４漂着

　すべてが済んでから現場に到着したアケルナルとサザンクロスは、漂っている無数の救命艇とポッド、そして”ミラ”の残骸しか見出せなかった。
　二つの船はサザンクロスを本部として乗客の救助をただちに行ない、アケルナルが回収した人々も医療設備の充実しているサザンクロスへと移された。そして、一段落付くと両船でミラ内部の調査にあたった。
　アケルナルからはロマノフとマリオが出て焼けただれたミラの船尾エア・ロックから入った。火は消えていたが、そこにはもはや救助すべき人間は誰一人としていなかった。

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　「・・・・・参ったぜ・・・・」

　エア・ロックで宇宙服を脱ぎ、ラフな服装のままアケルナルのコクピットに戻ってきたマリオは、癖のある髪の毛を掻き揚げてシートに乱暴に座った。

　「・・・・あんな血なまぐさい光景には初めて出会った・・・・」

　マリオの隣でカイユンは俯いていた。

　「マリオさん・・・・・・キャプテン・・・・・大丈夫でしょうか・・・・・」

　マリオはぼそっと言った。

　「形のはっきりした死体の中にはなかったぞ。」

　カイユンの体が瘧病みのように震えだし、顔は今にも泣きだしそうに歪んだ。
　マリオは、彼としての精一杯の優しさをこめてカイユンを小突いた。

　「泣くな、ばーか。あいつが死ぬような女だと思うか？」

　カイユンはますますうなだれた。

　「・・・・・本当に大丈夫だって思います？」

　マリオのあとから入ってきたロマノフが、優しくカイユンの肩を抱いた。

　「ああ。ジョーは死んだりはしないよ・・・・少なくとも、はっきりしないうちは、”死んだかもしれない”などと私達が言ってはいけないよ。」

　マリオは、足を組むと怒鳴った。

　「ピーピー騒ぐんじゃあねえ！あいつはしぶとい奴だ。大方どこかに脱出してるぜ。おろおろしている暇があったら捜しに行こう。」

　すると、奥の方から小さな人影が漂ってきた。ソーンダイクはは目を見開き、その人影を受け止めた。ロマノフが闖入者に質問した。

　「君、一体どうしてここに？」

　アンナは静かに、だが堂々と答えた。

　「私はサザンクロスに救助された者でアンナ　ルノーと申します。ジョセフィーヌ　ルノーの妹にあたります。この、皆さんの船・・・・アケルナル号が避難してきた人をサザンクロスに運んで帰るときに私は逆にここの貨物室に潜りこみました・・・・・無断で済みません。・・・・・でも・・・・私、姉さんがこの船から来たって知っていたもので・・・・
　姉さんは私を助けたあと、仕事の最中だといってミラに残ってしまいました。でも、でも・・・・私、姉さんが死んだと思えないんです。姉さんが死ぬはずありません！皆さん、お願いします！姉さんを捜してください・・・・・どうか・・・・・」

　ロマノフはアンナを椅子に掛けさせた。

　「君は、ニム社を洗うようにと伝えてくれたお嬢さんだね？サザンクロスから聞いたよ。・・・・・一先ず休みなさい。君は、自分が考えているよりもずっと傷ついて疲れているはずだよ・・・・」

　カイユンは大急ぎで点滴の準備を始めた。

　　　
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　ジョーたちの乗ったポッドは一番近い惑星の重力に捕らえられ（恒星でなかったのがめっけものだ）逃れるすべもなく降下していった。
　大気圏に入ると船外温度は急上昇し計器は多揺れに揺れた。胃袋を押し上げられるような苦痛が消えると制御ロケットが作動し、地表近くで逆噴射がかかった。しかし、一部の機能に支障が起こったらしく、かなりの衝撃で地表に激突した。ジョーとアレックスがもぞもぞと動きだすと衝撃音に変わって空気の漏れるような音が聞こえてきた。よくない予感がした。果たして、酸素ボンベが壊れ、船体にも穴が開いていた。
　アレックスは応急処置として穴をプラスチックゾルで固め、外気の分析を行なった。

