トッパーの冒険(3) |
| 3番目の話し手 マリオ |
| 部屋に入ってきたマリオは、何かで後頭部を強打されました。 「隙あり！」 金属工作用の溶接トーチを剣のように構えたパトリックがにこにこと笑ってマリオを見上げています。 「このッ！人の頭を何だと思ってるッ！」 「だって騎士はいつも修行していなけりゃいけないんだよ。ジョーがお話してくれたあとに言ってた。」 「修行だかなんだか知らんが、頭を殴る理由にはならねえぞ！ったく・・・・カイユンの奴、どういう教育を・・・・・」 パトリックは黙っています。パジャマを着たまま、裸足でマリオの前にしょんぼりと立っています。 それが、今はここにはいない家事担当の青年の名前を出してしまったからだと、マリオにはわかっていました。 ぐるぐりとパットの頭を撫でながら、マリオは彼にしては精一杯優しい声で言いました。 「トーチで殴られるのは御免だが、少し遊んでやるから泣くな。」 するとぱあっとパットの顔が明るくなりました。 「いいの！あのね、あのね、それじゃお話の続きをして！」 マリオはしまった、と思いました。彼はまともな子供時代を送ってきませんでした。そして大人になってからもまともな生活を送ってきませんでした。ですから、お話なんてして貰ったこともしたこともないのです。そして、これからだってそんなことは絶対にないだろうと高をくくっていたのです。しかし、一度言ってしまったことを翻したり誤魔化したりするのは彼にとってはもっともっと嫌なことでした。 パットはベッドに座ってにこにこしています。 「・・・・・・参ったな。色気のない寝物語って奴は初めてだぞ。」 「いろけ？」 詳しい解説をしなかっただけ、まだこの爆破屋さんも理性的なのかもしれません。前にパットから聞いていたお話の内容を頭の中でもの凄い速さで反芻してからマリオは話し始めました。 パットも、ベッドに入りなさい、と言われなかったのが妙に嬉しいようで、足をぶらぶらさせながらお話をきいています。 |
シャチはもの凄い速さで海を泳ぎ、もちろんシャチが牽く船もシャチと同じもの凄い速さで闇の島に向かって進んでいった。 |
| 「ねえ、マリオ、シャチの名前は？」 マリオは眉間に皺を寄せます。 「シャチの名前だぁ？」 「うん。ジョーはまだ教えてくれなかったの。」 そんなの知るか！とマリオは思いましたが、パットのキラキラした瞳が彼の三白眼の視線がぶつかると、無視できなくなってしまいました。 「名前は『シャチ』、だな。」 「？」 「世の中にはいろいろと不思議なこともある。『シャチ』という名の特別なシャチだったんだ。 もちろん、賢い皆さんには、名前を考えるのが面倒くさかっただけなのだとはっきりわかっていますね？でも、パトリックは少しだけ変に思いましたけれど、納得しました。不思議なことや特別なことは大好きだったのです。 「納得したか？」 「うん。」 |
闇の島は、その名前の通り、やけに暗い島だった。騎士とがきんちょは |
「トッパーだよ！」 「うるせえなあ！ガキはガキだろうが！」 「トッパーはガキじゃないもの！イルカやアシカと話せる勇敢な男の子なんだもの！」 パトリックの手がさっき話した細工用トーチを再びしっかりと握り締めます。 「わーかった！トッパーだ、トッパー！騎士とトッパーは |
真っ黒な石がゴロゴロと転がった海岸に船を引き上げた。空は灰色で海も灰色で、なんだかぎゃあぎゃあという妙な獣の鳴き声も聞こえてきやがった。城は霧でよく見えないが、妙にゆらゆらしてこの世のものとは思えぬやばい雰囲気全開だ。闇の塔に至ってはもうあそこまでは上がって行きたくないってほどの高い不気味な塔だ。じいっとみていると幽霊だの化け物だのが見えるような気がする。トッパーは怖くなったがそれでも引き返すわけにはいかなかった。やっぱり騎士と一緒に黒ドラゴンをぎゃふんという目に合わせて、そのむしゃぶりつきたくなるような美人のお姫さまとやらを助けなければならないからな。一度決めたことは最後まで責任を取るのがこの業界の掟だ。あ、いや、業界は関係ねえな。・・・・人としての掟だ。 トッパーは騎士のあとについて城に向かってずんずんと歩いていった。 |
