| 砂漠の真中でカイユンはエア・カーを停めた。そして、同乗していたアランとカレンに手を貸してゆっくりと降り立った。夫妻は不審げに何もない一面の砂を見回している。そのうち、多量の砂が舞い上がり、更に地面の一部がスライドして大きな四角い穴が現われた。夫妻はつないだ手と手に力を入れた。階段が奥まで続いている。カイユンが先に立って中に入る。 三人がひんやりと涼しい階段を降りていくと、入ってきた入り口が閉じてぱあっと明かりがついた。 コツ、コツ、と足音が響き、下から執事の装束を寸分の隙なく身につけ、それには不釣り合いな防護ヘルメットを被って初老の物腰やわらかな男が上がってきた。 「ようこそお客さま方。奥様が下で待っておられます。エレベーターにお乗り下さい。」 地下に百メートルあまりも下っただろうか、男に案内された地下空間の一室に、ルノー社社長のジャック ルノーの妻、ジョーの義母のエリザベス ルノーが待ちかねていた。部屋は古ぼけてはいるがしっかりしたよい趣味の調度品で整えられている。 リジー（エリザベスの愛称）は立って三人のそれぞれと握手してソファーにかけるよう勧めた。間を開けず、先程の男、執事のパーカーがクッキーと紅茶を前に置く。 「よくいらしてくださいました。初めまして。私がジョセフィーヌの母親でエリザベスと申します。アラン ノートンさんと奥様のカレンさんですね。それにあなたは・・・・」 「あっ、僕の名はキム カイユンです。」 リジーはクスリと笑った。 「ええ、存じ上げておりますよ。あなたとお会いするのはこれが初めてではありませんの。もっともこの前はあなたは肺炎で意識がなかったのですから私のことを覚えてはいらっしゃらないでしょうけれど�｢�｢・・ジョーから頼まれたことについて先にお答えしておきますね。�｢・・�｢特別な遺伝子を持っている訳ではないということなのでお子さんのジョイスちゃんについては私の力でなんとかなると思いますわ。お二人の身柄の安全もこのエリザベスが責任を持って確保します。」 ノートン夫妻は息をつき、リジーの顔を感謝の念を持って見つめた。 カイユンは紅茶を一口飲んだ。熱すぎず濃すぎず喉に快かった。 「有難うございます。エリザベスさん。キャプテンもチームのみんなも安心します。・・・・でも、ここは一体・・・・何かの施設ですか・・・・？」 リジーがパーカーに目で合図すると、壁のパネルが裏返りスクリーンになって今居る場所の全体図が投影された。 「私の父親は表向きは代々続く大きな星間商人だったの。裏では武器や麻薬の取引をしていたんですけれどもね。ここは、その父が残した拠点の一つ。位置を知っているものは今ではパーカーのような信頼できる人たちだけですから安全。もしも誰かが来ても、対空戦用のビーム砲もあるしバリアもはれますからそうたやすくは侵入できないと思います。戦力の計算もしてみましたの。ええっと、パーカー、どのくらいでしたっけ？」 パーカーは柔らかな心地よい声で告げる。 「コスモ・アーミー三個大隊相当でございます、奥さま。」 アランたちの息を飲む声が聞こえた。 「・・・・ということですの。�｢・・�｢だから、助けが入り用のときにはどんどん言って下さいね。カイユンさん。」 カイユンは、少し残念そうに口を開いた。 「アランさんたちのことは、絶対に失敗することができないことだったのでお願いしましたが、ジョセフィーヌさん、いえ、キャプテンはエリザベスさんの力を借りたくはないのだそうです。借りてはいけないんだ、と。」 リジーは軽く目を閉じた。 「・・�｢�｢仕方のないことね。あの子の考えなら。・・�｢�｢しかし、私も義理とはいえ一応はあの子の母親。あの子がどのような計画をたてているのかは教えてくださいね。�｢・・�｢アランさん、カレンさん、お二人はしばらくそこで休んでいらしてください。」 パーカーが扉を開けて隣室にカイユンを導いた。そこには大きな木製の机があり、椅子がいくつか並べられていた。パーカーは椅子を引いて二人を座らせると、自分も一歩離れたところに座った。カイユンは話し始めた。 リジーは軽く頷いたり、ちょっとした質問をしたりしていた。が、話が進むに連れて、口を小さく開いたまま首を傾げたきりになってしまった。それほど突拍子もない計画だったのだ。 「�｢�｢とまあこういうことなんです。�｢�｢僕が冗談で言ったことまで入ってしまっています。奇妙で、無謀で、メチャクチャで・・・・・でも、キャプテンは”あたしたちらしいじゃないの？”なんて言ってて・・・・それには僕も同感ですが・・・・」 カイユンが面食らったことに、リジーはカイユンの首をキュッと抱き締めた。 「素敵だわ。まさにあの子らしいこと！」 しかし、カイユンの瞳には沈んだものがあった。 「・・�｢�｢コスモ・アーミーの注意を引き付けるための作戦はともかく、最終目的の方は命懸けで、しかも成功する見込みはほとんどありません。」 