２　エリアE不時着

　
　「だーっ！でーっ！どうしてこうなるんですかーっ！」

　超高速で大気圏中を飛ぶアケルナルの中でカイユンは悲鳴を上げた。
　ジョーは怒鳴った。

　「・・・・このごろ大気圏内を高速飛行してなかったから腕がなまっていないかの確認よ！」

　マリオはゆったりと椅子にもたれている。

　「カイユン、お前もこの業界で生きていくならいい加減にこの程度のスピードに慣れやがれ。・・・ったく。こうやって高速飛行するのもいいストレス解消になる。」

　ロマノフは笑ったが、彼にはジョーやマリオの気持ちが痛いほどわかった。ソーンダイクはといえば、カイユンの横のシートで硬直している。
　カイユンはわめき返した。

　「そんなこと言ったって、危ないじゃないですか！こんなの普通じゃありません！恒星間航行用の宇宙船で大気圏中を曲乗りするなんて。キャプテーン！キャプテン！やめてください！あーっっもー！アレックスさんに言い付けてやるう！」

　ジョーは、操縦桿を握ったまま、カイユンの方を向いた。

　「カイユン、誰に何を言い付けるって！？」

　カイユンに代わってソーンダイクが震え声で答えた。

　「カイユンは、この所、アレックスさんとキャプテンを絶対に結婚させるんだ　”と、言っていました。そこらへんと何か関係が・・・・・」

　これには、マリオが大いにカチンときた。

　「このボケ！いいか、カイユン。危ないって言うのはこういうことを言うんだ！」

　マリオは、ジョーから無理に操縦かんをひったくると、ただでさえ速いところに更に加速をかけた。ジョーは笑いながら席を譲った。
　宙返り、切りもみ、Ｕターン・・・そのうち、静観していたジョーが大声で叫んだ。

　「やめてマリオ！あんたの操縦技術じゃ本当に危ないわ！」

　彼女は、マリオを突き飛ばすようにして退かせると徐々に減速して一度空中静止させた。

　「・・・・・ったく・・・・・」

　彼女は冷汗を拭ってマリオを睨んだ。

　「随分と遠くまでやみくもに飛んでくれたわね。・・・・・ここは政府の定めたいわゆる侵入不可空域よ。」

　が、にやっと笑う。

　「何故進入不可空域なのか、興味があるけどね。・・・・あたしたち、観察対象だったら、ちょっとくらいのことでチーム解体処分にはならないわよね。ちょっと遊んでいこっか。」

　カイユンがはあ、とタメイキをつく。
　こういったお遊びは今日にはじまったことではないが、どうも彼にはついていけない。

　進入不可空域は、なんの変哲もない森林地域だった。レーダーにもなにもひっかからない。
　コスモ・アーミーから即時退去の命令が出るまでアケルナルは付近の探査をしてみたが異常は発見できなかった。

　本部のオペレーターが怒鳴り声を上げ、ジョーがはいはい、とにこやかに相槌をうったとき異変は起こった。

　まずは、通信が途切れた。

　そしてアケルナルのレーダーがブラックアウトする。

　「な、なんだよ！」

　オペレーター席のマリオが必死に復旧しようとするが、変化はない・・・・

　「ジョー、これは一体なんなんだ！」

　「わからない。とにかくここを離れてみる！」

　アケルナルは旋回し、進入不可空域から最短で抜けるコースをとった。

　と、ある地点の上空を横切ったときにいきなりぐらりと揺れが来た。
　マリオが即座に怒鳴った。

　「人の操縦技術のことを言う前にしっかり機体を支持しろ。」

　ジョーの顔はみるみる青ざめた。その顔色から、マリオも何か異常が起きたことを察した。

　「・・・・・各ブロックを至急チェック！何かがおかしいわ！完全に操縦がきかない！」

　しかし、何の異常も発見できなかった。そうこうするうちにも”何か”がアケルナルを下方にぐいぐい引いている。そして、メインエンジンの噴射もなぜかぱったりと止まってしまった。
　アケルナルは、補助エンジンだけで、森林のなかにぽっかりと開けた砂地へと、水平に近い角度で着陸した。後部でぐしゃっと音がした。
　衝撃を予測して身構えていた五人は、予想外の静かな着陸に戸惑いながらも、頭を起こしてスクリーンに映しだされた船外の様子を注視した。かなりの太さの大木が砂地のまわりをぐるりと取り囲んでいる。その先の森は深くどこまで続いているのかはっきりわからない。

