英雄の隣に(前編) |
ゲーム「風色サーフ」の二次創作です。ゲームはすべてのキャラクタールートをクリアしましたが、製作者様の独自裏設定は存じ上げませんので、オフィシャルとかけ離れております。また、ネタバレ満載ですので、ご注意くださいませ。 アレックさん帰還後の話になります。 ネタバレに留意しておりません。また、ゲームをクリアしていない方にはわからない部分が多々あるかと思いますがご承知置き下さい。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ |
「あら〜、アレックさん、お仕事で他の街へ？」 サラが目を丸くして言った。 食後のお茶を飲んでいたアレックは微笑する。 「うん、だからそのときにはフォンク亭には来られないよ。だけど、サラちゃん、そんなに驚くことかな？」 サラは目を丸くしたまま頷いた。 「だって、アレックさんはもう補給班の人じゃないんでしょう〜？だったらぁ……お仕事で他の街に行くなんてちょっと不思議だわぁ。」 すると向かいに座っていたコリンが答えた。 「パイロットだって所属基地外で軍務をすることはあるんだよ、サラちゃん。ほら、遂にユクトランドにも空軍が出来るってことはサラちゃんも知ってるだろ？それに関係してユクトランドの誇るエースの中のエースにはそれなりに指令が出たっていうわけ。空軍の核になる基地が置かれるのは今は陸軍航空小隊がある場所だけど、ロビンとその後継機、更に開発中だっていうオオルリの後継機をまずは15機ほど置いて、滑走路を拡張して、離着水桟橋も新設するんだよねー。でもってアレックさんに仕事が回ってくるのは当然といえば当然。参考意見言ったりとか、質問に答えたりとか。そのほかにも講演したり……」 コリン、とアレックは固い表情で咎めるように呼びかけた。 「えー、でも、全然ここいらへんのことは秘密事項ってわけじゃないんですし。あ……？」 アレックの隣のエリカはパチパチと大きな緑の瞳を瞬かせている。 「もしかして、エリカちゃん、アレックさんから仕事の中身を聞いてなかったの？」 エリカはちょっと首を傾げていたが笑顔で首を振った。 「ううん、軍務でその基地に行くことは随分前に聞いていたわ。でも講演するだなんてことまでは……なんか凄いですね、アレックさん！」 はしゃいだように言うエリカにアレックは困ったように眉を下げた。 「講演と言っても、原稿はお偉いさんが書いて、俺はそれを読むだけだからね。……大きな声では言えないけれど、どちらかというと気づまりな仕事なんだよ。」 そうなんですか、とエリカが言い、コリンが何故かふうっと息をつく。 「まあ、俺がロビュから出てそこに転属することはない。それはクラウス司令に確認をとった。……上層部の一部は俺をそこの隊長に据えたがっていたようだけど……俺はそんな柄じゃない……仕事が済めば直ぐに帰ってくるよ。コリンの言う通り、ちょっとした出張ってわけだね。」 すると、厨房の中に居たはずのセルジュが目をキラキラ輝かせて飛び出してきた。 「その基地ってさ！俺達の伯母さんと従兄弟達が居る町から近いんだぜ！あ、伯母さんってのは父さんの姉さんさ。なんかさ、今度の収穫祭は軍からも資金が提供されて随分でっかいお祭りになるんだってさ！基地が拡張したら、お店とかも繁盛してお客が一杯来るんじゃないかってこの間従兄弟から来た手紙に書いてあったよ。アレックさんが行くときってきっとちょうどそのお祭りのときだよ！あそこのお祭りはたっぷり五日間は続くんだ。」 うん、そうだね、そうだと聞いたよ、とアレックが言った途端、パン、とサラが手を打ち合わせた。 「そうだわ。帰りがけにお祭りを見てから帰ってくるといいわぁ。お祭りはとっても賑やかだし、あそこには昔貴族の庭園だった大きな薔薇園があるの。私達、小さい頃行ったことがあるけれど、とっても綺麗だったわ。ねぇ、セルジュ？」 「え？うーん、薔薇が沢山咲いてたのは覚えてる。赤いのとか白いのとかいろんな色の。うんうん、すっごい広かった。」 「うふふ、ほんとに綺麗なのよねー。丁度秋薔薇が満開の季節だし。ね、だから、アレックさん、あっちでエリカちゃんと待ち合わせして、お祭りと薔薇園を見てくるといいわ。」 アレックが何か言いかけたが、コリンの大声にかき消された。 「そりゃーいい！さっすがサラちゃん、いいところに気がついたね！