１　輸送船

　　
　「よし！爆破しなさい！」

　かなり大きな隕石が粉々に砕け散った。爆破光が黒い宇宙に一瞬閃き目に焼き付く。
　ジョーは、中型宇宙船”アケルナル”から出て船外活動をしていた。彼女の指示どおりにチームのクルーのカイユン青年が爆破を完了すると、念のために付けていた支持ストラップを体から外し、傍に漂ってきたカイユンに宇宙服付属の無線機を使っていった。

　「やっぱりイマイチね。爆発物の位置に問題ありとみたわ。マリオに再教育してもらわなくっちゃ・・・・」

　カイユンは、宇宙服の上から頭を掻いた。

　「カイユンには思い切りが足りないわ。このままじゃ危険だからいってんのよ・・・・そうしょげんじゃないわ。一応仕事は終了できたんだし。」

　ジョーは息をついた。これほどシークレットとしてのセンスのない子も珍しい。仕方ない。カイユンはカイユンなのだ。

　初めてジョーたちがシークレットチームを編成してから（というよりは、コスモ・アーミーの手によって編成させられてから）二年の月日が流れた。活動は安定し、主に今日のような宙航路保安作業で日々が過ぎていった。惑星リマンの社会の外れ者”Ｄ級”の人間ばかりを集めたシークレットチームにしては平穏な日々だ。

　「さっ、カイユン、中に入るわよ。」

　二人は並んで、エア・ロックへと移動した。

　「動きが鈍いようだけど・・・・宇宙服のサイズ、また合わなくなった？」

　「ええ・・・・・もう一回り大きい方がいいのかなあ・・・・」

　エア・ロックに入り、扉を閉め、空気を満たし、小さなハッチをくぐってアケルナルの内部へと入る。
　そこで・・・・そこで、カイユンは、ハッチにしたたか頭をぶつけ、後方へ引っ繰り返った。

　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「・・・・痛かったー・・・・」

　「・・・・ったく、ドジ！」

　ジョーは、コツンとカイユンの頭を叩くと、美しい栗色の長い髪を掻き揚げた。気丈な美しい顔には心配の色が浮かんでいる。カイユンの朦朧とした目には、コクピットから駆け付けてきたらしい他の三人の仲間の顔が飛び込んできた。爆破屋の青年のマリオ　リベラ、コンピュータの天才ケイン　ソーンダイク、元コスモ・アーミー諜報部員でチームの精神的拠り所であるユーリ　ロマノフ。

　「まあ、そう怒るなよ、ジョー。」

　マリオがなだめた。

　「カイユンの奴、この二ヵ月間に何センチ身長が伸びたと思う？二十センチ以上だぜ。自分の体の大きさがつかめないんだ。」

　マリオがうそぶくと、ソーンダイクも頷いた。キム　カイユンは人間と亜人間との混血で、二十才の今、人間の第二次性徴期にあたるところの”第三次性徴期”を迎えていた。

　「有難う、マリオさん。・・・・もうそろそろ背ののびは止まると思うんだ。体があまり痛まないから。」

　そういって立ち上がったカイユンの身長は、ジョーの身長をはるかにこえていた。つい二ヵ月前までの百五十六センチの少年の姿は想像することも難しい。肩幅は広くなり、急激な生長のため、筋肉の方は発達途中でやややせ気味だ。顔つきも変わった。素直な黒髪の具合は前と同じだが顔自体は彫りが深くなり眉も太くなった。

　もっとも性格は進歩なし。三百六十度全開の人のよさ。

　「一応Ｃ・Ｔ（医療用超音波断面走査）取るわよ。生れ付き、頭の骨がいくら固いといっても後頭部打ったんだからね。」

　”大丈夫なんだけどな・・・”と言うカイユンを立たせてメディカルルームに移ろうとしたとき、宇宙船の接近を知らせる警報音が響いた。急いでコクピットに戻ると、スクリーンには中型の輸送船が映しだされていた。そのこと自体は不思議ではない。ここは民間航路上なのだ。しかし、飛行状態がおかしかった。ロマノフが応答を求めても返答がない。キャプテンであるジョーは指示を出した。

　「通信を続行！ソーンダイク、コスモ・アーミーに照会して！」

　彼女はアケルナルを操って問題の船のエア・ロックに接艦できるような位置をキープした。

　「攻撃された様子はないな・・・」

　マリオがつぶやいた。なるほど、彼の言うとおり船体は綺麗なものだった。しかし、船体番号はかすれていてほとんど見えない。
　ソーンダイクは、ジョーの方に首をめぐらせた。