その肩をリジーは叩いた。 「坊や！最後までジョーについていってやってくれれば、あの子はそれだけで満足ですよ！ダメそうならさっぱり諦めて逃げていらっしゃい。・・・・あの子は大義のためなら命を落としてもいいなんて馬鹿なことを考えやしませんよ。やるだけやる・・・・・そしてなにがあろうとずっと強く生きていく。それがあの子のやり方だわ。」 リジーの顔をカイユンは眩しそうに見つめた。そして、席を立った。 「ええ・・�｢�｢最後までついていきます。�｢・・�｢僕はもう行かなくては・・・・」 「海へね？」 「はい、�｢�｢ホワイティーがいてくれればかなり楽なんですが、彼がいない分時間がかかります。」 リジーも立ち上がった。 「せめて海までお送りしましょう。」 「それには及びません。・・・・アランさんたちとジョイスちゃんのこと頼みます。あの・・・・僕・・・・」 リジーは首を傾げた。 「僕、エリザベスさんとパーカーさんに会えてよかった。・・・・想像どおり、素敵な人で・・・・じゃ、行きますね。」 地表に出ていくカイユンをリジーは見送った。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ リジーは、カイユンが帰ると紙に色々と書き出した。 「奥様、何を書いていらっしゃるのですか？」 リジーはパーカーに微笑みかけた。 「たくさんすることができてしまったのじゃなくって？・・・・さっきの可愛い坊やにも贈り物をしたいし、・・・・何もするなといわれても動かずにいられるものですか！あの子に力を貸さなければいいのでしょう？手助けではなく、私は私でやりたいことをやるのであれば。ああ・・・・やっぱりあの子は私の娘だわ。メチャクチャで、途方もなくってそして、こんな馬鹿なことに命をかけてしまうなんて。」 彼女は、いつも持ち歩いている毛糸入れの篭から用具を取り出すと、きちんとしたケースにしまった。 「しばらくは編み物をする暇もないわ。」 「しかし奥様、ジョセフィーヌお嬢様を支援なさるとおっしゃっても、所在がわからなければ・・・・」 リジーはニヤリと笑った。 「パーカーももう年？さっきのカイユンさんの肩口に、小型発信機と盗聴器をセットしたのに気づかなかった？」 パーカーはコホンと咳払いを一つし、恭しく一礼した。 「ですが奥様、そのようなことは初めに相談しておいていただかなくては。私は私で発信機を襟首にセットしたのです。」 今度はリジーが一礼した。 「さすがはパーカー、・・・・私が見込んだ人だけのことはあるわ！」 そして彼女はパーカーの頬にキスをした。 「お嬢様！」 いつもと違った呼び方をされ、リジーはくすりと笑った。 「懐かしいわ。10代20代のころはずっとそう呼ばれてたわね・・・・・・また苦労かけちゃうわ。ごめんなさいね、パーカー。体はなまっちゃったけど、ひと暴れさせて貰うわ！」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「本気か!?マリオ？」 ダウンタウンの片隅、薄暗く後ろ暗い場所。駆出しの頃からマリオが贔屓にしてきた店の主人は目を白黒させながら生ぬるいビールを缶からぐいと飲んだ。店の奥の小部屋はエアコンもなく、穴蔵のようだった。マリオは汗をたらしながら怒鳴った。 「条件が飲めねえっていうのか、このタコ。コスモ・アーミーのシークレットチーム所属、現役でバリバリ稼働中の特殊装備就きタンクの心臓部を売ってやろうっていうんだぜ。いくらあんた方があがいても手に入るもんじゃねえだろうが。出血サービスだ！」 二人の挟んでいる机には、かなり長いリストが長々と横たわっていた。 「そ、そう熱くなるんじゃねえよ。そんなブツがいただけるなんざすげえ話だ。�｢�｢いやなに、買い取るについちゃあ依存はない。爆薬材料も一週間ありゃあ調達できる。・・・・だが、そのあとのやつあァなんだ？遊園地でも始める気か？」 汗を拭い、マリオは主人の鼻先で喚いた。 「熱くなるなだとォ？言う前にエアコン入れることを考えろ！俺は客だ。客に質問をしないのがここいらの不文律だろうが。・・�｢�｢こんなものを使おうと考えたのは俺じゃねえ。俺もこんなものは買いたくねえんだ。・・・・・・用立ててくれるのか！くれないのかよ！」 マリオは手榴弾のピンに指をかけた。そうとういらついているようだ。主人は身を引いた。 「わ、わかったぜ、マリオ・・・・・・・・他のものについちゃあ信頼できる機械屋を紹介しよう・・・あと、生地屋とかもな・・・・・ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 一方、ダウンタウンとはいっても一般のＣ級市民が住んでいる地区の喫茶店では、”家庭用レーザー防犯装置ニコニコ”をけっこう大規模に商っているマリオの旧友、ジャンが、三つ揃いに身を固め、酒をきかせたアイリッシュコーヒーを啜っていた。