３　ミラ、異変す


　ジョーは混乱していた。ディナーの最中に、ワープインの不快感が予告もなしにやってきたことは覚えている。但し、それは通常のワープインの何倍も強く、少々のことではびくともしないはずの彼女ですら気を失ってしまったのだ。
　気づいたときには、タキシードを着たアレックスがしっかりと彼女の体を支え起こしてピタピタと頬を叩いていた。周囲には人々が倒れており、潜入していたシークレット数名が体を動かし始めているという状態だ。

　「ジョー、気分はどう？」

　ジョーがゆっくり頷くと、アレックスは安心したようだった。アレックスも不意を襲われてかなりの衝撃を受けたらしく、青い顔をしている。

　「ここに居ても仕方がない。ジョー、ブリッジへ行くぞ！」

　ジョーはよろよろと立ち上がり、左右に首を振って気をしゃんとさせると、白い清楚なイヴニングドレスをひるがえらせてブリッジ方向へ向かったアレックスを追った。
　すこし先を走っていたアレックスは、途中で出会った五人のシークレットに機関室に行くよう命じ、他の三人のシークレットと共にブリッジゲートの脇へ立った。ジョーも追い付いた。
　中が何者かに占拠されていないとも限らないため、レーザーでロックを壊し銃を構えて中へ飛び込む。
　中に敵の姿はなかった。
　オペレータ系の経験の浅い若い乗務員はまだほとんど気絶しており、やっと気づいた十名ほどが、虚ろな目をして、だが、必死に現状を把握しようとパネルを操作していた。アレックスが、操船歴三十二年のフラップ艦長に尋ねると、フラップは驚いてアレックスたちを見つめた。無理もない。連絡役以外は、フラップも誰がシークレットなのか知らされていなかったのだ。

　「・・・・あなたがたがコスモ・アーミーの方だったのですか！・・・・・・いや・・・情勢は全くわかりません。突然ワープインしたかと思うとこの有様です。コクピットの機器からはワープの指示を出していません。機関部で何かがあったのでしょうか。・・・・現在位置を計算中ですが通常航路からは大きく外れていることだけしかまだ・・・・」

　ジョーは、ぐったりしたレーダー手の体をすこしずらすと、自ら全方位レーダーを確認した。

　「中尉！この宙域に他の飛行物体はないわ。」

　しかし、その言葉はすぐに訂正しなくてはならなくなった。ミラを追跡してきたスターファイアーが、ワープアウトしてきたのだ。そして、はっきりとしたムアヌ大佐の声が聞こえた。

　「ニム社所属客船ミラ。私はコスモ・アーミー大佐、スターファイアー艦長のムアヌだ。本艦はこれより貴船に接艦する。準備せよ。そして、艦内の状態を報告せよ。」

　フラップはほっとした顔で応答した。そして、アレックスに中央エア・ロックに行って接艦作業を手伝ってくれるように要請を出した。ジョーも彼のあとに続こうとしたが、アレックスは廊下の分岐でジョーの肩を掴むとエア・ロック方向ではなくディナーホールの方向に彼女の体を押しやった。こういう場合、リーダーの指示は絶対だ。ジョーは乗客の介抱に向かった。

　乗客は、まだ誰一人として意識を取り戻してはいなかった。試しに二・三人ひっぱたいてみたが反応なしだ。　かすかな揺れが来た。スターファイアーが接艦したのだろう。もう安心だ。ワープ機関が暴走したのであればスターファイアーに収容してもらえばことは済む。
　その内、数人の客が目を覚まし始めたので、怪我人や重傷のワープ酔い患者がいないかジョーは見て回った。どうやら、吐き気、めまい、悪寒・・といったありきたりの症状ばかりのようだ。酔ってしまったものはもう寝転がっていてもらうしかない。
　パニック防止にジョーはかなり役に立った。彼女は乗客に、ワープ機関が変調ををきたしたらしいこと、しかしコスモ・アーミーの護衛艦がきたので心配のないことを告げた。
　それから三十分くらいったっただろうか。ふとディナーホールの一部を占める展望ルーフを見上げたジョーの目に、宇宙船がワープしてきたのが入った。その数五。かなりの大型艦だ。どこかでみた型だ。そうだ、コスモ・アーミーの資料映像で・・・・
　
　「嘘だろー！」　
　　ジョーは他の客が居るのを忘れて叫んだ。あれは確かに海賊船だ。しかし妙だ。あれだけ近い位置にワープしてきたのなら、スターファイアーがただちになんらかのリアクションを起こしているはずだ。そう、ビーム二・三本の威嚇射撃辺りを・・・だが、スターファイアーは沈黙したままだ。

