雪の中の銀貨 (前編) |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、オフィシャルとかけ離れており、我が家設定満載ですので、ご注意くださいませ。今回はこのサイトのオリジナルキャラクター、アレックさんの息子、ディックのクリスマスの話で、本編と全く関連のない話ですので、そういった話がお好みでない方はご注意下さい。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 短い話ですが前後編に分けてアップし、あとで一つに纏めます。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
11月も下旬になれば、ユクトランドには雪が降る日が多くなる。国土の中ではかなりの南方にあたる、ここ、ロランドもその例外ではない。だが、11月の雪はまだ降り積もって翌年の春まで融けない雪ではない。降って融けてを繰り返し、子供達が物置からスケート靴やスキー板を取り出して本格的な冬の到来を待っているこの時期に、教会ではバザーが行われる。そこに並ぶのは、冬に備えての各家庭での大掃除に伴って出てきた不用品や、バザーの為にと街の人たちが心を込めて作った手芸小物、そしてバザーの前々日から牧師夫人の呼びかけに応じて集まったおかみさん達が牧師館のキッチンの大きなオーブンで焼き上げたクッキーや日持ちのするパウンドケーキやプレッツェル、前夜から煮込まれた熱いスープにあたたかいリンゴジュース。男衆の為には湯気のたったホットワインに燻製肉だのチーズだのが並べられている。勿論収益はすべて慈善事業の為に寄付される。普段は神聖な祈りの場である教会の礼拝堂とその前のホールには机が出され、華やかなテーブルクロスが広げられ、お祭りのような様相を呈していた。 ディック＝ユーティライネンは、母親手編みの紺色のマフラーと手袋をしっかりと身につけ、左手で、水色のミトンの手袋をはめた小さな妹の手をひいて教会へと歩いていた。妹のアマリアはまだ五歳で、バザーの意味はよくわかっていなかったが、大好きな兄と一緒に出かけられるのが嬉しくて、繋いで貰っている右手を大きく元気良く振っていた。ディックも何だか楽しくなってきて、この間コリンおじさんから教えて貰った歌を歌ってみた。 “僕はユクトのパイロット 可愛いあの子は街ごとに だけども休みが少なくて キスできるのは月一度……” この前父母の前で歌ったときには、両親とも驚いて、ディックはソファで寛いでいた父の膝に抱き寄せられて、静かに、しかしキッパリと言われた。 (ディック。それは調子の良くて楽しそうな歌だけれど、お父さんはお前がそれを歌うのは良くないことだと思う。) 父の横では母が自分をじっと見つめており、ディックは父に向かって、うん、と大きく頷いた。 (余談だが、翌日、ロビュ航空小隊航空班副隊長、コリン＝グレイディーア大尉は『隊長のあんなおっかない顔、初めて見た……口調は穏やかだから余計怖かった…』と某補給班上級曹長に震えながらこぼしたという。) でも、ここに両親はいないし、『もう歌わない』と約束したわけでもない。それに、この歌は本当に調子がよくてスキップしたくなる曲なのだ。アマリアが歌に合わせて本当にスキップをはじめ……雪の欠片を踏みつけて転びそうになった。それをディックは抱きとめた。 「アマリア、雪を踏んじゃダメだぞ。気をつけてね、滑っちゃうから。」 路上のは雪かきされ、残った雪もほぼ融けていたが、路肩からこぼれた雪のかたまりがあちこちに転がっている。アマリアは大きくこっくりし、今度は首を前に傾けて雪の欠片を見逃すまいと、ちょっと口を尖らせて母親譲りのブルーグリーンの大きな瞳で下を見続けながら歩きだした。ディックは笑った。正直、アマリアはその好奇心一杯の性格から手を焼かされることもあったが、一緒に居るとくるくる変わる表情を見ているだけでとても楽しい。それに、今日はディックは母親からアマリアを託されたのだ。 急に仕事が入って一緒にバザーに出かけられなくなったエリカは、幾枚かの銅貨と、ピカピカ光る真新しい銀貨を一枚ディックのオーバーコートのポケットに入れ、アマリアを連れて行くこと。手は絶対に離さないこと。教会に着いたら、銅貨を使って入り口のところでアマリアと一緒に輪投げを一回ずつしていいこと。それから、子供向けの飴も買っていいこと。教会の中を一回りしたら、教会のどこかでクッキーを売っているサラおばさんのところに行ってクッキーを一袋買うこと。クッキーは家で、みんなで食べるためのものだからつまみ食いしないこと。そうしたら、学校のお友達もいるだろうからサラおばさんにアマリアを預けてディックは一人で回ってもいいこと。 ディックは神妙な顔で母の言葉を聞いたあと、左のポケットに手を入れてピカピカの銀貨を取り出すと上に掲げた。 「お母さん、これはどうしたらいいの。」 