　「キャプテン。照会の結果、コスモ・アーミーより指示。”即刻完全爆破”」

　「理由は？」

　「問い合せても、返答はありません。」

　ジョーは、眉間にしわを寄せた。そして、しばらくしてから言った。

　「今の指示は無視するわ。・・向こうの船に生存者がいるかどうか確かめに行く。・・・・マリオ、一緒にきて。」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　二人は宇宙服を着用し、相手の船のエア・ロックに接艦チューブを渡して船内に入った。中は銃撃の形跡もなく恐ろしいほど静かだった。

　「乗組員が心臓マヒでも起こしたんじゃないか？」

　マリオがそう呟いたとたん、コクピットに通じると思われる扉から火が吹き出した。ジョーは、マリオの手首をつかんで飛び退くと、消火弾を投げた。ついで、接艦チューブを外し、入ってきたエア・ロックを全開した。酸素を食い尽くし、火は瞬時に消えた。

　「コクピット行くわよ！」

　マリオは逆らった。

　「あのなあ、この火災じゃ、誰か人間が居たとしても・・・・・」

　ジョーは、キッとなった。

　「宇宙服を付けていたら、万に一つは生存の可能性があるわ！」

　先にずんずん歩いていくジョーを、マリオは追った。　コクピットの扉は開いていた。マリオは、扉の横の一部溶解した配電盤を見て、火元は電気系統だと断定した。ジョーは、床に倒れている二人の男を抱き起こしたが、すぐにまた横たえた。

　「二人とも死んでる・・・・・・熱にやられたようね・・・・・」

　「・・・・こんなちゃちな宇宙服でなかったらまだ息があっただろうにな。」

　ジョーは、死んだ男の着ていた服を見定めた。

　「違う。これは宇宙服じゃあないわ。・・これは防菌服よ。・・何故、防菌服なんか・・・・」

　二人は顔を見合わせた。

　「・・・・もしかして、この船の積み荷は・・・」

　「・・・・細菌兵器か何かかよ!?」

　ジョーはごくりと唾を飲んだ。そうだとすれば、コスモ・アーミーが即刻爆破しろといった理由もわかるというものだ。生物兵器はもちろん宇宙連邦で全面禁止されている。

　「・・・・奥へ進むわ。」

　「奥ってどこだ？」

　「もちろん貨物室よ。」

　ジョーの肩を、マリオはぐいと引き止めた。

　「宇宙服を着ている限り、大きな心配はないが、もしもってことがある。やめとけ。」

　「何いってるのよ。コスモ・アーミーが何を企んでいるのか・・・・放ってはおけない。」

　ジョーはマリオを左手でひょいと払い除けた。彼女の左手は義手で常人の五十倍の力が出せる。壁に叩き付けられたマリオは即座に起き上がると叫んだ。

　「わーった！あんたが汚染されるなら、俺も付き合いで汚染されてやるぜ！」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　貨物室には整然と固定された箱が並べられていた。内容物の詳しい記載は表面にはなく、ただ、同じマークのステッカーが貼り付けられていた。

　「・・どうも・・・・兵器ではなさそうね・・・」

　ジョーは箱を電磁カッターで切り裂き、入っていた小さなアンプルやビンを五・六個抜き出してベルトの小物入れに入れた。

　「・・・・・・もう出て、指示にしたがってやろうぜ。コスモ・アーミーが爆破しろといったくらいだ。細菌兵器だとしても、真空中で生きられる代物じゃないだろう。」

　ジョーは頷くと、ロマノフに向かって、再び接艦チューブをつなぐように無線で呼び掛けた。

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　慎重に慎重を重ねてチェックをしたあと、二人がコクピットに戻ってくると、カイユンが目を三角にして待っていた。

　「どうして危ないことをするんですか！」

　ロマノフやソーンダイクも上機嫌という訳ではなかった。マリオは吐き捨てた。

　「こうやって生きて帰ってきたからいいだろうが！がたがたぬかすな青少年。まずは仕事をおえようぜ。パパ・ロマノフ、頼む。」

　ビーム砲の一撃で船は粉々に砕けた。
　コスモ・アーミー本部へ連絡後、ジョーは取ってきたアンプルなどを他の三人に示した。ロマノフは肩をすくめ、ソーンダイクは首を傾げた。しかし、カイユンは、ジョーから、彼女が見たというステッカーのデザインを真剣な表情で聞いていた。

　「・・・・・待ってくださいね。・・・・そのステッカー、どこかで見たことがあるんです。・・・僕の故郷のマーリナ２でも、リマン星の研究室でも・・・・・・そう、確か、生物工学関連の特殊な薬品やプラスミドに付けられる印です。」

