「来たわ！」 タニアとカイユンは、深い森の中の大木の根元に並んで座っていた。こんもり茂った木の葉を通して、冴えた月の光がわずかに射してくる。その光をさえぎって、丸い頭の大きな鳥が飛んできて、音もなく木の枝にとまった。 「あれがトグラなの。」 タニアが”トグラ”と呼んだ鳥は、大きな目をぎょろぎょろさせ、カイユンを珍しそうに観ながら、右へ、左へ、首を回転させている。顔の部分だけが白くあとが茶で、何となく猿を思わせた。 カイユンはぐっと息をつめていた。タニアは笑った。 「そんなに気を使う必要ないわ。大声で驚かさなければ大丈夫。」 トグラは鋭く尖ったくちばしを開いた。タニアは不安な目をしていた。 「聞こえます？キムさん？」 カイユンは頷いた。通常の人間ならば音として感じない高周波の超音波だったが、彼にははっきりとトグラの鳴き声が聞こえた。 「タニアさん。今トグラはなんて言ったの？」 タニアは耳を澄ませた。彼女の耳にもトグラの鳴声が聞こえていた。そして、タニアにはカイユンがイルカの言葉をわかるのと同じようにトグラの言葉がわかっていた。 「”何だ、何だ、見たことがない奴だ。”って言ってる。あなたを警戒しているわ。�｢�｢他の鳥よりはいいのだけれど、トグラの言葉はとてもボキャブラリーが少ないの。イルカのようには色々としゃべってはくれないんです。」 カイユンは、イルカ語で”今晩は”を叫んでみた。トグラはバタバタという羽音と共に飛び去った。 「ふう・・・・やっぱりイルカの言葉はトグラには通じないんだな。・・・・トグラをびっくりさせちゃった。」 タニアは声を上げて笑った。カイユンは、目をクリクリさせてタニアを見つめた。 「僕たち同じですね。タニアさんはトグラ。僕はイルカだけれどどっちも超音波の言葉。・・・・でも、凄いな。僕、昔、小鳥と話そうとしたことがあるんだけれど失敗しちゃったんです。イルカに比べて、微妙な声の出し方に意味があるのかな？それに、僕は亜人間との混血だから超音波が聞こえるのは当たり前だけれど、タニアはさん普通の人間でしょう？これも超能力ですよね！」 タニアは俯いて、小さな手を膝の上に置いた。カイユンは心配して体の向きをタニアの方に変えた。 「どうしたの？僕、何か悪いことを言いました？」 「いいえ・・・・でも、私全然凄くなんかないわ。�｢�｢�｢わたし、おととしまで何の能力もなかったの。�｢�｢不安だった。父は念動力者、母はテレパシスト、姉や兄は小さい頃に透視を始めたわ。私は悲しかった。大きくなったらきっと私にも家族のような力が備わるって、それだけを夢に見ていた。でも・・・・やっと自分の能力が見付けられたと思ったら、それは超音波を聞いたり出したりできるってこと、それだけのことだった。・・・・・・“鳥使い”それが私の呼び名なんです。」 カイユンは不審げに首を傾げた。素直な黒い前髪がさらりと揺れた。 「わからないな。トグラの言葉がわかるなんて、すばらしいことだと思うけどな。」 「�｢・・�｢ここの集落の人たちはそう思っていないの。口に出しては言わないけれど、態度でわかるの。つまらない能力しか待たない可哀相な子、ここには要らないものって・・・・だから、私は子供の頃からあまり他の人とは話をしないようになってしまった。能力がなかったり、あっても私みたいな人は皆そうよ。・・・・自分よりもずっと小さい子供達とは、何も言われる心配がないから遊んでいられたけれど・・・・・・両親からも、変り者だねお前は・・・って言われてます。�｢・・�｢仕方がないですよね。自分から人をさけて毎晩トグラと話しているんですもの・・・・・それに、私は性格が暗いし可愛くないし・・・・・」 カイユンは場所を移し、タニアの真正面に座り、彼女の目をじっと見た。タニアはあまり臆面もなく見つめられて真っ赤になった。