　「・・・・・一応人間が呼吸可能な大気だ。メタン系の匂いもするがマスクは必要なし。・・・・・病原菌は・・・・・もうかなりの数が船内に入ってしまっているだろう。
　ジョーは重力と気圧を調べた。０．９３Ｇ、１．０１気圧。こちらもいい具合だ。
　彼女は左手だけで操作を続けるアレックスのもう片方の手、右腕を見つめた。だらしなく垂れ下りぐらぐらしている。それなのに彼は平然としている・・・・・左手が義手だとは気づいていたが右腕も・・・しかし、それについては何も言わずにジョーは被害状況を確認した。

　「・・・・・姿勢制御ロケットを除いて動力系は全滅。発信装置は辛うじて生きているが出力は低下している・・・・・・三万キロメートルよりも近付いてくれないと回収してもらえない計算よ。・・・・・打つ手なし。待つしかないわね。」

　「・・・・そうか・・・・・敵の本拠地をできるだけ早く知らせなくてはならないのだが・・・・」

　二人の会話に物凄い雑音がスピーカーから割り込んできた。確認しようにも船外カメラは壊れている。

　「・・・・この音は・・・・・アンテナに何かあった・・・・ってこと・・・・？」

　発信と受信を行なっているアンテナは二人にとっての生命線だ。アレックスは簡易宇宙服を身につけてヘルメットを被り左手に銃を持つとエア・ロックに走った。”一本の手で何ができるのよ！”とジョーがわめいたが、彼は”一本で沢山だ”というが早いか外に出ていった。　外の空気は重苦しくむっとしていた。大型のみどりの草花が繁茂し、原色の青い空には雲一つない。アンテナには体長二メートル程の巨大なセミ（目だけでソフトボールの大きさがある）がしがみついており、餌とまちがいでもしたのかガリガリと骨組みを噛んでいた。アレックスは地上からそれを撃った。”セミ”はころりと落ち、足を上に向けて動かなくなった。
　アレックスは地面を蹴って、驚いたことに四メートルはあるポッドの上部、アンテナの基部へ跳び上がった。そして、虫の多顎によって変形したアンテナをなおし始めた。片手での作業はやはり見ていて痛々しく、ジョーは中に戻ると内側から梯子を昇って上部ハッチを開けてアレックスの傍らに立った。

　「代わるわ。こういう作業は二本の手があったほうが楽よ。」

　アレックスは、彼女の後方に何かを見付け、叫んだ。

　「ジョー！伏せろ！」

　ジョーは間髪を入れず伏せたのだが、背中に焼けるような激痛が走った。キィィン・・・・と羽音がして大きなトンボもどきが飛んでいった。それを皮切りとして何十匹もの大群が上空から急降下してきた。
　トンボもどきといっても似ているのは姿だけで大きさは小型エア・カー程もある。二人はレーザーを乱射した。共に一流の腕を持っているため、瞬く間にポッドのまわりにトンボもどきの山ができた。
　襲撃が収まるとアレックスはジョーの手をひいて立たせ、再びアンテナに取りかかった。ジョーも手伝い器材を運びアンテナのまわりに障壁を作って監視カメラを修理した。
　最終的に点検を済ませると、アレックスはジョーの方を見た。

　「君はこの手の原始惑星におりたことがなかったんだな。・・・・ああいう生物は結構多いんだ。・・・・・さあ、中に入ろう・・・・・血が滲んできているよ。手当てをしたほうがいい。」

　アレックスに言われて初めてジョーは背中の痛みを思い出した。それほど色々なことが一時に起きていたのだ。

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　背中の傷は昆虫にやられたにしては深く、ジョーは自分で消毒薬を噴霧するたび、悲鳴をあげたくなるのをぐっと我慢した。アレックスは笑った。

