5ザーン

　
　ジョーがポッドにいるアレックスに知らせに帰っている間に、アケルナルはポッドから約二百メートル離れた地点に着陸した。タラップが地表に付く間ももどかしく、まず、簡易宇宙服に身を包んだマリオが途中から飛び下りた。ややあってから頑丈そうな赤ら顔の中年男。
　マリオは遠くからジョーの姿を認めると全速力で走ってきた。自分の声が届く位置まで相手が近付くとぶっきらぼうだが喜びを隠せない声でこう言った。

　「このォ！心配させやがって！どれだけ捜したと思ってるんだ！」

　ジョーはその横っつらをはりたおした。

　「遅いじゃないの！コスモ・アーミーの機密が漏れちゃってる恐れがあんのよ！スターファイアーが乗っ取られてるんだ！十五日間も何をやってたのよ！さ！行くわよ！」

　そして、先にたってタラップを駆け上った。
　マリオは、赤く手形の付いた頬をさすりながら不機嫌に呟いた。

　「ほとほと可愛げのない女だぜ、全く・・」
　そして、自分のすぐ後まできていたアレックスに気づくと睨み付けた。

　「お前、あいつに何もしちゃいねえだろうな・・・何かしたんならただじゃおかねえぞ。」

　マリオは一つ咳払いをするとジョーを追った。アレックスはやってきた中年男と軽く握手をするとやはり走ってアケルナルへ向かった。

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　アケルナルのタラップの上では三人の男と一人の少女がジョーを迎えた。ジョーはロマノフの腕に飛び付き、、ソーンダイクと握手し、簡易宇宙服がうまく着られなくてマリオに置いていかれてしまった涙でぐしょぐしょのカイユンの顔をタオルで拭いてやり・・・・・アンナとかたく抱き合った。

　「アンナ！どうしてここに・・・・」

　泣きじゃくっているアンナの代わりにロマノフが答えた。

　「ジョー。彼女は君を捜してほしくてこの船に乗りこんできたんだ。寝る間も惜しんでレーダーを見ていてくれた・・・・彼女が君の無事を信じていなければ、私達はあきらめてしまっていたかもしれない。」

　アンナはカイユンのものらしいシャツとズボンを着ていた。顔色は悪く、目のしたに隈さえできていたが、瞳は最愛の姉に再び会えた喜びで輝いていた。
　アレックスは中年男と話をしていた。男はサザンクロスからアケルナルにのりこんできた男で名をブッカといった。サザンクロスは惑星軌道上で待機しており小回りの効くアケルナルが自分たちの艦長を救出してくるのをじっと待っていた。アレックスは海賊の本拠地について本部に連絡したあと、さっそくアケルナルの通信設備を借りてサザンクロスに呼び掛けた。

　「サザンクロスの乗員諸君。心配をかけたことと思う。私はこの通り右腕は失ったが元気だ。」

　スクリーンに移っているサザンクロスの乗員は敬礼をして直立不動の姿勢を取った。と、次の瞬間隊列を崩し歓声を上げた。

　「坊や！もうくたばっちまったかと思ったぜ！」

　「そっちのボロ船引き上げて早く帰ってこい！」

　かなりいい年のものまで馬鹿騒ぎに加わっている。”ボロ船”といわれ、ジョーが眉を吊り上げるとアレックスは済まなさそうに言った。

　「口は悪いが有能な部下だ。・・・・みな、軍紀違反のためにＤ級猶予のＣ級のものばかりだが・・・」

　そして叫んだ。

　「総員持ち場に戻れ。次の指示があるまでその軌道上にとどまれ。」

　マリオがブッカに向かって、”お前のキャプテンも物好きな奴だな。”というと、ブッカは大きく頷いて”お互い様だ”とマリオの肩を叩いた。

　「さあて。中尉。サザンクロスまでお送りしましょうか？」

　ジョーが尋ねたちょうどその時にコスモ・アーミーから入電した。

　「コスモ・アーミーリマン軍特殊機動部隊Ａ５，サザンクロス艦長ギダー中尉。私はザミル星域保安隊ガゼル大佐だ。ザーン星の兵器開発研究所が海賊船団に襲撃されている。敵は防衛プログラムに侵入したと思われ、苦戦を強いられている。貴艦は近い位置に居る。すぐこちらにきてくれるように要請する。以上。」