「ルイとシアは？」 「ルイとシアぁ？」 「お友達のイルカ君とアシカ君だよ！」 「んなもの連れて行けるわけないだろうが！イルカは歩けない。アシカだって一緒に歩くのは無理だ。だからトッパーは置いていった・・・・・・もちろんいうまでもなくシャチもだぞ。シャチも歩けない。さて、トッパーと騎士は」 「お友達なんだよ！何にも言わなかったの？挨拶も何も？」 マリオは頭痛がしてきました。小さな子供にお休みの前のお話を自分がしているなんてこと、認めたくもなかったのです。 でも、マリオはがんばりました。 |
トッパーは大きく手を振って言ったんだ。 「ルイ、シア、お留守番を頼むね。僕は必ずお姫様を助けて戻ってくるから！」 |
「これでいいだろ！さて、次行くぞ、トッパーと騎士は・・・」 「ルイとシアは何も言わなかったの??」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 マリオにしてはがんばっていると思います。でも、こめかみのあたりに青筋がうかんできているのも確かです。 |
「トッパー、気をつけてね！大丈夫だよ！僕達ちゃんとお留守番しているよ！」 そしてルイもシアも手を振った。 |
「これでいいだろ！」 「・・・・よくないよ、ルイもシアも、手、ないもん！」 |
ルイもシアもひれを振りました！ |
「・・・・・いいか？」 満足げに頷くパトリックにマリオは一つため息をついて話を続けます。 |
闇の城までは道、なんてものはなかった。乾いた砂地が無闇に続いている荒地だった。 騎士が前を歩き、トッパーはあたりに注意しながら進んだ。 前を注意し、右を左を・・・・・そのとき！いきなり後ろから凶悪にでかいムカデが！悲鳴をあげるトッパー。しかし、騎士は強かった。振り向いて一振りで怪物を倒した。 「油断をするな！」 騎士に言われたトッパーはさっきより注意して進んだ。前を注意し、右を、左を、時々後ろを・・・・・・そのとき！いきなり頭の上から鋭い口ばしの怪鳥が！また悲鳴を上げるトッパー。しかしまた騎士が一振りで怪物を倒した！ トッパーはさっきよりもっともっと注意して進んだ。前を注意し、右を、左を、時々後ろ、更に上・・・・・これで十分か？パット？ |
頷くパトリックに、マリオはにやりと笑いました。 「・・・・・こういう不思議な世界ではありとあらゆる可能性を考えなければならねえ。トッパーは十分注意したつもりだったが、 |
いきなり地面の中からぬるぬるした大ミミズが！ミミズはトッパーに絡みついた！ 騎士は剣を振りかぶり、目にも止まらない速さで振り下ろした！ミミズは切られたが、トッパーには傷一つついていない。礼をいうトッパーに騎士は言った。 「あぶなかったな。でもそうやって落ち着いて挨拶できるとは見所がある。」 それから、城にたどり着くまでありとあらゆる怪物に出くわしたがトッパーもだんだん慣れてきて、騎士に怪物がどこに隠れているか教えることができるようになっていった。怪物は見つけてしまえば騎士の敵ではなかった。数え切れない、それこそだな、千頭を越える怪物を |
「こんどこそやっつけたんだね！殺したんだね！」 少し興奮して上気し、にっこり笑っていうパトリックにマリオは首を傾げました。 「今度こそってどういう意味だ？」 「あのね！前にジョーから聞いたお話で『シャチ』を騎士は殴ったの。でも殺さなかったの。あのシャチは結局はよくなったんだからいいんだけど、今度はちゃんとやっつけたんだよね！殺したんだね！」 （いわゆる教育的配慮って奴か？ラスボス以外はやっつけるなってか？） ここで大流血場面を描写してもいいのだけれど、マリオはそれこそあとからジョーに怒られること確定だ、と察しました。 （あいつの怒り顔もまたあれはあれでイケるんだが、投げ飛ばされるのは御免だからな!） |
確かに騎士は怪物をやっつけた。でも、不思議なことに怪物たちの体はすぐに消えてしまったんだ。流石に闇の島の怪物だな。俺達の常識は通用しないってわけだ。そして、やっと闇の城にたどり着いた。城門は真っ黒で、金属でできていて、それがな、こうじわじわ・・・とトッパーたちに向かって開いたんだ。まるで、中に入れ、っていうようにな。少しだけ入ってみると、雲の巣で覆われた迷路が広がっていた。ちょっといくと折れ曲がり、ちょっといくと行き止まり・・・・何で迷路かって？こういうのはな、約束事なんだ。黙って受け入れろ。それが大人ってもんだ。 騎士は懐から大きな糸巻きを出してトッパーに渡した。 「この先は危険だ。私が迷わないですむよう、ここで糸を繰り出していてくれ。もしも安全だとわかったら私が糸をひく。そうしたら糸を辿ってやってくるのだ。」 トッパーは頷いて迷路の入り口に陣取った。騎士はずんずん入っていく。糸はどんどん繰り出されていく。ときどき聞こえる怪物の声にトッパーはどきどきしたが、それは悲鳴ばかりだったので、騎士がやっつけているのだとわかった。 |
