トッパーの冒険(5)　
5番目の話し手　ロマノフ

　「・・・・・・」

　ロマノフはソーンダイクから渡された長々しい説明をもう一度読み返しました。あれからソーンダイクはマリオやジョーにも聞いてこのリストをつくったのです。

　■　主人公の名はトッパーという。
　■　性別は男で年齢は不明。
　■　イルカ、アシカとの会話能力あり。
　■　居住惑星については不明。
　■　居住地の環境は温暖で暮らしやすい模様。
　■　所持品は特にない。

　からはじまり

　■　マリオが主張するに、騎士の名前は非常に良い名であるらしい。

　■　トッパーを騎士のもとに誘導した人物については謎。話をつくった本人（それは私です）にもわからない。

　まで・・・・・・

　ロマノフはため息をつきました。お話をどうやって終わらせるか、よりも、何だかソーンダイクのことの方が心配になってきたのです。

　気をとりなおしてお話を考えます。必要のないことまで詳細に書かれているソーンダイクのリストですが、役に立つことはこの上もなかったのです。

　ロマノフさんには小さな子供がいました。アニタちゃんといって、くるくるとよく動く瞳をもった可愛らしい女の子でした。仕事が忙しくて毎日家に帰ることができないロマノフさんでしたが、家にいるときにはその埋め合わせをしてあまりあるほどにアニタちゃんを可愛がっていました。奥さんのナターシャさんがキッチンにいて手が放せない時などは特に、小さなアニタちゃんを膝の上に乗せて知っている限りのいろいろなお話をしたものでした。夕食の後、ナターシャさんがアニタちゃんを抱いている横で低い優しい声で絵本を読んであげたこともあります。そして、ときどきアニタちゃんも舌ったらずの声で、お父さんにお話をしてくれたのでした。

　“パパ！パパ！アニタのお話聞いて！それでね、王女様はね！”

　もう今は冷たい土の下にいるアニタちゃんの声を思い出して、ロマノフさんは少し俯きました。でも、すぐに顔をあげます。俯いたり泣いたりしても良いことはないと知っているからです。
　アニタちゃんが大好きだったお話の終わり方は、「そして、王女様は王子様とけっこんしていつまでもしあわせにくらしました」でした。・・・・・・パットは男の子ですから違った結末が好みでしょう。第一、このお話に王子様は出てきていませんし、

　（騎士をお姫様と結婚させたらカイユンは喜ぶがマリオが荒れるような気がする・・・・・）

　そう思ってロマノフさんは微笑みました。若い仲間たちの心の動きがわからないロマノフさんではないのでした。

　（・・・・トッパーに助けさせようか。）

　それには無理があるのではないでしょうか。トッパーは鎧も着ていなければ素晴らしい剣も持っていません。それにまだまだ子供です。黒いドラゴンを倒すなんてこと、騎士でなければできないことではないでしょうか。

　随分長い時間考えてから、ロマノフさんはパットがいる部屋のドアを開けました。

　「お話、してくれる？」

　ロマノフが頷くとパットはにっこり微笑みました。

　すっかり怪我の治った騎士は一度剣をびゅん、と振りました。柄にはめ込まれた緑色の宝石がきらきらと輝きます。トッパーは嬉しくなりました。きっとこの人ならお姫様を助けられる、と思ったのです。
　騎士はいいました。

　「トッパー。私にはとても強い気配が感じられる。あの大扉の向こうにはきっと黒いドラゴンが居る。危険な戦いになるに違いない。君は扉のところでじっと待っていておくれ。」

　でも、とトッパーはいいかけて黙りました。何かお手伝いをしたいと思ったのですが、ちょっと考えると何もできそうにないことに気づいたのです。勇気はたくさん持っていますが、トッパーは剣をもっていません。騎士のような力もありません。しょんぼりするトッパーの頭を騎士は撫でました。騎士は立派な人でしたから、トッパーが何を考えているかわかっていたのです。

　「待っていることも立派な仕事なんだよ。戦いの後、私が怪我をしていたら、その薬で治しておくれ。さっきしてくれたように。君が待っていてくれたら私は安心して戦える。」

　トッパーははい、と元気に答えて小さな壷を胸に抱きしめました。

　騎士、カイリ　フォン　リベダイクは扉を開けました。しゅううう、と音がして、黒い霧が吹き出します。トッパーは扉の陰から中を覗いて思わず後ろに下がりました。


　そこにはドラゴンが居ました。鋭い二本の角を生やし、真っ黒な体をした大きなドラゴン。背中の翼が少し揺れただけで風が起こります。そして、ギラギラと輝く真っ赤な目が広間の中央まで進み出た。騎士のことを見据えています。