　アレックスはジョーに言った。

　「間に合わなかったようだな・・・・」

　そして、二、三、技術的なことをジョーとロマノフに相談した。ジョーはカイユンたちに指示した。

　「ワープ準備よ。目標はザーン星。」

　間に立って戸惑うアンナに声をかける。

　「アンナ！乗り掛かった船よ！命をあたしに預けてね！カイユンからワープ酔い止めの薬貰ってそこいらに倒れてなさい。」

　アンナはこっくりした。カイユンはあたふたと医療室に走っていった。アンナは姉の額にキスするとロマノフの横のシートに身を沈めた。

　「中尉。時間がないわ。サザンクロスに戻るのはあとにしてもらうわ。通信のサブを全面的に空けるからサザンクロスに指示出して。」

　彼女の操縦によってアケルナルは急速上昇し大気圏離脱、そしてワープ可能圏内へと瞬く間に達した。
　アレックスはマイクを取っていた。

　「サザンクロス。私だ。乗員に告ぐ。ザーン星ポイントωマイナスＺ７へすみやかにワープせよ。私はアケルナル号の乗員と行動を共にする。通信チャンネルはＧ２に固定。船内指揮はガーンズバックが執れ。ワープタイムはアケルナルと同調。」

　彼はマイクを置くと、ワープポイントを打ち込んでいるジョーをちらと横目で見た。

　「ザーン星は防備の堅い星だ。ワープポイントは・・・」

　ジョーはアレックスに目もくれなかった。

　「コスモ・アーミーの迎撃衛星やらなんやらがあるのは当然知っているわ。あたしもシークレットよ。中尉の言葉を聞いて、隣のポイントにセットしたわ。それだったら出たとたんにミサイル攻撃されることもないでしょう？・・・・・それより、あんたたちコスモ・アーミーはあの惑星でどんな兵器を作っているの？海賊が狙ってきたところを見ると、相当なものじゃない？彼らだって、並大抵のものは自分たちで作っているんだし。」

　アレックスは少し間を置いた。

　「宇宙艦用高出力ビーム砲。・・・・・以前きみたちが手懸けたレーザーガンの密造に関する仕事のとき、犯人たちの作った銃の設計図は失われてしまったが・・・・・研究の結果・・・・・なんとか形になりつつある。その応用だ。」

　「・・・・・それが敵の手にわたったらどうなるわけ？中尉。」

　アレックスは返答しなかった。
　ワープ機関の調整が終り、アケルナルとサザンクロスは続いてザーン星域へと跳んだ。眼前にはくすんだ灰緑色のザーン星が三日月になって見えた。
　大気が薄く生命の存在しない極寒の惑星。しかしその腹の中には貴重な、有用な金属が無尽蔵にためこまれている。その資源を使ってただひたすらに兵器を研究し、作るためだけに開発がなされたのだ。金属が掘られ、工作装置や大型コンピュータが設置され、機密を守るために二重三重の防備網が敷かれた。その防備網は鉄壁だといわれていた。防備をつかさどるコンピュータが狂わないかぎりは。
　惑星の”夜”の部分が一ヶ所、ちろちろと赤くなっていた。ジョーはガゼル大佐の艦を捜したがレーダー上には海賊船しかなく、通信も入らなかった。大きな金属塊がアケルナルの横を漂っていった。カメラははっきりとコスモ・アーミーのマークが入っているのを捉えた。ジョーは唇を噛んでロマノフと顔を見合わせた。

　「いくらガゼル大佐の艦が巡視艦で戦闘艦ではないからといってあたしたちじゃ無理ね。ギダー中尉。サザンクロスは敵さんと張り合えるかしら。」

　アレックスは敵の姿を確認し、即座に判断を下した。

　「倒す保証はできないが、持ちこたえられはするだろう。我々が突入する時間を稼ぐくらいは・・・・」

　「そうしたらお願いしたいわ。星の反対側に居る敵がやってこないうちに・・・・」

　「やってみよう・・・ガーンズバック！サザンクロスは敵艦を攻撃せよ。目的は敵をザーンからひき離すことだ。その間にこちらはザーンへ突入する。」

　やけに景気のいい声が返ってきた。

　「了解。なぁ、いっそ落としちまっちゃいけないかな？」

　アレックスは苦笑した。

　「ああ、いいとも。しかし無茶はするな。まだ死ぬには早い。小型を五機出せ。Ａ～Ｇ班。ラムゼは外せ。まだ傷が治り切っていない。・・・・私はブッカと共に惑星上に降りる。」

