トッパーの冒険(2) |
| ２番目の話し手 ジョー |
「ねえ、それで、トッパーとルイとシアはどうなったの？」 ベッドの中に入って目をキラキラとさせてお話の続きを待っているパトリックにわからないように、ジョーはふうっとため息をつきました。 彼女には妹が一人いましたが、小さい頃から一緒にいたわけではありません。小さな子供にお話をするのは慣れていないのです。 しかも、パトリックから聞かされたカイユンが話していたというお話は、まさに危機一髪というところで終わっていたのです。 ジョーはやってくる大きな生き物はシャチなのだと思いこんでいました。そして、カイユンはどんな続きを考えていたのか不思議に思っていました。なぜってトッパーもルイもシアも何も武器になるようなものは持っていなかったのですから。 彼女は仲間たちにも駄目でもともと、と思って『どうなると思う？』と訊いてみましたが、予想通りステキな意見は出てきてくれませんでした。でも、パトリックはお話を楽しみに待っています。 「あ・・・・もしかしてジョーはカイユンから続きを聞いていないの？だったら僕、待ってるよ！カイユンが帰ってくるまで待ってるよ！」 パトリックは笑顔でそういいましたが、ジョーにはそれが空元気だとわかっていました。 「大丈夫。さあ、始めるわよ。しっかりきいてね。」 ジョーはパットの金髪を優しく撫でると小さい頃にお母さんや執事のパーカーさんに読んでもらった絵本の筋を思い出しながら静かに話しはじめました。 「・・・・トッパーたちのところに大きな生き物がやってきたところだったわね？」 |
波はますます大きくなってきました。トッパーはぎゅっとルイにかじりつきます。 そのとき、シアが大きな声をあげました。三角形の黒い大きな背びれが見えたのです。 「シャチだ！逃げなくちゃ！」 |
「シャチ？シャチ・・・・・ってなあに」 「え？シャチを知らないの？」 「うん・・・・・」 （カイユンったら、イソギンチャクだのウミウシだのアナゴだのわけのわからないものばっかり教えてなんでシャチを教えないのよ！） 「え、えーとね、シャチっていうのは、歯はギザギザでアシカもイルカもトッパーも一口で飲み込んでしまえるくらいの大きさなの。今もトッパーたちを食べようと狙っていたのよ。」 「シャチって悪い子なんだ！本当にイルカも一口で食べちゃうの？」 （だ、か、ら、そういうところを突っ込まないでよぉ。私、よくわからないんだから！） 「そうなのよ。だから大変なの！」 |
「どうしよう！」 トッパーはどうしたらよいかわかりませんでした。ルイもシアも震えています。でも、トッパーは強い子ですから泣いたりしませんでした。ルイとシアを自分の背中にかばいます。でも、シャチはどんどん近づいてきます。 もう駄目だ！と思ってトッパーが目をぎゅっとつぶったとき、シャチが一度大きく跳ねました。 バシャン、としぶきがあがります。 食べられてしまう、と思ったけれど、ぎざぎざの歯でかみつかれると思ったけれど、体のどこも痛くありません。 しばらくしておそるおそる目を開けてみると、シャチはお腹を空に向けて海の上に浮いています。そして、トッパーの目の前には大きな手が差し出されていました。 「坊や、大丈夫かい？怪我はなかった？」 帆をはった小船のへりからこちらに身を乗り出している人は、トッパーが見たことのない服を着ていました。腰にはキラキラ光る緑の宝石がはめ込まれた剣を挿しています。頑丈そうな銀色の鎧を着て、鎧の胸には紋章が刻まれています。そしてその紋章は船に張られた帆に描かれているのと同じ模様でした。 トッパーを助けてくれたのは、遠くの国の騎士様だったのです。 |
「騎士？」 「そうよ。騎士。あ、わからないかな？騎士はね、昔々のとっても強い人。お城の王様の家来なのよ。優しくて強くて、正しい人の味方をしてくれるの。そして困っている人がいたら必ず助けてくれるわ。」 「・・・・・・凄い人なんだね！ねえ、その騎士はどんな人なの？なんていう名前？ 「んー」 （あ、なんだか気に入ってくれたみたいねｖんっと、それじゃあ・・・・・） 「騎士様はパットと同じような綺麗な金髪をして青い目をしていました。」 「わあ！僕と同じなの！何だか嬉しいな。それで？騎士の名前は？」 「昔の人の名前は難しいのよ？覚えられるかしら？ カイリ=フォン=リベダイク というの。」 「かいり ふぉん りべ・・・・？」 「カイリ=フォン=リベダイク、よ。」 [しばらくパットは嬉しそうに騎士の名前を繰り返す] 「覚えた？じゃ、続きを話すわよ。」 |
| カイリはトッパーを自分の船にひっぱり上げました。シアも続いて海から跳ね上がって器用に船によじ登ります。海から出られないルイはカイリにありがとうの印に大きくジャンプして見せました。 「ありがとうございました！あなたが来なかったら僕、食べられてしまっていました！僕はトッパーといいます。大きな船を見にここまで来てシャチに出会ってしまったんです。」 ぴょっこりお辞儀をするトッパーの肩をカイリは元気付けるように叩きます。 「気にすることはない。困っているときはお互い様だからね。私はカイリ。海の向こうの国の騎士だ。」 トッパーは身を固くしました。遠くの国に行ったことはなくても、お話で騎士のことはよく知っていましたから。お城にいて、国の人々のことを守る役目の騎士が偉い人だとトッパーはわかっていたのです。すると、カイリはくしゃっとトッパーの濡れた髪をかき回すように撫でました。 「城をひとたび出れば身分など関係ない。普通にしてくれた方が私は嬉しいよ。いいかな？トッパー君。」 