　”こんなことあるはずがない・・・・”

　金持ち連中はジョーを見つめ、口をあんぐり開けた。　海賊船が発射したビームのドーンという衝撃がホールを襲った。客は全員床に倒された。よろよろと立ち上がるところをまた被弾。間もなく火災ベルが鳴りだした。　アイリーンの通る声がスピーカーから呼び掛ける。

　「ご乗船のお客さま。私はアイリーン　ニムです。只今本船後部から火災が発生いたしました。落ち着いてホール左手の非常口に速やかに移動してくださいませ。脱出艇が用意してございます。」

　そして、乗員の制服を付けた二十名ほどの男がホールにやってきて非常に的確に乗客を誘導しはじめた。ふらつく乗客に肩を貸し、動けないものも担架に載せて迅速に運ぶ。ジョーは残って人々の誘導を手伝っていたが”さあ、お嬢さん、あなたも！”と、肩を抱かれた。ジョーは微笑し、

　「私はコスモ・アーミーのシークレットの一人です。お構いなく。」

　といってやった。
　相手は一瞬顔を引きつらせたが、すぐに笑顔に戻り、

　「そういうことなら、最後まで手伝いをお願いします。」

　と握手した。
　最後の乗客が出ていったのを確認し、ジョーは額の汗を拭った。傍らには、先程の男が居た。男は仲間に叫んだ。
　

　「おい！このお嬢さんはコスモ・アーミーの人だとよ！」

　彼らは豹変した。優しげな物腰は野獣のそれに変わり、胸元から銃を抜いてジョーを目掛けて撃った。
　ジョーは散乱したテーブルの影に飛び退くと、スカートの中に隠し持ったレーザーガンを構えた。

　「お嬢さん、出てこいよ！そっちの出方によっちゃあ可愛がってやってもいいんだぜ！」

　その言葉にレーザーの乱射で答えると、横手から飛びかかってきた男に蹴を食らわせ、左手で大テーブルを投げ付けると厨房に逃げ込んだ。入り口に陣取り一人ずつ狙う。しかし多勢に無勢、このままでは勝ち目はほとんどない。銃を撃ちつつ目をめぐらし、天井に通気孔を見付け、敵にマリオ特製の煙弾を放ったあとジョーは椅子を重ねて天井に飛び付き、左手で防護金網を取り払って通気孔内へと飛び込んだ。
　このエアダクトは艦内をめぐり中央浄化装置に通じている。どこかから外に出られるはずだ。ハイヒールの踵を折り取り、邪魔になるロングスカートを途中から切り払い四つん這いになって進む。肩幅が広い男たちは、このダクトをくぐってくるのは至難の技だろう。
　ジョーがダクトから出たのは電気室だった。そのドアをこじ開けブリッジへと向かう。響くのは自分の靴音だけだ。

　ブリッジのゲートは大きく開いていた。静かだった。静かな空間。

　ジョーは目を覆った。

　人が倒れている
　船長、オペレータ、シークレット・・・・・
　肉の焦げた匂い
　滲み出た体液
　重力制御装置が壊れたのだろうか。Ｇが消えた。
　震動
　死体がゆらゆらと浮く
　床に吸着しきれなかった体液も浮く

　それでもジョーはひるまずに計基盤に取りついた。レーダーは生きていた。海賊船は相変わらず五隻。スターファイアーはミラに接艦したままだ。
　スターファイアーが敵の手に落ちたことは疑いない。�｢�｢果たして、乗客たちはどうなったのだろうか？
　船内図で、まだ火が回り切っていないことを確認するとジョーは元来たほうへと引き返していった。火の勢いは強い。敵も退避しているだろう。非常パックを壁際の箱から引き出し酸素マスクを付ける。煙を感じて降りてしまった各ブロックを結ぶ隔壁を左手で突き破りながら彼女は無重力空間を漂っていった。

