トップへ | 7 星屑の旅人 |
黒いトレーラーの中はコンテナとなっており、窓もなく、完全に閉鎖されていた。途中、大きな揺れが来て、コンテナごと積み替えられたのがわかった。その後、耳に感じた圧力変化からするとおそらくは飛行艇でさらに移送されていったのだろう。シルは、“行き場所を言ってくれれば俺が瞬間移動するのにな”、とランの耳に囁いて、二人は少し笑った。 コンテナの中は快適であった。寝台があり、しっかりとした扉で区切られたトイレがあり、エアコンも理想的に効いていた。ランを襲った人間は賓客待遇で彼を迎えようとしているらしい。 二人はロコを挟んで手を握ったまま一度眠った。そしてロコがランの脇腹をつついて起こしたとき、トレーラーは止まっていた。 「ちょっとでも何かしようとしたら、思いっきり暴れるぞッ！」 やってきた男たち・・・・・この男たちもまた完全武装していた・・・・は、脅迫とはいえぬようなランの言葉に大人しく従った。ランの少し後ろをロコとシルが歩く。窓のない真っ白なパネルが続く長い通路。照明は青みがかり、寒々しい。 男たちは静かに銃を構え、二人を取り囲み、一つの部屋に導いた。部屋。そう。牢ではない。簡素ではあるが、標準的な宇宙船の船室よりは遥かに暮らし易そうな部屋に寝台が二つ。・・・・・・ひとまず、シルもここへの滞在を許可されたようだ。男たちは二人と一匹の所持品を取り上げ、部屋に入るよう告げた。重い扉がスライドして閉じ、外部からの物音は一切聞こえなくなった。 「どういうことだろうね。」 男たちが去って行ったあと、各々のベッドに座り、シルとランは顔を見合わせた。 「どう・・・・って。それがわかりゃあ苦労はしない。・・・・・ひとまずは強烈な敵意を見せずに置いて、こっちを油断させるつもりだろ。・・・・・ここにいる誰かがランを10年前に襲った奴と同じってことはほぼ確かだと思うぞ。誤魔化されちゃいけない。・・・・・それより少し休みなよ。ランは環境が変わるとすぐに熱が出るからな。いざってときにフルに動けないと辛いかもしれないぞ。」 ランは頷き、ベッドの枕元にあったパジャマを広げた。ランの体に合わせた大きさで肌触りの良い生地素材が使われている。 その間にシルは部屋をじっと眺めていた。目立たないようにしてあるがカメラは回っている。しかし一つだけだ。多少動くようだが出入り口付近に限られている。盗聴器がないか、必死に調べてみたが、見つからなかった。 そんなことをする必要もないと思われたのかもしれない。 二人は武器を持っていないし、持っていたところで、外にいる敵のほうが圧倒的に有利だ。二人の切り札であるシルのテレポート能力がなければ、何もできないことは明白である。そして、テレポートは逃げるための手段であり、戦うための手段ではない。 「もしかして、長期戦になるかな。」 シルは小声で言い、ベッドの下にいるロコの頭をちょんと人差し指で触った。 「ロコ、済まないけど、この間渡したアレ、一粒くれ。・・・・・この状況だとまだ俺には必要かもしれない。」 ロコは怪訝な顔をし、しかし一度甲羅に頭をひっこめるとぬっと首を伸ばした。甲羅の縁にひっかけてあったらしいハンカチ包みが現れる。シルはカメラの死角に入っていることを確認して包みから錠剤を一つ出し、口に入れた。 「・・・・・・やっぱりそれ、気になるんだけど。」 一度掴んだパジャマを戻し、ランはシルを見た。シルはくすっと笑った。見つからなかったが盗聴器がある危険性を考えてシルはランの耳元で囁いた。 「本当のことを言っとくか。・・・・・・・この薬はさ。俺が俺の能力を維持するために必要なものなんだよ。」 ランの瞳が少し大きくなる。 「正確に言えば必要かもしれないってことなんだけどな。