| 蛇足 時は流れまくって（何のこっちゃ） |
ランはリトルナンシーのタラップをゆっくりと上っていった。ここを歩くのはもう随分久しぶりになる チェイスに 「さぁて、一人前に仕事をやれるかテストするぞ〜！」 といきなり宣言され、たった一人で辺境惑星への届け物に送り出されてはや３ヶ月。仕事を無事に終えられて嬉しいのと、やっぱり家がそれなりに恋しいのとで、一気に駆け上りたいところだが、そういう子供っぽいところをチェイスに見せるのも癪だ。意地でもゆっくり悠然と歩いてやる。・・・・・今も監視カメラで様子は見られているのだし・・・・ タラップを上がりきると、ハッチがゆっくりと開いた。えんじいろのリボンを首に巻いた体長２メートルのクマがぎゅーっとランに抱きつく。 「お帰りッｖお仕事どうだったッｖ！」 「いきなりクマかいッ！仕事ならばっちりさ。ほら、先方からの手紙と荷物と交換に持たされた部品。」 クマは手紙と小さな包みをランから受け取ると、いつもの男の姿に変わった。 ラッセルのところで質量の大半を失ってからだいぶたち、いろいろな（一部はあまり思い出したくない）ものを食べ、今は理想体重(?)である65キロに戻っている。足元に寄って来たロコを撫でていると、チェイスが手紙を読み、嬉しそうにいった。 「ほう。予定通りに向こうに着けたのか。熱も出さなかったようだな。感心感心。」 「・・・・・・簡単な仕事だったよ。だいたいなんだって僕をお使いに・・・・」 ランはチェイスと、ロコを見比べ、顔色を青くした。 「シルは？・・・・・そうか。・・・・・シル、薬を飲むの、やめるっていってたんだっけ・・・・チェイス、シルはどこにいる？」 チェイスは難しい顔をして医療室の扉を指差した。 「驚くなよ。・・・・・・驚いたらあいつも怒るからな。」 ありのままの自分になる・・・・・・テレポート能力を失い、醜くなり、でも、大人になる・・・・・シルはそんなことを言っていたっけ。 「あいつ、ランが帰ってくるのを待っていたんだぞ。それなのにまあ、怖がっちまって。おい、シル、でてこ〜い。」 驚くものか。驚かないぞ。どんなことになっていたって驚いたりは・・・・ 医療室の扉がスライドしてシルが出てきた。床を見つめていたランは“驚かないぞ、驚かないぞ”と念じながら目を上げ・・・・ 驚いた 目の前には長い栗色の髪をした美しい少女がほっそりとした肢体を軽やかな膝丈の花柄ワンピースに包んで立っていた。 「はあ？シル。何仮装してんだよ？」 「か・・・・・？」 少女は眉を吊り上げて綺麗なソプラノで怒鳴った。 「仮装ですって!?」 「仮装・・・・・・じゃないの・・・・・・・・？」 ランは反射的にぐい、とシルの胸を掴んでしまい・・・・見事に投げられた。 「い・・・・・いつから女になったんだよ！」 「俺・・・・じゃない、私は前から女だってば！私、自分が男だなんて一言でもいったことあった!?」 「だって、シャワールームでだって・・・・・」 「胸がなかったら男だってわけじゃないでしょッ！ラン、私のズボンの中まで見てなかったじゃない。薬で性徴抑えてれば胸なんて大きくならないわよ。」 「だってだって顔に傷つけたときの話だって・・・・・ちょっと待てよ・・・・・げ、そういえば、あの話ってシルが女だって思った方が話の展開が自然・・・か・・・も・・・・う、だったら声は？女の子の声ってあんなにしゃがれてないだろ！」 「だから！女を捨てなきゃ安易に堕ちるとこまで堕ちそうだったから・・・・叫びまくって潰したんじゃない！咽喉だって・・・・・」 「咽喉がどうしたのさ。」 「わかってないッ！男には胸はないけど咽喉仏はあるでしょうがッ！」 言い合う二人を前にしてチェイスはにこにこと笑った。 「苦労したんだぞ。シルは声帯をむちゃくちゃ痛めつけていたから、本来の形に戻すのに２週間以上かかった。それから、シルの体の中に注入されてた皮膚疾患の遺伝子を健全な形に戻し・・・・・まあ、めでたいじゃないか。それがシルのありのままの姿なんだからな。それが気に入らなくっても諦めることだ。それにめでたいといえばシルのテレポート能力が失われなかったことが何よりもめでたい。これから先もあの力にはお世話にならなくちゃいけないこともあるだろうからな。で、ラン。ご感想は？ちなみにワンピースはおと〜さんの見立てなのだｖ」 「え？あ、うん。シル、皮膚病にならなくってよかったよね。それからさ、テレポートもできなくならなくってやっぱりよかったと思うよ。」 「おいおい、それだけか？」 「？あ、そうだね。ただいま、シル。留守番ありがと。」 シルは狐につままれたような顔をしている。 「・・・・・・・・ん〜？どうした。ランの自分に対する対応が変わってしまうかもしれないってシル、お前さんは随分心配していたじゃないか。もっと嬉しがれ。・・・・・・・はは〜ん。実は何かちょっと期待してただろ。違うか？」 「な、ななななな私が何を期待してたって？おっさん！」 「・・・・はあ、何回言わせる気だ。俺はおっさん、ではなく、かっこいいおにいさん、だ。