アレックさん、今回の仕事の後半は基地を離れての軍務なんだし、そのあと緊急の仕事がロビュにあるわけじゃないし、未消化の休暇は山ほど溜まってるはずだし……それはエリカちゃんも同じだよね？今から申請したら２日くらいの休暇、簡単に取れると思うよ。第一、ユクトランドに戻ってきたからアレックさん働きづめじゃないですか。アレックさんが働きづめってことはエリカちゃんともロランドの街以外じゃデートしてないってことでしょ？そんなの可哀想ですよ!!もー、二年も待たせちゃったんだから、うんとサービスしなくちゃ！ね、エリカちゃん！」 「あ、いや、別に、私……」 「コリン、簡単に言うけれどね……」 すると、フォンク亭のおかみさんがエプロンで手を拭き拭きやってきた。 「コリンさん二人を困らせちゃいけないわ。第一、アレックさんは軍務で向こうに行くのでしょう？エリカちゃん一人で初めての街に行って、それでアレックさんのお仕事が長引いて結局会えなかったらどうするの？それこそ可哀想じゃないの。」 あー、それは確かにー、とコリンが呻くと、おかみさんは楽しそうに腰に手をやって自分の子供達に高らかに告げた。 「だから、サラ、セルジュ、あんたたち二人でエリカちゃんを街まで案内したげなさい。」 フォンク亭の看板娘と看板息子は肩を並べて母を見る。 「い、いいの？」 尋ねるセルジュの声は震えていた。無理もない。サラもセルジュもこの数年、店の手伝いのため、ロランドの街から遠く離れたことなど一度もないのだ。 「大丈夫。あんたたち二人が二日くらいいないだけでフォンク亭が潰れたりするもんですか！かあさんと、おじいちゃんおばあちゃんで立派にやっていけます！まあ、前の日までにたっぷりジャガイモの皮むきやら下ごしらえやらやって貰うけどね。遊ぶだけじゃダメよ。伯母さんはあそこにある宿屋のおかみでしょう？この頃手紙で宿の名物になってるっていうチーズのキッシュの自慢を延々と書いてくるの。あんたたちはエリカちゃんたちと一緒に伯母さんの宿にとまって、伯母さん自慢のキッシュを運んでくること。できればそれを作っているところを見て、レシピを盗んでくること！いいわね……あんたたちが一緒だったら、万が一アレックさんと会えなくてもエリカちゃんは楽しめるでしょう？ほら、母さんの気が変わらないうちに『うん』っていいなさい。」 フォンク姉弟はうんうんと頷いた。そしてセルジュがエリカの真正面に陣取る。 「エリカ姉ちゃん、薔薇園も凄いけど、収穫祭も凄いんだぜ！いろんな食べ物を屋台で売っててさ、軽業なんかもやっててさ、もちろん収穫祭だから、大きな野菜の展示とか、新型トラクターの展示とかあるんだぜ。」 新型トラクターと聞いてエリカの目が輝いた。アレックは苦笑し、サラはくすっと笑った。 「街の広場では、楽隊が出て、皆がダンスを踊るのよ〜。飛び入りも大丈夫だから、エリカちゃんも踊るといいわぁ。」 するとコリンが大げさに机に突っ伏し、顎を机に立てて呻いて見せた。 「うわー、俺も行ってエリカちゃんやサラちゃんが踊るの見たいー。でもー、航空班の隊長と副隊長が両方居ないってのは拙いもんね。王都でもお祭りではみんなダンス踊ってたけど、エリカちゃんも踊ったんでしょう？周りの男の子達から引っ張り凧で困っちゃったクチじゃない？」 すると、エリカはぶんぶんと首を横に振った。 「え…………どうしてさ、王都ではお祭りの日に誰をダンスに誘うかって男どもはみーんな張り切ってるんだよ。エリカちゃんを誘わないなんて……こんな……こんな可愛い女の子を誘わなかったなんて!!ああ、なんて見る目がないんだ！」 「えーと、違うの！……コリンは知っていると思うけれど、王都のお祭りには毎年サーカスが来たでしょう？」 ロビュ小隊随一の伊達男は腕を組む。 「うん、確かに来た来た。大きなテントを組んで興行してたね。……そっか。エリカちゃんにとってはダンスよりサーカスの方がお気に入りだったんだね。」 エリカは頭を掻く。 「そうじゃなくて……」 ちら、とアレックの方を見、はあ、とため息をつき、口を開く。 「サーカス、そのものじゃなくて……サーカスの人たちは凄く大きなトラックを連ねてやって来るの。象みたいな大きな動物も乗せられる、王都で普通見ることがないような大きなトラックで……そのトラックの整備をサーカスの人たちはうちの整備場に頼んでいたの。私も見に行って……凄いの！普通の車両のエンジンと比べたら途方もなく大きくてね。なんでこんなものが動くのかって不思議で。