　「とにかく外に出ましょう。後部が派手に壊れたようよ。」

　このジョーの一声で、マリオがいち早くエア・ロックを開けて砂地に飛び下りた。一歩踏みだすと一気にくるぶしまで砂に埋まった。二歩目では膝まで埋まった。

　「何だ？この砂は・・・・」

　彼がロマノフの降ろしたタラップにたどり着く頃には腰まで埋まっていた。ロマノフはマリオを助け起こすと、中に戻ってタラップを水平に可能な限りのばし、固い地面のところまで届かせた。そして、ジョーたちは、銃や爆薬で装備を整えてからソーンダイクを留守番に残し、四人でタラップを渡った。
　地面は固く、四人はやっと落ち着いた。
　すると、木々の間から大勢の人間がこちらの様子を窺っているのが気配からわかった。二人が（カイユンはもちろん構えなかった）銃を構えると、相手は一歩下がったようだったが、その中から嬉しげな大声が上がった。

　「あれがゼナの娘だ！」

　そのあとは歓声の渦だ。ジョーはもみくちゃにされ、抱き締められ、キスされ、抗う暇もあらばこそ（相手がごく普通の人々だったので、手荒なことをする気にはなれなかったのだ）、森のなかに連れていかれた。
　カイユンが、少し離れたところで、目を白黒させて立っていると、小さな女の子が彼の肩を叩いた。

　「ねえ、お兄ちゃんもここで生まれたの？」

　カイユンはぎょっとした。
　その女の子の体は、宙にふわふわと浮いていたのである。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　超能力者が存在するということは知っていたが、こんなところにいるとは知らなかった。第一、自分の母親がここに住んでいたなどとは初耳だ。
　あまりにも胡散臭い状況で、周囲の状況に目を光らせながら歩いていき、やがてジョーは、彼女の伯父と名乗る、ブライトという男の家に連込まれた。
　彼は中肉中背で、誠実そうな印象を与える男だった。声を聞いていると不思議となつかしい心地がした。家のなかには質素な木づくりの家具が置かれ、初夏の暑さを和らげるために大きく窓が開いており、木綿のカーテンが微風に翻っている。

　「そう。私達は、政府や軍隊からこの集落を守るために、上空を通過するものはすべてあの底無し砂に”力”で引き降ろしているんだ。もちろん、パイロットたちは、無事に帰しているよ。・・・・・ジョセフィーヌには悪いことをしてしまったね・・・・」

　ジョーは、半信半疑だった。

　「何故、あたしがあなたの姪ごさんとわかるの？あたしは赤ん坊の頃からリマン市で暮らしていたし、あなたたちのような能力・・・・いわゆる超能力は何も持っていないわ。」

　ブライトは優しく微笑んだ。

　「私はテレポーター（瞬間空間移動能力保持者）。お前がここを離れてからも時々は様子を観に行っていたんだ。もっとも、お前がルノーの家を飛び出すまでだが・・・・それに、直感でもわかる。・・・・・・・・お前の父親、ジャック　ルノーは、先程のお前と同様にここに不時着した。そして、私の妹・・・・お前の母さんのゼナと一緒になった。�｢�｢妹が死んだとき、リマン市に帰っていったルノーのところにお前を届けたのはわたし自身なのだよ。」

　ブライトの小さな孫が空中を浮遊して、彼の腕に飛び込んできた。

　「こらこら、びっくりさせないでおくれ。お客さまは私達の力を見るのが初めてなんだから。・・�｢�｢我々は、この惑星の初代開拓団の直系の子孫。超能力者は十代ほど前から突然あらわれた。もちろん、すべての者が超能力者という訳ではないし、生れ付き超能力を持って生まれる訳でもない。ゼナが”力”を得たのは、ちょうどお前くらいの年だったよ。�｢�｢黒い髪、黒い瞳、無口で優しい子だった。・・・・一族のなかでも珍しい”癒し手”でね。ルノーが来るまでは何の能力ももたなかったが、テレパシスト（精神感応者）が”精神的にぼろぼろだ”と診断したルノーの精神を、瞬く間に治してしまった。�｢�｢貴重な癒し手・・・・若いうちに死んでしまったがルノーに愛されて幸せな子だった。ゼナもルノーを愛していた。・・・・しかし、ルノーはここには居てはいけない男だった。ゼナもそれをよく理解していたようだ。彼はここを追われた。ゼナはルノーにお前を身篭もったことを告げずに居たが、お前を生んですぐ、死にぎわ、お前をルノーに託すように言い残して逝ったのだ。」