・・・・・・俺が逃げてきたところには俺より力は弱かったけど俺と同じ力を持つ奴が何人か居た。・・・・・俺とは違って力を外科的手術で植えつけられた奴らだったんだけどさ・・・・・・そいつら、はかったように思春期を過ぎると能力が無くなるか酷く減退するかだったんだと。・・・・・この薬は体のつくりを子供のままにしておく薬だ。背は伸びる。知能の発達も妨げない。だけれども子供のままだ。・・・・・そういう薬は市販もされてる。大人になりたくない奴。大人にならない奴をはべらせておきたい奴。けっこういるからな。そして少しだけれどこの薬は老化も遅らせる。・・・・・だから少し怪しい薬屋には必ず置いてある。」 筋肉の付いていない細い手足。男とも女ともつかない甲高い嗄れ声。・・・・確かにシルの姿は子供に近いかもしれない。 「・・・・・どうして・・・・・シルは薬を飲むのをやめるの？」 「・・・・・・ランにはわからないかもな。・・・・・この力は便利だ。俺自身も、そしてランのことも何度もこの力で救った。・・・・でも、俺はよく思うんだ。放って置けば無くなる力っていうのは、きっと人間がまだ手に入れちゃいけない力ってことなんじゃないか・・・・ってさ。・・・・・・この力のせいで俺は追われている。この力のせいで死んでいった奴を何人も知っている。・・・・・・俺はお前のところに厄介になってからしばらく考えて・・・ありのままに任せようと決心した。大丈夫さ。今回のヤマが終わるまではこうしてちゃんと薬飲んで力を維持するからな。」 シルはにやっと笑ったが少し哀しそうだった。 「薬を飲むのは、本当にそれだけのためなの？」 そう訊かれてシルはぴくっと震えたようだった。 「それだけじゃ・・・・・ないんだろ？」 シルは少し躊躇したが、がしがしとランの髪をかきまわした。 「ああ。研究所の奴ら、俺達が薬を飲まずにはいられない状況をつくりやがったんだよ。・・・・・こいつを飲んでいないと、皮膚が崩れていくような因子を俺達の体の中に入れやがった。・・・・どうなるかって実例を見せられたんだけどさ。・・・・皮がだぶだぶにたるんでぶつぶつができて・・・・・命には関わらないんだけどさ。・・・・うーん。ちょっと見栄えが悪くなりすぎるかな。」 「・・・・・・それでもシルは薬を飲むのをやめるのかい？」 「・・・・・・ああ。多分後悔するけどな。」 「変だよ。その考え。ずっと飲み続ければいいじゃないか。」 「変だよな。」 「ああ。」 「わかっちゃいるんだけどさ。」 「そうだぞ。便利なものはとことん使い倒すのが筋だぞ〜。考え直しなさいｖ」 「うるせえなあ、おっさんは黙って・・・」 二人はあたりをきょろきょろと見回す。 「チェイス！」 「おっさんどこだ！」 「ふふふｖ見つけてごらんなさ〜いｖ」 可愛い少女の声がして二人は脱力した。 「・・・・・・・しまいにゃ怒るぞ！どこにいるんだ！」 「くすん。緊張感を和らげようと必死にがんばっているのに。」 と、にゅっと壁から手が出て、ここ、ここ、というように壁全体を指した。二人はだっと走って壁に寄りかかる。 「はい、正解。この壁全体がチェイスさんでした〜ｖ盗聴器のことなら心配無用。一つあるのだが、ダミーの音声吹き込んでいるからな〜。」 壁から二本の触手が伸び、その先は「口」になっており、ベッドサイドのテーブルに向かってランとシルの声でなにやら喋っている。・・・・・グロい・・・グロすぎる・・・・ 「チェイス！な、なんでここにいるんだよ！」 『壁』はどこでしゃべっているのか、とにかく音声を出した。 「それはこっちが訊きたいぞ。俺はここに少し前から潜入していたんだが、お前達があとから連れ込まれたと察知し、可及的且つ速やかにここまでやってきたのだ。・・・・・・ったく。おとなしく待っていろとあれほど言ったのに。