　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　ホールは煙が充満していたが火は見えなかった。っジョーは脱出艇ゲートに向かった。そこにはもう艇はほとんどなかった。乗客たちは殺されはせずに脱出できたらしかった。釈然としないものを感じながらもジョーはふうっと息をついた。
　その時、一人の男が息も絶え絶えになりながらプラットホームに入ってきた。ジョーは空を泳いで男の体を抱え、予備のマスクを当ててやった。服装は黒いスーツに蝶ネクタイ。執事らしい。男は咳き込みながらも訴えた。

　「まだ船室に人が居る！」

　ジョーは頷き、残っていたポッドに男を押し込むとその中から新しい酸素マスクをいくつか取り、ハッチを閉め、煙が濛々と立ち篭めている船室区へ向かった。進むにつれ、空中でじたばたしたり気を失ったりしている男女が見えてきた。いずれも、メイドや執事などの召使のようだ。彼女は酸素マスクを渡し、無重力下での前進方法を説明し、ポッドに行く道筋を説明した。
　船室最上層の一番奥に達したとき、ジョーはそこに妹の姿をみた。アンナは足を落下物に挟まれ、煙にひどくむせながらも部屋の中に向かって声を張り上げていた。ジョーは直ぐ様左手で落下物を掻き分けアンナを助けだした。アンナは、ジョーが誰なのかわかると、ジョーの首に齧り付いてきた。

　「姉さん！ジョー姉さん！・・・ああ・・・どうしてここに！」

　アンナの着ている薄い空色のドレスはひどく裂け、足には傷も負っていたが、アンナはしっかりと部屋の中を指差した。

　「姉さん！奥に！奥にメイドのメアリが居るの！さっきまで声が聞こえていたんだけれど・・・・！」

　ジョーは左手でいともあっさりとひしゃげたドアを引き剥がして開け、中に入っていった。そして、しばらくして首を振って出てきた。

　「アンナ・・・・メアリはもう居ないわ。・・・・・さあ、行きましょう。」

　そして、ひょいとアンナを前に抱えて大急ぎでポッドに戻りハッチを開けた。ポッド内は逃げ遅れた人々で一杯だった。その人たちのなかにアンナを優しく送りいれジョーは言った。

　「いい？おそらくすぐに助けが来るわ。アケルナルという船か、サザンクロスという船がね。あたしはそのアケルナルって船から来たの。恐がることなんかちっともないのよ。ポッドの中でじっとしていらっしゃい。」

　アンナは半泣きだった。　

　「姉さん！姉さんは一緒に来ないの!?」

　そんなアンナの嘆願にもジョーは取り乱さなかった。

　「あたしは仕事の最中なの。・・・・一つだけ伝言を頼むわ。・・・・コスモ・アーミーに伝えて・・・・・ニム社を洗ってくれ・・・・って。」

　アンナは涙を拭いた。ハッチはロックされポッドは暗黒の宇宙空間に打ち出された。

　「さて・・・・・あたしはアレックスの様子でも見てくるか・・・・・」

　自分に言聞かせるようにジョーは呟いた。

　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　スターファイアーが接艦している中央エア・ロック付近には見張りらしい二人の男が居るだけだった。ジョーは二人をパラライザーで倒すと接艦チューブに入った。コスモ・アーミーの軍服を着た男の死体があちらに一人、こちらに一人と浮いており、激しい戦闘があったことを示している。ミラ内からコマンドが侵入したのに相違ない。
　だが、今は静かだ。ここでの戦闘は終ったのだ。