　「私は騎士、カイリ　フォン　リベダイク。我が国の姫、フローレ様を救いに来た。竜よ。覚悟！」

　ドラゴンの大きな口が幽かに開き、ぎざぎざの尖った歯がむきだしになりました。それはなんだか笑っているように見えました。

　「よくここまで来た。褒めてやろう。」

　ドラゴンは人間の声で言いました。地面が揺れるように大きな声です。その怖ろしく冷たい声を聞いただけでトッパーは震え上がりました。

　「誰が来ても同じことだ。世界は私の前にひれ伏すのだ。」

　ドラゴンのかぎ爪が大広間の隅を指差しました。そこには立派な鎧を身につけた白骨がいつくも転がっています。騎士は剣を構えました。ドラゴンはすうっと息をすうと、口から黒い炎を吐き出しました。カイリは咄嗟に飛びのきましたが、その高熱に広間の床石がじゅっと音をたてて融けました。ドラゴンの羽ばたきによる風は強く、立っていることも難しく思われます。

　（負けられない！負けることはできないのだ！）

　カイリは必死でドラゴンに立ち向かいます。打ち込んだ剣はかぎ爪で払われます。黒い炎が騎士の髪の先を焼きます。　
　
　「ロマノフ！騎士様は勝つよね！負けたりしないよね!!」

　不安の色を顔に浮かべたパットの頭をロマノフは撫でました。興奮して毛布から出した腕をそっとしまわせます。

　「カイリ　フォン　リベダイクは強い騎士でした。剣も強く、力も強い。でもいちばん強かったのは心でした。今まで、カイリは５頭のドラゴンを倒してきましたが、いつのときだって、絶対に勝てるなんて自信は持っていませんでした。ただ、相手がいくら大きくて強くても諦めない。それがカイリの一番の強さのもとだったのです。・・・・・だからね、パット。トッパーと一緒にしばらくじっと騎士の戦いを見ていなさい。」

　ドラゴンの大きな体はカイリほど素早くは動けません。カイリは右へ、左へと風のように素早く動きながら盾をかざして黒い炎を避け、隙を突いてドラゴンに切りつけます。それは一刺しにしかなりませんでしたが、長い戦いの間にドラゴンには傷が増えていきました。青い血が流れ出します。足から、首から、胴体から・・・・・

　床がえぐれ、壁が壊れ・・・・・ドラゴンに傷は増えましたがカイリも傷だらけでした。

　薬を塗ってあげたい！

　壷を抱えたトッパーは飛び出していきたくてしかたがありませんでしたが、騎士のところまで出て行っても炎を避けられずに焼かれてしまうだけでしょう。もし、避けられたとしても、カイリはトッパーを庇って戦うことになります。それは足手まといになってしまうでしょう。

　と、そのときです。トッパーは不思議な声を聞きました。

　（タスケテ！）

　小さな、でもはっきりした声です。

　（タスケテタスケテ・・・・・・・！）

　ドラゴンがトッパーが隠れている扉の方に突っ込んできました。カイリはひらりとかわします。

　（タスケテタスケテ!）

　声が大きくなりました。
　

　「え？」

　パットは首を傾げました。

　「誰の声なの？」

　ロマノフは逆に聞き返しました。

　「誰の声だと思う？」

　「・・・・お姫様？」

　「お姫様の声ではありませんでした。声は男の人の声だったのです。」

　「でも・・・・騎士は助けてなんていわないよね。だったら誰も居ないよ。」

　「居るのだけれどね。気がつかないかな？」

　パットは少し考えて目を見開きました。

　「まさか・・・・・・まさかドラゴンが助けて！って言っているの!?」

　ロマノフは頷き、お話を続けました。

　トッパーは信じられませんでした。タスケテ！という声は確かにドラゴンの方から聞こえてきます。でも、悪いドラゴンが助けてなんていうでしょうか。騎士に傷つけられていますが、ドラゴンの方がどちらかというと攻め込んでいるように見えます。そういうときにタスケテ！なんていうでしょうか。