「凄いね！騎士って凄いんだよね！ますます僕、騎士になりたくなっちゃった。」 「あのなあ、これは昔話だぞ。前にも言ったが、現実を見ろ！」 「きっとなって見せるよ！頑張ればなんだってできるんでしょう？それに騎士はね、僕そっくりなの！ジョーが言ってたよ。騎士様はね！僕と同じ髪の色で、目の色も同じなの！僕そっくりで、優しくて強くて、必ず助けてくれるの！」 この言葉はマリオの神経を逆撫でしたようでした。 「どうしたの？マリオ？顔が怖いよ。」 |
しかし、いくら騎士が強いと言っても、迷路の中には外よりずっと強い怪物がたくさん巣食っていたんだ。そんな奴を何匹も倒しているうちに騎士は疲れてきた。 そして、迷路の奥に、青い色の三ツ首の巨人が待ち構えていた。頭が三つ、腕は４本だ。４本の腕のうち２本には大きな棍棒を持っていた。 騎士が巨人の一本の棍棒を剣で跳ね除けようとすると、もう一本が騎士を酷く殴りつけた。騎士は頑張った、頑張ったが、とうとう倒れてしまった。 |
「そんなの駄目だよ！騎士様は、強いんだもの！負けたりしないよ！」 「どんな奴だって負けるってことはあるのさ。いくら顔がよくて強くても、いつだってそいつが勝つって保障はない。」 大人気ないという言葉はこういうときに使います。 「でも！騎士様は、カイリ フォン リベダイクさんは誰にも負けないよッ！」 （・・・・・・・カイリ・・・・・なんだと？） 「カイリ フォン リベダイクさんはお姫様を助けるんだもの！」 マリオはしばらく考え込んでいましたがぽん、と心の中で手をうちました。 （カイ リ リベ ダイク か・・・・・あはは、ひでえ名だ。） 彼の顔は機嫌よい笑顔になっていました。 「ま、先を聞け。」 |
地面に倒れてしまった騎士をぐちゃっと踏みつけようと巨人は片足を上げた。そのときだ！騎士は力を振り絞って隙のできた巨人に必殺の一撃を繰り出したんだ！さすが、騎士の中の騎士だな。カイリ フォン リベダイクの名前はだてじゃなかったってことだ。巨人はもんどりうって倒れ、他の怪物と同じように消えていった。 だからといってすべてがうまくいったわけじゃない。騎士は大怪我をしている。トッパーは騎士のような力をもっていない。さあ、これからが山場だ。 |
パットはマリオが続きを話してくれるのをじっとまちましたが、マリオはコン、とパットの額を一つ弾きました。 「これで俺の話は終わりだ。」 「えー！？騎士はどうなっちゃうの？」 「もう遅い。寝ろ。」 じたばたするパットを抱き上げ、毛布を無理やり上から被せます。 「気になって眠れないよ！」 「こういうときに我慢して寝るのがいい子の条件だ。いい子じゃないと騎士にはなれんぞ。それにな、こういう危機一髪っていう奴がお話にはつき物なんだ。」 続きが考えられなくなったマリオですが、素直にそうは言えないようです。 「続き、いつ話してくれるの？」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 『もう、まっぴら御免』と感じている爆破屋は面倒くさそうに手をひらひらと振ります。 「誰かに聞け。俺はけっこう忙しい。」 「・・・・・・・ん・・・・じゃ、ソーンダイクに聞く・・・・・・・」 それはちょっと無理じゃないだろうかとマリオは思いましたが、また食い下がられても嫌なので、立ち上がって明かりを消しました。 「寝られなくても目を瞑っていろ。・・・・・・・・根性で寝ろ。」 （それにしても、カイリ フォン リベダイク とはな・・・・・・） もう一度さっきの笑顔を見せながらマリオは部屋をあとにしました。 |
・・・・爆破屋は（もとからわかっていましたが）こういうことには向かないようです。そして、騎士の運命やいかに！ 次回の担当はソーンダイク。 ・・・・・・多くは望まない。なんとかロマノフさんに繋いでおくれ。 |