エリカは笑う。 「それは、ディックのものよ。お腹を壊すほどお菓子を買って食べたり、無駄遣いしたりしないようにね。バザーで素敵なものがあったら買ってもいいしお買い物をしなくてもいいわ。そのときにはそのまま持って帰ってきたら貯金箱に入れましょう。」 ディックは銀貨を何度もひっくり返して眺めた。銀貨に相当する額の買い物をしたことはあるが、それは一人ではなく両親かサラおばさんかセルジュお兄ちゃんと一緒のときで、一人でなんて初めてだ。ディックは母と一緒にバザーに行けなくなったことは残念だったが、アマリアを任されたことと、ピカピカの銀貨を貰った事はとても誇らしかった。でも、ディックはおそらく自分は何も買わずに家に帰って、この銀貨を大家さんに作ってもらった木製の貯金箱に入れることになるだろうと考えていた。バザーで“とても素敵なもの”があるとは思えなかったからである。 ディックはエリカに言われたとおりに、教会の入り口で行われている子供向けの「輪投げ」を一度やった。五個の輪のうちディックは三本入れることができて、賞品にノートと鉛筆のセットを貰った。消しゴムもついていた。ディックはペンを使うことはまだないけれど、ペンで書いたものも消せる『砂消しゴム』という灰色の部分もついた大人っぽい奴だ！アマリアはまだ五歳ということでディックよりもずっと前から投げさせて貰って、四本も入れられて、係りのおばさんから差し出された箱の中から、目盛りのついた15cmほどの短い定規を選んだ。小さな女の子が欲しがりそうなものが他にいくつもあったので、ユーティライネン兄妹を良く知っているおばさんは、アマリアちゃん、いいの？本当にこれでいいの？このリボンや、この小さな箱も可愛いわよ、と念を押していたが、アマリアは定規をぎゅっと握り締めて幸せそうだった。そうだろうそうだろう、家には定規がいくつもあったが、それは全部アマリアのものではなく、これがはじめての『アマリア』の定規になるのだ。その後、すぐそばで売られていた飴を買った。飴はまるでビー玉みたいにまん丸で、赤と、青と、黄色と、茶色があった。ディックはちょっと迷ったが一つずつ四種類全部を買った。小さな袋に入れてもらって礼拝堂の中に入り、まずアマリアを座らせてから自分も隣に座る。袋の口を開けて掌に載せる。 「黄色はアマリアの髪の色だね。」 するとアマリアがつん、と茶色のをつつく。 「これはお兄ちゃんの髪の毛！」 「うん、そうだね。赤いのは……お母さんがお出かけのときにしてるリボン！」 「うん、おにいちゃん、そしたらね、青いのはね、」 「「オオルリ！」」 同じことを同じタイミングで言って、兄妹は笑い転げた。 赤いのと青いのは両親へのお土産にすることに決め、二人はそれぞれ自分の髪の毛の色と同じ飴玉を舐めながら、出店をまわり始めた。いろいろなものがある。大工道具もあれば、砥石もあり、古着もある。手芸品も小さなブローチから大きなテーブルクロスまで……薄茶色の愛嬌ある顔をした犬の縫いぐるみが一匹あったが、それはエリカの手製であることをディックは知っている。古くなって廃棄された飛行服の裏地で縫われた縫いぐるみは四匹あったはずだが、三匹は売れてしまったのだろう。残る一匹も、『売約済み』と書かれた札を首からぶら下げていた。それほどその縫いぐるみは可愛らしかった。でもアマリアは欲しいとは言わなかった。既に一番できのいい一匹はアマリアの友達となって家にいるからだ。あんなものがある。あれ、なんだろう、おにいちゃん、ほら、みて、と賑やかに店を回っていく二人の子供を大人たちは笑顔で見守っている。と、二人はサラを見つけた。彼女はクッキーを売っており、その横に置かれた椅子では、一人息子のアーサー(←まだこの時点ではアーサーの弟妹は生まれていません)がちょこなんと座り、膝の上に大きな本を広げて読んでいた。 「アーサー！」 すぐにアマリアが駆け寄る。 「なぁに？なんのご本？見せて？」 アーサーはちら、と本ごしにアマリアを見たが、すぐに視線を戻した。 「ねえ、何？何が書いてあるの？」 アマリアと同じ五歳のアーサーは、ぼそっと言う。 「動物の図鑑」 「うわあ、私にも見せて見せて！」 そっけない風をしていたが、図鑑と明かせばアマリアが食いついてくることを子供ながらに予想していたアーサーは『勝手に覗けばいいや』と呟きつつもアマリアの為に大人用の椅子の端に寄り、これまたそんな二人のやりとりに慣れているディックが妹を抱き上げて隣にかけさせる。そんな子供達を目を細めて見ているサラは、ディックに改めて礼儀正しく挨拶され、いつも通りにほんわりとした挨拶を返した。彼女はディックに言われてクッキーの大袋を用意し、『これはここで取っておくから、ディックはいろいろと見ていらっしゃい。その、ノートや鉛筆も預かろうかしらぁ？邪魔でしょう。そうなさいな。帰りに寄ってくれればいいわ。アマリアちゃんはおばさんが見てるから。』といってくれた。