　ジョーの頭に、彼女たちの監視役である（そして、ジョーを愛している）アレックス中尉が以前言った言葉が蘇ってきた。
　この、惑星リマンでは政府が遺伝子操作による優秀な人類の育成に力を入れているという。中尉自身、実験的に創られ、観察され続けている兵士用クローンの一人である。ジョーのチームも研究対象である。カイユンは、人間と亜人間とのハイブリッド。マリオは、建築技師となるべく、高名な物理学者の配偶子を受け継いだ試験管ベビー。ソーンダイクは遺伝的特性はないが、出生時から、コンピュータのみによる教育を受けてきた。ジョーやロマノフは、仕事の腕自体に興味をもたれているらしい。もしも、そんな興味を政府が抱かなければ、この五人は社会不適応者として、収容所や、強制労働キャンプへ送られているところだったのだ。
　政府のやり方は徹底したもので、現在、官立研究所の助手職以上では実に四十七％が、遺伝子の人為的かけあわせによる試験管ベビーだという。

　”これ以上、政府は何をしようというのかしら。もっともっとひどいこと？”

　ジョーはシートに寄り掛かり目を閉じた。
　いやな感じが頭のなかでぐるぐる回っている。彼女が頭を無意識に押さえると、カイユンがシートの後にたった。

　「疲れたのなら、いっそ横になっていたほうが。あとは地上に降りるだけですから。

　「平気よ。」

　「でも・・・・・」

　そうしてジョーの手首を取ったカイユンの手の力が以外に強かったので、ジョーはやや乱暴に振りほどいた。

　「あたしは丈夫にできているの！心配無用！それよりも、具体的にどんな薬品なのか調べてみて！」

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　翌日、ジョーはコスモ・アーミーリマン本部から呼び出された。場所は科学庁。エレベータに乗って最上階で降りると、私服のアレックスが立って展望窓から外を見ていた。彼は、ジョーに気づくとにっこり笑った。パールイエローの髪に青い目、その瞳は優しかった。

　「中尉。何故ここに？」

　「君と同じじゃないだろうか？早く着いたので景色を眺めていたんだが。・・・・・僕は、上層部に、兵士用クローンの見本として、宇宙連邦の要人に会いに行けと命令された。」

　「ええ。・・・・私も同じようなものだわ。」

　アレックスの前では不思議と伏し目がちになってしまう。そんな自分をジョーは怪しんだ。
　二人は、指定された部屋へと歩き、扉の横のボタンを押した。戸が内部からすうっと開き、”入りなさい”と、落ち着いた声がした。部屋には大きな事務机があり、その机の向こう側に、壁のほぼ半分を占める大きな窓から町の様子を見やっている、初老の男が立っていた。

　「二人とも、ここへ来て椅子にかけてくれますか？」

　男は旅行用ジャケットを羽織り、ちょっと見ただけでは、町を行く庶民と変わらない。

　「君がアレックス君で、そちらがジョセフィーヌさんですね？・・・・さて、アレックス君は軍人として最高の遺伝子を持っていると聞いていますが？同じクローンのなかでも君の戦闘能力がずば抜けているのだそうですね。・・初対面で失礼とは思うが、上着を脱いでみてはくれませんか。」

　「はい・・・・あなたのいうことには従えという命令ですから。」

　アレックスは怪訝な顔をしながらも言われるままに上半身裸になった。筋肉質の体のちょうど心臓のうえの位置に小さな金属板が埋め込まれていた。これが、実験体であるアレックスの生理状態を記録するメモリなのだ。

　「・・・・見事な体だ。・・・・その計器が、全体の調和を破壊しているのが残念です。」

　「四肢は人工物です。」

　アレックスの言葉に、男は”わかっている”というように頷いた。そして、ジョーに目を移し、アレックスに服を着けるように言った。

　「アレックス君とは、いずれまた話をするとして、あなたの方の話を先に片付けましょう。あなたの上司のセフト大尉という男は妙な人ですね。こんなに美しいお嬢さんなのに”噛み着くかも知れませんからご注意を”と言っていましたよ。」

　ジョーは、事務机に両手を”バン”と叩きつけた。義手である左手の下には見事にひびが入った。

　「それでご用件は？」

　男は動じなかった。

　「ああ、これはおしゃべりが過ぎたようですね。・・申し遅れたが、私の名はビルダー。宇宙連邦所属、種族学博士です。リマンには視察のためにきました。・・・・・実は、あなたが昨日出会った輸送船は、リマン政府のものではなく連邦のものです。船内カメラにあなたとあなたのお仲間が映っていたので気になりましてね。・・・・乗組員は可哀相なことをしました。おそらく整備不良でしょう。・・・・・さて、このリマン星は宇宙連邦の”人類遺伝子研究指定星”になっていてね。星をあげて連邦に協力していただいているそうです。」