私、父に色々質問して、サーカスの人にもいろいろ質問して、調整を手伝わせて貰って……そういうことがダンスなんかよりずっと面白くて楽しかったから……」 これにはコリンもちょっと驚いたようだった。王都の娘達は刺繍を施したお祭り用のスカートを身に着けて踊る。男の子達は女の子に声を掛けペアを組んで踊り、そこから幸せなカップルが生まれることも少なくない。そうやって『普通の』若者達がはしゃいでいる時、エリカはサーカスの裏手でオイルに塗れながら、こちらは全然違う理由で大いにはしゃいでいたのだ。 「エリカちゃん……それほどエンジンが好きだったんだね？」 「姉ちゃん……うん、それは姉ちゃんらしいけど……」 普段と違い少しぎこちなく喋るコリンやセルジュにエリカは笑ってみせる。 「いいんです。私、『変わり者』って言われてて、自分でもそれでいいって思ってましたから。」 すると、アレックがそっとエリカの手を握った。エリカはアレックがごく自然に微笑んでいるのを見て、目を細めた。 と、カタリ、と音がした。それはサラが立ち上がった音だった。 「エリカちゃん、とにかく行きましょうよぉ〜、私も、セルジュもお祭りに行きたいわぁ。エリカちゃんは私の妹でセルジュのお姉さんなんだもの。たまには姉弟三人で旅行しましょ。エリカちゃんが来てくれたら私達とっても嬉しいわぁ」 そうして片目を瞑ってみせたので、エリカも素直に頷いた。アレックの方を見ると彼は苦笑していた。 「いいよ、時間を決めよう。俺の仕事が確実に終わった頃に君達が駅に着くようにすれば待ち合わせもうまくいくだろうしね。」 やったー、旅行だー！とセルジュが叫び、早速一同は予定を立て始めた。おかみさんは笑顔で皆の前に暖かい淹れたてのお茶を注いだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ エリカを部屋まで送り、自分達の宿舎へと歩いていたコリンは中庭に立ち止まると、中天にかかっていた月を見上げ、アレックに静かに問うた。 「……やはり、アレックさんはエリカちゃんに見られたくはないですか。」 アレックも月を同じように見上げる。 「……ああ。」 「…………ああいった仕事をしているアレックさんも、本当のアレックさんなんじゃないんですか。」 「…………そうだね。でも、彼女は俺のそういうところは全く知らないはずだからね。……正直あそこでの仕事はフォンク亭で言ったように気詰まりなんだ。他人の原稿を読むだけ、といってもね……命令は絶対だけれど、もう一つの仕事がなければ、どうにかして断ることを考えていたと思う。」 「……俺は、エリカちゃんはどんなアレックさんを見ても大丈夫だと思いますけどね。……ま、アレックさん、あなたがどう思って何をするかは自由ですけれど。」 自分をまっすぐに見つめる視線を感じ、アレックは月から目を外し、少し寂しそうにコリンに向かって微笑んだ。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ひと月がたった。 出発の前の晩フォンク亭に泊まり、姉弟と朝ごはんを食べて、朝一番の乗り合いバスに乗ってユクトランドを北上する列車へと乗り込む……それがアレックの前でたてた予定だった。しかし、夕食を食べているとき、セルジュがサラとエリカにもっと早く家を出ようと切り出した。バスもないのにどうやって？とサラが訝ると、昼にやってきた鍛冶屋が、駅近くまで出かける用事があり、朝早くでよければ、彼の自動車で駅まで送ってくれるという。駅にさえつければ列車はもっと早くから走っているし、アレックとの待ち合わせ時間までに街の中をぐるっと回れる。その方が、アレックと合流してからも効率よく動けるだろうとセルジュは“どうだい、鍛冶屋のおっちゃんに頼んだのは俺なんだぜ”とかなり得意そうに語った。 実際、今回の旅行を一番楽しみにしていたのはセルジュだった。彼は伯母の住む町の下調べをし、列車の時刻表を調べ、三人分の切符代を封筒に入れて皮袋の中に入れ、念入りに背負い袋にいろいろと詰め込んでいた。それだけでなく、母親に言いつけられたジャガイモの皮むきも食材の下ごしらえも縦横無尽に働いて、前夜の真夜中前までに全部片付けていた。 朝になって「姉ちゃん達時間だよ！！」と部屋の戸を大きな声と共に叩いて二人を起こし、身支度して顔を洗い、それからすぐに三人は、まだ朝もやが漂う薄暗い中を鍛冶屋の店の前へ急いだ。三人は鍛冶屋のトラックの荷台に座ったが、運転台に聞こえるように叫んだセルジュの『おっちゃん、もっと速く、速く！』