ディックは礼をいい、アマリアとアーサーに手を振ってその場を離れた。 辺りをぐるっと見渡したが、仲良しのエーリッヒを初めとした友達は見当たらず、ディックは一人でゆっくりとバザー会場を回ることにした。不用品がジャガイモ袋の上に並べられた場所では、ノミや小刀に見入った。古びたそれらの品物はディックにとって魅力的であったが、銀貨一枚で買うには高価なものであった。しゃがみ込んで売っているお爺さんと二言三言話した後、ディックは立ち上がって場所を移動した。そして、彼の目が売り場の一角に釘付けになった。 そこは何の売り場といってよいかよくわからないが、釘だの、小鍋だの、ふるいだの、缶切りだの、金物の小物がごっちゃに並べられたテーブルだった。伸び上がって見たそこで、彼は素晴らしいものを見た。……それは、銅の針金と銅板を組み合わせて作った小さな小さな置物だった。随分と単純化されていたが、そのフォルムは確かにロビン、ユクトランド王国所属戦闘機Juk-4のものであった。いや、単純化されているが、細かいところまで作りこまれている。翼の角度も、車輪の大きさも……。ディックは青い瞳をキラキラさせて飽かずそれを眺めた。コクピットの中も……少し不恰好だったが、高度計も、燃料メーターも、操縦桿もきちんとついていた。流石に小さすぎたのだろう。機銃はついていなかったけれど……心臓がドキドキするのを感じる。はやる心を抑えて売り場にいた男の人に尋ねると、それは丁度銀貨一枚分の値段だった。 『下さい。』 と言おうとするのをぐっと我慢してディックはタタタ、と走って教会の外に出た。僕はあの小さなロビンが欲しいけれど、もしかしたらこれは無駄遣いなのかもしれない。一度ちょっと離れて本当に欲しいかどうか考えた方がいいかもしれない。……銀貨というディックにしては大金を持たされて、彼はいつもよりもずっとずっと考え深くなっていた。一度教会の外に出て大きく一度冷たい空気の中で白い息をふうっと吐いて、もう一度考える。……考えても考えてもやっぱりあのロビンが欲しくて、ディックは戻って買うことに決めた。そして、ポケットを探った。 ……ない。 左のポケットに銀貨がない。 残っていた銅貨と外して入れていた左の手袋を右のポケットに移し、ポケットを裏返してみたが空っぽだった。今度は右のポケットから両方の手袋と銅貨とハンカチを左のポケットに移して右のポケットを裏返したがやっぱり何も出てこなかった。どうしよう、どうしよう。家を出たときには確かにあった。教会の敷地に入ったときにもあったはずだ。ポケットに手を入れて効果の枚数を数えたもの……だったらいつ？輪投げをしたとき？飴を買ったとき？それとも……？ディックは歩いたとおりの道を辿って銀貨を探し始めた。途中、サラを含めた顔見知りの大人たちが声をかけてくれたが、ディックは銀貨を失くした事を言わなかった。お母さんがくれた初めての銀貨を失くしたなんて言えない。探して早く見つけないと……。 一周しても銀貨は見つからなかった。ディックはぐし、とオーバーの袖で目を拭った。……せっかくお母さんがくれたピカピカの銀貨。大切にしなくちゃいけなかったのに、失くしちゃった。謝らなくっちゃ。でもどうやって謝ったらいいんだろう。 十五分前には、ロビンの置物を持って帰り、帰ってきた両親に得意げに自慢している自分を想像していたディックは、今は俯いて泣いている。きっと銅貨を出したときに落としちゃったんだ。きっとそうだ。 と、彼の足元に、鈍く光る銀色の丸いものがあった。ディックは屈んでそれを拾い上げ掌の上に乗せてよく見た。そして、また外に走り出た。走って、坂を上り、牧師館の横手の寂しい場所にブーツで雪をサクサクと踏みしめて入っていった。 それは確かに銀貨だった。銀貨ではあった。が、ディックの落としたものではなかった。エリカから貰った銀貨はピカピカに光っていたが、今手の上にある銀貨は輝きがくすんでいて女王様の肖像の輪郭には青緑の緑青(ろくしょう)がうっすらとできていた。……でも、僕は銀貨を落として、この銀貨は床に落ちていて……。落として拾ったのだからこれでロビンを買っても悪いことをしているわけじゃない。そう、絶対に悪くなんか無い。悪くなんか…… うん、と自分を納得させるように頷いて、ディックは元来た道に向かって坂を走り降りようとして雪で滑って転んだ。その手の中から銀貨が飛び出て積もった雪の上に丸いあとを作って埋まるように落ちた。ディックは顔を雪に突っ込んでしまい、倒れた姿勢でしばらくのびていたが、大きな手で手首を握られてゆっくりと引き起こされた。そして、もう一方の手で銀貨を差し出された。 「大丈夫かい、坊や。」 その声は低く深く、優しく……しかし、ディックは助けてくれた人の姿を見て反射的に身を引いた |
| なんだかじめっとした展開ですが、後編で明るくなる……はず。 |
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