　ジョーは床板の一点を見つめていた。

　「飛行艇のことは、私が話してみよう。どうにかして引き上げられるかもしれない。一先ずゆっくりしていっておくれ。引き上げるにしても”すぐ”というわけにはいかないからね。少し壊れてもいたようだし。」

　ブライトは、ジョーを立たせると、隣の部屋へと連れていった。そこでは、ブライトの娘、ジョーの従姉のシャイナがにっこり笑って待っていた。

　「着替えたらおいで。皆に引き合わせよう。」

　ブライトは、部屋を出て扉を閉めた。
　シャイナは空色のワンピースを持っていた。

　「これ、ゼナ伯母さまのものだったのですって。ここの人たちは、今あなたが着ているような服はあまり好かないの。着てみてね。」

　ジョーは素直に服を脱ぎ、ワンピースを身につけた。　サイズはほぼ合った。シャイナはジョーを椅子に座らせ、大きなブラシで髪をとかしはじめた。

　「とてもよく似合っているわ。�｢�｢ねえ、ジョセフィーヌさん。私がどんなにうれしいかわかって？・・・・他の人たちはもう決して戻って来ないっていっていたけれどあなたはこうして帰ってきた。」

　そして、ジョーをキュッと抱いた。

　「皆大歓迎よ。あなたは私達の血を継いでいるのだもの。さあ、髪もこれでいいわ。靴はこのサンダルを履いて。」

　用意されたサンダルは樹脂製で、足によく馴染んだ。
　出ていくとブライトは目を細めた。

　「まるで、妹が生き返ったようだ。・・・・さあ、行こうか。」

　ジョーは首を振った。

　「その前に、一緒にきた仲間と話をしたいのですけれど。」

　ブライトはそのまま玄関へと進んだ。

　「彼らはまだ砂地に居るはずだよ。気になるのなら行ってきなさい。あとで迎えにいくよ。」

　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　アケルナルは、不思議な砂に半分近く埋もれていた。着陸したときよりも沈んでいたが、今は動きは止まっている。マリオは近くの木の幹にもたれ、監視するように立っている幾人かの男たちを睨みつけていた。カイユンは、底無し砂の傍で、何やら機械を操作していた。ソーンダイクが一緒に座っていた。
　ジョーが来たのにいち早く気づいたのはマリオだった。

　「よお。帰ってきたか。何だ？そのぞろっとした格好は？」

　「郷に入れば郷に従えってこと。彼らを必要以上に警戒させたくないし。」

　カイユンはジョーの声にふりかえったがぽけっとした顔をしていた。

　「どうしたの？」

　カイユンは返事をせずにぱたぱたと両手を上下に動かした。マリオは笑った。

　「何だ？発情期か？」

　カイユンは”そんなんじゃありませんよ！”と叫び、ジョーはぼこっとマリオを殴った。

　「マリオ、そんなことより状況は？」

　「いてっ！・・・・・良くはねえぜ。機体の凹みは、時間さえかければどうにかなるし、エンジンその他も大丈夫だ。だが・・・・・砂が・・・・・」

　「砂？」

　ジョーは、カイユンの傍に腰を降ろし、砂を手のひらですくい上げた。カイユンが説明した。

　「触ってもわかりませんよ�｢�｢・・・・どんなに分析してもただの砂なんです。でも、ここにはまると動けなくなってしまいます。まるで魔法がかかっているみたいです。ここの人たち、超能力者ってことですけれど、それと関係があるのかもしれませんね。」

　ソーンダイクがポケットコンピュータから目を上げた。

　「計算上、アケルナルが最高出力を出したとしても脱出は不可能。」

　ジョーは腕組みした。ワンピースの裾が、夕方の風で揺れた。

　「・・・・この砂については、ここの人間の力を借りなければお手上げってことね。�｢�｢一先ず集落の方に行きましょう�｢�｢・・ここが政府の言うところの不可侵エリアE、エスパー集落ってことは確実ね。ただの噂で実在するとは思っていなかったけれど・・・・・まして、あたしがここの出身だなんてルノーも言っていなかった。�｢�｢ここ、なんかおかしいわ。家の建て方からしてどこかに太陽光利用システムがあるのは間違いないし、あたしが履いてるサンダルも、特殊な合成樹脂だわ。・・・・・山のなかで隠れ住んではいるもののかなりの技術力を持っている。�｢�｢ここの住人、何を考えているんだろ。」