暗がりの中、カイユンにはタニアの顔色の変化はわからず、ますます悲しそうになったように感じられた。 「そんなことないよ！タニアさんは可愛いよ！目なんかきらきらしていてとても綺麗だ。」 カイユンがあまり見つめるので、タニアはじりじりと座っている位置をずらした。 「き、キムさん。・・・・・帰りましょうか？さ、寒くなってきたから・・・」 カイユンは不思議そうにタニアの隣に戻った。辺りは十分暖かかった。 「寒い？」 「ええ、ほんの少し・・・」 カイユンはタニアの肩に腕をかけ、自分の方に引き寄せた。 「こんなふうにしたらあったかいですよね。僕は小さいときに母さんによくこうしてもらった。・・・・よかったらトグラの話し方を教えて貰えます？・・・・キャプテンたちびっくりするだろうなあ。鳥の言葉がわかる人がいるって言ったら。ね、タニアさん・・・・・？震えているの？」 タニアは確かに震えていた。カイユンはタニアの腕をさすってやった。 「まだ寒い？・・・・風邪気味なのかな？だったらごめんなさい。夜に外につき合わせて。」 「え？あ！もう平気です！」 カイユンはにこっと笑った。 「・・・・タニアさん、自分が変な子だって思っているらしいですけど、そんなことはないですよ。人間ってそんなふうに思い込みやすいから・・・・僕と一緒の人たちもそう。皆普通の人たちなのに、自分では自分のことを”普通じゃない”って言うんだ。そのくせ、亜人間との混血の僕のことを普通だって言ってくれる。�｢・・�｢いい人たちなんだ。僕、苦しいときにはあの人たちのことを思うんです。あの人たちがいてくれるかぎり、何でもできそうな気がしてくるんだ。・・・・タニアさんのまわりにだって、いつもタニアさんを見てくれている人が必ずいるよ！」 タニアの震えは止まった。 「タニアさんは親切だもの。子供達にも慕われているし、僕のためにトグラを見せにここまできてくれたし。・・・・・静かにしていたらまたトグラは来てくれるかな？」 微風が二人の頬を撫でていた。移動した月の光は傍らの花の群落を照らした。タニアは目を閉じて頭をカイユンの肩にもたれさせていた。 カイユンは黙っていた。タニアが眠ってしまったと思ったのだ。彼は子供の頃を回想していた。 惑星マーリナ２の浜辺、大人たちは休日の前の日にはシートを持ち出してそこに座り一晩中語り明かしていたものだ。カイユンは大人たちの話を聞いているうちに母に寄りかかって寝てしまう。目を覚ますと大人たちはまだ話している。声を出すのが恥ずかしくて、カイユンは寝たふりをするそして、寝たふりをしているうちにまた寝てしまう。 またトグラが来ていた。しばらくは警戒音で鳴いていたが、いつしか違う声に変った。別のトグラが飛来して前の一羽に対して静かに囁くように鳴く。囁き、囁き返す。優しい低い声。二羽はあとになり先になり森の中に消えていった。 カイユンは、タニアの頭に手をかけた。この姿勢では首が痛くなるだろうと思い、横にしてやろうとしたのだ。すると、タニアはカイユンの肩に頭をつけたまま、小さな声で尋ねた。 「カイユン・・・・・さんは、私のこと・・・・・嫌いにならないでくれますか？」 眠っているとばかり思っていたタニアが口をきいたので内心びっくりしつつもカイユンはにっこり笑ってタニアの体を起こした。 「何故嫌いになるの？僕、タニアさんが大好きだよ！」 カイユンの腕の中でタニアの体がビクンと動いた。そして、おずおずと彼の首に両手を回すと、そっと頬にキスした。 「ごめんなさい！」 タニアは立つと同時に走りだし、見えなくなった。 カイユンは、頬に手をやり、そのまま投げ出された縫いぐるみのようにぼーっと座っていた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 真夜中を過ぎて、カイユンはアケルナルの前に行った。ジョーたち四人はまだその場にいて、この集落についての議論を続けていた。