　「・・・遺伝子バンクやクローン技術ね・・・」

　「・・・・それだけではありませんよ・・・」

　ビルダーは微笑んだ。

　「リマン政府は、人間を特性によって振り分けて一定のコロニーにまとめているのです。」

　コロニーとは階級制社会リマンにおいて、なんらかの社会不適応を起こしたものを”Ｄ”級とし、都市から追い、農業、鉱業等の仕事に従事させている一つ一つの集団である。犯罪者という訳ではない。・・・・今のビルダーの言葉が真実とすると、政府は住民を実験動物としていることになる。

　「宇宙連邦は人類の未来へのビジョンを模索しているのです。例えば農産コロニーを例に取ってみましょうか。コロニーの人々は脱落者ではありません。過去のデータによると、一般の市民より、特に芸術においてすぐれた資質を持っているそうです。しかし、市内では芽が出なかった。政府はコロニーという環境を提供しました。その結果、政府の調査では大脳活性は上昇し、芸術活動によい結果が得られているそうです。・・・・犯罪者コロニーですら、それなりの研究対象としての役割を持っています。・・・・・連邦の一部の研究者の中には”新人類はコロニアンから出現する”と主張しているものもあるのですよ。・・・・政府はコロニー内で、コロニアンが安定した生活ができるように手配し、その代わりといっては何だが研究対象にしている。遺伝子プールの一方法として、コロニー方式を採用している星も連邦内にはいくつかありますよ。
　あの輸送船は、今度この星での研究を拡大するために薬剤輸送をしていたのです。少し危険なものもあったので爆破指令がくだったようです。おわかりいただけましたかな？・・口外無用。そんなことをすれば、市外コロニーの人々は、自分たちが実験動物だと知って生きる張りをなくすかもしれない。市内の人々も同じこと。まあ、恐慌状態が起ることは必至でしょうね。そういうときにはちょっとしたきっかけで、争いが起り、大量の血さえ流れるかもしれない。
　さあ？ジョセフィーヌさん。口外しませんよね？」

　ビルダーはにっこりと笑った。
　ジョーは戸惑った。今、ビルダーが言ったことは、別に話そうとしなければ話さずに済むようなことだった。それを何故・・・・
　ビルダーは、すべてを見通したように言った。

　「ジョセフィーヌさん。私は種族学博士ですよ。これも仕事のうちなのです。・・・・そして私の仕事を正確に理解している人はとても少ないのです。あなたは何故私がこんなことを話したのか合点がいかないだろうが、それは疑問のまま取っておきなさい。　ジョセフィーヌさん。帰って結構ですよ。」

　ジョーは静かに出ていった。
　彼女が出ていくと、ビルダーは、アレックスに向き直った。

　「激しい気性の持ち主らしいが、なかなか可愛い娘さんです。・・・・・お似合いですよ。」

　アレックスは一瞬何を言われたのかわからなかったが、意味を把握すると、その端正な顔を幽かに紅潮させた。

　　ビルダーは気まずそうな顔になる。

　「そうではないのかな？」

　アレックスは口を開いた。不思議にも、この男の前では素直になっていいような気がした。

　「彼女はそう思ってはいないでしょう。僕は人殺しですので。」

　ビルダーはまた微笑んでいた。

　「アレックス君、十五分したらまたおいで。」

　ビルダーはそういってまた、町並みを眺めるために背を向けた。

　アレックスが廊下に出ると、ジョーは俯いていた。

　「なんてことかしら。リマンだけがこんなことをやっていると思っていたのに、後ろに連邦が居た・・・・・・人間を、たくさんの人たちを実験動物にするなんて。・・・・あたしたちだけではない何万人もの人間を。」

　アレックスは近寄って言った。

　「・・・・・気持ちはわかる・・・・・しかし、連邦が出てきていては仕方がない。・・・・気をしっかりもて。どんな社会でも君は生きていかなくてはならない。」

　ジョーは顔を上げた。アレックスがすぐ傍に居た。
　自分の弱さをさらけ出すようなことを言いたくなる衝動を彼女は必死で抑えた。

　「そうね。何もできないものね・・・・」

　アレックスは、エレベーターで降りていくジョーを見送った。
　彼は、彼女のためになることならば、どんなことでもしてやりたかったが、今のところ、できそうなことはなかった。

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１ 輸送船

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