　その声は騎士には届いていないようでした。

　（タスケテ・・・・！）

　声はトッパーにははっきりと聞こえます。その声はとても悲しそうでした。

　トッパーは悲しんでいる人、助けて欲しい人を放っておけない子供でした。そういう人が近くにいるとトッパーも悲しく寂しくなるからです。トッパーはさっきまでよりもぴったりと扉に張り付いてドラゴンをじっと見ました。黒いドラゴンです。赤い眼はとても怖ろしく光っています。鋭い二本の角、尖った牙・・・・・

！？

　しばらくしてトッパーはおかしなところに気がつきました。ドラゴンの耳のところが明らかに左と右とでは違っています。左の耳のところにはない黒い宝石が右耳に張り付いているのです。

　それは黒く濁った色をしていました。そして、タスケテ！という声がするときには、弱々しくですが波が起こったように白く輝いて震えるのでした。

　「うわぁッ！」

　騎士の叫び声でトッパーは我にかえりました。カイリは膝をついていましたが、ドラゴンの尾による攻撃を見事にかわして立ち直りました。でも、騎士は大きく息をついています。

　このままではカイリさんが危ない！僕はドラゴンとは戦えないけれど・・・・・・そして、これからやろうとしていることが役にたつかはわからないけれど・・・・・

　トッパーは部屋の中を観察しました。ところどころ崩れているレンガを組んだ壁はがんばれば上まで上っていくことができそうです。トッパーは薬の壷を下に置くと素早く中に入りました。ドラゴンに見つからないよう、壁を伝い、瓦礫に隠れながら後ろの方にまわりこみます。
上りやすそうな壁を見つけてずんずんと上ります。崖を上ってそこから海に飛び込んで遊ぶことが得意だったトッパーにとってもそれは簡単ではありませんでしたが、ドラゴンの頭の上の更に　ずっと上まで上ることに成功しました。そして、叫びました。

　「ドラゴン！僕はここだぞ！来られるものなら来てごらんよ！」

　ドラゴンは黒い炎を吹き上げましたがトッパーには届きませんでした。さっきから見ていてトッパーはどこまで上れば大丈夫かがわかっていたのです。ドラゴンはずんずんと近寄ってきます。壁を壊してトッパーを落とすつもりなのです。

　まだ、まだ、もう少し！

　ドラゴンが壁の傍まできたとき、カイリがドラゴンに切りかかりました。

　「トッパー！逃げろ！逃げるんだ！」

　トッパーは壁から飛び降りました。でも、それは逃げるためではありませんでした。トッパーはドラゴンの頭の上に飛び乗ると、左手でしっかりと角を掴みました。竜はトッパーを振り落とそうとしますが、地上からカイリに切りつけられて思うようにできません。その間にトッパーは思い切り体を伸ばしてドラゴンの耳についた宝石に右手を伸ばしました。手が触れたとき、ぴり、と電気のようなものが体をはしって指先が焼けるように熱くなりましたが、トッパーは放しませんでした。一生懸命にひっぱると宝石は竜の耳からはがれました。トッパーは宝石を掴んだまま床に落ちていきました。

　すると、不思議なことが起こりました。

　部屋に広がっていた黒い霧が一度真っ白になりました。そして何も見えないほど濃くなり・・・・・・やがて霧が晴れました。そこにはドラゴンは居ませんでした。
　
　カイリに抱き起こされたトッパーは、目の前の見慣れない男の人に目をぱちくりさせました。いろいろな場所に傷を負ったその人はゆったりした黒い魔法使いのローブを羽織り、黒いひげを生やしています。魔法使いはトッパーの手をしっかりと握りました。

　「助けてくれてありがとう。」

　その言葉で、この人がドラゴンだったのだとわかりました。魔法使いはトッパーが握っている宝石を注意深くおまじないを施した布で包み、カイリに渡しました。

　「私は遠い国の魔法使い。この不思議な石を手に入れて調べているうちに、逆にこの石に魂をのっとられてしまったのです。人々を苦しめたことははっきりと覚えています。なんとかこの石の魔力から逃れようとしましたが、私にできたことは、迷宮の抜け道を作ることくらいでした。数字のことに集中している間だけはなんとか自分を保てたのです。本当に・・・・・本当にすまなかった。騎士殿。坊や。本当に済まなかった。」

