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| ６ ランの居た場所 |
小さな喫茶店でシルははあっと大きなため息をついた。 先程様子を窺がってきたランが入院していたという病院はここから歩いて10分ほどの位置にある。 そこは病院というより何かの軍事施設のようであった。広大な敷地を高い塀が取り囲み、外部との唯一の接点であるゲートには監視員が３人常駐している。塀にはきっと警備用のセンサーが設置されているのだろう。不自然な小さな突起があり、その突起はじっと見ているとゆっくりと回転していた。 半ば予測はしていたことである。ランは300年前に生まれた。そして治療法の確立していない病気で入院していた。病状ははかばかしくなかったらしい。そして現在はここにいる。・・・・・・とすれば、冷凍睡眠に入っていたと考えないわけにはいかない。冷凍睡眠にはしっかりした設備が必要であるし、その設備の維持には多大な額の費用がかかる。大金持ちか、政府が必要と認めた特殊な病気でない限りは利用はできない。・・・・・となれば、極秘に近い運営が成されているはずである。 そうはわかっていたが、目の前に広がっていた光景にシルは嫌な気持にさせられた。この病院はシルが逃げてきた施設に似ている。・・・・超能力研究所。表向きの部分と裏の部分があり、シルは裏の部分にいた。 手術によって人為的につくられた超能力を持つたくさんの子供たちと、シルのように生まれつき力をもっていたごく少数の子供たち。彼らは閉鎖された世界で育ち、研究され・・・・・・そして政府の為に働く工作員となって働く。シルはそう設定された自分の運命に逆らい、テレポートの能力をフルに使って逃亡した。 あの時、一緒に居た仲間たちはどうなっただろうか。自分のように逃げたものは他にいるのだろうか。・・・・・・それとも飼いならされて自分を追う側になっているのだろうか。そしてサラは？大切な双子の妹。ファイアスターターの大きな力を持った彼女はいったいどうしているのだろう。 いや、今考えてもどうなるものでもない。 今はランのことだけを考えよう。 「当たり前だけど、ずかずか入って行って、『ランバート クレイトンですけど、僕のこと、教えて下さい』って受付で聞くような感じじゃなかったね。」 サンドイッチを齧り、紅茶を一口飲んで言ったランの言葉に足元でロコがゆっくりと頷いた。そのロコにランはパンに挟まっていたレタスを差し出し、陸ガメは嬉しそうに口で受け取った。 「ラン、どうする？監視は厳しいが、俺は内部にテレポートできるぜ？目当てのものが捜し出せるかどうかわからないけど、ちょっくら行ってくるか？」 腕まくりするシルをランは止めた。 「・・・・・もしも普通に僕が退院したのだとすると、ニュースに出そうな気がするんだよ。だって300年前に治らなかった病気が完璧に治った患者だよ？おめでたいじゃないか。でも、調べても図書館でそういうニュースは見当たらなかった。・・・・・・僕が治ったってことを極秘にしたかったか、それとは別の理由があったか・・・・」 シルは綺麗な栗色の髪をがしゃがしゃと掻いた。 「そんなこと考えてもわかることじゃねえじゃないか。・・・・・・冷凍睡眠に入る前お前はあの病院の中で治療されていたのは確実だ。それが300年前。冷凍睡眠から覚めたのが10年前。病院関係者で、その時立ち会った奴はまだ残っている筈だろ。医者とか看護婦とか、一人でもいいから名前を思い出せないか？こういう特殊な病院だ。あまり移動はないと思う。10年前の奴が今でも勤務している可能性はかなり高いぜ。」 ランはきょとんとし、眉根に皺を寄せた。 「そういや、変だ。」 「何がだ？」 「・・・・・７歳のときのことだから、記憶違いってあるかもしれないけど、病気が治る前はお医者さんや看護婦さんが沢山いたって覚えてるのに・・・・・・・病気が治ってから静養中のときには母さんとナンシーと・・・・若いお医者さんが一人だけしかいなかった。そして、ある日、朝目を覚ましたら、病院じゃなくって僕は母さんの運転するエアカーにのって宇宙港に向かってたんだ。」 シルがぐいと身を乗り出す。 「それだよ！その医者がわかれば、お前の身に何が起こって、どうして狙われているかがきっとわかるぜ！若い奴だったならきっとまだ生きてるぜ！その医者の名前は！？」 ランはあう〜と唸ると額をごつんとテーブルにうちつけた。 