おとーさんはランをそんな子に育てた覚えはないぞ。ん、どうした、シル。変な顔をして。」 「おっさん・・・・・なまあったかい壁ってちょっと気色悪いぞ・・・ずっとここで壁になってたのか？」 『壁』は笑っているように細かく震えた。 「空調のために５ミリほどの隙間があって。うす〜くなってここに這いこんできたら感知されなかったようだ。ま、とにかく二人ともここから逃げたまえ。あとのことはチェイスさんに任せなさい！」 『壁』からにゅっと突き出た手がぐっと拳を握って親指を立てた。 ランがゴン、と壁に額を打ち付けた。 「何だよ！それ！チェイスが一緒じゃなけりゃ帰らないぞ！・・・・・一体ここで何をしようっていうのさ！ここは一体何をやっているところなんだよッ！」 壁は薄い膜になってぱさっとランたちに被さり、そしてずるりと位置を変えると灰色の塊になり、馴染み深い姿になった。 「チェイス！カメラが！」 「慌てるな。大丈夫だから。監視していた奴、今はおねんねの真っ最中だ。」 扉が音をたてて開いた。そこにはランの目の前に居るチェイスと全く同じ姿の男が居た。“やあ！”とチェイスが片手をあげると相手も鏡写しのように手を上げて“やあ！”と挨拶する。ランたちが言葉を失っているとチェイスは笑った。 「ちょっとばかり二分裂して、片割れには外を引っ掻き回して貰った。驚くなよ。どっちも俺なんだ。少し離れても俺には何が起こっていたかわかる。ご苦労ご苦労。う〜ん。質量が小さいとなんだか落ち着かなくていかんな。」 「そうだな。まとまるか？相棒。」 二人のチェイスは互いが互いを飲み込むように融合して一人になった。シルが通路を覗くと３人ばかり倒れているのが見えた。 「さあ。逃げるんだ。・・・・・・・・・俺はやることをやらなくちゃいかん。もう少し待とうかと思っていたが・・・・・・ランを少しでも危険な目に遭わせるわけにはいかないからな。・・・・・」 ランはチェイスの腕をぎゅっと握る。 「理由をいってくれなけりゃ逃げたりしない！チェイスが僕の・・・・・僕の親なら、子供を勝手に置いていったりしちゃいけないんだよ！」 チェイスはランの言葉には答えず、ロコをリュックに入れて背負ったシルの肩に手を置いた。 「座標でテレポートできるか？」 「できるけど。・・・・・何故？」 「そこに答えがある。」 チェイスに告げられた座標は５０メートルも隔たっていない場所で、シルはたいした疲労もなしに一同と共にテレポートした。 ・・・・・・・その場所に並べられた数十個のカプセルの中を見てランは俯いて口を押さえた。シルはしっかりと立っていたが青ざめている。 カプセルの中には人体の一部が浮かんでいた。 肝臓・・・・・肺・・・・・・腸・・・・・・・ 太い肉色のチューブのようなものに接続された何本もの腕。隣のカプセルには胴体。そしてその隣には頭部。 頭はうつろな目を開け、しかし、その死人のような目ははっきりと瞬きした！ 「こいつ・・・・・こいつは！」 シルの叫ぶような声にランも顔を上げた。嫌悪を抑えながらその培養されている頭を見ると、確かに見覚えがあった。 「ラッセル・・・・・レナード ラッセル社長？」 ランの母のジュリアンと結婚した男レナード ラッセル。ニュース映像で見たのと同じ若々しい整った顔が培養槽に浮かんでいる。 「わかっただろう・・・・・・ラン。お前はここに居てはいけない。ここは普通の人間が居ていい場所ではない。シル、早くテレポートを・・・・・！」 「嫌だ！・・・・・・・理由を・・・・理由を言ってよ！何故チェイスがここに来たのかを！何故300年前の人間の僕がここに居て、何故大昔に死んだ筈の母さんが10年前に生きていて、何故、チェイスが本当の父さんのチェイス ランバートのことを知っていて僕に黙っていたのか教えてよ！」 