　「まだよかったよ。大顎で噛まれていたら命はなかった。・・・・・君は未知の惑星での野外訓練などしたことがないのだから、これからは僕の指示にしたがって行動することだ。・・・さっきは寿命が縮んだぞ。」

　ジョーは艇内にあった作業着を羽織り、鼻を鳴らした。

　「そっちも命を粗末にするようなことをしてくれちゃあ困るわ。腕に自信があるんだかなんだか・・・それはいいけど、片腕を負傷した身でいきなり一人で外に飛び出すなんてアホだ。」

　アレックスは壁に軽く寄り掛かった。

　「アホ・・・・か。コスモ・アーミーでは僕のことをアホという人間はいなかったな。僕のことを恐れていたからな。・・・・・腕に自信はあるよ。だが、僕も普通の人間ならばアンテナの異常に気づいても飛び出しはしなかっただろうが・・・・」

　「・・・・・・　!?」

　ジョーはアレックスの言葉に極めて異様な表現ががあったのに気づいた。

　「中尉は・・・・」

　彼女の目はアレックスの右腕に釘づけになった。

　「ああ。僕の左手が義手なのは前から知っていたね。この右腕も作りものだ。」

　そうして、彼は左腕の布を取り左手で支えて前へ突き出し、引き裂かれた部分が見えるようにした。血に似せた赤い液体は出つくしてしまったらしく内部の機械が赤く染まっているのが見えるだけだった。

　「そして、両脚も作りものだ。ただの義四肢ではなく君の左腕と同じくかなりの力を出せる。・・・・デュア星に行く前までは生身だったが・・・・」

　ジョーは目をむいた。

　「デュア？・・・・そうしたら中尉はデュア星内乱でのジェノサイド部隊唯一の生き残り？」

　デュア星内乱はこの十年間の宇宙史をふりかえるときに避けて通れない多くの死者を出した今から七年前の事件である。
　惑星デュアは開発に手が付けられたばかりの星で、狂暴な非知性生物が生態系の頂点に立っていた。コスモ・アーミーの技術者が超音波を利用して生物をコントロール方法を開発したこともあり、惑星開発には軍がかなり介入していた。
　やがて、惑星の全権利を主張して若い兵士たちが反乱を起こした。彼らは原住生物を超音波によって狂暴化し大規模な殺戮を行ない、一時は正規軍が撤退せざるをえない状況にまで陥った。エニラムの報告書を書くとき参考にした事件だ。よく覚えている。
　その時、事態の収拾をするために送りこまれたのがコスモ・アーミーの精鋭”ジェノサイド部隊”。彼らの働きによりデュア星内乱は鎮圧した。しかし、ジェノサイド部隊中の生還者は一名だけだったという。