一口啜り、少し間を置いてまた一口啜る。そして、隣に座っている、ホットミルクの湯気で濃茶のサングラスを真っ白に曇らせているソーンダイクにちらりと目をやった。 「あんた、本当にマリオの友人？」 ソーンダイクは頷き、コーヒーシュガーを一杯すくってカップの中に入れ、注意深く揺すった。 「いくらマリオの友人でも、その頼みはあんまりひどすぎるんじゃあないのかな。・・・・・そんなことをしたら・・・・こっちが干上がってしまうよ。」 ”やってられないよ”というように手を振ってジャンは力なく笑った。 「この業界は信用が第一なんだ。そんなことをしたらもうおしまいさ。」 ソーンダイクは、サングラスをかけたまま白いハンカチでレンズの曇りを拭いた。もう一杯砂糖を入れてゆする。 「あなたの利益が減らなければ問題はないのですね？�｢�｢それならば、私の方でなんとかできます。」 ジャンはコーヒーを啜り、また力なく笑った。 「なんとかなんてできるわけないでしょう・・・」 そのジャンの前に、ソーンダイクは小さな設計図を置いた。 「これは、コスモ・アーミーの極秘資料なのですが・・・・・小型レーザー工作装置の概要です。現在のコストの約十分の一で制作できるはずです。・・・・・いうまでもなく心臓部の仕様は、あなたがこれを受けてくださった時にお渡しいたしますが。」 ジャンは設計図をじっと食い入るように眺めていたが、やがてソーンダイクの手を取って握り締め、満面に笑みをたたえた。 「協力しましょう。・・・・作ってみて、これが働くことがわかったらね。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・ほう・・・・・」 レオは思わず声を出した。彼は家を飛び出してきたジョーを保護して、一人前の仕事屋に育て上げた人間だった。ロマノフからジョーの計画を知らされた彼は、酒場の奥にある私室の天井を仰いだ。 「ひどい話だ。一歩、いや、半歩間違えば死ぬな。」 ロマノフは静かに言った。 「しかし、協力はしてくださるのですね？感謝します。」 レオは苦笑した。 「ああ、協力はするつもりだ。だが、顔から読まれたかな。」 「�｢・・�｢私は元コスモ・アーミーの諜報員でした。相手の言葉よりも顔色の方を信用するひねくれ者でして�｢�｢・�｢これは失敬。あなたも元軍人でしたね。レオさん。」 軍人の悲哀を十分に知り尽くしているレオは一種の親しみをロマノフに対して持った。そして、永年の直感から、彼を信ずるに足る人間であると確信した。 「ふ・・・・・まあいいさね。�｢�｢ただし、協力するからには成功してもらうぞ。しかし、あんたのような落ち着いた男があの娘の傍にいたとはな。可愛らしいチビさんの男の子には以前一度会ったことがある。（外伝参照）あの子は例外で、あとはマリオのような血気盛んな奴らばかりだと思っていた。」 「血気盛んなのはマリオだけですよ。」 ふと、こめかみに行ったロマノフの手の先に白髪が一筋混ざっているのをレオは見逃さなかった。 「時にあんた・・・・あの娘をどう思う？」 ロマノフは眉根にしわを寄せた。 「とんでもない娘ですよ。ジョーという子は。無鉄砲ではねっかえりで・・・・・本当は感受性豊かな優しい子なのにそれを気取られまいとしている意地っ張り。�｢�｢・�｢しかし、誰もがあの子を好いている。・・・・ここに伺う前に、ダウンタウンをまわってあの子の知人に会って来たんですが・・・・スリ、掻っ払い、密売人・・・・子供から老人まであの子を悪し様にいう人間は殆どいませんでした。・・・・私もあの子が好きです、非常に。�｢�｢・・あの子には、死んだ私の妻や娘にしてやれなかったことをしてやりたいと思っているんですよ。」 レオは黙っていた。 暫くして彼は言った。 「頼んだぞ。あの子のことを。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ （・・�｢�｢ふ～う・・・・） ジョーは、下士官クラスの軍人が出入りする社交クラブの傍の宿に泊まっていた。その狭い部屋の片隅の安っぽいドレッサーの前に腰を掛け、ドレスの襟元を直すと鏡の中の自分に向かってにっこり微笑してみせた。 （・・�｢�｢さて・・・・・） ジョーは昨日の夜に出会ったにやついた大尉の顔を思い浮べた。 （・・�｢�｢あの男が好きなタイプは、単純な性格・清純派・でも、火がついたら一気に燃え上がるような娘だわね。�｢・・�｢ルージュはピンク、シャドウはあくまで薄く、香水はローズ。髪は後ろを垂らしてサイドをまとめてみよう。下着は白の花柄。シースルーじゃないほうがあいつの好みかな。�｢�｢・・ま、楽な相手よね。口が軽そうだし。・・・・・もうそろそろ大きな当たりがあってもいい頃よ・・・・） |
トップへ 