カイユンがソーンダイクの横に腰を降ろすと、六つの目（ソーンダイクについては不明）が一斉に彼を見つめた。ジョーが代表して尋ねた。 「随分遅かったけれど、どうしたの？森の奥の方まで行ったの？」 カイユンはコクリと頷き、トグラのことや自分が何を話して何をされたのか、ありのまま、すべてを話した。 マリオが笑いこけるのをジョーが制止した。 「ちょっと・・・・カイユン、なんか話の歯車がかみあっていないわ、タニアとあなたの間の・・・・・」 「ええ・・・・誤解されてます。�｢�｢タニアさんを好きっていったのは嘘じゃありませんけれど、キスされちゃうなんて思いませんでした。タニアさんは、ロマノフさんやソーンダイクさんと同じように好きなんです。第一僕、普通の人間の女の子にキスなんかされるようなこと絶対ないって思ってたのに・・・・」 「そりゃ、どういう意味だ。」 マリオが口を挟むと、カイユンはまだるっこしそうにいった。 「僕は亜人間との混血で、しかも故郷は高重力星です。�｢�｢マーリナ２では第三性徴期が始まるとすぐに結婚します。一組みの夫婦あたり八人の子供をもつくらいですから早婚なんです。僕は第三次性徴期を普通より三年も遅れて迎えました。それもここ、リマンで。・・・・僕、急激な体の生長でのびちゃって、ようやく起きられるようになってから自分の姿を見たんですが、はっきり言ってショックでした。」 それならジョーにも思い当ることがあった。カイユンはシャワー室前の鏡に向かって、何度もため息をついていたものだ。 高重力星マーリナ２では、子供は人間と変りないが、成人に達したときの体形は、より環境に適応した形、つまり、背は低いまま首や手足が太くなり男も女も肉襦袢を着たような筋肉が発達した姿となる。その姿は、三次元映像でジョーも見たことがある。 「こんなにひょろひょろに背が伸びて、首も長くなって・・・・大きくなってこんなになっちゃうなんて思ってもみなかった。マーリナ２の基準で言えば、僕は完全に奇形です。�｢�｢あ、皆さんは別ですよ。もともとそういう姿の種族なんですから。・・・・・だけど、僕は皆さんとは違います。僕、お嫁さんならマーリナ２のひとって決めてたからこの世界の人がどう、ってことないんです・・・・大体どうなんでしょうか。僕まだ、お嫁さんが欲しいだなんて思わないし、発情期もないし。タニアさんが誤解しちゃったの、なぜなんだろう。女の子と居るよりもロマノフさんやソーンダイクさんと居るほうがずっといいし。」 ジョーもマリオもぶちとんだ。 「しかし・・・・タニアが誤解するのはむりないわよ。カイユンの言ったことは口説き文句にも取れるし、・・・・・・女の子の心理がわかんないんだから・・・・・女が身近に居ないのがまずかったか・・・・」 カイユンは膨れた。 「身近にいますよ。キャプテンだって女の人でしょう？永年の付き合いですからこの頃はキャプテンが次に何を言うかくらい大体予想できます。」 「・・・・・そういう心理と違うんだって・・・・・」 ジョーは髪をかきむしった。 「・・・・・タニアのことは、これくらいにして、肝心な話に戻るわよ。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 夜を外で明かした五人が、各自の宿泊場所で朝食を済ませ、集落の広場にやってくると、人々が集まっており、しかも、昨日とは様子が少々変っていた。しかし、ジョーたちが歩いていくと、人々は気持ちよくあいさつを返した。そして、一人の男がジョーに話し掛けた。 「私が、あの飛行機を引き上げる作業の責任者になりましたガサンといいます。全力を尽くしますので、どうぞお休みになっていてください。」 ジョーは向き直った。 「有り難いお話ですけれど、あの船は私達にとって家のようなものです。一緒に作業しますわ。」 ガサンは困ったように額に手をやった。 