　アレックスはジョーを見、ジョーはアレックスを見た。

　「わかったわ。小型を一機貸そう。アケルナルで行けるところまで行って、防御のための機雷域に入ったら出ればいい。コスモ・アーミーからの官給機Ａ１０８だからあなたにとって使い心地はいいはず。・・・・ロマノフ、今のところはあたしに操縦させて。」

　サザンクロスは近付いてくる敵に船首を向け、アケルナルは突入経路を決めた。機雷域にまで達するまでは楽な行程だ。問題はそのあとなのだが・・・・

　「作戦をたてましょう。ソーンダイク。基地内のコンピュータは敵に制圧されつつあると思うわ。あなたの腕の見せ所よ。あたしと一緒に出て。マリオもね。爆薬抱えて。・・・・ロマノフは残ってあとから来て機雷をゆっくり処理してね。」

　カイユンは目をパチパチさせた。

　「キャプテンぱあそこに行く積もりなんですか？」

　「あったりまえ。��あんだけいたぶってくれたんだから、おつりだけでも返しておかなくっちゃ。」

　と、アレックスが怒ったような声を上げた。

　「駄目だ！」

　この強い口調にびっくりしてカイユンは身を縮めた。ジョーは軽く受け流した。

　「片腕しかない男が何言うの。��カイユン。あんたも残ってアンナのことを頼むわ。ロマノフの方があたしより機雷の処理は慣れているし、操縦はあたしの方が上だわ。」

　しかしカイユンはジョーの袖を引っ張った。

　「無理です！二週間以上もここを空けていて疲れているはずです！それにこれ以上妹さんに心配かけちゃいけません！キャプテン！」

　ワープ酔いで俯いていたアンナは顔を上げ、精一杯の笑顔を作って、できるだけしゃんとした声に聞こえるように気を使いながら口を開いた。

　「姉さん。私のことなら平気よ。・・・・・カイユンさん、姉さんは一度決めたら誰がなんといってもやめない人です。妹の私が一番よく知っています。・・・・・ジョー姉さん。��気の済むようにやってきて・・・」

　ジョーはアケルナルを静止させた。機雷域は目の前だ。にっこり笑ってアンナの頭に軽く手を置きアレックス、ブッカ、ソーンダイク、アケルナルと一緒に格納庫に向かおうとした。その彼女にカイユンがとりすがった。

　「キャプテン、せめて、ぼ・・・僕も連れていってください！」

　「いいからカイユンはここでロマノフのサブをやっていな。」

　ジョーはそのままソーンダイクの手を引き、マリオが上着に手を突っ込んで続き、アレックスとブッカは目で合図をして付いていった。
　カイユンは皆を見送るとナビゲーター席に移り、緊張してコンソールの上に手を置いた。パイロット席のロマノフはヘッドフォンを付けてレーダーにも目をやった。

　「カイユン。いいかね。私達はジョーのあとからゆっくりと付いていく。そしてコスモ・アーミーの援軍が来るまでに大型艦も突入できるように機雷を破壊するんだ。君の仕事はビームを発射すること。私の指示どおりにね。」

　「あの・・・・私は・・・・」

　横手から聞こえた小さな少女の声にロマノフは優しく答えた。

　「アンナの仕事はそこでお姉さんの無事を祈ること。それだけでいいんだよ。」

　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　「なんだこりゃあ。機雷の海じゃねえか。」

　眼前に散らばるおびただしい数の機雷を前にして、マリオは呻き声ともつかぬ叫びをあげた。これに接触せずに間を縫って飛ぶなどということは悪い冗談だと思った。侵入した敵は機雷を一時退ける手段を持っていたに違いない。おそらくはコンピュータの防御システムに侵入したのだろう。ソーンダイクが居るとはいえこの位置からいまさらシステム侵入はできまい。既にブロックがかけられている。
　しかし、マリオの心配をよそに、ジョーは軽く操縦桿に手をかけていとも気楽そうに飛ぶ。・・・・いや、それはちょっと見の印象でしかない。目は三次元レーダーを見つめ口はキュッと結ばれている。
　二号機からアレックスが叫んだ。

