方やクーおじさんやセルジュおじさんやみんな、みんなに電報打たなくちゃ！」 「……うっ馬鹿！首を絞めるな！入学前に俺を殺すな！」 137番の受験生は、最も高得点の学生だったはずだ。……そうか。友人どうしで合格か。……ならば、すぐに音をあげることはならないのかもしれない。 「おい、とにかく書類を受け取りに行くぞ！」 少年にぐい、と腕をひかれて少女は転びそうになり……カルマンが咄嗟に受け止めた。 「不注意だ。気をつけなさい。」 温度の感じられない声でカルマンが叱ると、少女はすみません！ありがとうございます！と大きな声で言い、深々と一礼した。 「先生でいらっしゃいますか。」 そうだが、というと、少女はにこにこっと笑った。 「これから宜しくお願いします！頑張ります！」 少女は少年と一緒に行ってしまった。 カルマンは眉間に皺の刻まれた表情でそれを見送る。 頑張って貰わなくては困る。この環境の中、女子というだけで、男子よりも頑張らねばいけなくなる。そして、男子ならば闘わなくてもいいものとも闘わなくてはいけなくなるだろう。世の中は次第に変わっていくであろうが、そうなるまでは、彼女のような者達は茨道を切り開いて行かねばならないのだ。 共に学んだ男子学生の誰よりも優れていたにもかかわらず、綿密なデータを提供した教授の論文には協力者としてすら名前を連ねて貰えず、最後は大学からも追われ研究者として不遇のうちに生涯を終えた母のことを思い、カルマンは事務所入り口へと入っていく金色の頭をもう一度見る。 ――母さん、もしかしたら、俺はあの子を一人前のエンジニアに育て上げることが、ここでの一番大きな仕事になるかもしれないよ。―― そして、空を見上げた彼の眉間に皺はなく、柔らかな微笑みが口元に浮かんでいた。 |
| 17周年記念…にはならない内容。しかもなんとなく時事ネタっぽい短編となりました。 勿論、カルマン先生は学校の中で、アマリア達を陰から支援しまくります！ |
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