「・・�｢�｢しかし・・・・私達が引き込んでしまったものですし、あの砂の性質は我々がよく知っています。人手もありますし、手伝っていただかなくても・・・」 「・・・・・ガサンさん。私達が居ては困ることでもあるんですか？」 「そんなことは・・・・・」 辺りの空気が悪くなってきた。殺気はないが、人々が非常に哀しげな顔をしている。 ジョーは微笑した。 「済みません、あんまり悪いと思ったものですから・・・・それでは御厚意に甘えさせていただきます。�｢・・�｢いつもコスモ・アーミーの仕事で緊張していましたから、こんなにのんびりできるのが夢みたい。リマン市内に戻ったら、とうていできないことですものね。」 五人はそのまま森に入った。 「どうやら、アケルナルを引き上げる気はなさそうね・・・」 と、ジョーが呟いた。 ロマノフも同意した。 「向こうも動き始めるだろうね、ジョー。」 「やらせておきましょうよ。今、向こうが絶対優位よ。この会話だって聞こうとすれば聞けるんだから。だのに、人気が感じられないってことは、向こうが自分たち自身の力に自信を持っているってこと。・・・・・動きがあるまでしっかり休息していて。�｢・・�｢あ、カイユン。カイユンは休息する前にタニアに昨日の夜の誤解を解いてきて。」 カイユンは元気よく返事をすると、すぐにタニアの家の方に走っていった。 マリオが、その背中を見送りながらジョーに向かって言った。 「おい、あいつが誤解を解けると思うか？俺は、下手をすると誤解が更に深まっちまうような気がするんだが。」 ジョーは、マリオとおなじようにカイユンの小さくなっていく姿を見守りながら答えた。 「・・・・でしょうね。」 「�｢�｢・・だとしたら、あいつはあいつの性格上当分ここを離れられなくなる状況に陥るってことも十分考えられるんじゃないのか？」 「そうなってくれりゃあいいんだけど。」 マリオは眉をそびやかした。 「あんた、何を考えてるんだ？」 「・・・・・そうなってくれたら安心よ。カイユンはシークレットにいるような奴じゃあない。それにはマリオも同意するわね？でも、リマン市内に戻ってしまったら、カイユンが安全にシークレットから抜け出せる可能性は万に一つもない。・・・・ここは、かなり胡散臭い場所だけど、少なくともカイユンにとってはリマン市内よりはずっと合っていると思う。あたしはここの住人とうまくやれそうにないけれど、あの子なら大丈夫よ。」 「・・・・・あいつを、アケルナルから降ろすのか・・・・？」 「・・・・・カイユンは、普通の子だもの。あたしたちと違って・・・・・」 マリオも、ロマノフも、ソーンダイクも、ゆっくりと頷いた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ ジョーは、日の射さない森の奥で、やわらかな下草の上に仰向けに寝転んでいた。大きな草の葉を顔に載せ、手足から完全に力を抜いている。あれから一度、ブライトの家に戻ったが、ブライトもシャイナも、シャイナの夫も極端に張りつめた表情をしており、集会があるとかで、出掛けてしまった。動きのあるのは間近と見たジョーは、体を休めにここにきたのだ。 がさっと音がして、ジョーから少し離れたところの茂みが揺れた。ジョーは、反射的にパラライザーを構えた。 が、茂みをかきわけて出てきたのはカイユンだった。彼は鼻先についた小さな木の葉を指で払い落としてにこにこと笑った。 ジョーは銃を降ろし、ホルスターに収めた。 「・・・・何かあったの？」 「よかった。僕、ずっと捜していたんです。キャプテンと話がしたかったんです。あの・・・・怒らないでくださいね。�｢�｢キャプテン。・・・�｢�｢�｢�｢アケルナルから降りませんか？」 |
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