「勘弁してよ・・・・何だか妙な名前だったとは思うけど。母さんだってお医者さんのことは普通『先生』としか呼んでなかったし・・・・・・シル。君は７歳の時に自分が何してたか逐一覚えてる？」 確かに・・・・・それにランは300年の眠りから覚めて療養中だったのだ。記憶に混乱があってもしかたがない。 「せめてさ、特徴とか覚えてないのか？」 「・・・・・・東洋系のお医者さんで黒髪で眼鏡をかけてたよ。・・・・・とっても優しい人で、よく遊んでくれた。それから、どうしてだか、母さんのことを怖がってた。・・・・・・・それから・・・・・・・・・・あ、アイスクリームが好きだったな。」 「アイスクリーム？」 「うん。療養中に少し熱っぽくってさ。僕がアイスクリームを喜んで食べたら、母さんがいろいろな種類のアイスクリームを毎日買って来てくれてさ。僕とナンシーだけじゃ食べきれなくて、でも残っちゃった奴はみんなお医者さんが食べてくれた。・・・・・特にスーパーミント味のが大好きだったっけ。」 「うへぇ！あんな歯磨きみたいな味の奴が好きなのか？」 「え？ミント、美味しいじゃないか。僕はチョコチップが入ってるほうが好きだけどさ。・・・・・それよりそのくらいしか思い出せないぞ。そんなんで人捜しが出来る？」 シルはじーっと考え・・・・・言った。 「不可能じゃ・・・・ないかもな。少なくともゲートから出てくる医者をただ観察するよか確率は高いかも。」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「はいｖ毎度有難うございます。」 売り子の女の子に慣れた手つきで小銭を渡し、細面に眼鏡をかけたタ優しげな顔のタムラ医師は店から表に出た。 夕焼けはもはや夜の色に変わり、街の明かりがそこここにつき始めている。と、少年が胸の辺りに突き当たってきた。 「おじさん！ごめんよ！」 その様子に何か妙なものを感じたタムラ医師は懐に手をやった。 ない！財布が！ 「こら！待ちなさい！」 ご丁寧に少年は少し離れたところでタムラの財布を掲げて挑発するように振ってみせている。タムラは片手に持っていたミントアイスのカップをポケットに入れると全速力で少年を追った。運動不足の自分の息がどこまで続くかわからなかったが、とにかく追った。・・・・・叫ぶようなことはしなかった。もしかしてあの少年は初犯なのかもしれないし、何か理由があってのことなのかもしれない。追いついて事情が聞ければ・・・・・ 巻かれることは覚悟していたが、不思議にも角を曲がるごとに少年は待ってくれてでもいるようにタムラの目の届く範囲にいてくれた。はあはあ息を弾ませながら狭い路地を入って走り続けると・・・ そこには財布を持った少年と、もう一人、別の少年がいた。 「君たち・・・・・・？」 シルはランの体をタムラの方に押し出した。 ランはじっとタムラの顔を見る。あのときの医師のようでもありそうでないようでもあり・・・・しかし、タムラ医師の方がいち早く気づいたようだった。 「ラン！ラン君だろう！そうか！無事に大きくなってくれたのか！私のことを覚えているかい？タムラだよ。」 そうしてぎゅっと抱きしめられたランは、走って息があがってしまっているタムラ医師と同じくらいの速さで自分の心臓が打っているのを感じた。この人は知っている。昔の僕のことを知っている！ 「もうすっかりいいのかい？背中は痛くないか？」 ランはシャツをまくって傷だらけの背中を見せた。 「うん・・・・・・痕は残っていても綺麗に塞がったね。・・・・・ああ、でもどうしてこんなところに来たんだい？あれからいろいろあったんだよ。」 シルはふうっと息をついた。病院周辺のアイスクリームショップで、アイスクリーム好きの30〜40代の男性（特にスーパーミント味好き）が来ないかと聞き込むこと10数件。・・・・・・・わかりやすい特異な好みを持っていてくれて助かったと思う。 タムラ医師はふと背後を見た。その様子にシルの肩がピクリと反応する。 「大丈夫。私は君の敵じゃない。ただ・・・・・・かなり以前だけれど、君のことを聞かれたことがあってね・・・・・・・」 シルがやれやれというように息をついた。そして懐からスタンガンを抜き出して医師の体にあてて麻痺させると右腕でランを抱き、左腕でタムラ医師を抱き・・・・・テレポートした。 タムラ医師が目を開けると、そこは雑木林で、先程の二人の少年と一匹の陸ガメがこちらを心配そうに見ていた。 