の大声にアクセルをいつもよりもぐんと気合を入れて踏んだらしい鍛冶屋の親方の運転によって、予定よりも早く駅に着き、当初の予定、朝一番の乗り合いバスを利用した場合に乗り込む列車の５本も前、ゆうに３時間前の列車に乗り込むことができてしまった。 三人は、二人掛けの椅子が向かい合っているボックス席に陣取った。サラの横にエリカ。エリカに向かい合ってセルジュ。セルジュは自分の隣、通路側に荷物を置く。駅員が笛を吹いた。カランカランと鐘を鳴らす音も聞こえる。やがて、機関車が動き出す。初めはゆっくり、そしてだんだん速く。セルジュは立ち上がって駅員に大きく両手を振ると、駅員は笑って小さく手を振り返した。最新式の列車は蒸気機関でなく、ディーゼルエンジンを搭載しており、煤煙で悩まされることはない。セルジュが大きく窓を開けると、やや肌寒いが爽やかな空気が風となって客車に入ってくる。セルジュとエリカは身を乗り出さんばかりにして外の風景を見る。 カタンカタン……レールの継ぎ目が奏でる音は小気味よい。長距離列車に初めて乗ったエリカは“汽車って揺れないのね、エンジンの音も聞こえないのね、そして風が気持ちいい”、とセルジュに話しかける。“うん、そうだね、姉ちゃん。この前乗ったときはまだ蒸気機関車だったから、煙が酷くてこんな風に窓は開けられなかったんだよ”、と、風を顔に感じながらセルジュもはしゃいだように言う。 そんな二人に、“列車も走り出したし、朝ごはんにしましょう”、とサラが声をかけて、パンを切り始める。セルジュはバスケットからハムの塊を取り出し、折りたたみナイフをパチンと開くと、手の上ですいすいと薄切りにする。エリカがチシャの葉を千切り、サラがチーズの準備をする。めいめいが膝の上にナプキンを広げるとそこは立派な食卓だった。各々好きなものを好きなだけパンに乗せてオープンサンドの朝食が始まった。水筒に入れた紅茶はとっくにぬるくなっていたけれど、時折風景を眺めながらとる食事はこの上もなく美味しかった。最後にサラ手作りの砂糖漬けの杏を三人で齧っていると、列車は広々とした放牧地を両側に望む平原へと出た。ロランド近郊の牧場は知っているがこんなに広い放牧地はフォンク姉弟はしばらくぶり、エリカは初めて見る。目的地へ向かう前から三人の心は浮き立っていた。着いたらまずは伯母さんの宿に行って……何をしよう、どこから回ろう。お昼は何を食べようか。トラクターを見に行くのはアレックさんと合流してからにしようか。薔薇園は予定通りに明日の朝に行くとして、入り口だけは確認しておこうか……お喋りの種はずっと尽きなかった。 「あ……」 エリカは何か冷たいものを頬に感じた。いつの間にか青かった空は灰色に変わっている。 「雨だッ！」 セルジュが全開だった窓を急いでひきおろす。大粒の雨がまるで悪意を持っているかのように窓ガラスにバリバリと音をたてて叩きつけられる。放牧地の風景は色を失い、雨の向こうに滲んで見えなくなった。 「ひゃー！すっごい雨だな…………大丈夫かな、折角のお祭りなのに……」 セルジュが難しい顔をすると、サラはいつも通りのふんわりした笑みを顔に浮かべて言った。 「セルジュ、大丈夫よぉ。今の季節、こういう雨はよくあるものだわ。これだけ雲の流れが速いんですもの。……ほら、もうさっきより雨が弱くなってきた……雨雲、この列車を追い越してすぐに行っちゃうわ。伯母さんの住む街は風下にあるからこれから雨が降るのでしょうけれど、私達がつく頃にはきっと止んで、雨で閉じていた屋台があったとしても再開していると思うわぁ。」 30分もすると豪雨は完全に止み、朝よりずっと強くなった日の光に、降雨で洗われた放牧地が鮮やかな緑に輝いた。セルジュは再び窓を開け、進行方向を見る。 黒い雲は目的地へと流れていく。サラの言うように、あそこではこれから雨が降るのだろう。そして、これもまたサラの言うように着く頃にはきっと何事もなかったように止んでいるのだ。セルジュはまた楽しい気持ちになって、大声でお喋りを始めた。 サラも、セルジュも、そしてエリカも、この激しい通り雨が、彼らの旅行をただただ楽しいものではなくするなどとは、露ほども感じていなかった………… |
| まずは前半部分。続きは７月中にはアップする予定です。予定調和で終わる……はず |
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