チェイスはカプセルの中が見えないよう腰を下ろし、二人も座らせた。 「そこまでわかっちまったのか。」 「ロコに教わった。そして調べた。父さんのこと、母さんのこと、24歳で死んだっていうナンシーのこと、そして僕が入院していた病院。タムラ先生。」 ロコは怯むことなくじっとチェイスを見ている。 「・・・・・・・・・・話は長くなる。・・・・・・・・300年前、惑星タンタロスにランの父親はやってきた。そして行方不明になった。表向きはな・・・・・・実際はレナード ラッセルにはめられたんだ。・・・・・・・・もちろん奴はじかに手を下したわけではない。しかし命令したのは奴だ。お前の父さんが船外活動するように仕向け、事故を装って探査車を暴走させ崖から落とした。捜索しても遺体が見つからなかったのは当たり前だ。捜索隊にはレナードの息がかかっていたんだからな。真面目に調査などしてはいなかったんだよ・・・・・・奴はお前の母さん、ジュリアンを手にいれるためにクレイトン博士を殺そうとしたんだ。ひどい話だよな。クレイトン博士とラッセルの奴は大学の同級生だったっていうのに。」 二人は息を飲む。 「しかし、クレイトン博士は生きていた。生命維持装置は損傷を免れ、機材や非常食も十分にあった。故郷に帰る日を夢見て博士は生き抜いてきた。・・・・・・・そして何年かして俺に出会った。・・・・・・・もっとも俺はそのときのことをよく覚えてはいないんだがな。俺達は知ってのとおり、不定形生物だ。長い寿命を持ち、分裂や融合をしながら記憶を受け継いでいく・・・・・が、それまでは知的生物に出会ったことなどなかったように思う。・・・・・俺は・・・・・おそらくは博士の体温に反応して近寄ったのだと思う。 博士は俺に話しかけてきた。毎日、毎日、根気強く、そして優しく。それがどんなに奇妙な生物であっても自分の他に生きているただ一つのものだったからなのだろう。・・・・・・ラン、お前の父親は凄い人間だ。何十年もの間、孤独からくる狂気に耐えたのだからな。・・・・俺がはっきりした意識を持ち出したのは何年後のことかわからない。博士の言葉に反応してピカピカと光ってみせたらとても喜んでくれたことを覚えている。それからは毎日が驚きの連続だった。だんだんと頭がはっきりして、ちょうど霧が晴れていくように思えたものだったよ。50年ほどたったときには俺は姿を人間のように変え、人間の言葉を話すことが出来るようになっていた。探査車のデータベースに入っていた知識も全て身につけていた。博士は俺の師であり、親と同じだった。・・・・しかし、博士の命は老齢のために消えようとしていた。博士は妻であるジュリアンのこと、娘のナンシー、そして息子のラン、お前のことを心配していた。そして俺に『もしも、もしもだが君が子供たちに会うようなことが万に一つでもあったら、私の代わりに子供たちを守ってくれ。』と言い残して動かなくなってしまった。考えてみれば、博士は混乱していたのだろうな。もしもランが生きていても冷凍睡眠に入っていなければもう老人だったはずなんだから。でも俺は博士と約束したのだ。博士の言葉に頷いて見せたのだ。・・・・・・俺はその後、しばらくしてやってきたタンタロス探査船に忍び込み、宇宙に出た。人間として怪しまれずに暮すことができるようになるにはは100年以上かかったかな。・・・・・・・しばらくチェイサーとして呑気な暮らしを続けていた。そして、ラン。俺はお前が冷凍睡眠で眠っていることを知ったんだ。・・・・・・・俺は約束を果たした。・・・・・・今でもずっと忘れたりはしない。」 けたたましい警報音が鳴り響いた。 「おっと！ほらほら！早くテレポートするんだ！ここの非常ベルがなっちゃっただろう？」 