「御免なさい。僕も正体不明の人たちに襲われたことがあって・・・・・」 「ま、念には念を入れ、って事だ。」 ゆっくりと上半身を起こした医師は首を振ったが、怯えたり怒ったりはしなかった。ただ、ポケットからどろどろにとけてしまったミントアイスのカップを取り出して少し残念そうな顔をした。 「ラン、それからもう一人の君はランの友人かい・・・・君たちは何故自分達が襲われるのか知りたくて私に会いに来たのかな。」 「はい。・・・・・それだけじゃないんですけど・・・・・」 「そう。・・・・・・・君のお母さんは？」 「・・・・・・母さんも、妹のナンシーも行方不明です・・・・・死んでしまったのかもしれません。あ、でも本当の母さんもナンシーも300年前に死んでいる・・・・・はず・・・・・」 タムラ医師は優しい目でランを見た。 「残念だけれど、私もあまり力になれないんだよ。君がどうして襲われるのかわからないんだ。」 ランとシルは顔を見合わせた。 「10年前、病院内の寮で暮していた私は突然誰かに殴られて気絶した。そして気づいたらその部屋では君がベッドで眠っていて、ベッドの横には空になった冷凍睡眠のカプセルが置かれていた。君のお母さんが、この子は冷凍睡眠から目覚めたばかりです。どうかお世話をお願いしますと頼んできた。・・・・・・・君は衰弱していたし、冷凍睡眠から目覚めた人間に特有の危険な症状を呈していたので私は不審に思うより先に治療に専念した。不思議だったな。足りない機材や薬品があると、すぐに君のお母さんが調達してきてくれた。・・・・・・治療が一段落して私が君のお母さんに、いったいこれはどういうことなのか、と訊ねたら、お母さんはにっこり笑って私に銃をつきつけた。あなたは治療して下さればよいのです。と言ってね。・・・・・・・驚いているね。でも、お母さんはそれ以外ではとても優しい人だったよ。君のことをとても愛していらしてね。子守唄を歌ったり、絵本を読んだり・・・・・・妹さんも可愛い子だったね。朝になると連れていらして夕方になると帰っていって・・・まるで普通の病院の面会時間のようにね・・・・監禁されていた私には外の様子はわからなかったが。・・・・・・・そして君の調子がだいぶよくなったある日、私は再び誰かに殴られて気絶し、目が覚めると寮の部屋の中に居た。何ヶ月もの間、私は捜索されていたらしい。私は何がなんだかわからなかったが、君のことは言わなかった。」 「え？ど、どうしてです？」 医師は笑った。 「君のお母さんに頼まれたんだ。『ここから外に出たとき、ここで起こったことは内緒にしていて下さい。内緒にしていただけると思ったからこそあなたを頼ったのです。』ってね。・・・・・・でも、少しは何があったか知っているよ。・・・・・・・私も少し調べてみたからね。君はランバート クレイトン。300年前、不治の病に侵されて冷凍睡眠に入った。しかし、君の病気は連邦レベルでの研究が必要とされるような病態保存レベルに達してはいなかった。そのままでは冷凍睡眠には入れはしなかった。それが叶ったのは、高額の代金を払った人物が300年前に居たからだ。・・・・・名前はジュリアン ラッセル。君のお母さんだ。お母さんは自分の自由になるお金すべてを君の冷凍睡眠につぎ込んだ。治療法が見つかったら治して下さい。ということだったんだろう。・・・・・・私が呼ばれたのは、冷凍睡眠の期限が切れる直前のことだった。・・・・・・調べてみて驚いた。つい少し前まで会話していた女性が300年前の人だなんて有り得ない話だからね。 ・・・・・・その後、しばらくして私のところに警察が来た。それは当然のことだった。冷凍睡眠中の少年が一人カプセルごと消えていて、それが私の失踪と時期が一致していたのだからね。・・・・・結局は開放されたけれどね。私にはカプセルを盗み出すような動機も機会も手段もなかったのだから。」 ランは医師をじっと見つめつつ、途方にくれた。 嘘を言われているとは思えない。でも・・・・・ 母のこと、妹のこと、そしてチェイスのこと・・・・・結局何もわかりはしなかった。 医師はもう一度ぎゅっとランを抱いた。 「でも、よく生きていてくれた。嬉しいよ。」 ランは少しだけ笑顔になった。この人は自分を助けてくれた。そして今、自分がここにいることを喜んでくれている。 「タムラ先生が僕の病気を治してくれたからです。有難うございます。」 タムラはランの髪を撫でながら、しかし言った。 