　「はなっから、狙いはスターファイアーだったってこと？」

　震動が来た。チューブは外れ、スターファイアーはミラから離れた。そして、ジョーにはお馴染みのワープによる不快感が襲ってきたあと、すぐにどこかの空間に出た。スターファイアーの内部では重力制御装置が働いておりジョーはたやすく前進することができた。
　かなりの騒ぎが前方から聞こえた。十人以上は居るだろう。彼女がそこに達したときにはアレックスが敵に取り囲まれているところだった。他に味方は居ない。彼一人だ。彼の手にあるのはレーザー一挺。服はタキシードのままで、防弾効果などあるはずもない。
　しかし、戦闘を有利に勧めていたのはアレックスの方だった。床には敵が既に十五人は倒れていた。
　敏捷性は常人の数倍はあろうか。撃ち、走り、跳び、蹴り、殴る。目がついていかない。それは実に美しい無駄のない動きであった。ただ、彼の右手は彼の動きに関係なく、ただぶらぶらと垂れ下っていた。肘の辺りから赤いものが流れている。ジョーは壁を伝って離れたところから銃を撃った。敵の注意が彼女に集まった隙にアレックスは八人を倒し、残りはジョーが片付けた。
　アレックスはジョーを見て軽く左手を上げた。ジョーは彼の傍により、タキシードの衿を裂いて右肘を縛ってやった。

　「・・・・どうやら生き残ったのは僕らだけらしい。・・・・君も察しがついているとは思うがこの艦を乗っ取ったのはニム社だ。�｢�｢初めの殺人が起きた場所の壁の裏に兵器庫があった。そこから武器を持ち出し、ここに攻め込んできた。」

　「あまり無理するんじゃないわ。左手だけじゃなく、右手も義手になりたいの？・・・・・・アイリーン　ニムは犯罪者か・・・・あの女、金持ち連中はみな脱出させたわ。・・・・信用は守れるしミラに残していった金品はすべていただき・・・・でも何故スターファイアーを・・・・」

　ジョーはゴクリと唾を飲んだ。アレックスも頬を引きつらせた。

　「ああ、スターファイアーのコンピュータから、コスモ・アーミーの機密を盗むつもりだろう。プロテクトされてはいるが、敵もその道のプロばかりだ・・・・大事だな。」

　「これから・・・・どうするの・・・・」

　「まず・・・・奴らが向かおうとしている宙域を調べよう。それから脱出だ。」　

　アレックスは、手近に倒れている男を引き起こし、目を覚まさせた。殺したのではなく当て身をしたらしい。

　「お前！・・お前たちの本拠地はどこだ！言え！」

　そして、レーザーの銃口をこめかみに押しつけた尾と子は口をぱくぱくさせしばらく何も言わなかったがやがて一つの星の名をしゃべった。アレックスは男を再び殴り倒した。これを押数回繰り返し、どうやら本拠地はTH２２１連星系とわかった。どんな組織でも下っ端はこの程度の脅しで口を割らせることができるものだ。
　アレックスはジョーの肩を抱き、脇道に連込んだ。

　「ここに脱出ポッドがある。君は今の宙域をコスモ・アーミーに知らせてくれ。捜索隊が出ているはずだ。発信機さえ壊れなければ回収してくれる。」

　「中尉は？」

　アレックスはジョーから目をそらした。

　「僕は出来る限り内部の敵を倒す。」

　ジョーが意義を唱える暇はなかった。アイリーン　ニムその人がその場に現われたからだ。緋色のドレスに身を包んだ彼女は、妖しい笑みを浮かべていた。

　「ふふふ、最後まで生き残った鼠はあなたたちなの。・・・・誉めてあげる。ここまで来られたことをね。まさかここまで来られる人材がコスモ・アーミーに居ると思ってなかったのよ・・・・でも残念。見付けて捕らえた鼠はね・・・・殺さなくてはならないのよ。」

　アイリーンの両側には四人の男が銃を構えていた。

　「ねえ、そこの坊や。そうでしょう？」

　アイリーンが二歩ほど進み出た。
　アレックスはそれをチャンスと思い、ジョーをポッドの方に押しやって自分はジョーとアイリーンとの間に入った。だが、その時大量の血が飛び散った。
　虚をつかれた格好だった。
　アイリーンの右手、超合金の義手がアレックスの右腕を引き裂いたのだ。

　「アレックス！」

　ジョーは持っているだけの煙弾を一気に投げ付けアレックスの胴を左腕で抱いて渾身の力をこめてポッドまでたどりついてハッチを閉めて発進させた。
　アイリーンはあわてなかった。
　彼女は砲手に指示を出し、ポッドを狙わせた。
　ポッドは動力系に支障をきたし、火を吹いた。

　スターファイアーは、ワープ・インして消えた。

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