　「ああ。僕は生き残った。死にに行ったつもりだったが。」

　ジョーは、信じられなかった。ジェノサイド部隊といえば悪名高い殺人集団だ。そこにアレックスがいたとは・・・・

　「・・・・・その時に手足を・・・・？」

　アレックスは穏やかに微笑んだ。

　「デュアで失ったのではないよ。・・・・・あそこに行く前に、僕は健全だった四肢を切断され、戦闘能力を高めるため作りものの手足を接続された。」

　ジョーは、アレックスの言った意味が飲み込めないでいたが、何を言ったか理解すると憤って叫んだ。　

　「コスモ・アーミーってのはどういう組織なのよ。軍人に人権は認められてないの!?」

　アレックスは尚も淡々と話し続けた。

　「僕はプロトタイプの実験体だ。リマンには大きな遺伝子バンクがあるのは知っての通り。優秀な肉体や頭脳を持った人間の精子や卵子、そして受精卵が超低温で凍結保存されているクローニングも盛んだ。科学者についてはもうかなりの実績をあげている。政府の研究施設に努める助手職以上の研究員の実に４７％が遺伝子の人為的掛け合わせによる試験管ベビーだ。・・・・僕はクローニングで生まれた軍事用の人間だ。軍人としては最高と思われる形質を受け継いでいるそうだ。一応は成功したらしい。反射は常人の三倍。戦闘シミュレーションも子供の頃から満点を続けていた。・・・・・子供の頃は、自分がどういう立場に居るのかがわからなかった。自分がなんであるかに気づいたのは十五歳のときだ。すぐに逃げだしたが、一年たたないうちに捕まってしまった。・・・・・デュアに志願し、生身の手足を切り落とされ、死にそこなってそれからはずっと軍隊暮しさ。・・・・軍は僕を必要としている。クローニングで生まれた人間は精神や肉体の発達に何か特性があるか、どのような判断をして行動するのか。・・・・・だから、僕は軍を離れないかぎりかなり自由な振る舞いをすることができる。」

　ジョーにはアレックスが何故こんな話を自分にしているのか見当も付かなかった。自分とアレックスは偶然に出会った上官と部下でしかないのだ。

　「・・・・・・ま、いいさ。外に出るときは僕に言いたまえ。これ以上怪我をされてはたまらない。」

　ジョーは口を尖らしてやった。

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　二日たち、三日たち・・・・五日、そして十日たったが助けは来なかった。
　二人とも、努めて平気な風を装っていたが焦りはつのってきていた。しかし、いつかは自分の仲間が助けに来てくれることを堅く信じてはいた。冗談半分に”アケルナルとサザンクロス、どちらが先にやってくるか”賭をしていた。
　アレックスは、初日以来身の上話をすることはなかったし、ジョーもあえて尋ねてみようとはしなかった。二人は協力して作業をし、付近の様子を探った。なだらかな丘陵のある低湿地帯でメタンの匂いに慣れると空気の味もさほど悪いものではなく、澄んだ水が湧く泉のほとりに立っていると、ここが無人惑星で二人しか人間が居ないなどとはとても信じられない、とジョーは思うのだった。
　朝日が出、青空が広がり暑い日差しが照り付ける。夕方には夕焼けが空を染め夜には降るような星が天を飾る。ある時、あまりの星の美しさにアレックスがごく近くで作業しているときに溜息を付いてしまったことがある。ジョーはいそいで咳払いで誤魔化したがアレックスは何も言わなかった。しかし、溜息を付いたときには確かにアレックスがこっちを反射的に見たとジョーは思った。　確かにアレックスはジョーを見ていた。彼女が気づかないようにいつも見ていた。彼女が寝ているときも、アレックスは決して傍に行こうとはしなかったが、非常に優しい目で彼女の寝顔を見守っていた。

　漂着して十五日目、ジョーは食料探しに出ていた。ポッドには二人が二ヵ月は暮らせる食料があったが最悪の事態を考えると、今から摂取可能な動植物を発見する必要があった。
　長さ五十センチを越える青虫、中がフカフカの紫色の木の実、蕗のような植物・・・・分析機にかけるものはたやすく集まった。この星は生きもので一杯だ。
　ジョーは小さな川まで来ると頭を流れのなかにつっこんだ。すぐに水の外に出し手で絞る。強烈な太陽熱で髪は瞬く間に乾いていった。

　��このままがいつまで続くんだろう。��あたしは今のところ生きるのに不自由はしていない。でも、はやくコスモ・アーミーにアイリーンのことを知らせなくては・・・・・・・・・・アケルナルの奴ら、大丈夫だろうか。リーダーが行方不明になったからといって収容所やグロ星（流刑星）に送られていなきゃいいんだけど・・・・・アイリーンの奴、コスモ・アーミーの極秘情報を引き出してドンパチやってたりして・・・・・・・・��

　ジョーは荷物を背負いなおし髪を整えると空を見上げた。大きな太陽とその子供のような小さな太陽。二つの太陽が彼女を照らしていた。そして・・・・キラリと光る光天が空にあった。光点は次第に大きくなってくる。

　「アケルナル！」

　ジョーは荷物を放り出し、大きく手を振った。

４ 漂着

４　漂着