ランは目ざとくチェイスが触手を一本長く伸ばして自ら非常ベルを鳴らしたのを見つけた。 「チェイス！」 「とにかく！おとーさんはちょっと行ってくるからな！じゃッ！」 チェイスは灰色の塊になると、通気孔にするすると這いこんで出て行ってしまった。 「シル！」 シルは頷く。 「追うんだな！」 「当然だろッ！」 「・・・・ったく！世話のやけるおっさんだぜ！」 二人は走り・・・・・短距離テレポートをし、走り・・・・・施設内は混乱の極みに達しようとしていたが、その混乱の元凶に二人は向かっていった。 短距離とはいえ、テレポートを繰り返したシルは苦しげに息をしていたが、それでも施設内から逃げようとはしなかった。ロコを背負うリュックが重く感じられるのは疲労のせいだろうか。そして何度目かのテレポートの後・・・・ シルは疲労で座り込み、ランは横にしゃがんでシルを気遣いながら、無色透明の樹脂で区切られた向こうにある広い空間を凝視していた。 ビンゴ！ そこにはチェイスがいた。空間の奥には何か大きな装置があり、チェイスはその装置に対峙している。そのチェイスを男たちが10人ほどで取り巻いている。 「おやおや、これはまた物騒なお出迎えで。あのなあ、チェイスさんはレナード ラッセルに用があるんだ。怪我をしないうちにどいておきなさい。」 男たちは銃を構えたまま下ろさない。 「ん〜。レナード。この人たちをどうにかしてくれないかなあ。」 奥にある装置の横の柱のようなものの一部が明滅した。 「おお、わかってくれたか。そうだよ。お前さんが殺したはずの大学時代の同級生、チェイス クレイトンだよ。」 男たちが銃を乱射したが、チェイスにはこたえた様子はない。 「復讐しに来たのか？」 『柱』が言った。 「復讐？とんでもない。復讐しても失ったものは戻らない。俺はランを護りたいだけだ。・・・・・・・レナード ラッセル。300年前の男。・・・・・・・表向きには死んだことになっているが、クローン技術を駆使し、培養した器官の中でも特に優れた体のパーツを用い、一定期間ごとにそこに脳を移植し、お前さんは生き続けてきた。ラッセル社の利益の多くはそのために使われている。・・・・・・・義理の息子の冷凍睡眠代にビタ一文払おうとしなかったお前さんが自分のためにはその何百倍の金を払ったんだろうね。・・・・・・・・しかし、それがうまくいかなくなった。脳を移植しようとしても新しい体に根付かなくなった。原因は脊髄の不全。・・・・・・・あんたは気づいた筈だ。その症状がランの症状と同じだと。あんたはいつの間にか治り、病院を出て行ったランを追った。何故治ったのかを調べるためにね。だからランを生かしたまま捕らえたかったのだ。死んでしまっては必要なものが調べられなくなるかもしれないからね。・・・・・・・俺は復讐しにきたのではない。ランを護るためにきた。レナード、お前さんは、もう死んでいるはずの男なんだ。今のその状態・・・・・・脳を特殊な装置に収めたその状態は自然の状態では有り得ないいびつな有様だってことがわからないのかい？」 チェイスはレナードの脳が収めてあるらしい装置へと足を進めていく。そしてニヤリと笑った。 「それになあ、ランを捕まえて調べても、なんにもわからないはずなんだよ。・・・・・わからないのか？・・・・・・ランは俺が治したんだよ！俺の体は分子レベルの細さにまで変化できる。自分の体そのものを優秀なナノマシンとして使えるんだよ。・・・・・ランを探し出し、カルテを調べ、・・・・・・俺が治した。欠損した遺伝子を補い、変異した部分を取り去り、・・・・・だからお前がやろうとしていたことは無意味なんだよ。ランを調べ、最終的には切り刻もうとしていたことは完全に無意味だったんだよ！」 装置から光線がチェイスに向かって放たれる。