　マリオも傍に寄ってきた。固まって話し合う四人を、監視者が見守っている。

　「本当のところ、あんたの身内なのか？」

　ジョーは、シャイナが美しくといてくれた髪をぐしゃっとかき回した。

　「・・・・らしいのよね。雰囲気的に嘘はついていないと思う。・・・・でも、あたしの伯父って人も隠し事をしているのは確かよ。」

　カイユンは首を傾げた。

　「親類なら隠し事なんてしないでしょう？」

　ジョーは疲れたように笑った。しかし、こういうカイユンの子供っぽさが彼女は好きであったし、一同にとっての救いでもあった。

　「�｢・・�｢しばらくはおとなしくしていて、様子を見ましょう。」

　そして、一人残って機体修理をしていたロマノフを呼んだ。

　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　アケルナルの五人は、大きな集会所のようなところで、集落の住人に引き合わされた。堅苦しさはなく、”村をあげて久しぶりの客を歓待する”そんなふうだ。
　音楽、踊り、見ているかぎり、超能力者ということは全くわからない。子供達も無邪気そのもので、ジョーたちに人なつこく話し掛けてきた。特に、カイユンは自分たちの同類だとでも思ったのか、突いたり、肩によじ登ったりしてたいへんな騒ぎだった。カイユンもその気になって相手をしてやっていたので、しまいには調子に乗りすぎて、椅子ごと後ろに倒れた。　一人の若い娘が走ってきて、子供達を叱った。

　「駄目じゃないの！お客さまに向かって！」

　カイユンは座り直した。

　「いいんです。僕だって一緒に遊んでいたんですもの。」

　「�｢�｢でも�｢�｢」

　彼女は申し訳なさそうな顔をした。日によく焼けたその顔は、かなり神経質そうだったが美しかった。
　子供の一人が言った。

　「ねえ、タニアお姉ちゃん。この人ね、海に住んでいるイルカって動物ととお話ができるんだって。」

　娘は驚愕した。

　「・・・・・・あ、あなたももしかして・・・・・？」

　カイユンは首を傾げた。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ブライトはジョーの肩を叩いた。

　「少しはリラックスしなさい。ここはお前の故郷なんだよ。飛行艇のことは少しの間忘れて・・・・・」

　ジョーは、堅い表情を崩さずに、陽気に踊っている人々を見ていた。すべての者が超能力者という訳ではないとブライトは言った。しかし、十中八九は超能力者なのだろう。テレポーター、テレパシスト、透視者・・・・・今、この瞬間にも彼女の心は誰かに読まれているかもしれない。そう思うと背筋が寒くなった。

　ジョーは、ブライトの真意が知りたかった。

　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　夜、ジョーは、普段から着ていた黒いジャンプスーツに着替えると、明かりが消えて静まり返っている家々の間を一回りした。ブライトに外出の自由を与えられているため隠れ歩く必要もなかったし、もしも尾行したければつけさせておくまでだ。超能力者をまく自信などない。
　あまり目的もなしにアケルナルの前に出て足を組んで座った。アケルナルは更に砂に沈み、こうこうとした月明かりのなかで寂しそうに見えた。
　じっと考え込んでいると、人の気配がした。
　ロマノフとソーンダイクだった。

　「ジョーも来ていたのか。」

　「ええ。あなたたちが泊まっている家はどんな調子？ロマノフ。」

　「ああ、非常によくしてくれるよ。夜の散歩もお構いなしだ。・・・・・・しかし、確かに妙な集落だ。」

　「そうね。いつも見られている気がするのよ。�｢�｢他の二人は？」

　ソーンダイクはサングラスを人差し指で押し上げてかけ直した。

　「マリオは、生理的欲求を満たしたいといって消えました。」

　「・・・・・・あの女たらし・・・・・・・・」

　その声に答えにきたかのようにマリオが現われた。

　「いくら何でも、何を考えているかわからん連中の女と寝るかよ！ぐるっと見たところ売春宿もねえことだし。生理的欲求というのは今日の場合は好奇心のことだぜ。・・・・・・さっき、コスモ・アーミーの戦闘機のタイヤあとを見付けた。どこかに格納庫があるらしい。いったいどうなってんだ。ここは。�｢�｢あ、さっきの話だが、そっちの方の欲求もたまりにたまっているぜ。ジョー、あんたが相手をしてくれんなら・・・」

　ジョーは平手打ちし、ロマノフは頭を殴り、ソーンダイクは足を踏んづけた。

　「・・・・・ほんの冗談だろうが！うー、カイユンの奴はどうした。平和に眠ってるのか？」

　ロマノフが静かに言った。

　「あの子は私に断って出かけていったよ。・・・・森に鳥の観察をしに・・・・」

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