あ、いや、そうだな。特別にこれからは“お義父さん”と呼んで貰ってもいいぞ。」 「な、何がおとーさんよッ！」 「いや、ほれ、ランは可愛いし、シル、お前さんもなかなかキュートだ。二人で子供を作ればラブリィな赤ん坊であること間違いなし・・・・・ｖ子々孫々まで面倒をみてやろうではないか・・・・って、シル、スパナを振りかぶるな。その格好には凄まじく似合わんぞ。ラン、シルの胸、あのくらいでちょうどいいかなあ。もうちょっと大き目が好みなら、サービスで膨らませてやろう。いまだ成長途中だからなｖ」 憤るシルに対してランは首を傾げていた。 「シルの胸の大きさと僕の好みがどうして関係するのさ。それに、子供を作るって・・・・・チェイスは分裂するけど、人間は分裂して増えるわけじゃないよねえ・・・・・・」 シル、固まる。 「チェイス！な、何にも教えてなかったの!?」 「ん？立派なチェイサーになるためにそういうことは不必要だったからなー・・・・・・・シル、実地で教えてやってくれ。」 「このドアホ！そんな頼みをどうしてきかなけりゃいけないっていうのよ！」 「・・・・・・・・シルちゃん。チェイスさんはね。君の体を治すとき、ちょっとした贈り物をした。・・・・・少し恩返ししてもらってもいいのじゃないかと思う。」 「な、何を・・・・・・」 「君が他の人を凌駕する立派な整備士となれるように、遺伝子中に電磁波を感知できるような因子をばっちり入れておいた・・・・？なんだ、怖い顔をして。スパナを両手に持って振りかぶるのはやめなさい。」 「ひ、人に黙って人体改造するな〜ッ！」 「くすん。善意から出たほんの小さなオプションなのに・・・・」 「善意で済ますな〜ッ！」 なおも怒鳴りあう二人をよそに、ランはロコに促されて医療室に入った。壁に飾られた銅版画には新作が付け加えられていた。ベッドに入って上半身を起こしたシルの姿。・・・・・それは今と同じ優しい少女の顔をしていた。 「綺麗だね。」 ロコは頷いた。 「今度は、僕達みんな一緒のところを描いてくれるかい？」 ロコはさっきよりも深く頷いた。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ そして時はさらに流れて流れまくる。 宇宙船の整備を終え、美しい女性が顔をあげ、自分の手をじっと見つめた。 “今更だけど、どうして私はワープ機関の調整が得意なのかしら・・・・・まるで電磁波検知できるみたい・・・・そんなわけないのにね。” 女性・・・・・ジョセフィーヌ ルノーが髪留めを外すと彼女の遥か昔の先祖によく似た綺麗な栗色の髪がふぁさっと広がった。 |
| 蛇足です。なんとなくバクロマン続編の結末とかぶっていますが、あちらは望む望まないに関わらずやってくる運命であり、こちらは、シルが己をこれ以上堕とさないようにするために自分から選んだ道です。 ですから自分本来の姿になったときには、進んで女言葉を使います。チェイスと怒鳴りあう時には男言葉に戻っちゃいますけどね。 SF冒険物語の主人公に女の子が出てくることって少ないです。そして、何故か女の子が出てくると恋愛がクローズアップされることが多い。・・・・・・別にそうじゃなくてもいいじゃないか・・・ということでシルとランは対等でベストカップルというよりも「悪友」といった風情で最後まで書いてみました。 これから先、二人がどうなるかはわかりません。少なくともランはシルに最低50回は投げ飛ばされる予定です。（いや、ああいうものに育てられたせいでランはそれこそ善意からきていてもそうとう無神経なところがありますから） シルは姐さんのご先祖ですが、おそらく姐さんより強い（少なくともハイティーンの頃は）子です。姐さんのお母さんは超能力者集落の出身で、叔父さんにあたる人はテレポーターでしたよね。姐さんは自分の栗色の髪を、お父さんであるジャックから貰ったと思っていますが、お母さんのゼナさんは黒髪だったのですから、お母さんの遺伝子の中には栗色の髪の因子が入っていたことになります。そして姐さんがなぜワープ機関の整備ができるのかという理由にも少し触れさせていただきました。 シルの本当の名前はわかりません。研究所で風のようにテレポートするということから、風の精霊シルフの名をとって命名されました。フルネームはシルフィスです。双子の妹のサラはファイアスターターですから炎の精霊サラマンダーからの命名です。 お約束ばかりを並べ立てた話になってしまいましたが、キャラクターたちは、書いていて楽しくなる奴らばかりでした。特にシルは初めは脇役のつもりだったのですが、最後は完全にラン君を食ってしまいました。 多分、最終章の、レーザーでふっとばされながらずんずん前に進んでいくチェイスが書きたかったのだと思います。父親で母親で妹。で、現在は何者にも変えがたい家族です。 それでは最後まで読んでくださった方々。厚く御礼申し上げます。 （補記：この話は大学時代の友人たちと書いたリレーSFの設定を使っています） |