　「下がりたまえ。こちらが前に出る。同じ経路をたどれ。」

　「中尉。あたしにはやれるわ。そっちこそしっかりついて来なさいよ。」

　そう。ここではジョーの腕の方が上であった。（片腕というハンディがあるせいかもしれないが）動きの大きなアレックスに比べ、鋭角的に回りこむジョーの技は芸術品ともいえた。
　一つ一つの機雷クリアはたいしたことではないにせよ、それを何百も続けてできるものはコスモ・アーミーにもそう多くは居るまい。そして、ここに居る二人がその№１と№２であるということを否定するものはこの曲芸的飛行を見ればおそらくあるまい。
　機体は狭い空間を行く。今にも翼が機雷に触れそうになるたび、マリオは唾を飲み込んでいたが、どうにも耐えられなくなってビームを発射した。機体は反作用で幽かに揺れ、反対側の機雷に触れた。ジョーは舌打ちをして体勢を建てなおした。

　「馬鹿！ぎりぎりのことをやってんのよ！揺らすんじゃない！」

　わめきながらも飛ぶ。やがてやっと機雷域が切れ暗いザーンの空が開けた。

　「耐熱パネル、シャット。」

　耐熱パネルがソーンダイクによっておろされＧがだんだんに増してくるのが体感される。
　ジョーは手をだらりと下げ、死んだようにシートに身を預けた。二号機も機雷域を出てきている。被害もないらしい。
　マリオはシートベルトを締めなおした。そして、ふっと息をついたところに今度はブッカの声が飛び込んできた。

　「気を抜くな。ドロップアウト。地表に接近したならば機雷どころの騒ぎではない。中尉からの伝達だ。本船はこれより貴船を追い越す。」

　「追い越す　!?」

　驚くマリオを尻目に二号機は全速力で抜かしていった。ジョーは目を軽く閉じたままマリオを落ち着かせた。

　「中尉の好意を受けておこうよ。��向こうは、ジェノサイド部隊の唯一の生き残りなんだから、こういう作戦には慣れているわ・・・・・かなり無理してこっちを気遣ってくれてる。こんな位置で追い越しかけるなんて本来気違い沙汰だ・・・��二号機の後方、二千メートルの距離をとって突入続行。」

　地上の細部が見えだす頃になって機内の警報装置がけたたましく鳴り始めた。ソーンダイクがしきりにチェックするが音は止まない。
　ジョーはアレックスの後方にぴったり付けた。警報の鳴りかたからしてあたり一面に電磁網がはりめぐらされているのに間違いない。もしもかかれば何が飛んでくることか。それを擦り抜けていけるのはアレックスが遺伝的に改良された特異能力者だからであろう。
　二機はザーンの昼と夜との境目に着陸した。青白色に冷たく光る研究施設のドームがそびえている。��その荘厳な姿の横腹にぱっくりと大きな穴を開けて・・・・

　「あ・・・・」

　レーダーを見て、ソーンダイクは声を漏らした。

　「どうしたの？」

　「・・・・・ミサイルが来ました・・・・・」

　ジョーとマリオはあわてふためいて装備を背負って機外へでようとした。

　「・・・・・ので、こちらもビームを撃ちました。命中したのでご心配なく。」

　二人はこけた。
　アレックスがヘルメットに装備された通信装置を使ってコンタクトをとってきた。彼はブッカと共に既に機外に出ていた。

　「早く出てきたまえ。敵��スターファイアーが上空から攻撃してくる。施設内に入ったほうが安全だ！」

　ジョーたちは作業用宇宙服を装着し（正確には戦闘用宇宙服なのだが、カイユンがその呼び方を許さなかった）アレックスに合流した。
　五人が施設内に入ってすぐ外でオレンジ色の火柱が上がった。

５ ザーン

５　ザーン