トッパーは元気良く、はい、と返事をしました。 「ところで、トッパー君は、闇の島がどこにあるか知らないか？」 「え!?闇の城ですって！ 闇の城・・・・・・それは怖ろしい場所です。その島の周りでは風が完全に止まっていますし、いくら夏の明るい日でも、お日様の光がそこに届くまでに元気をなくしてしまい、薄暗くなっているのでした。そして怖ろしい怪物がたくさん棲んでいるのです。 「ああ、私はそこに行く途中なのだ。」 「・・・・どっちの方かは知っていますけれど、あそこへは船では近づけません。だって風がないんですもの。怖い怪物もいるんです。カイリ様はどうしてもあそこに行かなくちゃいけないんですか？」 カイリはゆっくり頷いて腰の剣のつかを右手で触りました。 「実は、我が城の姫、フローレ様がさらわれてしまったのだ。・・・・・・・姫はそれはやさしく美しい方だった。あの方がいるだけで国は明るくなり、穀物は実り、人々は毎日を幸せに暮していた。・・・・北の悪い魔法使いは姫の優しさや、明るさや・・・・・そういった善い物を吸い取り、自分の命の糧にしようとして連れ去ったのだ。・・・・・不覚だった。奴が大きな翼をもった怪物、黒いドラゴンに変化してさえいなければ・・・・・魔法使いは闇の島にある闇の城に住んでいる。そして姫は城で一番高いところにある闇の塔に閉じ込められているのだ。わたしは黒いドラゴンを倒して姫を救い出さねばならない。」 カイリの剣の柄にはドラゴンが浮き彫りされていました。それはドラゴンを倒したことがある騎士だけに贈られる『ドラゴンスレイヤー』というとても素晴らしい剣だったのです。カイリは今までに５頭の竜を倒してきました。そんな彼だからこそ、王様はお姫様を連れ戻す役目をカイリに与えたのでした。 「姫がいなくなり、国はすっかり暗くなってしまった。人々は笑わなくなり、王さまは病気で寝込んでしまわれた。・・・・・・・」 フローレ姫は不思議な力をもったお姫様だったのです。ですからカイリは姫を取り戻すまでは帰るわけにはいかないのでした。 |
「フローレって、素敵なお姫様なんだね！」 「ええ、世界一優しくて綺麗なお姫様なのよ。」 「じゃ、ジョーみたいなんだ！」 「??フローレはあたしよりずっとずっと素敵な人なの。世界一なのよ？」 「だからジョーみたいなんでしょう？カイユンが言ってたよ。ジョーは世界一綺麗で優しくて素敵で、そして世界一普通の人なんだよ、って。」 「（・・・・・・・・・何よ、その、『世界一普通』ってのは・・・・・）とにかくね、フローレの方がずっと素敵なのよッ！」 |
「・・・・・しかし・・・・・そうか、風がないとは・・・・・」 カイリは今は一杯に風を受けている帆を見上げました。 「・・・・・・どうすれば・・・・・・・・・」 そのとき、シアがカイリの足を鼻先でつつきました。ルイも大きくジャンプして一回転してみせました。二人の言葉を聞いてトッパーもにっこり笑います。 「ルイとシアが友達を連れてきてくれます。この船の大きさだったら引っ張っていってもらえます。騎士様！僕にもお手伝いさせて下さい！」 カイリは一瞬迷いました。危険な冒険にトッパーを巻き込みたくはなかったからです。でも、結局はトッパーに手伝ってもらう事にしました。なぜって、トッパーの目は、小さい頃、騎士にあこがれていた自分の瞳にそっくりな気がしたからです。 「よし！ではよろしくお願いするよ！」 ルイとシアは、仲間を捜しに泳いでいきました。 「全速前進！目的地は『闇の島』！」 カイリの言葉にあわせてトッパーは帆を張ります。 トッパーの冒険はまだ始まったばかりでした。 |
「はい。今日はここまで！」 「うーん・・・・・うん、絶対続きを話してね！・・・・・でもカイリって格好いいね！大きな悪いシャチを一撃で殺しちゃったんでしょう？」 ジョーは浮かべていた笑顔を途中で凍りつかせました。 「ジョー?」 ジョーは首をぶんぶんと横に振りました。 「シャチは死んではいなかったの。あのね、騎士は本当に悪い人しか斬らないのよ。カイリはシャチを剣のさやでゴーン、って殴ったの。シャチはしばらく気を失っていたのだけど、途中からトッパーとカイリの話を聞いていてね、ああ、悪いことをしようとした僕をこの騎士様は殺さないでくれた、って後悔したの。だからね・・・・・ |
ルイとシアは友達を捜しに行きましたが、危険な闇の島までいってくれる者はなかなか見つかりませんでした。しょんぼりとしてトッパーのそばに帰ってくると、あの大きなシャチが待ち構えています。逃げようとする二人にシャチはいいました。 「君達さえ許してくれたら、お手伝いさせてくれないかな。船を島まで引っ張っていくよ。・・・・・駄目かい？」 もちろんルイもシアも・・・・そしてトッパーもカイリもシャチを許しました。 シャチに牽かれた船は水面を滑るように走って闇の島を目指すのでした。 |
眠ってしまったパットの傍に座ったままジョーは考え込んでいました。 （初めは殺したことにするつもりだったけれど・・・・・・・・カイユンなら絶対にしないもの・・・・・お話の中でも絶対に生き物を殺したりしないもの・・・・・・） 遠いところに離れてしまった仲間に想いを馳せ、ジョーはあかりを消して立ち上がりました。 「お休み、パット・・・・・（そして、おやすみなさい、カイユン）」 |
そして、物語は一気に剣と魔法の世界になってしまったのでした。 次回の担当は爆破屋。 ぜったいにとんでもない展開になるに決まっています。 |
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