「・・・・・それは違うんだよ。ラン。君の脊髄の病気はね。・・・・・・私が君に会った時には殆ど治って居たんだよ・・・・・・」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 「・・・・・・・」 ランはシルと二人、その日の宿のベッドに二人並んで無言で座り、ロコは二人の足元で静かに二人を見上げている。 「またわからないことが出てきた・・・」 そうランが言い、しばらくしてからシルが 「何がだ。」 とぼそりと言う。 「タムラ先生でないのなら、誰が僕を治してくれたんだろう。」 シルが黙っていると、ランは続けていった。 「チェイスに近づけると思っていたのに・・・・だんだん遠くなっていくように思えるよ。・・・・・・もう、二度とチェイスに会えないような気がしてきた。」 シルは床に下ろしていた足をベッドの上にあげ、膝を抱えた。 「・・・・あんまし情けない顔すんなよ。今わからないってことはこれからわかるかもしれないってことじゃないか。ランを治してくれた奴、10年前の母さんと妹、そしてチェイスのおっさん。これから会えるかもしれないじゃないか。そう思ったら楽しいじゃないか。・・・・・ちょっとは羨ましいんだぞ。俺、親、確実に死んでるからな。・・・・・研究所からは逃げ出しちまったし、帰るところも・・・・・」 そのとき、シルはぎゅっとランに抱きしめられた。 「シルは帰るところがあるだろう？・・・・・・僕と、チェイスとロコのところに帰ってくればいいだろう？・・・・・・・・君は・・・・・・君はいなくなったりしないでくれよ！」 シルはくすっと笑った。 「がきんちょみたいなことすんなよ。大丈夫だって！俺だってみすみす住居と飯の種を捨てたりしねえからさ。・・・・・・・・・・でもさ・・・・・・ラン・・・・・・もしも、もしもだけどさ。・・・・俺が今の俺みたいじゃなくなって、極端にお前のお荷物になるようなことになったらさ、それでもお前は・・・・」 「え？」 「なんでもない。・・・・・・・・・・・あはは、お前が柄にもなくシリアスな顔をしてたから俺もなんとなくシリアスなことをちょびっと言ってみたくなっちまったじゃないの。あ〜あ！」 そのままシルは横向きにベッドに仰向けにひっくり返った。 ランも流石にさっき取り乱したのが恥ずかしくなったのか、同じようにごろんと隣に横になった。 「・・・・・・でもさ、もう、僕達にできることはないのかな・・・・」 「ああ、・・・・・・・リトルナンシーに戻っておとなしくおっさんを待っている方がいいのかもしれない。」 「・・・・・・・・」 と、シルは何かに気づいたように跳ね起きた。 「シル！僕を襲った奴らって、シルがテレポートできること、知らないんだよね。」 「あ？ああ。見た奴いたかもしれないけど、おっさんが脳に強烈な刺激を送って記憶ふっ飛ばしたっていってたからな。」 ランは目を細め、寝転がったままのシルの顔の上に自分の顔を突き出した。 「な、なんだよ？」 「いいこと思いついたんだｖ」 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ 次の日、二人は無認可宙港に停めてあったリトルナンシーを発進させ、正規の宙港に移動させた。そこで正式な停泊許可を“ランバート クレイトン”の名前で行った。ランバート クレイトンの名前でクレジットカードを作り、ランバート クレイトンの名前で・・・・ 10日もたたないうちに結果は現れた。 “シル！他に手段がないんなら、迎えに来て貰えばいいじゃないか！” ランがそう言った通りだった。 完全武装した５人の男たちに囲まれた二人は、焦った様子などなく、笑みさえ浮かべていた。シルは大きな重いリュックを背負い、そこにはロコが入って眠そうな目を男たちに向けている。 「あー、物騒なことすんなよな！お宅ら、なんでかしらんけどランには危害加えたくないんだろ？はいはいはいはい。抵抗しねえからお手柔らかにな〜！」 シルはぎゅっとランの手を握る。 （ラン。この手、絶対放すなよ。） （シルこそ。） （任せろ。いざってときにはテレポートして逃げるからな） 男たちに銃口を向けられながら、二人と一匹は黒塗りの大きなトレーラーのタラップを上っていった。 |
| ・・・・・・ランたちはチェイスが一番して欲しくないことをしてくれたようです。 次回はやっとチェイスさん再登場です。・・・・そしてお話も完結の予定です。 |