　深々と頭を下げる魔法使いにトッパーは首を振りました。だってこの人も石に苦しめられていたのですから。悪いことをしたのはこの人ではなかったのですから。助けて欲しかったのですから。

　「・・・・・・この島もわたしのせいで荒れ果ててしまった。元の明るい島に戻さなくては・・・・・・・」

　魔法使いは懐に手を入れると小さな銀色の杖を取り出しました。そして呪文を唱えると・・・・・・・広間のステンドグラスからは明るい光が差し込みました。開け放された扉からは、迷宮が海の中に沈んでいくのが見えます。そして、灰色の迷宮が完全に見えなくなると、代わりに綺麗な真っ白の砂浜が現れます。鉛色の海はエメラルドグリーンに輝き、爽やかな海の風が潮の匂いを運んできます。沖からはルイと、シアが泳いできました。もちろんシャチも一緒です。トッパーはざぶざぶと海に入って行ってルイとシアを抱きしめました。（シャチが嫌いだったわけではありません。大きすぎて抱きしめられなかったのです）

　トッパーが海から上がってくると、魔法使いは目を細めていました。その腕が傷ついているのに気づくと、トッパーは壷をとってきて、まず魔法使い、そしてカイリ、最後に自分の火傷に薬を塗りました。

　「さて、それでは！」

　魔法使いがもう一度杖を振ると、大広間の奥に階段が現れました。その上から、美しいお姫様が降りてきます。フローレ姫です！姫は階段の下まできて３人に微笑みました。優しい、とても優しい笑顔です。魔法使いとカイリが跪き、トッパーも急いで同じようにしました。

　「顔をあげて下さい。魔法使いさん。」

　「いいえ。私はあなたにとても顔向けなどできません。」

　「あなたがしたのではなく、あの宝石のせいですわ。そして、あなたはいつもあの宝石がひどいことをさせようとするのと必死に戦っていました。私がこうして無事でいられるのもあなたのおかげです。そして、カイリ、ご苦労様でした。そして有難う。私が居ない間、国の皆に迷惑をかけてしまったことをお詫びします。そして、トッパー君。」

　名前を言われてトッパーは反射的に顔を上げました。お姫様の茶色の瞳を真正面から見つめる感じになりました。

　「トッパー君。あなたの勇気がすべてを救ったのですよ。魔法使いさんも、カイリも、そしてこの島も、もちろん私のこともです。」

　そうしてキスされてトッパーは真っ赤になりました。女の人からこんな風にキスされたことなんて今まで一度もなかったからです。

　お姫様はにっこり笑うとトッパーの手をひいて立たせました。海に向かってフローレは言いました。

　「さあ！行きましょう！」

　魔法使いもカイリも立ち上がりました。

　ルイが遠くから叫びました。

　「冒険は大成功だったね！」

　「うん！」

　トッパーは叫び返しました。いまでは光で一杯になった「闇の島」はトッパーたちをお祝いしてくれているように波をキラキラときらめかせていました。

　おしまい

　パットは毛布から腕を出して拍手をし、急いで毛布の下にひっこめました。

　「トッパーがいなかったらうまくいかなかったんだよね。」

　「そうだね。」

　「・・・・・・ドラゴン、やっつけなくてよかったんだね。だって、魔法使い、いい人だったんでしょう。」

　「そうだね。とってもいい人のようだね。」

　「ねえねえ、それから皆はどうしたの？トッパーは騎士にはならないのかな。僕はやっぱり騎士になりたいけど。」

　ロマノフはくすっと笑いました。

　「それはまた別のお話になるよ。今日はこれでおしまい。おやすみ。」

　「はい！ロマノフ、ありがとう。とっても面白かったよ！おやすみなさい。」

　ロマノフは立ち上がってあかりを消しました。

　彼は、小さな子供にお話をする機会を再び与えてくれた神に感謝していました。パットがこのお話をいつまで、どういう風に覚えていてくれるかはわかりません。でも、悪者を懲らしめるだけ、殺すだけが大切ではないのだということを少しでもわかってくれたことは確かなようです。そしてその手伝いを自分ができるなんてなんて素晴らしいことなんでしょう。

　またいつかね。と心の中でパットに声をかけ、ロマノフは少年の額にキスすると部屋をあとにしました。

・・・・終わりました(^^)
なんとかまともな終わり方をしたようですが・・・・・ちょっとだけ続きがあるようですのであともう少しだけお付き合い下さい。
　トップへ