光の束が床に当たるとじゅっと言って穴が開いた。 「俺はな、護って見せるよ。分裂し、体を増やし、いろいろな場所から護ったあのときのように。」 次の瞬間、チェイスの姿は変化し、小さな女の子がそこにいた。ふわふわした金髪。大きな緑色の瞳。 「ナンシー！」 隔壁を隔ててランが叫んだ。 女の子は言った。 「大好きなおにいちゃん・・・・・」 光線がナンシーに当たり、顔の右半分を蒸発させた。と、ナンシーの姿は消え、一人の女性・・・・・ジュリアンの姿になった。 「可愛い坊や・・・・」 再び光線が襲う！ジュリアンの頭が吹き飛ぶ。 そして・・・・・チェイスはチェイス本来の姿・・・・・・チェイス クレイトン博士の姿になった。 「私の大切な息子！」 もう装置は目前だった。光線がクレイトン博士の右腕を蒸発させると同時に胴体は灰色の塊になり、塊は薄く広がると装置を大きなシーツのように覆った。 光線が発射される。しかし、灰色の薄い膜はその攻撃を外に逃しはしなかった。かつて崖から落下するランを小さなナンシーが強靭な膜に姿を変えて優しく包んで命を救ったように。 閃光が膜を通して透けて見えた。チェイスを殺すために放たれた光線は、それを放った主・・・・・・装置の中のレナード ラッセルの脳を完全に破壊すると同時に、灰色の膜を幾百の断片へと分断させた。 「チェイス！」 シルのテレポートで中に入ったランは、床に散らばる命の兆候を全く見せない薄膜をかき集めて胸に抱いた。 「チェイス・・・・・・・・・・」 シルは惨状を前にどうしたものかとゆるゆると銃口を下ろした男たちを一瞬睨み、ランの肩を優しく抱いた。 「ラン、帰るよ。」 あっけにとられる男たちの前で、シルたちはテレポートして消えた。 幾度かテレポートを繰り返し、ランたちはラッセルの施設から遠く遠く離れた草原にいた。 膝をつき、拳で何度も大地を打ち据えるランを前にし、シルは言葉がなかった。傍らに下ろされたリュックから顔を覗かせるロコも・・・・・・いや、ロコは口を開け 「おーい、壮絶に腹がへったなあ。」 といった。 そしてリュックの中からは本物のロコともう一匹のカメがのっそりと這い出てくる。 「ふーう。質量を半分以上失ってしまったじゃないか。質量はエネルギーだというのに・・・・しくしく。特に希土類元素が少なくなった。ワープ機関の心臓部を30キロほど食べないといかんかなあ。・・・・・なんだ？そのびっくりお目々は。チェイスさんが無事に戻ってきたというのに歓迎してくれないのか？」 ランがカメのチェイスの首に齧り付いた。 「チェイス！生きてたんだ！・・・・よかった！よかったよ！」 「おとーさんの言うことを素直に聞けない子供を野放しにして一人で突っ込めるわけはないだろうが。別れる時に、二分裂してロコのリュックに便乗させて貰ったのだ。ん？泣いているのか？・・・・シル。お前さんはやけに疲れているようだが？」 「おっさん・・・・・・俺、重かったんだぞ。肩が抜けそうな位に。俺、一体何キロ背負ってたと思ってるんだよ！」 カメのシルは、ランと同じくらいの年の少年に姿を変えた。 「細かいことは言いっこなし！とにかく、またよろしくな！」 三人は肩を組み、目を細めた。ロコが足元で満足そうに頷く。 「チェイス。これからどうするの？」 「どうする、だって？・・・・・くすん。おとーさんはランを立派なチェイサーに育てようと頑張ってきたのに。」 ランは笑う。 「わかったよ。じゃ、ひとまずはリトルナンシーに向かって出発！」 三人と一匹は足を高くあげて、同じ方角へと初めの一歩を踏み出した。 スターダストチェイサー おしまい |
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